カテゴリ:おとぎ話・こぼれ話( 80 )

エナジーバンパイア

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人のエネルギーを消耗させる人っているんですよね。

 被害妄想や優柔不断

 不平不満や自己正当化

 嘘つき・気分屋・上から目線

彼らは皆、あなたのエネルギーを盗むバンパイアでもあります。

ほらほら、周りをよく見回してご覧なさい。

あなたの生気をちゅうちゅう吸い取る、エナジーバンパイアがいるでしょ?


本来人間が生きるためのエネルギーは、食べ物や飲み物、休息や娯楽、自然環境やパワースポットから受け取るべきもの。

人から奪ったりするのはルール違反なんですね。

しかしバンパイアたちは自分でエネルギー獲得の努力をせず、他人から吸い取って補給しようとする習性があります。

その方が楽だし、エゴが満足するし、なんてったって手っ取り早い。

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疲れる人っているでしょう?

思い当たる節あるでしょう?

職場の上司、顧客や友人、親や兄弟、配偶者・・・

エナジーバンパイアは身近にたくさん潜んでいます。


彼らから生気を奪われるとすぐに分かります。

ぐったり疲れたり、怪我をしやすくなったり、急に力が抜けたり、頭痛や吐き気がしたり、運気がどんどん落ちて行くのです。

本物の吸血鬼ならニンニクや十字架で撃退出来ますが、困ったことにエナジーバンパイアには特にこれといった対処法がありません。

彼らには人からエネルギーを盗んでるって意識は全くないのです。

下手したら、むしろお返しとばかりにネガティブエネルギーを押しつけて来る。

本当に困った存在なのです。


お人好しの善人ほどバンパイアの餌食になりやすいんですね。

「嫌だなぁ」「疲れるなぁ」「苦手だなぁ」と過敏に恐れてると、なぜだかそれを察知して、余計にちゅうちゅう吸血される。

はっきり言って対策ゼロ。

こちらが強くなるくらいしか、他に手立てがないのが現状です。

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実はこの世界には眼には見えない様々なエネルギーが渦まいているんです。

私たちはお互いエネルギーのやり取りをして生活している。

エネルギーってあちこちで出たり入ったり、常に交換されてるんです。

だから人と人とが接近すると、それぞれのエネルギーフィールドが重なり合い、エネルギーは自然と勝手に動き始めます。

高気圧と低気圧が張り合うみたいに、エネルギー同士がぶつかり合うんですね。

そこには必ずエネルギー前線が発生する。

我々は見えないところで常にエネルギーの駆け引きをしてる訳なんです。


駆け引きの結果、エネルギーは高い方から低い方へ移動することとなる。

水の流れと同じで、高い方から低い方に流れ出すのです。

だから大きなエネルギーを持つ人間から、少ない人間の方へと運ばれる。

道徳的に考えても、人はエネルギーを必要とする弱い者(貧しい人、病気の人、虐げられた人、お年寄りや子供など)の手助けをするようになってるんですね。


ところが知ってか知らずか、このシステムを上手に利用し、要領よく自分にエネルギー補給してしまう人々がいるのです。

陰気な人、愚痴っぽい人、自分勝手な人などは、そばに来ただけでエネルギーが吸い取られる可能性があります。


これは実際問題困ります。

自分が調子良くって、エネルギーに溢れている時は問題はありませんよ。

バンパイアがそばに寄って来ても「困っているならどうぞ」ってエネルギーのおすそ分けをすればいい。

けれども疲れてる時、凹んでる時は、自分自身への補給だけでも勢一杯じゃないですか。

そこに消耗したバンパイアがエネルギーシステムにしがみつくのだから、これはもうたまりません。

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エナジーバンパイアから身を守るためには、以下のような対処法があります。

 ・共依存を断ち切る

 ・邪気を浄化してポジティブ思考を強化する

 ・自分をしっかりグランディングする

 ・ネガティブコードをカットする


具体的には自分の意見をハッキリと言い「NO!」と言える自分にすること。

運動・食事・睡眠など、自分の生活の質を向上させましょう。

不平不満や悪口を止め、人生を充実させて自立心を養うことが大事です。

言っちゃえば自分自身が幸運を呼ぶパワーストーンになり、エネルギーを発する存在になれば良いんですよ。

瞑想で光の玉をイメージし、悪い想念からガードする。

なんて方法も有効なので、興味のある方は試してみると良いでしょう。


しかし根本的には、このバンパイアを引き寄せたのは自分だと認め、自分自身を変えて行かなければなりません。

結局のところエネルギーを吸い取られるのは、自分にも何か恐れがあるからだと認める必要があります。

そしてその原因を上手く手放す。

怖いものがなくなれば、相手がエネルギーを奪いに来てもビクともしなくなる。

するとバンパイアは退散せざるを得ない。

「悪霊退散!」と強く宣言するようなものなのです。

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不思議なことに、エナジーバンパイアは社会的連鎖の性質を持っています。

上司にパワハラを受けた夫は家庭で奥さんに当たり散らし、妻は受け取ったエネルギーを子供に押し付ける。

上位のものが下位のものに働く、いじめ連鎖のパターンです。


ほとんどの人は自分が人からエネルギーを盗んでいるなどと、これっぽっちも考えてないでしょうね。

しかし状況次第では自分自身がバンパイアになり、人を疲れさせてることも多いんです。

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我々人間とは、肉体をまとったエネルギーそのものです。

だからその原理を利用しエネルギーを移動させることが出来れば、逆に他の人間や動物や植物を癒すことが出来るはず。

我々はエネルギーを上手く扱ってお互いを癒し合うことも可能なのです。


人のエネルギーを吸うことや人をコントロールすることが人生の目的のようになると、魂の本来の目的を見失ってしまいます。

それは人生の時間の大いなる無駄遣いです。

そんなことにならぬよう、エネルギーの扱いには十分な注意が必要なんですね。




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by viva1213yumiko | 2015-11-21 20:14 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

カオス君GO-GO!

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後戻りの出来ない決定的な状態に進む時、よく「ルビコン川を渡る」という言い方をします。

紀元前49年、元老院と対立していたカエサルは、国境線のルビコン川からローマ領内に入る事を固く禁じられていました。

しかしカエサルは「賽は投げられた」と決心を告げ、ガリアから引き連れた軍団と共に川を渡って行ったのです。

それをきっかけに内戦に勝利し、共和国政府を中央集権制に変えるなど広範囲な改革に着手し、帝政ローマの下地を作ったのだそうです。


ルビコン川を渡る。

世界中で様々なシステムが「ルビコン川を渡りつつある」ように思えます。

政治・経済・教育・思想・環境・文化・科学技術・家庭生活

今まで安定していたシステムがガラガラと崩壊し、何でもありの混乱期へと突入しているように思えるのです。

今や世界は「濃厚なカオスのスープに地球儀もろともダイブした」ような、そんな状況です。

ついに我々は<カオスポイント>を超えてしまったのだろうか?

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<カオスポイント>とは。それまでの安定したシステムでのゆらぎ(不合理な部分・矛盾点)が最大限となり、もはや元の状態には戻れない地点にまで達した事を示す概念で、アーヴィン・ラズロ氏の著作で有名です。

例えば牛乳を温める時の事を考えてみて下さい。

注意深く弱火で温めてるにも関わらず、ある限界値を超えるとミルクはいきなり吹きこぼれ出しますよね。

私もいつも慌てて火を止める事となります。

そして気づくとミルクのたんぱく質は凝固し膜を張っている。

牛乳は化学反応を起こし、別のものに変容するのです。

この吹きこぼれる直前の状態、牛乳がバアーッと盛り上がる瞬間を<カオスポイント>と考えると分かりやすいでしょう。

新しい何かが始まる前の、混乱の予兆みたいなものと思って頂きたい。

それまで安定していたシステムが保持の限界を超えた時、形態は突然思いもしない反応を起こすのです。

優しく穏やかなミルクでさえ、沸騰に向かって一挙に突き進んで行く。

牛乳は牛乳なりのルビコン川を超えるのです。


<カオスポイント>を超えるという事は、もうそれ以前の状態には戻れないって事を意味するんですね。

ひとつの国家が全体主義・独裁主義に向かう過程も、これとそっくりのプロセスを踏むのだそうです。

それまで右に左にと揺れてた振り子が、ある地点を境にピタリと動きが止まる。

そこからは集合的な渦に飲み込まれ、流れは一気に変わってしまうと言います。

ヒットラーなどは、そういう社会的心理構造を良く心得ていたらしい。

これは相当に恐ろしい事ですよねぇ~

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この世のあらゆる存在は、すべて進化を運命づけられています。

生物にしろ無生物にしろ、すべてのものは<創造→保存→崩壊>という一連の法則に従わざるを得ません。

形のない世界から形あるものが生まれ、ある一定の時を経るとまた無形の世界へと戻って行く。

歴史とは永遠にそれの繰り返しです。

もっと平たく言ってしまえば、すべての物事は<安定した構造を守ろうとする勢力>と<新しいシステムに移行しようとする勢力>との攻防なんですね。

惑星のレベルから、国家間のレベル、人の魂のレベル、細胞レベルまで・・・

階層は違えど、皆似たような構造なんだそうです。


だから現在世界に起こってる混乱は、ある意味避けられないものなのかも知れません。

なぜなら我々人類は今、次の文明のステージに進めるかどうかという微妙な場所にいるからです。

今、地球そのものが催眠術から醒めようとしている。

そして新しい文明に移行するための、産みの苦しみのちょうど真っ最中。

そういった意味では<カオスポイント>とは、<陣痛ポイント>と言っても良いのかも知れませんね。(笑)

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揺れ動く混迷の時代。

ほんのちょっとした事がきっかけで予期せぬ大変動が起こる可能性があります。

一歩間違えれば文明の崩壊、ガイアシステムの崩壊が待っている。

崩壊か?再生か?

この行きつ戻りつの価値観のゆらぎの荒波を、我々はどのように乗り越えて行けば良いのでしょうか?

このような嵐の中、有能な船長ならどう判断し航海を続けるのでしょう?


そのためにはあまりシリアスになってはいけません。

人はシリアスになった時、決して良いアイディアなど浮かばないからです。

ここは落ち着いてひとまず深呼吸など繰り返しましょう。

そして腹をくくってカオスを楽しむ心構えを始めるのです。(笑)


そうねぇ〜

例えばこの一連の人類進化の流れを、お祭り騒ぎのように楽しんでしまうっていうのはどうでしょう。

人類進化のためのフェスティバルだから、つまり<進化フェス>って事だわね。

<進化フェス>なのだから、まずはそれぞれお祭り装束に着替えましょうか。

フェスティバルの踊りや音楽が、連日連夜奏でられる事でしょう。

提灯や横断幕がいたるところに飾られ、街は華やかな雰囲気に包まれる。

人形や花を飾った山車が盛大に練り歩き、紙吹雪が舞う。

市町村からはお祝いの供物や酒が配られ、特別な祝祭ムードが漂う。


そうそう、<進化フェス>のマスコットキャラクターも欲しいとこよね。

未来のため、子供たちのためにも、人気No.1のゆるキャラが必要です。

公募グランプリにより、無名デザイナーの制作したキャラクターを採用。

もちろんニックネームも公募で決まった。

その名も<カオス君>だ。
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<カオス君>には危機の時代を乗り越え、人々に笑顔と勇気を与える特別な使命がある。

だから当然、あちこちで引っ張りだこだ。

人々はカオス君のユーモアに触れて「なんとかなるさ」と考え出す。

ゆるキャラの温もりに人々は心癒される。

カオス君の笑顔につられて子供たちは笑う。

子供たちのはしゃぎ声はどこまでも空に広がる。


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思えば世界の混乱とは、危機点であると同時に最大のチャンスポイントでもあります。

システムの構成員である我々は、孤立しバラバラに存在しているという訳じゃなく、互いに関連し影響を及ぼし合っています。

ってことは意識を少し変えるだけで、大きな可能性が生まれるはずですよね。


ホーリズム(全体性)を思い出してみましょう。

地球全体の利益を考え、日々の生活でより良い選択をする事が大切です。

個人の小さな選択が、世界が正しい方向に向かうか否かの瀬戸際にあります。

小さなゆらぎが大きな影響力を持つ。

だから我々は意識的な選択をしなければならないのです。

私たちのほんのちょっとした発言や勇気ある行動が、予期せぬ大変動を起こす可能性を秘めています。

だから地球のためにも、私たちの意識の変革が必要なんですね。




おまけ:
   <カオス君>ゆるキャラグランプリ受賞 

   オリジナルグッズ爆発的人気に

   イメージソングヒットチャート急上昇

   カラオケで歌いたい歌ランキング第1位

   「カオス君GO-GO!」




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by viva1213yumiko | 2015-09-30 11:59 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

呪いの見本市

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1921年、考古学者ハワード・カーターがツタンカーメン王の墓を発見した時、墓の入口にはこのような文字が記されていたそうです。

[偉大なるファラオの墓にふれた者に、死はその素早き翼をもって飛びかかるであろう]

その時からツタンカーメンの呪いは始まりました。

発見から数ヶ月後、彼のスポンサーだったカーナヴォン卿が感染症で最初に死亡し、それ以降1929年までの間に不慮の死を遂げた発掘関係者は11人。

この一連の死は、ファラオの呪いによるものだとみられています。



持ち主を破滅に導くとして有名な「呪いのダイヤ」の話しを聞いたことは?

ホープダイアモンドは元はインドの寺院の女神シータ像から盗まれたもので、僧侶が持ち主に呪いをかけたことが始まりと伝えられています。

歴代の持ち主の中でも特に有名なのが、フランス王ルイ14世。

マリーアントワネットとランバル公妃マリー・ルイーズもこのダイヤを身につけていたとされ、この3人は奇しくもフランス革命で殺される運命となりました。
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そして「27歳の呪い」というのは?

ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン、ジム・モリソン、ロバート・ジョンソン、ブライアン・ジョーンズ。

多くの偉大なるミュージシャンが27歳で永眠したことから、この年齢はミュージシャンにとって「生死を分ける呪いの年」だと言われています。



名門ケネディ家の人々を襲う一連の悲劇「ケネディ家の呪い」

愛車ポルシェ550スパイダーに呪いが乗り移った「ジェームス・デイーンの呪い」

制作関係者が次々悲劇に見舞われる「スーパーマンの呪い」

キャスト4人が死亡した映画「ポルターガイストの呪い」


どれもみな実際に起こり<世界の呪い10選>に選ばれた、有名な呪いばかりなんですね〜(怖)

見事なまでの<呪いの見本市>です。

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誰かの強力な想念が、遠く離れた特定の場所や人物や物質に強い影響を与える。

「そんなこともあるのかも知れないなぁ〜」って漠然とは思っていても、21世紀のこの時代、それを100%信じる人なんていないですよね。

仮に信じる人がいたとしても、それを公式に表明することはまずありません。

「私は呪いをかけられた」と裁判に持ち込み、最高裁で勝訴したって話しも聞きませんしね。(笑)

なので<呪い>とは、いつでも闇に存在しててあなたの心に対抗する、ある種の勢力だと言えるのかも知れません。


誰かを呪う。
  ↓
それは良くないことである。
  ↓
だから人を恨んじゃいけない。

って、私たちはこう教わってます。

しかし本来自然界の中において、呪いのエネルギーそのものに善も悪もないんですよね。

台風のエネルギーや地震のエネルギーに善し悪しをつけられないように、呪いも単に宇宙に存在するひとつのエネルギーに過ぎないんじゃないでしょうか?

古今東西の誰かが、かつて発した邪悪な想念(憎しみや嫉妬等)は、エネルギー体となって見えない世界にゴチャマンと浮遊してるのです。

それらは不滅の存在なので消えることなく漂い続け、いざ物質化出来るチャンスをじっ〜と伺っている訳なのです。

何らかの理由でそれらのエネルギーに共振し、引っ掛かって捕らえられ、サイキックアタックを受けること。

それがいわゆる<呪われた>状態なのではないかと考えられます。


闇の勢力ってのは無視出来ませんよ〜

大体において、悪魔の方が天使より人間にくっつきやすいんだそうです。(笑)



おとぎ話しの世界では、呪いは必須アイテムとして登場します。

呪われた王・魔法をかけられた王子・略奪されるプリンセス。

ひび割れた鏡・失われた聖杯・眠りについた城。

どれも皆、目には見えない邪悪な力のせいで、本来の生命力を失ったモノたちばかりです。

それらがいかに失われた自分の本質を取り戻すか、というのが物語のテーマとなり、我々はそこに心を動かされるんですね。


そもそも<呪い>とは、人間が太刀打ち出来ないほどそんなに恐ろしい力なのでしょうか?

それとも我々の叡智と勇気とで、<呪い>は克服出来るものなのでしょうか?

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ここでちょっと実験してみましょう。

あなたがまとうエネルギーフィールド、それをちょっと想像してみて欲しいのです。

それは今イキイキと作動してますか? 

それとも少し元気がない?

その次に、少し勇気を出してあなたの中のネガティブな面・闇の部分を覗き込んでみましょう。

あなたが抱える<罪悪感・恐れ・嫉妬・妬み>を探し当てるのです。

見つかったらそこにフォーカスし、第3者の視点でじっくり観察してみる。

そこには脈々と受け継がれて来た秘密がありませんか?

相反する矛盾が存在しませんか?

被害者意識はなかったですか?

無力感が漂っていませんか?

注意深く、優しく繊細に、集中して取り組んでみましょう。

魂のかけがいのない部分が輝き出すまで、ただひたすらそれを繰り返すのです。

というか、そのくらい自分の内側を嘘偽りなく覗く勇気がないと、呪いは簡単には解けないでしょう。

痛みを引き受ける覚悟を決めてコミットしないと、今より前に進む事は出来ないのです。


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世界中の呪いを一堂に集め、邪悪な誰かが<呪いの見本市>を開いたとしても、あなたの方にそれを受け入れる素地がなければ、呪いは結局スルーして過ぎ去って行きます。

そのように呪いの力とは、自分が癒されて行く過程で、どんどん弱まって行くものです。


呪いに対抗するには<愛>が一番良いでしょう。

正直、<愛>が最も強いパワーを持っているのです。

自分自身を愛してあげれば、他人が何をしようと、何を言おうと気にならなくなります。

愛の前では、強力な呪いも歯が立たないからです。

完璧にはほど遠い自分ではあるけど、その不完全さをも含めた自分を愛することが大事です。

暴力的なこの時代の、あらゆる邪悪なものの影響化から抜け出すためには・・・

[自分を愛すること]

これが一番効果的なんです。

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こっそりと聞きましょう。

あなたは自分の事を秘かに呪ってはないでしょうね。

何よりも恐ろしいのは、知らずに自分自身を呪ってしまうことなのです。

おとぎ話しでも一番恐ろしい最後を迎えるのは、大抵自分自身を呪ってる人物でした。


エコエコ・アザラク

エコエコ・ザメラク


知らぬ間に自分を呪わないよう、十分に注意していて下さいね。

あらゆる悲劇は、いつもそこから始まってしまうんです。




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by viva1213yumiko | 2015-09-09 12:21 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

蜘蛛の糸

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ある日の事でございます。 

御釈迦様は極楽の蓮池のふちを、独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。

池の中に咲いている蓮の花は、みんな玉のように真っ白で、そのまん中にある金色の蕊(ずい)からは、何とも云えない好い匂いが、絶間なくあたりへ溢れて居ります。

極楽は丁度朝なのでございましょう。


優雅な文章で始まる、天国と地獄の仏教説話。

芥川龍之介、<蜘蛛の糸>でございます。


地獄に堕ちた極悪人カンダタを救ってあげようと、お釈迦様が一本の蜘蛛の糸をたらします。

カンダタは糸をつかみ、極楽に上がろうとする。

しかし救いの糸を独り占めにし、すがって来る他の亡者たちを振り払おうとしたので、蜘蛛の糸はプツンと切れて、カンダタは再び地獄に堕ちてしまうのです。

お釈迦様は少し悲しい顔で、無知なカンダタを見降ろしますが、極楽のハスはそんなことお構いなし。

ただ絶え間なく良い香りを放つばかりでありました。


これは因果応報のお話しです。

因果応報・・・つまりカルマのことですね。

<蜘蛛の糸>とは仏教説話を通じ、カルマ論を教える[A Story of Karma]だったのでございます。

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宇宙の基本法は、何と言っても原因と結果の法則です。

その法則とは普遍・不滅で例外なし。

良い事をすれば良い事が返って来るし、悪い事をすれば悪い事が返って来る。

良きにつけ悪しきにつけ、必ず人は自分で撒いた種を刈り取らなければならないのです。


「てめぇたちの悪だくみ、この遠山桜がちゃんとお見通しでぇ!」

これは遠山の金さんの決めゼリフですが、そんな事改めて宣言しなくても「大丈夫、お天道様が立派に悪事を裁いて下さいますよ」ってのが、この原因と結果の法則であります。

だから正義感が強すぎてすぐに喧嘩ごしになっちゃうという、そんなあなたも安心していいんですね。

天に向かってツバ吐けば、まっすぐ自分に落ちて来る。

そのように、自分のした事は全部自分に降りかかって来るものです。

あなたが裁いたり怒ったり説教したりしなくても、宇宙が代わりにちゃんと面倒見てくれます。

善因善果、悪因悪果って奴ですよ。

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けれど遠い過去のどのような原因が、今の自分にどんな結果を生み出すのか、我々のレベルからは単純に判断出来ないのが玉にきずです。

人によっては「地獄行きを経験することで自分のカルマを解く」ってことも、やはり実際にあるみたいですよ。

そういう人はチャレンジャーなのです。

苦しみの体験を徹底的に味わうことによって、土壇場で開眼し、一挙に借金の返済を終えるようなそんなケースですね。

なので長い目でみると、地獄の辛さも「よきこと」の前兆だと言えます。

宇宙のタイムスパンとはそれっくらい、気が遠くなる程、長いなが~いものなのです。


お釈迦様が下さった、救われる僅かなチャンスを生かせずおしゃかにし、空しく地獄の底へ転落して行くカンダタ。

<蜘蛛の糸>には愚かな行為を通して、自分の利害の及ぶ狭い範囲しか見ることの出来ない、人間の悲しさが描かれています。


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これは余談なんですが、本物の蜘蛛の糸っていうのは鋼鉄を上回る強さと、伸縮性・耐熱性を合わせ持つ高性能素材らしいですよ。

仮に直径1㌢の糸で蜘蛛の巣を張ったとしたら、ジャンボジェットをトンボのように捕まえられると言います。(驚)


お釈迦様よ。

本当にカンダタを救おうと思ったならば、このぐらいの蜘蛛の糸を降ろして欲しかった。

高みから救いの糸を垂らしては、「結局自分次第なのよ〜」と亡者たちを弄ぶ。

どこか不条理を感じるホトケの慰みであります。


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天国から極太の糸をたぐり寄せられるかどうか・・・

それはあなたのカルマの量で決まると言えます。 

けれど、必ずしも過去のカルマだけで決まる訳じゃありません。

プラスのカルマを自ら創造する(善行する)ことで、糸をどんどん丈夫にすることが可能です。

自分の思考と魂との間に軸が出来、ブレがなくなればgood !

その糸を辿ってどこまでも高みを目指せます。


でもそのためには内に宿る魂をそのまま具現化出来るような、強いパーソナリティーになる必要があるんです。

マインドと魂とが一体化した、そんなパーソナリティーと言いましょうか。

小さなエゴを乗り越えて、<自分と環境><自分と世界>とを統合出来る、そんな意識レベルが必要です。

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それが可能になった時。

その時のあなたはきっと、あなた自身がスパイダーマンみたいになってると思いますよ。

スパイダーマンがビルを渡る、しなやかで強い蜘蛛の糸あるじゃないですか。

手のひらからシュッと投げる、あれです。

きっとその頃のあなたには、お釈迦様の救いも必要なくなってるんじゃないかと思いますね。

むしろ衆生を救うため、糸を投げる役を担うことになるでしょう。

人々に愛という名の<蜘蛛の糸>を、1本1本手渡して行くのです。

美しい<蜘蛛の巣>が世界中に張り巡らされるその日のことを、しっかりイメージしながらね。

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いずれにしても「ああしたい」「こうしたい」という己の欲望だけで登って行くと、本当にプツンと糸が切れることが起こったりするんです。

だからあなたを真実の幸福に導いてくれる、必ずそんな糸を見つけ出すようにして下さいね。




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by viva1213yumiko | 2015-08-15 19:39 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

神との対話 風水編

今やパワースポットブーム花盛り。

旅行会社でも人気の企画なんだそうで、各社様々なツアーが用意されてます。
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パワースポットとは・・・

つまり、大地からの気の吹き出し口のことですね。

大地からのエネルギーがもらえる場所、大地から湧き出るエネルギーを体感できる場所であります。

風水で言うところの<龍穴>、<気場>などとも呼ばれ、もともと大地のツボに当たるような場所のこと。

古来から人間の叡智には、目に見えない霊力を感じ取るセンサーが備わっていたのでしょう。

縄文人でさえすでにそのエネルギーには気付いていて、パワースポットを神聖な聖地とし敬意を払っていたようです。


ミルチャ・エリアーデという宗教学のエラ〜イ先生はこう言ってます。

[自然に対する信仰のうち、山・岩などは<天上・地上・地下を結ぶ宇宙軸>を、大地や水などは<死と再生>を象徴するもので、世俗生活の根底にあり、それを支える世界観の重要な部分を成している。]

つまり人類には原初から、海・山・川などの自然形態に神聖な要素を意味づける<自然崇拝>の能力が備わっていた、ということになりそうですね。

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若狭の旅では知人のツテを通じ、三方五湖の旅館に泊まらせていただきました。

その旅館は若狭湾と三方五湖を繋ぐ水路の脇に立つ宿で、もうめちゃくちゃロケーションの良い場所だったのです。

<入船>という宿の名の通り、夕暮れになると部屋の目の前を定置網漁船が次々に帰って来る。

「そやねぇ、いま夏だけぇあんましええ魚のうて残念やな。 冬にまた来ね。」

食べ切れないほどの舟盛りの刺身を前に、女将は残念そうにそう言う。

シーズンオフでこの豊かさなら、越前ガニやトラフグの旬の頃にはどんなに豪華なことでしょう・・・


翌朝早く起き出して、海と湖が隣り合わせの珍しい地形を散策してみる。

そして湖と海の境目の突端の、小さな氏神様に何となく足が向かいました。

キツネの像が鎮座してたので、多分八幡稲荷とかそういう類いのものでしょう。

釣り船の安全な航行をずっと見守って来た、古い社のようです。

その小さな神社の裏側に、不思議な小道を見つけてしまいました。

誰かから「こっちにおいで」と呼ばれるような気がして、何だかその小道が気になってしようがない。

手入れもされず伸び放題の木の枝を、かき分けかき分け小道を登る。

するとそこに突然、古い磐座(いわくら)が現われたのです。


どうってことない古ぼけた岩とも言えるのだが、なにやら原始的生命力みたいなものを感じずにはいられない。

そこは日本海が一望できる素晴らしい場所なのです。

しかしなぜか空気が澱んでる。

吹けば飛ぶような祠が、かろうじてあるのですが、ゴミなども散乱し、どう見ても清浄な雰囲気ではありません。

誰にも顧みられることなく、<傷付き忘れ去られた聖域>といった気配がビンビンなのです。
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「はは~ん、なるほど解ったぞ!」と、私は思いました。

多分この磐座そのものが、大地のパワーを集める座標に間違いない。

このスポットこそ、海と湖を結ぶ気の流れの通り道であり、後の人がそこに八幡様を建て「良い場所ですからお越し下さい」と神様を招いたのだろう。

こここそが本当の縄文時代からの古い聖地に間違いないと、そう確信しちゃたのです。


けれど悲しいかな、現在の磐座は完全に充電切れです。

周囲をきれいに掃除すれば、少しは良いエネルギーが流れるのかも知れないが、今は見事に元気がない。

<瀕死の白鳥>ならぬ<瀕死の聖地>です。

目の前が日本海という絶好のロケーションの岬なのに、なぜここにはエネルギーが通らないのだろう?


その時目に止まったのが、丘の上に建つ某ホテルのことだった。

関係者に不審な事故ばかり起こると、地元で噂の絶えない曰く付きホテルです。

そのホテルの所有する倉庫が、この磐座の前にドッカーンと建っていて、海からの清浄な気の流れを完全に遮断してしまってる。


これはちょっとマズいんじゃないだろうか?

この倉庫が建ってるが故に、縄文時代からの<龍脈>がまるで機能しておらず、やせ衰えた引きこもり青年みたいにエネルギーが枯れているのです。

これはホテル側にとっても由々しき問題でしょう。

不自然な原因は不自然な結果を生み出します。

噂通り事故や不審死が発生してるとしたら、それは古代からの聖地を敬わず、自然界のエネルギーの重要性を甘く見たせいかも知れません。

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あとそれ以外にも、若狭湾と言えば原発の問題があります。

敦賀・美浜・大飯・高浜・もんじゅと、合計14基もの原発が集中している、名高い原発銀座ですよね。

その原発エネルギーが古代縄文の力を、無理やり封印しているとは考えられないだろうか?


奈良・京都の都に近く、海あり、山あり、湖あり・・・

土地の起伏やうねりに富んだこの辺りの地形は、風水的に言っても多くのエネルギーが集まっておかしくありません。

かつてはその<龍脈>から清浄な気がたくさん流れ込み、周辺の土地を豊かに潤わしていたはずです。

しかし今、この土地のエネルギーの流れは明らかに少し不自然です。


原発といってもこの辺りから施設が見えるわけではありまません。

でも目には見えないエネルギーが空気を伝わり、知らぬ間に人々の心に影響を与えてるってこと、大いにありそうですよね。


電気とは風水の流れを阻止する電気想念を作り出すのかも知れませんね。

電気製品を使ってると、徐々に電気体となり、やがて電気脳になる。

そして自然界のエネルギーにはどんどん無頓着になり、自らの力を誇示するため環境を破壊するような思考になる。

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[環境が運をきめる]

これが風水の基本的な考え方です。


若狭湾の原発群が作る人口地場のエネルギーは、自然との繋がりを持つ風水の系譜を破壊してしまった。

だから磐座のカミは、きっとそれを強く人間に訴えたかったんじゃないかと思うんです。


磐座のカミとの対話?

それは実にシンプルで分かりやすいメッセージだったんですねぇ〜

こんな感じです。


「目覚めよ! そして龍脈を守るべし!」




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by viva1213yumiko | 2015-07-30 10:36 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

神との対話 方言編

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去年の盛夏、ちょうど今頃の話しです。

ちょっとした偶然が重なり熟女3名、北陸は福井の小浜へ行ったんです。

小浜市は若狭湾に面した歴史の古い街で、仏像・仏閣・名刹など、国の指定文化財の宝庫なんですね。

[小浜におわす、ほとけさま]

そんなキャッチフレーズで観光客を呼んじゃうくらいの、いわゆる<みほとけの里>なんです。


古代、京都の朝廷へ食料を献上する御食国(みけつくに)のひとつだった若狭の地。

日本海の海の幸が、福井の小浜から京都を結ぶ<若狭街道>を通って運ばれたのだそうです。

18世紀後半からは多くのサバが水揚げされ運ばれたので、それは<サバ街道>と呼ばれるようになりました。

若狭湾で取れたサバに一塩して、大急ぎで京都へ運ぶとちょうど良い味になっていたんだそうですよ。

往年の<サバ街道>、今ではクール便が行き交う物流街道になっちゃったんでしょうか?

果たしてどうなってしまったのか、いささか気になるところです。

「サバ街道よ、コマン・サバ?」(笑)
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そんな歴史ある土地だけに、結構ディープな隠れ里信仰があるようで、隠されたパワースポットも多いということなんですね。

なかでも<一生分の浄化が出来る>という3社巡りに興味を感じ、我々は尋ねてみることにしました。

水にご縁の深い若狭の寺社を3つ巡り、集めた水を川に流す。

すると一生分の浄化が出来る。

まるで<欧州3都市周遊>みたいに、便利きわまりないパワスポ巡りなのです。

空のペットボトル3本を用意し、3つの寺社を<若狭神宮寺>→<若狭姫神社>→<若狭彦神社>の順で水を汲み、<鵜の瀬>という風光明媚な河原でその水を流すと一生分の邪気を払えるという。

顧客満足度高得点を集めそうな、ありがたいオプションですよね。


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まず始めに<若狭神宮寺>を訪問し、境内の井戸の湧き水をいただく。

有名な奈良東大寺二月堂の<お水取り>は、なんとこの神宮寺から<お水送り>しているんだそうで、井戸から清らかな清水がこんこんと湧いていました。

どうやらこの辺りは、水と縁の深い土地柄のようですね。

この土地を守ってる男女二神は、一番最初、黒と白のつがいの鵜に化身し、川辺に舞い降りて来たという伝承があるほどです。

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神宮寺の本堂<薬師如来坐像>の前で、我々は腰を落ち着け、しばし心を鎮めて祈りました。

すると以前ここに来たことのある友人が、こんな秘話をしてくれたのです。

「人生に色々悩んでた時、ここのほとけ様からメッセージをもらったのよ。」

「え〜、すご~い! どんなメッセージ?」

「それがねぇ~、人生に意味などない、体験があるだけだって・・・」

ほ~、人生に意味はない、ただ体験があるだけ・・・

いや、スゴイこと言うじゃん、ホトケ様。 

めちゃくちゃクールでカッコいい!

神宮寺さんのご本尊は、妙にスッキリ知的な顔立ちしてて、品の良いイケメン風なのだ。

それだけに言うことも、かなりスッキリしてる。

スッキリしすぎてて、どうにも理解ができないぞ。

あまり甘やかしてはくれないけど、きっと数多くの人間を智慧の力で導いて来られたのでしょう。

私はこの話しにすっかり魅了された。

そして「どうか私にも何かの啓示を与えて下さい」と、期待に胸を膨らませ祈りました。

しかし如来は終止無言。

静かな境内にはミンミンゼミの声ばかりが鳴り響いてました。

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次の目的地<若狭姫神社>は、「大地から気が吹き上がる場所で、強い生気をもらえる」と紹介されていました。

しかし女性の神が祀られているので安産・育児に霊験があり、どちらかというと優しげな佇まいだ。

オッパイみたいに垂れ下がった<乳神様>の樹とか、女性器の形の<子宝石>とかがあるのだが、お姫様の神社らしく穏やかで上品な雰囲気なのです。

こちらの手水を、2本目のペットボトルにいただき持ち帰る。

ミッションの遂行までは、あともう1本だ。

のんびりなどしてられない、次の<若狭彦神社>へとすぐ移動しなければ・・・

<若狭姫神社>と次の<若狭彦神社>は夫婦の関係にあるそうです。

男性の神と女性の神、片方だけではダメで、両方をお参りしなければバランスが取れないとされてます。

今時のご時世とは、男女の霊体エネルギーも統合されるべき時代です。

男女のエネルギーがひとつになって加速する、そんなタイミングに来てるんでしょうね。
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<若狭彦神社>は非常に清浄な場所で、協力な浄化作用があり、悪運を浄化させ運を一転させたい人にお勧めのパワースポットだとされています。

「天と地を繫ぐ中間層のような場所でもあり、天の気とも、地の気とも違う、不思議な気が流れている」なんて紹介されてます。

なるほど男神の社らしく、参道からレイキがビンビン漂ってます。

自然が美しく、巨杉が立ちこめ、森の中にいるような気分になり、なかなかワイルドです。

先程の姫神社と気配がまるで違うのが面白い。

しかし、彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)という神様を祀るこの社、参道を抜け門をくぐると何かがおかしいんです。

若く力強い神様がパワーをくれて、願い事を聞き入れてくれるものだと思ってたのに、まるで床についた病身の若殿みたいに妙に頼りない雰囲気なのです。

神社自体がどよ~んとしていて、何とも覇気がない。

いささか当てが外れた感が歪めなかった。

それでも、ここは若狭の国の一宮で、社格があり霊験も高いはずなんだからと、丁寧に礼拝を捧げてみたのです。

私はちょうどその時ある選択をしなければならず、その選択肢が正しいのか、間違っているのかを切実に知りたかったんですね。

だからヒコホホデミノミコトに答えを求めました。

「神様、私の考えは正しいのでしょうか?それとも間違ってるのでしょうか? どうかどうかお答え下さい」ってね。

「・・・・・」

お社の中には猫の子一匹おらず、辺りはし~んと静まり返っている。

その時、そよ風と共にかすかな声が聞こえたのです。

「そやな〜、あんた次第やな」

と、何と?  

神様、今、関西弁使わなかった?

「そら、あんた次第ですやろ」

やはり関西弁! 

しかもあきんど風だ!

こちらの神様は気取りがない。 庶民派なのだ。

それはありがたいことだと十分理解してますよ。

しかし、それにしてもどうなのよ。

もう〜、薬師如来が友人に宛てたメッセージみたいなの、哲学問答みたいな奴、私も欲しかったんですけど・・・

関西のあきんどのおっちゃんに化身した神よ。

次回はもう少し威厳ってものをお願いしまっせ!

<神との対話>・・・やはりそう簡単な道のりではないのかも知れませんね。

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追伸:
帰宅後に、ある霊能者さんのサイトでこの神社の説明を発見しました。

   
   パワースポットとしての若狭彦神社は、お若い神様の姿が見えます。

   若いといってもとても力強く人情味あふれる優しい方のようです。

   心の底からお願いをすると聞き入れてくれるかも知れません。

   ただしこの場所の周辺には良くない霊が多いので、浮ついた気持ちで出入   りしないように心がけましょう。


この日の<神との対話>、私は生涯忘れることはないでしょう。

しかしあのあきんどのおっさんは、果たして本当の神だったんだろうか? 

それとも良くない霊なのか?

それだけが未だに解けない謎なのである。




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by viva1213yumiko | 2015-07-26 08:43 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

おちんちんの讃歌

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「オッパッピィ~~!」

7才になる友人の息子が意味不明の言葉を発しながら、車の中で騒ぎ出した。

母親以外の女性のオッパイやお尻が気になる年頃なのだろうか、たいして豊かでもない私の胸を、隙あらばツンツン突いて悪戯してくる。

そこにはある種の主張が隠されているのです。

それは「女の人はオッパイだね。でも僕にはオチンチンがあるのさ。えっへん」って主張です。

つまり早い話し、自分のおちんちんの存在証明をしたい訳なんですね。


口唇期(0~1才)→肛門期(1~3才)→男根期(3~6才)

両親の愛情を存分に受けて、発達心理の各ステージを通過し、今や社会性を学ぶ段階の彼。

それは他人の肉体を知りたがる時期でもあります。

大人とはまた違った意味で、オッパイやおちんちんに興味深々なんですね。

幼くてもエロスはDNAに組み込まれている。

最近では金髪水着美女の画像を見たがっては「ママのオッパイと違うね」と同意を求めるそうで、父親も苦笑しておりました。(笑)


男の子はおちんちんを通じて大人になる。

まさしく本当にそうなんだなぁ〜って思います。

男の子はおちんちんの優越性で、男らしい能動性や攻撃性を育むのだそうです。

「僕はおちんちんを持っている。しかし女の人はおちんちんを持ってない。」

どうやらその辺りが最も自慢したい部分なのかも知れません。

彼はおちんちんを通じ「自分とは一体何ぞや」と、アイデンティティーを学んでる真っ最中なのです。

おちんちんとは<男と女><大人と子供>の境界線辺りに見え隠れする、何か根源的でシンボリックな象徴なのでしょう。

だから何のかんのといいながら、結構みんな興味あるんですよね。(笑)

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そういえば私も小学4年生の頃だっただろうか、おちんちんを巡る奇妙な経験をした事を思い出しました。

ちょうど大人と子供の境目辺りの、<おちんちん原体験>ともいえる体験です。


秋の日の昼下がり。

自宅近くの路地裏で、気弱な痴漢のお兄さんに遭遇してしまったのです。

「い、いいもの見せてあげようか?」

変態のお兄さんはそう言うと、両手でコートの前をガバッとはだいだ。

当然のごとく、めくったコートの中はスッポンポン。

いたいけな少女は「キャ~」

変態さんはエヘラヘラ・・・

まぁこれが普通のパターンでしょうか。

しかしその時の私はちょっと違った反応を示してしまったのです。

というか、大体においてお兄さんの大事な部分がよく見えなかった。

午後の眩い日差しの影になって、彼の局部はモヤモヤの暗黒星雲、どう見ても猥雑な暗がりにしか見えなかったのです。

「ん、ナニコレ・・・?」

いたいけな少女は悲鳴を上げることなく、むしろ驚きもせず、まじまじとお兄さんの股間を凝視した。

そして変態のお兄さんの股間と瞳とを、交互に見比べたのです。

「ナニコレ・・・?」

いたって冷静な感じにだ。

こうなると出ばなをくじかれ、恥ずかしくなってしまうのはお兄さんの方だ。

急いでコートの前を閉じて、顔を赤らめ逃げるように過ぎ去るしかなくなってしまった。

午後の路地裏を、背中を丸めた変態さんが行く。

そんな風変わりなシーンが原風景として浮上して来たのです。

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それは潜在意識に収納され、長い眠りについてたおちんちんの記憶でした。

今にして思う。

あれは一体何だったんだろうと・・・

幸いな事に私のおちんちん体験とは恐怖体験でなく、未知の空間を垣間見た不思議経験としてしまい込まれていました。

しかしこれは、たまたまラッキーだっただけの話しなんでしょうね。

同様の体験がトラウマとなって、男性恐怖やSEX恐怖に苦しんでる女性も多いはずです。

おちんちん体験とは、女の子にとってもある意味大きな通過儀礼なのです。


実際世の中には、男性器への恐怖感を持つ女性はたくさん存在するのです。

「病的なくらいの潔癖症で困ってる」なんていう人も、幼少期の性にまつわる体験(あるいはそれ以前からの記憶)に影響されてる可能性が高いですね。

そういう女性たちは、自分の中で不合理に膨らんでしまった誤った情報を、健全な情報に書き変える必要があります。

つまりおちんちんに対するネガティブな観念を、明るく健康的なものに変えて、それに起因する諸々の不幸に光をあてる作業が必要なのです。

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性にまつわる様々な問題には大人もハッキリ答えてあげられないし、聞いてはいけないみたいな雰囲気だし、いつでも曖昧さを抱えたまま我々は大人にならなければなりません。

昔の日本では混浴が当たり前でした。

子供たちはそれを見て、ごく自然な形で性を学びます。

昔の人のように性に大らかだったら、人間はどんなに明るく健康的に育つだろうかと思うと、この現代社会の歪みを改めて考えさせられます。

性にまつわる事は、子供たちに明るく希望を持って伝えたいものですよね。


世の若き女性たちに告ぐ!

決して性の問題などに怯むことなかれ。

あなたが恐れているものは、ただ単に未知のものだからなのかも知れませんよ。

暗黒星雲のイメージを、明るい場所・光の当たる場所に引っ張り出してみてごらんなさい。

それが出来たらなら・・・

おちんちんは絶対、眩く愛おしく崇高な存在に昇華するのです。(笑)

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追伸:讃える歌も作ってみたので、皆さんで歌ってみて下さい。(冗談)



     <おちんちんの讃歌>

   愛といつくしみのあるところ

   神の教えは完全で、魂を生き返らせる

   そのさとしは変わらず、心に知恵をもたらす

   悪の力から解き放たれ、誠の自由を得たなら

   完璧な機能、完璧な美しさ

   神の栄光と祝福が宿る場所

   ハレルヤ、ハレルヤ・・・

   皆で讃えよう、おちんちんの歌

                


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by viva1213yumiko | 2015-06-19 12:48 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

ホスティング・エンジェル

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「天使を5日間、お家に招いてみない?」

ある日の事、友人Wがこんな風に切り出して来たのです。

「はぁっ? 泊める? 天使を?」

年度末の確定申告も出さなきゃならないって時期に、何をズッコケタ事言ってんだろう、この人は・・・

と、内心そう思った私でした。

「天使だってさぁ、可笑しくってチャンチャラ笑っちゃう!」

しかし友人は、なぜかいたって真顔の表情をしてるのです。


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エンジェルを自宅に泊める<ホスティング・エンジェル>という儀式は、ドイツ人ミディアム(霊能者)によって2010年NYで始まりました。

5人の天使たち(ミカエル・ガブリエル・ラファエル・ウリエル・メタトロン)を自宅にお泊めする事で、天使たちを直接的にサポートし、彼らの仕事に貢献する役目を担う事になるのだそうです。

実は天使たちって、すごい働き者なんです!

我々人類のため、母なる地球のため、そしてこのユニバースのため、身を粉にして働いているといわれてます。

まず勘違いしてる人が多いのですが、天使ってラファエロの画みたいな、羽の生えた幼児の姿してる訳じゃないんですね。

彼ら大天使は、この物質世界を司る4大元素(火・水・空気・土)を統括する、いわば自然界の法則そのものような存在。

物質世界のありとあらゆる形態を守り、整え、創造するのが彼らの任務です。

地球の自浄作用を促すのも大天使のお仕事。

我々の傷ついた心や身体を癒すのも大天使のお仕事。

この世界の調和を保つために、あちらこちらに出現し、日々奮闘してくれているのです。

今回訪問して頂けるのは、火・水・空気・土の4大天使と、加えてプラス守護天使1名の合計5名様。

彼らは5日間の滞在に協力し、力を貸してくれた人々へ、その感謝のしるしとして望みを叶えて回っているのだそうです。

天使とは高倉健さん並みに、義理堅いのです。

一宿一飯の恩義は忘れない。


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5日間の滞在が終わったら、また5日の休息を取り、今度は次に指名された3人の家へと訪問する。

大天使たちは次から次へとギフトをばらまきながら、人間の家にホームステイを繰り返して行くのです。

これって、つまり<幸福のねずみ講>です。

創始者の意図したものは、幸せのおすそ分け運動なのでしょう。

新種のチェーンメールと言えばそれまでですが、幸せを拡散するにはなかなか良いアイデアだと思います。

このムーブメントがどんどん拡大したら、この地球上にも少しは良い波動が広がるかも知れませんね。


「良さそうな事、面白そうな事は取りあえず何でもやってみる」というのが私の信条です。

心の中でチャンチャラ笑ってた私も、気持ちを入れ替え心機一転。

早速、天使を迎える準備に取りかかりました。


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天使たちを迎えるためには準備するものがあります。

   1. 白い花

   2. キャンドル

   3. 3つの願い事を紙に書いた封筒

   4. りんご


この4つを用意し、到着予定時刻の夜10時半、ドアを開けて歓迎の言葉で天使たちを迎え入れるのです。

「大天使の皆さん、私の家にようこそ。皆さんを私に紹介してくれたのは〇〇さんでした。皆さん一人一人に感謝します。この場所とそこに住む私たちを清め、そして平安をもたらして下さる事に感謝します。喜びと調和・平穏を私たち全てにもたらして下さる事に感謝します。そして私の望みを叶えて下さる事を感謝します。」

この祝詞みたいな言葉が、どうやら天使には効くらしい。

その瞬間から天使たちが色々な変化をもたらし始める、とのことです。

天使の滞在中は、高次の波動が多くのものの再調整を行う、特別の時間と捉えると良いようです。

何の制約も課さず、ただエンジェルの<みわざ>を信頼する、という姿勢が大事なんだそう。

つまり「すべておまかせして心を委ねれば、天使たちがうまい事やってくれるから、心配しなさんな!」って感じです。

彼らの滞在期間中は、それぞれの天使の波動を感じながら、心穏やかに過ごすのが大切らしいですよ。


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天使とのお別れの時が近づいたら、次のホストの家に迷わずに行けるよう、住所や名前を書いた紙をキャンドルで燃やし知らせておきます。

多くの援助を与えてくれた大天使たちに、感謝と愛を送ってお別れをします。

天使たちが去ったら、願い事を入れた封筒を燃やし、りんごを食べる。

そしてキャンドルの炎を消し、白い花を土に還し、5日間の儀式のすべてが終了するのです。


さあ、どうです? 

「天使なんて・・・」とバカにする?

それともわざと騙されて、ちょっと甘い夢見てみます?

白い花とりんごとキャンドルで、デスク周りは甘酸っぱいムード。

ふふふ・・・

キュートな祭壇が、否が応でもワクワク感を盛り上げてくれますよ。


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天使たちは外出先にもついて来るし、その間旅行に行ってもOKらしい。

むしろ少しぐらいワガママになって、自分の求めるものをしっかり表明しないとダメなんだそうです。

天使は求めてあげないと動けない。

頼られるのを心待ちにしている。

それが昔っからの常識なんだそうです。

だからほら、聖書にもこう記されてありますよね。

「求めよ、さらば与えられん」って・・・


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ホスティング・エンジェルとは、目に見えない天使たちとの共同創造を楽しむ、いわば祝宴のようなもの。

宿を貸したお礼、お駄賃として、何らかの祝福を分けて貰う<ささやかな儀式>です。

でもね、案外思ってた以上に心躍る楽しいイベントになっちゃうんですよ。

願い事もちゃんと叶ったしね!


天使を信じて求めれば、天使はそれに答えてくれる。

「求めよ、さらば与えられん」

だから、まるで幼子のように清らかに・・・

「天使よ、いつかまたもう一度我が家にお泊まりして下さい!」と、祈っておいたんですね。




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by viva1213yumiko | 2015-03-12 10:54 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

タナトスへの憧憬

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ギリシャ神話にはタナトスという死の神様が存在します。

冥界のハデス神とも違い、タナトスは<死>そのものを神格化した神様です。

タナトスは黒衣をまとい、血色悪く陰気な顔つきをした有翼の老人で、鉄の心臓と青銅の心を持つ非情の神だとされてます。

夜の神ニュクスの息子で、兄弟である眠りの神ヒュプノスと、大地の遥か下方、タルタロスの領域に館を構えています。

そして、臨終を向かえんとする人の魂を奪い去って行くのが、彼のお仕事。

人間に割り当てられた寿命が尽きようとする、その時・・・

その人のもとへと赴き、髪を一房切り取ってハデスに捧げ、そしてその人物の魂を冥界へと連れて行くのです。

英雄の魂はヘルメスが冥界に運び、凡人や罪人の魂はタナトスが運ぶと言う。

私も死ぬときはタナトスさんのお世話になるんでしょうねぇ〜

髪はざっくりとやってもよござんすよ。

タナトスさん、その節はひとつよろしくお願いします。
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心理学用語におけるタナトスとは「攻撃や自己破壊に傾向する死への欲望」を意味します。

言い出しっぺはフロイト。

当然、このギリシャ神話から名付けられました。

人間のさまざまな欲望の最下層には、生き抜くために必要な生存欲求が、本能として基盤を成しています。

ピラミッド型の<マズロー欲求段階説>で習いましたよね。

しかしその生存欲求のすぐ裏側には、コインの裏表のようにタナトス欲求(死への欲求)が張り付いているんだそうです。

つまり人間には心の奥で生き残りたいと強く願う反面、それと同時に生命を破壊してしまいたい、死んでしまいたいというアンビバレンツな欲求も眠っているというのです。

早死にするスターや英雄、夭折の天才たち・・・

タナトスのマジックにかかる人間って結構多いんですよね。

彼らの生き様がむしろ伝説のように語り継がれるのは、人間の深層に存在するタナトスへの憧憬を、代弁して見せてくれてるからなのかも知れません。

実際の話し、あなたの周りにもひとりやふたりぐらい、生き急いでるような危うい人物が見つかるのではありませんか?
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誰でも一度くらい自殺願望持った事もあるかと思うのですが、このタナトスへの欲求ってのは、一体なぜ沸いて来るのでしょう?

自然界の動物は「死にたい」などとは思わないものですよね。

不眠症で冬眠を放棄したクマとか、鬱でメランコリックなサイとか、そんなの聞いた事ありません。

人間だけが死を考える生き物で、死を恐れ、敬い、憧れすら抱いてて・・・

何だか一筋縄では行かない、かなり不可思議な情動を持っているのです。



  あちらの世界にいる時に、こっちの世界を夢見てて、

  こっちの世界にいる時に、あっちの世界に憧れる。

  光を追うと危ないよ。

  必ず闇がついて来る。



生きることと死ぬことは、いうなれば背中合わせのパラレルワールドです。

物理学でも「可視的な世界の背後には不可視の世界があり、それは普段隠れている」なんて、そこまで分かっちゃってるのです。

生きる事と死ぬ事の間には、どんな違いがあるのでしょう。

次元のひずみに落ち込んで行くような感じなのでしょうか?

人間の中にまどろんでる能力が目覚めれば、隠れた不可視の世界に参入出来るようになるのかも知れません。

けれど永遠の命を渇望しすぎて、生きる屍みたいな人生を送っては困りものですよね。

現実世界とスピリチュアル世界・・・

あくまでもその兼ね合いが大切です。

生きる時も死ぬ時も、この世もあの世も中間世も、100%体験し尽くすのが一番の理想なんじゃないかって、私はそう思っているんですよね。


誰もがいずれは死ななければなりません。

あの世に旅立つその日には、家族も名誉も財産も、きれいさっぱり物質次元に置いて行かねばならないのです。

そこから先へは、ただ愛だけを携えて、またひとり旅を続ける事になっているんでしょうね。



おまけ:
タナトスはゲームの世界にも存在してるようで、フィギュアまであるという。

神話世界もカジュアル化の波が押し寄せてるんですね〜
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by viva1213yumiko | 2014-11-30 12:42 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

こんな世の中は終わった方がいいと思う理由

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世界のカオスはますます進んでいます。

いったい我々はどう生きて行ったらいいのか、みんなホトホト頭を抱えているようです。


「本当に世の中変わったねぇ、良いニュースはひとつとしてないねぇ~」

「インターネットの時代ってホントに怖い! アンタも注意しなさいね」

ネットいじめや詐欺の類いが、世の中で頻繁に横行してると思い込んでる母は、昭和の高度成長時代を懐かしんでこう言います。

世の中がこのままどこかへ流されて生きそうなそんな気配を、70代の母親ですら察知しているのです。

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   歴史は嘘ばかりをねつ造し

   宗教は統制のためのシステムで

   お金はただの金融詐欺機構

   メデイアは人々の意識を操作して

   政府は巨大企業と化している

   こんな世の中終わった方がいいかも知れない





さてさて、我々はこれからどうするべきなのでしょう?

確かに世界は救いようがないくらい、陰惨なことばかり。

世界の終わりが、もうすぐそこまで近づいて来てるように思えます。


しかし、ピンチの時ほどチャンスが現われやすいのも事実ですよね。

人間はそれほど愚かではないと勇気づけられる映像をYouTubeで見つけてしまいました。






この狂ったカオスの世界で我々に出来る唯一の解決策。

それは・・・愛することなんです!


本当の愛、真実の愛、無限の愛、

今まで陳腐に聞こえたこれらの言葉が、今まさに出番の時が訪れたように思います。


我々はお互いに愛し合うこと

それならば出来ないことではありません。


思いやりを持って、善性の種を植えること

それならばきっと可能なはずです。


この映像を観ていると、何か熱くこみ上げて来るものがありませんか?

胸が熱くなったという人は、豊かな人間性と霊性がひっそりと脈を打ってる何よりの証拠です。

そんな自分を認めて育て、どうか優しく褒めてあげてみて下さいね。





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by viva1213yumiko | 2014-10-31 20:34 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)