愛の賛歌


「OKベイビィ、ご機嫌だぜ〜! 」


2009年5月2日、忌野清志郎は癌性リンパ菅症で亡くなった。


「21世紀になったのに、今も世界では戦争や紛争が続いてる。ミサイルが飛んで、テロが起きて、飢えた子供達が死んで行ってる。どうしていつまでも世界は平和にならないんだろう?」


清志郎はステージの上からそう訴え続け、そして死んで行った。


「だから今日、こんなゴキゲンな夜に、ここに集まってくれたみんなに聞きたいことがあるんだ」


「オーライ! 今夜みんなに聞きたいことがあるんだ!」


「愛し合ってるかい?」


「愛し合ってるかい~?」


「愛し合ってるか~い? Oh,Yeah~」


忌野清志郎には多分<真実の愛>ってヤツが見えていたのかも知れない。


だから愛し合ってるヤツら。


そういうヤツらに彼の歌うLOVE SONGは、ビシビシ熱く響くのでしょう。



さて、改めてここで皆さんに質問です。


清志郎に「愛し合ってるかい?」って聞かれたら、「イエ〜ス、モチロン愛し合ってるぜぇ!」と答える自信、あなたには本当にありますか?




愛のある人はすぐに分かります。


<いのち>を愛せる人。


それはハートをオープンに出来る人だけだからです。



[自分を愛してくれる人を愛する]


それは誰にも出来る容易いことです。


家族や恋人、親しい友人を愛するのは誰にでも出来ることでしょう?


でも [自分のことを愛してくれない人を愛する] のは?


これはなかなか難しい。


自分を批判したり中傷したりする人間を理解し、許し、愛するのは、よっぽど器が大きくなければ出来るものじゃありません。


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でもそれよりさらに難しいのは [自分を憎む敵を愛すること]


これは相当難しく<最高レベルの愛>と言えるかも知れません。


それは例えるなら、家族を殺された人間が苦悩の末にその犯人を許すような愛。


そのような愛の形を意味するのですが・・・


あなたには果たしてそんなことが可能でしょうか?


普通の感覚だと犯人を許すことなど絶対に出来ませんよね。


その限界を超えて、許し、愛の器を広げる。


このように愛の可能性って無限に広げられるものなのです。


人間はそこまでの高みに登れる。


それほどの可能性を秘めている。


民族対立のような問題は「決して敵を許さない」という意識が世代を超えて続きます。


強い憎しみ情報の連鎖。


それはDNAを経由して子孫に受け継がれる。


だから問題はどんどん複雑になり、解決の糸口を失くして行くのです。

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人がこの世に生を受けるのは [この世で愛を学ぶため] です。


人は<いのち>が尽きるその日まで、愛し愛されることを学ばなければなりません。


我々は運命を受け入れるだけの、ちっぽけな存在に過ぎないのでしょうか?


いいえ、決してそんなことないはずです。


愛を学び、器を大きくし、自分を成長させる。


そうすれば我々の魂は、我々以上の存在になって行くでしょう。



愛を決して離さぬこと。


難しくても努力すること。


試練を乗り越え、最後まで愛を信じ続けること。


それをやり遂げた人間こそが「本物の愛とは何か?」その秘密を知る資格を与えられます。



愛は美しく純粋です。


そして必ず人を強くする。


誰でもそういう人間になりたいと望む。


でも誰でもがそう出来る訳じゃありません。


それには理由があるのです。


アンタもそれを知りたいかい?


OK、ベイビィ、Yeah〜!



<愛>に対する反対語は、<憎しみ>というより、むしろ<プライド>なんじゃないでしょうか?


<憎しみ>っていうのは感情への刺激反応みたいなもの。


とても分かりやすい現象です。


でも<プライド>は、自分の心に見えないバリアーを張る状態のこと。


バリアーを張ることで、自分の内側に愛のエネルギーが流れ込むことを必死で守っている。


なぜ、そんなことをするのか分かりますか?


それは怖いからです。


<愛>を恐れているのです。


プライドの高い人間は、必ず<愛>を恐れてる。


<愛>は人間を木っ端みじんに壊して、もう一度最初から自分を再構築することを求めて来る。


だからプライドの高い人間にとって<愛>はこの上なく恐ろしい。


自分を粉々にする可能性のある、恐ろしい怪物なのです。


人間には<愛>を阻む<プライド>の足枷が付いて回ります。


この足枷があなたを重く縛っている。


そう、<プライド>は愛を阻害する最も大きな要因です。


<プライド>があるうちは、あなたに<愛>は入って来ないでしょう。


ハートが開かぬ限り<愛>は流れて来ないのです。

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人は「愛する」「愛される」って、つい言ってしまいますよね。


でもちょっと考えてみて欲しいのです。


<愛>は「したり」「されたり」するものではありません。


<愛>っていうのは<愛そのものの状態>になることを指します。


<愛>とは本人が望む望まないに関わらず、<愛の状態>に陥ってしまうことを意味してます。


不可抗力のフォースが、あなたという媒体に流れ込んで来る状態。


それが<愛>なのです。


膨大なエネルギーがあなたに流れ込む。


その流れをせき止めず、起こるがままにさせている。


その状態のことを<愛>と呼ぶ。


その状況を他者と分かち合うことが出来るかどうか?


忌野清志郎は聴衆にそれを問いかけました。


『愛し合ってるか~い!」とね・・・


Oh,Yeah~

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<愛>とは恐れず信じること、喜びと共に生きることです。


注意して周りを良く観察してみてご覧なさい。


<愛>のある人間はすぐに分かるはずですよ。



愛は寛容であり、情深いのです。


人を妬まず、自慢せず、高ぶらない。


礼儀正しく、自分の利益を求めず、苛立たず、恨みを抱かない。


不正を喜ばず、真理を喜び、忍耐し、信じ、望み、すべてに耐える。


愛は決して滅びません。

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我々の人生に<愛>がなければ、ただ空虚に時間を消費するだけの人生になってしまうでしょう。


それでは生きていないのと同じこと。


きっと死ぬ時後悔が残るはずです。


でもだからと言って「自分に愛があるかどうか?」また「あの人には愛があるかないか?」と査定してみても始まらない。


今の自分の地点から、一体何が出来るか考えてみることが大切です。



<愛>には様々な形があります。


きれいごとだけじゃ済まされないものも多いでしょう。


痛み、傷つき、心くじけ、<愛>を信じられなくなる日もあるでしょう。


でも信じて欲しいのです。


<愛>はあなたを必ず大きくする。


強くする。大人にする。


だから<愛>を恐れずにいて欲しい。



人生で起こる全ての出来事は、あなたを光の方向に導いている。


人生では<愛>を試され、矯正させられ、成長させられる。


人生とはきっと<愛のトレーニングセンター>のような場所に違いないのです。




コリント人への手紙 第13章 愛の賛歌

映画<愛のむきだし>より





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# by viva1213yumiko | 2017-10-24 12:46 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)