カテゴリ:人生・霊性( 46 )

爺さんのカルマ

a0253145_16130948.jpg


「この間、駅のホームでさ、訳の分かんない爺さんに急に怒鳴られたのよ。その爺さん、持ってた傘でツンツン突き刺さして来るの。あれって一体どういうつもり?凄い悪夢だわよ!」

知人の30代女性、K子は興奮した口調でそんな話しを聞かせてくれた。


「何だか最近、変な爺さんばかりに遭遇するのよ。こないだもパチンコ屋の前でいきなり腕捕まれて説教されちゃたし。もうイヤんなる~」


そして彼女は自分自身を責めるのです。


「あ~、私前世で悪いことしたのかなぁ?爺さんのカルマ絶対背負ってる」


「ぷっ、爺さんのカルマ?」 


私は思わず吹き出してしまった。


「あっ、ごめんごめん。でもそれかなり笑えるかも」


「そう、爺さんばかりに文句言われて迫られるカルマ。なぜか必ずそうなるの」


「そのカルマ、相当哀しいわね」


「爺さんのカルマ、もうイヤ~っ!どうせならイケメンのカルマがイイ!」


a0253145_16133838.jpeg


その後彼女とはめっきり疎遠となり、現在の消息は定かではない。


彼女はその後どうなったのだろうか?


爺さんたちのビターなカルマから解放され、晴れて自由を手に入れたか?


そして望み通りイケメンのカルマを引き寄せられたのか?


残念ながら知る術はありません。


もしかすると爺さんの因縁を断ち切れずに、年寄りの集まる寄合所みたいな場所で、相も変わらず怒鳴られて、頭をペコペコ下げお茶など配ってるかも知れません。


カルマはあなたに大事なことを教えてくれる。


この世にひとりとしてカルマの力学から逃れられる者はいないのです。


a0253145_16134260.jpeg


カルマというのは自然界の調和とバランスを保つために生じる<エネルギーの物理現象>です。

だから<カルマ>、イコール<原因と結果の法則>なのです。


それはどこまでも公正な法則で、それがカルマの大きな特色です。


K子は多分、成るべくして爺さんとのご縁を生じさせたのでしょう。


きっとそこには彼女の、何か個人的なテーマが潜んでいるはずです。


そのテーマがクリアされるまで、彼女のまわりには今しばらく爺さんばかり寄りついて来るのかも知れませんね。


やれやれ・・・


だから、ここはひとつカルマに対する開き直りが必要です。


人生に起こる全ての事象に逆らわず、流れるように生きてみる。


そうすれば彼女もいつか、必ずイケメンとのご縁に恵まれる日が来るでしょう。


魂は永遠なり・・・


K子よ、気を落とすことなかれ。


a0253145_16134818.jpeg


世の中には特定の人物ばかりと特別なご縁が結ばれてしまう、そういうことってあるみたいです。


彼女みたいに年寄りばかりにご縁ある人がいる。


子供ばかりと特別ご縁の深い人もいる。


病人ばかりに縁のある人。


奇人・変人ばかりと縁が出来る人。


そして同性同士としか関わりを持てない人もいる。


ペットにばかり、植物にばかり、骨董品ばかりとご縁を結ぶ人だっているんです。


誰もが皆、何らかしらの<ご縁>の傾向性を持ってる訳ですね。



a0253145_16142582.jpeg


考えてみればそれって不思議な話しです。


人と人(人と物)とのご縁に、ある種の法則性があるのはなぜなのでしょう。


なぜK子が爺さんとご縁を結ばなければならなかったのか?


別の誰かでなく、なぜ彼女じゃなきゃならないのか?


K子の何が<爺さんのカルマ>の原因を作るのか?


その理由は一体何なのか?


そこら辺どうにも気になる部分ですよね。


a0253145_16135252.jpeg

例えば過去に、お年寄りを虐めたりいびったり大切にしなかったから、お年寄りから叱られ疎んじられてるのだろうか?


それとも過去世からの課題があり、そのせいで怒鳴られるのだろうか?


あるいは「自分の中の融通のなさ、頑固ジジイ的側面に気づきなさいよ」と言う警告か?


考えつくあらゆるパターンを探してみたものの、どうにも良く分かりません。


ま、いずれにしても彼女の何かが起爆剤となっていて、爺さんたちの隠れた怨念のようなものが刺激され、喚起されているのは確か。


つまりそれを誘発させるエネルギーが、彼女の方にも存在してると言う訳です。


a0253145_16142886.jpeg


 [劍は納めておきなさい。剣を取るものは皆、剣によって滅びる]


と、聖書にも書いてあります。(新訳聖書マタイ26章52)


自分がすることは他者から同じように受け取ることになるんだから劍を振りかざすな、という意味ですね。


あらゆる出来事には原因があります。


また、あらゆる原因が結果をもたらすもの。


どのような苦悩も病気も貧しい境遇も、全ては今回の人生と過去世とにおいて、未解決のままになった行為の結果だと言えるのです。



だから人は常に、自分の言動について意識的でいなければなりません。


今自分が何を考えていて、今何を喋っているか。


いかなる理由でこれを行なうのか。


常に内観し、醒めていないとならないのです。


そして事あるごとに不健全なエネルギーを浄化し、ネガティヴなエネルギーを作らぬよう注意しなければなりません。


でないと<原因と結果の法則>によって、自分にとって嬉しくない現象がブーメランのように帰って来てしまうからです。


a0253145_16141291.jpeg


エネルギーの法則って限りなくシンプルなんです。


 [自分の巻いた種は自分で刈り取らなければならない]


ただそれだけのことです。



K子を苦しめる<爺さんのカルマ>


なぜそんなことが起こるのか、彼女は深く考えてみる必要があるでしょう。


そうでないと多分、今の場所から自分を前進させることは難しいんじゃないかしら?


自分の課題がクリアされるその日まで、爺さんは彼女の周りに出没し続ける。


イケメンのカルマ発動には、まだまだ時間が掛るんじゃないかと、そう思えて仕方ないんですよね。



a0253145_16144261.jpeg





[PR]
by viva1213yumiko | 2017-03-21 13:19 | 人生・霊性 | Comments(0)

仮想現実の人生

a0253145_23181625.jpg

バーチャル・リアリティーという言葉が一般的になったのは、一体いつ頃ぐらいからだろう?


仮想空間という機械の中の世界。


その世界の中で現実並みのリアルな体験が出来ちゃうというんだから、現代文明ってホントに面白いことになってますよね。



仮想現実とはコンピューター等の機械で、現実にはないものをあたかもそこにあるかのように知覚させる技術のことです。


もちろんゲーム業界がそのトップランナー。


仮想現実の空間で仮想のスポーツを楽しんだり、仮想の敵とバトルしたりして、現実では不可能な体験やスリルを味わえます。


a0253145_23192290.jpeg

仮想現実ではプログラムさえ組み立てれば何でも好きなことが出来ます。


仮想世界では理想通りの恋人も構築出来るので、その恋人と仮想デートも楽しめちゃうんです。


当然、デート費用も仮想マネーで支払えます。


仮想レストランでゴージャスなディナー、そのまま仮想ホテルにベッドイン。


仮想SEXで思いっきり快楽も味わえます。


しかし仮想の交際とはいえ、やがて痴話喧嘩やすれ違いは訪れることでしょう。


直面したくありませんが、この世界でもやはり向き合わざるを得ないのです。


たとえ仮想の恋愛であれ、男女の機微は学ばねばならぬ必須項目です。


いくつかの仮想恋愛を経験して大人になったら、次は仮想の結婚です。


かりそめの神の前で愛を誓ったら、ハネムーンに一足飛びに進みましょう。


そのまんまの勢いで仮想ベビーが生まれちゃえば、幸せ仮想ファミリーの一丁あがりです。


そうなってくるとペットと芝生のある、仮想マイホームが必要となる。


仮想ビジネスで大儲けして、仮想の富豪になり、船やジェットや大豪邸を手に入れても全く構わないのです。


何てったって、ここは仮想空間なのですから・・・


あなたが味わうことのない、別の人生を体験出来る場所なのです。


a0253145_23193136.jpeg


さて、このように仮想の現実世界で思うような体験が出来たなら、楽しくて楽しくてしようがなくなりますよね。


カビの生えたこの現実世界になんか、戻って来たくなくなってしまうんじゃないんでしょうか?


だってあっちの世界でも商売したり、ちゃんと報酬が得られて、理想の職業に就いた理想の自分が、理想の恋人や家族と仲良く暮らしているんですよ?


もうこっちの世界になんか、誰も戻って来たくありません。



デジタルの世界が行き着くところまで行ったら、こんな具合にこの世界と向こうの世界とが入れ替わちゃう可能性があります。


仮想現実で何でも出来るようになったなら、努力を重ねても実現に時間が掛かってしまうこの現実世界など、皆どうでもよくなるでしょう。


むしろ現実など「もう必要ないよ」って思うかも知れません。


バーチャル・リアリティーの方がよっぽど楽しくなり、こっちに戻って来れないほど耽溺する、いわゆる<V.R廃人>がたくさん出て来るんじゃないかしら?


こっそり向こうの世界に隠れ住む人も続出で、潜伏者を探し出すプロが必要になるかも知れません。


SFの世界が本当に待ち構えていそうですよね。


a0253145_23193871.jpeg


でもね・・・


実は仮想現実って現世の延長みたいなものなんです。


そう、延長です。


だって構造からしてソックリですもん。



仮想現実はプログラマーによって創造された電気信号の世界です。


同様にこの宇宙も、神か何かの良く分からない高次パワーに創造された世界。


両方共、どこかの誰かが何らかの原因で創り出したという点で同じです。


また、仮想現実の世界に入るには<ログイン>や<ログアウト>をしなければなりませんが、これなどはまるで時の<始まり>と<終わり>を表現してるようにそう思えて仕方ありません。


ゲームの開始のため、<入口>と<出口>を設定するところなど、間違いなく人の<誕生>と<死>を表してるはず。


仮想現実には一定のルールがあるし、訓練によってキャラクターを成長させて行きますが、これなどは実際の人生上のレッスンと全く同じ仕組みです。


ユーザーは仮想世界でしたい経験を決めることが出来ますが、実際の人生でも我々の想いや意図が、やはり我々の経験を反映して行く。


そしてユーザーはシュミレーション・システムの外側を理解していて、いつでもそちら側との繋がりを保っていられます。


だからそれと全く同じように、この宇宙のシステムを我々が理解すれば、いつでも我々は宇宙の創造主と繋がっていられるはずなんじゃないかと、そう思えてしようがないのです。


a0253145_23202410.jpeg



ねっ、仮想現実って我々が生きるこの世の、そのまんま縮図みたいでしょ?


実際そう。


それはほぼ確実みたいなんです。


大昔から賢者たちはそのことに気づいていていました。


だから・・・


「神は至るところに存在している」


「関心を払いさえすれば、神は現れてくれる」


と、このように言い伝えて来たんです。


a0253145_23201588.jpeg

「21世紀は意識の時代だ」と言われています。


それはなぜだと思いますか?


実は私たちの心の信念が人生のプログラムを決めていて、経験というギフトを与えられている。


そんな考え方が当たり前になる時代だからです。


外の世界を変えるには、自分の内側の世界を変えねばならない。


それがコモンセンスとなるんです。




宇宙そのものが、遥か昔に始まった巨大なシュミレーション・プログラムです。


我々は宇宙というスーパー・コンピューターの中の存在にすぎません。


望もうが望むまいがそんなことどっちでも構いません。


事実私たちはもう仮想現実で暮らしているんですから・・・



a0253145_23194442.jpeg




自分の中に全ての世界がある。


あなたがものの見方や学び方を理解すれば扉はそこにあり、鍵はあなたの手の中にある。  J・クリシュナムルティ

                 

a0253145_23203227.jpeg





[PR]
by viva1213yumiko | 2016-11-21 18:11 | 人生・霊性 | Comments(2)

聖人と売春婦

ひとつインド・ヨーガの寓話をお聞かせしましょう。


a0253145_23055802.jpg

ある聖人が売春婦の向かいに住んでおりました。


多くの男たちが売春婦を訪れるのを毎日眺めることになったので、その聖人は売春婦を心底嫌いました。


売春婦に対する嫌悪が膨らんで、そのためしばし瞑想するのが困難になるほどでした。


一方売春婦の方は聖人を観察し、聖人の存在に大きな喜びを見出します。


彼女は来る日も来る日も、可能な限り聖人を眺めて暮らしました。


憂鬱な売春婦の人生には、彼の存在は光り輝く灯台のように思われたからです。


聖人が亡くなった時には、地域の人々がたくさん集まって盛大な葬儀が行われました。


皆、聖人のことを大変尊敬していたからです。


しかし売春婦が亡くなった時には、誰一人訪れる者はおりません。


皆、売春婦と関わるのを嫌がったのです。



さて時が過ぎ、聖人が生まれ変わることになった時。


あろうことか、聖人はあれほど嫌った売春婦として生まれ変わることとなってしまいました。


それは聖人として生きて、それまでに得た全ての美徳を使い果たしてしまったからです。


そればかりか、絶え間なく売春婦に軽蔑の気持ちを持ったため、潜在意識の中に売春婦の印象を強く作り上げてしまい、それが原因で売春婦に生まれ変わることとなったのです。


一方売春婦の方は、逆に聖人として生まれ変わりました。


聖人であることに希望を見い出し、常に瞑想していたため、心の中に「次の生で聖人になる」という条件づけを作り上げたからなのです。


a0253145_23064785.jpeg



さすがにインドの寓話はタイムスケールが違いますね。


ごく当たり前にフツーに輪廻のスパンで語ってます。



ヨーガ哲学によると、人の意識は肉体のように滅びることがないんだそうです。


プルシャ(意識・魂)とは、生まれたこともなければ死んだこともなく、永遠不滅で形がなく、光に満ちた純粋なものなのだそうです。


しかし人は、それをつい自分の自我と勘違いし、真実を歪んだ形で解釈してしまいます。


「売春婦は軽蔑すべきもの」


「聖人は尊敬に値するもの」


自我はそんな風に物事の印象を記録してしまい、真実が全く見えていないのです。


そして人間の心に苦悩が生まれるのは、真実を見ることが出来ない、その心の曇りのせいだと教えるんですね。


a0253145_23071389.jpeg

だからヨーギたちはヨーガを実践し、煩悩をはずそうと努めます。


心の働きを止滅し、悟りに達すれば、世界は全く違ったものに感じられるのだそうです。


「世界とは幻想のようなものである」と、遅かれ早かれそう捉えられるようになるんだそうですよ。



「世界は幻想のようなもの」


だから起こっている現象に執着するな、振り回されるな。


自由になれ、解き放て、輪廻から解脱せよ。


と、こう教え説く訳なのです。


a0253145_23073476.jpeg

この聖人と売春婦の寓話も、多分そういうことを伝えたかったんだろうと思います。


良いカルマを蓄積すれば、確かに良い人生が提供されるでしょう。


しかし我々が過去に行った様々な言動は、そのほとんどがブラインドに隠されて見えない状態なのです。


だから人生で起こる幸不幸に、いちいち一喜一憂する必要もない。


良いカルマの結果だろうと、悪いカルマの結果だろうと、その両方を含んだ結果であろうと、起こってしまった出来事に執着しないで生きることが大事だと教えるのです。


a0253145_23063170.jpeg

この人生、あなたは自分の思い通りのシナリオを描けて生きてますか?


仕事でもプライベートでも良い、プラン通りに進んでいますか?


もしそう感じているなら、それはとても素晴らしいですね。


今まで様々な努力を積み重ねた結果です。


実りある収穫に「おめでとう!」と祝福を贈りましょう。



しかしあなたも気づいてるのではないですか?


今手にしている現実は、過去に抱いたあのイメージが発端だったと・・・


あなたが過去に夢見てた小さなイメージ。


そのイメージの種に光と水を与え、発芽させ成長させたもの。


それが現在のあなた、真実のあなたに他なりません。


このようにイメージとは、未来の結果を予言するものなのです。


a0253145_23074891.jpeg

しかし今良い立場にいるからといって将来もそれが続くとは限らないことを、皮肉にもこの寓話は教えます。


意識ってのは恐ろしいぐらいぶっきらぼうで、人の幸不幸には全然無関心。


ただただその人の持ってる潜在印象を現象化するだけです。


だから常に、何を思い何を考えるか、自分で意識してないとならないんですね。


うっかりしてるとこの聖人のように、落とし穴にハマりかねません。



そしてまた、今現在さして良い立場にいないと思われる人に対し、説教したり批判したりする必要もないのです。


人は経験を通じて、様々物事の様々な印象をコレクションし、世界とはこういうものと感じ取ります。


潜在意識にどのような印象を保存してるのか?


全てはそれだけの問題です。


a0253145_23062342.jpeg

聖人は知らぬ間に潜在意識の中に売春婦の印象をばら撒いてしまいました。


そしてそのことが原因で、侮辱していた売春婦に転生することになりました。


私たちが過去に抱いた想いや言動は、隠された場所に仕舞われ保存されます。


でも我々はそれをすっかり忘れて、置き去りにしたままでいるのです。



<原因と結果の法則>


これは宇宙の法則で、誰もが必ず従わざるを得ません。


だから次に何が待っているかなんて、そんなことは誰にも分かりません。


分かっているのはたったひとつ。


船の羅針盤は、心の奥深くにあるってことだけです。


a0253145_23081612.jpeg



[PR]
by viva1213yumiko | 2016-11-10 13:59 | 人生・霊性 | Comments(0)

女運のない男・男運のない女

「僕ってつくづく女運がないんですよ・・・」

突然降り出した午後のにわか雨。

雨宿りに入った小洒落たカフェで、40代の彼はそんな話しを始めたのです。

a0253145_197913.jpg

男性の言うことを要約するとざっとこうなります。

今までたくさんの女性と付き合って来た。

正直言って自分は女にモテる方だと思う。

自分から声を掛けなくてもいつも不思議と女性の方から寄って来る。

だから今まで付き合う女に困ったことは一度もなかった。

女性にチヤホヤされるのは確かに悪い気はしない。

しかし自分を追いかけるだけ追いかけ、振り回すだけ振り回し、最後に怒りを爆発させ勝手に去って行く。

それもまた女なのである。

どの女も何かを奪い去って行くばかりで、自分は一向に満たされた気持ちにならない。

長いこと「自分は女好きの快楽主義者だ」と思っていたが、最近では「実は心の奥で女を憎んでいるのかも?」とすら思える程だ。

今のままではちっとも幸せを感じられない。

一体どうしたら良いのだろうか?


「彼は今、間違いなく良い場所にいる」と、私は思いました。

彼は心の底から変わりたがっているように思えたからです。

正確には変わりたがっているというよりもっとシリアスで、絶対に変わらねばならない崖っぷちにいるようでした。

彼は確かに行きずまっている。

そして勇気を出し、今の状態を変えねばならないと痛切に感じている。

人も羨む人生のモテ期を、「もう完了させても構わない」と思うほど、彼の心は次の段階へと移行したがってるようです。

人生とは、前進する事を宿命づけられた長い長い道のり。

彼が女性関係でトコトン煮詰まってしまったのは、「ついに機が熟した」という何よりのサインです。

「あなたねぇ、気づきなさいよ。先に進む時が来たんですよ。」

と、合図が後押ししてるのです。

a0253145_18323772.jpg


さてこのような場合、彼は一体どのように対処すべきなのでしょう?

まず確かなこととして考え直すべきは<鏡の法則>のことです。

<鏡の法則>とは、誰もがうっすら気づいていても、なかなか認められない宇宙の普遍の法則。

それは、自分が関係したり無意識に引き寄せてる人びとには、必ず(必ずです)「自分の中の隠された信念が現れる」という法則です。


例えばこの彼の場合、愛してくれる女性が最終的に重荷になっちゃうのはなぜなのか、そこを深く探らないとならないでしょうね。

彼にとって女性にチヤホヤされることは、彼のアイデンティティーが非常に満足するものだった。

「俺って結構イケてるじゃん!」と、耳元で自我が甘く囁くからです。

しかしそれはトリックです。

彼が最も愛したのは、チヤホヤされ有頂天になれる自分の自我イメージだったのであり、決して生身の女性のことを愛した訳じゃないんですね。

アイドルタレントが、世間に見せる自己イメージを演じているうちに、そのイメージに捉われて自ら苦しむのと似ています。

「何らかの隠れた信念が異性関係となって表現される。」

この彼の生きづらさの原因は、自分に対する歪んだ自己像にあったようです。

a0253145_1833220.jpg


なぜこのようなことが起こったのでしょう?

理由は色々あるのでしょうが、やはり一番影響を与えてるのは小さい頃の親子関係だと思います。

世に言う<アダルトチルドレン>が悪さをしてるんですね。

彼が女性を愛せないのは、心の奥に住んでる拗ねた子供が、当時の母親に復習してるからなのかも知れませんねぇ〜

理由は以外と単純なもので、「もっとママに褒めてもらいたい」「かまってもらいたい」です。

それが母親の愛情不足から来るのか、あるいは愛情過多から来るのか、そこら辺はイマイチ良く分かりません。

しかし彼は、本来母親から受け取るべき愛のどこかにまだ執着が残っていて、欠落部分を取り返すため、女性に対しある種の復讐を企てていたようなのです。

これ、母親からの愛情に歪みがあり、その捉われから解放されてない場合に起こる、結構ありがちなケースなんです。

もちろん本人は無自覚でやってるんですよ。

自覚してたなら悩みになんかなりません。

なぜ女性関係でいつも同じことが繰り返されるのか、何よりも彼本人が一番頭をひねってるはずです。

でも結局、彼の隠された信念は女性関係に表現されちゃってました。


こういうことは巷に良くある話しでありまして、女性の側にとっても厄介な問題を孕んでるんですねぇ〜

「愛する男が愛していたのはこの私ではなかった。」

「この関係は彼自身のナルシシズムに付き合わされただけの、実はそんな関係性だった。」

それに気づいてしまうのはかなり衝撃的なことで、大概の場合そこら辺から泥沼となるのです。

神話の美青年ナルキッソスは水に映った自分の姿に見とれ、恋い焦がれて死んでしまいました。

人を愛するってどういうことか、あの時ナルキッソスがもっと考えてたら、精神的に成長して、もっと長生き出来たはず。

モテ男の彼には、是非神話の教訓を学び直して欲しいものです。

a0253145_18333112.jpg


ひとつハッキリしてることがあります。

「母親に傷つけられたと思っている男は、必ず女でそれを回復しようとする。」

けれど女の方はそれを投げかけられることに耐えられないのです。

彼の場合、まず母親とのこだわりを解き放つのが先決でしょう。

本当の意味で女性を愛せる人間に成熟するには、そこから始めないとならないんですね。


<女運のない男>が隠れた信念に操られる様に、<男運のない女>もまた信念に操られています。

その場合には、父親との関係性が影響を与えやすいんですよね。

問題の奥には必ず目に見えない原因があるんです。

いつの時代でも男女の関係に問題が絶えないのは、心の奥の秘密の玉手箱を誰も開けてみようとしないから。

本当はそれを紐解くと、色々なことが分かって来るんですがねぇ~


あなたは女運のない男? 

それとも男運のない女かしら?

a0253145_18335867.jpg


[PR]
by viva1213yumiko | 2016-06-15 09:17 | 人生・霊性 | Comments(3)

逃げる人のスピリチュアリズム

a0253145_1191052.jpg

日本人社会っていうのは<同調性バイアス>が、めっぽう強い社会なのだそうです。

同じ見方、同じ感情、同じ喜怒哀楽を暗黙のうちに求められ、「皆んなと一緒にしておけば取りあえず安心」っていうそんな文化ですね。

日本社会では頼みごとを断る時にも、「誠に恐縮で恐れ入りますが」とか、「お役に立てず申し訳ありませんが」とか、美しい言い訳の常套句をたくさん並べてお断りします。

優しいオブラートに包んで、丁寧に断らなければなりません。

それを怠って「いいえ駄目です」と結論から伝えると、つっけんどんで失礼な人という烙印を押されてしまいます。

でも英語だったらたった一言「ノオ!」

それだけで済んじゃいます。

日本文化では「ノオ」を使ってしまうと、ズバリと切り捨てる感じになっちゃって、なかなか難しいのです。

特に女性などキツい印象を与えてしまいますよね、

だからそこら辺のニュアンス表現に気を使うあまりに、自分の意見が YES なのか NO なのか良く分からなくなったりして・・・

そこがまたモヤモヤ感を募らせます。

a0253145_1222764.jpg

日本の社会では、人の感情に敏感になることや、他人が期待するように行動することを要求される。

それは生き延びるための<ツール>です。

日本人って<おかげ様>とか<お天道様>とか、何か個を超越した大きなものに皆んなで繋がってるような気分でいます。

その繋がりを、イコール社会と感じてる人が圧倒的なんじゃないでしょうか。

国民の多くが「自分は無宗教だ」とアンケートに答えるのに、皆んな心のどこかに目に見えない存在を信じている。

それは欧米文化みたいなはっきりした神ではないんだけど、大きく畏れ多い存在を漠然と信じてて、その共通認識で何となく社会が成り立っている。

そこが日本文化の良さですよね。(悪さでもあるが・・・)


a0253145_14152056.jpg

しかし時代は急速に加速しています。

海外からのお客様も増え、今、日本人のアイデンティティーは突きつけられてます。

時代は新しい段階に突入してるのです。

だからそれに見合うエネルギーへ、我々もシフトしなければなりません。

日本人自体の生き方が試され、向き合わされているのです。

 [和をもって尊しと為す]

日本文化の美点を生かしつつ、日本人は個を確立する段階へと来てるのです。

そう。 今の時代<自立の時代>なのです。


ここでいう自立とは、経済的な自立のことだけじゃありませんよ。

もっと普遍的な<魂の自立>のことです。

私たちの魂っていうのは、厄介な家族の問題や社会的なプログラムの影響を乗り越え、一人一人がかけがいのない本当の自分を生きること、それを何よりも強く望んでいるんですね。

おのおのの<魂の欲求>に従い、<魂の望む人生>を生きること。

<魂の使命>を成就させてあげること。

己の肉体を<魂の意志>のままに利用し、人々のために使うこと。

それらを本当の意味での<魂の自立>というのです。


でもね・・・

実際自立ほど怖いものもないんです。

厄介な現実問題と向き合って一歩一歩解決する難しさ、煩わしさも受け入れなければなりません。

多くの人はそこで逃げる。

そして安易なスピリチュアリズムに逃げ、幻想を作り上げる人も多いんですね。


逃げて依存する人に、スピリチュアリズムは格好の隠れ家を与えてくれます。

現実逃避の装置を差し出すからです。

だから個を確立して、スピリチュアルな知恵を現実の人生に落とし込んで少しずつ前進すること。

何よりもそれが大切です。

個を確立せず空虚に生きてると、多次元的世界のへんなモノに憑依されやすくなっちゃうので、そこら辺にも気をつけて欲しいです。


a0253145_14232173.jpg


あなたが常日頃から「嫌だなぁ〜」と思ってることは何ですか?

なぜそれが人生に繰り返し現われて来るのでしょう?

それはその<嫌なこと>の中に、あなたが克服すべき次の課題があるという証拠です。

<嫌なこと>から逃げたとしても、課題は必ず追いかけて来る。

逃げるパターンを繰り返すと、今の場所から成長はできません。

自己否定や自己卑下が憑依を生み、日本的なスピリチュアルを作るのです。


占い師から貰ったアドバイスで、問題をどう捉え直す?

ヒーラーから受け取ったヒーリングで、人生にどう対処する?

パターンに気づいて自分を変えること。

それが最も大切です。

a0253145_120359.jpg


真に幸福な人生を送るためには、まず最初に<魂の望む行き先>を見極めねばなりません。

そうでないといつまでも迷ったり、袋小路にはまったり、今の場所から前へ進めなくなってしまいます。

あなたの生き方はいつでも試されているんですねぇ〜

その度アイデンティティーも突きつけられているんです。

迷った時、困った時ほど、その人の真価は試されているんですね。

ピンチの中にこそ、チャンスは眠っているのです。


誰かがあなたの世界を変えてくれるのを待っていても、そのような形で変化は起こりません。

<個の自立><魂の自立>が必要なのです。

癒されたいばかりの人は、人生の手綱を握っていないことになるんですね。




[PR]
by viva1213yumiko | 2016-01-23 10:40 | 人生・霊性 | Comments(0)

2016年予言

a0253145_144456.jpg

プレアデス星人とコンタクトしたスイス人農夫ビリー・マイヤーは、60年以上前からソ連の崩壊や湾岸戦争、携帯電話やインターネットの出現など、かなり高い確率でその予言(エノック予言)を成就させている。

ブルガリアの盲目の予言者ババ・ヴァンガは、9.11米同時多発テロや、黒人大統領の就任、チェルノブイリ原発の事故、スターリンの死亡日などを正確に言い当てている。

古くはヨハネの黙示録とか、それ以前からある旧約聖書の数々の予言。

ノストラダムスの予言、エドガー・ケイシー予言、ファティマの予言、ヒットラー予言にホピ予言。

ここ日本でも聖徳太子から松原照子さんに至るまで・・・

いやいや〜、世の中には色々な予言があるものです。



彼ら予言者とは啓示された神の意思を伝達したり、解釈したり、そんな役割を担う貴重な人材であります。

啓示とは、意識を拡大して受け取る<スピリッツの声>のことですね。

予言者たちにはその声を受け取る特殊能力が与えられているのです。


啓示とは一体何なのでしょう?

人間の集合無意識を読み取ることでしょうか?

タイムトラベルで未来を垣間見て来たのでしょうか?

アカシックレコードへのアクセス権があるのでしょうか?

それともやはり、何らかの神の意思が介入してるのでしょうか?

いずれにしても人間の潜在能力って本当に不思議ですね。


a0253145_14565763.jpg


しかし予言っていうのは、解釈の仕方次第で当たり外れに大きな差が出る。

これもまた事実です。

ご丁寧に発生年月まで教えてくれている予言もあるけど、それって相当リスキーなことなんじゃないでしょうか?

なまじっか発生年数を付けちゃうと、かえってハズレ事案を増やすことになりますよねぇ。

余計なお世話かも知れませんが、日時指定しない方が的中率の向上に繋がると思うんだけどなぁ〜


例えばブルガリア国内では知らぬ者のない、政府公認の予言者ババ・ヴァンガ。

彼女は生前、2010年に第三次世界大戦が始まると予言してたんです。

人類にとって幸いなことに、見事にそれはハズレました。

2015年はオバマ大統領もプーチン大統領も辞任し、エボラ熱の驚異が全世界に蔓延すると予言した。

しかし結局そうはならなかった。

WHOもエボラ収束宣言を出してしまいました。

そして今年2016年には、イスラム勢力の化学兵器による攻撃で、ヨーロッパが壊滅状態になると予言しています。

彼女は「ヨーロッパはほぼ無人になる」と語ってたらしいのだが、それを聞いて何とか対策を高じるのが、正しい人間の知恵ってもんですよねぇ。

「予言が現実になる」「世界が破滅する」と怯えてしまう?

Non Non、それこそ愚か者のすることです。

a0253145_154713.jpg


実は予言っていうのは「口に出して人に伝えると、その時期が変わり不安定さが増す」と言われています。

予言には警告の意味が込められていて、反省して心を入れ替え行動を変えれば、いくらでも回避出来る類いのものなのだそうです。

<避けて通れない出来事>って訳ではないので、戦争や災害の予言が当たらなかったということは、それだけ人間が少しまともに近づいている証拠とも言えるでしょう。

だからむやみに人を怖がらせるだけの予言に、惑わされないようにしましょう。

あなたが発している心配や恐れのエネルギーが、どれほどこの地球を傷つけていることか・・・

意識をちょっと拡大して考えれば、すぐにはっきりと分かりますよね。

未来はいくらでも変更が可能なのです。

多くの人が明るい未来をイメージし、それを望み続ければ、傷ついたこの地球も急速に癒されるに違いありません。


a0253145_150575.jpg

毎年年頭にその年に起こる出来事を予言している、ジョセフ・ティテルという米国人がいます。

2011年に東日本大震災を的中させた著名なサイキックです。

彼が今年1月に発表した最新の予言を下記にリストアップしてみました。

2016年、世界にはどんなことが起こる可能性があるのでしょうか。

恐れる必要はないけれど、じっくりこの予言を心に止めてみて下さい。

そして悲惨な事件が起こらないようにするために、自分には一体何が出来るのかということを、これを機に考えてみて欲しいのです。



  [2016年1月 ジョセフ・ティテルの予言]


・独立記念日やメモリアルデイのような祝日に大きな事件がある
 キーワードは数字の11

・太平洋に軍用機が墜落

・主要メディア3社が倒産

・マレーシア航空でまたもや事故

・9月頃英国王室で異変

・トルコ、ウクライナで兵器の爆発

・中国で伝染病

・パリでさらなるテロ

・欧州で取り付け騒ぎ

・ドル安と金の暴落

・米イエローストーン国立公園で火災や天災

・自由の女神に異変

・エジプト発とパリ発の航空機でテロ

・米、英、独、パリで事故に見せかけたテロが起きる

・自動車メーカーで大事故か大事件

・中国で工場爆発火災

・フィリピンで大きな津波

・サンフランシスコで大きな地震

・バチカンスキャンダル事件

・ISISと米国が繋がっていると暴露される

・6月の猛暑と旱魃

・日本で大きな地震2つ 内ひとつは高知で発生

・11月の大統領選ヒラリークリントンが勝利



果たして今年一年、世界はどのようなことになって行くのやら・・・

その結果は皆さんひとりひとりの<思考>そのものにかかっているんです。

a0253145_1446717.jpg

おまけ:
ちなみに私のところにも、独自の2016年啓示がやって来ましたぞ。

水晶球の中に見えた近未来の姿を発表しましょう。


・ほうれい線がS字カーブを深く刻むであろう

・お肌の旱魃が警戒警報のレベルに達する

・白髪との戦いが激しさを増す


おっと、これ水晶じゃなくって鏡だったんだ!

嫌んなっちゃうなぁ、もう〜(笑)




[PR]
by viva1213yumiko | 2016-01-16 16:25 | 人生・霊性 | Comments(0)

カサンドラ愛情剥奪症候群

a0253145_22475.jpg

アポロンに愛され預言の能力を授かった、女予言者カッサンドラ。

しかし皮肉にも力を授かった瞬間、アポロンの愛が醒め捨てられる未来の自分が見えてしまった。

だから彼女はあえてアポロンを拒絶した。

すると怒ったアポロンは「誰もカッサンドラの預言を信じない」という呪いをかけてしまったのです。

カッサンドラには未来が手に取るように分かるのに、それを告げても誰も耳を傾けてくれない。

「私の預言は絶対当たる」と主張しても、ことごとく嘲笑されてしまうのです。

未来が手に取るように分かるのに、誰にも信じてもらえない。

そんな女予言者の孤独と疎外感。

それを想像出来るでしょうか?


う~ん、これはとっても恐ろしい事ですねぇ。

この怖さ、特に女性には共感して貰えるかと思うんだけどいかがでしょう?

なぜかって?

実はこの孤独地獄、日常の夫婦生活で再現される場合があるんです。

今回は誰にも信じてもらえない妻の苦しみ、<カサンドラ愛情剥奪症候群>のお話しをしましょう。

a0253145_225317.jpg

アスペルガーという脳の病気があります。

これ、脳の前頭葉の異常で起こる発達障害で、知的障害のない自閉症の一種と診断されてます。

子供の発達障害を調べていて発見されたもので、当初は子供にのみ見られる症例だと思われました。

ところが大人にも該当例があると知られ、一見普通に見える社会人の中にもこの障害を持つ人がいると分かって来ました。


彼ら<アスペな大人たち>には、主に3つの特徴があると言われます。

 ⒈ 社会性の障害(俗にいうKY)

 ⒉ コミュニケーション能力の障害(俗にいう変わり者)

 ⒊ 想像力の障害(予期せぬ事にパニックしやすい)


男女比で比べると9:1程度にもなり、圧倒的に男性に多い障害なのだそうです。

なのでそうと知らずにアスペルガーの夫と結婚した妻は、他人には理解できない悩みを抱え込むのだそうです。

一説ではパートナーがアスペルガーの場合、妻が非アスペルガーだとほぼ100%の確立で<カサンドラ症候群>に陥るという。

そしてうつ病・自殺願望・パニック障害など、心の病を引き起こしやすくなるんだそうです。


誰に告げても信じてもらえない<カサンドラ愛情剥奪症候群>

それはアスペルガーの夫との結婚生活で浮上する、神話に良く似た哀しい悲劇の物語なんですね。

a0253145_2254196.jpg


アスペルガーは自閉症の一種なので、他者と感情を共有し、共に喜び共に悲しむ事が出来ない。

コミュニケーションが上手く取れないので、気持ちのあらわし方や、気持ちを伝えるタイミングがずれてしまうのです。

だから妻が寂しい思いをしてるとか、何で怒っているかとかが理解できないんだそう。

愛していない訳ではないのだが、妻が感情表現をしても全然気が付かない。

妻とのあいだに情緒的な相互関係が欠如しているのです。

しかも先天的な脳機能の偏りなので、おいそれと簡単には治らない。

一見すると普通に見える(むしろ高学歴・専門職だったりする)ので、外部からは「良い夫を持って幸せね」となる。

不満をこぼしても「あなたのように恵まれてるのになぜ?」「ワガママなんじゃない?」と、カッサンドラのように誰にも信じてもらえない。

誰かに相談してみても「男なんてそんなもん」「どこの夫婦も何かしら抱えてる」「うちも同んなじ」で済まされてしまう。


だから結婚してるにも関わらず、ひとりぼっちを押し付けられ、だんだん生きる気力を無くして行く。

低い自尊心・自己喪失感・混乱や困惑・怒り・不安・うつ・無気力・倦怠感・恐怖症・・・

様々な苦悩を抱え込み、心の病へと至るのです。

それが<カサンドラ愛情剥奪症候群>です。

a0253145_228719.jpg


幸せな結婚は妥協と努力から・・・

我々は結婚ってものを、そんな風に上の世代から教わってます。

だからアスペ夫を持つ妻は、コミュニケーションが噛み合ない事を「自分のせい?」と自らを責め、辛い状況に陥ってしまうんですね。


一般的に女性というものは、自分の中の感情を受け止めてもらえない日々が重なると押しつぶされてしまいます。

「期待しては裏切られ」の繰り返し。

愛情表現が下手なアスペ夫は自分では意図せぬまま、妻に対し精神的DVを与えてしまうんですね。

a0253145_2274672.jpg


しかしこの悲劇、発達障害を持つ者とその配偶者に限定される話しでは済まされないんじゃないでしょうか?

ある意味、コミュニケーション不全のすべての夫婦に当てはまる、怖い怖~い物語なのではないですか?


カサンドラの悲劇に陥ると、あなたの愛情タンクはみるみるうちに消費され、枯渇してしまいます。

アスペ君の力になりたい、不安を取り除いてあげたいと優しく立ち回っても余計に空回り。

彼はひとりの方が心地良く感じてたりするんですね。

アスペルガーの傾向を持つ者は、愛情を感じるベクトルや基準が通常とは違うので、トンチンカンな受け答えをする。

なので妻はますます孤独になってしまうのです。


カサンドラさんは夫婦生活を空しく感じた時、自分で自分を肯定して愛情タンクを満たしてやる必要がありますね。

あなたの心と身体を慈しむ事、それがまず先決です。

肉体の中に気のエネルギーを投入してみましょう。

気の流れが変わり細胞のひとつひとつが輝き始めれば、苦しみモードから循環モードへとスイッチが切り替わります。

すると「何だ、自分の中に愛の感覚があったじゃないか!」と思い出す事も出来るはずです。

不思議なもので、考え方が変われば肉体の流れは劇的に変わり出す。

そういう意味でも人間の身体とは、とてもスピリチュアルに出来てるんですね。

a0253145_229030.jpg


[コミュニケーションにおけるありとあらゆるすれ違いは、相手が自分を犠牲にして快楽を得ているのではないかという妄想に基づいている]


以前コミュニケーションについてこんな文章を見つけて、確かにそうだなぁ~と思った事があります。

人間関係では、人は皆んな自分の痛みを相手に投影してしまう。

そこには魂の問題が見え隠れしています。

だからこそ話しはややこしくなり、ちょっとやそっとじゃ解決しないんですね。


我々は目の前で起こっている事のほとんどを条件付けで判断していて、決して真実を見ている訳ではない。

だから、[相手の苦の音を観察する事] がコミュニケーションの基礎であり、[相手の感情を浮き彫りにして受け止めてあげる事] が何よりも大切なのだそうです。

a0253145_22101319.jpg

まずは相手を理解する事。

相手のパターンを知り、何を求めているか理解する。

相手の苦(ストレス)を察する事で対人関係は飛躍的に改善されると言います。


脳の障害なので治らないと言われるアスペルガーも、理解者に恵まれれば努力で変わるらしいですよ。

専門家の治療を受けてこの病気を知り、共に必死で対処法を学ぶうち、絆が生まれて関係が改善されたなんて言う例もあるようです。

もちろん人によりレベルは違うでしょう。

けれど大多数のカップルは、きっと今よりも良い関係が築けるはずなのです。

a0253145_2213545.jpg


そのためにはコミットメントが必要です。

人と人の心は痛みによって結びつく事もある。

あなたは愛する者の痛みを共有する勇気がありますか?


カサンドラの悲劇・・・

<愛を忘れてしまった者たち>に是非読み返してもらいたい物語です。




[PR]
by viva1213yumiko | 2015-10-29 00:56 | 人生・霊性 | Comments(0)

女の一生

女の一生を世代別で国家に例えたらどうなるか?

そんなジョークを見つけました。

かなり偏見に満ちてますが、面白かったので紹介してみましょう。

a0253145_1337207.jpg


18歳から22歳の女性はアフリカのようである・・・半分未開発、半分野生で、繁殖力ある大自然の美しい地帯が広がっている。

23歳から30歳の女性はアメリカのようである・・・とても発達しており、オープンなトレードが出来、特に経済的に豊かな訪問者は歓迎である。

31歳から45歳の女性はインドのようである・・・ホットでリラックスしており、自分の美を良く理解している。

46歳から55歳の女性はフランスのようである・・・繊細なものを感謝する心を持ち合わせながら、ゆっくりと官能的に歳を重ねている。

56歳から60歳の女性はユーゴスラビアのようである・・・戦いに負け、過去の過ちに追われ、大規模な再建が必要である。

61歳から70歳の女性はロシアのようである・・・広大で特に監視された境界線というものがなく、極寒(不感)の風土が人々を寄せ付けない。

70歳から80歳の女性はモンゴルのようである・・・すべてを勝ち取った長い過去の栄光があるが、それほどの未来はない。

81歳以上の女性はアフガニスタンのようである・・・どこにあるか皆んな知ってはいるが、誰も行きたがらない。

                 THE GEOGRAPHY OF A WOMAN より



ぷっ・・・これは笑える! 

女性にとっては全く失敬極まりないジョークなんですが、なるほどねぇ〜上手い事言うもんです。

確かに似たり寄ったり、女の一生はこんな風な変遷をとげますよね。(笑)



<女の一生>って、つまり<女の一代記>の事ですよね。

世界中の女性皆それぞれにそれぞれの人生があるのだから、<女の一代記>は女の数の分存在しています。

幼なじみのあの娘にも、近所に住んでるオバちゃんにも、皆んな等しく<女の一代記>があるのです。

文学作品や戯曲、映画、TVドラマ・・・

周りを見回すだけでも、ホント題材には不自由しなさそうですね。

ちなみにあなたの人生だって、れっきとした<女の一代記>を綴ってる最中なんじゃありません?

悲劇? 喜劇? 風刺劇? はたまたリアルな不条理劇?

機会があれば是非ともトックリその物語、聞かせて貰いたいものです。



ところで、世界で最も有名な<女の一生>って何だか分かります?

ヒント・・・世界文学全集の書架で見つかります。

そうです!

モーパッサンの長編小説<女の一生>のヒロイン、ジャンヌの一生ですね。

a0253145_13441813.jpg

裕福な家に生まれた夢見がちな少女が、結婚・出産を経る中で、周囲の人々に裏切られ、多くの幻滅を味わいながら年老いて行く・・・

そんな仏・ノルマンディー地方の<女の一代記>です。

清く・正しく・美しい貴族の娘だったジャンヌが、浮気性の夫に踏みにじられ、放蕩息子に財産を食いつぶされ、不幸に身をやつした極貧の老婆に様変わり。

次々に試練に逢い、人生のきらめきは泡のように消えて行きます。

まさに、渡る世間は鬼ばかり。

そんな孤独と悲哀に満ちたペシミステックな物語なのです。

a0253145_1344387.jpg


恋して、結婚して、子供を産んで、歳とって・・・

ジャンヌほどではなくとも、恋愛や結婚で(男のせいで)傷を負った女性って案外多いですね。

様々な女性の話しを聞くに連れつくづく思うのですが、結婚とは本当に<魂の修行場>です。

さすがに修行道場だけあって、なかなかハードな課題をお持ちの方もいるようです。(涙)



夫婦や親子などの家族関係とは、一体何によって決まるのでしょうか?

スピリチュアリズムの教えによると「家族関係は贖罪や使命など、転生する人の魂の進化に求められる事による」

な~んて教えるんですよね。

やけに難しげですが、これは一体どういう事なのでしょう?


これを理解するためには、まず<魂の法則>って奴を知らなければなりません。

スピリチュアリズムでは輪廻転生を信じる事が基本なので「切りたくても切れない家族関係とは、自分の魂にとって特別縁の深い因果ある関係なのだ」という前提から始まります。

a0253145_13452640.jpg

家族関係のご縁は大まかに分けると<愛によるもの><霊的進化によるもの>それから<執着によるもの>、この3つがあると言われます。

純粋な愛だけで結ばれる家族なんていうのは滅多に存在しなくて、大概の家族は皆、様々な形の愛の学びやら恩返しやらのため、家族という共同体の形成に同意すると言う。

通常は「自分と似たレベルの者の利己的な行為を身をもって痛感するため」「他者の行為を通じ自分と向き合い自己改革するため」に家族関係が生じるんだそうです。(驚)

つまり自分たちの悪感情を克服するために「家族という役どころを引き受け、今生に生まれて来る」とそう言うのです。

そして「憎悪を愛に変換する」よう、そう運命にプログラミングしている。

だから過去世で最も憎んでた人が、次の転生で家族となり得るケースも多いのだそう。(汗)


あちゃ~!

人によっては「トホホ・・・」かしら?


実際「家族の問題ではホトホト困り果ててます」なんていう人は、その問題を苦しみ・克服する事で過去に借りた負債を返済してるんだそうで、その分二歩も三歩も霊的に大きく成長する。

だから各宗教も、むしろ「夫や子供に感謝しなさい」なんて教えるのです。


世界中の何億人もの人間の中から、どういう理由で二人がカップルになるのか?

どうしてこの人と結婚しちゃったのだろう?

そのような不思議も霊的な教えによるとこうなります。


 [人生上である人物が重要な人になると予感出来るのは、過去世の記憶からの感覚によるものである]


a0253145_1346790.jpg


魂は肉体に宿ると過去を忘れてしまうという特性があります。

ジャンヌのように何も悪くなさそうな善人がひどく苦んでいたりすると、正義なんかどこにもないように思えますよね。

けれどもし魂の過去を覗く事が出来、その原因を理解出来たなら、誰もが犯した罪の修復に取りかからずにはいられなくなるそうですよ。

死はその為にあると言われてます。

言うなれば<人生の反省室>に入るようなものかも知れませんね。

そしてアスリートが自己の記録に挑戦し続けるように、困難を乗り越え次のステージを目指す事を、いつも魂は望んでいる。

人間はそのように常に成長するよう、宿命づけられているのだそうです。


でもだからと言って、人生を焦って生きる必要もないんですね。

ひとつの人生で目立った変化が見られなかったとしても、その人の魂が進化してない事にはならない。

ゆっくり進む人生もあれば、激流に流される人生も存在する。

失ってみて初めて大切なものに気づく人生も、またあるからです。

a0253145_13462541.jpg


「世の中って、ねぇ、思うほど良いものでも悪いものでもありませんね」

小説<女の一生>は小間使いロザリのそんな言葉で終わっています。

主人公のジャンヌが家族への希望のすべてを失い、辿り着いた境地を代弁するかのような台詞なのですが、これがなかなか効いてるんですよね。


家族への執着は愛とは違います。

ジャンヌの生涯とは「ただひたすらに愛を試される」そんな生涯だったのかも知れませんね。




[PR]
by viva1213yumiko | 2015-10-22 12:57 | 人生・霊性 | Comments(0)

スピリチュアリズム実践

a0253145_19561371.jpg


スピリチュアルな話し、霊的なものの話しになると、とたんに懐疑的になって眉をしかめる人々がいますよね。

「何だか眉唾だよねぇ~」

「科学的に証明出来ないでしょ?」

「新種の宗教みたいなもんじゃないの?」

エトセトラ、エトセトラ、エトセトラ・・・


霊的なものを信じる信じないは本人の自由、好みの問題だから、はっきり言ってどちらでも構わないと私は思っています。

しかし、多かれ少なかれ人間は何かしらの信念を持ってるので「人は皆何かを信じて生きる生命体である」とも言えるんですね。


「イワシの頭も信心から」という言葉がありますが、例えゴミ同然のつまらないものでも信仰すれば非常に尊いものになる。

第3者の眼からみればどうって事ないものも、神棚に祀って信心すれば、ありがたい神聖な力が生まれます。

結局、人は皆自分の信じる信念を表現して生きている。

そういうものなんだなぁ〜と思います。


だから「人生とは重き荷物を背負って歩む坂道である」と信じる事も出来るし、「人生って良いものだ。自分ってなんて幸福なんだ」と信じる事も可能です。

人生は<光と闇との絶え間ない戦場>と見なせば、あらゆるところに対立という概念が立ち上がって来ますよね。

人生を<魂を成長させる学び舎>と見なせば、あらゆる出来事に感謝の気持ちが生まれます。

人間は自分が信じたいように、この世界を感じ取って生きる権利があるのです。

a0253145_195350100.jpg


しかし信じようが信じまいが、人が一生懸命生きようと思ったら、霊的に生きて行かざるを得ないのもまた事実なんですねぇ〜

例えば農業をやっている人の事を想像してみて下さい。

農作物の作り手なら少しでも良い食べ物を作る事が目標となるんでしょうが、それは食べ物の霊化とは言えませんか?

それが絵描きなら魂のこもった良い絵を描く事、これが一番の喜びですよね。

詩人なら人の心を揺さぶる言葉の霊化、そこが目指す場所となります。


芸術作品ばかりでなく、優れた商品・サービスには否が応でもスピリッツが伴うもの。

心血を注いで開発された良質な商品とか、どんどん人が集まる人気店とかにも、やはり何らかしらの想いやスピリッツが存在してるのです。

そこら辺、ノウハウだけを真似ても上手くはいかない。

見えない何かが作用してしまうんですね。

だから唯物論だけでやって行こうとすると、人も社会もやがては袋小路に突き当たってしまいます。

好もうが好まざるが、やはり人間とはスピリチュアルそのものの存在なんですよねぇ〜(笑)

a0253145_2083936.jpg

果たして霊(スピリッツ)とは一体何ぞや?

霊が持つ力とは、ざっくり言っちゃえば、人々が無意識の底に隠してるエネルギーの事ですね。


何らかの事情により霊の力が立ち上がると無意識の情報が解放され、その人を大きく揺り動かす事があります。

ある時突然パカッとふたが開き、止めどもなく無意識エネルギーが流れ出す事ってやっぱりあるんですね。

理由は様々で一概には言えないのですが、[大きな病・ショッキングな事件・激しいスポーツ・出産時やSEXの体験] などが引き金になる場合も大いにあり得ます。

その時尋常ならざる力が我々の中に流れ込む。(こともある?)

尋常ならざる<ちはやぶる神>が、日常の意識の前面にど〜んと踊り出て来るんですね。

名だたる預言などは、この意識状態でなされたのでしょう。

いわゆる<神降ろし>です。

昔の人はこの神が降りて来る状態を恐れおののき、また畏敬の念を抱きました。

ところが現代の文明では、この手の<巫女病>さえ精神病理の扱いとされるのですから、誠にスケールがちっちゃいんですね。

a0253145_19591365.jpg

実は宇宙というものは、ダイナミックなエネルギーそのもので出来てるんです。

宇宙に存在するすべての物事は、存在自体神聖なエネルギー場の表現であり、私たちはそれを知覚し体験しながら生きてるという訳なんですね。

だから日常の生活とスピリチュアルな学び・気づきは、切っても切り離せない。

何をするにしても必ずスピリチュアルなプロセスに繋がります。


どんな職業についたら良いか?

お金をどのように稼ぎ、使い、貯めたら良いのか?

どのように人間関係を構築したら良いのか?

それらも一種のスピリチュアルなプロセスです。


都会の中で社会人として苦労して生活する事は、最も良いスピリチュアルレッスンだと言えるでしょう。

そのように考えてみると、人生で起こる良い事・悪い事・その他あらゆる出来事が、スピリチュアル(精神力)の成長のためにあるのだと理解出来ますよね。


スピリチュアリティーは、似てはいるけど宗教ともまた違うものです。

信仰の対象など何でも良くて、むしろ「自分を信じるか信じないか」「生きる事で成長しようとしてるか否か」がテーマになって来るんですね。

a0253145_19492934.jpg

結局のところスピリチュアリティー(霊性)とは、自分をどう扱うかという事に尽きるんじゃないでしょうか?

それは「人に対して無条件の愛を実践し、倫理観を持って生きる」というごく当たり前の道徳です。


<無条件の愛>というのは、人がそのままでいる事、あらゆる事を行う権利を認める事でもあります。

必ずしも相手を好きになる事ではないし、人を変えようと努力する事でもありません。

自分を犠牲にしたり、いつまでも我慢する必要もないのです。


家族の問題や社会的なプログラムの影響を克服して、本当の自分を生きる事。

魂が表現したがってる事を行動で示す事。

それこそが本物のスピリチュアリティーです。


結局スピリチュアリズムは<実践ありき>なんですね。

調子に乗りすぎると、<愛の鞭>という厳しい指導も待っている。

案外体育会系だったりもするんですよね。(笑)




[PR]
by viva1213yumiko | 2015-10-12 20:11 | 人生・霊性 | Comments(0)

グレタイ族リポート

a0253145_110825.jpg

足首につるを巻き、30mの高さから成人式のバンジージャンプをする、南太平洋のバヌアツ族。

森で出産し、人間の子供として育てるか聖霊として森に捧げるかを女性が選ぶ、アマゾンのヤノマミ族。

水曜日生まれや、満月・新月生まれの女性が選ばれて首に真鍮の輪をはめる、タイ北部の山岳民族パダウン族。

世界には実に様々な文化があり、驚きに満ちた風習が存在します。

文化人類学のフィールドワークって非常に興味深いですよね。

直接異文化と接触して、交流と理解を深めて行くのですから、常に新しい体験と遭遇する覚悟が必要です。

そこでは自分の世界観をひっくり返される事もしばしばでしょう。

カルチャーショックとは、自分の認識領域を広げる要素となり得るので、フィールドワークを広げて世界を見聞する事は、同時に自己を拡大する事となります。

だから人の成長には異文化交流が必要なのです。

a0253145_1325313.jpg

実はここだけの話し、私にも独自に調査を続けてる研究テーマがあるんですよ。

秘かにある少数民族について、オリジナルの調査を重ねて来ました。

そして最近になってようやく、漠然とした彼らの全容が把握出来るようになって来たんです。

今回は、幻の民<グレタイ族>のお話しを致しましょう。



   [グレタイ族の主な特徴]

・グレタイ族は温帯地方を中心に広く生息する。
 その多くはひとつ以上の特定言語を用いる。

・グレタイ族は群れを作って行動する。
 単独行動は苦手とする傾向にある。

・グレタイ族は共同体内での責任を重んじる特徴がある。
 故に気質は概ね勤勉である。

・グレタイ族は<人並み>という道徳観を重んじる。

・グレタイ族は原則一夫一婦制を守っている。
 しかし婚姻形態の価値基準に個人差があり混乱が生じやすい。

・グレタイ族は表情が固い。身体も固い。肩こりも多数見受けられる。

・グレタイ族は時々ぼんやりと遠くを見つめる。ため息を吐く事もある。

・グレタイ族の多くに現実逃避願望があるようだ。

                   フィールドワーク・リポートより
 

a0253145_1324566.jpg



ある日の事、知人がふとした弾みから少女時代の身の上話しを始めました。

少女期の彼女を襲った過酷な境遇は、見事なほど不運の連続でした。

両親の不仲、父親の暴力、血の通わない兄弟姉妹、彼らの無責任な借金、母親の大病、その介護。

思春期だった彼女の深層部分を思うと、私は同情しないではいられない気持ちになりました。

「あなたは凄いわね。そんな状況でもグレなかったんだもの。」

少女だった彼女の決断や勇気を称賛したくて、私はそうコメントしました。

すると彼女は遠い眼差しをし、こう呟いたのです。

「グレる事が出来たらどんなにか楽だったろうと思う。 でもね、グレたくてもグレられなかったの・・・」


グレたくてもグレられない。

家庭内での責任がいつでも肩に重くのしかかった状態だったので、彼女は責任放棄など考えも及ばなかったらしい。

アルバイトを掛け持ちし、家計を助け、母親を慰め、いつも明るく自分をムチ打ち、何とか生き抜いた。

「ここで踏んばらなくって、自分はどうするんだ」ってね・・・

それは、少女期から40代までを怒涛の運命と共に駆け抜けた、<元・女の子>の真実のストーリーです。

私がグレタイ族と接触するようになったのは、これが最初のきっかけでした。

a0253145_1142831.jpg


グレタイ族のカテゴリーには、責任感が強くて優等生タイプ、面倒見の良い長男長女タイプが比較的多く分類されるようです。

彼らの心理構造は、概ねこのような仕組みになっています。


「周りの辛い状況って、自分にも責任ある」

「思えば私も悪いとこあったし」

「だからワガママ言っちゃいけない」

「私がここで我慢すれば、皆んな喜こぶし」

「とりあえず、全てまるく収まるし」


そんな風にして大人になった人間は、周囲から期待されるパーソナリティーを演じるようになります。

問題発言・問題行動のない、いわゆるイイ子ちゃんなので先生も親も安心しており、色々なものが見落とされがちです。

しかし純粋培養のイイ子ちゃんほど内圧は高い。

心の内側に<悪>を内包せず成長した子供は、むしろ却って危険なのかも知れません。

親や社会の期待を生きる。

その見返りとして自分の魂がどんどん死んで行くからです。

a0253145_1111526.jpg


それでもなんとかやり繰りして、無事に大人に成長したとしても、中年期を過ぎた辺りでふと別の人格が顔を出すようになって来ます。

そして金属疲労が起きるように、ある時突然人生が辛くなってしまう。

ある種のイメージにがんじがらめになり、袋小路でもがき苦しむ。

それがグレタイ族の特徴です。



グレタイ族の存在に気付いてから、改めて周囲を見回してみました。

すると・・・いるわ、いるわ。

かなりの比率でこの人種が存在している事が明らかになって参りました。

グレタイ族はそこかしこに生息している。

家庭の中、教室の中、居酒屋の中、電車の中、仲間の中、職場の中。

いやはや、どこにでも存在してたのです。

グレたい妻・グレたい夫・グレたい子供・グレたいシニア・グレたい先生・グレたい経営者・グレたい政治家・グレたいヤクザもん。

日本国中、グレタイ・ピープルです。


a0253145_1115387.jpg

世はまさに水瓶座の時代であります。

水瓶座の時代とは素早い変化のエネルギーが渦を巻いて、宇宙のすべてにバランスと調和の実現を促すそんな時代だと言われています。

次々と変化が訪れるので、論理的に人生を予測・計画する事は困難で、素早い決断をしないと経験自体を失ってしまうでしょう。

だから今まで自分を押さえて生きるしかなかったグレタイ族にも、いよいよ変化の時が迫っています。

柔軟な発想が必要とされるのです。


グレたい人々がグレる必要もなく、イキイキと自分を表現するためには、考え方の習慣をちょっとだけ変化させる必要がありますね。

簡単なのでここで教えておきましょう。

それは「私は○○をすべきである」と、脳で考える習慣をキッパリやめる事です。

そして常に「いま自分がどう感じるか」に注意を払うようにする。

優先すべきは「自分が心地いいのか、悪いのか」

ただそれだけで十分です。


実は人生では、どのような経験をしてもまったくOKなんです。

そこには正解なんてのも、最初から存在してないんです。

自分の魂とのバランス関係を、何よりも大切に築きましょう。

人生には説明出来ない事がたくさんあり、どうしてそんな事が起こったかなんて大して重要な事ではありません。

どんな環境で何をするかも、実はそんなに重要じゃないんです。

あなたが最大限に潜在力を出し切って生きる事、あらゆる事を判断なしに経験する事。

それが最も価値ある事なんですから・・・

a0253145_1152716.jpg


グレたい妻・グレたい夫・グレたい子供・グレたいシニア・グレたい先生・グレたい経営者・グレたい政治家・グレたいヤクザもん。

日本国中、グレタイ・ピープルばかりです。



 今、グレタイ族の心はひっそりと、そしてしたたかに発熱している。

 静かだった湖面にさざ波が立ち始めている。




[PR]
by viva1213yumiko | 2015-09-16 12:13 | 人生・霊性 | Comments(0)