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眠れる森の美女の夢

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正直冬って眠くなりません


私はメチャクチャ眠くなる。


気温の低下に合わせて、オツムもボディも冬眠省エネモードに切り替わる。


冬は夢見を育むシーズン。


いっそ<眠れる森の美女>のように、夢をじっくり熟成させましょう。


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<眠れる森の美女>のストーリーは欧州の古い民話の伝承で、様々なバージョンがあることが知られています。


ディズニー映画<眠れる森の美女>は、グリム童話をベースに創作されました。


糸車の紡(つむ)でユビを指し、深い眠りの中に落ちて行くオーロラ姫。


王子のキスで100年の眠りから目覚めると、二人はめでたく結ばれて、末長く幸せに暮らしたことになってます。



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でもフランスの詩人ペロー版には、その後の二人の運命が綴られているんです。


ペロー版では、姫の目覚めも王子の甘いキスではないのです。


100年の呪いが解除された時、彼女自らムックリ起きて来るんですよ。


なんだか拍子抜けしちゃいますよね〜


二人は結ばれて子供も二人授かるのだが、王子の母親の<王太后>は、なんと!<人食い種族>でありました。


そして嫁と子供たちを食べようとするんですね。


危機一髪になったところを<新王>に即位した王子が助ける。


そして悪行が息子にバレた<王太后>は気が狂い、ムカデやヘビがグツグツしてる大釜に飛び込んで自殺してしまうのです。



昔のヨーロッパって実際に人食いが横行してたのでしょうか?


<人肉>をテーマにしたシュールなお話しに仕上がっています。


子羊の肉を幼子の丸焼きと信じ、ムシャムシャ食べる人食いの母親に、どのようなメルヒェンを感じ取れというのでしょうか?


どうにも腑に落ちません。


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イタリアのバジーレ版はさらに強烈。


眠りに落ちた眠り姫は、悲しんだ父王にそのまま城に去り置き去りにされます。


その後、偶然鷹狩りでたどり着いた王が(父親か別の王かイマイチはっきりしない)姫を見つけるのですが、あまりの美しさに我慢出来ずレイプしてしまう。


眠り姫は眠っているうちに王に犯され身籠ってしまうのです。


それでも姫は眠り続け、眠ったまま不義の双子を出産し、子供たちによって初めて魔法が解けるのです。


王は別邸への通い婚を続けていたが、嫉妬に狂った王妃に事実がバレ、子供達は命を狙われ煮込みスープにされそうになる。


眠り姫も火あぶりで殺されそうになるのだが、そこに王の助けが介入する。


子供をスープにして飲ませたという話しを聞き、王は怒り狂い、王妃を火に投げ込んで殺す。


そして王と眠り姫は正式に結婚し、幸せに暮らしましたとさ。



悪魔教団の生贄儀式か何かからインスパイアされたのでしょうか?


ウォルト・ディズニーも度肝を抜かす<カルト・サスペンス>です。


物語はもう完全に善悪の彼岸を超えちゃって、すでにその教訓すら分からない状態です。


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    ♬ いつか夢で ♬     

        


     あなたをいつも夢に見て


     その瞳さえ、とても懐かしい


     夢は幻と言うけれど


     でも分かる


     あなたこそ、愛してくれる


     あの夢と同じに

  

                ディズニー映画<眠りの森の美女>より

  


           


<眠りの森の美女>は「理想の結婚」がテーマです。


でもそれは「自己主張しない従順な女が幸せな結婚を手に入れる」とかいう、昔風の教訓じゃありません。


「理想の結婚には100年費やしてもお目にかかるのは不可能に近い」


だから「妥協しなさい」っていうんでもない。


何かもっと深~い意味が隠されてるんじゃないの?


ウォルト・ディズニーも気付かなかった、もっと深遠で哲学的な何かがです。


無い知恵を振り絞り、私は考えました。


その結果、この物語のキモは<100年の眠り>そのものじゃないかという結論に至ったのです。


そうするとこのお話しも俄然ワクワク楽しくなって来ちゃうんですよね〜




オーロラ姫は死ぬ訳じゃなく<100年の眠り>の状態に移行します。


彼女はその間、どこかのアナザーワールドを訪問中です。


でも不思議なことに、彼女は眠りの中で真実の伴侶の姿を知るんですね。


真実の伴侶・真実の未来・真実の生き方・・・


不思議なことにそれらをみんな夢が教えてくれる。


まるで<100年の眠り>の状態には、未来の情報すべてが織り込まれているみたいですね。



<夢のお告げ>って馬鹿にならないんです。


キリストもブッダもその誕生のしるしを、母親は夢で知りました。


先住民の文化の中には、子供が生まれる夢を見ると、それを合図に精霊が宿り、そうして赤ん坊が生まれると考えるものがあります。


子供は勝手に本能的に授かるのではなく、両親のどちらかが「種子の状態から出現の状態」に整ったことを夢で知らされ、そしてそれを了解した者の元にやって来ると信じるのです。


そこには「命を生み出すのは両親ではない」という、自然界への謙虚さが感じられますね。


両親は命の誕生にただ身体を提供するだけ。


子供の誕生を夢に見るのは、特定の時期に特定の家族に生まれることを了承する人間を見つけるための、自然界からの通信なのです。


先住民はこのような文化を維持することで、現代を生きる我々よりずっと調和的な家族生活を送っていたと思われます。


きっとオーロラ姫も<100年の眠り>の中で、そんな風に結婚・出産の準備を整えていたに違いありません。

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<大いなる眠りの世界>では全てがお見通しなのです。


<大いなる眠りの世界>とは、現在・過去・未来、すべての時間を超越しています。


将来的に出現する予定のものは、それがまだ種子の段階でも情報を得ることが可能なんです。


実は眠り姫も100年の間に色々な情報をしっかりキャッチしてたのでしょう。


自分の伴侶、自分の未来、自分の運命を・・・


夢の中できっと直感的に感じ取っていたと思うのです。


邪悪な妖精の呪いで100年肉体を動かすことは出来なかったけど、きっと精神は自由に飛び回っていたはず。


真実の愛が熟成する時を、静かに待つことが出来たはずです。



100年の時を待ち続け、永遠に思えるほどの時間が過ぎ去ったとしても、どこかに必ず運命の人はいるはず。


出会うことで自分が完全になれるような、そんな運命の人がいる。


欠落したものを埋め合わせることの出来る、たったひとりの特別な誰か。


その人と出逢える時が来る。


誰もがその奇跡に憧れ、その時を待ち望んでいる。


本当の自分に戻れる瞬間を誰もが待ち望んでいるのです。

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実は人間なんて、皆んな深い眠りに入ってるようなものなのです。


イバラに囲まれた古城の中で、眠りこけてるあなたの意識。


それを優しく揺り起こし、呪いを解除する方法がどこかにあるはずです。


それは一体何なのでしょう?


オーロラ姫のお話しは、我々にそのことを思い出させるためにあるのです。




真実の愛を否定した人生。


それがどんなに味気ないか、ちょっと想像してみて下さい。


どんなに時代になろうとも人の心にはメルヒェンが必要です。


たったひとつのメルヒェンで心救われることもあるのです。



冬は夢見を育むシーズン。


<眠れる森の美女>のように、夢をじっくり熟成させましょう。


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by viva1213yumiko | 2016-11-28 15:07 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

仮想現実の人生

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バーチャル・リアリティーという言葉が一般的になったのは、一体いつ頃ぐらいからだろう?


仮想空間という機械の中の世界。


その世界の中で現実並みのリアルな体験が出来ちゃうというんだから、現代文明ってホントに面白いことになってますよね。



仮想現実とはコンピューター等の機械で、現実にはないものをあたかもそこにあるかのように知覚させる技術のことです。


もちろんゲーム業界がそのトップランナー。


仮想現実の空間で仮想のスポーツを楽しんだり、仮想の敵とバトルしたりして、現実では不可能な体験やスリルを味わえます。


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仮想現実ではプログラムさえ組み立てれば何でも好きなことが出来ます。


仮想世界では理想通りの恋人も構築出来るので、その恋人と仮想デートも楽しめちゃうんです。


当然、デート費用も仮想マネーで支払えます。


仮想レストランでゴージャスなディナー、そのまま仮想ホテルにベッドイン。


仮想SEXで思いっきり快楽も味わえます。


しかし仮想の交際とはいえ、やがて痴話喧嘩やすれ違いは訪れることでしょう。


直面したくありませんが、この世界でもやはり向き合わざるを得ないのです。


たとえ仮想の恋愛であれ、男女の機微は学ばねばならぬ必須項目です。


いくつかの仮想恋愛を経験して大人になったら、次は仮想の結婚です。


かりそめの神の前で愛を誓ったら、ハネムーンに一足飛びに進みましょう。


そのまんまの勢いで仮想ベビーが生まれちゃえば、幸せ仮想ファミリーの一丁あがりです。


そうなってくるとペットと芝生のある、仮想マイホームが必要となる。


仮想ビジネスで大儲けして、仮想の富豪になり、船やジェットや大豪邸を手に入れても全く構わないのです。


何てったって、ここは仮想空間なのですから・・・


あなたが味わうことのない、別の人生を体験出来る場所なのです。


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さて、このように仮想の現実世界で思うような体験が出来たなら、楽しくて楽しくてしようがなくなりますよね。


カビの生えたこの現実世界になんか、戻って来たくなくなってしまうんじゃないんでしょうか?


だってあっちの世界でも商売したり、ちゃんと報酬が得られて、理想の職業に就いた理想の自分が、理想の恋人や家族と仲良く暮らしているんですよ?


もうこっちの世界になんか、誰も戻って来たくありません。



デジタルの世界が行き着くところまで行ったら、こんな具合にこの世界と向こうの世界とが入れ替わちゃう可能性があります。


仮想現実で何でも出来るようになったなら、努力を重ねても実現に時間が掛かってしまうこの現実世界など、皆どうでもよくなるでしょう。


むしろ現実など「もう必要ないよ」って思うかも知れません。


バーチャル・リアリティーの方がよっぽど楽しくなり、こっちに戻って来れないほど耽溺する、いわゆる<V.R廃人>がたくさん出て来るんじゃないかしら?


こっそり向こうの世界に隠れ住む人も続出で、潜伏者を探し出すプロが必要になるかも知れません。


SFの世界が本当に待ち構えていそうですよね。


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でもね・・・


実は仮想現実って現世の延長みたいなものなんです。


そう、延長です。


だって構造からしてソックリですもん。



仮想現実はプログラマーによって創造された電気信号の世界です。


同様にこの宇宙も、神か何かの良く分からない高次パワーに創造された世界。


両方共、どこかの誰かが何らかの原因で創り出したという点で同じです。


また、仮想現実の世界に入るには<ログイン>や<ログアウト>をしなければなりませんが、これなどはまるで時の<始まり>と<終わり>を表現してるようにそう思えて仕方ありません。


ゲームの開始のため、<入口>と<出口>を設定するところなど、間違いなく人の<誕生>と<死>を表してるはず。


仮想現実には一定のルールがあるし、訓練によってキャラクターを成長させて行きますが、これなどは実際の人生上のレッスンと全く同じ仕組みです。


ユーザーは仮想世界でしたい経験を決めることが出来ますが、実際の人生でも我々の想いや意図が、やはり我々の経験を反映して行く。


そしてユーザーはシュミレーション・システムの外側を理解していて、いつでもそちら側との繋がりを保っていられます。


だからそれと全く同じように、この宇宙のシステムを我々が理解すれば、いつでも我々は宇宙の創造主と繋がっていられるはずなんじゃないかと、そう思えてしようがないのです。


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ねっ、仮想現実って我々が生きるこの世の、そのまんま縮図みたいでしょ?


実際そう。


それはほぼ確実みたいなんです。


大昔から賢者たちはそのことに気づいていていました。


だから・・・


「神は至るところに存在している」


「関心を払いさえすれば、神は現れてくれる」


と、このように言い伝えて来たんです。


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「21世紀は意識の時代だ」と言われています。


それはなぜだと思いますか?


実は私たちの心の信念が人生のプログラムを決めていて、経験というギフトを与えられている。


そんな考え方が当たり前になる時代だからです。


外の世界を変えるには、自分の内側の世界を変えねばならない。


それがコモンセンスとなるんです。




宇宙そのものが、遥か昔に始まった巨大なシュミレーション・プログラムです。


我々は宇宙というスーパー・コンピューターの中の存在にすぎません。


望もうが望むまいがそんなことどっちでも構いません。


事実私たちはもう仮想現実で暮らしているんですから・・・



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自分の中に全ての世界がある。


あなたがものの見方や学び方を理解すれば扉はそこにあり、鍵はあなたの手の中にある。  J・クリシュナムルティ

                 

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by viva1213yumiko | 2016-11-21 18:11 | 人生・霊性 | Comments(2)

聖人と売春婦

ひとつインド・ヨーガの寓話をお聞かせしましょう。


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ある聖人が売春婦の向かいに住んでおりました。


多くの男たちが売春婦を訪れるのを毎日眺めることになったので、その聖人は売春婦を心底嫌いました。


売春婦に対する嫌悪が膨らんで、そのためしばし瞑想するのが困難になるほどでした。


一方売春婦の方は聖人を観察し、聖人の存在に大きな喜びを見出します。


彼女は来る日も来る日も、可能な限り聖人を眺めて暮らしました。


憂鬱な売春婦の人生には、彼の存在は光り輝く灯台のように思われたからです。


聖人が亡くなった時には、地域の人々がたくさん集まって盛大な葬儀が行われました。


皆、聖人のことを大変尊敬していたからです。


しかし売春婦が亡くなった時には、誰一人訪れる者はおりません。


皆、売春婦と関わるのを嫌がったのです。



さて時が過ぎ、聖人が生まれ変わることになった時。


あろうことか、聖人はあれほど嫌った売春婦として生まれ変わることとなってしまいました。


それは聖人として生きて、それまでに得た全ての美徳を使い果たしてしまったからです。


そればかりか、絶え間なく売春婦に軽蔑の気持ちを持ったため、潜在意識の中に売春婦の印象を強く作り上げてしまい、それが原因で売春婦に生まれ変わることとなったのです。


一方売春婦の方は、逆に聖人として生まれ変わりました。


聖人であることに希望を見い出し、常に瞑想していたため、心の中に「次の生で聖人になる」という条件づけを作り上げたからなのです。


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さすがにインドの寓話はタイムスケールが違いますね。


ごく当たり前にフツーに輪廻のスパンで語ってます。



ヨーガ哲学によると、人の意識は肉体のように滅びることがないんだそうです。


プルシャ(意識・魂)とは、生まれたこともなければ死んだこともなく、永遠不滅で形がなく、光に満ちた純粋なものなのだそうです。


しかし人は、それをつい自分の自我と勘違いし、真実を歪んだ形で解釈してしまいます。


「売春婦は軽蔑すべきもの」


「聖人は尊敬に値するもの」


自我はそんな風に物事の印象を記録してしまい、真実が全く見えていないのです。


そして人間の心に苦悩が生まれるのは、真実を見ることが出来ない、その心の曇りのせいだと教えるんですね。


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だからヨーギたちはヨーガを実践し、煩悩をはずそうと努めます。


心の働きを止滅し、悟りに達すれば、世界は全く違ったものに感じられるのだそうです。


「世界とは幻想のようなものである」と、遅かれ早かれそう捉えられるようになるんだそうですよ。



「世界は幻想のようなもの」


だから起こっている現象に執着するな、振り回されるな。


自由になれ、解き放て、輪廻から解脱せよ。


と、こう教え説く訳なのです。


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この聖人と売春婦の寓話も、多分そういうことを伝えたかったんだろうと思います。


良いカルマを蓄積すれば、確かに良い人生が提供されるでしょう。


しかし我々が過去に行った様々な言動は、そのほとんどがブラインドに隠されて見えない状態なのです。


だから人生で起こる幸不幸に、いちいち一喜一憂する必要もない。


良いカルマの結果だろうと、悪いカルマの結果だろうと、その両方を含んだ結果であろうと、起こってしまった出来事に執着しないで生きることが大事だと教えるのです。


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この人生、あなたは自分の思い通りのシナリオを描けて生きてますか?


仕事でもプライベートでも良い、プラン通りに進んでいますか?


もしそう感じているなら、それはとても素晴らしいですね。


今まで様々な努力を積み重ねた結果です。


実りある収穫に「おめでとう!」と祝福を贈りましょう。



しかしあなたも気づいてるのではないですか?


今手にしている現実は、過去に抱いたあのイメージが発端だったと・・・


あなたが過去に夢見てた小さなイメージ。


そのイメージの種に光と水を与え、発芽させ成長させたもの。


それが現在のあなた、真実のあなたに他なりません。


このようにイメージとは、未来の結果を予言するものなのです。


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しかし今良い立場にいるからといって将来もそれが続くとは限らないことを、皮肉にもこの寓話は教えます。


意識ってのは恐ろしいぐらいぶっきらぼうで、人の幸不幸には全然無関心。


ただただその人の持ってる潜在印象を現象化するだけです。


だから常に、何を思い何を考えるか、自分で意識してないとならないんですね。


うっかりしてるとこの聖人のように、落とし穴にハマりかねません。



そしてまた、今現在さして良い立場にいないと思われる人に対し、説教したり批判したりする必要もないのです。


人は経験を通じて、様々物事の様々な印象をコレクションし、世界とはこういうものと感じ取ります。


潜在意識にどのような印象を保存してるのか?


全てはそれだけの問題です。


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聖人は知らぬ間に潜在意識の中に売春婦の印象をばら撒いてしまいました。


そしてそのことが原因で、侮辱していた売春婦に転生することになりました。


私たちが過去に抱いた想いや言動は、隠された場所に仕舞われ保存されます。


でも我々はそれをすっかり忘れて、置き去りにしたままでいるのです。



<原因と結果の法則>


これは宇宙の法則で、誰もが必ず従わざるを得ません。


だから次に何が待っているかなんて、そんなことは誰にも分かりません。


分かっているのはたったひとつ。


船の羅針盤は、心の奥深くにあるってことだけです。


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by viva1213yumiko | 2016-11-10 13:59 | 人生・霊性 | Comments(0)