カテゴリ:おとぎ話・こぼれ話( 80 )

続・トイレに宿る信仰心

8月になりまたカレンダーをめくる事となりました。

以前紹介したジュイニエ神父の信仰カルタカレンダーも、新しいページとなって心機一転。 

トイレに宿る信仰心をピュアな心で祈りたいものです。

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本日新たに気付いたのは、[ね]の字の欄でした。


  [ね] 願いつづければ ねていても起きる


神さまはわたしたちの祈りをいつも聞き入れてくださいますが、その時まで、失望しないで祈りをつづけなければなりません。イエズスさまはそれをたとえばなしで教えてくださいました。

ある日人の家に、夜、友達が来て「友よ、旅でたずねて来た友達のために三つのパンを貸してください」とたのみましたが、その人は中から「だめだ、もうねています、明日にしなさい」とことわりました。 

でも願いつづければ、友達だからでなくても、うるさいから、きっと起きて貸してくれるにちがいない。
求める人には必ず恵みがあたえられます。(ルカ11の5−8)



聖書の<求めよ、さらば与えられん>という教えなのですが・・・

どうです? 

なかなか示唆に富んでるでしょう。

まるで「しつこく望みを乞い続ければ、神さまは根負けして叶えてくれる」と教えてるみたいですね。

さらにこれはどう見ても戦前の農家のスケッチ風。

いいのかなぁ? 

イエスのたとえ話しは完全に日本昔話になっております。

しかも布団の中で家族水入らずの寝込みを襲うように、板戸をどんどん叩いているじゃありませんか。

これでは確かにうるさくて、神でなくとも望みを聞かざるを得ません。


[しつこい欲望とは美徳か否か?] 

その欲望の質にもよるのでしょうが、私自身もよく迷うところです。

[諸悪の根源は欲望である]のは事実ですし、欲望と苦悩は切っても切り離せない関係です。


さりとて欲望が存在しなければ、人生を生き抜く動機付けが生まれません。

果たして聖書はそこら辺をどう伝えているのでしょうか?

「あいつはうるさいからとりあえず望みを叶えてやっとけ!」って、そんなもんでもない気がしますけど・・・


考え込んでしまって私、トイレが妙に長くなってしまいましたよ。



おまけ:なんと!障子越しに告解している、この絵にも注目です。

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by viva1213yumiko | 2012-08-02 15:05 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

21世紀の魔女狩り

ネットサーフィンをしていると、世界のとんでもないニュースを予期せず知ることになってしまったりするのですが、アフリカ東部タンザニアでは21世紀の現代に何とこんな事が起こっていたのだそうです。

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タンザニアの人権団体<法と人権センターLHRC>は、同国で魔女狩りによって年平均500人が殺されていると公表しました。

2005〜11年に魔女狩りで殺害された人は3000人以上と指摘。

農村には不妊・貧困・商売の失敗・飢え・地震といった災厄の背後には魔女がいる、との迷信が根強く残っているのだそうです。

狙われやすいのは赤い目の高齢女性。

牛糞燃料を燃やして使っているので、目が赤く充血しやすいのだそうです。


いわゆるこれは集団ヒステリーってやつだと思われますね。

異質なものを排除しよう、少数派を差別しようとする、人間の業罪の根深さが現れています。

16〜17世紀ヨーロッパの魔女狩りの時もそうだったのですが、薬草の効能などの知識を持ち、ちょっと人嫌いな傾向があり、村のはずれで一人ひっそり住んでるような50代過ぎのおばさん・お婆さん、または未亡人が圧倒的ターゲットになりました。

ヒーリングやお産婆技術など持っていようものなら、間違いなく魔女とされ、教会に告発されたみたいです。

告発された老女達は拷問を受け「私は魔女です」と自白させられ、そのあげく死刑になるのですが、たとえ「魔女ではありません」と訴えたとしても、結局は惨い拷問に耐え切れずに死んでしまう者が殆どでした。


人間は、疫病で乳飲み子がバタバタと死んだり農作物が不作だったりすると、不安感を誰かのせいにしないではいられないのでしょう。

魔女を告発すると懸賞金のようなものが出たりする事もあったようで、皆んな先を争うように魔女狩りの渦に巻き込まれて行ったのです。

つくづく人間の愚かさ・エゴの恐ろしさを思い知らされます。

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しかし、誰にでも大なり小なり必死になって自分を守りたい頑な部分があり、それが破壊されそうな時、もの凄い負のエネルギーが飛び出すと知っていなければなりません。

戦争もいじめ問題も、このエネルギーの流れに巻き込まれてしまう事の悲劇なのだといえるでしょう。


ところでお気づきとは思いますが、当方も近年無事高齢女性の仲間入りをさせていただき、魔女宣言も既に終え、しかも身近で野草がたくさん手に入る生活環境に生きております。

タンザニアだったら間違いなく魔女狩りのターゲットに違いありません。

しかも私、煙や煤や花粉で目が充血しやすいタイプなんです。

今回ばかりは日本に生まれた事を感謝しないではいられない、そんな見習い魔女の私でした。

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追伸:
日本昔話の伝説には<山姥>という妖怪がいるが、これは西洋の魔女のように人々に誤解され迫害され山に逃げた、不幸な女性たちを恐れて呼んだのが始まりだそうです。

妊娠中毒症などで肌の色が変わり、誤解や偏見で気がふれて、里から追い出された気の毒な女たちが、人目を避け山奥でひっそりと暮らしていたのだそうです。

それを思うと一昔前、渋谷あたりに出没してた<やまんばギャル>は、とても明るく健全だったんですねぇ。

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by viva1213yumiko | 2012-07-30 16:46 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

紫陽花革命

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大飯原発再稼働反対の首相官邸前デモは、既に15万人を超えたみたいですね。

しかも、今まで政治なんかには無関心だった一般市民による抗議行動です。

優しくおとなしかったはずの日本人も、今回ばかりはさすがに立ち上がり始めたようです。

あのフランス革命も「パンをよこせ!」という主婦や農民層の抗議からスタートしたのでしたよね。

なんか感動しちゃいます。

「お金や効率ばかりを追いかけるのは止めにして、大地や命を大切にするぞ!」

「我々はもっと人間らしい生き方を選択するぞ~」って、宣言するようなものですもん。

日本人の意識が、やっと目覚め始めた訳ですね。


<紫陽花革命>は今後ますます拡大して行き、いろんな既成のシステムも変わらざるを得ないでしょう。

来週何があるか、来月何が起こるか、来年どんな世の中になっているのか、誰にも予測がつかない時代。

いや〜、ある意味とってもワクワクしている私です。

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ところで突然ですが、紫陽花の咲くこの梅雨の時期って、ラッキョウの旬でもありますよね。

<紫陽花革命>の成就を祈ってラッキョウの甘酢漬け作ってみました。

畑の薬とも云われ、疲労回復・血液浄化・狭心症や心筋梗塞に効くラッキョウ。

梅干しや黒酢やら、酸っぱいものは放射線のリスクを防ぐとも囁かれています。

両方のいいとこ取り、って感じで初挑戦してみたのです。


原発事故以来、以前にも増して食べものが気にかかります。

何を信じていいのか良く分からないこの時代。

モットーとする言葉は<自分の身体は自分で守る>になりました。

<砦プロジェクト>という地元NPOのデータも参考にしながら、玄米菜食を基本になるべく酸っぱいもの・しょっぱいものを取り、原発から100kmの低線量地域に暮らすためのリスク管理をしているのです。

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ラッキョウ漬けはたぶん1ヶ月ほどで出来上がるはずです。

その試食の頃に、世の中がどんな風になっているのか・・・

少しでも良い世の中に近づいて行く事を願って止みません。




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by viva1213yumiko | 2012-07-01 17:04 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

灰の行進

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都会から移り住み自然農をしながら暮らしていた関さんは、福島県伊達市のNPOりょうぜん里山学校の活動を通じて、子供達の保養ステイや疎開をサポートしている。

関さんは静かに怒っていた。

自分の思いをどのようにして訴えるべきかずっと考えて来たが、答えが見つからなかったからだ。

同じ福島の中でも、人によって色々な意見・見解があり、立ち上がり抗議行動を起こしたくてもなかなかまとまらないらしい。

経済が潤うことを最優先にして、事故の件はもうなかったことにしようとする地元勢力もあるくらいだそうだ。

人には人それぞれの立場がある。

だから、むやみやたらに人を巻き込む訳にもいかない。

けれども、この思いを何らかの形で表現しないではいられない。

そこで関さんはひとり、二本松から東京まで行進することにした。

英国の塩の専売に抗議した、ガンジーの<塩の行進>をまねて、東電と経済産業省に福島の汚染灰を届ける<灰の行進>をするのだ。


<灰の行進>が那須を通過すると云うので、友人たちに連絡し参加応援させて頂きました。

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プラカードを下げ、鳴りものを鳴らしながら国道を歩く。

車から応援のクラクションが鳴ったり、飲み物を贈られたり・・・

自転車で伴走する旅行者も現われ、なんだかとても楽しくなって来る。



<灰の行進>は7月16日東京代々木の10万人集会に合流するように、このままずっと南下します。 

そして翌17日には、いよいよ東電と経産省に灰の配達をする予定です。

皆さんも是非応援してあげて下さいね。

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by viva1213yumiko | 2012-06-27 10:47 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

アースデイ那須2012

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アースデイ(地球の日)は世界184の国と地域、約5000ヶ所で行われる、世界最大の環境イベントです。

地球に感謝し、美しい地球を守る意識を共有する日、アクションを起こす日、それがアースデイです。


今年、発足3年目を迎えた<アースデイ那須2012> 

さて、そのキーワードは・・・

   
[自然・平和・みんなの思い]
   
   
[社会・つながり・おいしい・愉しい]
   
   
[学び・気づき・きっかけ・放射能]
   
   
[ローカル・エネルギー自給]


那須近隣地域に在住、あるいは縁のある個人や団体が多数参加し、思い思いの地域密着型アースデイを表現していて、心暖まるイベントでした。

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手作り品ばかりが並ぶアースデイマーケット・在住音楽家らによるアースデイコンサート・素材の良さで毎回完売のハモニカ食堂・竹の間伐材のバンブーワーク・そしてエネルギー自給のためのプロジェクト紹介ブースと、「ちょっとしたことなんだけど新しい発想があって、人にも地球にもいいじゃない!」というアイデアに満ちていて勉強になりました。


那須の町は人口2万人程度の小さな市町村です。

それって誰もが町長さんの顔を知っているし、どこに住む誰がどんな仕事をしていて、どんな特技を持ち、どんな生き方・考え方をし、どんな趣味思考を持っているか、長く住んでれば何となく分かってしまうレベルの大きさなんですよね。


寅さんみたいなテキ屋稼業の才能に恵まれたミュージシャンとか、市民運動に情熱を傾ける染織家。

天ぷらの廃油からバイオディーゼルを作る設備屋さん、合コンならぬ農婚を主催する自然農夫妻。

修験道の修行最中の青年

発明家を育成する大学教授

山奥で仙人のように暮らして来た画家

と、わかっているだけでもかなりユニーク。

且つおおらかで真面目な人材が揃っている。

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皆さんお祭り好きの人間ばかりなので、いざイベントとなるとめちゃくちゃ張り切ってくれる。

自分の特技をダイレクトに表現し、それがまた地域貢献につながったりもするのです。

誰がが面白いアイデアを考える。

それが個人でも団体でも構わない。

それが地域に益をもたらし、社会のためにもなるならすぐにでも実行しようじゃないかという開拓者気質があり、自由な意見交換が交わされやすいのです。


東京は世界に名だたる大都市で、なんでも一流のものが揃っていて便利この上ないが、地域とのつながりという点では地方に勝てません。

純粋に故郷を愛する気持ちがなければ、環境イベントを開催してもどこか偽善の香りが漂ってしまいます。

考えているだけはダメ! 

発言するだけでもダメ!

大切なことは行動すること! 

アクションを起こすことなんです。

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ボランティア有志が自らシャベルやスコップを持ち、放射能の除染をするところから始まった<アースデイ那須2012>

「自分たちの住む町を自分たちの手で必ず良くして行くんだ!」という住民たちの決意を感じました。

お洒落で美味しくヘルシーで、ローカル発信ならではの、とても魅力に満ちたイベントでした。



アースデイ那須2012




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by viva1213yumiko | 2012-04-26 19:25 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

トイレに宿る信仰心

トイレほど、ひとりになって自分を振り返るのにふさわしい場所はありません。

だからでしょうか、大概どこの家でもちょっとしたことわざや格言のカレンダーなんかが貼ってあったりするものです。

他ならぬ我が家にも、あるキリスト教神父が布教のために描いた、信仰カルタのカレンダーが飾られていていて、毎日心を暖めてもらっています。

このカルタ形式のカレンダー、旧約聖書・新約聖書の逸話を語る子供向けのものなのですが、とにかく可愛いいのです。


   [あ] 悪魔にだまされたアダムとエバ

   [い] いつでもどこにでもいらっしゃる神さま

   [う] 馬小屋の中で生まれたイエズス

   [え] エデンの園でエバは幸せ

   [お] 乙女がみごもって男の子を生む


こんな風に[ん]の字まで続くのだが、ジュイニエ神父ご自身による絵がまたとてもチャーミングで、ささやかながらトイレに宿る信仰心を育ませてもらっている。

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さてこのカルタ、今日ふと目にとまったのが[か]の字の欄でした。


   [か] 体がないから神さまは見えない


神さまは人間と同じように考えたり、決めたり、愛したりするおん方ですが、体がなくて、形のない霊だけですから、目には見えません。
   
神さまは今から3500年ぐらい前に、ご自分のいらっしゃることをユダヤ人に示すため、シナイ半島で、40年もの間、雲の形でお現れになりました。   

そういうわけで、ここでは、その形をえがきました。



とあり、ちょっと笑ってしまいました。


だってユダヤの神さまといえば厳しいので有名で、私だけを信じろ、偶像崇拝するな、あれしちゃダメ、これしちゃダメってうるさかったはずじゃないですか・・・

嵐や雷になって人々を震え上がらせた、っていう感じだと思っていたのに、雲になって現われるなんて・・・

この絵のせいも多分にあるけど、なんか凄い牧歌的でいいなぁ~

しかも40年間もですよ~

当時のユダヤ人は気付いてくれたのでしょうか? 

どうかなぁ?

かなり疑問が残ります。

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都会の空って狭いから、まじまじと雲を見つめるなんてこと滅多にないけど、田舎の風景は空の占める割合がとっても大きい。

色や形が刻一刻と変化する雲を、じっと眺めているだけでも結構楽しかったりするのです。

今にして思うと、あれは神さまの化身した姿なんじゃないかと思われる、美しいものもありましたね。

ぼうーっと雲ばかり眺めていたら、人様にはちょっと不安に映るかも知れないけど、是非とも今一度、私共の所にもいらして頂きたいものです。

2012年の今、神さまが那須高原に降りて来て下さったなら、私絶対に見逃しはしませんよ。




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by viva1213yumiko | 2012-04-17 20:03 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

光舞隊よさこい演舞会

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那須町にある障がい者支援施設<マ・メゾン光星>

そこで結成されたよさこいチームの、とてもとても熱い演舞会を見ました。


よさこい踊りを通して、障がい者の地域参加や社会貢献につなげ、また地域の人々に障がい者理解を広げる目的で活動しているのだそうです。

知的ハンデを抱えている皆さんのクラブ活動から生まれ、今では施設の枠を超え、地域の誰でもが参加できる活動として練習会やイベントに参加。

今回2回目の主催公演ということで、近隣のよさこいチームも多数参加して、それは大変な盛り上がりの演舞会となりました。



私、よさこい踊りというのを見るの初めてなんです。

漠然と盆踊りのようなのんびりとしたものをイメージしていたのですが・・・

これが大違いだった。

エアロビクスか、パラパラか、和風な有酸素運動とでも言いましょうか・・・

とにかく、とてもスピーディーで体育会系。

各チームとも、そろいの衣装ハチマキでばっちり決めているし、大きな団旗の揺れる中で挨拶の仕方から揃っていて、花の応援団風。

よさこい踊りと言うより、YOSAKOIエクスサイズですね、これは。


女子高生のチームから平均年齢70歳のおばあちゃまチームまであり、よさこい人口はとても幅広い。

そして障がい者も施設職員さんも、その子供達までも一緒になって振りを合わせて踊るのです。

「心をこめて練習したんだなぁ」

と、その一生懸命さについつい感動してしまいます。

終止笑顔をたやさず、舞台と観客をがんがん盛り上げるので、会場にたくさん詰めかけていたハンディをお持ちの方々は、喜びの感情を押さえきれなくなってしまい、ついつい舞台に登壇。

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彼らはとても純粋だから、本当に感じていることが表情や仕草行動に直結してしまう。

だからあの笑顔を見れば、あの目を見れば、彼らが本当に圧倒的な喜びの渦の中に、自分を委ね明け渡してしまっているのだということがよく分かるのです。


自分を超えた大きなものに、お任せしている人たちの幸福論。

瞳の中に光を宿す穢れなき人々を見て、私は今日長らく忘れていたものを思い出したような気がしました。


<人生の喜び>それはきっと、難しいことではないんですよね。

   
   それが何であろうと構わない

   今のこの一瞬に没頭し、全身全霊で取り組むこと

   そしてほんの少しでいい

   自分を成長させ続けること

   そして、回りの成長を支えること

   それが喜び

   人生の喜びなんです




   

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by viva1213yumiko | 2012-03-26 18:24 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

軒下生まれのノラ

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寒波がやって来た。

那須の山小屋は、震災の歪みでさらに隙間風が入るようになり、薪の消費量がますます増えてしまいました。

去年軒下で生まれた野良猫も寒さがこたえるのか、いつもに似合わず餌をねだりにやって来ます。


ノラちゃんは自立心が強いので、自分の食料は自分で調達する。

人に甘えるそぶりはめったにみせない。

餌付けしようとして、残りご飯をベランダに置いておいても、

「おかかご飯?あんまり好きじゃないんだけど・・・まぁしょうがないわね」

といった感じで、お愛想程度にこっそり一口試すだけだったのです。


しかしこの寒さはさすがにひもじいらしく、このところ毎日現われるようになりました。

おかかご飯でも残さずに食べるようになったし、サバ缶ご飯とか、バターライスなんかを与えてみると見事に完食し、満足そうに大きな伸びをして去って行きます。

そして軒下に積んである、一番暖かい藁の束で昼寝するのです。


実は彼女(本当はオスかメスか定かでない)左足が不自由です。

怪我をしたのか放射線の影響なのか、少しびっこを引いている。

だから冷え予防の対策を施しているのか、自分のしっぽを痛む前足に巻きつけ、じっと餌を待つポーズをよく見せます。

自前のレッグウォーマーで保温し、関節痛の痛みをだましだまし冬を越しているみたいなのです。

泣かせるではありませんか・・

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けれど、彼女はあくまでも気まぐれ。

そしてあくまでもマイペース。

春になって遠出が出来るようになったら、いつでも干物やフライドチキンなんかを分けてもらえる、もっと裕福な家の軒下に間借りしてるかも知れませんね。



ノラちゃん

なにものにも屈しない、高貴な精神

自由と孤独をともに愛す、しなやかなる姿態

見えない世界と交信する、繊細な感性

自然界の掟に逆らうことのない、そのおおらかさ

ノラちゃん

私の欲しいものすべてをあなたは持っている。




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by viva1213yumiko | 2012-02-09 12:43 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

FREE HUG

原宿からNHK近辺は、週末になると色々なイベントが催されていて、毎回散歩が楽しみです。

今日はナチュラルガーデンというオーガニック系のお祭りをやっていました。

手作り風の素朴な衣料・化粧品・雑貨。

たくさんの可愛いお店が並んでいます。

草木染めの洋服もキャンドルも、みんなチャーミングなものばかり。

大量生産の流通システムにはない、「愛」が製品にこもっています。

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それにしても一体何故、工場の機械が作るものに比べ、手作り商品には繊細な温もりの波動が伝わるのだろう。

心地よさとか、暖かさとか、作り手の思いや、ストーリーまでが伝わってくるのは何故なんだろう。


もしかして、ものには我々が想像するよりずっと多くの情報が隠されているのではないでしょうか。

生命体のDNAにあたるような情報、意識されない作り手の記憶が刻印されているのです。


誰かが作ったものを欲する。

何らかの交換手段で、商品はこちらに移動して来る。

するとその時、その商品が持つ潜在的な情報も同じように移動して来て、我々とのコミュニケーションが行われているのではないでしょうか。

そのコミュニケーション言語が、我々の気分を良くしたり悪くしたり、大きな決定力を持っているのではないでしょうか。


そう思うと買い物の時はよく吟味して、自分にマッチした、心にも体にも良いものを選びたいですね。

ある日の朝、草木染めのTシャツが「ハローご機嫌いかが?」なんて挨拶してくるかも知れないですし・・・


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なんだかとてもホッコリした日。

<FREE HUG>というプラカードを掲げた素敵な女の子に、思わずハグしちゃいました。




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by viva1213yumiko | 2012-01-28 22:47 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

魔女の見習い

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私は女である。

日本の女である。

いい子ちゃん願望を隠した都会の女である。


もう随分長いこと、疑う事もなくこのペルソナを演じ続けてきました。

しかし親しんで来たこのアイデンティティーを、ある時からすっぱり卒業したくなったのです。


世間で俗に更年期という頃からでしょうか。

私の中の別の私が、こう囁き始めるようになりました。


 花の盛りは確かに終わった。 

 無理が効かなくなったし、ひがみっぽくもなった。
 
 しかし振り返る事はすまい。
 
 これからの人生、実りの時期に入って行くのだ。
 
 女という、かりそめの姿も卒業してしまっても構わない。
 
 そして前に進もう。
 
 もっと成長しよう。
 
 そう、女を超えて更に進もうじゃないか。
 
 女をさらに超え、魔女を目指そうじゃないか!


このような経緯で魔女の見習いを始めることになった私。

これからは、白い魔女を目指し生きて行こうと決めたのでした。


魔女になるためには日々修行の毎日が必要です。

見たり聞いたり話したり、全ての行為に注意深くなければなりません。

自然界の見えない力に精通し活力をいただく。

精霊達を味方につけて人々を癒し助ける。


魔女への道のりは遠そうです。

けれどのんびりゆっくり行こうじゃありませんか。

白い魔女はほうきにも乗らず、ゆっくり行くのがお似合いです。


 魔女になりたし、

 されどその道は遠し、

 今日もこっそり祈ってみたり。




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by viva1213yumiko | 2012-01-10 22:22 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)