赤い靴

冬物の最終バーゲンも終わり、ブテックのショウウィンドウにも鮮やかな色彩が戻って参りました。

毎年それに刺激されるように、春物の明るい色の準備を始めたくなります。

あちこちひっくり返し、整理を始めて、むか〜し買った赤い靴を見つけてしまいました。

この赤い靴、もう捨ててしまおうかどうか、迷っている真っ最中の私です。

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  ♬赤い靴 はいてた おんなの子

   異人さんに つれられて 行っちゃった

   横浜の 波止場から 船にのって

   異人さんに つれられて 行っちゃった

   今では 青い目に なっちゃって

   異人さんの お国に いるんだろう

   赤いくつ 見るたびに 考える

   異人さんに 逢うたびに 考える♬



大正時代に発表された、野口雨情の童謡<赤い靴>

哀しげな曲調と共に、分けも分からず外国に連れて行かれた少女の姿に、赤や青の色彩が広がり、イマジネーションを喚起させる不思議な童謡です。

子ども向きの唄と言っていいのかどうか疑問視されるところですが、異人さんに拉致されてしまった女の子が、気の毒なような、羨ましいような・・・

エロスとロマンが入り交じり、甘く胸をくすぐるミステリアスな童謡でもあります。

この唄は「異人さん」だからロマンを感じるのであって、決してただの「ガイジンさん」であってはならないんですよね。

ガイジンさんならそこら中に溢れてて、もはや異人でも何でもなくなってしまった今日でも、心のどこかに郷愁を感じさせるようなそんな普遍性のある唄です。

友人Mはこの「異人さん」の事を、ずっと「良い爺さん」だと思っていたらしい。

だから外国へ行けてめちゃラッキーな子なのに、この曲のメロディがなぜ悲しげなのか不思議でしようがなかったそうだ。(笑)

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実はこの赤い靴の女の子は実在していたんだそうです。

明治35年7月15日生まれの岩崎きみちゃんという子で、北海道開拓民の生活の厳しさから函館の宣教師夫妻に養女に出された、かわいそうな境遇の女の子らしいのです。

野口雨情はこの実話からインスピレーションを得て詩を書いたと言います。

しかし実際には異人さんの国に行く前、当時の不治の病結核が判明し、きみちゃんは船には乗れなかった。

宣教師夫妻は東京麻布の孤児院にきみちゃんを預け、横浜から米国へと帰国し、結局彼女はわずか9才でこの世を去りました。

だから麻布十番の孤児院跡地にはきみちゃんの慰霊碑まで残されています。

「大正ロマンも案外、残酷さと表裏一体を成しているんだなぁ」と、つくづく思い知らされましたね。
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<赤い靴>はアンデルセン童話の物語にも登場します。

少女が靴屋で買った赤い靴を履くと、足が勝手に踊り出し止まらなくなります。

靴を脱ぐことも出来ず死ぬまで踊り続けるという、そんな呪いがかかってしまうのです。

恩ある老婦人の葬儀にも出られず、身も心も疲れ果てて、最後には呪いを解くため首切り役人に足を切断してもらうという、これもまた童話とは思えないほど残酷なお話しです。
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バレエ映画<赤い靴>は、アンデルセン童話をバレリーナの出世物語に置き換えた1948年制作の映画で、モイラ・シアラーというスターダンサーが主演し、当時としては画期的かつ実験的な素晴らしい映画でした。

去年この映画のデジタル・リマスター版を観賞し、その芸術性の高さに改めて感動してしまいました。

その時にもふと疑問に思ったのですが、女の子というものはなぜ赤い靴を履きたがるのでしょう?

いや、もっと正確に言うとすれば、女性はなぜ赤い靴のシンボルに惹かれてしまうのか?

ですかね・・・?

とにかく、得も言われぬ赤い靴の不思議な魅力にズームインしてみましょう。

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ご存知のように、赤い色とは生命力・情熱・炎の象徴です。

白の神聖さに対して赤は卑俗のシンボル。

大地に足をつけ、自分の運命を切り開いて行く創造性と自由を意味します。

女性にとって赤い靴とは、自分自身のアイデンティティそのものなんですね。

なまの生命力エネルギーの表現形態とも言えます。

赤い靴とは自分の価値や尊厳をしっかりと表現し、創造性を発揮する、お気に入りのものの事を意味するのかも知れませんね。

スポーツ・学問・芸術・教育・趣味・ボランティアなんでも構いません。

あなたが情熱を感じるものを象徴するのが赤い靴なのです。


また西洋では女性の靴は女性性器のシンボルでもあるので、赤い靴とは自分の女性性への自信・プライドの表現とも言えるでしょう。

だから自我に目覚める少女の頃に、赤い靴に惹かれるのは、当然と言ったら当然の成り行きなんですね。

赤い靴が意味するものは、女性にとって生きる上の手段でもあり、お気に入りではあるけれど、それと同時にどこか怖いものでもあるのです。

人生上のある段階、自我を確立して自分の道を歩む準備の頃に、少女は赤い靴を履きたくなるのかも知れません。

たとえ大人の女性であっても「なぜか最近赤い靴が気になってしょうがない」と言う人は、自分の魂が内側から何かを表現したがってると考えても構わないでしょう。


地に足をつけて人生を歩むためには、履きごごちの良い靴を見つける事が大切です。

自分だけの使命や目的地に導いてくれる、素敵な赤い靴・・・

あなたが持ってる赤い生命力で、踊るように人生を歩んで行きましょう。




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by viva1213yumiko | 2014-03-10 13:10 | オペラ・バレエ・映画 | Comments(0)
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