台湾に旅行に行った時、京劇を鑑賞するチャンスに恵まれた。 観光客向けの一幕もののプログラムでしたが、孫悟空の冒険活劇や若い男女の恋の駆け引きなど、楽しい芝居を鑑賞させて貰いました。 それは歌舞伎や能の体験で、興奮する外国人と同じ状況なんでしょうね。 京劇特有のあの甲高い音楽や、衣装やアクロバットや演出に終始ドキドキさせられっ放しで、感動と興奮の一夜を過ごすことが出来ました。 中国文化は途轍もなく大きすぎて「よう分からん」と思う方。 そのような方にこそ、<京劇パフォーマンス>はいかがでしょう? エンターティメントな伝統芸術から中国文化を覗き込む。 それならきっと親しみを持てるに違いありません。 京劇といえば、そう、チェン・カイコー監督のあの映画、<さらば、我が愛/覇王別姫>です。 この映画は、1920年代から約50年間の激動の時代を生き抜いた京劇役者の愛憎劇なのですが、いろんな意味で深く心をえぐられる映画なんですよね。 3時間近い大作ですが、終始飽きずに間違いなく物語にのめり込んでしまう。 ある意味<鬼気迫る傑作>です。 死ぬまでに一度は見ておくべき映画と言えるでしょう。 人は運命から逃げられない。 逃げても運命は追いかけて来る。 人の運命とは時の流れの中、花びらのように浮き沈みせざるを得ない。 と、そんな風に思えて来て、鑑賞後にボー然と虚脱感が残るかも知れません。 だから、意思の力でガンガン能力を発揮したいと願う<自己啓発系>の方や、開運スポットで他力本願して満足してる<ゆるふわスピ系>の方はむしろ見ない方が良いかも知れません。 なぜならこのお話の根底には「人はそれぞれの運命に責任を取らなければならない」っていう、厳し~いテーマが流れているからです。 女郎の女が育てられなくなった我が子を、捨て子同然に京劇の養成所に預けて行くところからこの物語は始まります。 厳しい訓練と虐待の中で、孤児の少年は女形として育てられ、時に慰み者にされ、男とも女とも言えないいびつなアイデンティティーを形成する。 家族のいない孤児にとっては、子供の頃から一緒に育ち何かと助けてくれる兄貴分は、唯一頼れる存在だったのだろう。 その義兄弟の役者二人の運命と、京劇の栄華衰退とを、中国の史実に乗せて綴るスケールの大きなお話しです。 二人のヒット演目は「覇王別姫」 三国志で活躍する英雄<覇王>の末路と、最後まで運命を共にした<虞妃>の悲劇です。 悲劇の役を演じてそれがはまり役になると、役のキャラクターそのものが役者個人に憑依して来て、悲劇に取り憑かれてしまうってことあるのでしょうか? 役者というのはつくづく因果な職業ですね。 悲劇の恋人役を演じるうちに、いつしか本当に彼を愛するようになってしまう。 男と女の垣根を超えたトランスジェンダー。 いつの間にか彼は、芝居と現実の垣根さえも超えてしまっているんですね。 母に捨てられ、家族を知らず、男でもなく女でもない。 愛する人には女房がいて、愛したくても愛せない。 生きる術は京劇だけだから、芝居を辞めたくても辞められない。 舞台の上でしかいのちが輝けない<仮面の人生> そんな運命しか残されてないとしたら・・・ さあ、あなたならどうする? 一体どうするでしょうか? 清朝末期から国民党→日本軍→国民党→共産党と目紛しく政権が代わり、その度に京劇の運命は翻弄されます。 そして文化大革命。 自己批判を強要され、芸術家や文化人は徹底的に破壊され尽くす。 伝統芸術とは元来お金持ちや権力者の庇護があって成り立つもの。 戦争が起こったなら、政変が覆されたなら、芸術なんて木っ端微塵に破壊されるのです。 運命が激しく流転している時、人は誰もそれに逆らえません。 三国志の英雄<覇王>ですら定められた運命には逆らえなかった。 それと全く同じようにです。 それでも人は生きなければならない。 結局、人はそれぞれの運命に責任を取らなければならないんですね。 人生は人により千差万別です。 映画のように、時代に、偏見に、権力に翻弄される過酷な人生もあるでしょう。 穏やかで平凡に生きる者もいる。 けれど、人には必ずいつか<人生の収支決算>をしなければならない時がやって来る。 誰にも必ずその時が訪れるのです。 だから、人生で起こる悲劇・喜劇の総決算から何を教訓とすべきか? あくまでも決めるのはあなた自身ということなんですね。 どんなに愛しても愛し足りない どんなに憎んでも憎みきれない 映画の宣伝コピーにはこのように書いてありました。 愛したいのに愛が叶わない。 かといって離れたくても離れられない運命。 人間界にはそんな不思議な愛憎関係が確かに存在しますよね。 「今まさにそれに翻弄されている真っ最中です!」って人も、決して少なくないはずです。 人間の営みの中には、時に心をえぐり取られる程の厳しさ・残酷さが潜んでいます。 そのようなものに遭遇すると、人間の浅はかな考えでは計り知ることの叶わない、この<人生のカラクリ>を思わずにはいられません。 神様の計画はいつも極秘裏に実行されて行く。 いつだって我々は、そこにある意味を、後になって何とか解釈するだけ。 人生の経験の中から一体何を学び取るべきか? 我々が生きることの意義とは、多分それをつかみ出すことにあるのかも知れませんね。
by viva1213yumiko
| 2017-06-12 19:35
| オペラ・バレエ・映画
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