スピリチュアリズム実践

a0253145_19561371.jpg


スピリチュアルな話し、霊的なものの話しになると、とたんに懐疑的になって眉をしかめる人々がいますよね。

「何だか眉唾だよねぇ~」

「科学的に証明出来ないでしょ?」

「新種の宗教みたいなもんじゃないの?」

エトセトラ、エトセトラ、エトセトラ・・・


霊的なものを信じる信じないは本人の自由、好みの問題だから、はっきり言ってどちらでも構わないと私は思っています。

しかし、多かれ少なかれ人間は何かしらの信念を持ってるので「人は皆何かを信じて生きる生命体である」とも言えるんですね。


「イワシの頭も信心から」という言葉がありますが、例えゴミ同然のつまらないものでも信仰すれば非常に尊いものになる。

第3者の眼からみればどうって事ないものも、神棚に祀って信心すれば、ありがたい神聖な力が生まれます。

結局、人は皆自分の信じる信念を表現して生きている。

そういうものなんだなぁ〜と思います。


だから「人生とは重き荷物を背負って歩む坂道である」と信じる事も出来るし、「人生って良いものだ。自分ってなんて幸福なんだ」と信じる事も可能です。

人生は<光と闇との絶え間ない戦場>と見なせば、あらゆるところに対立という概念が立ち上がって来ますよね。

人生を<魂を成長させる学び舎>と見なせば、あらゆる出来事に感謝の気持ちが生まれます。

人間は自分が信じたいように、この世界を感じ取って生きる権利があるのです。

a0253145_195350100.jpg


しかし信じようが信じまいが、人が一生懸命生きようと思ったら、霊的に生きて行かざるを得ないのもまた事実なんですねぇ〜

例えば農業をやっている人の事を想像してみて下さい。

農作物の作り手なら少しでも良い食べ物を作る事が目標となるんでしょうが、それは食べ物の霊化とは言えませんか?

それが絵描きなら魂のこもった良い絵を描く事、これが一番の喜びですよね。

詩人なら人の心を揺さぶる言葉の霊化、そこが目指す場所となります。


芸術作品ばかりでなく、優れた商品・サービスには否が応でもスピリッツが伴うもの。

心血を注いで開発された良質な商品とか、どんどん人が集まる人気店とかにも、やはり何らかしらの想いやスピリッツが存在してるのです。

そこら辺、ノウハウだけを真似ても上手くはいかない。

見えない何かが作用してしまうんですね。

だから唯物論だけでやって行こうとすると、人も社会もやがては袋小路に突き当たってしまいます。

好もうが好まざるが、やはり人間とはスピリチュアルそのものの存在なんですよねぇ〜(笑)

a0253145_2083936.jpg

果たして霊(スピリッツ)とは一体何ぞや?

霊が持つ力とは、ざっくり言っちゃえば、人々が無意識の底に隠してるエネルギーの事ですね。


何らかの事情により霊の力が立ち上がると無意識の情報が解放され、その人を大きく揺り動かす事があります。

ある時突然パカッとふたが開き、止めどもなく無意識エネルギーが流れ出す事ってやっぱりあるんですね。

理由は様々で一概には言えないのですが、[大きな病・ショッキングな事件・激しいスポーツ・出産時やSEXの体験] などが引き金になる場合も大いにあり得ます。

その時尋常ならざる力が我々の中に流れ込む。(こともある?)

尋常ならざる<ちはやぶる神>が、日常の意識の前面にど〜んと踊り出て来るんですね。

名だたる預言などは、この意識状態でなされたのでしょう。

いわゆる<神降ろし>です。

昔の人はこの神が降りて来る状態を恐れおののき、また畏敬の念を抱きました。

ところが現代の文明では、この手の<巫女病>さえ精神病理の扱いとされるのですから、誠にスケールがちっちゃいんですね。

a0253145_19591365.jpg

実は宇宙というものは、ダイナミックなエネルギーそのもので出来てるんです。

宇宙に存在するすべての物事は、存在自体神聖なエネルギー場の表現であり、私たちはそれを知覚し体験しながら生きてるという訳なんですね。

だから日常の生活とスピリチュアルな学び・気づきは、切っても切り離せない。

何をするにしても必ずスピリチュアルなプロセスに繋がります。


どんな職業についたら良いか?

お金をどのように稼ぎ、使い、貯めたら良いのか?

どのように人間関係を構築したら良いのか?

それらも一種のスピリチュアルなプロセスです。


都会の中で社会人として苦労して生活する事は、最も良いスピリチュアルレッスンだと言えるでしょう。

そのように考えてみると、人生で起こる良い事・悪い事・その他あらゆる出来事が、スピリチュアル(精神力)の成長のためにあるのだと理解出来ますよね。


スピリチュアリティーは、似てはいるけど宗教ともまた違うものです。

信仰の対象など何でも良くて、むしろ「自分を信じるか信じないか」「生きる事で成長しようとしてるか否か」がテーマになって来るんですね。

a0253145_19492934.jpg

結局のところスピリチュアリティー(霊性)とは、自分をどう扱うかという事に尽きるんじゃないでしょうか?

それは「人に対して無条件の愛を実践し、倫理観を持って生きる」というごく当たり前の道徳です。


<無条件の愛>というのは、人がそのままでいる事、あらゆる事を行う権利を認める事でもあります。

必ずしも相手を好きになる事ではないし、人を変えようと努力する事でもありません。

自分を犠牲にしたり、いつまでも我慢する必要もないのです。


家族の問題や社会的なプログラムの影響を克服して、本当の自分を生きる事。

魂が表現したがってる事を行動で示す事。

それこそが本物のスピリチュアリティーです。


結局スピリチュアリズムは<実践ありき>なんですね。

調子に乗りすぎると、<愛の鞭>という厳しい指導も待っている。

案外体育会系だったりもするんですよね。(笑)




[PR]
by viva1213yumiko | 2015-10-12 20:11 | 人生・霊性 | Comments(0)
<< 女の一生 カオス君GO-GO! >>