カテゴリ:おとぎ話・こぼれ話( 79 )

骨盤王国の物語


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スポーツクラブでピラティスのクラスに参加した時のこと。


クラスの参加者は40~50代の女性が多く、意識高い系の大人の女性ばかりが集まっていた。


あろうことかインストラクターの先生も同じ世代。


だからレッスンは同世代同士の気のおけない雰囲気になり、加齢に伴うあの手の話題で大いに盛り上がりました。


<二の腕のプルプルを解消するエクササイズ><下腹部をスッキリさせるエクササイズ><くびれを保つエクササイズ><バストアップのためのエクササイズ><二重アゴ防止のエクササイズ>


つまり「もう若いとは言えなくなってしまった肉体をこれ以上劣化させないため、どのように対策を講じて行くべきか?」というテーマに流れて行った訳です。


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インストラクターの先生はこう言います。


「骨盤底筋群が弱体化すると内臓が落ちてポッコリお腹になっちゃうんです。若々しい姿勢も保てなくなる。尿漏れの原因にもなっちゃうのよ。だからインナーマッスルが決め手なの。女と生まれたからには骨盤底筋群を鍛えなきゃ!」


女性特有の婦人科系の不調には<骨盤の歪み>や<骨盤の冷え>の解消が何より大切です。


赤ちゃんを迎え入れる、聖なるスペース<骨盤>


<骨盤>って女性のアイデンティティーにとって重要なパーツなんです。


<骨盤>には女の<要石>が存在するんですね。


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先生は重ねてこう言う。


「骨盤底筋群を弱体化させないこと。それが女の花道よ!」


<女の花道>・・・


ふふん、ナイスだわ。


なかなか良いこと言うじゃないの、この先生。


でも何? 一体何を「弱体化させるな」ですって?


<骨盤底キング>・・・?


はは~ん、なるほど。


どうやら骨盤に住んでる王様が、弱体化しちゃってるって訳なのね?


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骨盤の底に筋肉があっただなんて・・・


ましてや<骨盤底筋群>なんて込み入った名称があっただなんて・・・


私はその日その時まで、全く知りもしなかったのだ。


生まれて初めて聞いた言葉に大脳の言語処理機能は上手く働かずに、どうやら誤作動を起こしてしまったようだった。


ふ~む、<骨盤底キング>ねぇ。


それってつまり、骨盤王国に住む王様のことなのよね。



それは、脳の誤作動から得られた<深遠なインスピレーション>とも言えるでしょう。


私の空想はゆっくり目覚め、大きく羽ばたきを始めたのであります。


骨盤王とその王国の物語。


骨盤底筋群から覗く世界。


皆さんにもちょっとお聞かせしてみましょうか。



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骨盤の王国は、度重なる戦争ですっかり荒廃しておりました。


国中のあちこちに敵兵たちの残した銃痕が残り、殺戮と暴力の爪痕がそのままの状態でした。


多くの住民は戦下を逃れ祖国を捨てたので、骨盤王国に残っているのは逃げたくても逃げられない貧しい者や、年老いた者・病んだ者ばかりです。


側近たちは国を捨て亡命するよう王に促しました。


しかし王は、


「自らの力で荒廃した国土を蘇らす。それが余に残された使命じゃ。」


と、国の再建を誓いひとり城に残ったのです。


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王は破壊された王国のために、ひとりコツコツと種を撒き始めました。


傷だらけの大地の再生を願い、蘇りの種を蒔いたのです。


嵐や雷がやって来て、撒いたばかりの種をしばしば吹き飛ばしました。


それでも王は諦めず、いつかの日か王国が花園になることを夢み、また最初から種を撒き続けました。


土をおこし、雑草を取り除き、種を蒔きました。


水を引き、橋をかけ、道を整えました。


気づけば20年の歳月が経っていました。


泥にまみれ、血まみれ汗まみれで鋤を手にした王の姿は、まるで浮浪者同然です。


しかしその瞳の奥には、どんな者よりも美しく光輝いておりました。

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ある日のこと。


骨盤の底の沼地を訪れた王は、この暗くジメジメした毒気をどうすれば取り除けるものかと真剣に考えておりました。


考えに夢中になるあまりついうっかりと手を緩め、持っていた鋤を沼に落としてしまったのです。


鋤がなければ大地は耕せない。


骨盤王国再建の道が閉ざされてしまいます。


王は途方に暮れておりました。


するとこの世のものとは思えないほど美しい女神が沼から現れ、王にこう言いました。


「あなたが落としたものはなあに? この金の斧? それとも銀の斧?」


正直者の王は「違います。落としたのは鋤ですよ。ホームセンターで売ってるような普通の鋤」と、答えました。


骨盤王はとても庶民派だったのです。


王の誠実さを知った女神は大層感激し、骨盤王とその王国の祝福を約束しました。


そして<脊柱>と呼ばれる王国の聖地の<アライメント>を整えるとおっしゃいます。


女神は王国の聖地に息を吹きかけ、かすかな振動を送り込みました。


すると骨盤の底に溜まった淀んだ毒素が霧のように晴れ、眩しい光が差し込んで来たのです。


不思議なことにその光を浴びると、この20年間王が植え続けた種が一斉に芽吹き始め、みるみるうちに骨盤王国を緑でおおって行ったのです。

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次の春、骨盤王国に色とりどりの花が咲き揃った頃。


復興した骨盤王国に次々と帰還した国民の前で、盛大な戴冠式が執り行われました。


女神が現れたあの沼は、こんこんと清水が湧く癒しの泉として人々に知られています。


心と体を癒す伝説の場所と、たくさんの人が身を清めに集います。


その光景を見て王は満足そうに目を細めています。


王様は今日もまた、王国の修理に余念がありません。





追伸:

コンゴの鉱物資源紛争地では住民支配のため、兵士らによるレイプが日常的行われている。


彼らにとってレイプとは、安価で確実な武器である。


無差別レイプテロの標的となった女たちの身体。


それがどれほどの破壊を意味するか、あなたには想像出来るだろうか?


女を破壊すること。


それはつまり大地の破壊を意味している。


女性たちの三分の2までが性暴力の被害者という、ありえない事実がこの地球上に存在している。


その現実に我々はどう向き合うべきなのだろう?


骨盤王国再生のお話しは、そのような事実を知って生まれたもの。


人間の善意と愛とは、いつだって王国再建の原動力になり得るのだ。



女を修理する男








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by viva1213yumiko | 2017-05-29 15:03 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

簡単!自分で悪魔祓い

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映画<エクソシスト>を観た時のことは、今でも印象に強く残っている。


リンダ・ブレアが悪魔に取り憑かれ、別人格となって暴言を吐きまくる様子に、少女だった私は真剣に恐れおののいた。


<エクソシストごっこ>と称してベッドで跳ねて、周囲を笑わせてはみたものの、180度首をひねり白目を向く恐ろしい悪魔の形相に、夜が来るたび悩まされたものです。

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映画の中の悪魔祓い師・・・


あれは架空の話ではありません。


キリスト教会には悪魔祓いを専門とするスペシャリストがいるらしいです。


「神父さんになるにはエクソシストの基礎知識を神学校で学ばねばならない」と、そんな噂も聞いたことがあります。


悪魔と戦う神父には一体どのような適性が必要なんでしょう?


やはり強靭な精神力がいるんでしょうねぇ。


悪魔と戦うにはマッチョな武闘派タイプっていうより、持って生まれたある種の才能や、揺るぎない信仰心が不可欠です。


悪魔祓い師たちはどのような修行をしてるのだろう?


祈祷や瞑想だけでなく、断食とか、滝行とかもするんだろうか?


そこら辺結構気になるとこですよね。

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聖書の記述によると、イエス・キリストは悪魔祓いの名人だったみたいです。


聖書には悪霊に取り憑かれた男の話が出て来ます。(マタイ8章28~34 マルコ5章1~20 ルカ8章26~39)


汚れた霊が男に取り憑いて憑依してしまうのですが、その様子は完全にホラー映画そのもので迫力満点です。



悪霊に憑かれた男は墓場を住みかにしていて、昼夜絶え間なく叫び続け、石で自分の体を傷つけている。


足枷や鎖で何度も繋がれるのだが、鎖を引きちぎり足枷も砕くので、もう誰も押さえつけることが出来なくなっている。


汚れた霊は<レギオン>と呼ばれる暴走した悪霊の集団でした。


そこまで行っちゃうと、もう憑依霊とかそう言うレベルじゃ全くないんですね。


男の体は悪魔そのものに完璧に乗っ取られてしまっていたのです。


そこでイエスは悪魔<レギオン>と対決した。


そして邪悪なエネルギー体を、男の体から山の中腹にいる豚の群れへ乗り換えるよう、正面切って悪魔に命じたのです。


するとその二千頭ほどの豚の群れは、崖から海へなだれを打って駆け下りて行き、皆海中に沈んで溺れ死んでしまったんですねぇ〜


ほほう・・・


ここは映画の山場になりますかね?


特撮CGのスペクタル・シーンが目に浮かぶようです。


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邪悪な想念に取り憑かれ、身体を乗っ取られ、支配されることを<悪魔憑き>と呼びます。


悪魔・デビル・サタン・魔王・ルシファー・悪神


邪悪な存在は様々な呼び名で呼ばれていますが、いずれにせよ<闇の勢力の監督官>であることには違いありません。



[暴食] [強欲] [怠惰] [肉欲] [高慢] [嫉妬] [憤怒]


キリスト教では人間に<七つの大罪>があると教えます。


悪魔は欲望の罠を巧みにチラつかせ、この<七つの罪>へと招き入れ、そして人間を堕落させるのです。


人の精神の堕落そのものが目的と言うんだから、悪魔とは本当に恐ろしい存在です。



悪魔って昔から山羊のような毛むくじゃらの獣で描かれることが多いですよね。


だから悪魔はああゆう姿をしているものと皆んな思ってる。


ところがどっこい、悪魔は変幻自在です。


悪魔って人間の最も弱い部分に漬け込むのが得意です。


清らかそうな天使を装い、あなたの前に姿を現すこともある。


だから常に細心の注意が必要なんですね。


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どんな善人でも、心のどこかに必ず<悪>の部分を持ち合わせているものです。


完全無欠の善人なんて存在しない。


完全無欠の悪人が存在しないようにね。


だけど善人には<悪>の部分を眠らせて、<悪>を活性化させまいとすることが出来る。


<悪>を自分の力で抑えて、現実世界に現象化させないようにするのです。


つまり自分の内面の<悪魔祓い>が出来る訳なんですね。



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この世界には天使のスピリッツから悪魔のスピリッツまで、目には見えないあらゆるものがうごめいています。


我々はピンからキリまで、あらゆるスピリッツがごちゃ混ぜになった海の中で、日常生活を送っているようなものなのです。


邪悪な想念は他人から送られたり、自分の潜在意識からこぼれ出したり、ある時突然不意に姿を現わす。


だからそんな時、自分を守る盾のようなものが必要です。


守護霊にプロテクトを祈るのも良いでしょう。


でも自分自身で悪魔を祓い、精神力を強化出来れば、それが一番手っ取り早いはずなんですね。



自分で悪魔祓いするには瞑想したり内観したり、自分の想念を正直に分析しなければなりません。


潜在意識にどのような考えがストックされてるか見つめ直し、自分自身を浄化する必要があります。


そしてマイナスの欲望・マイナスの感情・マイナスの考えを、抱いたり表現したりしないようにする。


シャワーを毎日浴びるように、日々心の汚れを洗い流して、よこしまな想いを受けつけないようにするのです。



ポジティブシンキングがなぜ大切か?


それは隙あらば忍び込んで来ようとしている、邪悪な想念の侵入経路をふさぐため。


マイナスエネルギーの振動をシャットアウトするためです。



それって結局<自己コントロール>の力に掛かっているんですね。


<自己コントロール>出来る人間こそが、本当に望むものを引き寄せられる。


最終的に見えない精神の力が、全てを決めているのです。


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新年度の春からひとり暮らしをスタートした人も多いと思います。


初めて自炊する人向きに、あり合わせの材料で美味しく出来る [ 簡単!自分で晩ご飯 ] のレシピがたくさん紹介されてます。


[ 簡単!自分で悪魔祓い ]


こっちのレシピの方もすご〜く重要です。


是非忘れないでおいて下さいね。







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by viva1213yumiko | 2017-04-27 22:25 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

眠れる森の美女の夢

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正直冬って眠くなりません


私はメチャクチャ眠くなる。


気温の低下に合わせて、オツムもボディも冬眠省エネモードに切り替わる。


冬は夢見を育むシーズン。


いっそ<眠れる森の美女>のように、夢をじっくり熟成させましょう。


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<眠れる森の美女>のストーリーは欧州の古い民話の伝承で、様々なバージョンがあることが知られています。


ディズニー映画<眠れる森の美女>は、グリム童話をベースに創作されました。


糸車の紡(つむ)でユビを指し、深い眠りの中に落ちて行くオーロラ姫。


王子のキスで100年の眠りから目覚めると、二人はめでたく結ばれて、末長く幸せに暮らしたことになってます。



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でもフランスの詩人ペロー版には、その後の二人の運命が綴られているんです。


ペロー版では、姫の目覚めも王子の甘いキスではないのです。


100年の呪いが解除された時、彼女自らムックリ起きて来るんですよ。


なんだか拍子抜けしちゃいますよね〜


二人は結ばれて子供も二人授かるのだが、王子の母親の<王太后>は、なんと!<人食い種族>でありました。


そして嫁と子供たちを食べようとするんですね。


危機一髪になったところを<新王>に即位した王子が助ける。


そして悪行が息子にバレた<王太后>は気が狂い、ムカデやヘビがグツグツしてる大釜に飛び込んで自殺してしまうのです。



昔のヨーロッパって実際に人食いが横行してたのでしょうか?


<人肉>をテーマにしたシュールなお話しに仕上がっています。


子羊の肉を幼子の丸焼きと信じ、ムシャムシャ食べる人食いの母親に、どのようなメルヒェンを感じ取れというのでしょうか?


どうにも腑に落ちません。


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イタリアのバジーレ版はさらに強烈。


眠りに落ちた眠り姫は、悲しんだ父王にそのまま城に去り置き去りにされます。


その後、偶然鷹狩りでたどり着いた王が(父親か別の王かイマイチはっきりしない)姫を見つけるのですが、あまりの美しさに我慢出来ずレイプしてしまう。


眠り姫は眠っているうちに王に犯され身籠ってしまうのです。


それでも姫は眠り続け、眠ったまま不義の双子を出産し、子供たちによって初めて魔法が解けるのです。


王は別邸への通い婚を続けていたが、嫉妬に狂った王妃に事実がバレ、子供達は命を狙われ煮込みスープにされそうになる。


眠り姫も火あぶりで殺されそうになるのだが、そこに王の助けが介入する。


子供をスープにして飲ませたという話しを聞き、王は怒り狂い、王妃を火に投げ込んで殺す。


そして王と眠り姫は正式に結婚し、幸せに暮らしましたとさ。



悪魔教団の生贄儀式か何かからインスパイアされたのでしょうか?


ウォルト・ディズニーも度肝を抜かす<カルト・サスペンス>です。


物語はもう完全に善悪の彼岸を超えちゃって、すでにその教訓すら分からない状態です。


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    ♬ いつか夢で ♬     

        


     あなたをいつも夢に見て


     その瞳さえ、とても懐かしい


     夢は幻と言うけれど


     でも分かる


     あなたこそ、愛してくれる


     あの夢と同じに

  

                ディズニー映画<眠りの森の美女>より

  


           


<眠りの森の美女>は「理想の結婚」がテーマです。


でもそれは「自己主張しない従順な女が幸せな結婚を手に入れる」とかいう、昔風の教訓じゃありません。


「理想の結婚には100年費やしてもお目にかかるのは不可能に近い」


だから「妥協しなさい」っていうんでもない。


何かもっと深~い意味が隠されてるんじゃないの?


ウォルト・ディズニーも気付かなかった、もっと深遠で哲学的な何かがです。


無い知恵を振り絞り、私は考えました。


その結果、この物語のキモは<100年の眠り>そのものじゃないかという結論に至ったのです。


そうするとこのお話しも俄然ワクワク楽しくなって来ちゃうんですよね〜




オーロラ姫は死ぬ訳じゃなく<100年の眠り>の状態に移行します。


彼女はその間、どこかのアナザーワールドを訪問中です。


でも不思議なことに、彼女は眠りの中で真実の伴侶の姿を知るんですね。


真実の伴侶・真実の未来・真実の生き方・・・


不思議なことにそれらをみんな夢が教えてくれる。


まるで<100年の眠り>の状態には、未来の情報すべてが織り込まれているみたいですね。



<夢のお告げ>って馬鹿にならないんです。


キリストもブッダもその誕生のしるしを、母親は夢で知りました。


先住民の文化の中には、子供が生まれる夢を見ると、それを合図に精霊が宿り、そうして赤ん坊が生まれると考えるものがあります。


子供は勝手に本能的に授かるのではなく、両親のどちらかが「種子の状態から出現の状態」に整ったことを夢で知らされ、そしてそれを了解した者の元にやって来ると信じるのです。


そこには「命を生み出すのは両親ではない」という、自然界への謙虚さが感じられますね。


両親は命の誕生にただ身体を提供するだけ。


子供の誕生を夢に見るのは、特定の時期に特定の家族に生まれることを了承する人間を見つけるための、自然界からの通信なのです。


先住民はこのような文化を維持することで、現代を生きる我々よりずっと調和的な家族生活を送っていたと思われます。


きっとオーロラ姫も<100年の眠り>の中で、そんな風に結婚・出産の準備を整えていたに違いありません。

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<大いなる眠りの世界>では全てがお見通しなのです。


<大いなる眠りの世界>とは、現在・過去・未来、すべての時間を超越しています。


将来的に出現する予定のものは、それがまだ種子の段階でも情報を得ることが可能なんです。


実は眠り姫も100年の間に色々な情報をしっかりキャッチしてたのでしょう。


自分の伴侶、自分の未来、自分の運命を・・・


夢の中できっと直感的に感じ取っていたと思うのです。


邪悪な妖精の呪いで100年肉体を動かすことは出来なかったけど、きっと精神は自由に飛び回っていたはず。


真実の愛が熟成する時を、静かに待つことが出来たはずです。



100年の時を待ち続け、永遠に思えるほどの時間が過ぎ去ったとしても、どこかに必ず運命の人はいるはず。


出会うことで自分が完全になれるような、そんな運命の人がいる。


欠落したものを埋め合わせることの出来る、たったひとりの特別な誰か。


その人と出逢える時が来る。


誰もがその奇跡に憧れ、その時を待ち望んでいる。


本当の自分に戻れる瞬間を誰もが待ち望んでいるのです。

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実は人間なんて、皆んな深い眠りに入ってるようなものなのです。


イバラに囲まれた古城の中で、眠りこけてるあなたの意識。


それを優しく揺り起こし、呪いを解除する方法がどこかにあるはずです。


それは一体何なのでしょう?


オーロラ姫のお話しは、我々にそのことを思い出させるためにあるのです。




真実の愛を否定した人生。


それがどんなに味気ないか、ちょっと想像してみて下さい。


どんなに時代になろうとも人の心にはメルヒェンが必要です。


たったひとつのメルヒェンで心救われることもあるのです。



冬は夢見を育むシーズン。


<眠れる森の美女>のように、夢をじっくり熟成させましょう。


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by viva1213yumiko | 2016-11-28 15:07 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

すぐそばにいる般若

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源氏物語に登場する姫君たちをアイドルタレントみたいに人気投票してみると、男性陣の一番人気は<夕顔>なのだそうです。


<夕顔>は家柄が良い訳じゃないので、プライドをひけらかすようなことありません。


たおやかで儚げで、逆らうことなく受け入れてくれて、「どうぞ私のこと好きにしていいのよ」って言ってるような、まっこと殿方にとって都合の良い女性です。


ところが女性陣の人気ナンバーワンは、物語の中でも最もキャラクターの立ってる<六条御息所>だそう。


物の怪になってまで<光源氏>に執着し続ける、いわゆる<重い女>ですよね。


なのに意外にも、女性たちにはそこが人気。


それはどんな女の心にも絶対に潜んでいる、あの厄介な魔物のせいでしょう。


すぐそばにいる般若。


プライドと嫉妬という般若が、女性たちの共感を誘うからなのです。

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平安時代。


それは怨霊信仰の時代です。


美しく高貴な教養人<六条の御息所>は、プライドと嫉妬とにがんじがらめにされ、すっかり行き詰まっておりました。


元皇太子妃の立場だというのに、7つも年下の愛人<光源氏>との関係が思うように行きません。


この行き詰まった愛憎劇、気持ちをどう納めたらいいのだろう?


もちろん世間体もある。


今さら引くに引けない状態で、焦りばかりが募ります。


挙げ句の果てに葵祭りの時、公衆の面前で正妻から大いに恥をかかされる。


この牛車事件をピークに<六条御息所>の追い詰められた魂は、肉体を離れ彷徨い出してしまいます。


プライドと嫉妬心・・・


強烈な彼女のその想い。


どうやらそれが生き霊を発動させてしまったようなのです。


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生き霊とは、強く念じることで<意志のある独立した魂>を作ってしまう現象のこと。


私たちの感情や欲望や想いが、実は向こう側の世界で実体化してることを意味しています。



スピリッツとは本当に不思議です。


人が何かを念じる。


するとその時点から、想念は自分の手元を離れ、見えない世界で形を作り始めるんですね。


初めはぼんやりしてハッキリとしませんが、想い続けることで想念形態はくっきりシャープになって来る。


そしてその想念は命を吹き込まれ、れっきとした生き物のように活動を始めます。


願望を成就しようと、関係者の元へ一直線に飛んで行くんですね。



思考は現実化します。


想念形態は条件さえ整えば、必ずや現象界に出現するものなのです。


だから心で考える想いには、いつも気をつけてなければならないんですね。


その想いに愛や思いやりがあって、人が良くなることを願う善良なものなら、それは高貴な良い生き霊と言えるでしょう。


でも誰かの不幸を願うような邪悪なものだったら、それはつまり悪霊ということになります。


その誰かさんにきっと良くない影響を及ぼすはずです。

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誰かを恨んだり憎んだりする。


すると、それに相応しい形の想念形態が作られてしまうのです。


透視能力者にはそのおぞましい姿がきっと見えてるはず。


そして、たとえ見えないとしても、感じ取ることなら誰もが普段してるはずです。


誰かに近づいた時、その人があなたにネガティブな感情や思いを持ってるかどうか瞬時に感じ取れませんか?


ほらね、これって誰もがすぐピンと来る類いのものなんですね。



このように見えない世界では、私たちの発した想念エネルギーがうごめいているんです。


それはまるで世界珍獣図鑑を、部屋中に広げて眺めるようなもの。


蛇や野獣や魔物やUMA。


鬼や天狗や狐や般若。


色んな生きものがそこらじゅうに息づいてるんですねぇ~(笑)

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悪意のエネルギーは意図的なものだけではありません。


人が無意識で発してる恨み・嫉み・憎しみが、その人から勝手に離れて悪さをし始めることもあるんです。



正妻に恥をかかされ、プライドと嫉妬がごちゃ混ぜになってしまった<六条の御息所>は、朦朧とした意識状態となって、ついに脱魂してしまいます。


肉体から離れた魂は、出産を待つ正妻の寝床へ赴き、意図せずに取り憑いてしまうんですねぇ。


しかし本人は、その間どんなことが起こっているのか分からない。


夢を見ているような状況なのです。



生き霊って、それを作った本人の意志とは、全然関係なく行動しちゃうみたいなんですよね。


<六条御息所>の魂は、自分の嫉妬の醜さを疎ましく思っています。


激しい嫉妬心を何とか押さえ込もうと、平常心を装って和歌を詠んだりする。


しかし、逆に理性で抑えようとすればすれほど、抑圧され閉じ込められた執念が反抗し、肉体を離れ勝手に悪さしてしまうんですね。


心の奥の情念は、ちっぽけな意志の力なんかより遥かにパワーが強いのです。


それまで幽体離脱の自覚など一度もなかった彼女ですが、自分の服や髪に、加持祈祷用の芥子の匂いが染み付いてることから、生き霊の正体が他ならぬ自分だったと初めて理解するのです。

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自らの嫉妬心が、知らぬ間に重大な結果を招いている。


そういうことって本当にあるみたいです。


心を抑圧した女。


思い込みの強い女。


彼女たちの心の葛藤が、いつ何時般若に変身してしまうのか検討もつきません。


実生活で貞淑で清潔な生活を送れば送るほど、内なる魂は理性の抑制を離れ、狂気を演じてしまう。


恐ろしいことですが、どんな女にもその可能性が秘められているのは確かです。

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女の心にはうねりがあります。


嫉妬や恨みの感情が、あなたに般若の面をまとわせる。


般若の原因を探ってみれば、それは辛く悲しい<恋の妄執>だったりするのです。



花は散り、ススキが揺れそよぎ、マツムシが寂しげに鳴くこの季節。


恨み妬みの般若の面が、月明かりを浴びて、ぼんやり浮かび上がる。



秋の気配は生き霊を呼びやすいですよ。


あなたもどうぞご用心、ご用心。


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by viva1213yumiko | 2016-10-24 14:29 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

誰もが多重人格者

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「もしかして自分は多重人格かも知れない・・・」


誰もが一度ぐらいそんな風に思ったことあるんじゃないかしら?


外に見せてる自分と、内側で感じる別の自分。


ギャップを感じれば感じるほど、自分という人間が分からなくなる。


人間の内面世界とは底知れぬ洞窟みたいなものです。


いつの間にか見知らぬ人が住みついてしまうことも十分に考えられます。


だから・・・


心に明かりを灯しましょう。


見知らぬ人たちに「ハロー」と言ってみよう。


どうやら彼らと手を繋ぎ、仲良くする必要がありそうです。


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この<多重人格>という言葉。


なぜか私は惹きつけられちゃうんですよね~


多重人格って自分の記憶や受け入れられない現実を、意識的な思考から分離しようとすることで発生するそうですよ。


非力な幼児期に、虐待などの強いストレスを受けた人に多いと言われます。


彼らは葛藤やストレスを内界で処理するために、空想から生まれる別人格を必要とするのです。


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良く知られた例に<24人のビリー・ミリガン>があります。


ビリー・ミリガンには犯罪者の人格が現れ、婦女暴行や強盗を犯し逮捕されます。


しかしポカンとした表情で「そんな恐ろしいこと、自分に出来るはずがない」と言っている。


解離性の多重人格なので、悪人の時の記憶は全く残っていないのです。


初めは関係者全員が言い逃れのお芝居と思ってましたが、全く違う人格に変身する様子を何度も目の当たりにするうち、医者も弁護士もビリーの多重人格を認めざるを得なくなりました。


ビリーの中には本人以外の23の人格が宿っており、取っ替え引っ替え色々なキャラクターが表面に現れます。


上流階級のイギリス英語で喋ってみたり、ならず者の態度を取ったり、怯えた子供になってみたり、女の仕草でシナを作ってみせたりするのです。


中でも長時間に渡ってビリーの身体を支配する主人格は、知的なイギリス紳士<アーサー>・憎悪の塊<レイゲン>・人懐っこく絵の上手い<アレン>の3人。


その他にもたくさんの交代人格がそれぞれの記憶力を持っていて、ビリーを精神的に追い詰めます。


それって言い方を変えてみると、常時ビリー・ミリガンに23の霊魂が憑依していて、フルトランスしてるってことですよねぇ。


ひとつの身体に24個の分裂した魂・・・


ハァ~、これはメチャクチャ疲れそうですねぇ。


こんなことが10代の頃から続いていて、追い詰められたビリーは何度も自殺を試みる。


しかし他の人格たちが自殺を許してくれず、ビリーは死にたくても死ねない状態なのです。


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強い痛みや恐怖が限界を超えると、人間はそれを引き受けてくれる人格を、勝手に生み出してしまうらしい。


耐えきれない感情をその人格が引き受け、事実をなかったことにする為です。


ぼんやりしたベールに包み込み、自己崩壊からの防護壁にするというのだから、人間の潜在能力って本当に神秘的ですよね。


この現象、本で読む分には興味深くワクワク楽しいですが、これ、本人にとっては想像を絶する苦しみと思われます。


おそらく多重人格の治療には、長時間の根気強いセラピーが必要でしょう。


混乱と絶望と自己否定とが順ぐりに襲って来て、内臓をひきちぎられるような、崩壊のギリギリ直前まで追い込まれるはずです。


しかし不思議なことに、どん底からバラバラの人格が再統合される時には、必ずや自己救済者の人格が現れるらしいですよ。


おとぎ話しの中で老賢者が偶然登場する、まさにそのようにです。


ビリー・ミリガンにも他の全ての人格の記憶を知る<教師>という存在が現れ、そこから治癒が始まりました。


それ以降、他の人格をコントロール出来るようになったのです。



自分を統合しているひと回り大きな自分が、きっとどこかにいるのでしょう。


様々なキャラクターを演じている自分。


それらを高みからじっと見てる、舞台監督が確かに存在するんです。


演技している自分は、本当の自分のほんのごく一部。


背後にいる別の誰かが、人生という芝居の進行状況を見守っているのです。



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多重人格をテーマにした映画や小説は多くて、人間の内面の世界そのものが、実は最もスリリングでミステリアスな場所だったということが良く分かります。


映画<アイデンティティー>とか<ファイト・クラブ>とか、傑作も多いですよね。


そういえは<君の名は>も魂の入れ替わりを扱ってるし・・・


でも多重人格の内界をのぞき込んで、目眩せぬよう十分注意して下さいね。


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実はかく言うこの私も、幾つかの人格を合わせ持つ多重人格者です。


表向きの主人格は、凡庸な性格でおよそ個性的とは言えませんが、人当たりも良く安定した常識人。


笑顔で行えば何事も上手く運ぶと信じており、決められた規則を守るべきと考える、保守的な成人女性です。


彼女は大概、鏡に向かって化粧をしてると降りて来ます。


全般において信頼のおける人物で、仕事でも人間関係でも、彼女に頼めば万事ソツなくこなしてくれます。


私は感謝と尊敬を込めて、彼女のことを<コンパニオンさん>と呼んでます。


ニュートラルで便利な人格なので、日常の生活の大体のことは、この<コンパニオンさん>にお任せしてあります。



でもそれと同時に、彼女と正反対の陰気な女もいるんです。


自閉的で月のように受け身な、ハタチ前後のまだ若い女性です。


自分勝手な世界を作り出し、自己完結してる夢想家。


お地蔵さんのようにガンと動かず、インスピレーションをただキャッチするだけの少女、<ひかげ>です。


<ひかげ>は<コンパニオンさん>のように要領よく立ち回ることなど一切考えない。


そればかりか白痴のように空を見つめ、ボーッとしてることもある。


理由を聞くと「アンテナをベストにチューニングしている」と答えます。


時空の彼方を見つめてフリーズしてしまうこともあり、そんな時はちょっと心配です。



この対照的な2名が私を主導する主人格のようですが、その他に3名ほどの交代人格もいます。


甘いものをせがんでばかりいる、3~4歳の無邪気な子供 <キャンディ>


頑固で批判的で、皮肉な怒りを溜め込んでる70代の男性 <おっさん>


せっかちで下品で早口の、40前後のヒステリックな女 <アドレナリン>



これらの人々が私の身体に住みついていて、それぞれ出番を待っています。


ほらね・・・この通り・・・


やっぱり誰もが多重人格でしょ?



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そしてそれらを操る人形使いの存在を確かに感じます。


出番に合わせて彼らを操る人形使いですね。


分裂したそれぞれの自分を見つめる、内側の知らない誰かさん。


多分それが<ハイアーセルフ>って奴なんじゃないかと、私は内心密かにそう思っているんですが・・・



果たしてこの肉体の所有者は一体誰なのだろう?


誰か本当のところを教えてくれませんかねぇ。





おまけ:

誰もが多重人格者。


たまに混線することがあっても、それはそれでご愛嬌。


人気のアイスクリーム店で行列に並んで、散々待たされて酷い目にあった時は、<おっさん>と<キャンディ>が同時に現れた。


「全くもってケシカラン」『責任者は何を考えとるんじゃ」「世も末じゃ」などとブツブツこぼしつつ、結局トリプルフレーバー完食してしまうのです。



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by viva1213yumiko | 2016-10-13 16:20 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

シエラザード世界選手権大会

<千夜一夜物語>に出て来るシエラザード姫。

実は私、彼女をいたく尊敬してるのであります。

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昔々のアラビア某国。

妻の不貞を垣間見て、女性不信になったシャフリアール王は荒れまくっておりました。

国の若い女性と一夜を過ごし、すぐさま殺してしまう連続猟奇殺人で、世間を震え上がらせていたのです。

大臣の娘シエラザードは意を決し、自ら王の元へと嫁ぎます。

そして夜な夜な、シャフリアール王に物語を語り始めたのです。

「アリババと40人の盗賊」「アラジンと魔法のランプ」「船乗りシンドバッドの冒険」

その他にも、実在した王やお姫様や英雄たちのお話しも・・・

心傷ついたシャリアール王のため、毎晩お話しを聞かせてあげたのです。

そして話しが佳境入った頃になると必ずこのセリフ。

「続きはまた明日のお楽しみ♡ To Be Continued 」

当然王は焦れて、「もっともっと」と話しを聞きたがった。

このような調子が二百数十日続き、ついに王は花嫁を殺すことを諦めました。

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このシャフリアール王という方も、随分とお気の毒な方ですよね。

彼の痛みを想像すると、嫁さん不信になっちゃうのも当然でしょう。

しかしそれより何よりアッパレなのは、シエラザードの行いです。

殺されないための策とはいえ、毎夜物語を語り、まずは王の心の癒しから始めるとは・・・

シエラザード、凄い才覚じゃありませんか。

世の権力者の奥方が、皆さんこのような能力をお持ちだったら、世界の争い事の半分くらい即刻解決出来るんじゃないかってそんな気がしちゃいます。

このように物語には人の心を癒す力があるのです。

語り部シエラザードは、シャフリアール王の専属セラピストの役目を担っていた訳ですね。

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物語は人の心を癒します。

人は物語のイメージ力に癒されるのです。

物語が持っているその再生のイメージに、人は心動かされ癒されるんですね。

シャフリアール王も傷が癒える頃には全てを悟り、きっと改心するに違いありません。

王の心が癒されたなら、同じように王権も癒されることでしょう。

王権が癒されれば、王国もまた癒されるはずです。

王と王妃の絆が強く結ばれたなら、この国は領民に愛される王国に生まれ変わるはずなのです。


そう思うと荒廃した国家を立て直すためには、葬られ忘れられた<民族の痛み>を癒す必要がありそうです。

様々な人々の様々な想いを<鎮魂>しなければなりません。

今、日本という国がどこかモヤモヤしてるのも、抑圧された様々な想いがあちこちから噴出しているから。

その原因を見つめようとせず放っておいたなら、気づいた頃にはシャフリアール王のように、手のつけられない状態になってるかも知れません。

はっきり言っちゃいましょう。

内側の痛みを外の世界の何かのせいにしてるうちは、本当の問題解決なんて望めないんです。

おとぎ話ですらちゃんとそう伝えているというのに・・・

いつでも大人たちのやることには、ホント困ったものです。

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さてそんなことをボンヤリ考えてるうちに、またしても私の妄想がうるさく騒ぎ始めました。

それはシエラザードみたいな語り部たちの力で、世界平和を計画する話しなんだけど・・・

「決して笑わない」って約束する?

そう? それではこっそり教えましょう。


「パンがなければケーキを食べればいいじゃないの」と、マリー・アントワネットは言ったらしいが、確かにお金持ちが貧しい暮らしを想像するのは難しいことですよね。

人は想像のすることの出来ないものは、理解不能なものなのです。

理解出来ないものを目の前にすると、人は恐れの反応を示します。

そしてその恐れが見えない壁を作ってしまう。

恐れの感情がいとも簡単に敵を作ってしまうのです。

だから世界平和を本当に願うなら、あなたが無意識のうちに敵とみなしてるもの(本当は恐れているもの)を理解するよう努めること。

それが大事なポイントです。


この世界を導いてる指導者たちには、そこらへんが分かっているのでしょうか?

「他者への共感力」の大切さを、どの程度理解してるのでしょうか?

もしかして地球にとって最も有害となるのは、指導者たちの<想像力欠如>じゃないかと思わずにはいられません。

各国の元首クラスの人々の感性を塗り直す、情操の再教育が必要です。

語り部たちの心揺さぶる物語で、指導者の心の歪みを回復して頂く、そんなプロジェクトが必要です。

未来の地球を正しくイメージし、人類愛に目覚めて貰い、戦争する気が萎えてしまったら、これは御の字じゃありませんか?

<シエラザード・プロジェクト>

要人たちを物語で魅了するのです。

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指導者たちは毎夜お話しをせがみ、涙を浮かべ世界平和を希求するようになるかも知れません。

言うならば、世界平和のための<ハニートラップ物語大作戦>って感じでしょうか?

語り部がグレダ・ガルボみたいな美女なら最高ですが、そうじゃなくても一向に構いません。

物語ることが上手ければ、別に色恋に発展しなくても構わないじゃないですか。

役者とか落語家とか、プロの芸人さんでも構わない訳ですよね。

中世の王宮では旅の吟遊詩人が外国の情報を伝えました。

それを思うとミュージシャンなんかも適役でしょう。

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各界で語り部が活躍する<語り部社会>ってのは、きっとステキなものに違いありません。

語り部の力を外交に使えば<語り部外交>が成り立ちます。

各国大使はきっと競うように噺家に落語を習いに行くでしょうね。

経済もストーリーを持つ商品じゃなければ人々に見向きもされなくなる。

<語り部経済>の誕生です。

教育現場では<語り部教育>が主流となり、語りの達者な老人が活躍する<語り部福祉>社会が生まれるでしょう。

そのような社会では、語り部技能者を讃える国際大会が必要となります。

4年に1度、五大陸で順々に催される<シエラザード世界選手権大会>が開催されるはずです。

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<Wシエラ杯>

それは嘘八百でも構わない。

物語の力が人にどれだけ希望を与えるか、世界平和に貢献するかが競われる大会だからです。

笑える話し、恐ろしい話し、涙なしには聞けない話し。

あの世の話しや、不思議な話し。

宇宙の話し、神々の話し。

動植物や自然科学・機械工学・歴史哲学の話し。

<Wシエラ杯>出場の選手たちは祖国の名誉を背負って、優れた話しを競い合うに違いありません。


しかし表彰台でメダル争いをするような優れた選手たちは、皆揃って似たような話をしてると気づかされることになるでしょう。

どこの国の選手であろうと、「人類はひとつ」「地球もひとつ」「愛とひとつ」という物語を、結局は語ることになってしまうからです。


<Wシエラ杯>

地球人みんなのための神話が、今求められてるって気がするのです。

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by viva1213yumiko | 2016-07-31 00:21 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

瞑想のススメ

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ストレスの解消法って人により様々です。

お酒を飲む、買い物する、観劇、読書、カラオケ、ダンス、アウトドア、etc.

人にはリフレッシュというものが必要で、人はリフレッシュしないと必ず行き詰まって来ます。

私もあれこれ一通り手を出して、時間とお金とエネルギーを費やして来ました。

だからストレス解消を追い求め、逆にストレスを増やしてしまう逆転現象を起こすこともありました。

そんな時、もっと手軽でお金もかからないストレス解消法があることを思い出したのです。

何だと思います?

うふっ、それはね、メディテーションなんですよね〜


「瞑想で自分の内面にチューニングすれば、脳内の全潜在力の開発に役立ち、身体の治癒力を目覚める」

若かりし頃、そんな言葉に惹かれてちょっと齧ってみたことがあるんです。

あっ、でもオウム真理教みたいんじゃありませんよ。

もっと個人的な理由から(ビートルズの影響もある?)自分の成長のため、能力開発のために役立ちそうだと瞑想にトライし始めた訳なんです。

それからウン十年経ちますが、私にとっての瞑想は、今やお手軽なエネルギーチャージ法として定着しています。

エネルギー補給をしたくなったら気軽に立ち寄る、ガソリンスタンドみたいなものです。

心身の健康に、気分転換に、アイディアの閃きにと、生活のクオリティーを保つために欠かせないものとなりました。

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瞑想法には様々な流儀やテクニックがあるのですが、最終的にその人が自然に居心地良く感じられるやり方が結局一番良い方法なんですね。

「こうしなければいけない」という先入観に縛られると、一番大事な感覚の部分が邪魔されてしまいます。

少しの間だけ情報を遮断する。

そして自分を取り戻す時間と空間を持つ。

それっくらいの軽い気持ちで構えていた方が、却って自分をニュートラルに保つようです。

自分の思考を自由に遊ばせるゆとりがないと、アヤシイ教祖に洗脳されかねないでしょ?(笑)

まあとにかく、瞑想は上手に使いさえすれば、心身の健康とか、創造性の開発とか、幸福感とか、自分をポジティブでアゲアゲにするプラス効果が得られるようですよ。


瞑想とは、こんな感じで行います。

初めに呼吸に集中する。

宇宙からエネルギーを取り入れ、要らないものを吐き出すイメージ。

身体の緊張がほぐれる。

眠りに落ちる直前のような、意識があるような無いような微妙な感覚になる。

この気持ち良い状態のまましばらくユラユラし、浮かんで来るイメージが見えるにまかせる。

(注・願い事がある場合この時間のこの感覚の時に思い浮かべるようにする。)

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瞑想中は特別なメッセージを受け取ろうと思ったり、素晴らしいアイディアが閃いたりしなくても全然構わないんです。

必死で何かをお願いしたり、祈ったりする必要もない。

ただその気持ちイイ状態を感じて終了すれば良いので、いたってシンプル、簡単です。

瞑想って、言ってしまえばただそれだけのことなんですが、これが不思議と日常生活に変化を起こし始めるんですねぇ~

脳の潜在力が開発され、身体の治癒力が高まるのです。

潜在意識が活発になるので、直感やシンクロニシティが頻繁になり、なおかつそれをキャッチしやすくなる。

なぜか夢の内容もはっきり覚えているようになるんですよ~

しかも今まで見たこともないようなクリエィティブで面白い夢が現れるので、その頃の私は見た夢を記録し、毎日のように夢日記をつけてました。



瞑想で潜在意識にアクセスする方法は、慣れないうちは誘導してもらったり、呼吸法から入ったりする<型>が必要かも知れないですが、コツさえ掴んだら目をつぶってしばらくすると、すぐに同じ状態になることが出来るようになります。

それは「眠ってるような起きているような」何とも気持ち良い状態です。

そして瞑想に習熟して来ると、座ったり目をつぶる必要さえもなくなる。

日常生活の全てが瞑想の意識状態でこなせるようになり、穏やかで満ち足りた日々、愛に溢れた日々、動揺のない落ち着いた日々を過ごせるようになると言われます。

そしてやがては人生そのものを瞑想状態で送れるようになり、まるで聖人のように生きることが出来るはずなのです。

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右脳とは感じる脳。

芸術や感覚・感性、直感的なものの見方を司っています。

左脳は考える脳。

言語・数字・統計・論理的なものの考え方を司ります。

しかし片方だけを発達させるのはダメで、両方の脳のバランスが取れてることが大切なんですね。

左右の脳のバランスが良い人は、運が良い人であり、流れの良い人であり、夢や望みを実現させやすい人ということになります。

瞑想はスピードが速く、左脳偏重になりがちな現代社会には必須アイテム。

誰でも自分がワクワクすることに向かっていたり、無心で一つのことに没頭している時は、瞑想と同じ状態(宇宙と繋がっている状態)になっています。

その状態こそが、最も自然でストレスフリーの状態です。

創造的な仕事をしてる人々は、きっと意識しなくともこうした力を仕事に生かしてしているのでしょう。

また大事な会議や交渉ごとの前には、瞑想をして挑むビジネスマンも多いと聞きます。

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仏陀は「人が道に外れたことをしてしまうのは、醒めていないからだ」と考えてたんだそうです。

人間ってのは<醒めてる>ことが大切なのです。(注・冷めてることではない)

しかし精神を覚醒させるために覚醒剤を使ったとしたら、更に道を外れることになっちゃいますよね~(笑)

覚醒剤の特性は、色々な刺激が実際より大きく拡大して感じられること。

でも本来の精神の覚醒とは「何かをしている時にもう一人の自分が醒めた目で見ている感覚」のことを言うのです。

集中していて、なおかつリラックスしている状態のこと。

自分自身をエネルギーでいっぱいの状態にすること。

それを<覚醒>と呼ぶんですね。


精神の覚醒は、瞑想状態に慣れれば案外簡単に出来るものみたいですよ。

むしろ私は瞑想を<心のエクササイズ><心のメンテナンス>って呼びたい気がするんですよね。



おまけ:
ちょっと小耳にはさんだんだプチ情報。

オシッコする時には、その音を聞きながら滝の流れを想像する<小便瞑想法>が良いそうです。

一瞬にして自然界と一体化し、無我の境地に至れるとのことですぞ。

皆さんも早速お試しあれ~



業務連絡:
<レディース瞑想会>ご参加の皆様、開催日が第一水曜から毎月第二水曜の夜に変更されています。

お間違いのないようにご注意下さい。

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by viva1213yumiko | 2016-06-29 13:57 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

G線上の魂

熊本地震でお亡くなりになられた方、親しい人を亡くされた方々に捧げます。

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大きな事故や天災が起こるたびに、人の命とはなんて儚いものだろうとつくづく感じます。

日々の営みを一瞬でガレキと変える圧倒的なエネルギーを目の当たりにして、我々人間とは本当にちっぽけな存在でしかないんだと深く気づかされます。

今現在のこの瞬間に、自分という生命が呼吸し<生きてる>ということ。

いやむしろ、目に見えぬ何かの存在に<生かされてる>ことを通説に感じてしまいます。

<生かされてる>ことはそれだけで完全な奇跡ですね。

死の存在が身近になるほど<生の意義>がくっきりする。

これこそメメント・モリ(死を想え)って奴なのでしょう。

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私たちは裸で生まれ、そして裸で死んで行く。

家や財産、家族や友人・・・

何一つとして向こうの世界に持ち込むことは出来ないのです。

たった一枚のコインでさえも持っては行けない世界。

それが死というアナザーワールドです。

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死の世界への移行とは、一体どういうことなのでしょう。

死の瞬間のその時は、実際何が起こっているのだろう?

心の準備もままならず亡くなる人の魂は、果たして救われるのものなのか?

あちらへ行っても魂は荒ぶるままなんだろうか?

いや、むしろ一切のこだわりから解放されるか?

死者たちの乗る船は、そこからどこを目指すのだろうか?


我々には分からない。

何も分からない。

分からなぬことが多すぎるのです。

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死者たちの魂が傷を負っているかどうかはとても気になるとこですが、それにも増して気になるのは残された者の心の痛みのことです。

愛するものを失う悲しみは、残されたものにも大きな傷を作るからです。

残された者の心は深くえぐられ、バラバラに解体され、捨て去られます。

完成したジグソーパズルを土足で踏みにじるようなもの。

あなたを根源のレベルから揺り動かす、底知れぬ痛みが襲って来ます。

愛する者の死。

それはひとりの人間を全く別の人間に作り変えてしまうほどの、それほど強い衝撃なのです。



「どうしてあの人は死んでしまったのか?」

「なぜ私でなく、あの人が死ななきゃならないのか?」


人は自分のためだけに生きるのではありません。

残された者の心も、生死の境いのギリギリのラインに接近する。


「どうしてあの人は死んでしまったのか?」

「なぜ私でなく、あの人でなくてはならないのか?」


その問いに答えを出せる人はどこにもいない。

だから自分ひとりで答えを探しに行くしかないのです。


全国から届く「熊本ガンバロウ」の応援の声。

しかしその裏に取りこぼされたたくさんの悲鳴が、こだまのように空を漂っています。

だから・・・

死に行く者の魂のために、取りこぼされた悲鳴のために、祈りと鎮魂が必要なのです。

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なぜ人は死ななければならないのか?

いずれは死ぬ定めのこの人生を、どう生き抜いたらいいのか?

我々には分からない。

そんなこと誰にも分からない。

親も先生も教えてくれない。

私たちは皆ひとりひとり体当たりで学んで行くしかありません。



人って自分が思うほど強くはないのです。

だから泣くべき時には思いっきり泣くが良い。


魂が嗚咽の声を出してると、深くえぐられ軋んでると、むしろ気付いてあげないと駄目なんです。

そうじゃないとマヒした痛みで、傷口はさらに大きく蝕まれる。


人の魂ってガラスのように脆いのです。

そしてとっても寂しがり屋。

だからすぐこの世に集まりたがる。


ヴァイオリンのG線上にも、ほらね、こんなに集まっています。

死んでしまった魂も、残ってしまった魂も・・・

ざわつく魂を鎮めたくて、こんなに集まって来てしまうのです。















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by viva1213yumiko | 2016-04-28 23:50 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

ささやかだけど衝撃的な話し

世の中には「どうってことないささやかな事なのに、偶然知っちゃったがために思わぬ衝撃を受ける」っていう事があります。

そんなケースをいくつか、思いつくまま紹介してみましょう。

ささやかすぎる話しで、ホント申し訳ないんですけどね。




その1:唱歌「うみ」の秘密
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  ♬うみはひろいな おおきいな

   つきがのぼるし ひがしずむ

   うみはおおなみ あおいなみ

   ゆれてどこまで つづくやら

   うみにおふねを うかばせて

   いってみたいな よそのくに♬


誰もが知ってる小学唱歌「うみ」です。

大らかな詩、優しいメロディー。

どこまでも広がる青い大海原のイメージが目に浮かびます。

夏休みの臨海学校。

波打ち際まで一斉に走り出す、スクール水着の子供たちの元気な声が聞こえるようです。


ところがこの唄のイメージには、実は大きな誤りがあったのです。

私もこの歳になるまで全く気付かずにいたので、知った時には驚愕してしまいました。

「私ってバカバカバカ!!!」

握りこぶしでオツムを叩きたいくらいの衝撃が走ったんです。


長年に渡って染みついたこの歌のイメージを覆す、ささやかな秘密をあなたにも教えましょう。

さあ、もう一度歌詞を読んでみて下さい。


   海は広いな、大きいな

   月が昇るし、日が沈む


月が昇る、日が沈む。

お月さまが昇って、お日さまが沈んでって・・・


なんとっ! そんな馬鹿なっ! 

アンビリーバボー!

つまりこの唄の風景とは、<日没の海>だったんです。


青い空・青い海・どこまでも続く水平線・・・

それは真っ赤な嘘でした。

真実の風景は、今まさに沈まんとするオレンジ色の日没の海だったんです。

いやいや参りました。 

ショックが大きいです。


そうなって来ると、青く明るい希望の「うみ」が一転しちゃいます。

異国への逃避行を夢見る、深い憂いを秘めた唄に早変わりです。

さらに、太陽を日本の象徴ととらえたら話しはもっとややこしくなりますよ。

「日ガ シズム」

つまり亡国日本を捨て、亡命を想う唄になっちゃいます。


このように日本語のイメージって変幻自在、フレキシブルに変化しちゃうんですよね〜

ささやけど衝撃的な事実です。





その2:地下鉄の入口は?
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上野某所を訪れる際、道に迷ったので地元の人に尋ねてみました。

するとその方はこう言うのです。

「大通りを渡った一本先に<地下鉄の踏切>があるから、そこを超えてくと良いですよ」

ええっ? 何ですって? 

地下鉄の踏切?? 

なんか言ってることが、ヨクワカラナ〜イ!

大体この辺りは住宅や商店ばかりなのに、踏切なんて明らかにおかしい。

さっきの人、日本語アヤシい外国人だったかしら?


頭の中に次々沸くクエスチョンマークをやり過ごし、ひとまず指示通りに進んでみた。

すると、あら不思議!

本当に現われたのだ。 

メトロ銀座線の踏切が・・・


ここは銀座線上野検車区。

昭和2年(1927年)に銀座線が開業した時からこの場所に存在する、日本で唯一の<地下鉄の踏切>だったのです。

メトロ銀座線はこの直前まで地下ルートでやって来て、突如地上に現われ車庫に入って行く。

仕事を終えた炭坑夫が疲れを癒すため黙々と飯場に戻って来る。

そんな連想をつい思わせる、不思議と感動的な場所なのです。


「地下鉄の電車はどっから入れたんでしょうねぇ〜。それ考えると一晩中眠れなくなくなるの。」

春日三球・照代の漫談は、一世を風靡したこのフレーズで有名でした。

どこから地下鉄を入れたか皆んなが質問するので、当時の地下鉄職員さんはさぞかし困ったことでしょう。

あれからウン十年。

思えばそれはずっと迷宮入りの謎だったのです。

長年棚上げにされてた謎が、偶然にも本日明らかになってしまいました。


「地下鉄の電車はどっから入れたんでしょうねぇ。」

「東上野4丁目から・・・」

さあ、これでもうあなたもぐっすり眠れますね。





その3:胎盤食
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中国人観光客が増えた銀座では、高級店のウィンドウにも中国語の表記が目立つようになりました。


ある日のこと、とても気になる中国語の広告を発見したんです。

[超級胎盤素 10万日元]

そこは美容クリニックです。

中国語で [スーパープラセンタ 10万円] って意味のようです。


プラセンタっていうのは、美白化粧品のあのプラセンタのことですね。

そのプラセンタが英語の胎盤を意味するとは、この広告を見るまでちっとも気付きませんでした。


赤ちゃんを包む栄養の固まりの臓器。

ヒトの胎盤を使って美容と健康、アンチエイジング対策をするのは、イマドキのセレブの間じゃ当たり前なんだそうです。

このクリニックではヒト由来の最高級プラセンタ注射を、若返り療法として中国人向けに提供していました。

リーフレットには [新奇的回復青春療法]とか、[驚人的細胞革命]とか、心躍る魅力的な中国語がたくさん並んでいるんですよね。


「胎盤ってさぁ、効くのかしらね?」

私は何気なくそばにいた知人に尋ねてみました。

すると彼女は「そんなの当たり前でしょう?」って表情で、驚くべき発言をしてくれたのです。

「私もお産の時、胎盤食べますか?って聞かれたわ」


た・たいばんを食べる・・・?

何でもレバ刺しのように、わさび醤油やショウガ醤油で胎盤を食べる人がいると言うのだ。

熱を加えても良いらしい。

産後の肥立ちが良くなり、母乳も出やすくなると言う。

しかも激ウマとの噂もあるらしい。(本当なのか?)


確かに野生動物は皆お母さんが胎盤を食べてしまうのだから、人間にもそのような風習があってもおかしくはありません。

何だかカニバリズムの気配も隠せないけど、胎盤を食べた人は皆概ね感激するらしい。

そう言われてみると食べてみたいような、みたくないような・・・

ささやかだけど、かなり衝撃的なお話しであります。




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by viva1213yumiko | 2015-11-30 13:01 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

エナジーバンパイア

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人のエネルギーを消耗させる人っているんですよね。

 被害妄想や優柔不断

 不平不満や自己正当化

 嘘つき・気分屋・上から目線

彼らは皆、あなたのエネルギーを盗むバンパイアでもあります。

ほらほら、周りをよく見回してご覧なさい。

あなたの生気をちゅうちゅう吸い取る、エナジーバンパイアがいるでしょ?


本来人間が生きるためのエネルギーは、食べ物や飲み物、休息や娯楽、自然環境やパワースポットから受け取るべきもの。

人から奪ったりするのはルール違反なんですね。

しかしバンパイアたちは自分でエネルギー獲得の努力をせず、他人から吸い取って補給しようとする習性があります。

その方が楽だし、エゴが満足するし、なんてったって手っ取り早い。

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疲れる人っているでしょう?

思い当たる節あるでしょう?

職場の上司、顧客や友人、親や兄弟、配偶者・・・

エナジーバンパイアは身近にたくさん潜んでいます。


彼らから生気を奪われるとすぐに分かります。

ぐったり疲れたり、怪我をしやすくなったり、急に力が抜けたり、頭痛や吐き気がしたり、運気がどんどん落ちて行くのです。

本物の吸血鬼ならニンニクや十字架で撃退出来ますが、困ったことにエナジーバンパイアには特にこれといった対処法がありません。

彼らには人からエネルギーを盗んでるって意識は全くないのです。

下手したら、むしろお返しとばかりにネガティブエネルギーを押しつけて来る。

本当に困った存在なのです。


お人好しの善人ほどバンパイアの餌食になりやすいんですね。

「嫌だなぁ」「疲れるなぁ」「苦手だなぁ」と過敏に恐れてると、なぜだかそれを察知して、余計にちゅうちゅう吸血される。

はっきり言って対策ゼロ。

こちらが強くなるくらいしか、他に手立てがないのが現状です。

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実はこの世界には眼には見えない様々なエネルギーが渦まいているんです。

私たちはお互いエネルギーのやり取りをして生活している。

エネルギーってあちこちで出たり入ったり、常に交換されてるんです。

だから人と人とが接近すると、それぞれのエネルギーフィールドが重なり合い、エネルギーは自然と勝手に動き始めます。

高気圧と低気圧が張り合うみたいに、エネルギー同士がぶつかり合うんですね。

そこには必ずエネルギー前線が発生する。

我々は見えないところで常にエネルギーの駆け引きをしてる訳なんです。


駆け引きの結果、エネルギーは高い方から低い方へ移動することとなる。

水の流れと同じで、高い方から低い方に流れ出すのです。

だから大きなエネルギーを持つ人間から、少ない人間の方へと運ばれる。

道徳的に考えても、人はエネルギーを必要とする弱い者(貧しい人、病気の人、虐げられた人、お年寄りや子供など)の手助けをするようになってるんですね。


ところが知ってか知らずか、このシステムを上手に利用し、要領よく自分にエネルギー補給してしまう人々がいるのです。

陰気な人、愚痴っぽい人、自分勝手な人などは、そばに来ただけでエネルギーが吸い取られる可能性があります。


これは実際問題困ります。

自分が調子良くって、エネルギーに溢れている時は問題はありませんよ。

バンパイアがそばに寄って来ても「困っているならどうぞ」ってエネルギーのおすそ分けをすればいい。

けれども疲れてる時、凹んでる時は、自分自身への補給だけでも勢一杯じゃないですか。

そこに消耗したバンパイアがエネルギーシステムにしがみつくのだから、これはもうたまりません。

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エナジーバンパイアから身を守るためには、以下のような対処法があります。

 ・共依存を断ち切る

 ・邪気を浄化してポジティブ思考を強化する

 ・自分をしっかりグランディングする

 ・ネガティブコードをカットする


具体的には自分の意見をハッキリと言い「NO!」と言える自分にすること。

運動・食事・睡眠など、自分の生活の質を向上させましょう。

不平不満や悪口を止め、人生を充実させて自立心を養うことが大事です。

言っちゃえば自分自身が幸運を呼ぶパワーストーンになり、エネルギーを発する存在になれば良いんですよ。

瞑想で光の玉をイメージし、悪い想念からガードする。

なんて方法も有効なので、興味のある方は試してみると良いでしょう。


しかし根本的には、このバンパイアを引き寄せたのは自分だと認め、自分自身を変えて行かなければなりません。

結局のところエネルギーを吸い取られるのは、自分にも何か恐れがあるからだと認める必要があります。

そしてその原因を上手く手放す。

怖いものがなくなれば、相手がエネルギーを奪いに来てもビクともしなくなる。

するとバンパイアは退散せざるを得ない。

「悪霊退散!」と強く宣言するようなものなのです。

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不思議なことに、エナジーバンパイアは社会的連鎖の性質を持っています。

上司にパワハラを受けた夫は家庭で奥さんに当たり散らし、妻は受け取ったエネルギーを子供に押し付ける。

上位のものが下位のものに働く、いじめ連鎖のパターンです。


ほとんどの人は自分が人からエネルギーを盗んでいるなどと、これっぽっちも考えてないでしょうね。

しかし状況次第では自分自身がバンパイアになり、人を疲れさせてることも多いんです。

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我々人間とは、肉体をまとったエネルギーそのものです。

だからその原理を利用しエネルギーを移動させることが出来れば、逆に他の人間や動物や植物を癒すことが出来るはず。

我々はエネルギーを上手く扱ってお互いを癒し合うことも可能なのです。


人のエネルギーを吸うことや人をコントロールすることが人生の目的のようになると、魂の本来の目的を見失ってしまいます。

それは人生の時間の大いなる無駄遣いです。

そんなことにならぬよう、エネルギーの扱いには十分な注意が必要なんですね。




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by viva1213yumiko | 2015-11-21 20:14 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)