<   2013年 10月 ( 5 )   > この月の画像一覧

電気が使えなくなる日

a0253145_15535640.jpg
先日、夜中の2時頃地震があって津波警報が発令されましたよね。

恥ずかしながら私、全く気付かずにいて、翌日の午後人づてに聞き、初めてそのニュースを知ったような状態でした。

日頃からTVも殆ど見ないし、このままでは国家レベルの非常事態が発令されたとしても、上手く立ち回れず大混乱しそうです。


世界で最も豊かだった、あの米国さえも崩壊するかもしれないっていうご時世です。

実際いま世界では、いつ何時どこで何が起こるか、誰も予測がつきません。

そこで我々に望まれるのは、いつ何が起こっても慌てる事のないように、心構えを整えておく事ですよね。

地球の大転換、大浄化・・・

地球という名の惑星が、悟りのレベルに到達出来るかどうかっていう大事な瀬戸際です。

宇宙の創造主は地球のさらなる成長を思い、「一度リセットしちゃおっかなぁ~?」って、そんな事考えているような気がしないでもありません。

驕り高ぶった人間たちに目覚めの<愛のムチ>で、一気に成長を後押ししようという<親心作戦>です。

それには地震や津波など天災による浄化以外にも、地球の地殻変動や隕石衝突の可能性もありますよね。

しかしそれ以外にも「宇宙からの大規模な電磁パルス到来による、全面的停電も考えられる」と言われています。

公にはしてないけどNASAも、随分前から予見してると噂があるくらいです。

a0253145_15543250.jpg

全面的大停電・・・

これは我々にとって手強い試練になるでしょう。

いつでもあると思っていた電気が、ある日不意に使えなくなった場合の事を、ちょっと想像してみて下さい。


電気が使えなくなったら都市はあっという間に荒廃するでしょうね。

ビルやマンションでは照明がつかない、冷暖房が使えない、TV・PCが使えない以外にも、エレベーターが止まり上下水道のポンプが停止してしまいます。

スーパー・コンビニは店舗照明や空調が停止して、冷蔵庫の食品は腐敗し悪臭を放ちます。

信号や通信が止まり、交通機関はマヒ。

自動車で動こうにもガソリンスタンドの給油が不可能なので、自転車か徒歩の方がよっぽど確実です。

器用な人が作ったリヤカーや大八車が、飛ぶように売れるでしょう。

金融機関もシステムダウンしているのでATM停止、預金引き出し不能に陥る。
a0253145_1555176.jpg

戒厳令を発動したくても警察さえも通信手段がないのだから、独自の通信システムを持つ、軍隊もどきの集団が治安を牛じる事になるでしょう。

下手すると、それは外国の勢力かも知れません。

治安の悪い地区では住民がすぐに暴徒化し、水場近くのビルや地下街をあっという間に占拠。

衛生状態が悪くなり、伝染病が蔓延し、体力のない者からどんどん死んで行くのです。

愚連隊のような連中がスラム化したビルを封鎖し、盗品などを売りさばく闇市がすぐに現われるでしょうね。

ガレキや遺体を燃やす煙が方々で上がり、異様な臭いが立ちこめます。

食べ物と水を求める窮民集団は一斉にどこへ向かおうとするでしょうか?

都市の廃墟から彷徨い出した難民と近郊農村の自警団との間で、争いが起きているかも知れません。

飢饉の時の絵巻物みたいな光景を、実際目にするかも知れません。

まさにこの世の地獄絵図になるかも知れないのです。

   祇園精舎の鐘の音

   諸行無常の響きあり

   お〜、くわばら、くわばら。
a0253145_15583850.jpg



ここ100~150年間、我々は電気に依存する生活をさせられていて、「電気がなければ生きて行けない」と思い込まされてしまっています。

アルコール中毒・麻薬中毒患者と同じ。

電気中毒患者です。

中毒患者を治療するためには解毒治療に加えて、なぜ自分が薬物に依存するのかその根本原因を深く見つめるセラピーが必要じゃないですか。

お天道さまは先進国の電気中毒を治療するため、一度完全なる隔離を強行し、なぜ電気に依存してしまうのか、そもそも電気は必要なのか、人類に自己反省を促す作戦に出て来るかも知れませんよ。


しかし、ここでパニックを起こし、この世の終わりと絶望してはいけません。

身体の毒物はキレート療法などで排除してしまうと、妙にスッキリお肌ツヤツヤになるって言いますよね。

同じように地球上の毒物も排除、排除です。

各所で好転反応は出ざるを得ませんが、その混乱を受け入れるつもりで腹をくくってしまいましょう。

蒼い地球に悪玉菌のようにはびこってる、あの醜く無骨な送電線網をスッキリ排除して、お肌ツヤツヤの惑星に甦らせたいものです。

そして「電気の文明よ、さよ〜なら〜」 

「それに代わる新しい文明よ、こんにちは〜」

って笑顔で言いたいですよね。 


電気中毒患者の私たち。

集中治療の日も、そんなに遠くないんじゃないかって気がしてます。



追伸
あの日、脚立持参で意気揚々と電気を止めに来たT電力O支社のKさん。

彼の人生にも幸福が来る事を、私ほんのちょっとだけ祈ってますから・・・




[PR]
by viva1213yumiko | 2013-10-30 20:47 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

ブレサリアン伝説

a0253145_16145568.jpg
この世には [食事を取る事を拒否して何年も生き続ける人] というのが実際に存在しています。

そういう人々は食物からのエネルギー供給を必要としないのです。

彼らは呼吸(ブレス)だけで生きているので、<ブレサリアン>と呼ばれています。

それにしても、なぜ?

なぜ彼らは食物を摂取せず、呼吸だけで生きて行けるのでしょうか?


野菜だけしか食べない人を<ベジタリアン>、果実のみ食す人を<フルータリアン>、液体食しか取らない人を<リキッダリアン>と言うように、殆ど水すら取らず呼吸だけで生きる人を<ブレサリアン>と言います。

<ブレサリアン>は、現在世界に数千人はいると言われてます。

もちろん人間はいきなり<ブレサリアン>になれるというものではなく、<ベジタリアン>→<フルータリアン>→<リキッダリアン>と、食べない事に徐々に慣らして行き、それなりの段階を経て<ブレサリアン>に到達するものです。

しかし、不食とはいっても瞑想ばかりのやせ細った身体ではなく、重労働をしても疲れを感じず睡眠時間も半分位でOKになり、人並み以上の生命活動を営めるバイタリティの持ち主になれると言います。

このタイプの人々は、大気中のプラーナを体内に取り入れエネルギー変換する能力が備わっていて、その機能のため生体を維持して行けると言われているのですが・・・

まぁ早い話し、霞を食べる仙人と思ってもらえれば良いでしょう。
a0253145_16233315.jpg


実は私、この<ブレサリアン>にとても憬れているのです。

だってそうですよね。

人類の大多数が<ブレサリアン>、あるいは<リキッダリアン>になって、食料確保の労働から解放されたらどんなに自由に生きられるか想像してみて下さい。


「不食? 食べる楽しみがなくなるなんて、そんなの絶対つまんない〜」って仰有るなかれ。

旬の味覚を味わう楽しみは、友人との会食、お祭りや宴会の時のために取っておけば良いんですよ。

実際<ブレサリアン>たちは社交のため、感情レベルでの結びつきのためには時々食べる事を選択する、という方が多いのだそうです。

だから世間的には不食とは気付かれない例も多いと聞く。

でも実際のところは、彼らはプラーナエネルギーのみで生体維持の大部分を賄っている。

太陽光からエネルギーを供給をしているのだから、それはソーラー発電と全く同じ理屈です。

無限に永久に賄えるんですよね。

備蓄が要らないから、身体はスリムで快適。

しかも活力があって、ツヤツヤの肌。

健康に長生きするサーチュイン遺伝子にスイッチが入って、老化せずパワフルに生きられる可能性を秘めています。
a0253145_16163355.jpg

人の健康だけの問題だけじゃありません。

楽しむための食料しか必要なくなるのだから、世界の食料供給はみるみるうちに過剰になり、発展途上国の飢餓問題もすぐに解消されます。

巨大企業の食料支配・食料操作の戦略も通用しなくなる。

人々は企業に頼らなくても生きて行けるんだという事に改めて気づき、本当の意味で自立し始めるのです。

そして良質な食料だけが自主流通しているのを皮切りに、他の分野でも企業側システムは大幅に変わらざるを得ません。

資本主義は徐々に崩壊して、会社努めのサラリーマンという概念すらも消えて無くなるでしょう。

そうなると人々は暇を持て余すようになり、芸術や文化、福祉、家庭生活、リクレーションが感心の殆どを占めるようになって来るでしょうね。

食べるためガツガツ働く必要がなくなって、高度に洗練された社会へと変貌して行くのです。

人は恋するため、好学のため、子育てのため、遊びのため、共に笑うために時間を使うようになる。

それが人生というものである、という哲学が主流になるのです。


そうなってくると釣りや畑仕事は、むしろ暇つぶしのための高尚なレジャーですよね。

釣り名人・野菜名人が家元の師匠のように、もてはやされるようになるかも知れません。

地球の生態系は良い具合にバランスが取れて来て、人と自然とは共存して生きて行く。

環境保護のためのルールが細かく設置され、それを破る者は厳しく罰せられる。

エデンの園を取り戻した人類は、二度と神に追放される事なく、永遠に幸せに暮らしましたとさ。

人間が不食・小食になったなら、こういう物語が実際に待ち受けているのです。

地球と人類にとって、お互いに良い事尽くめだと思いませんか?

a0253145_16344427.jpg

何かが不足している、飢餓感を感じる、というのはその人の内面の感情レベルの問題であると言われています。

ある人は愛に飢え、ある人は富に飢え、またある人は力に飢えていたりするものです。

食べ物への欲求はそうした様々な飢えへの代償になっていて、真実の心の飢えに気付きさえすれば、自ずと食べ物への執着は消えると言われます。

自分への満足感が<聖なる栄養素>になって、不食でも生きて行ける状態へと移行するのです。

個人個人の心の飢えが解消されれば、それに伴いきっと社会的な不平等、欠乏問題も克服されて行く事でしょう。


我々は「食べなければ生きて行けない」という信念に支配されています。

だから食欲という煩悩を超越する事が出来ずにいる。

しかしそれがただの思い込みに過ぎないとしたらどうでしょう?


不食で生きてる人の前例がもっと多くなれば、世の中の常識は見事にぐるんとひっくり返ります。

皆んなが心を浄化して安定し幸福に生きたら、世界のあちこちで<不食伝説>が身近になるに違いありません。

人間の精神の力は、あなたが思うよりずっと偉大な潜在力を持っているのです。




[PR]
by viva1213yumiko | 2013-10-27 16:35 | 美容・健康 | Comments(2)

りんご神話

a0253145_155429100.jpg
台風が続くせいなのか、ほんの少しの傷で売り物にならない<理由ありりんご>が、スーパーで大量に特売されていました。

う〜む。

考えてみれば、りんごだって人間とおんなじです。

傷を負い痛みを知ってるものには、それなりの深みと味わいがある?かも知れないじゃないですか。

手間ひまかけて大事に育てられた優等生りんごも素晴らしいですが、多少の痛みを知る<理由ありりんご>だって十分に魅力的です。

この世に存在するありとあらゆるものには、その使命と役割が用意されているのです。

縁あって私の元へとやって来た4つのりんごたちは、私の味覚の喜びと幸福に帰依する使命を全うしようとしてくれています。

そして理由がどうあろうとなかろうと、潔く消滅して行かんとするその勇気に、この世の無常と循環と刹那を改めて私に思い起こさせてくれるのです。

まあとにかく・・・

りんごを食べる機会が増えて嬉しい限りなのであります。
a0253145_154013100.jpg

太古の昔から、我々人間とりんごとは親しい間柄です。

人類史のエポックメイキングな場所には、なぜか必ず赤いりんごが登場し、その存在感を見せつけて来ました。

サイズといい色といい、まるで人間の心臓を思わせるからでしょうか、りんごは人の生命の象徴として扱われる事が多いのです。


「人間とりんごとの関係性には、宿命論的な何かがあるに違いない・・・」

今朝もサクサク<理由ありりんご>の皮を剥きながら、私は考えておりました。

世界に果実は数多あるけど、りんごほど詩的・象徴的な果物はありません。

[人類が克服すべきカルマと共に、十字架を背負って歩いた希有な存在]

りんごという果実には、きっと特別な何かがあると確信しています。


そう思ってみると、我々はもっとりんごをリスペクトし、日々感謝して食さねばならなくなりますねぇ。

「りんごをかじると歯茎から血が出ませんか?」

何だかあの台詞さえ、りんごへの冒涜に思えて来ました。

本日は罪滅ぼしも兼ねて、思いつくままりんご神話を思い返してみましょう。


a0253145_1559584.jpg
まずはご存知<旧約聖書> 

エデンの園の禁断の実の逸話です。

アダムとイブは楽園を追放され、原罪を負ってしまいます。

その時以来、我々は人生に苦悩し続けなければならない宿命を負った訳ですが、このお話しの中でりんごは禁断と誘惑、知恵と生命の象徴となっています。

あの時ご先祖さんが赤いりんごを食べさえしなければ、今も裸の楽園で悩みなく暮らしていのかと思うと、ちょっとだけ泣けてきます。

いっそエデンのりんごがドリアンみたいな強烈な匂いを発していたら、アダムもイブも禁を犯さず、全然違った楽しい神話が生まれていたんでしょうねぇ。



それからギリシャ神話の<パリスの審判>
a0253145_15573240.jpg
パリスは3人の女神の美人競争を黄金のりんごで選ぶのですが、それが元でトロイア戦争を引き起こしてしまいます。

また<英雄ヘラクレス>の逸話では、天空を支える巨神アトラスを欺くため、ヘラクレスは黄金のりんごを使ったとあります。

ギリシャ神話のりんごは、はかりごとや権力の象徴のように扱われています。



一方、<アラビアンナイト>のアフマッド王子は、魔法のりんごで病気の姫を治して健康と蘇生の象徴になっているし、グリム童話<白雪姫>も毒入りりんごによる死と蘇生、娘が女に成長するためのりんごとして扱われています。
a0253145_199746.jpg


<ウィリアム・テル>では頭に乗せて矢を射られたりんごは、英雄の反抗性、父子の信頼と愛情の象徴です。
a0253145_18583337.jpg


また、ニュートンは木から落ちるりんごで万有引力の法則を見つけたし、スティーブ・ジョブスはりんごのかじり跡(バイト)を単位byte(バイト)と語呂合わせしている。
a0253145_19234782.jpg

そして10月31日のハロウィンも、本来は古代ケルトやローマの果樹の女神<ポモナ>を讃える秋の収穫祭で、西洋では別名<りんごの日>と呼ばれるらしい。

恋人の名前を書いたりんごを水に浮かべ、口だけでそれを取れるかどうかで恋の成就を占う風習があって、それをアップル・ポビングというのだそうです。
a0253145_19245369.jpg



どうですか? 

りんごの神話性はおとぎ話しを超えてるって気がしませんか?

そこには意味深い、特別な秘密の叡智が隠されているように感じられます。

りんごは人類にとって特別な、宿命的な果実って事なんでしょうね。




a0253145_162628.jpg
追伸
以前、映画<奇跡のりんご>を見て私も感動した一人なのだが、木村秋則さんの業績は多くの人々に支持され有名になり、今や新しいりんご神話を生み出してしまったようです。

昨今では、そのオーガニックりんごの果汁で作った化粧品さえ販売されていると聞きます。

平成版のりんご神話は、日本の津軽から今現在、生まれ育ってる真っ最中なのであります。

木村さんが生み出した<奇跡のりんご>のストーリーが、本物の神話のように語り継がれて行く事を願っています。




[PR]
by viva1213yumiko | 2013-10-21 19:33 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

幸せを遠ざける21の習慣

a0253145_15295573.jpg
「あなたは今幸せですか?」

こんな風に真っ正面から質問されたら、あなたならどう答えますか?


大多数の日本人は照れ臭そうにモジモジはにかんで、「そうね~、まぁそこそこって感じには・・・」なんて口ごもってしまうのではないでしょうか。

「イエース! オフコース!」とは、なかなかなりません。

「自分は幸せだ!」と宣言してしまうと、今あまり幸せを感じられない周囲の人々に対し申し訳ないような感情が沸いてしまうのか、日本人はつい謙遜して表現しまいがちです。

「まぁ分相応にそれなりに・・・」

「可もなく不可もなくってところかなぁ~」

「上をみればきりがないし、こんなものかと・・・」

ガイジンさんからすれば、幸福なんだか不幸なんだかさっぱり分からない曖昧な表現を、ついついしてしまいます。

以前、明石やさんまが「幸せ~って何だっ~け、何だっ~け」って歌うCMがあったけど、改めて幸せについて考えてみると、余計色々分からなくなってしまうという人が多いんじゃないでしょうか。


幸せとは個人個人のパーソナルな感受性の問題なので、他人様にはおいそれとは分からないもの。

皆んなが羨むような成功を収めていても、心はモーレツに空虚な人もいるし、逆に世間一般からすればお気の毒な境遇に見えても、本人は至ってハッピーで「放っといてっ!」て事ありますよね。

また人生には様々な局面があるので、それまで身につき馴染んで来た幸福観を一掃して、新しい価値観を構築しなければならない時が訪れたりもします。

そういう時は今までの幸福の観念にしがみつかずに、柔軟に考え方を変化させて行く必要があります。


こんな風に考えてみると、幸せな人生を生きるためには [物事に執着せずに自分を成長させて行く] 事の大切さをつくづく感じます。

結局自分が自分に満足していれば、何よりそれが一番の幸せって事になるんですよね。

だから「限られた人生の時間、自分の好きな事をしよう」って言葉に重みがあるのです。

三度のメシより夢中になれる事に没頭していれば、その瞬間・その状態が、あなたを<幸せの王国>へと導いてくれるのです。


あなたの好きな事は何ですか?

自然? 学問? スポーツ? 芸術? 

商業? 福祉? 生活? 人間?

好きな事をたくさん持っていれば、それだけ人生がカラフルなパレットに彩られます。

だから自分の好きな事をしなければならないのです。

a0253145_15293089.jpg

もし自分には「それが出来ない」「不可能だ」「相応しくない」と自動的に反応してしまうとしたら、何らかの心理的ブロックがあると考えられるので、そのプログラムを解除する事が先決になるかも知れません。

心の内省を習慣にすると様々な自動的プログラムに気が付き、思考や感情のコントロールが出来るようになり、半年後、一年後の自分にはっきりと差が出て来ます。

しかし心の深いレベルの問題はとてもデリケートで、自分には手に負えない場合もあるので、そんな時はプロフェッショナルなカウンセラーの助けを借りましょう。


人生の何に幸せを感じるかは人それぞれです。

しかし人が幸せを感受する能力には、ほとんど違いはありません。

好きな事して幸せにしてるつもりなんだけど、なんだか最近ちょっと行き詰まっちゃってるというアナタ。

<あなたを幸せから遠ざける21の習慣>という、ちょっと便利なリストを見つけました。

この際だから各項目を検討し、改めて自分の内面をチェックして見ましょう。

「あ〜、あるあるある!」なんて反応してしまった人。 

ここは大事な部分です。

本当に自分が幸せになりたいと思っているのかどうか、よ〜く考えて見て下さいね。

a0253145_15411539.jpg

 <あなたを幸せから遠ざける21の習慣>

 1. 足りないものの事ばかり考えている。

 2. 大切な人にも本音を言わない。

 3. 他人と比較してばかりいる。

 4. 自分に批判的な意見を持つ人を避ける。

 5. 過去に引きずられている。

 6. 人に承認してもらう事を追い求めている。

 7. 自分の不幸を人のせいにしている。

 8. 自分の失敗をひどく責める。

 9. 悪い癖がやめられない。

10. SNSやTVに長時間費やしている。

11.  他人の夢に便乗している。

12. いつも急いでいる。

13. あらゆる事に対して不安を抱いている。

14. 泣き言を言う。

15. 他人を変えようとしている。

16. 自分は誰よりも賢いと思っている。

17. 誰かに影響を与えたいと思っている。

18. ネガティブな人たちと付き合っている。

19. 何に対しても「Yes」と答えている。

20. 成功を得るために競っている。

21. 挑戦する事を恐れている。




[PR]
by viva1213yumiko | 2013-10-19 15:53 | 人生・霊性 | Comments(0)

浦島太郎伝説

a0253145_13274647.gif

   ♬むっかし~むっかし~、浦島は~

    助けた亀に連れられて~

    竜宮城へ来てみれば~

    絵~にも描けない美しさ~♬


亀卜(きぼく)のため捉えられた、無数のウミガメ達に思いを巡らせ黙想していたら、案の定<浦島太郎>が脳裏にこびりついて離れなくなってしまいました。


誰もが知ってる異界訪問のおとぎ話し<浦島太郎>

実は改めて思い出してみると、このお話しってとっても奥が深いんですよねぇ。

意味深な謎が多く、ただの動物愛護・善行推奨の子供向けおとぎ話とは思えません。

助けた亀のお礼のはずの「お・も・て・な・し」で、太郎は全てを失ってしまうんですからねぇ~

それって、あまりにも救いがないじゃありませんか。

「す・く・い・な・し」なのです。

ちまたでは割に良く囁かれているようですが、一体<浦島太郎>の教訓とは何なのでしょうか?

深遠な人生のテーマが、水面下に潜んでいるような気がしないでもありません。

それは、「人は良い行いをしたからといって、必ずしも幸せになれるとは限らない」なのか?

「人生山あり谷あり、上手い話しには裏がある」なのか?

「時間の進みは一定じゃない、楽しい時は早く過ぎる」なのか?

「子供のイジメ問題に大人が口出しするとロクな事がない」なのか?

いずれにしても皮肉っぽくて、不条理に満ちています。


民族学の常識では、昔話の伝説というものは、ある家や土地との関わりを説明するために作られたストーリであって、本来は大人向けの物語というのが常識なんだそうです。

それに対しおとぎ話しの方は、後世、神に対する信仰が失われた時代になってから伝説が子供向けに変形されたものの事を指すのだそう。

<浦島太郎>伝説は万葉集の時代から語り継がれて来たお話しなのですが、室町時代の御伽草子に載ってる古い<浦島太郎>は、始めから亀なんか全然関係なくて、太郎が海の女神・乙姫の婿になるという設定だったようです。

古い時代の<浦島太郎>は、この土地からは神に見込まれるほどの英雄が出たという主題が潜んでいて、子供向けのおとぎ話しとは全く違うものなのです。

この伝説が子供向けに変形されておとぎ話になる過程で、太郎と乙姫の官能的な性描写の部分が子供には相応しくないとカットされ、代わりに亀を助けた話しが無理矢理持ち込まれました。

その結果、なぜ最後に太郎がお爺さんになってしまうのかが分かり難くなってしまったらしい。

しかし元を正せば、太郎は女神の色香に骨抜きにされ、精も魂も抜き取られて老人化してしまったという大人の教訓話しだったのです。


この手の<大人のためのおとぎ話し>って結構多いんですよね。

グリム童話なんかも、親殺し、子殺し、姦淫、人肉などの主題が多く、子供版のサイコスリラーって感じで、中世暗黒時代のおどろおどろしさ満載です。

その他にも私は以前、知人にポルノ版<白雪姫と7人の小人>の話しを聞かされた事もあります(笑)

a0253145_13283669.jpg

<浦島太郎>伝説も、<竜宮城キャバクラ編>とか<エイリアン・アブダクション編>とか、大人バージョンが色々あるのですが、その中でもとっておきの怖さを持つのがこんなストーリーです。

今は削除されてもう見れなくなってしまった、アニメ<世にも恐ろしい日本昔話し 浦島太郎>によると・・・


漁師の太郎は母親と二人暮らし。

ある日、海へ行くと言って家を出た太郎。

実は、お茶やさんで遊んじゃっていたりするのです。

その時にふとした事で助けたお亀という女性に、どうしてもお礼がしたいと大きなお屋敷に連れて行かれます。

聞けばお亀はこの屋敷の使用人。

使用人を助けたお礼にしては豪勢すぎるんですが、珍しいキセルを吸わせてもらったり、美しい女中たちがあんな事やこんな事をしてもてなしてくれます。

その中でも太郎が一番夢中になったお竜という女性とは、毎日のように夢心地であんな事やこんな事を。

キセルの煙は太郎を心地良い夢の中へ誘います。

そんな折、お竜は太郎に「好意の印」と、箱をプレゼントします。

毎日夢心地の太郎ですが、ふと気が付くと、暗く広い牢の中に座っていました。

周りには自分と同じようにヨダレを垂らし、目の焦点は定まらない廃人同然の男たちが何人もいます。

目の前で死んでいく者もいました。

「ああ・・・」と顔を抑えると、太郎の顔の皮膚はボロボロと崩れます。

おそらく梅毒の症状でしょうね。

実はお竜は病気(やはり梅毒?)で、正常な男からはとても相手にされないような醜女(むしろバケモノ)でした。

キセルで吸わせていたのはおそらくアヘンか何かでしょう。

お竜に子供を授けるために町の若い男を屋敷に連れ込み、薬漬けにして相手させていたという事なのです。

太郎がどの段階で「これはヤバイ」と悟ったのかはよくわかりませんが、とにかく屋敷から逃げ出します。

なんとか屋敷の外に出ますが、その時すでに風貌は老人です。

やっとの事で海辺の自宅に辿りつきますが、家は朽ち果てており、通りかかった人に聞くと、「昔この家には太郎という男がいたが、ある日海にいくと行ったきり帰らず、母親は心労で死んでしまった」との事。

放心状態で崖に腰掛け、持っていた箱を開けてみると中にはキセルとアヘンが入っていました。

キセルを吸うと、煙の中に母親の顔が・・・

何かを叫びながら、煙の中の母を追うように海に身を投げる太郎でした。

a0253145_1330228.jpg

こわ〜い!

<浦島太郎>がシュールで斬新なホラーに変身しております。

しかし考えてみると、<浦島太郎>に実話モデルがあるとしたら、案外こんなものだったかも知れませんよ。

島流しの男の猟奇事件に、ああでもないこうでもないと尾ひれがついて、伝説化してしまったのかも知れません。

いずれにしても海辺に住んだ、とんでもない男がやらかした何かが、人々の心に強い印象を残した事は間違いなさそうです。


昔話の英雄って、良くも悪くもとんでもない人たちの語り継ぎです。

キャバクラから無事帰還して来たぐらいでは、まだまだ英雄には程遠いので、よい子の皆さんは、くれぐれも勘違いしないようにしましょう。




[PR]
by viva1213yumiko | 2013-10-15 13:40 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)