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ご先祖様とボン・ボヤージュ

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「お盆というのはワクワクします。だってご先祖様と一年ぶりに逢えるんですからね」


いつだったか盂蘭盆会の法要の時に、住職はこんな話をしていました。


お盆になるとご先祖は、わざわざ訪ねて来てくれる。


それってありがたい話しですよね。


霊魂って案外寂しがり屋なのだろうか?


でもそういうことなら、たとえ向こうの世界の住人だろうと、客人として丁重にもてなさないと。


自慢じゃないけど私、天使を招いたこともあるんですよ〜(笑)


見えない世界の訪問者も現実世界と同んなじように接客しなくちゃね。


私ってそういうタイプの人なんです。



お盆の夜ふと目覚めると、ベッドの脇にホログラムみたいなご先祖が現れて、こちらの様子をじ~っと見つめてる。


仮にそんなことが起きたとしても、慌てず騒がずフツーな感じで、淡々と対話したいものですよね。


老人はいるべき場所が居心地悪くて、きっと落ち着けないからやって来たのでしょう。


だからせめて一言、ねぎらいの言葉を掛けてあげよう。


「あの世もそれなりの苦労があるんですね~ お気持ち分かりますぅ~」


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しかし毎年お盆の度に先祖の訪問を待っているより、自分から先祖を直接訪ねた方が、断然面白そうに思えます。


この世とあの世はコインの裏表です。


我々の日常のすぐそばに「あの世はたたみ込まれるように存在する」とか言われてます。


異界探訪? 霊界通信?


それとも異次元へのトリップ?


お盆休みの旅行には、すぐそばにある異世界を訪ねてみるのもありですよね。


ボン・ボヤージュ!


どうか良いバカンスを!


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映画<アサシンクリード>は500年前の祖先お記憶を訪ね、過去の世界にボン・ボヤージュしてしまうそんな物語です。


製薬会社アブスターゴ社が開発した、DNAから先祖の記憶を読み解く装置<アニムス>


その装置を使えば祖先の人生を追体験出来るという画期的な発明です。


死刑執行を免れた犯罪者が選ばれ、15世紀のスペインで異端の暗殺者集団に属してた祖先の記憶を訪ねる。


そして失われた秘宝のありかを探るというそんなお話しです。


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原作は大ヒットしたゲームソフトです。


アサシン教団のDNAを媒介に、現在と過去とを行ったり来たりしながら、主人公と一緒に歴史の秘密を探しに行く。


ゲームファンでない人は専門用語について行けない部分もあるけど、これ、必ずしも荒唐無稽なお話しとは言いきれませんよ。


昔から長老たちが語り継いだ<永遠の真理>が見え隠れしていて、個人的にはとても興味深く感じました。



物語のテーマを長老風に表現するとこんな風になる。


「お前の血の中にご先祖様は生きておる。いつだってお前を見守ってくれているのじゃ」


お盆の時期でもない限り、我々現代人に長老の言葉の奥深さを伝えるのは難しい。


でもそんな時、この<アサシンクリード>のお話しが、案外役に立ちそうです。

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主人公カラムはDNA記憶装置<アニムス>を使い、暗殺教団の祖先アギラールの人生を追体験する。


しかしその副作用で、祖先の記憶や体験などが流れ込む<流入現象>に悩まされます。


それは先祖の記憶と現在の記憶とが混合し始めた証拠。


ご先祖のホログラムが出現したり、彼らのパワーが使えるようになったり、不思議な現象も起こり始まる。


DNAの中に眠った記憶を追体験するうちに、彼の精神は過去のご先祖にどんどんシンクロして行くのでした。


[我々の肉体には祖先の記憶とか感覚が、眠ったまま継承されている]


このお話にはそのようなテーマがあります。


人間のDNAは祖先の持つ情報を引き出す力があるかも知れない。


「もっと情報公開して欲しい」と望んだら、大幅な情報公開で、知恵やヒントを授けてくれることでしょう。


このようにご先祖様はあなたを守ってくださっている。


だからお盆の時ぐらい守護霊様に感謝しましょう。


リスペクトしましょう。


そうすれば先方も大いに喜んで、あなたをもっと助けたくなるはずです。



そういえば昔、沖縄のユタさんがこう言ってたっけ。


「ネエネのカラダの中にサァ~ 7代までのゴシェンジョ様が生きてるサァ~」



人間を構成する思考や感情のパターンは、親からもらった遺伝子に左右されます。


親自身もその親から遺伝子を受け継ぎ、その親も更にその前の親から遺伝子をもらっている。


そんな感じで過去をさかのぼって行けば、なるほど [7代前までのDNAが人の心に影響を及ぼす] のも頷けない話しではありません。


私たちのDNAの中には<ファミリー・シークレット>と呼ばれる秘密があります。


抑圧や恐れ、不機嫌や暴力・・・


それらの源泉となる秘密が、禁断の場所に隠されているのです。


その因子は遠い先祖からDNA経由で運ばれると言う。


その可能性は歪めない気がします。


ご先祖たちの人生に足を踏み入れ、隠された<ファミリー・シークレット>を探りたくなりますね。

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映画のようにセンサーを脊髄に差し込み時間遡行する方法。


それも決して悪くはありません。


でも人が高度に成長し、霊性の高みに登り詰めたなら、そのような意識の境地に自然と達するらしいのです。


機械などに頼らなくても100%シンクロ出来ると言われます。


魂の進化が究極まで進むと、そういうことが平気で可能になるそうです。


未来の私たちはそのような人間像を目指し、進化して行くことになるのでしょう。


そうなれば別にお盆に限らなくても、いつだって望んだ時に守護霊様とコミュニケーション出来るはずです。


なかなか楽しそうな未来図じゃありませんか?



人生という名の航海


それをどう進んだら良いか?


どうせならあなたの魂が震えるような、そんな旅を体験して欲しい。


ボン・ボヤージュ!


どうか良いバカンスを!


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by viva1213yumiko | 2017-08-13 21:24 | 季節・行事 | Comments(0)

運命に翻弄される人々


台湾に旅行に行った時、京劇を鑑賞するチャンスに恵まれた。


観光客向けの一幕もののプログラムでしたが、孫悟空の冒険活劇や若い男女の恋の駆け引きなど、楽しい芝居を鑑賞させて貰いました。


それは歌舞伎や能の体験で、興奮する外国人と同じ状況なんでしょうね。


京劇特有のあの甲高い音楽や、衣装やアクロバットや演出に終始ドキドキさせられっ放しで、感動と興奮の一夜を過ごすことが出来ました。


中国文化は途轍もなく大きすぎて「よう分からん」と思う方。


そのような方にこそ、<京劇パフォーマンス>はいかがでしょう?


エンターティメントな伝統芸術から中国文化を覗き込む。


それならきっと親しみを持てるに違いありません。

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京劇といえば、そう、チェン・カイコー監督のあの映画、<さらば、我が愛/覇王別姫>です。


この映画は、1920年代から約50年間の激動の時代を生き抜いた京劇役者の愛憎劇なのですが、いろんな意味で深く心をえぐられる映画なんですよね。


3時間近い大作ですが、終始飽きずに間違いなく物語にのめり込んでしまう。


ある意味<鬼気迫る傑作>です。


死ぬまでに一度は見ておくべき映画と言えるでしょう。



人は運命から逃げられない。


逃げても運命は追いかけて来る。


人の運命とは時の流れの中、花びらのように浮き沈みせざるを得ない。


と、そんな風に思えて来て、鑑賞後にボー然と虚脱感が残るかも知れません。


だから、意思の力でガンガン能力を発揮したいと願う<自己啓発系>の方や、開運スポットで他力本願して満足してる<ゆるふわスピ系>の方はむしろ見ない方が良いかも知れません。


なぜならこのお話の根底には「人はそれぞれの運命に責任を取らなければならない」っていう、厳し~いテーマが流れているからです。


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女郎の女が育てられなくなった我が子を、捨て子同然に京劇の養成所に預けて行くところからこの物語は始まります。


厳しい訓練と虐待の中で、孤児の少年は女形として育てられ、時に慰み者にされ、男とも女とも言えないいびつなアイデンティティーを形成する。


家族のいない孤児にとっては、子供の頃から一緒に育ち何かと助けてくれる兄貴分は、唯一頼れる存在だったのだろう。


その義兄弟の役者二人の運命と、京劇の栄華衰退とを、中国の史実に乗せて綴るスケールの大きなお話しです。

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二人のヒット演目は「覇王別姫」


三国志で活躍する英雄<覇王>の末路と、最後まで運命を共にした<虞妃>の悲劇です。


悲劇の役を演じてそれがはまり役になると、役のキャラクターそのものが役者個人に憑依して来て、悲劇に取り憑かれてしまうってことあるのでしょうか?


役者というのはつくづく因果な職業ですね。


悲劇の恋人役を演じるうちに、いつしか本当に彼を愛するようになってしまう。


男と女の垣根を超えたトランスジェンダー。


いつの間にか彼は、芝居と現実の垣根さえも超えてしまっているんですね。

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母に捨てられ、家族を知らず、男でもなく女でもない。


愛する人には女房がいて、愛したくても愛せない。


生きる術は京劇だけだから、芝居を辞めたくても辞められない。


舞台の上でしかいのちが輝けない<仮面の人生>


そんな運命しか残されてないとしたら・・・


さあ、あなたならどうする? 


一体どうするでしょうか?

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それでも京劇界のトップスターだった頃はまだ良いのです。


清朝末期から国民党→日本軍→国民党→共産党と目紛しく政権が代わり、その度に京劇の運命は翻弄されます。


そして文化大革命。


自己批判を強要され、芸術家や文化人は徹底的に破壊され尽くす。


伝統芸術とは元来お金持ちや権力者の庇護があって成り立つもの。


戦争が起こったなら、政変が覆されたなら、芸術なんて木っ端微塵に破壊されるのです。


運命が激しく流転している時、人は誰もそれに逆らえません。


三国志の英雄<覇王>ですら定められた運命には逆らえなかった。


それと全く同じようにです。

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それでも人は生きなければならない。


結局、人はそれぞれの運命に責任を取らなければならないんですね。


人生は人により千差万別です。


映画のように、時代に、偏見に、権力に翻弄される過酷な人生もあるでしょう。


穏やかで平凡に生きる者もいる。


けれど、人には必ずいつか<人生の収支決算>をしなければならない時がやって来る。


誰にも必ずその時が訪れるのです。


だから、人生で起こる悲劇・喜劇の総決算から何を教訓とすべきか?


あくまでも決めるのはあなた自身ということなんですね。


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 どんなに愛しても愛し足りない


 どんなに憎んでも憎みきれない



映画の宣伝コピーにはこのように書いてありました。



愛したいのに愛が叶わない。


かといって離れたくても離れられない運命。


人間界にはそんな不思議な愛憎関係が確かに存在しますよね。


「今まさにそれに翻弄されている真っ最中です!」って人も、決して少なくないはずです。



人間の営みの中には、時に心をえぐり取られる程の厳しさ・残酷さが潜んでいます。


そのようなものに遭遇すると、人間の浅はかな考えでは計り知ることの叶わない、この<人生のカラクリ>を思わずにはいられません。


神様の計画はいつも極秘裏に実行されて行く。


いつだって我々は、そこにある意味を、後になって何とか解釈するだけ。



人生の経験の中から一体何を学び取るべきか?


我々が生きることの意義とは、多分それをつかみ出すことにあるのかも知れませんね。


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by viva1213yumiko | 2017-06-12 19:35 | オペラ・バレエ・映画 | Comments(0)

骨盤王国の物語


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スポーツクラブでピラティスのクラスに参加した時のこと。


クラスの参加者は40~50代の女性が多く、意識高い系の大人の女性ばかりが集まっていた。


あろうことかインストラクターの先生も同じ世代。


だからレッスンは同世代同士の気のおけない雰囲気になり、加齢に伴うあの手の話題で大いに盛り上がりました。


<二の腕のプルプルを解消するエクササイズ><下腹部をスッキリさせるエクササイズ><くびれを保つエクササイズ><バストアップのためのエクササイズ><二重アゴ防止のエクササイズ>


つまり「もう若いとは言えなくなってしまった肉体をこれ以上劣化させないため、どのように対策を講じて行くべきか?」というテーマに流れて行った訳です。


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インストラクターの先生はこう言います。


「骨盤底筋群が弱体化すると内臓が落ちてポッコリお腹になっちゃうんです。若々しい姿勢も保てなくなる。尿漏れの原因にもなっちゃうのよ。だからインナーマッスルが決め手なの。女と生まれたからには骨盤底筋群を鍛えなきゃ!」


女性特有の婦人科系の不調には<骨盤の歪み>や<骨盤の冷え>の解消が何より大切です。


赤ちゃんを迎え入れる、聖なるスペース<骨盤>


<骨盤>って女性のアイデンティティーにとって重要なパーツなんです。


<骨盤>には女の<要石>が存在するんですね。


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先生は重ねてこう言う。


「骨盤底筋群を弱体化させないこと。それが女の花道よ!」


<女の花道>・・・


ふふん、ナイスだわ。


なかなか良いこと言うじゃないの、この先生。


でも何? 一体何を「弱体化させるな」ですって?


<骨盤底キング>・・・?


はは~ん、なるほど。


どうやら骨盤に住んでる王様が、弱体化しちゃってるって訳なのね?


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骨盤の底に筋肉があっただなんて・・・


ましてや<骨盤底筋群>なんて込み入った名称があっただなんて・・・


私はその日その時まで、全く知りもしなかったのだ。


生まれて初めて聞いた言葉に大脳の言語処理機能は上手く働かずに、どうやら誤作動を起こしてしまったようだった。


ふ~む、<骨盤底キング>ねぇ。


それってつまり、骨盤王国に住む王様のことなのよね。



それは、脳の誤作動から得られた<深遠なインスピレーション>とも言えるでしょう。


私の空想はゆっくり目覚め、大きく羽ばたきを始めたのであります。


骨盤王とその王国の物語。


骨盤底筋群から覗く世界。


皆さんにもちょっとお聞かせしてみましょうか。



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骨盤の王国は、度重なる戦争ですっかり荒廃しておりました。


国中のあちこちに敵兵たちの残した銃痕が残り、殺戮と暴力の爪痕がそのままの状態でした。


多くの住民は戦下を逃れ祖国を捨てたので、骨盤王国に残っているのは逃げたくても逃げられない貧しい者や、年老いた者・病んだ者ばかりです。


側近たちは国を捨て亡命するよう王に促しました。


しかし王は、


「自らの力で荒廃した国土を蘇らす。それが余に残された使命じゃ。」


と、国の再建を誓いひとり城に残ったのです。


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王は破壊された王国のために、ひとりコツコツと種を撒き始めました。


傷だらけの大地の再生を願い、蘇りの種を蒔いたのです。


嵐や雷がやって来て、撒いたばかりの種をしばしば吹き飛ばしました。


それでも王は諦めず、いつかの日か王国が花園になることを夢み、また最初から種を撒き続けました。


土をおこし、雑草を取り除き、種を蒔きました。


水を引き、橋をかけ、道を整えました。


気づけば20年の歳月が経っていました。


泥にまみれ、血まみれ汗まみれで鋤を手にした王の姿は、まるで浮浪者同然です。


しかしその瞳の奥には、どんな者よりも美しく光輝いておりました。

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ある日のこと。


骨盤の底の沼地を訪れた王は、この暗くジメジメした毒気をどうすれば取り除けるものかと真剣に考えておりました。


考えに夢中になるあまりついうっかりと手を緩め、持っていた鋤を沼に落としてしまったのです。


鋤がなければ大地は耕せない。


骨盤王国再建の道が閉ざされてしまいます。


王は途方に暮れておりました。


するとこの世のものとは思えないほど美しい女神が沼から現れ、王にこう言いました。


「あなたが落としたものはなあに? この金の斧? それとも銀の斧?」


正直者の王は「違います。落としたのは鋤ですよ。ホームセンターで売ってるような普通の鋤」と、答えました。


骨盤王はとても庶民派だったのです。


王の誠実さを知った女神は大層感激し、骨盤王とその王国の祝福を約束しました。


そして<脊柱>と呼ばれる王国の聖地の<アライメント>を整えるとおっしゃいます。


女神は王国の聖地に息を吹きかけ、かすかな振動を送り込みました。


すると骨盤の底に溜まった淀んだ毒素が霧のように晴れ、眩しい光が差し込んで来たのです。


不思議なことにその光を浴びると、この20年間王が植え続けた種が一斉に芽吹き始め、みるみるうちに骨盤王国を緑でおおって行ったのです。

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次の春、骨盤王国に色とりどりの花が咲き揃った頃。


復興した骨盤王国に次々と帰還した国民の前で、盛大な戴冠式が執り行われました。


女神が現れたあの沼は、こんこんと清水が湧く癒しの泉として人々に知られています。


心と体を癒す伝説の場所と、たくさんの人が身を清めに集います。


その光景を見て王は満足そうに目を細めています。


王様は今日もまた、王国の修理に余念がありません。





追伸:

コンゴの鉱物資源紛争地では住民支配のため、兵士らによるレイプが日常的行われている。


彼らにとってレイプとは、安価で確実な武器である。


無差別レイプテロの標的となった女たちの身体。


それがどれほどの破壊を意味するか、あなたには想像出来るだろうか?


女を破壊すること。


それはつまり大地の破壊を意味している。


女性たちの三分の2までが性暴力の被害者という、ありえない事実がこの地球上に存在している。


その現実に我々はどう向き合うべきなのだろう?


骨盤王国再生のお話しは、そのような事実を知って生まれたもの。


人間の善意と愛とは、いつだって王国再建の原動力になり得るのだ。



女を修理する男








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by viva1213yumiko | 2017-05-29 15:03 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

簡単!自分で悪魔祓い

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映画<エクソシスト>を観た時のことは、今でも印象に強く残っている。


リンダ・ブレアが悪魔に取り憑かれ、別人格となって暴言を吐きまくる様子に、少女だった私は真剣に恐れおののいた。


<エクソシストごっこ>と称してベッドで跳ねて、周囲を笑わせてはみたものの、180度首をひねり白目を向く恐ろしい悪魔の形相に、夜が来るたび悩まされたものです。

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映画の中の悪魔祓い師・・・


あれは架空の話ではありません。


キリスト教会には悪魔祓いを専門とするスペシャリストがいるらしいです。


「神父さんになるにはエクソシストの基礎知識を神学校で学ばねばならない」と、そんな噂も聞いたことがあります。


悪魔と戦う神父には一体どのような適性が必要なんでしょう?


やはり強靭な精神力がいるんでしょうねぇ。


悪魔と戦うにはマッチョな武闘派タイプっていうより、持って生まれたある種の才能や、揺るぎない信仰心が不可欠です。


悪魔祓い師たちはどのような修行をしてるのだろう?


祈祷や瞑想だけでなく、断食とか、滝行とかもするんだろうか?


そこら辺結構気になるとこですよね。

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聖書の記述によると、イエス・キリストは悪魔祓いの名人だったみたいです。


聖書には悪霊に取り憑かれた男の話が出て来ます。(マタイ8章28~34 マルコ5章1~20 ルカ8章26~39)


汚れた霊が男に取り憑いて憑依してしまうのですが、その様子は完全にホラー映画そのもので迫力満点です。



悪霊に憑かれた男は墓場を住みかにしていて、昼夜絶え間なく叫び続け、石で自分の体を傷つけている。


足枷や鎖で何度も繋がれるのだが、鎖を引きちぎり足枷も砕くので、もう誰も押さえつけることが出来なくなっている。


汚れた霊は<レギオン>と呼ばれる暴走した悪霊の集団でした。


そこまで行っちゃうと、もう憑依霊とかそう言うレベルじゃ全くないんですね。


男の体は悪魔そのものに完璧に乗っ取られてしまっていたのです。


そこでイエスは悪魔<レギオン>と対決した。


そして邪悪なエネルギー体を、男の体から山の中腹にいる豚の群れへ乗り換えるよう、正面切って悪魔に命じたのです。


するとその二千頭ほどの豚の群れは、崖から海へなだれを打って駆け下りて行き、皆海中に沈んで溺れ死んでしまったんですねぇ〜


ほほう・・・


ここは映画の山場になりますかね?


特撮CGのスペクタル・シーンが目に浮かぶようです。


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邪悪な想念に取り憑かれ、身体を乗っ取られ、支配されることを<悪魔憑き>と呼びます。


悪魔・デビル・サタン・魔王・ルシファー・悪神


邪悪な存在は様々な呼び名で呼ばれていますが、いずれにせよ<闇の勢力の監督官>であることには違いありません。



[暴食] [強欲] [怠惰] [肉欲] [高慢] [嫉妬] [憤怒]


キリスト教では人間に<七つの大罪>があると教えます。


悪魔は欲望の罠を巧みにチラつかせ、この<七つの罪>へと招き入れ、そして人間を堕落させるのです。


人の精神の堕落そのものが目的と言うんだから、悪魔とは本当に恐ろしい存在です。



悪魔って昔から山羊のような毛むくじゃらの獣で描かれることが多いですよね。


だから悪魔はああゆう姿をしているものと皆んな思ってる。


ところがどっこい、悪魔は変幻自在です。


悪魔って人間の最も弱い部分に漬け込むのが得意です。


清らかそうな天使を装い、あなたの前に姿を現すこともある。


だから常に細心の注意が必要なんですね。


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どんな善人でも、心のどこかに必ず<悪>の部分を持ち合わせているものです。


完全無欠の善人なんて存在しない。


完全無欠の悪人が存在しないようにね。


だけど善人には<悪>の部分を眠らせて、<悪>を活性化させまいとすることが出来る。


<悪>を自分の力で抑えて、現実世界に現象化させないようにするのです。


つまり自分の内面の<悪魔祓い>が出来る訳なんですね。



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この世界には天使のスピリッツから悪魔のスピリッツまで、目には見えないあらゆるものがうごめいています。


我々はピンからキリまで、あらゆるスピリッツがごちゃ混ぜになった海の中で、日常生活を送っているようなものなのです。


邪悪な想念は他人から送られたり、自分の潜在意識からこぼれ出したり、ある時突然不意に姿を現わす。


だからそんな時、自分を守る盾のようなものが必要です。


守護霊にプロテクトを祈るのも良いでしょう。


でも自分自身で悪魔を祓い、精神力を強化出来れば、それが一番手っ取り早いはずなんですね。



自分で悪魔祓いするには瞑想したり内観したり、自分の想念を正直に分析しなければなりません。


潜在意識にどのような考えがストックされてるか見つめ直し、自分自身を浄化する必要があります。


そしてマイナスの欲望・マイナスの感情・マイナスの考えを、抱いたり表現したりしないようにする。


シャワーを毎日浴びるように、日々心の汚れを洗い流して、よこしまな想いを受けつけないようにするのです。



ポジティブシンキングがなぜ大切か?


それは隙あらば忍び込んで来ようとしている、邪悪な想念の侵入経路をふさぐため。


マイナスエネルギーの振動をシャットアウトするためです。



それって結局<自己コントロール>の力に掛かっているんですね。


<自己コントロール>出来る人間こそが、本当に望むものを引き寄せられる。


最終的に見えない精神の力が、全てを決めているのです。


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新年度の春からひとり暮らしをスタートした人も多いと思います。


初めて自炊する人向きに、あり合わせの材料で美味しく出来る [ 簡単!自分で晩ご飯 ] のレシピがたくさん紹介されてます。


[ 簡単!自分で悪魔祓い ]


こっちのレシピの方もすご〜く重要です。


是非忘れないでおいて下さいね。







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by viva1213yumiko | 2017-04-27 22:25 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

女体に宿る奇跡の花

[女の体を宿主にして、鮮やかに花を咲かす植物がある]


あなたはそんな奇跡みたいな話しを信じますか?


以前観たファンタジー映画の、不思議な花のお話しをしましょう。


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映画<シャニダールの花>より  



突然変異のこの花は、女性の身体を母体にして鮮やかな花を咲かそうとします。


もちろんそれはごく稀な現象で、花を宿す女性を探すのはとても困難でした。


しかし、花の花弁から摂取する成分には新薬開発の貴重な成分が含まれていた。


なので製薬会社は研究機関を設け、情報を隠蔽して厳重な管理下に置いている。


研究協力費と称した億単位の金と引き換えに、各地から<肉体に花を宿す女たち>が集められました。


そして温室みたいなクリーンな施設で<花の開花を待つ女たち>は、ただただ静かに暮らすのです。


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女性の身体になぜこの花が宿るのか、研究者たちもまだ解明出来ません。


けれどそこには心理的要因が絡んでいました。


どうやら本人の意思が花の開花に影響を与えるらしいのです。


心が緊張すると花は咲かない。


心の安定が花の開花を促すのです。


母体心理と植物との調和?


それはシンクロニシティとか、微妙なバイオリズムにも左右されてるようでした。


花の開花とはそれらが絡み合って起きる、ホントに稀な奇跡現象だったのです。


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開花時期が近づくと大概の女たちは感覚異常に見舞われます。


人体に寄生するのはある種狂った花なのです。


だから誰もが少しおかしくなる。


女たちは心に大きな闇を持っていて、その穴を埋めるものを捜そうと常に揺れてるんですね。


だから花は彼女たちのそんな「心の絵だ」とも言えるのです。


ある意味、花を咲かすことで彼女たちの存在理由が証明されるという訳です。


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花を咲かせることができない女は研究所から退去しなければならなりません。


入所時にそういう約束で契約書にサインする。


花を摘む摘出手術はとても危険で、人体から切除する際には大きな負担がかかるのです。


法外な金額の研究協力費はそのリスクのせいだったんですね。


でも、だからと言って切除せず咲かせたままにしておくのも危険です。


満開を過ぎそのまま放置したら、花そのものから危険物質が出て来るからです。


花を摘むのは危険。


けれど咲かせ続けるのはもっと危険という訳です。


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<女体に宿る奇跡の花>


これが映画の概要なんですが、さてこの話しの教訓とは一体何なのでしょう?


う~ん、難しいですよね。


女体に宿る奇跡の花・・・


私にはこの花は、女の体にこびりつく根深い<業>みたいに思えてならないんですよねぇ〜



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女にはある種の<業>があるんです。


女は<いのちを産み><いのちを育む>大切な役割を担っている。


何ものにも代えがたいその喜びを味わう代わりに、女には支払うべき代償があったのです。



女性性とは受容性を意味します。


言い変えるなら、それは「与えられた運命を全て受け入れること」なのかも知れません。


与えられ生かされる我々の<いのち>


その運命の荒波を、黙々と忍耐強く受け入れ、育んで行かなければならない。


人生にどのような困難が待っていようとそれを受け入れ受容する。


まるで聖母マリアのようにです。


それが女性の美徳、母性の美徳だとされて来ました。


受容性とは<母性の結実><その完成形>だったのです。



しかし、それは忍耐と我慢の連続ですよね。


分かり合えない人間関係に対する諦め。


後悔しても二度と取り戻せない過去。


守るものが多いほど犠牲になっていく自分自身。


受容性の美徳の影で、そのような想いや感情は置き去りにされたままです。


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花には雄しべと雌しべがあります。


それはつまり「花には男と女が同時に存在してる」ってこと。


さらに言い換えるとそれは「成長して繁殖する要素をあらかじめ自分の中に持ってる」ってことになりませんか?



それに比べて人間の母性とは他者との関係性に身を委ねざるを得ません。


夫との繋がり・子供との繋がり・親との繋がり・世間様との繋がり。


女性は誰もが関係性の中に飛び込んで行かざるを得ませんよね。


女・妻・母・母の娘・姉・妹・・・


女性性とは人間関係をつなぐ<結びのエネルギー>だからです。

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女性たちがこの世界に関係性の花を咲かすのはとても美しいことです。


でもあなたの花は本当にそれだけ?


あなたの心が今枯れそうになっているとしたら、思い切ってその花を摘み、新しい花を咲かせる方法を考えねばなりません。


恐れる必要はありません。


本当の魂の花は決して枯れない。


そして決して汚されることもないんです。


花は共存と繁栄のシンボルです。


<女体に寄生する奇跡の花>は、あなたを輝かすことが出来る神秘の贈り物だったのです。



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追伸:

自分自身の魂の花を咲かせたいと願う方のために開花支援を行っております。


興味のある方はどうぞご覧下さい。


ブロッサム・ワークス





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by viva1213yumiko | 2017-04-12 18:45 | オペラ・バレエ・映画 | Comments(0)

眠れる森の美女の夢

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正直冬って眠くなりません


私はメチャクチャ眠くなる。


気温の低下に合わせて、オツムもボディも冬眠省エネモードに切り替わる。


冬は夢見を育むシーズン。


いっそ<眠れる森の美女>のように、夢をじっくり熟成させましょう。


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<眠れる森の美女>のストーリーは欧州の古い民話の伝承で、様々なバージョンがあることが知られています。


ディズニー映画<眠れる森の美女>は、グリム童話をベースに創作されました。


糸車の紡(つむ)でユビを指し、深い眠りの中に落ちて行くオーロラ姫。


王子のキスで100年の眠りから目覚めると、二人はめでたく結ばれて、末長く幸せに暮らしたことになってます。



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でもフランスの詩人ペロー版には、その後の二人の運命が綴られているんです。


ペロー版では、姫の目覚めも王子の甘いキスではないのです。


100年の呪いが解除された時、彼女自らムックリ起きて来るんですよ。


なんだか拍子抜けしちゃいますよね〜


二人は結ばれて子供も二人授かるのだが、王子の母親の<王太后>は、なんと!<人食い種族>でありました。


そして嫁と子供たちを食べようとするんですね。


危機一髪になったところを<新王>に即位した王子が助ける。


そして悪行が息子にバレた<王太后>は気が狂い、ムカデやヘビがグツグツしてる大釜に飛び込んで自殺してしまうのです。



昔のヨーロッパって実際に人食いが横行してたのでしょうか?


<人肉>をテーマにしたシュールなお話しに仕上がっています。


子羊の肉を幼子の丸焼きと信じ、ムシャムシャ食べる人食いの母親に、どのようなメルヒェンを感じ取れというのでしょうか?


どうにも腑に落ちません。


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イタリアのバジーレ版はさらに強烈。


眠りに落ちた眠り姫は、悲しんだ父王にそのまま城に去り置き去りにされます。


その後、偶然鷹狩りでたどり着いた王が(父親か別の王かイマイチはっきりしない)姫を見つけるのですが、あまりの美しさに我慢出来ずレイプしてしまう。


眠り姫は眠っているうちに王に犯され身籠ってしまうのです。


それでも姫は眠り続け、眠ったまま不義の双子を出産し、子供たちによって初めて魔法が解けるのです。


王は別邸への通い婚を続けていたが、嫉妬に狂った王妃に事実がバレ、子供達は命を狙われ煮込みスープにされそうになる。


眠り姫も火あぶりで殺されそうになるのだが、そこに王の助けが介入する。


子供をスープにして飲ませたという話しを聞き、王は怒り狂い、王妃を火に投げ込んで殺す。


そして王と眠り姫は正式に結婚し、幸せに暮らしましたとさ。



悪魔教団の生贄儀式か何かからインスパイアされたのでしょうか?


ウォルト・ディズニーも度肝を抜かす<カルト・サスペンス>です。


物語はもう完全に善悪の彼岸を超えちゃって、すでにその教訓すら分からない状態です。


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    ♬ いつか夢で ♬     

        


     あなたをいつも夢に見て


     その瞳さえ、とても懐かしい


     夢は幻と言うけれど


     でも分かる


     あなたこそ、愛してくれる


     あの夢と同じに

  

                ディズニー映画<眠りの森の美女>より

  


           


<眠りの森の美女>は「理想の結婚」がテーマです。


でもそれは「自己主張しない従順な女が幸せな結婚を手に入れる」とかいう、昔風の教訓じゃありません。


「理想の結婚には100年費やしてもお目にかかるのは不可能に近い」


だから「妥協しなさい」っていうんでもない。


何かもっと深~い意味が隠されてるんじゃないの?


ウォルト・ディズニーも気付かなかった、もっと深遠で哲学的な何かがです。


無い知恵を振り絞り、私は考えました。


その結果、この物語のキモは<100年の眠り>そのものじゃないかという結論に至ったのです。


そうするとこのお話しも俄然ワクワク楽しくなって来ちゃうんですよね〜




オーロラ姫は死ぬ訳じゃなく<100年の眠り>の状態に移行します。


彼女はその間、どこかのアナザーワールドを訪問中です。


でも不思議なことに、彼女は眠りの中で真実の伴侶の姿を知るんですね。


真実の伴侶・真実の未来・真実の生き方・・・


不思議なことにそれらをみんな夢が教えてくれる。


まるで<100年の眠り>の状態には、未来の情報すべてが織り込まれているみたいですね。



<夢のお告げ>って馬鹿にならないんです。


キリストもブッダもその誕生のしるしを、母親は夢で知りました。


先住民の文化の中には、子供が生まれる夢を見ると、それを合図に精霊が宿り、そうして赤ん坊が生まれると考えるものがあります。


子供は勝手に本能的に授かるのではなく、両親のどちらかが「種子の状態から出現の状態」に整ったことを夢で知らされ、そしてそれを了解した者の元にやって来ると信じるのです。


そこには「命を生み出すのは両親ではない」という、自然界への謙虚さが感じられますね。


両親は命の誕生にただ身体を提供するだけ。


子供の誕生を夢に見るのは、特定の時期に特定の家族に生まれることを了承する人間を見つけるための、自然界からの通信なのです。


先住民はこのような文化を維持することで、現代を生きる我々よりずっと調和的な家族生活を送っていたと思われます。


きっとオーロラ姫も<100年の眠り>の中で、そんな風に結婚・出産の準備を整えていたに違いありません。

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<大いなる眠りの世界>では全てがお見通しなのです。


<大いなる眠りの世界>とは、現在・過去・未来、すべての時間を超越しています。


将来的に出現する予定のものは、それがまだ種子の段階でも情報を得ることが可能なんです。


実は眠り姫も100年の間に色々な情報をしっかりキャッチしてたのでしょう。


自分の伴侶、自分の未来、自分の運命を・・・


夢の中できっと直感的に感じ取っていたと思うのです。


邪悪な妖精の呪いで100年肉体を動かすことは出来なかったけど、きっと精神は自由に飛び回っていたはず。


真実の愛が熟成する時を、静かに待つことが出来たはずです。



100年の時を待ち続け、永遠に思えるほどの時間が過ぎ去ったとしても、どこかに必ず運命の人はいるはず。


出会うことで自分が完全になれるような、そんな運命の人がいる。


欠落したものを埋め合わせることの出来る、たったひとりの特別な誰か。


その人と出逢える時が来る。


誰もがその奇跡に憧れ、その時を待ち望んでいる。


本当の自分に戻れる瞬間を誰もが待ち望んでいるのです。

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実は人間なんて、皆んな深い眠りに入ってるようなものなのです。


イバラに囲まれた古城の中で、眠りこけてるあなたの意識。


それを優しく揺り起こし、呪いを解除する方法がどこかにあるはずです。


それは一体何なのでしょう?


オーロラ姫のお話しは、我々にそのことを思い出させるためにあるのです。




真実の愛を否定した人生。


それがどんなに味気ないか、ちょっと想像してみて下さい。


どんなに時代になろうとも人の心にはメルヒェンが必要です。


たったひとつのメルヒェンで心救われることもあるのです。



冬は夢見を育むシーズン。


<眠れる森の美女>のように、夢をじっくり熟成させましょう。


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by viva1213yumiko | 2016-11-28 15:07 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

すぐそばにいる般若

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源氏物語に登場する姫君たちをアイドルタレントみたいに人気投票してみると、男性陣の一番人気は<夕顔>なのだそうです。


<夕顔>は家柄が良い訳じゃないので、プライドをひけらかすようなことありません。


たおやかで儚げで、逆らうことなく受け入れてくれて、「どうぞ私のこと好きにしていいのよ」って言ってるような、まっこと殿方にとって都合の良い女性です。


ところが女性陣の人気ナンバーワンは、物語の中でも最もキャラクターの立ってる<六条御息所>だそう。


物の怪になってまで<光源氏>に執着し続ける、いわゆる<重い女>ですよね。


なのに意外にも、女性たちにはそこが人気。


それはどんな女の心にも絶対に潜んでいる、あの厄介な魔物のせいでしょう。


すぐそばにいる般若。


プライドと嫉妬という般若が、女性たちの共感を誘うからなのです。

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平安時代。


それは怨霊信仰の時代です。


美しく高貴な教養人<六条の御息所>は、プライドと嫉妬とにがんじがらめにされ、すっかり行き詰まっておりました。


元皇太子妃の立場だというのに、7つも年下の愛人<光源氏>との関係が思うように行きません。


この行き詰まった愛憎劇、気持ちをどう納めたらいいのだろう?


もちろん世間体もある。


今さら引くに引けない状態で、焦りばかりが募ります。


挙げ句の果てに葵祭りの時、公衆の面前で正妻から大いに恥をかかされる。


この牛車事件をピークに<六条御息所>の追い詰められた魂は、肉体を離れ彷徨い出してしまいます。


プライドと嫉妬心・・・


強烈な彼女のその想い。


どうやらそれが生き霊を発動させてしまったようなのです。


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生き霊とは、強く念じることで<意志のある独立した魂>を作ってしまう現象のこと。


私たちの感情や欲望や想いが、実は向こう側の世界で実体化してることを意味しています。



スピリッツとは本当に不思議です。


人が何かを念じる。


するとその時点から、想念は自分の手元を離れ、見えない世界で形を作り始めるんですね。


初めはぼんやりしてハッキリとしませんが、想い続けることで想念形態はくっきりシャープになって来る。


そしてその想念は命を吹き込まれ、れっきとした生き物のように活動を始めます。


願望を成就しようと、関係者の元へ一直線に飛んで行くんですね。



思考は現実化します。


想念形態は条件さえ整えば、必ずや現象界に出現するものなのです。


だから心で考える想いには、いつも気をつけてなければならないんですね。


その想いに愛や思いやりがあって、人が良くなることを願う善良なものなら、それは高貴な良い生き霊と言えるでしょう。


でも誰かの不幸を願うような邪悪なものだったら、それはつまり悪霊ということになります。


その誰かさんにきっと良くない影響を及ぼすはずです。

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誰かを恨んだり憎んだりする。


すると、それに相応しい形の想念形態が作られてしまうのです。


透視能力者にはそのおぞましい姿がきっと見えてるはず。


そして、たとえ見えないとしても、感じ取ることなら誰もが普段してるはずです。


誰かに近づいた時、その人があなたにネガティブな感情や思いを持ってるかどうか瞬時に感じ取れませんか?


ほらね、これって誰もがすぐピンと来る類いのものなんですね。



このように見えない世界では、私たちの発した想念エネルギーがうごめいているんです。


それはまるで世界珍獣図鑑を、部屋中に広げて眺めるようなもの。


蛇や野獣や魔物やUMA。


鬼や天狗や狐や般若。


色んな生きものがそこらじゅうに息づいてるんですねぇ~(笑)

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悪意のエネルギーは意図的なものだけではありません。


人が無意識で発してる恨み・嫉み・憎しみが、その人から勝手に離れて悪さをし始めることもあるんです。



正妻に恥をかかされ、プライドと嫉妬がごちゃ混ぜになってしまった<六条の御息所>は、朦朧とした意識状態となって、ついに脱魂してしまいます。


肉体から離れた魂は、出産を待つ正妻の寝床へ赴き、意図せずに取り憑いてしまうんですねぇ。


しかし本人は、その間どんなことが起こっているのか分からない。


夢を見ているような状況なのです。



生き霊って、それを作った本人の意志とは、全然関係なく行動しちゃうみたいなんですよね。


<六条御息所>の魂は、自分の嫉妬の醜さを疎ましく思っています。


激しい嫉妬心を何とか押さえ込もうと、平常心を装って和歌を詠んだりする。


しかし、逆に理性で抑えようとすればすれほど、抑圧され閉じ込められた執念が反抗し、肉体を離れ勝手に悪さしてしまうんですね。


心の奥の情念は、ちっぽけな意志の力なんかより遥かにパワーが強いのです。


それまで幽体離脱の自覚など一度もなかった彼女ですが、自分の服や髪に、加持祈祷用の芥子の匂いが染み付いてることから、生き霊の正体が他ならぬ自分だったと初めて理解するのです。

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自らの嫉妬心が、知らぬ間に重大な結果を招いている。


そういうことって本当にあるみたいです。


心を抑圧した女。


思い込みの強い女。


彼女たちの心の葛藤が、いつ何時般若に変身してしまうのか検討もつきません。


実生活で貞淑で清潔な生活を送れば送るほど、内なる魂は理性の抑制を離れ、狂気を演じてしまう。


恐ろしいことですが、どんな女にもその可能性が秘められているのは確かです。

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女の心にはうねりがあります。


嫉妬や恨みの感情が、あなたに般若の面をまとわせる。


般若の原因を探ってみれば、それは辛く悲しい<恋の妄執>だったりするのです。



花は散り、ススキが揺れそよぎ、マツムシが寂しげに鳴くこの季節。


恨み妬みの般若の面が、月明かりを浴びて、ぼんやり浮かび上がる。



秋の気配は生き霊を呼びやすいですよ。


あなたもどうぞご用心、ご用心。


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by viva1213yumiko | 2016-10-24 14:29 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

シエラザード世界選手権大会

<千夜一夜物語>に出て来るシエラザード姫。

実は私、彼女をいたく尊敬してるのであります。

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昔々のアラビア某国。

妻の不貞を垣間見て、女性不信になったシャフリアール王は荒れまくっておりました。

国の若い女性と一夜を過ごし、すぐさま殺してしまう連続猟奇殺人で、世間を震え上がらせていたのです。

大臣の娘シエラザードは意を決し、自ら王の元へと嫁ぎます。

そして夜な夜な、シャフリアール王に物語を語り始めたのです。

「アリババと40人の盗賊」「アラジンと魔法のランプ」「船乗りシンドバッドの冒険」

その他にも、実在した王やお姫様や英雄たちのお話しも・・・

心傷ついたシャリアール王のため、毎晩お話しを聞かせてあげたのです。

そして話しが佳境入った頃になると必ずこのセリフ。

「続きはまた明日のお楽しみ♡ To Be Continued 」

当然王は焦れて、「もっともっと」と話しを聞きたがった。

このような調子が二百数十日続き、ついに王は花嫁を殺すことを諦めました。

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このシャフリアール王という方も、随分とお気の毒な方ですよね。

彼の痛みを想像すると、嫁さん不信になっちゃうのも当然でしょう。

しかしそれより何よりアッパレなのは、シエラザードの行いです。

殺されないための策とはいえ、毎夜物語を語り、まずは王の心の癒しから始めるとは・・・

シエラザード、凄い才覚じゃありませんか。

世の権力者の奥方が、皆さんこのような能力をお持ちだったら、世界の争い事の半分くらい即刻解決出来るんじゃないかってそんな気がしちゃいます。

このように物語には人の心を癒す力があるのです。

語り部シエラザードは、シャフリアール王の専属セラピストの役目を担っていた訳ですね。

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物語は人の心を癒します。

人は物語のイメージ力に癒されるのです。

物語が持っているその再生のイメージに、人は心動かされ癒されるんですね。

シャフリアール王も傷が癒える頃には全てを悟り、きっと改心するに違いありません。

王の心が癒されたなら、同じように王権も癒されることでしょう。

王権が癒されれば、王国もまた癒されるはずです。

王と王妃の絆が強く結ばれたなら、この国は領民に愛される王国に生まれ変わるはずなのです。


そう思うと荒廃した国家を立て直すためには、葬られ忘れられた<民族の痛み>を癒す必要がありそうです。

様々な人々の様々な想いを<鎮魂>しなければなりません。

今、日本という国がどこかモヤモヤしてるのも、抑圧された様々な想いがあちこちから噴出しているから。

その原因を見つめようとせず放っておいたなら、気づいた頃にはシャフリアール王のように、手のつけられない状態になってるかも知れません。

はっきり言っちゃいましょう。

内側の痛みを外の世界の何かのせいにしてるうちは、本当の問題解決なんて望めないんです。

おとぎ話ですらちゃんとそう伝えているというのに・・・

いつでも大人たちのやることには、ホント困ったものです。

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さてそんなことをボンヤリ考えてるうちに、またしても私の妄想がうるさく騒ぎ始めました。

それはシエラザードみたいな語り部たちの力で、世界平和を計画する話しなんだけど・・・

「決して笑わない」って約束する?

そう? それではこっそり教えましょう。


「パンがなければケーキを食べればいいじゃないの」と、マリー・アントワネットは言ったらしいが、確かにお金持ちが貧しい暮らしを想像するのは難しいことですよね。

人は想像のすることの出来ないものは、理解不能なものなのです。

理解出来ないものを目の前にすると、人は恐れの反応を示します。

そしてその恐れが見えない壁を作ってしまう。

恐れの感情がいとも簡単に敵を作ってしまうのです。

だから世界平和を本当に願うなら、あなたが無意識のうちに敵とみなしてるもの(本当は恐れているもの)を理解するよう努めること。

それが大事なポイントです。


この世界を導いてる指導者たちには、そこらへんが分かっているのでしょうか?

「他者への共感力」の大切さを、どの程度理解してるのでしょうか?

もしかして地球にとって最も有害となるのは、指導者たちの<想像力欠如>じゃないかと思わずにはいられません。

各国の元首クラスの人々の感性を塗り直す、情操の再教育が必要です。

語り部たちの心揺さぶる物語で、指導者の心の歪みを回復して頂く、そんなプロジェクトが必要です。

未来の地球を正しくイメージし、人類愛に目覚めて貰い、戦争する気が萎えてしまったら、これは御の字じゃありませんか?

<シエラザード・プロジェクト>

要人たちを物語で魅了するのです。

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指導者たちは毎夜お話しをせがみ、涙を浮かべ世界平和を希求するようになるかも知れません。

言うならば、世界平和のための<ハニートラップ物語大作戦>って感じでしょうか?

語り部がグレダ・ガルボみたいな美女なら最高ですが、そうじゃなくても一向に構いません。

物語ることが上手ければ、別に色恋に発展しなくても構わないじゃないですか。

役者とか落語家とか、プロの芸人さんでも構わない訳ですよね。

中世の王宮では旅の吟遊詩人が外国の情報を伝えました。

それを思うとミュージシャンなんかも適役でしょう。

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各界で語り部が活躍する<語り部社会>ってのは、きっとステキなものに違いありません。

語り部の力を外交に使えば<語り部外交>が成り立ちます。

各国大使はきっと競うように噺家に落語を習いに行くでしょうね。

経済もストーリーを持つ商品じゃなければ人々に見向きもされなくなる。

<語り部経済>の誕生です。

教育現場では<語り部教育>が主流となり、語りの達者な老人が活躍する<語り部福祉>社会が生まれるでしょう。

そのような社会では、語り部技能者を讃える国際大会が必要となります。

4年に1度、五大陸で順々に催される<シエラザード世界選手権大会>が開催されるはずです。

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<Wシエラ杯>

それは嘘八百でも構わない。

物語の力が人にどれだけ希望を与えるか、世界平和に貢献するかが競われる大会だからです。

笑える話し、恐ろしい話し、涙なしには聞けない話し。

あの世の話しや、不思議な話し。

宇宙の話し、神々の話し。

動植物や自然科学・機械工学・歴史哲学の話し。

<Wシエラ杯>出場の選手たちは祖国の名誉を背負って、優れた話しを競い合うに違いありません。


しかし表彰台でメダル争いをするような優れた選手たちは、皆揃って似たような話をしてると気づかされることになるでしょう。

どこの国の選手であろうと、「人類はひとつ」「地球もひとつ」「愛とひとつ」という物語を、結局は語ることになってしまうからです。


<Wシエラ杯>

地球人みんなのための神話が、今求められてるって気がするのです。

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by viva1213yumiko | 2016-07-31 00:21 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

花とヒロインと周波数

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物語のヒロインはよく花のイメージに例えられます。

例えば赤いバラ。

それは自由奔放な<カルメン>のイメージです。

赤いバラの花言葉は「情熱」ですが、<カルメン>にはその言葉通り、誘惑と血の匂いがしますよね。

そして白いユリ。

<聖母マリア>の純潔の象徴は、汚れなき慈愛と母なるものの受容性をあらわします。

椿の花など、その名もズバリ<椿姫>

華やかな社交界を捨てて誠の愛に順じた、高級娼婦の儚い命の象徴です。

映画<ひまわり>では大地のような存在感のソフィア・ローレンのイメージ。

<昼顔>ではカトリーヌ・ドヌーヴの上品なエロスが象徴されてます。

<ギリシャ神話>にも花のイメージから生まれたエピソードが多いですね。

アドニス・クロッカス・ヒュアキントス・ナルキッソス・ダプニス・アイリス・アマリリス・・・

登場人物(ヒロインというより美青年が多い)が花に化身する話しばかりです。

日本文学にも<野菊の墓>とか<虞美人草>とかありますし、<源氏物語>に至っては夕顔・末摘花・葵・玉鬘・若紫と、植物系ヒロインのオンパレードです。

なるほど〜、このように見つめ直すと女性の個性って花の姿に上手く表現されちゃうもんですねぇ。


ヒロインたちの性格はそれぞれ千差万別です。

なのになぜか皆、イメージピッタリの花がちゃんと存在しています。

しかも皆ドンピシャリとお似合いの花ばかり・・・

考えてみれば不思議な話しですよね。

それはなぜでしょう?

花と女性、その両者には何か共通する接点でもあるのでしょうか?

花の個性とヒロインの個性の間には、見えない因果関係があるのでしょうか?


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太古の昔から「花や植物には不思議な力がある」「花が身近にあると人の心を癒す」と信じられて来ました。

有史以来、人類は延々と見近な花で花セラピーをして来たのです。

花言葉や花占いからも直感出来るように、心の傷を取り除いたり、心のバランスを計ったり、花には我々の心を癒す働きがあるのです。

しかし花のセラピー効果はそれだけじゃありません。

心の中の<否定的な考え方や習慣を解放>したり、<自己探求や精神的な成長を促す>働きもするらしいんですね。

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花や植物にはその姿・形・生育環境・性質など、その種ごとにはっきりとした個性があります。

しかもそれぞれの種特有のバイブレーション(エネルギーパターン)を発散していて、その植物ならではの固有の振動数を放ってるそうです。


実はこの世に存在する物質というのは、すべて振動しています。

もちろん我々ひとりひとりの人間にもそれぞれの振動数がある。

だからまるでギターの弦が共振するように、花のエネルギーは我々の命のエネルギーフィールドを震わせることが出来るんだそうですよ。

<共振の原理>が人間の思考や感情に影響を与えるのです。


<植物療法>は自然の力を借りて、人に本来備わる<自然治癒力>を高める療法ですが、植物の振動数と我々の振動数とが共鳴する時に調和が生まれ、その時<自然治癒力>は目覚めると考えられています。

植物には<自然治癒力>を刺激し、我々の戦う力を呼び覚ます大いなる知恵があるんですね。

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私たちが思うより、花ってず〜っと精妙な性質を持ってるみたいです。

そこには人間の魂の発達のための元型があるのです。

花々は<人生の運命的なパターンの問題>とか、<自己完結のための課題>だとか、<魂の発展を妨げている何らかの病理のヒント>とかを、どうやらご存知らしいのです。

植物のエネルギーは魂の成長のため、これらを統合する働きがある。

植物の生命力が我々の魂を育ててくれるのです。


花の世界って本当に不思議です。

姿かたちや生育環境・色や香りなど、花の世界のスピリッツをもっと学びたくなります。

花のスピリッツと親しくすることは、ある種のスピリチュアル・サイエンスと言えるかも知れませんね。

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[立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花・・・]

あなたが好きな花は何ですか?

なぜその花が好きなのか、考えたことありますか?



追伸:

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by viva1213yumiko | 2016-02-14 19:09 | 美容・健康 | Comments(0)

アヴェ・マリアのバラード

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毎年クリスマスのこの時期になると、幼稚園でのクリスマス・キャロルを思い出します。

教会付属幼稚園では恒例行事として、園児に<キリスト生誕>のお芝居を演じさせるのです。

飼い葉桶に眠る幼子イエスと、その聖家族を祝福する東方の三賢者。

<ルカによる福音書>の美しい名シーンを、園児たちがたどたどしいセリフ回しで演じる。

親御さんや先生方にとっては、笑いと感動に満ちたクリスマスなのです。


ベツレヘムの聖夜のお芝居・・・

その中でも花形なのは、やはりマリア様です。

女の子なら誰もが秘かにマリア様の役どころを望むんですね。

もちろん私もマリア様を夢見てたのですが、その年割り当てられたのはなんと、モミの木の役。

ベニアの書き割りを持って、過剰にヘラヘラと愛嬌を振りまき、♬主〜ワッ来ィマッセ〜リ〜♬ と歌っておりました。

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聖母マリアとは<永遠の処女性>の象徴です。

<純潔の白百合><穢れなき魂>を意味します。    

少女だったマリアは男を知らぬままイエスを身ごもり、大天使ガブリエルに受胎告知されちゃうのです。

名曲<アヴェ・マリア>とは、聖母マリアへの典礼の言葉に曲がついたものですが、どれも皆その時天使が語った祝福の言葉から始まります。(最初の2行)



   おめでとうマリア 恩寵に満ちた方 

   主はあなたとともにおられる

   女性のうちで祝福された方

   そしてあなたのお腹の子 イエスも祝福されている

   聖なるマリア 神の御母

   罪人なる我らのために祈りたまえ

   今も 我らの死の時も アーメン



なかなか感動的な受胎告知であります。

しかしこの受胎告知、マリア本人にしてみれば「レレレ・・・?」って感じだったんじゃないでしょうか。

だって覚えもないまま受胎させられ、「あんた妊娠してんだよ。これって名誉なことなんだよ。」って天使に告げられるんですよ?

現代の都市伝説なら、これはエイリアンのアブダクション事件そのものです。

マザーシップに拉致されて、知らぬ間に生体実験され、そのあげくに異星人から妊娠を告げられる。

「祝福なんて冗談じゃないわ! やってらんないわよ、まったく!」

なんて、マリア様はそんな風には思わなかったのでしょうか?

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カトリック神学では、マリアは純潔で穢れがない<神の母>で、<無原罪の女>であるとされています。

旧約聖書の女イヴは原罪を犯し楽園を追放されましたが、新約聖書の女マリアは原罪のない清らかな女であるという訳です。

結構ご都合主義っぽい感じもするのですが、原節子さんみたいな<永遠の処女>って、昔から人々の花形ヒロイン像だったんですね〜

だからでしょうか、4世紀ぐらいになるとマリア様のように処女のまま生きることを選ぶ女性が増えて来たんだそうです。

<キリストの花嫁>として修道生活を送り、<神のはしため>として生きるのです。

<はしため>・・・

これは<はしたない女>ってことじゃありません。

自分の命と人生は、神に生かされているものとし、神の望まれる意思にピッタリ寄り添って生きること。

自分の人生にふんぞり返り、困った時だけ神を呼ぶような調子の良い自我を殺して、もっと大きな意思のため、身を捧げて懸命に生きる人のことです。

そういう生き様をする女性は、皆<永遠の処女>です。

ホントに処女か処女じゃないかが問題じゃないんですね。


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マリア様って無原罪なのだそうです。

無原罪とは、東洋風に言うと「カルマがない」ってことですね。

「カルマのない清らかな女性だから神に気に入られ、救い主イエスの母に選ばれたのだ」

と、そういう理屈なんですね。


しかし神学でいくらマリアの霊性を説明されても、そんなこと民衆の信仰心にはどうでもよいことだったに違いありません。

庶民にとってのマリア様とは、自分たちを抱きしめて癒してくれる母性愛の象徴です。

愚かな我々をいつまでも許し続ける<慈母観音>のような存在です。


だから処女のまま救世主を宿すという話しの中には、多分「清らかな母性の力で人は救われる・再生される」って意味が込められていたのだと思います。

エジプトのイシス神など、伝統的な大地母神への信仰が、自然な形でマリア教に代わっていったのでしょう。

キリスト教が現われる以前からあった、異教の女神の神殿が、マリアに捧げられる教会へと変容したのだと思います。

そういう意味で、マリア様は人類救済の歴史を引き継いでいるんですよね。

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<穢れなき永遠の処女>であり、<神の花嫁>であるマリア。

それは地上と天界をつなぐ仲介者でもあります。

だからマリア様が出現した場所は巡礼地となり、パワースポットにもなっているんですね。

もしあなたの周りに乙女のように清らかで、そして聖霊とも交信出来るようなお母さんがいたなら、その人はきっとあなたにとっての地母神ですから、大いに大事にして頂きたいです。


いずれにしてもイエスのような救世主の母親には、それと同じくらい純粋で、器の大きな女性じゃなければダメなのでしょう。

名曲<アヴェ・マリア>とは、偉大なる母性を讃える歌だったのです。

キリスト教版の「母に捧げるバラード」なんですね。




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by viva1213yumiko | 2015-12-23 13:28 | 季節・行事 | Comments(0)