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ジュピターとの交信

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あるクラシックコンサートで演奏されてた、ホルストの組曲<惑星>


たまたまそれを聴いてからというもの、あの<ジュピター>の主題のメロディーが頭にこびり付き、鳴り止まなくなってしまいました。


「まるで壊れたジュークボックスみたいだ」と、私は思いました。

(ジュークボックスを知らない人は調べてみて下さいね)


しつこいくらい延々と、頭に同じメロディーが再生され続けている。


繰り返されるリフレインに「もしかして何か深い意味でもあるのかしら?」と、逆に考えさせられるくらいです。


あなたにもそういうことってありませんか? 


あっても不思議じゃありませんよね?


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何年か前に平原綾香が歌ってヒットした曲、<ジュピター>


あれはホルストの<惑星>組曲のうち、最も有名な<木星>に日本語の歌詞をつけたものなのですが・・・


まあ早い話、この歌に頭が乗っ取られちゃった訳ですね。


着替えの時や掃除の時、散歩の時や植木の水やりの時。


いきなり唐突に、意味もなくこの歌のフレーズが、オートリピートで流れ出して頭から離れない。


そんな調子が続いてしまったんですね。


う~む・・・


この歌の何に、私は<スイッチオン>されるのでしょう?


ちょっと立ち止まって分析したくなりました。


すると、あらまあ、重大なことを発見をしてしまいましたよ。


はは~ん、なるほど。


だか分かる気がする。


この歌って要するに、スピリッツとの交信の歌だったんですね。


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 ジュピター ♫


 every day I listen to my heart

 ひとりじゃない

 深い胸の奥で つながってる

 果てしない時を 超えて輝く星が

 出会えた奇跡 教えてくれる


 every day I listen to my heart

 ひとりじゃない

 この宇宙(そら)の御胸(みむね)に抱かれて


 私のこの両手で 何ができるの?

 痛みに触れさせて そっと目を閉じて

 夢を失うよりも 悲しいことは

 自分を信じて あげられないこと


 愛を学ぶために 孤独があるなら

 意味のないことなど 起こりはしない


 心の静寂(しじま)に 耳を澄まして


 私を呼んだなら どこへでも行くわ

 あなたのその涙 私のものに


 今は自分を 抱きしめて

 命のぬくもり 感じて


 私たちは誰も ひとりじゃない

 ありのままでずっと 愛されている

 望むように生きて 輝く未来を

 いつまでも歌うわ あなたのために

 

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霊との交信。


それはインターネット上のコミュニケーションと良く似てるって思うのです。


ネット世界も霊界も、たぶん善意の人はたくさんいるだろうし、悪意の人もきっとそれなりにいるでしょう。


もちろん人を騙してやろうと待ち構える、良からぬ輩も存在している。


けれど霊界通信もインターネット通信も、どちらも話し相手は目の前に実在してない。


その人たちの体温の、ナマの温もりを感じられる訳じゃありません。


しかしどちらも実際に、遠くの人との対話が成り立ちます。


アドバイスをもらったり、祝福を受けたり、危険を教えてもらったり・・・


霊界のスピリッツたちはネットの住人と同様に、盛んにあなたとコンタクトしたがっているのです。



ネット社会は我々の興味の対象で、連絡を取り合う人のタイプが変わります。


特定のテーマに関心があればその話題を求め、同じ趣味の人たちと交信するからですね。


スポーツ好きな人はスポーツ仲間と交流し、食べ歩きが好きならグルメ仲間と交流する。


アニメ好きはアニオタ同士情報を交換し、アイドル好きならファン同士の交流に集うでしょう。


ボランティアに興味があって他者を支援する非営利団体に加入したいと思ってる人は、そういったテーマのサイトや掲示板を探します。


こういうサイトは善意のない者は興味を示さないので、この手の場所で悪意ある者に出くわすことは余りありません。


それと同じように、人は各人の思考や感情の傾向で、どういうスピリッツの影響を招くか決まってしまうんですね。


それはあなたに霊感があろうがなかろうが関係ありません。


あなたが常に何かしらのスピリッツを呼び寄せてるのは100%の事実なのです。


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だから、より高次の格の高いスピリッツと心を通わせたいなら、ある種のコツのようなものが必要になります。


実は、それは<愛>なのです。


何のかんの言っても、神様は<愛の感覚>って奴がお好みなんですね。


人を愛し、人を許し、思いやりの心で人の支えとなる。


どうやらそれがコツのようなんです。


自分と他者のために霊との交信を役立てたい、と誠実に望んでみて下さい。


そういう純粋な動機が、結局最も高い波動をキャッチするコツじゃないのかなって、私にはそう思えるんですね。

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分析その1


 every day I listen to my heart

 ひとりじゃない

 深い胸の奥で つながってる



これ、スピリットの世界ではあったり前の常識ですよね。


何てったって霊的な世界の情報は、時間と空間を簡単に飛び越えてしまうんですからね。


シンクロニシティが起こるのも、夢のお告げで情報が来るのも、我々の潜在意識が繋がっている何よりの証拠です。


遠くの場所で起ってる事柄のうち、自分に必要なことは潜在意識がキャッチしてます。


それを別の事柄に混ぜて、まるで偶然思いついたかのように見えない何かが仕組んで見せている。


テレパシーにしてもサイコキネシスにしても、論理的に可能なのです。


超感覚が発達すれば、そこら辺も感覚的に理解することが出来るはず。


マクロコスモスとミクロコスモスは、明らかに相互リンクしてます。


この世界は偉大な何か(サムシング・グレート)の、楽しい遊び場(プレイランド)に過ぎないのかも知れませんね。


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分析その2


 果てしない時を 超えて輝く星が

 出会えた奇跡 教えてくれる



スピリッツ存在は、それを信じてる人間にしかコンタクトして来ないのです。


通常はシンクロニシティやサインを通じてメッセージが来ることが多いでしょう。


見知らぬ人の何気ない会話や、ラジオから流れる音楽、本の中の一行の文章、レシートに印字されてた数字など・・・


そんなものを媒介にしてサインは送られます。


スピリッツは普段と違う現象を起こしてサインを伝えているのです。


だからモンキーマインド(頭の中が目まぐるしく動くこと)の状態だと大事なメッセージと接触出来ず、情報を取り逃がす可能性がある。


瞑想などで準備をして、常に自分の内面を整えておくことが必要です。


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分析その3


 every day I listen to my heart

 ひとりじゃない

 この宇宙(そら)の御胸(みむね)に抱かれて



自分の存在は他者に何かしらの影響を及ぼしています。


自分が暗くなれば他人を暗くするし、反対に明るくなれば他者を幸福にさせます。


つまり、自分の幸せが地球全体の幸せの貢献に繋がってるという訳ですね。


他者の人生に影響を与えたいなら、自分の幸せに真剣になること。


自分の本当の心が感じる幸せを、100%真剣に追い求めましょう。


それは絶対に他者との奪い合いにならないはずです。


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分析その4

 

 心の静寂(しじま)に 耳を澄まして

 私を呼んだなら どこへでも行くわ

 あなたのその涙 私のものに



静かな時間を作り、スピリッツを信頼しましょう。


スピリッツの世界は多次元レベルにまたがって存在してるので、我々とは時間軸が違うのです。


十分に時間をかけること。


そしてその間に、自分の思いグセや思考パターンに気付くことが課題です。


軽率な自我が焦って何かを決める必要がなくなる頃、必ず何か新しいものが生まれ始める。


スピリッツはどんな時も、あなたの最善をあなた自身より良く知ってます。


いつでも我々の可能性の最大限を望んでいるのです。


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分析その5


 愛を学ぶために 孤独があるなら

 意味のないことなど 起こりはしない



ひとりひとりがこの人生で夢や望みを実現させるそのプロセス。


それが我々の<愛の基準>をどんどん押し上げ、人類の霊的な進化を促して行く。


孤独に愛を学ぶ人にも、いつかは実りの時が訪れます。


地球上の全ての人々がそのプロセスに参加してるって想像してみましょう。


<理想の世界>ってそういう世界のことを言うんじゃないのかな?って、そんな風に思えて仕方ありません。


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by viva1213yumiko | 2017-06-27 13:38 | 人生・霊性 | Comments(0)

運命に翻弄される人々


台湾に旅行に行った時、京劇を鑑賞するチャンスに恵まれた。


観光客向けの一幕もののプログラムでしたが、孫悟空の冒険活劇や若い男女の恋の駆け引きなど、楽しい芝居を鑑賞させて貰いました。


それは歌舞伎や能の体験で、興奮する外国人と同じ状況なんでしょうね。


京劇特有のあの甲高い音楽や、衣装やアクロバットや演出に終始ドキドキさせられっ放しで、感動と興奮の一夜を過ごすことが出来ました。


中国文化は途轍もなく大きすぎて「よう分からん」と思う方。


そのような方にこそ、<京劇パフォーマンス>はいかがでしょう?


エンターティメントな伝統芸術から中国文化を覗き込む。


それならきっと親しみを持てるに違いありません。

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京劇といえば、そう、チェン・カイコー監督のあの映画、<さらば、我が愛/覇王別姫>です。


この映画は、1920年代から約50年間の激動の時代を生き抜いた京劇役者の愛憎劇なのですが、いろんな意味で深く心をえぐられる映画なんですよね。


3時間近い大作ですが、終始飽きずに間違いなく物語にのめり込んでしまう。


ある意味<鬼気迫る傑作>です。


死ぬまでに一度は見ておくべき映画と言えるでしょう。



人は運命から逃げられない。


逃げても運命は追いかけて来る。


人の運命とは時の流れの中、花びらのように浮き沈みせざるを得ない。


と、そんな風に思えて来て、鑑賞後にボー然と虚脱感が残るかも知れません。


だから、意思の力でガンガン能力を発揮したいと願う<自己啓発系>の方や、開運スポットで他力本願して満足してる<ゆるふわスピ系>の方はむしろ見ない方が良いかも知れません。


なぜならこのお話の根底には「人はそれぞれの運命に責任を取らなければならない」っていう、厳し~いテーマが流れているからです。


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女郎の女が育てられなくなった我が子を、捨て子同然に京劇の養成所に預けて行くところからこの物語は始まります。


厳しい訓練と虐待の中で、孤児の少年は女形として育てられ、時に慰み者にされ、男とも女とも言えないいびつなアイデンティティーを形成する。


家族のいない孤児にとっては、子供の頃から一緒に育ち何かと助けてくれる兄貴分は、唯一頼れる存在だったのだろう。


その義兄弟の役者二人の運命と、京劇の栄華衰退とを、中国の史実に乗せて綴るスケールの大きなお話しです。

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二人のヒット演目は「覇王別姫」


三国志で活躍する英雄<覇王>の末路と、最後まで運命を共にした<虞妃>の悲劇です。


悲劇の役を演じてそれがはまり役になると、役のキャラクターそのものが役者個人に憑依して来て、悲劇に取り憑かれてしまうってことあるのでしょうか?


役者というのはつくづく因果な職業ですね。


悲劇の恋人役を演じるうちに、いつしか本当に彼を愛するようになってしまう。


男と女の垣根を超えたトランスジェンダー。


いつの間にか彼は、芝居と現実の垣根さえも超えてしまっているんですね。

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母に捨てられ、家族を知らず、男でもなく女でもない。


愛する人には女房がいて、愛したくても愛せない。


生きる術は京劇だけだから、芝居を辞めたくても辞められない。


舞台の上でしかいのちが輝けない<仮面の人生>


そんな運命しか残されてないとしたら・・・


さあ、あなたならどうする? 


一体どうするでしょうか?

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それでも京劇界のトップスターだった頃はまだ良いのです。


清朝末期から国民党→日本軍→国民党→共産党と目紛しく政権が代わり、その度に京劇の運命は翻弄されます。


そして文化大革命。


自己批判を強要され、芸術家や文化人は徹底的に破壊され尽くす。


伝統芸術とは元来お金持ちや権力者の庇護があって成り立つもの。


戦争が起こったなら、政変が覆されたなら、芸術なんて木っ端微塵に破壊されるのです。


運命が激しく流転している時、人は誰もそれに逆らえません。


三国志の英雄<覇王>ですら定められた運命には逆らえなかった。


それと全く同じようにです。

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それでも人は生きなければならない。


結局、人はそれぞれの運命に責任を取らなければならないんですね。


人生は人により千差万別です。


映画のように、時代に、偏見に、権力に翻弄される過酷な人生もあるでしょう。


穏やかで平凡に生きる者もいる。


けれど、人には必ずいつか<人生の収支決算>をしなければならない時がやって来る。


誰にも必ずその時が訪れるのです。


だから、人生で起こる悲劇・喜劇の総決算から何を教訓とすべきか?


あくまでも決めるのはあなた自身ということなんですね。


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 どんなに愛しても愛し足りない


 どんなに憎んでも憎みきれない



映画の宣伝コピーにはこのように書いてありました。



愛したいのに愛が叶わない。


かといって離れたくても離れられない運命。


人間界にはそんな不思議な愛憎関係が確かに存在しますよね。


「今まさにそれに翻弄されている真っ最中です!」って人も、決して少なくないはずです。



人間の営みの中には、時に心をえぐり取られる程の厳しさ・残酷さが潜んでいます。


そのようなものに遭遇すると、人間の浅はかな考えでは計り知ることの叶わない、この<人生のカラクリ>を思わずにはいられません。


神様の計画はいつも極秘裏に実行されて行く。


いつだって我々は、そこにある意味を、後になって何とか解釈するだけ。



人生の経験の中から一体何を学び取るべきか?


我々が生きることの意義とは、多分それをつかみ出すことにあるのかも知れませんね。


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by viva1213yumiko | 2017-06-12 19:35 | オペラ・バレエ・映画 | Comments(0)