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新訳・歓喜の歌

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第九のことをWebで調べているうちに、<歓喜の歌>を自分なりに解釈し、翻訳してる人がいる事が分かりました。

それがとっても楽しくて素敵だったので、紹介したくなりました。



まずは大阪弁バージョンからどうぞ。

IROM BOOK/雑文(音楽編)ベートーベン第九歓びの歌




   <喜びの歌> 

   おいおい、そんな歌 ちゃうやろ
   もっともっと気持ちのええ、おもろい歌があるんとちゃうん
   そんな歌、 歌おうやないか

   わぁ嬉しい。 神さんの火が光っとる
   あそこにいるのはユートピアから来た娘さん
   そうや、 僕らみんなちょっとばかり酒をひっかけて
   天にある楽園に行きたいもんや
   世の中きびしいよってに 欲しいもんにはなかなか手が届かん
   そやけど、 あんたの凄い力で
   もういっぺん僕らのとこへ呼び寄せてくれや

   あんたの優しいふところで飲み明かしたら
   そう、 みんな誰でも友達になれるんや
   一生懸命頑張って働いたやつは みんな僕らの友達やんか
   友達の友達は みな友達なんや
   そいで、かわいい娘と一緒に暮らせたら ごっつうれしい
   それこそ歓喜やで

   そう、 友達とか恋人とかの心を
   一つも つかみ取らんかった野郎はここから帰れ
   黙って いね いんで泣いとけ

   この世にいる奴はみんな喜びを自然のオッパイから飲んどるんや
   天使はミミズにもオケラにも喜びを与えたんや
   大空を渡る太陽みたいに
   勝利と喜びの道をみんなで歩いて行こやないか

   みんな抱きしめたいわ
   もう全世界の人に投げキスでもしたろかいな
   この星空の上に神さんはきっとおるんや
   分かるか、天の上に神さんはおるんやで
       天の上に 神さんは おるんやで
       天の上に 神さんは おるんやで
 
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そして九州弁バージョンもあります。

第九「歓喜の歌」北九州バージョン




   <歓喜の歌> 

   ちょ、そんな歌やなかろ
   もっといい感じの、楽しい歌があろうもん
   そんな歌、歌おうや

   よかねぇ、神様の火が光っとう
   あら、楽園出身のお嬢さんやん
   俺らもちょっと酔いちくろうて
   天上の楽園とかに行ってみたいっちゃね

   世の中っちゃ厳しいけさ、なかなか手がたわんったい
   ばってん、アンタのすげぇ技で
   もっぺん俺らんとこに呼んでくれんね

   アンタに甘えて飲み明かしたら
   みんな友達になるとよ
   でったん頑張って働いた人は俺らの友達やん
   その友達の友達はみんな友達なんよ
   そこで、いい娘と暮らせたりしたら、バリ嬉しいやんか!

   そう、友達とか恋人とかの心をさ
   ひとっつもゲット出来んような、しょーもない奴はもう帰れっち感じ
   黙って消えれ 独りで泣きよきーや

   この世におる人はみんな生まれながらに喜びエキス吸っとうと
   天使は虫けらにまで喜びを与えたんよ
   
   大空を渡る太陽みたいにさ
   勝利と喜びの道をみんなで歩いて行こうや

   みんな抱きしめちゃる!
   世界中の人にキスしちゃる!
   この星空の上に神様は絶対おるとよ
   よか? 天の上に神様はおるっちゃけん
 
 
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なぜだか分からないけど、<歓喜の歌>も方言にするとめちゃくちゃ感じが伝わりますよね。

生活感があって不思議と心暖まります。


あなたも是非、出身地の言葉で<歓喜の歌>を表現してみてはいかがでしょう?

日本全国で<方言版・第九演奏会>が開催されたら、新しい町おこしになるかも知れませんよ。




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おまけ:
大工の合唱団による<第九>ってのも結構いいかもね。

   


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by viva1213yumiko | 2012-12-25 14:52 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

歓喜の歌

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ベートーベンのパワフルでドラマチックな交響曲の中で、その頂点とも言えるのが第九交響曲です。


<闘争を経ての勝利>というか、<苦悩を超えての歓喜>とでもいうか・・・

<暗>から<明>へのドラマツルギーを一挙に駆け登る、空前絶後の大作です。


恐怖と絶望に満ちた第一楽章から、事態がさらに深刻化する悪魔的な第二楽章。

崇高で瞑想的な光が見え始める第三楽章。

回想、否定、そしてついに歓喜へと至り、高らかな理想が歌われる第四楽章。


改めて聞き直してみると、凄まじい作品です。



第九演奏会は年末の定番なので「今更ねぇ・・・」って感じがしてたんですが、今年はちょっとした気づきがありました。

第四楽章の合唱部分はシラーの詩からの抜粋なのですが、まずはその対訳歌詞を読んでみて下さい。



   <歓喜の歌>
   
   おお友よ! このような音ではなく
   さらに心地よく さらに喜びに満ちた歌を共に歌おうではないか!

   歓喜 
   それは美しい神々の霊感
   天上の楽園に住む乙女
   私たちは炎のように酔いしれて
   崇高な歓喜の神殿に登る
   
   あなたの魔法の力が 
   時流に厳しく分け隔てられていたものを 再び結びつける
   すべての人々は あなたの優しい翼のもとで
   みな兄弟となる

   互いに友となる幸運に恵まれた者よ
   心優しき妻を得た者よ
   こぞって歓声に声を合わせよ!
   
   そう この世にたったひとりでも
   心を分かち合える友のいる者は みな残らずに
   そして 不幸にもそれがかなわぬ者は
   泣きながら この輪からひっそり去るがよい

   あらゆる生き物は 
   創造主の乳房から歓喜を飲み
   善人も悪人も すべての人々が
   創造主のバラの踏みあとをたどる
   
   喜びは 私たちに接吻とワインを与え
   死の試練を経た 友を与えてくれる
   至福は 虫けらのように弱い者にも与えられ
   天使ケルビムが 神の御前に立つ

   天空の星々がきらびやかに
   飛び交う様子さながらに 
   喜々として
   兄弟たちよ 君たちの道を進め
   喜々として 
   勝利をめざす英雄のように

   諸人よ! 抱き合おう 
   この口づけを 全世界に!
   兄弟たちよ 星空の上には
   愛する父が住んでいるに違いない

   諸人よ ひざまずいているか?
   世界よ 創造主を予感するか?
   星空のかなたに 彼を探し求めるがよい
   星々の彼方に 彼は必ず住みたもう               
                         

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やれやれ・・・

全く以て凄まじいほどの歓喜であります。



 ♬晴れたる青空 ただよう雲よ~  小鳥は歌えり 林に森に~♬



聞き慣れた唱歌の、あののどかさとは大違い。

急性アルコール中毒でそのまま臨死体験しちゃった人の幻視みたいな、かなりハイパーな内容となっております。



「全ての人が兄弟姉妹のように、愛し合いハグし合えば、世界には本当の平和が訪れ、人は神のレベルの喜びにも到達出来るのだ」というメッセージですが、なんだかもう完全にアセンションしちゃってます。

さすがはEU連合の歌になるだけあって、ワンネス・統一性の象徴をあらわしてますね。

一説によるとシラーはフリーメイソンの理念を詩にしたとも言われてるので、ちょっと危険な香りもありますね。


欧州統合を成し遂げた今、さらに世界を強固にまとめる世界統一政府(NWO)を目論む人々の思惑やいかに・・・


一部の権力者にコントロールされた世界統一政府ってのはいただけません。

ワンネス思想は美しいけど、落とし穴も多いと知りましょう。




それにしても、人間の体験しうる最大の歓喜っていうのは、これ程までに神憑った体験になるのでしょうか。

神と人間とが融合する瞬間の事を言っているみたいですよ。

そうだとしたら、私はまだ本当の歓喜を知らないって事になりますね。


ケルビムなんて天使の存在、初めて知ったし・・・


一度でいい、この肉体が朽ちる前にこんな歓喜を味わってみたいものです。




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by viva1213yumiko | 2012-12-25 14:37 | 季節・行事 | Comments(0)

東西冬至事情

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太陽が黄道から最も離れる冬至は、一年の内で昼間が一番短くなる日です。

暦でいうとちょうど冬の真ん中。

昔から、翌日から日が長くなるこの日を節目として祝う習慣があり、今もゆず湯に入ったり、あずきやかぼちゃを食べたりしますよね。


冬至の次の日から日が長くなるという事は、


「この日こそ新しい太陽の誕生の日でもある」と考える事もでき、いわば太陽復活の日と捉えられ、<一陽来復>という言い方をしたりもします。


「悪い事があっても再び良い事がめぐって来る」という厄払いの意味が込められているのです。



お風呂に柚子を丸ごと浮かべて入浴するゆず湯(冬至湯)は、ひび・あかぎれに効き、風邪予防になるといわれていますが、ポカポカと身体が温まるのはその成分だけでなく、ゆずの持つあの明るい黄色の力にもあるのではないでしょうか?

5月の菖蒲湯と同じく、禊ぎの意味も込められているのだと思います。


冬至粥はあずきを加えたあずきのお粥の事だし、小豆とかぼちゃを煮た<いとこ煮>を食べたりもしますよね。

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ここでもあずきの赤で邪気を祓っているのです。


また、冬至には「ん」のつくものを5つ食べよとも言われます。

寒さが本番となるこの時期にナンキン(かぼちゃ)・だいこん・にんじん・れんこん・こんにゃく・ぎんなん・きんかんといったビタミンや繊維質が多く含まれてものを食べれば風邪も引かずに健康に冬を過ごせると言います。


先人達の言い伝えですが、確かに理にかなっていますよね。


それから私は記憶に無く全く知らなかったのですが、お盆の迎え火の様に木戸口や炉で、火を焚く習慣もあったのだそうです。

新しく甦る太陽を火を焚いてお迎えする、そんな意味が込められているのだそうです。

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こんな風に自然界のエネルギー再生を祝う行事は、日本だけでなくヨーロッパにもありました。


キリスト教以前のヨーロッパの民の間にも、冬至に火を焚いて太陽を暖める風習があったんだそうです。

ヨーロッパの一部地域では冬至の日には大きな薪を燃やして悪魔払いをし、その火をみんなで囲んだのだそうです。


クリスマス・ケーキの定番<ブッシュ・ド・ノエル>はその火焚きに由来すると言われています。

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実はクリスマスツリーも、冬至に樅の木を祀るヨーロッパ北部の習慣が定着したもので、イエスの生誕地パレスチナには樅の木は生えません。

イエスの誕生日は聖書にも書かれてないので、12月25日とは誰も断定出来ないのだそうです。


クリスマスはイエス・キリストの生誕を祝うキリスト教のお祭りとされているけれど、その大元はキリスト教以前の冬至のお祭りだったんじゃないかという、<X’mas原始宗教混合疑惑>が濃厚になって来ます。




まあこの際、聖書の正しい起源などどうでもいいのです。

日本でも欧州でも、同じ様に火を焚いて冬至を過ごし、有史以来[自然界の甦り]  [太陽の再生]を祝って来たって事が大事になる訳です。


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冬の寒い夜、部屋をきれいに飾り、火を灯してご馳走を囲む。


天の運びに思いを寄せたり、贈り物で感謝を表したり、自然界に祈りを捧げたり・・・

季節のそんな神聖な行事があるのは本当にいいものです。


しかもそれが宗教も国境も超えた世界共通のお祭りになっているなら、こんなに素敵な事はありません。




2012年の冬至は特別意味があるようです。


「今までの悪い事も、再び良い事へと転換し始める」

そんな起点になる日です。


是非とも愛する人達と火を囲み、寂しがってる太陽を一緒に暖めてあげようではありませんか。

西洋も東洋も関係なく、一緒になって地球のエネルギー再生を祈る、そんな日にしたいものですね。




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by viva1213yumiko | 2012-12-18 23:49 | 季節・行事 | Comments(0)

くるみ割り人形外伝

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毎年12月になると必ず上演されるバレエ[くるみ割り人形]


クリスマスの日を題材にしたファンタジックなバレエなので、大人から子供へのクリスマスプレゼントに最適です。

私自身子供の頃、夢のように美しい舞台に感激した事をよーく覚えています。



クララはクリスマスプレゼントにくるみ割り人形をもらう。

真夜中、広間は騒がしくなり、くるみ割り人形はねずみの王様と戦いを始める。

危ういところで人形の危機を救うと、人形は王子様に変身しクララをお菓子の国に連れて行く。

お菓子の国で楽しく過ごしたけれど、それは全てクララの夢でした。


という物語ですよね。



「みんな夢でしたとさ・・・」

このとてつもなく便利この上ない結末は、おとぎ話の定番ですが、くるみ割り人形の原作はこれ程単純じゃなく、もう少し込み入った状況設定がされています。


原作はE.A.T.ホフマンの児童向けメルヘンで、1816年出版の[くるみ割り人形とねずみの王様]なのですが、少女マリーはドロッセルマイヤーおじさんに「なぜくるみ割り人形は醜いのか?」という過去の因縁話を聞かされる、というくだりが入っているのです。


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ドロッセルマイヤーが語るには・・・


ニュルンベルグの王国にピルリパート姫という美しい王女がいたが、ねずみの魔女の呪いによって醜いくるみ割り人形に姿を変えさせられた。     

その呪いを解くには世界一固いクラカーツクのくるみを割って食べさせなければならない。

それが出来るのは一度もヒゲを剃った事がなく、長靴をはいた事のない若者だけ。
   
一人の若者がそれをやり遂げて姫の呪いを解いたのだが、変わりにその若者が醜いくるみ割り人形にさせられ、さらに醜いが故に姫から結婚を拒否されてしまう。
   
占いによると、若者が自らの力でねずみの王様を討ち取り、醜い姿にも関わらず愛してくれる貴婦人を見つけなければならないらしい。

いまだにこの難問は解決せずに、若者はくるみ割り人形のままだという。


その話しに夢中になった少女マリーは、気の毒な運命のくるみ割り人形を救う決心をするのです。

そして結局、マリーの機転でねずみの王様を打ち倒した人形が、恩人マリーを人形の王国に招待します。


竜宮城みたいに素晴らしい、マジパン城での歓待。

けれど家に戻ってその話しをしても、誰にも相手にされないのです。

しかしマリーにとって人形の国の夢は現実の出来事と同じ。

ある日、くるみ割り人形に「私がピルリパート姫ならあなたが醜いからって蔑すまないわ」と言って、そのまま気を失ってしまいます。

気付くとドロッセルマイヤー氏の親戚の少年がおり、「あなたのおかげで呪いが解けました。結婚して下さい」とマリーに結婚を申し込みます。

こうしてマリーの憧れていた夢は実現するのです。



物語は幻想的な世界を紡ぎ出し、最後は夢なのか現実なのか分からないまま終わってしまいます。

果たしてマリーは本当に人形の国の王妃になったのか、いつもの空想のまま眠りについたかが曖昧なのです。


若者の方もそうです。

呪いが解けて現実となったのか、呪いが解けて夢になったのか・・・

ホフマンという作家の、夢幻の世界に傾倒する性質が伺えます。


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ところで、この原作のお話しの中でくるみ割り人形は醜いとされてますが、ドイツ・エルツ地方名産のこのくるみ割り人形、私にはとても醜いとは思えませんけどねぇ〜


ホフマンの時代は、もっと恐ろしい、いかめしい顔が多かったのでしょうか?

それとも素朴な人形がカーッと大口でクルミを齧る、その豹変ぶりを醜いと表現したのでしょうか?


王様とか騎兵隊とか警官とか、権力者の姿が多いのも「うるさいお偉いさんの口をクルミの実でふさいでしまえ!」という庶民の反骨精神がルーツなんだそうで由来もなかなか面白い。

支配者達に呪いをかけて人形にしてしまいたかったのは、案外国民の潜在的な願いだったのかも知れませんね。



まあいずれにしても、あなたが心から<聖なる結婚>を望むなら、一番最初にすべき事は、魔女の呪い(心の闇)を解かなければならないって事なんですねぇ〜 

オーホッホッホッホ・・・




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by viva1213yumiko | 2012-12-12 23:59 | オペラ・バレエ・映画 | Comments(0)

男脳・女脳

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人間の左右の大脳半球を繋いでいる、脳梁という器官があります。


約2億本の神経繊維の束を結ぶ脳梁の後方部分は、女性の方が丸みを帯びた形をしていて、大脳全体との容積比率も男性より大きいのだそうです。


これは女性の方が左右両半球の連絡が良く、脳全体を効率的にバランス良く働かせやすい事を意味してるのだそうです。

一方男性の方は何かに特化した機能・技能を働かせやすい脳で、一点集中型になる傾向があるらしい。


脳の発育過程でも女児は言語・感情機能の左半球がより早く発達し、男児は空間認知機能の右半球がより早く発達する。

だから女の子は人形遊びやおままごとが好きで、男の子は車や電車のおもちゃを動かすのが好き。


また、男女を決める性ホルモンの働きにより、女は警戒心・感受性の強い脳になり、男は攻撃性・無謀さの高い脳になると言われます。

これらは人間が集団で営巣し狩猟採取型の暮らしをしてた頃、男が狩猟を担当し女が採取を担当していた事の名残だとも言われています。


つまり、人間には攻撃的な<男脳>と、情緒的な<女脳>の性差があるって事ですね。


もちろんこれは一般論であって、個体差の方が当然大きいのが当然です。

しかし、男と女の考え方・感じ方のあまりの違いに驚いた時、戸惑った時などに「男脳と女脳とじゃやっぱり違うんだなぁ〜」と自分を納得させる事ができ、意外と便利な理論だったりするんですよね。




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男と女は子供の遊びから既に違うのだから、大人の男女に至っては、もう全く違うカテゴリーの種なんです。

これはもうそういうものなんだと認め、改めて一からじっくり観察し、新しいコミュニケーションスキルを構築し直した方がよろしいのではないでしょうか。


つまり<異文化交流>とでも言いましょうか。

あるいは<異星人との遭遇シュミレーション>とでも言いましょうか。


同じ義務教育を平等に受けていても、異性が自分と同じ情動反応を示すと思うのはのは大間違いなのだと心しておきましょう。



例えば他者とのコミュニケーション能力にも、<男族>と<女族>の違いははっきり現われます。


「男性は結論を導き出そう、白黒はっきりさせて互いの優劣関係を明確にしようとして、対立を煽り、見栄をはった言動をしてしまいがち。話しをこじらせ、もめさせる人が多い」


「女性は相手をやり込めずに人間関係優先の選択肢を探ろうとするので、状況改善には向いている。しかし論理的討論で何か結論をはっきり出すという場には不慣れな人が多い」


「男にとっての親密さとは、ともに働いたり競争したり仕事に有用な情報を交換したりすることで、互いの優劣関係がはっきりしている事が重要である」
  
 
「女にとっての親密さとは、共にいること、普段の状況について事細かに話すこと、地位や立場に差がなく共感出来ることが重要」


「女は言葉から親しさを汲みとり、男は言葉を攻撃・威嚇・見栄はりに用いる」


などと表現されます。




なるほどねぇ〜

そう言われてみると、何だか妙にスッキリしませんか? 


家庭や職場などで、何とも不可解な異性の言動に戸惑ったら、改めてこの原則を振り返ってみることをお勧めします。

すると妙にスッキリ心の整理がつくんですよね。



男女の性差から生まれるすれ違いは、互いの<会話に求めるもの>にもはっきりと現われます。


男性にとっては、問題解決こそ会話の目的であるというパターンが多いのです。

だから自分の意見を主張したり、自分の正しさにこだわる。


一方、女性は会話を通して相手の感情を知ったり、自分の感情を伝えたり、会話する事自体に目的があるのです。


だからそんな男女が向き合うと、男は解決すべき課題がないと会話が成り立たず沈黙に逃げ、そういう態度に対し女性は強くストレスと疎外感を感じるのです。



例えば夫婦であれば、妻が日常の嫌な事や悩み事を話すのを聞いて、夫はついついアドバイスをしてしまったりしますよね。

しかし良かれと思ってしたアドバイスで逆ギレされてしまった、というケースがとても多いのです。

けれどそんな時、夫にはなぜ妻が怒っているのか見当もつかず、ただ混乱するのみ・・・


もちろん私には妻の気持ちが良く分かります。

妻は夫のアドバイスなど聞きたくなかった、ただ気持ちを聞いてもらいたいだけだったんですよね。



女性は感情というものに対してとても敏感で、そうした事を話したり理解してもらいたがるものなのです。

しかし男性は日々の感情について話すのが苦手なうえ、恥ずかしい事だという先入観がある。

またすぐに自分を守る為の攻撃モードに入りやすく、それが長く持続されます。



男脳と女脳の思考パターンの違いに気付き、相手を理解する手掛かりさえ掴めたら、お互いの絆を深めるのにきっと役立つはずと思うんですね。

ほらね、そうやって考えてみるとやはり<男脳・女脳>って概念は、便利で使えるツールでしょ!



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追伸:
全男性の中に17%の割合で<女脳>の人が存在し、女性の方にも17%の<男脳>がいるらしい。

実は私もこの17%の中に入るのかな?と思ったりもしています。


<話しを聞かない男・地図を読めない女>というベストセラーがありましたが、私地図を読むのは割と得意な方ですし・・・

最も<女脳>から<魔女脳>へと既にシフト完了しちゃった、とも考えられるのですけどね。




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by viva1213yumiko | 2012-12-10 21:53 | 人生・霊性 | Comments(0)

エロスの愛とアガペの愛

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 愛とは人の精神性を深める最大の入り口である

 なぜなら、エゴが最も試されるからである



若かりし頃、何かの本でこう読んで、当時恋愛中だった私はすっかり分かった気になり、甚く感心した記憶があります。

そして中年期を過ぎた今でも、その言葉は全くすたれない真実だと固く信じているのであります。



一口に愛と言っても、親子愛・友愛・隣人愛・師弟愛など色々ありますよね。

でもこの場合の愛は、ズバリ男女間の愛を指していると考えて下さい。


自分の魂を最も揺さぶり、それ故に最も危険でもある、永遠の関係性<男と女>

今回は決して甘口では済まされない、<男と女>のお話しです。


現在ラブラブで盛り上がってる最中の人には、「決して読むべからず!」とだけ忠告させていただきましょう。



男女の磁力の様な引きつけ合い引かれ合いは、とても理屈では説明出来ませんよね。

「あの人は夢に見た理想像だ」とか、

「一緒だと満たされる」とか、

「あの人は私にないものを持っている」とか・・・


恋愛のスタート時は皆んな似たような心理状態になるようです。


それって何故だか分かりますか?


男女間の引力とは、実は・・・

より完全でトータルな存在になるための、<魂の内なる希求>だからなのです。


つまり恋愛とは、自分に不足している側面を相手の中に投影して見てしまう、不思議な鏡の世界とも言えるんですね。


本来なら自分自身で成長し、全体的な存在にならなければならないのを、あえて棚上げにし相手と寄り添う事で完結したと思い込む、言うなれば<勘違い現象>と言えるのかも知れません。


とほほ・とほほの<勘違い現象>・・・


そう、恋愛は幻想だと思ってもほぼ間違いありません。


最初からその人を正当に見ていたのではなく、自分の内的幻想を映すスクリーンにしていただけ。

だから自分の作り上げた勝手な幻想が壊れたからといって相手を非難するというのも、かなり馬鹿げた話しなのです。




どうです? ショックですよね。

でも悔しいけれど、心当たりのある人も多いんじゃないでしょうか。



では、一体どうやってそれを克服して行けばよいのでしょう?


どうすれば恋愛関係を魂のパートナーシップに成熟させられるのでしょうか?


どうやってエゴイスティックな愛を無条件の愛・絶対愛へと高めて行けるのでしょう?



まずはじめに、惚れた腫れたの情熱だけでは関係を維持出来ないんだと認めちゃって下さい。


仮に相手を変えたとしても、必ず同じ事の繰り返しになると覚悟しましょう。


そして、エゴイズムの愛を克服するためには<許し>の力が必要になると理解して下さいね。


<許し>とは相手を許すだけでなく、抑圧され潜在意識に深く埋め込まれたものを消去する作業の事なのです。


相手を愛するその前に「果たして自分は己を許し、愛していのるか?」

と、正直に探ってみて下さい。

自分自身との折り合いをつけるのです。


恋愛を保つためには、何よりもまず自分の愛を広げて行く必要があります。

自分の中に愛が入って来て本来の魂が輝き出すと、それに同調してパートナーシップも花開く、そういうものなのです。



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男女関係は自分の中にある、あらゆる見たくないものを見せてくれる貴重な鏡でもあります。

感情的苦痛から逃げずに、これは自分の中に潜む恐れを教えてくれているチャンスなのだ、と考えてみたらどうでしょうか。


<恋愛とは愛を学ぶための学校>


それぞれの成長段階・愛の成熟度に従い、我々は愛の厳しい側面を学ばされているのです。



男女関係とは「出家する事なく普通の生活をしながら悟りに向かうひとつの道」なのだそうです。


しかも「エンジェルが踏み込むのをためらうほど厳しい道」だそう・・・


恋愛関係のエロスの愛を入り口にして、切磋琢磨を繰り返し、真実の愛・アガペの愛を学ぶ事が神に近づくための手段なのかも知れませんね。




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by viva1213yumiko | 2012-12-04 00:39 | 人生・霊性 | Comments(0)

アセンション・カウントダウン

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   ♬も~い〜くつ寝ると アセンション
    
    アセンションには 波動あげて
    
    UFO飛ばして 遊びましょ
    
    は~や〜く来い来い アセンション♬



いよいよ2012年12月に入りましたね。

12月21日の冬至から我が地球はフォトン・ベルトへ突入し、徐々に第4密度へと移行して、来年3月20日の春分点までに惑星ごと一気にアセンションしてしまう、そんなシナリオらしいですぞ。


しかしその前に今の第3密度のカルマを終わらせる為、ネガティブな破壊的エネルギーの放出があちこちで起こっていて、それが今のこの世界のありとあらゆる混乱を招いているのだそうです。


目には見えないスピリチュアルな世界では、たくさんの宇宙ファミリーが世界の混乱を見守っていて、愛の波動を送ってくれているので、なんとか地球は最悪の事態を引き延ばす事が出来ているらしいんです。

彼らの宇宙最高評議会は我々地球人に準備が整い、正式に迎え入れられる日を用意周到待っているのだとか・・・




いろいろなチャネラー達が、こんな風なメッセージを発信していていますよね。

大方は「夜明け真近が一番暗い。だから希望を捨てるな」

と、励ましてくれてる様に思えます。


しかし、実は<アセンション>ってのも、世界統一政府を目指す連中がCIAを使って仕掛けたのだという説もあり、もうこうなって来ると我々には何が何だか検討も付きませんね。


今月末からのこの地球に、一体どのような運命が待っているのか・・・

まさしく歴史の生き証人の様にただ見守るしかなさそうです。


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日本で原発事故が起こったのは、被爆国であったにも関わらず、それをうやむやにしたまま戦後の経済成長を推進して来た事のカルマだという説がありますが、私もそれには同意出来ますね。


だからこそ、ここで又今まで同様のエネルギー政策を再開したならば、さらに深い国家的な業を背負う事になってしまいます。

起こっている現象を受け止めて、より良いあり方を選択しなければ永遠に問題解決は先送りです。


もちろんそれは国家の問題だけでなく、個人のレベル・家族のレベルでも同じ事が言えると思います。

いつでも問い直されているのは、「果たして自分はどうありたいのか?」って事になります。


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第4密度のニルバーナに生きるとDNAが活性化し、肉体のスキルや能力がより高次の意識レベルに持ち込まれるのだそうです。

すると慢性的な病気が癒され、老化のプロセスから開放されるのだそうです。


古今東西のあらゆる英知とアクセスが可能になり、誰もが独自の個性と才能を発揮する事になる。

戦争は終わり環境は浄化され、政治的にも経済的にも腐敗や不正が排除され、非人道的格差がなくなります。

そして道徳的、スピリチュアル的(霊的)に優れた各分野の指導者のもと、公正で誠実な社会が生まれるのだそうです。

さらにテレパシーで話したり、ふたつの場所に同時に存在したり、千里眼や遠隔ヒーリングなどの超感覚が開発されて、ヨガ行者みたいな人が続出するという話しですよ。



どうですか?

人類は進化し、今より少しお利口になり、まともな社会を営む事が出来る様になるって訳です。


想像してみると、ちょっとしたユートピア革命みたいで楽しみですよね。

少なくとも地球滅亡説をイメージするよりは心豊かになれます。

我々地球人の意識レベルが少し底上げされて、遅ればせながら宇宙デビューを果たすって感じでしょうかね。




まあいずれにしても我々は、すこぶる面白い時代に居合わせたものですよね。

取りあえず私は歌っちゃっときます。

   

   ♬は~やく来い来い アセンション♬





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by viva1213yumiko | 2012-12-01 13:56 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)