聖人と売春婦

ひとつインド・ヨーガの寓話をお聞かせしましょう。


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ある聖人が売春婦の向かいに住んでおりました。


多くの男たちが売春婦を訪れるのを毎日眺めることになったので、その聖人は売春婦を心底嫌いました。


売春婦に対する嫌悪が膨らんで、そのためしばし瞑想するのが困難になるほどでした。


一方売春婦の方は聖人を観察し、聖人の存在に大きな喜びを見出します。


彼女は来る日も来る日も、可能な限り聖人を眺めて暮らしました。


憂鬱な売春婦の人生には、彼の存在は光り輝く灯台のように思われたからです。


聖人が亡くなった時には、地域の人々がたくさん集まって盛大な葬儀が行われました。


皆、聖人のことを大変尊敬していたからです。


しかし売春婦が亡くなった時には、誰一人訪れる者はおりません。


皆、売春婦と関わるのを嫌がったのです。



さて時が過ぎ、聖人が生まれ変わることになった時。


あろうことか、聖人はあれほど嫌った売春婦として生まれ変わることとなってしまいました。


それは聖人として生きて、それまでに得た全ての美徳を使い果たしてしまったからです。


そればかりか、絶え間なく売春婦に軽蔑の気持ちを持ったため、潜在意識の中に売春婦の印象を強く作り上げてしまい、それが原因で売春婦に生まれ変わることとなったのです。


一方売春婦の方は、逆に聖人として生まれ変わりました。


聖人であることに希望を見い出し、常に瞑想していたため、心の中に「次の生で聖人になる」という条件づけを作り上げたからなのです。


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さすがにインドの寓話はタイムスケールが違いますね。


ごく当たり前にフツーに輪廻のスパンで語ってます。



ヨーガ哲学によると、人の意識は肉体のように滅びることがないんだそうです。


プルシャ(意識・魂)とは、生まれたこともなければ死んだこともなく、永遠不滅で形がなく、光に満ちた純粋なものなのだそうです。


しかし人は、それをつい自分の自我と勘違いし、真実を歪んだ形で解釈してしまいます。


「売春婦は軽蔑すべきもの」


「聖人は尊敬に値するもの」


自我はそんな風に物事の印象を記録してしまい、真実が全く見えていないのです。


そして人間の心に苦悩が生まれるのは、真実を見ることが出来ない、その心の曇りのせいだと教えるんですね。


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だからヨーギたちはヨーガを実践し、煩悩をはずそうと努めます。


心の働きを止滅し、悟りに達すれば、世界は全く違ったものに感じられるのだそうです。


「世界とは幻想のようなものである」と、遅かれ早かれそう捉えられるようになるんだそうですよ。



「世界は幻想のようなもの」


だから起こっている現象に執着するな、振り回されるな。


自由になれ、解き放て、輪廻から解脱せよ。


と、こう教え説く訳なのです。


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この聖人と売春婦の寓話も、多分そういうことを伝えたかったんだろうと思います。


良いカルマを蓄積すれば、確かに良い人生が提供されるでしょう。


しかし我々が過去に行った様々な言動は、そのほとんどがブラインドに隠されて見えない状態なのです。


だから人生で起こる幸不幸に、いちいち一喜一憂する必要もない。


良いカルマの結果だろうと、悪いカルマの結果だろうと、その両方を含んだ結果であろうと、起こってしまった出来事に執着しないで生きることが大事だと教えるのです。


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この人生、あなたは自分の思い通りのシナリオを描けて生きてますか?


仕事でもプライベートでも良い、プラン通りに進んでいますか?


もしそう感じているなら、それはとても素晴らしいですね。


今まで様々な努力を積み重ねた結果です。


実りある収穫に「おめでとう!」と祝福を贈りましょう。



しかしあなたも気づいてるのではないですか?


今手にしている現実は、過去に抱いたあのイメージが発端だったと・・・


あなたが過去に夢見てた小さなイメージ。


そのイメージの種に光と水を与え、発芽させ成長させたもの。


それが現在のあなた、真実のあなたに他なりません。


このようにイメージとは、未来の結果を予言するものなのです。


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しかし今良い立場にいるからといって将来もそれが続くとは限らないことを、皮肉にもこの寓話は教えます。


意識ってのは恐ろしいぐらいぶっきらぼうで、人の幸不幸には全然無関心。


ただただその人の持ってる潜在印象を現象化するだけです。


だから常に、何を思い何を考えるか、自分で意識してないとならないんですね。


うっかりしてるとこの聖人のように、落とし穴にハマりかねません。



そしてまた、今現在さして良い立場にいないと思われる人に対し、説教したり批判したりする必要もないのです。


人は経験を通じて、様々物事の様々な印象をコレクションし、世界とはこういうものと感じ取ります。


潜在意識にどのような印象を保存してるのか?


全てはそれだけの問題です。


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聖人は知らぬ間に潜在意識の中に売春婦の印象をばら撒いてしまいました。


そしてそのことが原因で、侮辱していた売春婦に転生することになりました。


私たちが過去に抱いた想いや言動は、隠された場所に仕舞われ保存されます。


でも我々はそれをすっかり忘れて、置き去りにしたままでいるのです。



<原因と結果の法則>


これは宇宙の法則で、誰もが必ず従わざるを得ません。


だから次に何が待っているかなんて、そんなことは誰にも分かりません。


分かっているのはたったひとつ。


船の羅針盤は、心の奥深くにあるってことだけです。


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by viva1213yumiko | 2016-11-10 13:59 | 人生・霊性 | Comments(0)
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