続々・トイレに宿る信仰心

一部にファンの存在も判明した、ジェイニエ神父の信仰カルタカレンダー。

今月も気になる一枚を紹介しましょう。

さぁあなたもご一緒に、心に手を当て内省してみて下さい。


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 [り] りんごを食べれば 良心に恥じる


最初の人間アダムとエバの心を試すために、神さまは、楽園の真中にあっ た木の実を食べないように命令しました。けれども悪魔は蛇の形でエバに話しかけて、食べれば神さまになると言って、うそをつきました。エバの心の中に、良心を通して神さまが、それはいけないと教えて下さったのに、エバは悪魔に耳を傾けて、木の実を食べたので、神さまのみ旨(神さまのご意志)にそむいて、罪をおかしてしまいました。(創世記3章)




ご存知、アダムとイブの楽園追放のくだりです。

我々人間の罪深さの根源(原罪)は、そもそもここに始まるのだと旧約は教えています。


「りんごを食べるな」と命じておきながら悪魔を利用して約束を破るように仕向ける神さまって・・・

一体何なんでしょうねぇ。

ある意味、自己矛盾の極みを行っちゃってます。


自分と同じ似姿に創造するほど人間を気に入ってたはずなのに、愛するものを罠にはめるなんてすご~く残酷な話しです。

神さまは真性のサディストなのか、はたまた退屈故に刺激的ドラマが欲しかったのか・・・

楽園から放り出し、わざわざ人間に苦労をさせてしまうのです。


「神は人間に自我を芽生えさせ、成長させてありとあらゆる経験をさせたかったのだ。だからあえて楽園から追放したのである」

と、捉える事もできますが、それにしても蛇に変身した騙しのテクニックは巧妙で手が込んでいますよね。

オレオレ詐欺ですら可愛く思えるくらいです。



「人間とはこのように罪深いものである」 

だから・・・[悔い改めなさい]


ユダヤ・キリスト教会がこの原罪の教えに支えられて発展した事は歴史上明らかです。


中世のカソリック教会では免罪符さえ買えば罪はチャラになり、あなたも天国へ昇れると説いて大儲けしてたのだからいー加減なもんです。


私は思うけど、本当の神さま(この宇宙を作った創造者)は罪悪感や恐れの感情で人心を支配するなんて、そんなチンケな事なさらないんではないでしょうか?


神さまは私たちの自由意志を尊重していて、いつでも我々のやりたい様にさせてくれています。

物事の善悪の判断は一切我々に任せてくれているのです。


「ええでんなぁ〜 取りあえずやってみなはれ!」ってね・・・


そして神さまは人間に期待し、成長を見守ってくれているのです。

いつか人間が自分で判断する言動が、自分(神)と同じレベルになってくれるように願っているのです。



人は失敗を重ねながら成長するもの。

何事も最初から上手く出来る人なんてどこにもいません。


たかが100年にも満たない我々の人生で、失敗を理由に天国行きを拒否する、そんな心の狭い神さまがいるはずありませんよ。

神は必ず誰にでも平等に敗者復活戦のチャンスを与えているはずと、私は思いますけどね。




追伸:
そそのかされてりんごを食べたのは女だったという点が、昔からどうも腑に落ちませんでした。

アダムの肋骨からイブが生まれたという点もそうですよね。

男と女のあいだに最初っから格差があったなんて・・・

どこか意図的なものを感じてしまいますね。


エルサレムのカフェあたりで、女の私が、創世記片手にりんごの丸かじりをしてたら、聖職者達はどのようなリアクションをするのでしょうか?

既にどなたかチャレンジしてるのでしょうか?

興味のつきない課題であります。




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by viva1213yumiko | 2012-11-02 10:18 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)
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