トゥオネラの白鳥

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先週の積雪27㎝の大雪の日。

どうしてもこなさなければならない仕事があったので、レインジャケットの中にダウンを着込み、帽子、マフラー、手袋、マスク、防寒ブーツに靴下二重履きの万全の態勢で出かけて行ったのです。

都会では滅多にない大雪なので、気分はウキウキと子どものように高鳴り、脳内エンドルフィン急上昇のせいなのか、わざわざ遠回りしてでも美しい雪景色を見たくなってしまいました。

そして人っ子一人ない、犬の子一匹もいない、猛吹雪の代々木公園を、ひとり彷徨う事となったのです。


そこはまるで別世界。

完全に東京ではなくなっておりました。

横殴りの風が積もったばかりの新雪を巻き上げ、雪女の亡霊とともに駆け抜けて行く。

地嵐のような風雪を避けるため、思わず樹木の多い場所に身を寄せる。

雪が都会の喧噪を見事に吸収し、そこはとてつもなく静かな林でした。

どこからだろう?

雪を避け避難した野鳥たちの、軽やかで楽しげな声が聞こえて来る。

こんな吹雪の中、一体鳥たちはどこでさえずっているのだろう?

幹の上方の鳴き声の辺りに視線を上げてみました。

しかし風にたわんだ枝から、ドサドサと雪が落ちるだけ。

そして辺りに、また一層の静けさが甦るのでした。


「ここは東京じゃない! まるで極北! ツンドラの大地を行くようだ!」

マインドがそう呟いた瞬間、私の空想は大きく翼を広げ始めました。

頭の中に古ぼけた蓄音機があらわれ、レコード盤の上にゆっくりと針を降ろしたのです。

そこから流れ出した旋律は・・・


   [近寄るものを寄せ付けない、凛とした厳しさ]


   [この世のものとは思えない、冷たい静寂の気配]


ん? この曲、聞き覚えがある。

レコード盤から流れて来たのは、シベリウスの交響詩<トゥオネラの白鳥>だった。

死者の悲痛な叫びのような、魂を揺さぶる重~い旋律です。


「そうだ、トゥオネラだ! ここは黄泉の国、トゥオネラだったのか!」


大都会の真っ只中。

頭の中でリピートされるシベリウスのメロディを思い起こしながら、私はひとり代々木のトゥオネラを旅する人となっていたのでした。

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北欧フィンランドの作曲家シベリウスは、祖国の英雄叙事詩<カレワラ>のオペラ化を望み、作曲に取りかかっていました。

その願いは壮大すぎて、結局断念される事となったのですが、出来上がった序曲は交響詩<4つの伝説・レミンカイネン組曲>という作品にまとまり残されたのです。

<トゥオネラの白鳥>はその二番目の曲なのですが、とても有名で単独で演奏される事も多いのです。

英雄レミンカイネンは花嫁を得るため、その母親から3つの試練を授けられるのですが、2つまでやり遂げたあと最後に残ったのが「トゥオネラ川の白鳥を捕まえる」という難題だったのです。


死の川トゥオネラ・・・

トゥオネラはこの世とあの世との境目の川で、そこに住む白鳥は死者の魂をかの地へ導く、妖しく美しく恐ろしい存在なのです。

シベリウスはその死のイメージを、美しく幻想的な曲にして見事に表現しています。


霧の中を行くような弦の響き。

この世のものとは思えないただならぬ気配です。

白鳥の主題の旋律は死者の悲痛な叫びのように、重く静かに魂を揺さぶって来ます。

黄泉の国のトゥオネラ川に漂う白鳥は、優雅でありながら儚く、現実のものとも幻とも分からないイメージなのですが、その映像がはっきり目に浮かぶような不思議な音楽です。



   死してなお熱き想いの醒めぬ者は、
  
   死の川トゥオネラの白鳥となりて、
  
   ただ一羽、
  
   凍てついた水に心を癒す



主人公レミンカイネンが狩りに失敗して死んだあとの、静まりかえったトゥオネラ川を泳ぐ、優美な白鳥の姿を彷彿とさせます。

そこには自然界の美しさと恐ろしさが共存しているのです。

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代々木公園には大きな噴水のある池があります。

だから白鳥たちはきっとそこで羽を休めているに違いない。

そして死に行く者たちの準備が整うその時を、じっと待っているに違いない。

私のファンタジーはそんなストーリーを勝手に生み出しておりました。


今日でなければもう二度と<トゥオネラの白鳥>を見ることが出来ないだろう。

是非ともその美しいシーンをこの目で見届けなければ、吹雪の中ここまで彷徨った意味がないと私は思いました。

そして、まるで雪中行軍のように新雪を踏みしめ踏みしめ、大きな噴水の池まで歩んで行ったのです。

「私のトゥオネラ! 死の国の白鳥たちよ! どうぞ待っていておくれ・・・」



しかし、噴水も休止した池のそばでは、いつもの通り、カラスがレジ袋をついばみながら一声だけ。

「カァ〜!」

白銀の世界に大きく鳴り響くだけだったのです。

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追伸
手塚治の短編作品<0次元の丘>に、この<トゥオネラの白鳥>の曲が効果的に登場している。

「戦争中に一家惨殺されたという前世の記憶を持つ少年が、当時の家族と今生で再会する」というお話しなのだが、思春期の頃初めて読んで以来、<トゥオネラの白鳥>の強烈なイメージは私の心に住み着いてしまったみたいである。




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by viva1213yumiko | 2014-02-14 15:00 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)
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