お江戸でござる

今、アメリカには自給自足の協会や巨大なNPOがあって、町とか村を回っては自給自足システムを作る活動が、草の根レベルで進んでると言います。

政府レベルの意思決定は、いまだに資本主義の成長経済が続いていて、いかに成長を取り戻すかを試行錯誤している。

しかし、資本主義では食べて行けない人たちがたくさん出現していて、産業の構成単位が地域密着型に変化して来ているのだそうです。

それは日本でも全く同じで、もう高度経成長型の産業の伸びは、あり得ないんじゃないだろうか・・・

だから「低成長でもいい、国民が安心して食べて行ける社会が必要だ」というのが国民多数の共通認識になっています。

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そこで改めて見直したいのが、江戸時代の事なんです。

江戸時代は藩制という地域主体の単位でまとまっていて、しかも260年以上も安定していたんだから、今の視点から改めて見直すと、最先端だったと言えるのかも知れません。

江戸期は265年。

その間ずっと安定していて、平和で文化的でした。

鎖国していた訳だから完全に循環型の経済で、3000万人もの人口を、貿易なしで養ってた事になります。

国民の方もそれで満足してて、非常に幸福。

リサイクル精神とボランティア精神がしっかりと根付いていて、人々は孤立する事もなく、四季折々を心豊かに暮らして行けた。

江戸は100万人都市なのにスラムもなく、非常に清潔で、識字率も高く、江戸末期に日本を訪れた外国人がみな驚くほど素晴らしい国でした。

江戸時代の事を知れば知るほど、当時の庶民がいかに人間らしく幸せに賢く暮らしていたか伺い知れます。


花のお江戸は山手線の内側ほどの面積に100万人もの人が集まった、人口過密の大都市でした。

しかしその約半分は農地で、大名屋敷の庭園緑地を含むと江戸の約70%が緑という、都市と農村が入り組んだ大変美しい都市だったようです。

江戸時代の暮らしは、1~2年前の太陽エネルギーの範囲内だけで生きて行けました。

一年に一回転する太陽エネルギーのサイクルだけで、ぐるぐる回して暮らして行ける、完結した世界です。

人が一生を終えるまでの間、ほぼ物価に変動はなく、去年と同じ年収で暮らせる幸せな社会だったのです。

生ゴミや下肥も、肥料としての需要が高く、結構な高値で農家に買い取られたという。

それを使っては高級野菜を売りさばいて、江戸の近郊農家は裕福だったと言われてます。

米を刈り取った後のワラも残らずリサイクル。

しきもの・履物・俵・肥料・燃料になって、再利用されます。

そして、それらを燃やした灰までも、買い取り専門の業者さんがいたというのだから、徹底した循環型リサイクル社会でした。

実に良く出来た成熟社会ですよね。

だいたい戦争による無駄な出費がなかったので、お米も恒常的に余っていたのだそうです。

飢饉でもない限り、総じて供給が需要を上回り豊かだった。

だから人々の関心は道楽に向かったのだそうです。

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江戸文化では遊びに情熱を傾ける事を「粋」としたので、「宵越しの金は持たない」っていうのが基本姿勢。

三味線・俳諧・茶の湯・読本・・・

老いも若きも、武家も庶民も、お稽古事のひとつやふたつ、皆んな嗜んでおりました。

芝居・ファッション・行楽・グルメ・・・

戦争がない分、命がけで遊ぶような趣味人も多く、「何でもあり」の文化が爛熟したのです。

実利的生産は「野暮のする事」という価値観があったので、あまり生産的でない「粋」な人たちを社会は受け入れていたし、存在意義を見いだしていました。

隠居した年寄りなんかが脚光を浴びていて、若い衆の理想像でした。

あくまでも遊びの精神がメインなので経済は後回し。

金儲けなんて二の次、三の次という、精神的にも非常にゆとりある社会だったのです。

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<お江戸でござる>

なかなかいいでしょう?

江戸時代の庶民生活って本当に自由で楽しそうです。

女たちもみな自立し、恋や仕事をのびのびと謳歌してたようで、知れば知るほど理想的な形です。


江戸の人々は完全な自給自足と高い文化を両立していました。

我々ももう一度、江戸時代のような成熟文化・成熟社会を目標にすべきかも知れません。

今後の日本繁栄の鍵は、<アベノミクス>より、<お江戸ミクス>の構築にあるような、そんな気がしているのです。
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by viva1213yumiko | 2013-06-07 23:45 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)
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