カテゴリ:おとぎ話・こぼれ話( 83 )

ホスティング・エンジェル

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「天使を5日間、お家に招いてみない?」

ある日の事、友人Wがこんな風に切り出して来たのです。

「はぁっ? 泊める? 天使を?」

年度末の確定申告も出さなきゃならないって時期に、何をズッコケタ事言ってんだろう、この人は・・・

と、内心そう思った私でした。

「天使だってさぁ、可笑しくってチャンチャラ笑っちゃう!」

しかし友人は、なぜかいたって真顔の表情をしてるのです。


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エンジェルを自宅に泊める<ホスティング・エンジェル>という儀式は、ドイツ人ミディアム(霊能者)によって2010年NYで始まりました。

5人の天使たち(ミカエル・ガブリエル・ラファエル・ウリエル・メタトロン)を自宅にお泊めする事で、天使たちを直接的にサポートし、彼らの仕事に貢献する役目を担う事になるのだそうです。

実は天使たちって、すごい働き者なんです!

我々人類のため、母なる地球のため、そしてこのユニバースのため、身を粉にして働いているといわれてます。

まず勘違いしてる人が多いのですが、天使ってラファエロの画みたいな、羽の生えた幼児の姿してる訳じゃないんですね。

彼ら大天使は、この物質世界を司る4大元素(火・水・空気・土)を統括する、いわば自然界の法則そのものような存在。

物質世界のありとあらゆる形態を守り、整え、創造するのが彼らの任務です。

地球の自浄作用を促すのも大天使のお仕事。

我々の傷ついた心や身体を癒すのも大天使のお仕事。

この世界の調和を保つために、あちらこちらに出現し、日々奮闘してくれているのです。

今回訪問して頂けるのは、火・水・空気・土の4大天使と、加えてプラス守護天使1名の合計5名様。

彼らは5日間の滞在に協力し、力を貸してくれた人々へ、その感謝のしるしとして望みを叶えて回っているのだそうです。

天使とは高倉健さん並みに、義理堅いのです。

一宿一飯の恩義は忘れない。


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5日間の滞在が終わったら、また5日の休息を取り、今度は次に指名された3人の家へと訪問する。

大天使たちは次から次へとギフトをばらまきながら、人間の家にホームステイを繰り返して行くのです。

これって、つまり<幸福のねずみ講>です。

創始者の意図したものは、幸せのおすそ分け運動なのでしょう。

新種のチェーンメールと言えばそれまでですが、幸せを拡散するにはなかなか良いアイデアだと思います。

このムーブメントがどんどん拡大したら、この地球上にも少しは良い波動が広がるかも知れませんね。


「良さそうな事、面白そうな事は取りあえず何でもやってみる」というのが私の信条です。

心の中でチャンチャラ笑ってた私も、気持ちを入れ替え心機一転。

早速、天使を迎える準備に取りかかりました。


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天使たちを迎えるためには準備するものがあります。

   1. 白い花

   2. キャンドル

   3. 3つの願い事を紙に書いた封筒

   4. りんご


この4つを用意し、到着予定時刻の夜10時半、ドアを開けて歓迎の言葉で天使たちを迎え入れるのです。

「大天使の皆さん、私の家にようこそ。皆さんを私に紹介してくれたのは〇〇さんでした。皆さん一人一人に感謝します。この場所とそこに住む私たちを清め、そして平安をもたらして下さる事に感謝します。喜びと調和・平穏を私たち全てにもたらして下さる事に感謝します。そして私の望みを叶えて下さる事を感謝します。」

この祝詞みたいな言葉が、どうやら天使には効くらしい。

その瞬間から天使たちが色々な変化をもたらし始める、とのことです。

天使の滞在中は、高次の波動が多くのものの再調整を行う、特別の時間と捉えると良いようです。

何の制約も課さず、ただエンジェルの<みわざ>を信頼する、という姿勢が大事なんだそう。

つまり「すべておまかせして心を委ねれば、天使たちがうまい事やってくれるから、心配しなさんな!」って感じです。

彼らの滞在期間中は、それぞれの天使の波動を感じながら、心穏やかに過ごすのが大切らしいですよ。


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天使とのお別れの時が近づいたら、次のホストの家に迷わずに行けるよう、住所や名前を書いた紙をキャンドルで燃やし知らせておきます。

多くの援助を与えてくれた大天使たちに、感謝と愛を送ってお別れをします。

天使たちが去ったら、願い事を入れた封筒を燃やし、りんごを食べる。

そしてキャンドルの炎を消し、白い花を土に還し、5日間の儀式のすべてが終了するのです。


さあ、どうです? 

「天使なんて・・・」とバカにする?

それともわざと騙されて、ちょっと甘い夢見てみます?

白い花とりんごとキャンドルで、デスク周りは甘酸っぱいムード。

ふふふ・・・

キュートな祭壇が、否が応でもワクワク感を盛り上げてくれますよ。


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天使たちは外出先にもついて来るし、その間旅行に行ってもOKらしい。

むしろ少しぐらいワガママになって、自分の求めるものをしっかり表明しないとダメなんだそうです。

天使は求めてあげないと動けない。

頼られるのを心待ちにしている。

それが昔っからの常識なんだそうです。

だからほら、聖書にもこう記されてありますよね。

「求めよ、さらば与えられん」って・・・


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ホスティング・エンジェルとは、目に見えない天使たちとの共同創造を楽しむ、いわば祝宴のようなもの。

宿を貸したお礼、お駄賃として、何らかの祝福を分けて貰う<ささやかな儀式>です。

でもね、案外思ってた以上に心躍る楽しいイベントになっちゃうんですよ。

願い事もちゃんと叶ったしね!


天使を信じて求めれば、天使はそれに答えてくれる。

「求めよ、さらば与えられん」

だから、まるで幼子のように清らかに・・・

「天使よ、いつかまたもう一度我が家にお泊まりして下さい!」と、祈っておいたんですね。




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by viva1213yumiko | 2015-03-12 10:54 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

タナトスへの憧憬

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ギリシャ神話にはタナトスという死の神様が存在します。

冥界のハデス神とも違い、タナトスは<死>そのものを神格化した神様です。

タナトスは黒衣をまとい、血色悪く陰気な顔つきをした有翼の老人で、鉄の心臓と青銅の心を持つ非情の神だとされてます。

夜の神ニュクスの息子で、兄弟である眠りの神ヒュプノスと、大地の遥か下方、タルタロスの領域に館を構えています。

そして、臨終を向かえんとする人の魂を奪い去って行くのが、彼のお仕事。

人間に割り当てられた寿命が尽きようとする、その時・・・

その人のもとへと赴き、髪を一房切り取ってハデスに捧げ、そしてその人物の魂を冥界へと連れて行くのです。

英雄の魂はヘルメスが冥界に運び、凡人や罪人の魂はタナトスが運ぶと言う。

私も死ぬときはタナトスさんのお世話になるんでしょうねぇ〜

髪はざっくりとやってもよござんすよ。

タナトスさん、その節はひとつよろしくお願いします。
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心理学用語におけるタナトスとは「攻撃や自己破壊に傾向する死への欲望」を意味します。

言い出しっぺはフロイト。

当然、このギリシャ神話から名付けられました。

人間のさまざまな欲望の最下層には、生き抜くために必要な生存欲求が、本能として基盤を成しています。

ピラミッド型の<マズロー欲求段階説>で習いましたよね。

しかしその生存欲求のすぐ裏側には、コインの裏表のようにタナトス欲求(死への欲求)が張り付いているんだそうです。

つまり人間には心の奥で生き残りたいと強く願う反面、それと同時に生命を破壊してしまいたい、死んでしまいたいというアンビバレンツな欲求も眠っているというのです。

早死にするスターや英雄、夭折の天才たち・・・

タナトスのマジックにかかる人間って結構多いんですよね。

彼らの生き様がむしろ伝説のように語り継がれるのは、人間の深層に存在するタナトスへの憧憬を、代弁して見せてくれてるからなのかも知れません。

実際の話し、あなたの周りにもひとりやふたりぐらい、生き急いでるような危うい人物が見つかるのではありませんか?
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誰でも一度くらい自殺願望持った事もあるかと思うのですが、このタナトスへの欲求ってのは、一体なぜ沸いて来るのでしょう?

自然界の動物は「死にたい」などとは思わないものですよね。

不眠症で冬眠を放棄したクマとか、鬱でメランコリックなサイとか、そんなの聞いた事ありません。

人間だけが死を考える生き物で、死を恐れ、敬い、憧れすら抱いてて・・・

何だか一筋縄では行かない、かなり不可思議な情動を持っているのです。



  あちらの世界にいる時に、こっちの世界を夢見てて、

  こっちの世界にいる時に、あっちの世界に憧れる。

  光を追うと危ないよ。

  必ず闇がついて来る。



生きることと死ぬことは、いうなれば背中合わせのパラレルワールドです。

物理学でも「可視的な世界の背後には不可視の世界があり、それは普段隠れている」なんて、そこまで分かっちゃってるのです。

生きる事と死ぬ事の間には、どんな違いがあるのでしょう。

次元のひずみに落ち込んで行くような感じなのでしょうか?

人間の中にまどろんでる能力が目覚めれば、隠れた不可視の世界に参入出来るようになるのかも知れません。

けれど永遠の命を渇望しすぎて、生きる屍みたいな人生を送っては困りものですよね。

現実世界とスピリチュアル世界・・・

あくまでもその兼ね合いが大切です。

生きる時も死ぬ時も、この世もあの世も中間世も、100%体験し尽くすのが一番の理想なんじゃないかって、私はそう思っているんですよね。


誰もがいずれは死ななければなりません。

あの世に旅立つその日には、家族も名誉も財産も、きれいさっぱり物質次元に置いて行かねばならないのです。

そこから先へは、ただ愛だけを携えて、またひとり旅を続ける事になっているんでしょうね。



おまけ:
タナトスはゲームの世界にも存在してるようで、フィギュアまであるという。

神話世界もカジュアル化の波が押し寄せてるんですね〜
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by viva1213yumiko | 2014-11-30 12:42 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

こんな世の中は終わった方がいいと思う理由

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世界のカオスはますます進んでいます。

いったい我々はどう生きて行ったらいいのか、みんなホトホト頭を抱えているようです。


「本当に世の中変わったねぇ、良いニュースはひとつとしてないねぇ~」

「インターネットの時代ってホントに怖い! アンタも注意しなさいね」

ネットいじめや詐欺の類いが、世の中で頻繁に横行してると思い込んでる母は、昭和の高度成長時代を懐かしんでこう言います。

世の中がこのままどこかへ流されて生きそうなそんな気配を、70代の母親ですら察知しているのです。

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   歴史は嘘ばかりをねつ造し

   宗教は統制のためのシステムで

   お金はただの金融詐欺機構

   メデイアは人々の意識を操作して

   政府は巨大企業と化している

   こんな世の中終わった方がいいかも知れない





さてさて、我々はこれからどうするべきなのでしょう?

確かに世界は救いようがないくらい、陰惨なことばかり。

世界の終わりが、もうすぐそこまで近づいて来てるように思えます。


しかし、ピンチの時ほどチャンスが現われやすいのも事実ですよね。

人間はそれほど愚かではないと勇気づけられる映像をYouTubeで見つけてしまいました。






この狂ったカオスの世界で我々に出来る唯一の解決策。

それは・・・愛することなんです!


本当の愛、真実の愛、無限の愛、

今まで陳腐に聞こえたこれらの言葉が、今まさに出番の時が訪れたように思います。


我々はお互いに愛し合うこと

それならば出来ないことではありません。


思いやりを持って、善性の種を植えること

それならばきっと可能なはずです。


この映像を観ていると、何か熱くこみ上げて来るものがありませんか?

胸が熱くなったという人は、豊かな人間性と霊性がひっそりと脈を打ってる何よりの証拠です。

そんな自分を認めて育て、どうか優しく褒めてあげてみて下さいね。





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by viva1213yumiko | 2014-10-31 20:34 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

コードネーム<ジョーダンリー>

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みなさ~ん、お元気ですか~?  

事情があって私、ここ3ヶ月ばかりの間ブログ休暇を取っておりました。

休暇と言えばバカンスチックで聞こえが良いけど、正直に言いますとこの夏以降どうにもこうにも文章が書けない状態に陥ってしまっていたのです。


いや、書くことだけではありません。

文章にそのものにアレルギーがおき、本を開くだけでめまいがするような状態でした。


いやはや、ちょっとしたスランプとでも言いましょうか。

創造の女神に完全に見放されてしまい、知的好奇心ってものがまるで沸かなかったのです。

ただひたすらアホウのようになって、カラカラと回る8㍉フィルムを見送るような、そんな日々を過ごしていました。

情けない話しだけど、アイデアが降りない時はジタバタしたって無理。

ダメなものはダメなのです。


しょうがないのでこの3ヶ月間、私は余分なものを断ち切り、自分の殻を破るべく、大いなる作戦に取りかかりました。

TV・ラジオ・新聞はもちろんの事、PCもスマホも最低限しか開かない、情報遮断月間を送ることに決めたのです。

意図的に情報を遮断しそこで何が起こるのか、ひとつ良い機会だから、そんな実験生活を試みてみようと思いついたのです。


その心境は、「探さないで下さい」とメモ書きひとつ残し、インナーワールドへと旅発つ気分。

どこまで<情報断捨離>できるかを、ひとつ試みてみようと思いました。

略して<情・断・離>・・・

コードネーム<ジョーダンリー>です。

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ご存知のように、現代社会は爆発的な速さで情報の飛び交うまさに情報過多の時代です。

20世紀の終わり頃から較べただけでも、ゆうに数十倍もの情報をそれぞれの人間が処理するようになっている。

実にダイナミックな情報革命の時代に、我々は生まれ合わせているんですね。

誰でもどこでもボタンひとつで専門知識を即席に手に入れ、達人級の理解が可能な世界。

けれど・・・それってホントに幸せなことなのでしょうか?


「米国の国家安全保障局(NSA)が、インターネットを通して個人を含めたあらゆる機関の情報をスパイしている」

スノーデン暴露によって、米国政府はメディアのみならず、国民の個人情報も盗聴している事が分かってしまいましたよね。

アメリカが管理するインターネットシステムそのものには、どこか深刻な疑念があると、多くの人が気づくようになりました。

自分の発信する情報が誰と繋がっているか、調べれば皆んなわかっちゃうなんて何とも空恐ろしいことです。

SFみたいな超管理型社会システムが、本当に水面下で準備されているのかも知れません。 


また政府の方でも、オンライン世代のための秘密工作として、インターネット上でいかに誤った情報を流布させるか、工夫を凝らしていると言われます。

UFOや異星人の情報は、最も扱いやすいカテゴリーなのだそうです。

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情報のるつぼの中で、それに飲み込まれてしまわないように、自分の立ち位置やブレに敏感にならざるを得ません。

自分が情報マジックの罠に捕まってないか、いつでも点検してなくてはならないという、ややこしい手間が増えてしまいました。

実際のところ、大体はどうでも良いような情報が殆どです。


情報の罠にハマらないようにするには、まずは一歩下がって冷静になり、その情報が本当に正しいのか、個人個人で分析してみる必要がありそうですね。

つまり、何ごとも自己責任って奴が大事なんです。

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この3ヶ月間、世界では目まぐるしいほどの嵐が吹き荒れました。

土石流・危険ドラッグ・デング熱・幼女殺人・香港民衆化デモ・ノーベル賞・イスラム国・御嶽山・エボラ出血熱・ASUKA覚醒剤・辞任ドミノ

あれ? ブラジルW杯はこの夏だったっけ? セウォル号はもっと前の話し?

何だか色んな事が起こりすぎて、時間の感覚がおかしくなってる。

でもこれ、皆んな心当たりあるんじゃないですか?



世界の情勢はどんどん不安定になっています。

荒々しいエネルギーが、地球上に発散しているとしか思えません。

抑圧された暗く動物的な集合無意識が、何の前ぶれもなく浮上する可能性が、身近な至る場所に存在するのです。

どこにどんなエネルギーが潜んでいるのか、誰にも分かりません。

個人や社会の中に抑圧された集合無意識は、どんな風に噴出するのか予測がつかないのです。


現代は水瓶座の時代。

巨大組織が衰退し、個人の力が強化される<個性化進展>の時代と言われます。

ひとりひとりが個人本来に内在している力に目覚めはじめ、意識が変化する人が増えてくるのだそうです。

言わば個人による個人のための、<革命の時代>と言えるのでしょう。

この時代の勇者たる者は、外側のさまざまな出来事に一喜一憂していては駄目。

自分にとっての真実だけを見つめ、それに直面しなければなりません。

<情報断捨離>はそのきっかけを作ってくれる、良い方法となり得ます。

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「え~っ!そんな事も知らないの?」 「ニュースで見なかったの?」 「信じらんな〜い!」

私を含め、世事に疎い人、巷の話題が通じない人々を、皆さん決してバカにしてはいけませんよ。

<情報断捨離>・・・コードネーム<ジョーダンリー> 


世はまさに革命の時代なのです。

アホウのように見えるけど、彼らはその使命を忠実に果たしてるのかも知れませんからね。




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by viva1213yumiko | 2014-10-30 14:40 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

てへぺろのススメ

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若いってただそれだけで良いものですよね。

「箸がころがっても楽しいお年頃」って言い方しますが、ティーンエイジの頃は正にそんな雰囲気に満ちあふれています。

ふっくらした頬や、みずみずしい二の腕。

どうでも良いような事に一喜一憂して、いきなりパアッと弾けるように笑う。

若いお嬢さん方の刻々と変わる表情を眺めてるだけで、こちらまでウキウキと楽しくなって来ます。


若さとは何か?

若さの特権とは一体何なのか?

若さが許す様々な事情から、それらを考察してみるのも興味深いですね。


若いという事は一般的には<未熟さ>を意味します。

<未熟>という事は失敗してもしょうがないという事、更なる経験のチャンスが再び与えられてるって事でもあります。

つまり若い頃には「多少無鉄砲でもがむしゃらにガンガンやって構わない」そういう特別な権利があるって事なのです。

仕事でも恋愛でも、取りあえず何でもやってみる。

いい大人がやったら笑い者にされるような事でも、泣いても笑っても、失敗して恥かいても・・・

「若いんだもの仕方がないさ!」

それが若さに許される一番大きな特権だと思うのです。

人は大人になると訳知り顔で若い連中に講釈したりしますが、その殆どは自分自身に向かって言ってる説教だと思って間違いありません。

自分の子供に「勉強しないとちゃんとした大人になれませんよ!」なんて言う親は、自分自身がちゃんとした大人になれてないって声高に表明してるようなもんなのです。

人は自分の経験則からしか物事を語れないのだから、人様のご意見を聞く場合もあくまで参考意見程度にとどめましょう。

最終的には自分で決断しないとダメです。

それぞれの人がそれぞれの世界観を語ってるだけなのだから、本来は誰もあなたの世界に影響を及ぼす事など出来ません。

だから若い人は思考回路の固まった大人の言う事など耳にかさずに、ガンガン好きな事しちゃって欲しいですね。

若くったって年取ってたって、男だって女だって、自分の人生が気に入らなくなれば、いつでもその場所から起動修正すればいいだけの話しなんです。
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失敗を恐れずに好きな事をやってみる。

それでも最初から上手く行く人は少ないのではないでしょうか?

人は失敗を重ねながら色んな事がわかって来るものだからです。

失敗して少しヘコんだそんな時、未熟な自分の言動のすべてが許されてしまう、呪文のような<万能の言葉>があったらどんなに心強い事でしょう。


それが若い女性たちの周辺に存在していました。

「てへぺろ」っていう新種の日本語があるのをご存知ですか?

そう、流行りのギャル語「てへぺろ☆」の事です。


「てへぺろ」とは何か失敗をした時や、相手の気持ちを和らげたい時に使用する擬態語です。

うっかりした時や失敗した時などに、女性が「てへっ」と笑いながら舌を「ぺろっ」と出している状態の事です。

もともとは日笠優子さんという声優の方の持ちネタギャグだったようですが、だんだんに広まって、2011年には<女子中高生ケータイ流行語大賞銀賞>まで獲得したのだそうです。

2011年の事ですから、東日本大震災の頃から既に立派な日本語だったみたいなんですね。

知らなかったのは私だけで、ギャル語サイクルの早い女子中高生にとっては、既にもう死語なのかも知れません。


使い方はこんな感じです。

 「ごめん遅刻しちゃった! てへぺろ☆」

 「ごめんね。 私が間違ってた。 てへぺろ☆」

 「ハイ、チーズ! てへぺろ☆」


右手をクルっと回転させながらピースサインを作り、右目の横に添え、左目でウインクしつつ、ペコちゃんのように舌を上唇方向に「ぺろっ」と出し、可愛こブリッコの声で「てへぺろ☆」と言い放つのが正式なスタイルなのだそうです。

これを流れるように自然に繰り出すには、相当な熟練が必要となります。

それを見た者に「可愛いなコイツ」と思わせるか「ウザッ!」と思わせるかは、使用者の容姿・挙動・相手先のギャグの許容度などのさまざまな条件をクリアしなければなりません。

実社会で使用するには相当な状況判断が必要とされるでしょう。

つまり「てへぺろ☆」使用には、TPOが必要であるって事なのです。


「てへぺろ☆」使用の条件には・・・

   1. 仲の良い人がその場にいる事

   2. 許される空気である事

が、必須となるでしょうね。


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相手がイラッとした時にすかさず発動させると、イラッとした気分を緩和させる効果があります。

そこにはリラクゼーション効果が期待される訳なのですが、基本的に可愛い娘に限ります。

若くて可愛い娘だけに許される特権なのです。

可愛らしく効果的に実践しないと単なる<ごまかし笑い>と判断され、よけい評価を落とす事になりかねないので、そこら辺のさじ加減が難しいところです。


しかし「てへっ」&「ぺろっ」で好印象を与えて、モテカワ女子になれるのだとしたら、若さの特権とは恐るべきものがありますね。


「てへぺろ」といい「アヒル口」といい、最近の「ぷに子」といい、モテカワの基準も時代によりどんどん変化しています。

しかし若くて可愛らしいっていうのは、ただそれだけで既にパワー(力)なんですね。

「多少無鉄砲でも、がむしゃらにガンガンやっても構わない」

若さの特権とは素晴らしいものです。

けれども実は、若くったって年取ってたって、男だって女だって、人生の今のその場所から新しい世界へといくらでも飛び出して行けるはずなのです。

例え失敗したとしても、若い娘のように「てへぺろ☆」って笑い飛ばしてみましょう。

そんな風に気楽に考える事が、人生を最も輝かせる<コツ>のように思えてならないのです。



おまけ:
余談ですが「てへぺろ」(Tethe Tpero)はアボリジニの言葉では、言ったら殺されても仕方ないほど相手を侮辱した意味なんだそうですよ。

あくまでもTwitter上のデマかも知れませんが・・・




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by viva1213yumiko | 2014-06-29 11:29 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

巨人のやる気チャクラ

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いや~、噂通り<進撃の巨人>ってハマっちゃうんです。

たまたまアニメ版を見ただけだったんですけどね〜

第1話を見終わったら妙に落ち着かなくなっちゃって、一挙に25話まで行ってしまいました。

ふと気付けば完全なる夜明け。

「面白すぎる!」と聞いてはいたけど、確かにこれはハマりますね。


地球上で最も繁栄している人類に、それを上回る究極の天敵がいたなんて・・・

いいですねぇ~

驕り高ぶる人類への警告とも取れる、その逆転の発想に面白さがあります。

100年程前に唐突に出現した「人を捕食する巨人と人類との究極の戦い」を描いたこの物語。

とにかくヒットしてヒットして、巨人を巡る様々なコラボ企画が進行中で、それはもう<国民的現象>と呼んで良いレベルです。


巨人は、人類にとっての天敵です。

知性はなく、言葉も発さなく、人類との意思疎通は不可能と思われる、大小様々なサイズの巨人族。

非常に高い再生能力を持ち、頭を吹き飛ばしても数分で再生してしまうほどの生命力。

日光の当たらない環境では動きは極端に鈍るが、人間以外の生物には興味を示さず、ただ人を食らうだけの恐ろしい怪物です。

しかし消化器官もなく、人間を食べても消化しないで吐き出してしまう。

巨人の唯一の弱点はうなじ部分。

うなじ下の縦1m横10㎝を刀で削り取ると、再生能力が失われ絶命するのです。

ほほう・・・

この巨人の弱点とやらに、私はちょっと注目してしまいました。

頭とか、心臓とか、喉元とかではなくて、うなじという点に興味を持ってしまったんです。

何故かというと、うなじ部分は第5チャクラ背面の管轄領域だからなんですね。

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「ん? チャクラって何だっけ?」

という人向けに、ざっくりと説明しておきましょう。

チャクラとは人間の身体に並んでいる、目に見えないエネルギーポイントの事を指します。

チャクラは情報の伝達、発信、記憶を司っていて、記憶情報をもとにしたエネルギーの収集と選択という役割を引き受けています。

エネルギーの吸収や排泄を行っていて、心や体、オーラにエネルギーを届ける役目があるのです。

つまりチャクラとは、肉体や心、オーラ、環境などへエネルギーを分配している<エネルギー交換器>のようなものなんですね。
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巨人の弱点のうなじ部分は第5チャクラの後ろ側に当たります。

第5チャクラはコミュニケーション能力に影響を与えているのですが、前方は主に感情表現、後方では意志の表現を司ると言われます。

第5チャクラの背面では仕事に対するエネルギーの供給がメインに行われるので、このチャクラに問題が出ると「仕事への情熱や意志がなくなる」という事が起こりやすいのです。

仕事に対してやる気がなかったり、職業に対して無関心だったり、何故か労働条件の悪いところへ働きに行こうとしたり・・・

子育てでもこのチャクラを使ってしまうと養育が仕事になって来るので、子供が愛情を受け取れないような子に育ったり、キレやすい子供になったりします。

色々と目につく問題が起こりやすいのです。

逆にこの第5チャクラの背面が活性化していると、仕事などに対して情熱が持て、自分の責任を果たせるようになります。

責任感が強く、信頼でき、仕事に熱心であり、仕事に対する充実感が持てるようになるのです。

第5チャクラ前方のコミュニケーション能力と、後方のやる気パワーが上手くコラボすると、物事の現実的な側面がかなりスムーズに流れるという訳です。

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スピリチュアルな世界では、首の後ろの<ぼんのくぼ>という場所は、エネルギーの侵入口でセンサーみたいな働きがあると言われます。

ここがゾクゾクして悪寒が走ったら邪気の侵入に要注意。

非常に敏感なところで、ガードの弱い急所でもあり、プロレスでは<延髄切り>って必殺技もありますよね。

私事ですが、以前首が回らなくなりどうにも困った事がありました。

振り向こうするとゴリゴリ嫌な音がして、ギブスをはめたように左右のどちらへも首が動かせなくなったのです。

その頃は人生の転機で、それまでの仕事から新しい場所へとジャンプしなければならない時期だったのに、その流れに気付かずに同じルーティンを繰り返していました。

自分が心の奥で仕事に退屈を感じてたなんて考えもしませんでしたが、首の不調はそれに対する警告だったのでしょう。

そのテーマがクリアされると同時に、首は360度スムーズに回転するようになりました。

だから<ぼんのくぼ>と<延髄>と<やる気パワー>とには、相関関係があると実感しています。
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さて<進撃の巨人>の主人公エレンは、やがて自ら巨人化する技を体得して活躍し始めるのですが、その巨人化の時には、彼は巨人のうなじに入り込み巨人の肉と同化してしまいます。

その時、彼の自我は薄まって冬眠状態になり、記憶が曖昧になったり夢を見ていたりして、行動を制御出来なかったりもします。

これも面白いなぁと思いました。

「物事に対する意志力とは、首の後ろ部分の強制力に支配されている。

しかも自我を超えたレベルの支配力でね・・・」

まるで作者がそう言っているように私には思えたのです。
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主人公エレンが巨人化するには強い意志力が必要で、明確な目的意識を持たないと発動しません。

自らの肉体を傷付け、喝を入れなければならないほどの、強烈な意志の表明が必要なのです。

願望を成就させるには、きっと<想い>だけではだめなのでしょう。

その<想い>にプラスして<情動>の力が必要になるのだと思います。

右脳と左脳を統合して能力が向上するように、<想い>と<情動>が合体した時初めて真の創造性が発動されるのです。

その時、人は巨人・超人へと変容出来るのです。

人間のそのような可能性を、この物語から感じ取りました。

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何かを成し遂げたいと思っていても、中途半端な<想い>と<情動>では駄目なんですね。

発動のためには、自我を超えたレベルでの働きかけが必要なんです。

「何かを変える事の出来る人間がいるとすれば、その人はきっと大事なものを捨てる事が出来た人だ。

化け物をも凌ぐ必要に迫られたのなら、人間性をも捨てる事が出来る人の事だ。

何も捨てる事が出来ない人には、何も変える事は出来ないだろう。」 

登場人物アルミンの、この含蓄ある台詞が印象的でした。




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by viva1213yumiko | 2014-05-09 13:19 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

ナショナリズム狂騒曲

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世界各地でナショナリズムの嵐が吹き荒れています。

豊かな先進国にさえ、ナショナリズムとセクト主義が盛り上がりつつある状況です。

長いこと<平和ボケ>と揶揄されて来た、この日本も例外ではありません。

<ネトウヨ>と呼ばれる新しい愛国主義者たちの台頭もあり、何となくキナ臭い不穏な香りが漂って来ています。

しかし<ネトウヨ>の人々の気持ちも良~く理解出来ますね。

彼らは彼らなりに不安を抱えています。

その不安のはけぐちに、ピンポイントで台頭して来たもの。

それがナショナリズムだったんじゃないでしょうか。

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こんなにも激変している世界です。

感性の鋭い若い人ほど、時代のこの大きなうねりと無関係ではいられません。

終身雇用制が壊れて不安定な契約労働が一般化し、頑張って豊かさを享受すればそれで幸せだった<幸福の一般モデル>は消滅してしまいました。

だから人は個人の幸福に走った。

<オタク>や<オタク文化>がその代表ですね。

低収入でも好きな趣味の世界に引き籠ることで、幸福を享受出来たからです。

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個人的事情から、私は<オタク>と呼ばれる人々と接する機会も結構多いのですが、実際<オタク>の人たちはお人好しで気の良い連中が多いのです。

彼らがこだわってる世界を否定しさえしなければ、その世界観の中で静かに穏やかに生きて行けるような、そんな<心優しき人種>なのです。

恥ずかしがり屋の平和主義者で、ちょっと要領が悪いだけの、素直なごく普通の人たちばかりです。

ただ世界観の異なる他者との協調性に欠けるので、コミュニケーション能力に偏りがあり、誤解されやすいのかも知れません。

自分の世界にどっぷりハマってその世界で完結してるので、他者からは理解され難いし、開き直りも強いので周囲の人との軋轢もあるでしょうね。

親御さんの立場に立ってみたら、さぞかし歯がゆいのではないでしょうか?


けれどそんな自己完結型の<オタク>にも、いずれは限界が訪れます。

その引きこもり文化がほころび始めた時(オタクに飽きた時)、嫌でも自分の現実と向き合わなければならなくなるからです。

そんな時(現実に引っ張り出された時)人はとてつもない空しさに襲われます。

ちょっと想像してみて下さい。

あなたにはその空虚感が理解出来ますか?

おそらく自分への嫌悪感が一気に吹き上がることでしょうね。

怒濤のような空しさに打ちのめされるに違いありません。

そのような空しさに飲み込まれた時、人は個人としての生き方を捨てたくなる衝動に取り憑かれがちです。

多くの人は個人を超えたものに包み込まれ、それに向かって自己を放棄したくなる衝動に駆られるのではないのでしょうか?

何となく分かるような気がして来ました?

注意して下さい。 

それがナショナリズムの正体です。
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ナショナリズムは他の国に対する敵愾心を煽ることで国家への帰属意識を呼び覚まし、個人を国家共同体へと溶け込ませます。

大きな共同体に包み込まれる興奮と歓喜を呼び起こされるからですね。

空虚感に手を焼く人にとって、これは大きな救いとなるのでしょう。

真の個性化を遂げられない多くの日本人が、この衝動に巻き込まれて行ってしまいそうな、そんな気がしてしようがありません。

これは心配性のおばちゃんの戯言でしょうか?

このようなナショナリズムを歓喜する幸福感でなく、個人個人が内面から沸き上る充実感・幸福感をしみじみと感じる、そんな<内面的な幸福モデル>がどこかにあると思いたいです。

ナショナリズムの集団主義って、個人を集団に埋没させ、個人の意識を完全に奪ってしまいますよね。

これは魂の成長にとって、とってもマイナスなんです。

ナショナリズムだけではありません。

あらゆる集団主義はマイナスなんですよ。

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地球上の誰もが幸福を感じて生きて行く方法。

私はそれは、自分固有の魂のユニークさに気付くことだと思っています。

それこそが意識の目覚めであり、真の個性化だと思うのです。

個性化の過程とは、本来のあなた自身に戻ることを意味します。

そのためには人生の大胆な軌道修正が必要な人もいるでしょう。

それは容易い道ではないかも知れません。

しかし魂の自由と幸福を手に入れるため、自分の変化を恐れないで下さい。

ナショナリズムの安易な嵐に乗って、魂の成長を放棄しないで欲しいのです。




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by viva1213yumiko | 2014-04-27 22:27 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

<嫌韓病>の処方せん

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日本と韓国の関係が危うい状況です。

両国首脳が関係改善に向けて動こうにも、一向に良い方向には進んでいません。

双方ともに政治家は票稼ぎのため、メデイアは売り上げのために、敵という存在が必要なのでしょう。

今こそ指導者の質が問われる時だというのに「何だか大人げないなぁ~」と思っているのは私だけなのでしょうか?


この隣国との根深い問題は、今に始まった事ではありません。

いつだったか、サッカーの日韓親善試合を観に行った時の事。

その日はなぜか韓国サポーターの近くに座る事となってしまい、ハンパない応援の熱気を肌身で感じてました。

後半戦、試合が佳境に入るとヒートアップして過激な野次が飛ぶのですが、その中に「秀吉朝鮮派兵の恨み!今こそ晴らせぇ~っ!」なんて叫んでる人がいるのです。

秀吉の朝鮮出兵って・・・

400年位前の話しだったっけ?

その時私は妙にウケ、思わず笑っちゃったのですが、本人はまんざらジョークでもないようなのです。

400年以上も前の秀吉の愚行が隣国人の精神に深く刻印され、スポーツ試合を通じて昇華のチャンスを待ち望むとは・・・

目に見えない精神の世界の奥深さ、根深さ、執拗さ、恐ろしさを思い知らされました。
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隣国とのお付き合いというものは、距離が近いだけに欠点も良く見えて、それだけ憎しみも大きく積もり易いものです。

関東大震災の時の朝鮮人暴動デマの虐殺事件や、第二次大戦前の日韓併合の時の恨み。

歴史を通じて繰り返される誤解と偏見の連鎖が、ワインの澱のように、国家というビンの底に沈み込んでいます。

どれだけ時間が経過しても、澱は底に沈んでいるだけなので、ビンを揺さぶればいつでも浮上して来てしまいます。

2002年のW杯日韓合同開催を皮切りに、その後の韓流ブームでお隣韓国に対する好感度が上がってたはずなのに、ここに来て歴史に埋もれた根深い問題が再燃しています。

韓流ドラマにハマったり、韓国エステツアーに参加してたご婦人方も、手のひら返したように<嫌韓>に流れてしまい、韓国や在日の人々をこき下ろし始めました。

新大久保のコリアタウンではヘイトスピーチデモが行われています。

愛国主義者たちがネットで煽るのを鵜呑みにし、若者から年配層まであらゆる世代の人が、聞くに堪えないような汚い言葉を浴びせながらコリアタウンを練り歩いています。

しかもヘイトスピーチを軽やかなリズムに乗せて、まるで差別を楽しんでいる風なのです。

いわゆる排外思想の差別デモですね。

ほんのちょっと前まで韓流ブーム目当てのお客さんで賑わっていたコリアタウンも様子が一変。

この事態に恐れを成して店を閉店した韓国人経営者もいると聞きます。

弱いものイジメの構造そのまんまで何だかいやらしいですねぇ。


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子供の頃お隣に住んでたリーさんは、とても義理固い方でした。

帰国の時のお土産にと、よく朝鮮人参のエキスを頂いたものです。

「これってとっても高級なものなのよ!」

桐箱入りの朝鮮人参に母は大喜びして、得意満面で教えてくれました。

だからという訳ではありませんが、私は個人的に韓国人に対して良いイメージを持っているのです。

好き嫌いは別として、詰めかけた千人以上の観客一人一人と笑顔で握手し、「オモニ、愛シテマシュ」と年配女性を感激させる韓流スターには、プロフェッショナルなサービス精神を感じて頭が下がります。

だからヘイトスピーチデモのニュースを聞くと、哀しくなってしまうのです。


私は日本の国と文化を愛するごく平凡な日本人です。

そしてごく普通の平和主義者で、戦争を嫌う者であります。

政府には国交を有利に進めたいという、政府なりの思惑というものがあるのでしょう。

しかし国家に対する正統な異議申し立てと、在日韓国人、朝鮮人への悪質な民族差別とは別物。

そこら辺きっちりと区別すべきじゃないかと強く思うのです。


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[汝の隣人を愛せよ]

イエス・キリストはいみじくも言ってます。

私たちが互いに愛し合ってさえいれば世界は何の争いもなくなるはずです。

我々が愛し合ってないから争いが起こるのでしょう。

韓国や在日の人々をこきおろさないと、自分自身の愛国精神を表現出来ないとしたらとても哀しいことですね。





私たちは皆ひとつのエネルギーである。

私たちを隔てる境界線は幻影であり、私たちの間の紛争は我々の内面の紛争や幻影である。

外面の争いは内面の争いの表出である。   

                        デービッド・アイク




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by viva1213yumiko | 2014-04-02 16:20 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

トゥオネラの白鳥

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先週の積雪27㎝の大雪の日。

どうしてもこなさなければならない仕事があったので、レインジャケットの中にダウンを着込み、帽子、マフラー、手袋、マスク、防寒ブーツに靴下二重履きの万全の態勢で出かけて行ったのです。

都会では滅多にない大雪なので、気分はウキウキと子どものように高鳴り、脳内エンドルフィン急上昇のせいなのか、わざわざ遠回りしてでも美しい雪景色を見たくなってしまいました。

そして人っ子一人ない、犬の子一匹もいない、猛吹雪の代々木公園を、ひとり彷徨う事となったのです。


そこはまるで別世界。

完全に東京ではなくなっておりました。

横殴りの風が積もったばかりの新雪を巻き上げ、雪女の亡霊とともに駆け抜けて行く。

地嵐のような風雪を避けるため、思わず樹木の多い場所に身を寄せる。

雪が都会の喧噪を見事に吸収し、そこはとてつもなく静かな林でした。

どこからだろう?

雪を避け避難した野鳥たちの、軽やかで楽しげな声が聞こえて来る。

こんな吹雪の中、一体鳥たちはどこでさえずっているのだろう?

幹の上方の鳴き声の辺りに視線を上げてみました。

しかし風にたわんだ枝から、ドサドサと雪が落ちるだけ。

そして辺りに、また一層の静けさが甦るのでした。


「ここは東京じゃない! まるで極北! ツンドラの大地を行くようだ!」

マインドがそう呟いた瞬間、私の空想は大きく翼を広げ始めました。

頭の中に古ぼけた蓄音機があらわれ、レコード盤の上にゆっくりと針を降ろしたのです。

そこから流れ出した旋律は・・・


   [近寄るものを寄せ付けない、凛とした厳しさ]


   [この世のものとは思えない、冷たい静寂の気配]


ん? この曲、聞き覚えがある。

レコード盤から流れて来たのは、シベリウスの交響詩<トゥオネラの白鳥>だった。

死者の悲痛な叫びのような、魂を揺さぶる重~い旋律です。


「そうだ、トゥオネラだ! ここは黄泉の国、トゥオネラだったのか!」


大都会の真っ只中。

頭の中でリピートされるシベリウスのメロディを思い起こしながら、私はひとり代々木のトゥオネラを旅する人となっていたのでした。

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北欧フィンランドの作曲家シベリウスは、祖国の英雄叙事詩<カレワラ>のオペラ化を望み、作曲に取りかかっていました。

その願いは壮大すぎて、結局断念される事となったのですが、出来上がった序曲は交響詩<4つの伝説・レミンカイネン組曲>という作品にまとまり残されたのです。

<トゥオネラの白鳥>はその二番目の曲なのですが、とても有名で単独で演奏される事も多いのです。

英雄レミンカイネンは花嫁を得るため、その母親から3つの試練を授けられるのですが、2つまでやり遂げたあと最後に残ったのが「トゥオネラ川の白鳥を捕まえる」という難題だったのです。


死の川トゥオネラ・・・

トゥオネラはこの世とあの世との境目の川で、そこに住む白鳥は死者の魂をかの地へ導く、妖しく美しく恐ろしい存在なのです。

シベリウスはその死のイメージを、美しく幻想的な曲にして見事に表現しています。


霧の中を行くような弦の響き。

この世のものとは思えないただならぬ気配です。

白鳥の主題の旋律は死者の悲痛な叫びのように、重く静かに魂を揺さぶって来ます。

黄泉の国のトゥオネラ川に漂う白鳥は、優雅でありながら儚く、現実のものとも幻とも分からないイメージなのですが、その映像がはっきり目に浮かぶような不思議な音楽です。



   死してなお熱き想いの醒めぬ者は、
  
   死の川トゥオネラの白鳥となりて、
  
   ただ一羽、
  
   凍てついた水に心を癒す



主人公レミンカイネンが狩りに失敗して死んだあとの、静まりかえったトゥオネラ川を泳ぐ、優美な白鳥の姿を彷彿とさせます。

そこには自然界の美しさと恐ろしさが共存しているのです。

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代々木公園には大きな噴水のある池があります。

だから白鳥たちはきっとそこで羽を休めているに違いない。

そして死に行く者たちの準備が整うその時を、じっと待っているに違いない。

私のファンタジーはそんなストーリーを勝手に生み出しておりました。


今日でなければもう二度と<トゥオネラの白鳥>を見ることが出来ないだろう。

是非ともその美しいシーンをこの目で見届けなければ、吹雪の中ここまで彷徨った意味がないと私は思いました。

そして、まるで雪中行軍のように新雪を踏みしめ踏みしめ、大きな噴水の池まで歩んで行ったのです。

「私のトゥオネラ! 死の国の白鳥たちよ! どうぞ待っていておくれ・・・」



しかし、噴水も休止した池のそばでは、いつもの通り、カラスがレジ袋をついばみながら一声だけ。

「カァ〜!」

白銀の世界に大きく鳴り響くだけだったのです。

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追伸
手塚治の短編作品<0次元の丘>に、この<トゥオネラの白鳥>の曲が効果的に登場している。

「戦争中に一家惨殺されたという前世の記憶を持つ少年が、当時の家族と今生で再会する」というお話しなのだが、思春期の頃初めて読んで以来、<トゥオネラの白鳥>の強烈なイメージは私の心に住み着いてしまったみたいである。




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by viva1213yumiko | 2014-02-14 15:00 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

備えあれば、憂い増す

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イソップの寓話に<アリとキリギリス>のお話しがあります。

夏の間、アリたちは冬の食料を蓄えるために働き続け、キリギリスはバイオリンを弾き歌を歌って過ごす。

やがて冬が来てキリギリスは食べ物を探すが見つからず、最後にアリたちに乞い食料を分けてもらおうとする。

慎ましく長生きするアリ人生を歩むべきか、短いながら楽しいキリギリス人生を行くべきか・・・

ふたつの選択肢を考えさせる有名な寓話です。


実はこのお話し、ふたつの異なる結末があるのです。

一方は「夏には歌っていたんだから、冬は踊ったらどうだい?」とアリに拒否され、キリギリスは飢えてしんでしまうというブラックでシニカルなもの。

もう一方はアリが食べ物を恵みお説教し、キリギリスは改心するという教育的なものです。

どちらにしても、そこには色々な人生訓を読み取る事が出来ます。


   [汝の隣人を愛せ]

   [備えあれば憂いなし]

   [働かざるもの食うべからず]

   [せこく溜め込む奴ほど独善的でケチで冷たい]

   [生き物は必ず死ぬのだから好きな事をして人生を謳歌せよ] etc.  



西洋ではまた違うようですが、日本の社会では「アリのように将来の危機に備え行動するを良し」と解釈されて来ました。

「キリギリス的生き方はダメなんだよ」って意味なんだと、私自身も思っていました。

「怠けていたんじゃ周りに迷惑。 努力しなさい! 頑張りなさい!」

そうやってアリ的正義を信じて働き、頑張りすぎて過労死する人が増えたのも、紛れのない事実ですよね。

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しかし聞くところによると、アリのコロニーは皆んなが皆んな働きアリって訳じゃないらしいですよ。

勤勉20%、普通60%、怠け者20%・・・

パーセンテージで言うと、ざっとそんなもんなんだそうです。

さらに不思議な事に、勤勉アリばかりを集めて来て別のコロニーを作らせると、その集団はまた元の同じ比率へと変化すると言います。

100%勤勉アリの集団にはならず、やはり勤勉20%で落ち着くらしい。

怠け者ばかり集めた場合でも同様な結果が起こるのだそうです。

何だか面白いですよね。

大会社のサラリーマンも同じような比率構成なのでしょうか?

調査してみたいものです。


だからそこら辺の事情を知ってしまうと、この寓話の教訓は教えられたものとは全く違ってたんじゃないかって思えて来ます。

実はこの物語の本当の教訓は・・・


   [人の生き方に正解なんてない]


むしろそう言ってるような気がして来ます。

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世の中の価値観なんて時代によってクルクル変わるのです。

例えば仮にもし戦争が起こったとしたら、その時は軍隊が実権を握りますよね。

そうなれば人殺しだって賛美されてしまいます。

何が正しくて何が間違ってるかは、その時それを決めた側の都合次第で変わってしまう。

世の中のために役立つ人間を目指したとしても、それはそれで胡散臭くなるものなのです。

だから将来に備えて生きてばかりだと、きっとどこかで壁にぶつかるでしょう。


備えておけば安心だって?

もうそんな時代でもなくなりました。

人生を損得で考えても幸せなんて続きません。

他人と自分を比べてもしょうがありません。

まだやって来てもいない未来を、必要以上に思い煩うと、今の幸せを見逃してしまいます。

それよりもほんの少しずつでいい、輝いて生きる事が大切なのです。
   

だからなのでしょうか・・・

私最近、この格言がお気に入りなんです。

是非とも<ことわざ事典>の掲載を願っています。
 



    [備えあれば、憂い増す]


 


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追伸
これからの時代の<アリとキリギリス>はこんな結末がマッチするんじゃないかしら?

キリギリスは音楽会の切符を売って、その収益で冬を越す事を思いつきました。

音楽に心癒されたアリたちは、いつもよりもっと豊かな冬を過ごしましたとさ。




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by viva1213yumiko | 2014-01-23 00:55 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)