タグ:男と女 ( 18 ) タグの人気記事

顔より太もも

a0253145_23501124.jpeg

その時私の目は、ある広告ポスターに釘付けになってしまった。


それは戦国武者に扮した若い女性のポスター。


暗雲低く立ち込める中、赤銅色の鎧をまとった二人の美女が、ハチマキをキリッと締めて精悍な視線を投げかけている。


それをお洒落かと問われたら、やはりお洒落と言わなければならない。


しかし若い女性に鎧を着せ、一体何を伝えようとしてるのか、いまいちコンセプトが良く分からない。


私の注意を引いたのは写真でなく、ポスターに載っていたキャッチコピーの方。


そこにはこう記されていた。


顔より太もも。


は? フトモモって・・・? 


果たしてこれは何の広告だろう?


文字の読み間違いかと思い目を凝らしたが、やはりそうじゃない。


顔より太もも。 


確かにそう書かれている。



そこはサラリーマンの聖地、新橋SL広場であった。


ビジネス街だというのになぜかジャンパー姿の人がたくさんいる。


新聞を手に熱心にメモを取る人も多く、どことなく異質な雰囲気だ。


「そうか!」と、私は思った。


新橋駅前にケイリンの場外券売り場があったことを、ようやく思い出したのだ。


a0253145_23510613.jpeg


2012/7月から開始された「ガールズケイリン」


国際的な判定基準を導入した女子のプロスポーツなのですが、皆さんはそんなのあるって知ってましたか?


それまでの男の競輪の世界に女子のプロリーグが門戸を開いたものだから、競輪場も華やかになり、すっかりラブリーな雰囲気となりました。


鎧武者の姿でポーズを取るのは「ガールズ・ケイリン」のアイドル的存在。


競輪学校を卒業してプロになった、小川美咲選手と高木真備選手。


「顔より太もも」というキャッチコピーの通り、アイドル並みの可愛らしいフェイスと、顔にギャップする逞ましい太ももの持ち主です。


ケイリン選手の良し悪しを見定めるには、太ももの太さも判定の基準になる。


だから選手たちは身長・体重を公表するように、太もものサイズも発表する。


誰が統計を取ったか知らないが、日本人女子の太ももの平均値は45~50センチなのだそうだ。


公表されている数値だと、小川選手54センチ・高木選手63センチとあるので、やはり平均値を上回る立派な太ももだ。


a0253145_23503969.jpg


ガールズケイリンには、AKB並みに<ガールズケイリン総選挙>というのがあるらしい。


人気投票でトップ7選手を選ぶ訳だが、人気だけでなく実力・実績を兼ね備えた者しか選ばれることはないという。


賭け事なだけにファンの目もシビアなのだそうだ。


この世界、可愛いだけじゃダメ。


顔より太ももが重視される、そんな<健脚商売>なのである。


ガールズケイリン・グランプリともなれば、選ばれし<太ももエリート>たちによる、<オールスター・肉弾太ももバトル>が繰り広げられる。


考えてみれば太ももとは、肉体パワーのメイン・エンジン部分。


鍛えあげられた太ももは、必ずや誠実な働きを見せてくれるはずだ。


強靭な太ももは決して人を裏切ることはない。


力のある太ももの持ち主でなければ自然と淘汰され、静かに消えて行くのみ。


ガールズケイリンはく太もも下克上>の世界なのである。


a0253145_23502052.jpeg


顔より太もも。


困ったことにポスターを見てから、女性の太ももが気になってしょうがない。


ついつい男目線で眺めてしまい、自分でも恥ずかしくなってしまう。


前の階段を登る女子高生に目が行き、「それにしてもちょっとパツンパツン過ぎるな」なんて思ってしまうのだ。



理由はなぜか分からないけど、太ももって人間の身体の中でも凄く魅力的なパーツですよね。


第一「フトモモ」って語感がいい。


「オッパイ」もイイ語感してるけど、「フトモモ」には匂い立つような、そしてこそばゆい余韻のようなものがある。


太腿、腿も、桃のうち・・・・


こそばゆい余韻とは、そんなイメージがぼんやり脳裏を過ぎるようなことだ。


さらに言えば、女の太ももって縁の下の力持ち的なところがあって、いかにも地道で誠実そうな印象だ。


控えめで恥ずかしがり屋、だけど妙にスベスベしてる太ももは、男たちにはすこぶる評判がよろしい。



そういえば知人の絵描きは「とにかく女の太ももは、ムッチリ肉が付いてなきゃ話しにならない」と、力説していた。


画家が言うことだから、ある種の審美眼からの見解なのだろう。


美学的な視点から言うと、スレンダー美女の「細もも」はチョット残念なようなのだ。


「細ももの女は薄情そうでいけない」と、画家は言う。


「太ももは誠実だ。そして裏切ることがない」とも言っていた。


さらに「ムッチリした太ももでなきゃ、太ももとしての存在価値が証出来ない」とまでのたまう。


当時は「そんなものかなぁ」と思いつつ話を聞いたが、やはり本当の話しだったのかも知れません。


a0253145_14063931.jpeg

私がこれまで聞きかじった話しでも、女の太ももで耳掃除をして貰うことを<男の極上の夢>と信じる者は多かった。


耳掃除の時、頬に当たる甘酸っぱい太ももの感触を想うと、やはり太ももはムチムチでなきゃ話しにならないらしいのだ。


ムッチリ太ももは男たちの暴走する白日夢を、確実に下支えしてると思われる。



しかし一方で、ミニスカートから露出している太ももに隙間がなかったらがっかりする、という意見も少なくない。


太もももの間の三角の隙間に、女性らしさや色気を感じるというのである。


う〜む、一体どっちが本当なのだろう?


男たちの脳内エロチカって、ホント女には理解し難いものがあります。



a0253145_23511344.jpeg


顔より太もも。


<ガールズケイリン観戦ツアー>を皮切りに、競輪業界ではあの手この手のイベントが催されている。


<ガールズケイリン・コレクション>とか、<ガールズケイリン・フェスティバル>とか、まるでファッション業界のような華やかさだ。


面白いことに<甘党男子とのコラボイベント>なんていうものまである。


逞ましい太ももに躍動する生命力を感じ、草食男子はケイリン女子に魅かれるということだろうか?


もうこうなると、まるでお祭り騒ぎである。



ケイリン選手たる者ならば、太ももの強い筋肉美が何よりの魅力。


日々のたゆまぬ努力が太もも美人を作り上げる。


太ももは、いわば彼女たちのアイデンティティーなのだ。


一口に太もも嗜好と言っても、ガールズケイリンのファンには様々なこだわりがあることだろう。


もっと専門的に細分化し、「大腿四等筋フェチ」とか「ハムストリングフェチ」とか、そういうコアなファン層もきっと存在するはずだ。


ケイリンファンにとって、どの太ももに投票すれば自分の欲望が満たされるのか大いに悩むところだろう。


a0253145_23513202.jpeg


理想的な太ももってあるのだろうか?


ロココの時代のはセルライトがたっぷりついた、崩れる直前の肉体が豊かで美しいとされていた。


1960年代のように、ミニスカートの小枝のような足が美しかった時もある。


美の基準というものもは、時代と共に変化して行く。


万人に受け入れられる太ももなんて存在しない。


だから自分の太ももを、自分自身で愛してあげるしかなさそうだ。

a0253145_23502735.jpeg


顔より太もも。


結局このコピーには女性に対する応援メッセージが込められているのだと、そんな風に思いたくなってしまった。


顔に比べてしまえば太ももの存在は、ドン臭いぐらい無個性だ。


それでも太ももには、太ももにしか出来ないことがある。


それを見つけて育ててあげること。


それが何より幸福の秘訣になるだろう。


皆んなが皆んな、自分の太ももを愛し受け入れ、自信を持って歩んで行けたら、世界平和に繋がるかも知れないのになぁ〜



ゆるみ気味の自分の太ももを摩りつつ、年の瀬にそんなことを考えていた。


年末だというのに案外ヒマな私である。


a0253145_23501714.jpeg





[PR]
by viva1213yumiko | 2016-12-19 14:36 | 美容・健康 | Comments(0)

女運のない男・男運のない女

「僕ってつくづく女運がないんですよ・・・」

突然降り出した午後のにわか雨。

雨宿りに入った小洒落たカフェで、40代の彼はそんな話しを始めたのです。

a0253145_197913.jpg

男性の言うことを要約するとざっとこうなります。

今までたくさんの女性と付き合って来た。

正直言って自分は女にモテる方だと思う。

自分から声を掛けなくてもいつも不思議と女性の方から寄って来る。

だから今まで付き合う女に困ったことは一度もなかった。

女性にチヤホヤされるのは確かに悪い気はしない。

しかし自分を追いかけるだけ追いかけ、振り回すだけ振り回し、最後に怒りを爆発させ勝手に去って行く。

それもまた女なのである。

どの女も何かを奪い去って行くばかりで、自分は一向に満たされた気持ちにならない。

長いこと「自分は女好きの快楽主義者だ」と思っていたが、最近では「実は心の奥で女を憎んでいるのかも?」とすら思える程だ。

今のままではちっとも幸せを感じられない。

一体どうしたら良いのだろうか?


「彼は今、間違いなく良い場所にいる」と、私は思いました。

彼は心の底から変わりたがっているように思えたからです。

正確には変わりたがっているというよりもっとシリアスで、絶対に変わらねばならない崖っぷちにいるようでした。

彼は確かに行きずまっている。

そして勇気を出し、今の状態を変えねばならないと痛切に感じている。

人も羨む人生のモテ期を、「もう完了させても構わない」と思うほど、彼の心は次の段階へと移行したがってるようです。

人生とは、前進する事を宿命づけられた長い長い道のり。

彼が女性関係でトコトン煮詰まってしまったのは、「ついに機が熟した」という何よりのサインです。

「あなたねぇ、気づきなさいよ。先に進む時が来たんですよ。」

と、合図が後押ししてるのです。

a0253145_18323772.jpg


さてこのような場合、彼は一体どのように対処すべきなのでしょう?

まず確かなこととして考え直すべきは<鏡の法則>のことです。

<鏡の法則>とは、誰もがうっすら気づいていても、なかなか認められない宇宙の普遍の法則。

それは、自分が関係したり無意識に引き寄せてる人びとには、必ず(必ずです)「自分の中の隠された信念が現れる」という法則です。


例えばこの彼の場合、愛してくれる女性が最終的に重荷になっちゃうのはなぜなのか、そこを深く探らないとならないでしょうね。

彼にとって女性にチヤホヤされることは、彼のアイデンティティーが非常に満足するものだった。

「俺って結構イケてるじゃん!」と、耳元で自我が甘く囁くからです。

しかしそれはトリックです。

彼が最も愛したのは、チヤホヤされ有頂天になれる自分の自我イメージだったのであり、決して生身の女性のことを愛した訳じゃないんですね。

アイドルタレントが、世間に見せる自己イメージを演じているうちに、そのイメージに捉われて自ら苦しむのと似ています。

「何らかの隠れた信念が異性関係となって表現される。」

この彼の生きづらさの原因は、自分に対する歪んだ自己像にあったようです。

a0253145_1833220.jpg


なぜこのようなことが起こったのでしょう?

理由は色々あるのでしょうが、やはり一番影響を与えてるのは小さい頃の親子関係だと思います。

世に言う<アダルトチルドレン>が悪さをしてるんですね。

彼が女性を愛せないのは、心の奥に住んでる拗ねた子供が、当時の母親に復習してるからなのかも知れませんねぇ〜

理由は以外と単純なもので、「もっとママに褒めてもらいたい」「かまってもらいたい」です。

それが母親の愛情不足から来るのか、あるいは愛情過多から来るのか、そこら辺はイマイチ良く分かりません。

しかし彼は、本来母親から受け取るべき愛のどこかにまだ執着が残っていて、欠落部分を取り返すため、女性に対しある種の復讐を企てていたようなのです。

これ、母親からの愛情に歪みがあり、その捉われから解放されてない場合に起こる、結構ありがちなケースなんです。

もちろん本人は無自覚でやってるんですよ。

自覚してたなら悩みになんかなりません。

なぜ女性関係でいつも同じことが繰り返されるのか、何よりも彼本人が一番頭をひねってるはずです。

でも結局、彼の隠された信念は女性関係に表現されちゃってました。


こういうことは巷に良くある話しでありまして、女性の側にとっても厄介な問題を孕んでるんですねぇ〜

「愛する男が愛していたのはこの私ではなかった。」

「この関係は彼自身のナルシシズムに付き合わされただけの、実はそんな関係性だった。」

それに気づいてしまうのはかなり衝撃的なことで、大概の場合そこら辺から泥沼となるのです。

神話の美青年ナルキッソスは水に映った自分の姿に見とれ、恋い焦がれて死んでしまいました。

人を愛するってどういうことか、あの時ナルキッソスがもっと考えてたら、精神的に成長して、もっと長生き出来たはず。

モテ男の彼には、是非神話の教訓を学び直して欲しいものです。

a0253145_18333112.jpg


ひとつハッキリしてることがあります。

「母親に傷つけられたと思っている男は、必ず女でそれを回復しようとする。」

けれど女の方はそれを投げかけられることに耐えられないのです。

彼の場合、まず母親とのこだわりを解き放つのが先決でしょう。

本当の意味で女性を愛せる人間に成熟するには、そこから始めないとならないんですね。


<女運のない男>が隠れた信念に操られる様に、<男運のない女>もまた信念に操られています。

その場合には、父親との関係性が影響を与えやすいんですよね。

問題の奥には必ず目に見えない原因があるんです。

いつの時代でも男女の関係に問題が絶えないのは、心の奥の秘密の玉手箱を誰も開けてみようとしないから。

本当はそれを紐解くと、色々なことが分かって来るんですがねぇ~


あなたは女運のない男? 

それとも男運のない女かしら?

a0253145_18335867.jpg


[PR]
by viva1213yumiko | 2016-06-15 09:17 | 人生・霊性 | Comments(3)

サロメの天城越え

a0253145_14472538.jpg

1893年に書かれたオスカー・ワイルドの戯曲<サロメ>

ラストで洗礼者ヨハネの生首に口づけする背徳的シーンで有名ですね。

このお語しは聖書に記された<ヘロディアスの娘>のエピソードからインスパイアされた、あくまでも作家の創作物語であります。

しかし、このサロメとおぼしき女性は歴史上に存在してたらしく、古代ユダヤ王家の系図からその人物を特定することが出来るのだそうです。

洗礼者ヨハネの首を求めた、過激なパンク娘<サロメ姫>

今となっては真偽のほどは分かりませんが、聖書に記さずにはいられないほどの欲望渦巻くスキャンダラスな事件が、当時の王室で実際に起こったのは確かなようです。

史実とストーリーとが融合される形で、後世の人々に長く伝えられて行ったのでしょう。



あらすじはこんな感じです。

ユダヤのヘロデ王は自分の兄である前王を殺し、妃を奪って権力の座についた。

しかし妃の連れ子である王女サロメによこしまな目を向けている。

その視線に絶え切れなくなったサロメは宴の席を外れ、預言者ヨカナーンが幽閉されている井戸へと向かう。

預言者は不吉な言葉をわめき散らし王家を呪い、妃から嫌がられている。

預言者との接触は王に禁じられているのだが、サロメは色仕掛けで見張り番をそそのかし、その姿を見てしまう。

そして恋してしまうのだが、ヨカナーンの方は彼女の忌まわしい生い立ちをなじるばかり。

まるで相手にされていない。

誘惑を拒絶されたサロメは、余興の舞いの褒美として預言者の首を求めるのである。

a0253145_14401464.jpg


自分のことを見向きもせず、拒み続けた預言者ヨハナンを屈服させるため、首を切り落してでも口づけする。

プライドをケチョンケチョンに潰された、高貴な女の欲望には恐ろしいものがありますね。

このサロメという女性(正確には母と娘の血の系譜)は、ある意味<イッちゃった女>の元型とも言えます。

愛と権力とを完全にはき違えています。

思い通りにならない恋の情念が、執念となり、怨念になって行くのです。

銀の皿に乗せて運ばれる、愛する男の生首。

「自分のことを見たならば、ヨカナーンも自分を愛したはずだ」と、罵詈雑言で本心をあらわにし、その生首に口づけることで彼女なりに恋を成就させる。

耽美さが際立つ、この物語のクライマックス部分です。

a0253145_1441659.jpg


この手のスキャンダルって他人様の噂話しとして聞く分には、とても楽しくてワクワク興奮しちゃいますよね。

愛に関するゴシップって千差万別・多種多様。

なのにどんな話しにも、人間としてどこかで共感出来ちゃうのが面白いです。


そしてしみじみ思うのですが、激しい愛っていうのは行き着くところまで行ちゃうと、急に手のひら返したように憎しみにシフトしてしまうんですね。

ジェットコースターみたいなものです。

上がったものは同じだけ急降下する。

愛の物理学にはある種の法則性があるのでしょうか?

それを解析出来たならノーベル賞ものの大発見かも知れませんね。


a0253145_14494267.jpg



   ♬隠しきれない 移り香が

    いつしかあなたに 浸みついた

    誰かにとられる くらいなら

    あなたを 殺していいですか♬  


               <天城越え>



サロメの首切り口づけ事件って、何だかあの<阿部定事件>を彷彿とさせます。

サロメにしても阿部定にしても、愛の傾向性に同じ匂いを感じるのです。

愛する男を絞め殺しイチモツを切り取って持ち去った阿部定と、愛する男との口づけのため首を切り取らせたサロメ。

片やフィクション、片やノンフィクションではありますが、どちらも愛の究極の果てまでを覗き込んだ、ある意味とても勇気ある女性たちです。

彼女らの動機は至ってシンプル。

「愛しいひとを自分の思う通りにしたい」

「相手を独り占めにするためには殺すしかない」

そんな一方的な情念のモチベーションです。

a0253145_1584397.jpg


私は兼ねてから本当の意味で残酷なのは男じゃなくて、むしろ女なのじゃないかと思っているのです。

これは女の中の、特に母性の影響力が大きいのでしょう。

肉体とは女の身体から生まれるもの。

母性とは命を生み出す力と同時に、命を破壊する力をも持ち合わせている。

だから女にとってみれば愛するものの肉体など、いとも簡単に自分と同化してしまうんですね。


母性が愛の対象と同一化してしまうと、破壊願望もより強力になります。

逮捕された阿部定は、取調室で「好きな男のモノを好くのは当たり前です」と供述したといいます。

その感覚なんかは、母親が赤ちゃんの<おてて>や<おしり>を愛おしいと思う感じ、「食べちゃいたい」と思う感じに近いですよね。

母性にはそういう側面があるのです。

だから母性の暗黒面って、恐ろしく残酷さを含んでるんです。


いやぁ~、女ってホントに怖いものですね。(笑)

女を知れば知るほど、愛することの奥深さを学ぶことになるのかも知れません。

a0253145_1511467.jpg


しかしまぁ、いずれにしてもサロメの愛はエゴイズムの愛の極致であって、それは本当の意味の愛とは違います。

だから長続きはせず、最終的に悲劇で終わる。

結局のところ「涙で終わる愛」というのは、所詮「人間界の我欲まみれのちっぽけな愛」に過ぎないとも言えます。

だから、ほら、聖人たちは皆こう教えてます。

「汝の敵を愛せよ」ってね・・・


a0253145_14521089.jpg


オペラ<サロメ>では、愛を知り混乱したサロメがこのように歌うシーンがあります。
  

   ♬愛することの不思議は

    死ぬことの不思議より大きい♬


「確かにその通りだなぁ〜」と思ってしまいます。

<愛の奇跡>とは<死の奇跡>より、確かに不可思議な奇跡です。


しかし聞くところによると、死後の世界に移行しても更に続けて<愛の学び>が用意されてるらしいですよ。

あちらの世界にも現世と同じように課題があって、自分だけのオリジナルテーマに取り汲まなければならないらしいのです。

そして物語は続きます。

<終わりのない物語>です。

ですから皆さんもせいぜい死ぬ時を楽しみにしておきましょう。

a0253145_15114157.jpg


この世における<究極の愛>って一体どういうものなのでしょう?

人によりそれぞれでしょうが、あなたの愛はどんな形してますか?

愛する人の生首に、口づけしたいような愛ですか?

愛する人の男性自身を懐に忍ばせ、逃避行するよな愛ですか?

心の奥の魔性の女が、<天城越え>望んでいませんか?



   ♬何があっても もういいの

    くらくら燃える 火をくぐり

    あなたと越えたい 天城越え♬




[PR]
by viva1213yumiko | 2015-12-15 20:21 | オペラ・バレエ・映画 | Comments(0)

おちんちんの讃歌

a0253145_2016432.jpg

「オッパッピィ~~!」

7才になる友人の息子が意味不明の言葉を発しながら、車の中で騒ぎ出した。

母親以外の女性のオッパイやお尻が気になる年頃なのだろうか、たいして豊かでもない私の胸を、隙あらばツンツン突いて悪戯してくる。

そこにはある種の主張が隠されているのです。

それは「女の人はオッパイだね。でも僕にはオチンチンがあるのさ。えっへん」って主張です。

つまり早い話し、自分のおちんちんの存在証明をしたい訳なんですね。


口唇期(0~1才)→肛門期(1~3才)→男根期(3~6才)

両親の愛情を存分に受けて、発達心理の各ステージを通過し、今や社会性を学ぶ段階の彼。

それは他人の肉体を知りたがる時期でもあります。

大人とはまた違った意味で、オッパイやおちんちんに興味深々なんですね。

幼くてもエロスはDNAに組み込まれている。

最近では金髪水着美女の画像を見たがっては「ママのオッパイと違うね」と同意を求めるそうで、父親も苦笑しておりました。(笑)


男の子はおちんちんを通じて大人になる。

まさしく本当にそうなんだなぁ〜って思います。

男の子はおちんちんの優越性で、男らしい能動性や攻撃性を育むのだそうです。

「僕はおちんちんを持っている。しかし女の人はおちんちんを持ってない。」

どうやらその辺りが最も自慢したい部分なのかも知れません。

彼はおちんちんを通じ「自分とは一体何ぞや」と、アイデンティティーを学んでる真っ最中なのです。

おちんちんとは<男と女><大人と子供>の境界線辺りに見え隠れする、何か根源的でシンボリックな象徴なのでしょう。

だから何のかんのといいながら、結構みんな興味あるんですよね。(笑)

a0253145_20115311.jpg

そういえば私も小学4年生の頃だっただろうか、おちんちんを巡る奇妙な経験をした事を思い出しました。

ちょうど大人と子供の境目辺りの、<おちんちん原体験>ともいえる体験です。


秋の日の昼下がり。

自宅近くの路地裏で、気弱な痴漢のお兄さんに遭遇してしまったのです。

「い、いいもの見せてあげようか?」

変態のお兄さんはそう言うと、両手でコートの前をガバッとはだいだ。

当然のごとく、めくったコートの中はスッポンポン。

いたいけな少女は「キャ~」

変態さんはエヘラヘラ・・・

まぁこれが普通のパターンでしょうか。

しかしその時の私はちょっと違った反応を示してしまったのです。

というか、大体においてお兄さんの大事な部分がよく見えなかった。

午後の眩い日差しの影になって、彼の局部はモヤモヤの暗黒星雲、どう見ても猥雑な暗がりにしか見えなかったのです。

「ん、ナニコレ・・・?」

いたいけな少女は悲鳴を上げることなく、むしろ驚きもせず、まじまじとお兄さんの股間を凝視した。

そして変態のお兄さんの股間と瞳とを、交互に見比べたのです。

「ナニコレ・・・?」

いたって冷静な感じにだ。

こうなると出ばなをくじかれ、恥ずかしくなってしまうのはお兄さんの方だ。

急いでコートの前を閉じて、顔を赤らめ逃げるように過ぎ去るしかなくなってしまった。

午後の路地裏を、背中を丸めた変態さんが行く。

そんな風変わりなシーンが原風景として浮上して来たのです。

a0253145_20122634.jpg

それは潜在意識に収納され、長い眠りについてたおちんちんの記憶でした。

今にして思う。

あれは一体何だったんだろうと・・・

幸いな事に私のおちんちん体験とは恐怖体験でなく、未知の空間を垣間見た不思議経験としてしまい込まれていました。

しかしこれは、たまたまラッキーだっただけの話しなんでしょうね。

同様の体験がトラウマとなって、男性恐怖やSEX恐怖に苦しんでる女性も多いはずです。

おちんちん体験とは、女の子にとってもある意味大きな通過儀礼なのです。


実際世の中には、男性器への恐怖感を持つ女性はたくさん存在するのです。

「病的なくらいの潔癖症で困ってる」なんていう人も、幼少期の性にまつわる体験(あるいはそれ以前からの記憶)に影響されてる可能性が高いですね。

そういう女性たちは、自分の中で不合理に膨らんでしまった誤った情報を、健全な情報に書き変える必要があります。

つまりおちんちんに対するネガティブな観念を、明るく健康的なものに変えて、それに起因する諸々の不幸に光をあてる作業が必要なのです。

a0253145_20133967.jpg

性にまつわる様々な問題には大人もハッキリ答えてあげられないし、聞いてはいけないみたいな雰囲気だし、いつでも曖昧さを抱えたまま我々は大人にならなければなりません。

昔の日本では混浴が当たり前でした。

子供たちはそれを見て、ごく自然な形で性を学びます。

昔の人のように性に大らかだったら、人間はどんなに明るく健康的に育つだろうかと思うと、この現代社会の歪みを改めて考えさせられます。

性にまつわる事は、子供たちに明るく希望を持って伝えたいものですよね。


世の若き女性たちに告ぐ!

決して性の問題などに怯むことなかれ。

あなたが恐れているものは、ただ単に未知のものだからなのかも知れませんよ。

暗黒星雲のイメージを、明るい場所・光の当たる場所に引っ張り出してみてごらんなさい。

それが出来たらなら・・・

おちんちんは絶対、眩く愛おしく崇高な存在に昇華するのです。(笑)

a0253145_20415922.jpg


追伸:讃える歌も作ってみたので、皆さんで歌ってみて下さい。(冗談)



     <おちんちんの讃歌>

   愛といつくしみのあるところ

   神の教えは完全で、魂を生き返らせる

   そのさとしは変わらず、心に知恵をもたらす

   悪の力から解き放たれ、誠の自由を得たなら

   完璧な機能、完璧な美しさ

   神の栄光と祝福が宿る場所

   ハレルヤ、ハレルヤ・・・

   皆で讃えよう、おちんちんの歌

                


[PR]
by viva1213yumiko | 2015-06-19 12:48 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

浮気心の処方せん

a0253145_11392524.jpg
ズバリ聞きましょう。

正直な話し、あなたには浮気願望がありますか?

某婚活応援サイトの浮気願望調査(2009年)によると、既婚男性のうちの75%、女性では42%が、配偶者以外の異性との浮気願望を持っているのだそうです。

内訳は以下の通り。

既婚男性の浮気願望度
   「ある、実行した」33%
   「ある、チャンスなし」28%    
   「ある、勇気なし」14%
   「全くない」25%

既婚女性の浮気願望度
   「ある、実行した」30%
   「ある、チャンスなし」4%
   「ある、勇気なし」8%
   「全くない」58%。

浮気願望が「ある」としたのは、男性75% 女性42% なので、数字からみるとやはり男の方が浮気願望が旺盛な印象です。

しかし浮気願望を持つ者のうち、実際に浮気を「実行」した人の比率は女性の方が圧倒的に多く、必ずしも男の方が浮気性ではないと分かります。

男と女、どっちの方が浮気偏差値が高いのでしょうか?

男と女、どっちの方がより罪深いのか?

これって古今東西の物語に繰り返し登場して来る、男と女の永遠のテーマでもあるんですよね。
a0253145_1140299.jpg

オペレッタ<こうもり>は浮気願望のある夫と、その妻とのドタバタを描いたコメディーです。

女性に目がない新興成金の主人公が、羽目を外そうと貴族の館の夜会に行き、変装した妻とは気づかず仮面姿の伯爵夫人を口説く。

妻の方はと言えば、口説かれたふりをして夫の懐中時計を奪い取り、浮気の動かぬ証拠をつかむ。

しかし実はこれ、夫をギャフンと懲らしめるため、こうもり博士とでっち上げたひと芝居だったのです。


ウィンナ・ワルツの華麗な調べが全編にあふれ、この<こうもり>という作品は「オペレッタの王様」と呼ばれています。

本場ウィーンでは年末年始の定番レパートリーという事なので、言うなれば紅白歌合戦みたいなもんですかねぇ?

だから祝祭的な要素がメインで、このお話しにはほとんど哲学らしきものがありません。

浮気性の夫を懲らしめるため、仮面舞踏会でひと芝居うつ妻。

身分を明かさず、上手く夫に誘惑され「してやったり!」

けれど結局芝居もバレて、夫婦は和解し許し合う。

そして「すべてはシャンパンのせい」ってことにしちゃいましょう。 

♬チャンチャン

このように何とも軽~い結末です。

このお話しの中にあえて人生の教訓らしきものを見つけるとしたら、それはきっとこんな感じなんじゃないかと思うのですが・・・いかがなモンでしょう?



[浮気な夫の心を引き止めたいのなら、いつでも自分自身であると同時に、別人のように振る舞う必要がある]



a0253145_11374154.jpg

一説によると、不倫の恋が魅力的なのは、人間の<五感への刺激>が最大限に誘発されるからなんだそうです。

人は平穏な家庭生活をつつがなく手に入れても、それが当たり前になってしまうと色褪せた世界となり、感覚世界がしぼんでしまうのです。

そこで人は世界を色鮮やかにするため<五感への刺激>を求めます。

視覚・聴覚・味覚・臭覚・身体感覚の五つの感覚機能を使い、<快楽>という名の感性を育てられるからです。

それが誘惑の禁断の木の実なら、なおさら甘く美味しく感じられるもの。

つまり浮気心とは、肉体的安楽や快感への執着ゆえに巻き起こる、悲しい生理現象とも言えるのであります。


以前「不倫は文化である」と発言して一世を風靡した芸能人がいましたが、不倫ってのは始めるのは簡単だけど終らせるのは大変な労力がいるものです。(あくまでも想像です)

神聖な夫婦愛の表現をないがしろにし、性エネルギーをいたずらに弄ぶのは、想像以上にリスキーな事なんだそうですよ。

なにせ、あのモーゼの十戒にだって「姦淫してはならぬ」ってあるではありませんか。
a0253145_11414642.jpg

そもそも神が人間に性本能を与えたもうたのは「子孫を作る事」「神聖な夫婦愛を表現する事」の他にもうひとつ、「性エネルギーを精神力として昇華する事」があるんだそうです。

それは性エネルギーを有効活用して「霊的な想念や英知をあらわす創造エネルギーに変換させる」という、人類に課した大きな目的成就のためらしいのです。

だからいにしえより「性欲は制御し、性の力は神聖な目的に使うべし」とされてます。

大事なエネルギーを不倫で消耗し、使い果たすだけで終わるなんて、とても勿体ない事なんだそうですよ。(笑)


「神の似姿に作られた子供を作る事」

「夫婦が互いに相手の中に神聖さを見いだす純粋な魂の愛を表現する事」

それと「性エネルギーを偉大な精神力に昇華させ、創作活動や創造的事業に変換して社会に貢献する事」

性の創造エネルギーは、この3つに行きつくべきなんだそうですよ。

だから神聖な結婚の目的を離れて性欲に溺れる事は、精神的にも肉体的にも有害だと、どこの宗教も教えてます。


性欲を制御する事・・・

どうやらそれは、人類の意識進化のひとつのステップなのかも知れませんねぇ〜

どうにもこうにも「浮気の虫が治まらない」とお困りのあなた。

そんな時にはどうか「人類の意識進化に貢献する!」のだと、決意を新たにしてみてはどうでしょうか。(笑)

a0253145_114374.jpg

困った事に、放っておけばすぐに芽生えて来るのが<浮気心>というもの。

そこにしっかり釘を刺しておくために、夫婦間で互いの魅力を再発見する努力も必要になって来ます。



[浮気心を引き止めたいのなら、いつでも自分自身であると同時に、別人のように振る舞う必要がある]



いっそオペレッタ<こうもり>のように、お互いを誘惑するような毎日を過ごしてみるってのはどうでしょう?

笑い方・手の動かし方・誘惑の仕方・恋の手管・・・

倦怠期の夫が恋人のように、妻が愛人のように振る舞ってみるのです。(笑)


a0253145_11334827.jpg

いつか未来には、浮気の特効薬が本当に発見される日が来るのかも知れません。

しかし今のところは、夫婦愛に対するお互いのちょっとした創意工夫が、間違いなく一番の処方せんになるみたいですね。




[PR]
by viva1213yumiko | 2015-05-19 15:05 | オペラ・バレエ・映画 | Comments(0)

映画<美女と野獣>

a0253145_1794185.jpg

おとぎ話しフェチの私には、愛好するファンタジー作品が多いのですが、その中でも特に<美女と野獣>は外せません。

アニメやバレエ、ミュージカルで有名なので、知らない人はいないですよね。

今回実写版が公開されたという事で、早速に観に行って参りました。


呪いの魔法で醜い野獣に変身させられた王子が、純粋な乙女の真実の愛で救われる永遠のラブ・ストーリー。

美しいですねぇ。 心洗われますねぇ。

そしてなぜか心が大きく揺さぶられる物語でもあります。(私だけ?)


傷つき孤独で頑な王子様ってシチュエーションには、子供の頃からめっぽう弱かった私。

これって、一体何なんでしょう?

私の中には傷ついたヒーローがいて、何か事あるごとにマグニチュード7クラスで心を揺すり、その度に動揺させられてしまうんです。

心の大地震に右往左往して、物語のヒロインに必要以上に感情移入する。

だからそうね、いつもハンカチ2枚は必須です。

苦悩する王子の元型が心の中で活動を始めると、一般社会のごく平凡な男性が気の毒な運命の高貴な人物に見えたりして、それも困ります。

実際この元型のせいで勘違いの恋に落ち、トラブルに巻き込まれたりする人も多いんですよね。

この元型パターンに捕まると、情にほだされて男女関係の深みにハマったりするので要注意です。
a0253145_2014925.jpg

「気の毒な王子様を愛の力で救う物語」に、女性はなぜ心を揺さぶられてしまうのでしょう?

それについて考えてみた事があります。

世界の民話・伝説には<呪われた王子>だけでなく、大蛇や鬼や悪魔や、いわゆる<怪物>と結婚する乙女の話しが多いんですね。

異界のものと結ばれる運命。

それ故に幸せになったり、あるいは不幸になったりする、そんな女性たちの物語です。

「純粋な心を持つ乙女によって救われる異形の英雄」

このテーマってすべての女たちの心に宿っているんだそうですよ。

だから古今東西、この主題からは色々な物語が生まれています。

<カエルの王子><ノートルダムのせむし男><オペラ座の怪人><ドラキュラ伯爵><フランケンシュタイン><エレファントマン><キングコング>・・・

ね、異形の英雄ってやはり語り継がれてるでしょ?

他にも<男はつらいよ>の寅さん、<羊たちの沈黙>レクター博士、フェリーニの<道>ザンパノなんかも皆んな異形のヒーローと言えます。

彼らは<普通とは違う>という点で、すでにポイントが高いのです。

英雄が醜い姿(あるいはエキセントリックな性格)で、しかもその事に苦悩を抱えているという点が、純粋愛を培養する秘訣になってるんですね。

a0253145_1774090.jpg

この手の英雄ファンタジーの中には「人間は皆んな魔法にかかってる」って教訓が見え隠れてしています。

「自分は誰にも愛されるはずがない・・・」

恵まれた一国の王子と言えど、そんな否定的な呪いにかかってしまうのだから、その影響力を考えると、呪いの力(ネガティブなマインドブロック)の恐ろしさを感じずにはいられません。

呪いとは、恐るべきものです。

ここで皆さんも、是非とも自分に問いかけてみて下さい。

「自分は勉強ができない」「自分なんてダメだ」「自分には才能がない」「自分なんてモテっこない」

あなたもこんな呪いにかかっているとは言えないですか?


人は皆、多かれ少なかれ魔法にかかっています。

心の呪いを100%解く事が出来たなら、人生はすぐにキラキラと輝きます。

おとぎ話って、それを物語の形にして教えているんですよね。


心の呪いを解くというのは、異なる世界と触れて、そこから新しい価値を見つけ出す事です。

異界のものと出逢い、異なる世界とコミュニケーションする。

するとやがて理解という恩寵が訪れ、物事の裏にある真実の姿を見抜けるようになります。

「現象世界の背後に隠れた真実を知る知恵」

その知恵を使って呪いを解く事が、人生の上で何よりも大切な事なんですよね。

おとぎ話はそのための知恵を、優美な形で語りついでいる訳なんです。



a0253145_1764179.jpg


追伸
映画<美女と野獣>は、衣装と美術が素晴らしく美しい。

ベルが着るオートクチュールみたいなドレスや、イバラが絡んだ古城、ご馳走の並ぶ燭台のテーブル、癒しの泉のある温室など、絵画を見るようです。

正直、おとぎ話フェチではない人にとって見どころはそこだけかも知れません。

けれど<気の毒な王子様>好きな方なら、きっと満足すると思いますよ。

監督は日本のアニメからかなりインスパイアされてるようで、<ナウシカ>や<ラピュタ>や<進撃>のいいとこ取りが多く、そこら辺も興味深かったです。




[PR]
by viva1213yumiko | 2014-11-14 16:56 | オペラ・バレエ・映画 | Comments(0)

創作クラスの男と女

a0253145_2261991.jpg
   

   ♬おと〜こと おん〜な〜の あい〜だ〜には〜

    ふか〜くて くら〜い〜  かわ〜が〜ある〜♬


唄にもあるように、男女の間にはなかなか埋めがたい溝があるものです。

「やれやれ」と頭を抱える事も多いですよね。

大学の創作クラスの授業で、その証拠が如実に現われてしまった面白い例を紹介しましょう。


コロラド大学のある教授が、隣同士の学生に男女のペアになってもらい、リレー小説を書かせるという課題を与えたのだそうです。

リレー小説なのでパートナーの短編の内容を良く読み、話しが流れるように書き加えて行かなければなりません。

そして二人が同意したところで完結するのですが、提出されたリレー小説は以下のようになり、かなりぶっ飛んだ面白い内容になってしまいました。


a0253145_2210411.jpg


第一章:(レベッカ作)

ローリーはどの銘柄のティを飲むか決めかねていた。
部屋でのんびり過ごしたい夜によく飲んでいたお気に入りのカモミール・ティ。
でも、今それを飲むとカールのことを思い出してしまう。
二人が幸せだったあの頃、彼はカモミール・ティが好きだと言っていたわ。
けれど、彼のことはもう頭から追い出さないといけない。
彼のことを考えすぎると胸が苦しくなって、なんだか喘息がひどくなったような気持ちになるもの。
だからカモミール・ティは選択から外そう。


第二章: (ビル作)

その頃、攻撃艦隊を率いるカール・ハリス軍曹はスカイロン4の軌道上にいた。
一年以上も前に、たった一晩だけの熱い夜を過ごしたノイローゼで思慮の足りない喘息持ちのローリーとか言うくだらない女のことよりも、もっと大事なことを考えなくてはいけないのだ。
銀河通信装置に話しかける。
「こちらハリス、静止衛星17どうぞ」
「極軌道は確立しました。現在のところ妨害は入っておりません・・・」
しかし彼が通信を切断する直前、粒子砲の青い閃光がきらめき、あろう事か彼の搭乗する戦艦の貨物室をぶち抜いたのだ。
この衝撃によって、彼は座席からコックピットの向こう側へと吹き飛ばされてしまった。


第三章:(レベッカ作)

彼は頭を打ち、ほぼ即死であった。
だが死ぬ前に彼が受けた苦痛は、彼のことを心から愛していた唯一の女性を精神的に傷つけてしまったという後悔だった。
そして、まもなく地球はこの平和な農夫たちの住むスカイロン4との、無為な敵対関係に終止符を打つことになる。
ある朝、新聞を広げたローリーは「議会は戦争と宇宙旅行を永遠に廃止する法案を可決」という記事を目にした。
その記事は彼女にとって嬉しくもあり、どうでもよかった。
彼女はぼんやり外を眺め、毎日がゆっくりと屈託なく過ぎていた若かりし頃を思い出していた。
思えばあの頃は、新聞もなければ、周りの美しいものに抱く素直な感動を邪魔するテレビもなかった。
「どうして無邪気さを捨てて、一人の女性にならなければいけないのかしら」
ただ切なく考えを巡らせた。


第四章:(ビル作)

ローリーがそのとき知らなかったのは。彼女にあと10秒しか命が残されていないことだった。
遥か何千マイルも離れた宇宙から、アヌ・ウドリアン母艦が最初のリチウム核融合ミサイルを発射したのだ。
一方的に宇宙における武装廃止条約を議会に通し、無理やり推進しようとする、うすのろで臆病な平和主義者どもは、地球をむざむざと敵対する宇宙人たちの無防備な標的にしてしまった。
宇宙人たちは人類を破滅させることが狙いなのだ。
条約が可決してから2時間と経たずして、彼らの母艦には惑星を粉々にしてしまう兵器が積まれ、地球へと向かっていた。
止めるものは誰もおらず、彼らは迅速な計画を開始した。
リチウム核融合ミサイルは妨害を一切受けずに大気圏へと突入する。
グアム沖の海底に停泊していたトップ・シークレットの移動潜水艦の中で、大統領は想像も及ばぬほどの巨大な爆発を感じた。
それはつまらない馬鹿女のローリーさえも一瞬にして気化させた。


レベッカ:
ばかばかしすぎるわ。
もうこれ以上この文学のまがいものを続けるのは真っ平よ。
私の課題のパートナーは、暴力的で男性優位主義で教養が半分の未熟な奴だわ。


ビル:
そうかい?それを言うなら俺のパートナーは、自己中心的で退屈で神経質で、書く内容は文字通り精神安定剤と同等だ。
「ああ、カモミール・ティを飲むべきかしら」
「ああ、それとも別の種類のくそったれなティがいいかしら」
「だめだわ、私どうしたらいいかしら」
「私は本当におつむの足りない間抜けだわ。きっとダニエル・スティールの小説を読みすぎたんだわ!」


レベッカ: ムカつく!

ビル: ビッチ!


レベッカ: ふぁっくゆー! この原始人。

ビル: 夢でも見ておねんねしてな、そしてティでも飲んで来い。


教授: 評価はA+です。とても気に入りました。

a0253145_2272360.jpg


ぷっ・・・

二人のやり取りの様子が目に浮かんで、思わず笑ってしまいます。

ハーレクインロマンスを書きたい女子と、ガンダムを書きたい男子。

改めて男女の差を歴然と感じる面白い小説になりました。

しかし教授もA+の評価をつけるあたり、こうなる事を予測して課題を出したんだと思われます。

リレー小説を最も楽しんだのは、教授本人だったのかも知れませんね。


創作クラスの課題からも、男と女とじゃ全く違うって事がはっきりしました。

まるで別次元を生きる生命体みたいですよね。

やはり男と女の間には、深くて暗い河が存在するのかも知れませんねぇ〜




[PR]
by viva1213yumiko | 2013-11-11 14:02 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

ファム・ファタル

a0253145_21201113.jpg
ファム・ファタルとは、男を惑わす宿命の女の事を指します。

男と運命的な出逢いをし、出逢った事によって男の運命をまったく変えてしまうような数奇な存在の女。

男を快楽の園へと導き、そして手放し破滅させる魔性の女の事ですね。


雰囲気がどこか謎めいていて、男がまだ知らぬ未知の世界へと誘ってくれるようなそんな存在。

憧れと怖れの入り交じる、感情の深いレベルから手招きされるような、抗しがたい魂の衝動。

ファム・ファタルとは男の運命を決める、ある意味不吉な女でもあるのです。


この、男にとって<極上の悪夢>のヒロイン像は、多くの芸術家たちにインスピレーションを授けたようで、オペラ・バレエ・芝居・小説でたくさん主題として扱われています。

特に19世紀末の欧州では、世紀末芸術家たちが作成した妖婦のイメージが発信源となり、広く一般に行き渡り流行したといいます。

[長くたらした髪・ミツロウのような肌・血のように赤い唇・とろんとした瞳]

こんな感じのファッションや化粧法が大流行したんだそうです。


これらの世紀末ファッションは、既にこの時点で完成の域に達していたのか、秘密めいたデカダンな意匠として現代に至るまで通用しています。

週末の原宿辺りでは、今日でも容易く観察する事が出来ます。


<カルメン> <サロメ> <マノン>

オペラでもバレエでも人気演目の中には、ファム・ファタルが繰り返し登場して来ます。

しかし物語を深読みしても、どうしても理解出来ない事があるんですよね。

それは、「なぜ男は悪女に惹かれるのか?」という点なのです。

本日はそこら辺に注目してみたいと思います。

a0253145_21215528.jpg

[ファム・ファタル : 破滅すると分かっていながら、男が恋にのめり込んで行かざるを得ないような魔性の魅力を持った女]   ラルース大辞典





一説によると、すべての少年は大人に成長するある段階で、一度は悪女タイプのファム・ファタルに惹かれるのだそうです。

破滅しそうなほど命取りの悪女のイメージ。

それが男性の心の成長に、なぜ必要だと言うのでしょうか?


例えば<カルメン>です。

聖職者志望だったドン・ホセを、誘惑して骨抜きにし、痴話げんかを繰り返し、盗みを働かせ、前科者に貶めて、結局殺人者にまで堕落させる。

もし自分がドン・ホセの身内だったなら、あんな性悪女とは一刻も早く切れさせたいですよね。
a0253145_21414978.jpg

考えてみれば生に対し空虚感・倦怠感を持ち、享楽的傾向のカルメンと、素朴な田舎者ドン・ホセとでは、最初から接点のない組み合わせじゃありませんか?

全然釣り合いが取れてませんよね。

しかし運命とは皮肉なものです。

運命が送り届けて来たのは、ドン・ホセを不吉に振り回す魔性の女。

彼が最も怖れ、そして憧れてもいる悪のイメージを、具現化する女性だったんですから・・・

カルメンの一体どこに、ドン・ホセは惹かれたのでしょうか?


ユング心理学では、男の心にあるすべての女性的傾向が人格化されたものをアニマと呼んで、男性の心の成長に多大な影響を与えていると定義しています。

言うなればアニマとは、男の中の隠された女性性の事なんですよね。

通常なら理知的・論理的な左脳思考で物事を解釈する男性の心に、渾然としたムードのようなものがムクムク涌き上る時があるのだそうです。

その不可解な情動こそが、非合理的なものへの感受性を研ぎすまし、直感力を育み、愛する能力を目覚めさせると言われています。


純朴で母親思いのドン・ホセの心は、実は表向きとは違い、束縛を解き放ち自由に生きたいという欲求ではち切れんばかりに膨らんでいたのかも知れません。

ドン・ホセのアニマは、潔い生き方をするカルメンというアウトサイダーに簡単に投影されてしまいました。

本当は彼自身が何より潔く生きたがっているのだが、家庭の事情もありそう簡単には行かず、自分を抑えている。

だからこそ望んでも果たせそうにない自分の夢を、まるで代弁して生きてるようなカルメンに、憧れ魅了され執着してしまうのです。

a0253145_21264346.jpg

実は誰の心の中にも、束縛を説き放ちたいという自由への欲求があります。

だから「自由か、死か!」というアウトサイダーに憧れる気持ちがある。

誰の心にも、カルメンのように<我を忘れるくらい熱く燃えてみたい欲求>が眠っているのです。

その欲求に無自覚なまま異性と運命的な出会いをすると、とてつもなく激しく、身も心も焼き尽すほど危険な恋愛へと踏み込む可能性が潜んでいます。

そして恋という名の天国と地獄を、のぞき見る幸福を味わう羽目に陥るのです。

恋とはやはり魔物です。

うっかり近ずいて大怪我しないよう、ご用心ご用心。


a0253145_21594844.jpg


追伸
あなたがカルメンを目指していても、ファム・ファタルとはあくまで周りの人間が評価する言葉。

「私ってファム・ファタルなの」と自分で名乗ったらそれで一巻の終わりになるので、くれぐれも気をつけて誘惑してみましょう。




[PR]
by viva1213yumiko | 2013-09-24 22:16 | オペラ・バレエ・映画 | Comments(0)

なぜ女はいつまでも嫌な記憶を忘れないのか?

あなたは恋人や夫と喧嘩するたびに、昔のことをほじくり返してネチネチ言ったりしていませんか?

「なぜ女は過ぎた過去のことを根に持つのか?」

働き盛りの中高年向けの男性雑誌に、ある臨床内科医が書いていたコラムを読んで、なるほど〜!とやけに感心してしまいました。
a0253145_2224126.jpg
「なぜ女はいつまでも嫌な記憶を忘れないのか?」

それは、嫌な思いをした記憶を忘れては困るからなのだそうです。

子を産み、育てる性である女性は、基本的に自分と子供の身の安全を第一に考えます。

自分に与えられた危害を忘れてしまうと、また同じ人に嫌な思いをさせられるかも知れません。

だから女は二度と同じ目にあわないために、嫌な記憶を脳に留めておくのだそうです。

女性の脳は不快な思いを、大脳皮質で処理するように出来ているらしい。

大脳皮質は知性、理性、言語といった、高度な脳の活動を司っているところですね。

女性は大脳皮質でネガティブな感情を捉えると、その感情を言語化し、長期記憶として蓄えてしまうのだそうです。

一方男性は感情を脳の中心の扁桃体という器官で処理する。

そこが司るのは短期記憶。 

だから男は昔のことをすぐ忘れてしまうようなのです。

つまり、女性の脳は感情をどんどん溜め込むバケツで、男性の脳は感情を網目から素通りさせるザルのようなもの。

そして女性のバケツはいつか水があふれ出し、突然ひっくり返ってしまう。

その時になって初めて男性は慌てふためくのですが、もう手遅れということも少なくありません。

「結婚後、知らない土地で寂しい思いをした」「育児を手伝ってくれなかった」など、妻が昔のことを毎日のように引きずり出しては自分を責めて困る。

そんな相談者に対して、この先生はこうアドバイスしたそうです。

「妻にしゃべりたいだけしゃべらせなさい。そして辛かったね、僕も悪かった、と共感してあげなさい。」

その相談者はそれから毎日、黙って妻の話しを聞き続けました。

すると一ヶ月後、「私も変わらないといけない」と妻が反省し始め、そしてある日「あなたがいないと私は生きて行けない」と、愛らしいセリフを語るほど変わったのだそうです。

相手の言葉を受け入れ共感してあげる、これが女性との対話の第一歩です。

日頃から夫婦間コミュニケーションに悩まされている中高年男性に向け、先生は優しく教え諭しておりました。


これは男性向きのアドバイスですが、女性の私も妙に納得してしまいました。

女性を理解する上で何より大切なのは、<受容>と<共感>なのだと改めて思い至ったのです。

妻たちの方だって、今更過去をどうしろと言ってる訳ではないんですよね。

そんなこと重々承知してるのだが、いまの怒りの気持ちを分かって貰えなければどうにも気が収まらない。

はっきり言うと「言いたいだけ・・・」 

ただそれだけの話しです。

こういう時、バケツがあふれて怒ってる女性の気持ちを、男性はまずはしっかり受け止め共感する必要があります。

そして「確かに君のいう通りで、怒るのは当然だ」と<支持>します。

その上で「もうこういうことが起きないようにこうするよ」と、<保証><説得>の段階に進んで行くのです。

相手が難色を示したら「じゃ、こうしよう」「こういう案はどうかな?」と解決案をいくつか出して選択させれば、それは更に良い結果を導くと言うのです。

なぜなら「女は選択するのが大好きだから」だそう・・・(笑)

a0253145_22251659.jpg


<受容>→<共感>→<支持>→<保証>→<説得>

こうして女性の愚痴・不満・不安と改めて向き合ってみると、ビジネスのクレーム対応と全く同じなんだということに気付かされます。

クレームを言って来るお客様にヘタに説明や反論をしたら、それは火に油を注ぐようなもの。

まずはお客様の言い分を100%聞き入れて、文句を言いたい気持ちを察して差し上げる。

全てはそこから始まり、そこへ帰ります。

考えてみればクレーム対応の出来いかんに寄って、却って好感度が増すってこともありますよね。

こういう時こそ、自分の評価を上げるチャンスです。


女性とのコミュニケーションがすれ違ったら、顧客のクレーム対応だと思って、ただただひたすら話しを聞きましょう。

そして解決出来るよう、誠意を見せ続けるのが基本となります。


世の男性諸君!

女性とのコミュニケーション術は、まずは基本の<接客マニュアル>からスタートですぞ。




[PR]
by viva1213yumiko | 2013-07-09 09:27 | 人生・霊性 | Comments(0)

手練手管

遊女がらみの話しをもうひとつ。

遊女たちは商売のために、男との関係を繋ぎ止める必要がある訳ですが、そのために客あしらいのテクニックを持っていました。

それは、遊女たちが「あんたをこんなに思ってますよ」「私の心の内をお見せしますよ」と、誓いを立てて見せつけた、巧妙な手練手管だったのです。

杉浦日向子さんによると、その方法には次のようなものがあったのだそうです。
a0253145_2193528.jpg



   1. 起請誓紙(きしょうせいし)

   2. 放爪(ほうそう)

   3. 入れ黒子(いれぼくろ)

   4. 貫肉(かんにく)

   5. 指切り

   6. 髪切り


1.の<起請誓紙>とは、誓いの言葉を紙に書き、神社に奉納する事ですね。

「私とあなたは決して切れません。二世を誓った仲でござんす」みたいな事をしたためて、ちょいと指を切り血判を押すのです。

同じ物を三枚書いて、一枚は男に、一枚は自分で、そしてもう一枚は神社に奉納すると言います。

神仏がらみの行為なので滅多な気持ちでやってはならないのですが、なぜか神仏がお許し下さる誓いの人数というのがあって、なんと熊野権現では25人まで<起請誓紙>が通用したんだそうです。 笑っちゃいますよね。

2.の<放爪>は、遊女が自分の爪を剥がして小さな桐の箱に入れ、「ほら、これがあたいの心だよ」と言って客に渡す方法。

お付きのかむろに爪を伸ばさせて、魚の血などを付けて、偽物を渡したりしてたそうですよ。

3.は<入れ黒子> これは<○○様命>と客の名前を二の腕に彫る事です。

けれど実際には彫り物じゃなく、油性の墨で描いておいて、暗い行灯の明かりの下で「ほらっ」って見せるのだそうです。

4.の<貫肉>は小さな小刀を振りかざし、お客の前で自分の太ももをザクッと刺す。

「あんたの事をこんだけ思ってるんだよ」って見せつける訳ですが、芝居用の血糊が仕込まれた小刀を使って演じて見せたとも言われます。

<指切り>とは字の通り、小指の第一関節のところにカミソリを当ててガツンと切り落し、桐の小箱で思う男に送りつける荒技。

<髪切り>とは、女の命である髪を目の前で切ってみせて、誠を誓うパフォーマンスですね。

吉原の中には専門の職人の住んでるエリアがあって、そういったパフォーマンス用の小道具を職人に依頼出来たと言います。

小指も髪も作り物で代用するのです。

a0253145_2112556.jpg

このように全てが嘘、虚構の世界なのですが、これらが顧客に対する出血サービスとなっており、特別パフォーマンスの意味を持っているのです。

だから客はそれを喜んで受け入れなければなりません。

そして遊女たちから<色恋>の仕方を学んで、<粋>な色男を目指したのです。


しかし、実際一番遊女にモテたのは、<粋>なひとでも<通>な人でもなかったと言うから皮肉な話しですよね。

特別どうって事もない、誠実な真人間が、遊女の心を最も捉えたんだそうです。

「遊女の深情け」って奴でしょうか・・・


なので、<通>だ、<粋>だ、と一生懸命努力しても、所詮は無駄な事なんですが、この無駄なところにエネルギーを傾ける馬鹿馬鹿しさこそが、江戸の文化そのものだと言えるんですね。

無駄を面白がるゆとりが、江戸時代の太平を支えていたのだと思います。




[PR]
by viva1213yumiko | 2013-06-28 22:20 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)