ショパンの湖

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知人のピアニストA・Y嬢のリサイタルに行き、ピアノ演奏を堪能させて頂きました。

ロマン派の作品を得意とする彼女。

その演奏の8割までがショパン作品だったので、我々素人にとってありがたいプログラム構成でした。


「お姫様抱っこの時は、間違いなく絶対こういうドレスよねぇ〜」

きっと女子なら誰もがそう夢見る、ふわっとしたローズピンクのドレス。

あんなドレス着て華麗にピアノが弾けるなんて・・・何とも羨ましい!

鍵盤を叩くたびにアップの後れ毛がフワフワ揺れて、とびっきりロマンチックなリサイタルなのであります。


ロマン派とは、ショパン・リスト・シューマン・メンデルスゾーンなど、主に18世紀~19世紀の作曲家の事を指します。

それまで続いていた宮廷風の古典様式から一歩進んで、感情や感覚・直感から来る、より深層の真実を暴き出すような芸術様式の事をロマン派と呼ぶのだそうです。

激しく涌き上る激情や、苦痛も含めた広義の感情のロマンなので、決して優しく夢見がちなロマンティックな音楽の事だけではありません。

狂気じみた情念や、嫉妬やエゴや、苦悩や慟哭。

そんな生々しい感覚をも受け入れた末の、人間性の神髄を表現するという意味での<ロマン>なのです。


ショパンは<ピアノの詩人>と言われてるけど、今回改めて聞き直してみて、なるほど確かに言い得てるなと思いました。

美しいけれどちょっと冷徹すぎて、何だか危なっかしい側面もある、詩人独特の観察眼があります。

シューマンはそれを「美しい花畑の中に大砲が隠されている音楽」と評したんだそうです。

うまい事言うもんだなぁ、と感心してしまいました。

そこでちょっとおこがましいですが、ショパンの創作イメージをあえて私流に例えてみるとこんな感じになります。


   よく晴れた日の昼下がり

   あなたはひとり、湖にボートを漕ぎ出す

   水深100mはあろうかという、恐ろしく透明度の高い湖だ

   そして湖の真ん中で、

   オールを降ろし深呼吸ひとつ

   ギシギシと揺れるボートから、こわごわ湖底を覗き込む


   その時、魔法のように次々と浮かび上がった過去からのイメージ

   郷愁・倦怠・享楽・情念・・・

   浮気心・後悔・恩寵・救済・・・

   そんな真実の感情が音符と共に浮かび上がって来る

   それらひとつひとつを、優しく両手ですくい五線譜の上にそっとこぼす

   
   泣き笑いしている自分を、私は湖面から見降ろす
   
   マズルカやノクターンやポロネーズ
   
   運命の輪だけが静かに回転している
   
   
   近いようでいて遠い場所のメロディ

   それがショパンがすくいあげたメロディ


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湖の底のシャンバラの栄枯盛衰を、あなたは映画を観るように覗き込む。

すると、イメージクリップのように色々なものが見えて来るのです。


それは良く晴れた日でないとだめですね。

ボートを出すのは<穏やかな気持ち>の昼下がりでなければならなりません。

恋に酔いつつ、なおかつその官能を人ごとのように冷静に味わう。

そういう境地は、<穏やかな心>にしか宿らないからです。


我々は日々のルーティンで、日常の雑事で、不必要な雑念で、透き通った湖の存在を忘れてしまっています。

けれども実は、湖には遠い昔に沈んでしまった寺院や花園が存在していて、あなたに発掘されるのを今もじっと待っているんですね。

ショパンのロマンチシズムは、忘れていたあの湖を思い出させます。

そして「ねぇ、また今日辺り、ボート出してみましょうよ」と、時折誘って来るのです。


[感情とは、やって来て、そして過ぎ行くものである。 だから、感情に執着してはならない・・・]

仏教でもこのように教えています。

愛と憎しみ・喜びと苦悩・嫉妬と思いやり

そういった相反する両極の感情をのり超えて、新しい次元の出現する辺りから、いつでも美しいものは生まれて来るような気がします。


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湖の底のシャンバラの栄枯盛衰を、あなたは映画を観るように覗き込む。

すると、イメージクリップのように色々なものが見えて来るのです。


誰もいない舞踏会・虹色のプリズム・人々のざわめき・家族の肖像画・青い戦争の時代・物悲しい舟歌

初めて子犬を抱いた日・兵隊たちの望郷・一途すぎた恋・甘い白日夢・思いがけない贈り物

多分それは、形にならないそういうものたちの事なのです。


優雅な手招き・感傷的なワルツ・ドレスの衣擦れの音・仲直りの口づけ・安堵して眠る子供・寺院の鐘の音・もう手に入らない幸福

そんな形にならないものたちの事だ。


きっと神秘がひも解かれるその日には、そういうものたちがたくさん顔を出して来るのでしょう。

その時を湖は今も静かに待っているのです。




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by viva1213yumiko | 2013-12-04 14:23 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)
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