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神との対話 風水編

今やパワースポットブーム花盛り。

旅行会社でも人気の企画なんだそうで、各社様々なツアーが用意されてます。
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パワースポットとは・・・

つまり、大地からの気の吹き出し口のことですね。

大地からのエネルギーがもらえる場所、大地から湧き出るエネルギーを体感できる場所であります。

風水で言うところの<龍穴>、<気場>などとも呼ばれ、もともと大地のツボに当たるような場所のこと。

古来から人間の叡智には、目に見えない霊力を感じ取るセンサーが備わっていたのでしょう。

縄文人でさえすでにそのエネルギーには気付いていて、パワースポットを神聖な聖地とし敬意を払っていたようです。


ミルチャ・エリアーデという宗教学のエラ〜イ先生はこう言ってます。

[自然に対する信仰のうち、山・岩などは<天上・地上・地下を結ぶ宇宙軸>を、大地や水などは<死と再生>を象徴するもので、世俗生活の根底にあり、それを支える世界観の重要な部分を成している。]

つまり人類には原初から、海・山・川などの自然形態に神聖な要素を意味づける<自然崇拝>の能力が備わっていた、ということになりそうですね。

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若狭の旅では知人のツテを通じ、三方五湖の旅館に泊まらせていただきました。

その旅館は若狭湾と三方五湖を繋ぐ水路の脇に立つ宿で、もうめちゃくちゃロケーションの良い場所だったのです。

<入船>という宿の名の通り、夕暮れになると部屋の目の前を定置網漁船が次々に帰って来る。

「そやねぇ、いま夏だけぇあんましええ魚のうて残念やな。 冬にまた来ね。」

食べ切れないほどの舟盛りの刺身を前に、女将は残念そうにそう言う。

シーズンオフでこの豊かさなら、越前ガニやトラフグの旬の頃にはどんなに豪華なことでしょう・・・


翌朝早く起き出して、海と湖が隣り合わせの珍しい地形を散策してみる。

そして湖と海の境目の突端の、小さな氏神様に何となく足が向かいました。

キツネの像が鎮座してたので、多分八幡稲荷とかそういう類いのものでしょう。

釣り船の安全な航行をずっと見守って来た、古い社のようです。

その小さな神社の裏側に、不思議な小道を見つけてしまいました。

誰かから「こっちにおいで」と呼ばれるような気がして、何だかその小道が気になってしようがない。

手入れもされず伸び放題の木の枝を、かき分けかき分け小道を登る。

するとそこに突然、古い磐座(いわくら)が現われたのです。


どうってことない古ぼけた岩とも言えるのだが、なにやら原始的生命力みたいなものを感じずにはいられない。

そこは日本海が一望できる素晴らしい場所なのです。

しかしなぜか空気が澱んでる。

吹けば飛ぶような祠が、かろうじてあるのですが、ゴミなども散乱し、どう見ても清浄な雰囲気ではありません。

誰にも顧みられることなく、<傷付き忘れ去られた聖域>といった気配がビンビンなのです。
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「はは~ん、なるほど解ったぞ!」と、私は思いました。

多分この磐座そのものが、大地のパワーを集める座標に間違いない。

このスポットこそ、海と湖を結ぶ気の流れの通り道であり、後の人がそこに八幡様を建て「良い場所ですからお越し下さい」と神様を招いたのだろう。

こここそが本当の縄文時代からの古い聖地に間違いないと、そう確信しちゃたのです。


けれど悲しいかな、現在の磐座は完全に充電切れです。

周囲をきれいに掃除すれば、少しは良いエネルギーが流れるのかも知れないが、今は見事に元気がない。

<瀕死の白鳥>ならぬ<瀕死の聖地>です。

目の前が日本海という絶好のロケーションの岬なのに、なぜここにはエネルギーが通らないのだろう?


その時目に止まったのが、丘の上に建つ某ホテルのことだった。

関係者に不審な事故ばかり起こると、地元で噂の絶えない曰く付きホテルです。

そのホテルの所有する倉庫が、この磐座の前にドッカーンと建っていて、海からの清浄な気の流れを完全に遮断してしまってる。


これはちょっとマズいんじゃないだろうか?

この倉庫が建ってるが故に、縄文時代からの<龍脈>がまるで機能しておらず、やせ衰えた引きこもり青年みたいにエネルギーが枯れているのです。

これはホテル側にとっても由々しき問題でしょう。

不自然な原因は不自然な結果を生み出します。

噂通り事故や不審死が発生してるとしたら、それは古代からの聖地を敬わず、自然界のエネルギーの重要性を甘く見たせいかも知れません。

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あとそれ以外にも、若狭湾と言えば原発の問題があります。

敦賀・美浜・大飯・高浜・もんじゅと、合計14基もの原発が集中している、名高い原発銀座ですよね。

その原発エネルギーが古代縄文の力を、無理やり封印しているとは考えられないだろうか?


奈良・京都の都に近く、海あり、山あり、湖あり・・・

土地の起伏やうねりに富んだこの辺りの地形は、風水的に言っても多くのエネルギーが集まっておかしくありません。

かつてはその<龍脈>から清浄な気がたくさん流れ込み、周辺の土地を豊かに潤わしていたはずです。

しかし今、この土地のエネルギーの流れは明らかに少し不自然です。


原発といってもこの辺りから施設が見えるわけではありまません。

でも目には見えないエネルギーが空気を伝わり、知らぬ間に人々の心に影響を与えてるってこと、大いにありそうですよね。


電気とは風水の流れを阻止する電気想念を作り出すのかも知れませんね。

電気製品を使ってると、徐々に電気体となり、やがて電気脳になる。

そして自然界のエネルギーにはどんどん無頓着になり、自らの力を誇示するため環境を破壊するような思考になる。

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[環境が運をきめる]

これが風水の基本的な考え方です。


若狭湾の原発群が作る人口地場のエネルギーは、自然との繋がりを持つ風水の系譜を破壊してしまった。

だから磐座のカミは、きっとそれを強く人間に訴えたかったんじゃないかと思うんです。


磐座のカミとの対話?

それは実にシンプルで分かりやすいメッセージだったんですねぇ〜

こんな感じです。


「目覚めよ! そして龍脈を守るべし!」




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by viva1213yumiko | 2015-07-30 10:36 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

巨人のやる気チャクラ

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いや~、噂通り<進撃の巨人>ってハマっちゃうんです。

たまたまアニメ版を見ただけだったんですけどね〜

第1話を見終わったら妙に落ち着かなくなっちゃって、一挙に25話まで行ってしまいました。

ふと気付けば完全なる夜明け。

「面白すぎる!」と聞いてはいたけど、確かにこれはハマりますね。


地球上で最も繁栄している人類に、それを上回る究極の天敵がいたなんて・・・

いいですねぇ~

驕り高ぶる人類への警告とも取れる、その逆転の発想に面白さがあります。

100年程前に唐突に出現した「人を捕食する巨人と人類との究極の戦い」を描いたこの物語。

とにかくヒットしてヒットして、巨人を巡る様々なコラボ企画が進行中で、それはもう<国民的現象>と呼んで良いレベルです。


巨人は、人類にとっての天敵です。

知性はなく、言葉も発さなく、人類との意思疎通は不可能と思われる、大小様々なサイズの巨人族。

非常に高い再生能力を持ち、頭を吹き飛ばしても数分で再生してしまうほどの生命力。

日光の当たらない環境では動きは極端に鈍るが、人間以外の生物には興味を示さず、ただ人を食らうだけの恐ろしい怪物です。

しかし消化器官もなく、人間を食べても消化しないで吐き出してしまう。

巨人の唯一の弱点はうなじ部分。

うなじ下の縦1m横10㎝を刀で削り取ると、再生能力が失われ絶命するのです。

ほほう・・・

この巨人の弱点とやらに、私はちょっと注目してしまいました。

頭とか、心臓とか、喉元とかではなくて、うなじという点に興味を持ってしまったんです。

何故かというと、うなじ部分は第5チャクラ背面の管轄領域だからなんですね。

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「ん? チャクラって何だっけ?」

という人向けに、ざっくりと説明しておきましょう。

チャクラとは人間の身体に並んでいる、目に見えないエネルギーポイントの事を指します。

チャクラは情報の伝達、発信、記憶を司っていて、記憶情報をもとにしたエネルギーの収集と選択という役割を引き受けています。

エネルギーの吸収や排泄を行っていて、心や体、オーラにエネルギーを届ける役目があるのです。

つまりチャクラとは、肉体や心、オーラ、環境などへエネルギーを分配している<エネルギー交換器>のようなものなんですね。
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巨人の弱点のうなじ部分は第5チャクラの後ろ側に当たります。

第5チャクラはコミュニケーション能力に影響を与えているのですが、前方は主に感情表現、後方では意志の表現を司ると言われます。

第5チャクラの背面では仕事に対するエネルギーの供給がメインに行われるので、このチャクラに問題が出ると「仕事への情熱や意志がなくなる」という事が起こりやすいのです。

仕事に対してやる気がなかったり、職業に対して無関心だったり、何故か労働条件の悪いところへ働きに行こうとしたり・・・

子育てでもこのチャクラを使ってしまうと養育が仕事になって来るので、子供が愛情を受け取れないような子に育ったり、キレやすい子供になったりします。

色々と目につく問題が起こりやすいのです。

逆にこの第5チャクラの背面が活性化していると、仕事などに対して情熱が持て、自分の責任を果たせるようになります。

責任感が強く、信頼でき、仕事に熱心であり、仕事に対する充実感が持てるようになるのです。

第5チャクラ前方のコミュニケーション能力と、後方のやる気パワーが上手くコラボすると、物事の現実的な側面がかなりスムーズに流れるという訳です。

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スピリチュアルな世界では、首の後ろの<ぼんのくぼ>という場所は、エネルギーの侵入口でセンサーみたいな働きがあると言われます。

ここがゾクゾクして悪寒が走ったら邪気の侵入に要注意。

非常に敏感なところで、ガードの弱い急所でもあり、プロレスでは<延髄切り>って必殺技もありますよね。

私事ですが、以前首が回らなくなりどうにも困った事がありました。

振り向こうするとゴリゴリ嫌な音がして、ギブスをはめたように左右のどちらへも首が動かせなくなったのです。

その頃は人生の転機で、それまでの仕事から新しい場所へとジャンプしなければならない時期だったのに、その流れに気付かずに同じルーティンを繰り返していました。

自分が心の奥で仕事に退屈を感じてたなんて考えもしませんでしたが、首の不調はそれに対する警告だったのでしょう。

そのテーマがクリアされると同時に、首は360度スムーズに回転するようになりました。

だから<ぼんのくぼ>と<延髄>と<やる気パワー>とには、相関関係があると実感しています。
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さて<進撃の巨人>の主人公エレンは、やがて自ら巨人化する技を体得して活躍し始めるのですが、その巨人化の時には、彼は巨人のうなじに入り込み巨人の肉と同化してしまいます。

その時、彼の自我は薄まって冬眠状態になり、記憶が曖昧になったり夢を見ていたりして、行動を制御出来なかったりもします。

これも面白いなぁと思いました。

「物事に対する意志力とは、首の後ろ部分の強制力に支配されている。

しかも自我を超えたレベルの支配力でね・・・」

まるで作者がそう言っているように私には思えたのです。
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主人公エレンが巨人化するには強い意志力が必要で、明確な目的意識を持たないと発動しません。

自らの肉体を傷付け、喝を入れなければならないほどの、強烈な意志の表明が必要なのです。

願望を成就させるには、きっと<想い>だけではだめなのでしょう。

その<想い>にプラスして<情動>の力が必要になるのだと思います。

右脳と左脳を統合して能力が向上するように、<想い>と<情動>が合体した時初めて真の創造性が発動されるのです。

その時、人は巨人・超人へと変容出来るのです。

人間のそのような可能性を、この物語から感じ取りました。

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何かを成し遂げたいと思っていても、中途半端な<想い>と<情動>では駄目なんですね。

発動のためには、自我を超えたレベルでの働きかけが必要なんです。

「何かを変える事の出来る人間がいるとすれば、その人はきっと大事なものを捨てる事が出来た人だ。

化け物をも凌ぐ必要に迫られたのなら、人間性をも捨てる事が出来る人の事だ。

何も捨てる事が出来ない人には、何も変える事は出来ないだろう。」 

登場人物アルミンの、この含蓄ある台詞が印象的でした。




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by viva1213yumiko | 2014-05-09 13:19 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

赤い靴

冬物の最終バーゲンも終わり、ブテックのショウウィンドウにも鮮やかな色彩が戻って参りました。

毎年それに刺激されるように、春物の明るい色の準備を始めたくなります。

あちこちひっくり返し、整理を始めて、むか〜し買った赤い靴を見つけてしまいました。

この赤い靴、もう捨ててしまおうかどうか、迷っている真っ最中の私です。

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  ♬赤い靴 はいてた おんなの子

   異人さんに つれられて 行っちゃった

   横浜の 波止場から 船にのって

   異人さんに つれられて 行っちゃった

   今では 青い目に なっちゃって

   異人さんの お国に いるんだろう

   赤いくつ 見るたびに 考える

   異人さんに 逢うたびに 考える♬



大正時代に発表された、野口雨情の童謡<赤い靴>

哀しげな曲調と共に、分けも分からず外国に連れて行かれた少女の姿に、赤や青の色彩が広がり、イマジネーションを喚起させる不思議な童謡です。

子ども向きの唄と言っていいのかどうか疑問視されるところですが、異人さんに拉致されてしまった女の子が、気の毒なような、羨ましいような・・・

エロスとロマンが入り交じり、甘く胸をくすぐるミステリアスな童謡でもあります。

この唄は「異人さん」だからロマンを感じるのであって、決してただの「ガイジンさん」であってはならないんですよね。

ガイジンさんならそこら中に溢れてて、もはや異人でも何でもなくなってしまった今日でも、心のどこかに郷愁を感じさせるようなそんな普遍性のある唄です。

友人Mはこの「異人さん」の事を、ずっと「良い爺さん」だと思っていたらしい。

だから外国へ行けてめちゃラッキーな子なのに、この曲のメロディがなぜ悲しげなのか不思議でしようがなかったそうだ。(笑)

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実はこの赤い靴の女の子は実在していたんだそうです。

明治35年7月15日生まれの岩崎きみちゃんという子で、北海道開拓民の生活の厳しさから函館の宣教師夫妻に養女に出された、かわいそうな境遇の女の子らしいのです。

野口雨情はこの実話からインスピレーションを得て詩を書いたと言います。

しかし実際には異人さんの国に行く前、当時の不治の病結核が判明し、きみちゃんは船には乗れなかった。

宣教師夫妻は東京麻布の孤児院にきみちゃんを預け、横浜から米国へと帰国し、結局彼女はわずか9才でこの世を去りました。

だから麻布十番の孤児院跡地にはきみちゃんの慰霊碑まで残されています。

「大正ロマンも案外、残酷さと表裏一体を成しているんだなぁ」と、つくづく思い知らされましたね。
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<赤い靴>はアンデルセン童話の物語にも登場します。

少女が靴屋で買った赤い靴を履くと、足が勝手に踊り出し止まらなくなります。

靴を脱ぐことも出来ず死ぬまで踊り続けるという、そんな呪いがかかってしまうのです。

恩ある老婦人の葬儀にも出られず、身も心も疲れ果てて、最後には呪いを解くため首切り役人に足を切断してもらうという、これもまた童話とは思えないほど残酷なお話しです。
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バレエ映画<赤い靴>は、アンデルセン童話をバレリーナの出世物語に置き換えた1948年制作の映画で、モイラ・シアラーというスターダンサーが主演し、当時としては画期的かつ実験的な素晴らしい映画でした。

去年この映画のデジタル・リマスター版を観賞し、その芸術性の高さに改めて感動してしまいました。

その時にもふと疑問に思ったのですが、女の子というものはなぜ赤い靴を履きたがるのでしょう?

いや、もっと正確に言うとすれば、女性はなぜ赤い靴のシンボルに惹かれてしまうのか?

ですかね・・・?

とにかく、得も言われぬ赤い靴の不思議な魅力にズームインしてみましょう。

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ご存知のように、赤い色とは生命力・情熱・炎の象徴です。

白の神聖さに対して赤は卑俗のシンボル。

大地に足をつけ、自分の運命を切り開いて行く創造性と自由を意味します。

女性にとって赤い靴とは、自分自身のアイデンティティそのものなんですね。

なまの生命力エネルギーの表現形態とも言えます。

赤い靴とは自分の価値や尊厳をしっかりと表現し、創造性を発揮する、お気に入りのものの事を意味するのかも知れませんね。

スポーツ・学問・芸術・教育・趣味・ボランティアなんでも構いません。

あなたが情熱を感じるものを象徴するのが赤い靴なのです。


また西洋では女性の靴は女性性器のシンボルでもあるので、赤い靴とは自分の女性性への自信・プライドの表現とも言えるでしょう。

だから自我に目覚める少女の頃に、赤い靴に惹かれるのは、当然と言ったら当然の成り行きなんですね。

赤い靴が意味するものは、女性にとって生きる上の手段でもあり、お気に入りではあるけれど、それと同時にどこか怖いものでもあるのです。

人生上のある段階、自我を確立して自分の道を歩む準備の頃に、少女は赤い靴を履きたくなるのかも知れません。

たとえ大人の女性であっても「なぜか最近赤い靴が気になってしょうがない」と言う人は、自分の魂が内側から何かを表現したがってると考えても構わないでしょう。


地に足をつけて人生を歩むためには、履きごごちの良い靴を見つける事が大切です。

自分だけの使命や目的地に導いてくれる、素敵な赤い靴・・・

あなたが持ってる赤い生命力で、踊るように人生を歩んで行きましょう。




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by viva1213yumiko | 2014-03-10 13:10 | オペラ・バレエ・映画 | Comments(0)

太陽のご乱心

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最近の異常気象は凄いですね。

100年に一度というような竜巻・洪水・旱魃・ハリケーンが頻発しています。

100年に一度クラスの災害が年に何度も起こるので、我々人間の方も異常が普通になってしまい、災害に麻痺して来ています。

それに人間の方だって負けてません。

何だか常軌を逸していて、発言や言動がむちゃくちゃな人が多いです。

都市部の人口密集地域では、人間が人間に麻痺しなければ生きられない、そんな状況が続いています。

今の地球は明らかにバランスが崩壊しています。

でもそれは地球だけの話しではないって知ってますか?

我々の生命の源、太陽の様子も、何だかとても不安定なのだそうです。

今さら知っても遅いのですが、NASAは数年前から2013年5月頃、11年周期の太陽黒点活動の最大サイクルが訪れると予測を出していたんだそうです。

そしてこの最大の太陽フレア活動が、地球の文明を脅かす可能性をも指摘していたといいます。

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<太陽フレア現象>とは、太陽コロナの爆発を意味するので、爆発と同時に放射線やら何やらをたくさん宇宙空間にまき散らすんですね。

31時間後、それらが地球に到達すると、デリンジャー現象・磁気嵐・オーロラの発生の要因となるらしい。

人体に直接影響を与える事はないとは言われているが、GPSや通信信号などの信号系統に影響を与えるらしいのです。

さらに厄介な事に、太陽フレアが地震や火山活動にも関係しているという説があります。

太陽嵐が地球の地磁気を刺激して、地殻変動を活発化させるからだそうで、火山噴火も相次ぐという。

これらの話しが真実なら、今の世の中は本当に黙示録そのものですね。

我々の運命はお天道様のご機嫌次第という訳です。

太陽はここ何十年も<ソーラーMAX状態>へと向かっていて、今までの人類がかつて経験した事ないほど、危険で強烈な活動域の時期に近づきつつあるみたいなんです。

株価の変動のように乱高下を繰り返しているらしく、いわば<太陽のご乱心>なのだそうです。

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太陽って実はもの凄い存在で、時間を歪めたり、光波を曲げたり、地球上の種の突然変異の原因となってると既に証明されていて、今までの科学の常識を軽く飛び越えてしまうらしいですよ。

<太陽のご乱心>は、宇宙物理学だけでなく人類そのものを変化させる作用がある、と考える人もいるようですね。

事実、意識の覚醒はどんどん進み、目覚めた人間が急速に増えています。

そしてその分、社会環境の変化とそのストレスに耐えられなくなり、精神的におかしくなる人も多い。

とにもかくにも、「太陽では何か我々には予測出来ない事が起きている・・・」

それだけはどうやら本当のようですね。

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子供の頃、<北風と太陽>というイソップ童話が好きでした。

物語では、太陽はサンサンと光を降り注ぎ旅人の上着を脱がしてしまいますが、我々はいつまで経ってもちっとも変わらないので、太陽は思い切って方針転換を決めたのかも知れません。

高エネルギー太陽風をまき散らし、遺伝子の突然変異で人類を目覚めさせるという方針です。

次のステージへと進むため、我々は無理矢理コートを脱がされてしまうのかも知れませんよ。


いずれにしても宇宙の創造主の考えは、私たちには計り知れません。

やはり我々は、神々のおもちゃにすぎないみたいですね。




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by viva1213yumiko | 2013-05-26 21:20 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

花と鼻

日差しに少しずつ春めいた気配を感じる今日この頃です。

早春の花はいったいどこまで咲いているのか、路上観察に出かけてみると・・・


ロウバイ、満開でプンプン香ってました。
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福寿草、健気に咲いてました。
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ああ、春の足音はすぐそこまで、確実にやって来ているのであります。


しかし、私の体調はこの路上観察デー辺りを境にみるみる急降下して、とうとうダウンしてしまいました。

今シーズン、一度も風邪を引いてないのを自慢していたのに、ついに陥落です。

二日間寝込んで、ベッドの回りには見事なティッシュの花びらを咲かすこととなってしまいました。



  
 <鼻セレブ> ティッシュの花も満開で 私も今日だけ <花セレブ>かな   



<花セレブ>と<鼻セレブ>

<花>と<鼻>

同じ「音」ですよね。

日本語の音韻は「音」が先に存在して出来た言葉なので、基本的に同意同義なのです。

だから、この<花>と<鼻>という単語にも同じ意味が込められているって知ってましたか?


漢字が伝わる以前から日本で話されていた本来の日本語、<大和言葉>のルーツはとても古く、縄文時代以前にさかのぼると言われていますが、確かな事は分かっていません。

もともとはアミニズムなどの自然崇拝から来て、大自然や宇宙などに対する<祈り言葉>だと考えられているのだそうです。

だから、大和言葉は「音」をとても大切にするのだそうです。

本来言葉とは「エネルギーの振動」「音のエネルギー」に他なりませんから、「形」よりも「音」の方がより大切なのは自然の理なのです。

大和言葉から繋がる日本語には一音づつ個別の意味があるのが特徴。

きちんと意味のある一音をはっきりと発音することは日本語に呪文のような力を引き寄せることとなるのだそうです。


日本語の「あいうえお」50音には、すべて一音づつに意味があります。

例えば「はな」の「は」は、[放つ・発する・吐く]など大きく広がって出て行くエネルギーのことを表していています。

「はな」の「な」は、[和む・なれる・並ぶ]など調和のエネルギーを発するものを表します。

つまり、「はな」という「音」を大和言葉的に解釈すると、「先端にあって調和のエネルギーを発するもの」と読み解くことが出来るのです。

これが日本語の「花」と「鼻」に共通する隠れた本来の意味なのだそうです。

かぜを引いて何度も何度も鼻をかむのは、身体が本来の調和を取り戻そうと懸命に働いてくれている、まさしくそのものなんですね。


「先端部分で調和のエネルギーを発するもの」・・・

枝の先端で春のエネルギーを表現する「花」と、顔の先端でばい菌エネルギーを排出する「鼻」

そう言われてみると、どこか似たところがあるような気もしてくるから不思議ですね。




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by viva1213yumiko | 2013-02-17 14:40 | 季節・行事 | Comments(0)

21世紀の魔女狩り

ネットサーフィンをしていると、世界のとんでもないニュースを予期せず知ることになってしまったりするのですが、アフリカ東部タンザニアでは21世紀の現代に何とこんな事が起こっていたのだそうです。

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タンザニアの人権団体<法と人権センターLHRC>は、同国で魔女狩りによって年平均500人が殺されていると公表しました。

2005〜11年に魔女狩りで殺害された人は3000人以上と指摘。

農村には不妊・貧困・商売の失敗・飢え・地震といった災厄の背後には魔女がいる、との迷信が根強く残っているのだそうです。

狙われやすいのは赤い目の高齢女性。

牛糞燃料を燃やして使っているので、目が赤く充血しやすいのだそうです。


いわゆるこれは集団ヒステリーってやつだと思われますね。

異質なものを排除しよう、少数派を差別しようとする、人間の業罪の根深さが現れています。

16〜17世紀ヨーロッパの魔女狩りの時もそうだったのですが、薬草の効能などの知識を持ち、ちょっと人嫌いな傾向があり、村のはずれで一人ひっそり住んでるような50代過ぎのおばさん・お婆さん、または未亡人が圧倒的ターゲットになりました。

ヒーリングやお産婆技術など持っていようものなら、間違いなく魔女とされ、教会に告発されたみたいです。

告発された老女達は拷問を受け「私は魔女です」と自白させられ、そのあげく死刑になるのですが、たとえ「魔女ではありません」と訴えたとしても、結局は惨い拷問に耐え切れずに死んでしまう者が殆どでした。


人間は、疫病で乳飲み子がバタバタと死んだり農作物が不作だったりすると、不安感を誰かのせいにしないではいられないのでしょう。

魔女を告発すると懸賞金のようなものが出たりする事もあったようで、皆んな先を争うように魔女狩りの渦に巻き込まれて行ったのです。

つくづく人間の愚かさ・エゴの恐ろしさを思い知らされます。

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しかし、誰にでも大なり小なり必死になって自分を守りたい頑な部分があり、それが破壊されそうな時、もの凄い負のエネルギーが飛び出すと知っていなければなりません。

戦争もいじめ問題も、このエネルギーの流れに巻き込まれてしまう事の悲劇なのだといえるでしょう。


ところでお気づきとは思いますが、当方も近年無事高齢女性の仲間入りをさせていただき、魔女宣言も既に終え、しかも身近で野草がたくさん手に入る生活環境に生きております。

タンザニアだったら間違いなく魔女狩りのターゲットに違いありません。

しかも私、煙や煤や花粉で目が充血しやすいタイプなんです。

今回ばかりは日本に生まれた事を感謝しないではいられない、そんな見習い魔女の私でした。

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追伸:
日本昔話の伝説には<山姥>という妖怪がいるが、これは西洋の魔女のように人々に誤解され迫害され山に逃げた、不幸な女性たちを恐れて呼んだのが始まりだそうです。

妊娠中毒症などで肌の色が変わり、誤解や偏見で気がふれて、里から追い出された気の毒な女たちが、人目を避け山奥でひっそりと暮らしていたのだそうです。

それを思うと一昔前、渋谷あたりに出没してた<やまんばギャル>は、とても明るく健全だったんですねぇ。

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by viva1213yumiko | 2012-07-30 16:46 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

ロケットで昼食を

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「薪ストーブひとつでご飯の煮炊きもしてますよ」と言うと、「えっ!ストーブで?それじゃ夏場はどうするの?」と疑問が浮かぶ事でしょう。

それ、なかなかいい質問ですねぇ〜

なんと、夏でもストーブ焚くんですよ。

時に汗だくになりながら・・・

時にススで顔を汚しながら・・・


山の天気はしょっちゅう変わる。

朝晩の冷え込みは、森の湿気を天然の冷蔵庫にしてしまう。

生い茂る森の樹木は夏ほど余計に暗くなり、お日様のでない日は炎がないと心理的にもかなり心細い訳です。

しかし、極々小さく薪を燃やしているだけなので、ご飯を炊いたり炒め物したりするには火力が足りません。

随分前にもう必要ないからと、プロパンガスも止めてしまいました。

当然レンジも電気炊飯器もなく、残った文明調理機器は、小鍋を沸かすキャンプ用携帯コンロだけ。

お腹ぺこぺこで、早いとこご飯を炊きたいのに・・・

「あ~ら困った」

と、そんな時には、屋外型の調理用ロケットストーブの出番なのです。

ベランダに置いてあるこの移動式のかまど型ストーブは、限りなく省エネ型の調理用ストーブで、通称<ロケットストーブ>といいます。

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ロケットのような炎とゴーッという噴射音を立て、勢いよく燃えるので<ロケットストーブ>なのですが、薪の消費量が従来のものより格段に少なくてすむのが特徴です。

燃やすものもほとんど選ばず、建材や端材、生木の小枝やダンボールまでよ~く燃えてくれます。

だだの薪暖房とは違い、料理中いかに炎をコントロール出来るかが、かまど調理法の最大のポイント。

かまど調理の伝統的使い方は、わら・かや・柴などを使って一気に火力を上げるのが一般的ですが、この<ロケットストーブ>は炎が着火さえすれば、建材・端材でも燃え尽きるまで強火をキープしてくれます。

経験した事ない人にはイメージし難いかも知れないけど、それって料理する側にとってはとてもありがたいことなのです。


昔の農家には座敷にいろり、土間にかまどがあったように、我が家には居間に薪ストーブ、ベランダにロケットが設置してあるという訳です。

しかもこのロケット、移動式なので使う場所も選ばない。

お祭りなんかで移動販売の屋台もオープンできるという便利な代物です。

本日のランチは、ロケットストーブでピザを焼いてみました。

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梅雨の合間のとっても気持ちいい天気!

こんな日は仕事の手を休め、思いきりのんびり過ごしましょう。

ロケットで昼食を・・・


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追記:
もっと小型版のコーヒーロケットもあります。





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by viva1213yumiko | 2012-06-30 10:30 | 衣・食・住 | Comments(0)

珈琲掃除術

出来るだけ電気に頼らない生活を心がけたいものです。

究極の理想は、自家発電システムを導入した完全なるエネルギー自給生活。

お上や電力会社とスッパリ縁を切り、自立することが目標です。


しかし現段階でも、とりあえずやってみる価値のあることは結構ありますよ。

例えば家事の中では、掃除なんかが手っ取り早いんじゃないかと思います。

昔の人のやり方を真似て、ほうきを使ったシンプルな掃除術に変更してみるのはどうでしょう。

毎日の掃除を掃除機からほうきに変えるだけでも、みんながやればかなり違うはずです。

だいたい日本のちっぽけな住宅事情に、あのブワーンとがさつなモーター音の掃除機っていうのは、どうも相応しくない。

昔ながらのやり方でも、全然問題ないって気がします。

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「飲み残しの茶殻をまいてほうきをかけると良いよ」

と、お婆ちゃんは教えてくれました。

畳にばらまいた茶殻をはき集めると、シャッシャッシャッと、小気味よい音がしたものです。

家では茶殻でなく、毎朝飲んでいる珈琲の粉を利用して掃除をしています。

湿った珈琲の粉を床にばらまいてほうきをかける。

ただそれだけのことなんですが、これが思った以上にいい感じでした。

珈琲の粉の湿り気で、綿ぼこりを飛ばさずにちり取りに集めることが出来ます。

乾燥した空気に適度な湿り気を与え、部屋に珈琲の良い香りが広がります。

そして何よりも放射能を含んだ、焼却灰問題ですね。

灰を集め処分する時、珈琲の粉が放射線の飛散を押さえてくれているような気がするのです。

多少なりとも空気の浄化になってくれたなら嬉しい限りです。


ところで、珈琲の粉はうっかりまきすぎると大変ですよ。

土そっくりの黒い物質が部屋中に散らばっている様は、まるで家畜小屋。

履物の下でザラザラするし、まいたらすぐにはき清めて下さいね。

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春になり暖かくなると、はき集めた珈琲ごみの中からカメムシを発見したりします。

このカメムシ・・・

カメのように固い甲羅を持ち、カメ並みにのんびり動くどこかとぼけた虫で、簡単に捕まえることが出来ます。

ひっくり返すと起き上がれずにジタバタしちゃって、ちょっとのんきな愛嬌ある虫なのです。

あまりのトロさ加減から、この虫だけはいつも窓から外に追い払っているのですが、昆虫たちって実はかなりしたたか。

本能的に我が家の除染スポットを熟知しているのかも知れませんね。

珈琲通のカメムシたちの今後の動向に、注目して行きたいと思います。




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by viva1213yumiko | 2012-05-09 15:29 | 衣・食・住 | Comments(0)

パイロマニアの手 

「どんな人でも、手の歳だけはごまかせないものなのよ」

と、母は良く言っていました。

なるほど、確かに手にはその人の生活すべてが表現されてしまいます。

魔女といえども、女は女。

なるべくならば白くてほっそり柔らかい、美しい手を保ちたいものです。

しかし、何といっても田舎暮らしの手作り生活。

お手入れするより、手荒れのスピードの方が勝っていて、なかなか理想に近づけません。

以前、北海道のマタギが手作りした熊の油の軟膏が、火傷・あかぎれ・ひび・傷に良く効くという話しをTVで見たが、本当ならば試してみたい気がします。


先日も手首から先だけが赤く日に焼けてしまったので、何でかな?と思い、考えていました。

屋外作業をした覚えはないし、紫外線のシーズンにもまだ早いし・・・

しかしその時、はたと気付いてしまいました。

これは日焼けではなく、焚き火焼けだったんです!

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かまどやストーブに薪をくべる時は、グローブや軍手で手を保護するのが基本ですが、毎日使っているとつい鬱陶しくて面倒になります。

だんだん炎に慣れっこになってしまい、急ぎの時などついつい素手で薪を投入してしまうんですね。

慣れというのは恐ろしいものです。

当初は火を付けることさえままならなかった私が、気付けばこんなこと平気で出来るようになっている。

お料理の先生で油の温度を指で計ったりする人がいるが、どうやらそれに近いのかも知れない。


真っ赤になった熾き火の上に、素手を差し出してしまうのだから、一瞬といえども私のお手々はあぶり焼きになっているはず。

焼き鳥屋さんの炭火で焼いた手羽先をイメージしてもらえればいいかしら・・・

強火の遠火であぶられた皮は、こんがり美味しそうなきつね色になるでしょう?


う~ん、

やっぱり私には熊の軟膏必要かも知れませんね。


ところでネイティヴアメリカンの先住民族は、小さな子供達に炎の恐ろしさを教える為に、わざとちょっとだけ火傷させるらしいんです。

すると子供は学習して、二度と火に近づかないとのこと。

人間は本来、こうして何万年も前からエネルギーとお付き合いして来たんですよね。


今、持続可能な地球環境を取り戻すため、森の木質バイオマスエネルギーが再び見直されて来ました。

火や熱に関する知恵や創造力を、もっとたくさんの人に伝え、共有する作業も必要です。

今までマイノリティーだった、私たちみたいな火・熱マニア(パイロマニアという)が今後更に増えることを祈っています。




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by viva1213yumiko | 2012-04-21 21:07 | 美容・健康 | Comments(0)

光舞隊よさこい演舞会

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那須町にある障がい者支援施設<マ・メゾン光星>

そこで結成されたよさこいチームの、とてもとても熱い演舞会を見ました。


よさこい踊りを通して、障がい者の地域参加や社会貢献につなげ、また地域の人々に障がい者理解を広げる目的で活動しているのだそうです。

知的ハンデを抱えている皆さんのクラブ活動から生まれ、今では施設の枠を超え、地域の誰でもが参加できる活動として練習会やイベントに参加。

今回2回目の主催公演ということで、近隣のよさこいチームも多数参加して、それは大変な盛り上がりの演舞会となりました。



私、よさこい踊りというのを見るの初めてなんです。

漠然と盆踊りのようなのんびりとしたものをイメージしていたのですが・・・

これが大違いだった。

エアロビクスか、パラパラか、和風な有酸素運動とでも言いましょうか・・・

とにかく、とてもスピーディーで体育会系。

各チームとも、そろいの衣装ハチマキでばっちり決めているし、大きな団旗の揺れる中で挨拶の仕方から揃っていて、花の応援団風。

よさこい踊りと言うより、YOSAKOIエクスサイズですね、これは。


女子高生のチームから平均年齢70歳のおばあちゃまチームまであり、よさこい人口はとても幅広い。

そして障がい者も施設職員さんも、その子供達までも一緒になって振りを合わせて踊るのです。

「心をこめて練習したんだなぁ」

と、その一生懸命さについつい感動してしまいます。

終止笑顔をたやさず、舞台と観客をがんがん盛り上げるので、会場にたくさん詰めかけていたハンディをお持ちの方々は、喜びの感情を押さえきれなくなってしまい、ついつい舞台に登壇。

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彼らはとても純粋だから、本当に感じていることが表情や仕草行動に直結してしまう。

だからあの笑顔を見れば、あの目を見れば、彼らが本当に圧倒的な喜びの渦の中に、自分を委ね明け渡してしまっているのだということがよく分かるのです。


自分を超えた大きなものに、お任せしている人たちの幸福論。

瞳の中に光を宿す穢れなき人々を見て、私は今日長らく忘れていたものを思い出したような気がしました。


<人生の喜び>それはきっと、難しいことではないんですよね。

   
   それが何であろうと構わない

   今のこの一瞬に没頭し、全身全霊で取り組むこと

   そしてほんの少しでいい

   自分を成長させ続けること

   そして、回りの成長を支えること

   それが喜び

   人生の喜びなんです




   

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by viva1213yumiko | 2012-03-26 18:24 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)