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骨盤王国の物語


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スポーツクラブでピラティスのクラスに参加した時のこと。


クラスの参加者は40~50代の女性が多く、意識高い系の大人の女性ばかりが集まっていた。


あろうことかインストラクターの先生も同じ世代。


だからレッスンは同世代同士の気のおけない雰囲気になり、加齢に伴うあの手の話題で大いに盛り上がりました。


<二の腕のプルプルを解消するエクササイズ><下腹部をスッキリさせるエクササイズ><くびれを保つエクササイズ><バストアップのためのエクササイズ><二重アゴ防止のエクササイズ>


つまり「もう若いとは言えなくなってしまった肉体をこれ以上劣化させないため、どのように対策を講じて行くべきか?」というテーマに流れて行った訳です。


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インストラクターの先生はこう言います。


「骨盤底筋群が弱体化すると内臓が落ちてポッコリお腹になっちゃうんです。若々しい姿勢も保てなくなる。尿漏れの原因にもなっちゃうのよ。だからインナーマッスルが決め手なの。女と生まれたからには骨盤底筋群を鍛えなきゃ!」


女性特有の婦人科系の不調には<骨盤の歪み>や<骨盤の冷え>の解消が何より大切です。


赤ちゃんを迎え入れる、聖なるスペース<骨盤>


<骨盤>って女性のアイデンティティーにとって重要なパーツなんです。


<骨盤>には女の<要石>が存在するんですね。


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先生は重ねてこう言う。


「骨盤底筋群を弱体化させないこと。それが女の花道よ!」


<女の花道>・・・


ふふん、ナイスだわ。


なかなか良いこと言うじゃないの、この先生。


でも何? 一体何を「弱体化させるな」ですって?


<骨盤底キング>・・・?


はは~ん、なるほど。


どうやら骨盤に住んでる王様が、弱体化しちゃってるって訳なのね?


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骨盤の底に筋肉があっただなんて・・・


ましてや<骨盤底筋群>なんて込み入った名称があっただなんて・・・


私はその日その時まで、全く知りもしなかったのだ。


生まれて初めて聞いた言葉に大脳の言語処理機能は上手く働かずに、どうやら誤作動を起こしてしまったようだった。


ふ~む、<骨盤底キング>ねぇ。


それってつまり、骨盤王国に住む王様のことなのよね。



それは、脳の誤作動から得られた<深遠なインスピレーション>とも言えるでしょう。


私の空想はゆっくり目覚め、大きく羽ばたきを始めたのであります。


骨盤王とその王国の物語。


骨盤底筋群から覗く世界。


皆さんにもちょっとお聞かせしてみましょうか。



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骨盤の王国は、度重なる戦争ですっかり荒廃しておりました。


国中のあちこちに敵兵たちの残した銃痕が残り、殺戮と暴力の爪痕がそのままの状態でした。


多くの住民は戦下を逃れ祖国を捨てたので、骨盤王国に残っているのは逃げたくても逃げられない貧しい者や、年老いた者・病んだ者ばかりです。


側近たちは国を捨て亡命するよう王に促しました。


しかし王は、


「自らの力で荒廃した国土を蘇らす。それが余に残された使命じゃ。」


と、国の再建を誓いひとり城に残ったのです。


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王は破壊された王国のために、ひとりコツコツと種を撒き始めました。


傷だらけの大地の再生を願い、蘇りの種を蒔いたのです。


嵐や雷がやって来て、撒いたばかりの種をしばしば吹き飛ばしました。


それでも王は諦めず、いつかの日か王国が花園になることを夢み、また最初から種を撒き続けました。


土をおこし、雑草を取り除き、種を蒔きました。


水を引き、橋をかけ、道を整えました。


気づけば20年の歳月が経っていました。


泥にまみれ、血まみれ汗まみれで鋤を手にした王の姿は、まるで浮浪者同然です。


しかしその瞳の奥には、どんな者よりも美しく光輝いておりました。

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ある日のこと。


骨盤の底の沼地を訪れた王は、この暗くジメジメした毒気をどうすれば取り除けるものかと真剣に考えておりました。


考えに夢中になるあまりついうっかりと手を緩め、持っていた鋤を沼に落としてしまったのです。


鋤がなければ大地は耕せない。


骨盤王国再建の道が閉ざされてしまいます。


王は途方に暮れておりました。


するとこの世のものとは思えないほど美しい女神が沼から現れ、王にこう言いました。


「あなたが落としたものはなあに? この金の斧? それとも銀の斧?」


正直者の王は「違います。落としたのは鋤ですよ。ホームセンターで売ってるような普通の鋤」と、答えました。


骨盤王はとても庶民派だったのです。


王の誠実さを知った女神は大層感激し、骨盤王とその王国の祝福を約束しました。


そして<脊柱>と呼ばれる王国の聖地の<アライメント>を整えるとおっしゃいます。


女神は王国の聖地に息を吹きかけ、かすかな振動を送り込みました。


すると骨盤の底に溜まった淀んだ毒素が霧のように晴れ、眩しい光が差し込んで来たのです。


不思議なことにその光を浴びると、この20年間王が植え続けた種が一斉に芽吹き始め、みるみるうちに骨盤王国を緑でおおって行ったのです。

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次の春、骨盤王国に色とりどりの花が咲き揃った頃。


復興した骨盤王国に次々と帰還した国民の前で、盛大な戴冠式が執り行われました。


女神が現れたあの沼は、こんこんと清水が湧く癒しの泉として人々に知られています。


心と体を癒す伝説の場所と、たくさんの人が身を清めに集います。


その光景を見て王は満足そうに目を細めています。


王様は今日もまた、王国の修理に余念がありません。





追伸:

コンゴの鉱物資源紛争地では住民支配のため、兵士らによるレイプが日常的行われている。


彼らにとってレイプとは、安価で確実な武器である。


無差別レイプテロの標的となった女たちの身体。


それがどれほどの破壊を意味するか、あなたには想像出来るだろうか?


女を破壊すること。


それはつまり大地の破壊を意味している。


女性たちの三分の2までが性暴力の被害者という、ありえない事実がこの地球上に存在している。


その現実に我々はどう向き合うべきなのだろう?


骨盤王国再生のお話しは、そのような事実を知って生まれたもの。


人間の善意と愛とは、いつだって王国再建の原動力になり得るのだ。



女を修理する男








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by viva1213yumiko | 2017-05-29 15:03 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

顔より太もも

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その時私の目は、ある広告ポスターに釘付けになってしまった。


それは戦国武者に扮した若い女性のポスター。


暗雲低く立ち込める中、赤銅色の鎧をまとった二人の美女が、ハチマキをキリッと締めて精悍な視線を投げかけている。


それをお洒落かと問われたら、やはりお洒落と言わなければならない。


しかし若い女性に鎧を着せ、一体何を伝えようとしてるのか、いまいちコンセプトが良く分からない。


私の注意を引いたのは写真でなく、ポスターに載っていたキャッチコピーの方。


そこにはこう記されていた。


顔より太もも。


は? フトモモって・・・? 


果たしてこれは何の広告だろう?


文字の読み間違いかと思い目を凝らしたが、やはりそうじゃない。


顔より太もも。 


確かにそう書かれている。



そこはサラリーマンの聖地、新橋SL広場であった。


ビジネス街だというのになぜかジャンパー姿の人がたくさんいる。


新聞を手に熱心にメモを取る人も多く、どことなく異質な雰囲気だ。


「そうか!」と、私は思った。


新橋駅前にケイリンの場外券売り場があったことを、ようやく思い出したのだ。


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2012/7月から開始された「ガールズケイリン」


国際的な判定基準を導入した女子のプロスポーツなのですが、皆さんはそんなのあるって知ってましたか?


それまでの男の競輪の世界に女子のプロリーグが門戸を開いたものだから、競輪場も華やかになり、すっかりラブリーな雰囲気となりました。


鎧武者の姿でポーズを取るのは「ガールズ・ケイリン」のアイドル的存在。


競輪学校を卒業してプロになった、小川美咲選手と高木真備選手。


「顔より太もも」というキャッチコピーの通り、アイドル並みの可愛らしいフェイスと、顔にギャップする逞ましい太ももの持ち主です。


ケイリン選手の良し悪しを見定めるには、太ももの太さも判定の基準になる。


だから選手たちは身長・体重を公表するように、太もものサイズも発表する。


誰が統計を取ったか知らないが、日本人女子の太ももの平均値は45~50センチなのだそうだ。


公表されている数値だと、小川選手54センチ・高木選手63センチとあるので、やはり平均値を上回る立派な太ももだ。


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ガールズケイリンには、AKB並みに<ガールズケイリン総選挙>というのがあるらしい。


人気投票でトップ7選手を選ぶ訳だが、人気だけでなく実力・実績を兼ね備えた者しか選ばれることはないという。


賭け事なだけにファンの目もシビアなのだそうだ。


この世界、可愛いだけじゃダメ。


顔より太ももが重視される、そんな<健脚商売>なのである。


ガールズケイリン・グランプリともなれば、選ばれし<太ももエリート>たちによる、<オールスター・肉弾太ももバトル>が繰り広げられる。


考えてみれば太ももとは、肉体パワーのメイン・エンジン部分。


鍛えあげられた太ももは、必ずや誠実な働きを見せてくれるはずだ。


強靭な太ももは決して人を裏切ることはない。


力のある太ももの持ち主でなければ自然と淘汰され、静かに消えて行くのみ。


ガールズケイリンはく太もも下克上>の世界なのである。


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顔より太もも。


困ったことにポスターを見てから、女性の太ももが気になってしょうがない。


ついつい男目線で眺めてしまい、自分でも恥ずかしくなってしまう。


前の階段を登る女子高生に目が行き、「それにしてもちょっとパツンパツン過ぎるな」なんて思ってしまうのだ。



理由はなぜか分からないけど、太ももって人間の身体の中でも凄く魅力的なパーツですよね。


第一「フトモモ」って語感がいい。


「オッパイ」もイイ語感してるけど、「フトモモ」には匂い立つような、そしてこそばゆい余韻のようなものがある。


太腿、腿も、桃のうち・・・・


こそばゆい余韻とは、そんなイメージがぼんやり脳裏を過ぎるようなことだ。


さらに言えば、女の太ももって縁の下の力持ち的なところがあって、いかにも地道で誠実そうな印象だ。


控えめで恥ずかしがり屋、だけど妙にスベスベしてる太ももは、男たちにはすこぶる評判がよろしい。



そういえば知人の絵描きは「とにかく女の太ももは、ムッチリ肉が付いてなきゃ話しにならない」と、力説していた。


画家が言うことだから、ある種の審美眼からの見解なのだろう。


美学的な視点から言うと、スレンダー美女の「細もも」はチョット残念なようなのだ。


「細ももの女は薄情そうでいけない」と、画家は言う。


「太ももは誠実だ。そして裏切ることがない」とも言っていた。


さらに「ムッチリした太ももでなきゃ、太ももとしての存在価値が証出来ない」とまでのたまう。


当時は「そんなものかなぁ」と思いつつ話を聞いたが、やはり本当の話しだったのかも知れません。


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私がこれまで聞きかじった話しでも、女の太ももで耳掃除をして貰うことを<男の極上の夢>と信じる者は多かった。


耳掃除の時、頬に当たる甘酸っぱい太ももの感触を想うと、やはり太ももはムチムチでなきゃ話しにならないらしいのだ。


ムッチリ太ももは男たちの暴走する白日夢を、確実に下支えしてると思われる。



しかし一方で、ミニスカートから露出している太ももに隙間がなかったらがっかりする、という意見も少なくない。


太もももの間の三角の隙間に、女性らしさや色気を感じるというのである。


う〜む、一体どっちが本当なのだろう?


男たちの脳内エロチカって、ホント女には理解し難いものがあります。



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顔より太もも。


<ガールズケイリン観戦ツアー>を皮切りに、競輪業界ではあの手この手のイベントが催されている。


<ガールズケイリン・コレクション>とか、<ガールズケイリン・フェスティバル>とか、まるでファッション業界のような華やかさだ。


面白いことに<甘党男子とのコラボイベント>なんていうものまである。


逞ましい太ももに躍動する生命力を感じ、草食男子はケイリン女子に魅かれるということだろうか?


もうこうなると、まるでお祭り騒ぎである。



ケイリン選手たる者ならば、太ももの強い筋肉美が何よりの魅力。


日々のたゆまぬ努力が太もも美人を作り上げる。


太ももは、いわば彼女たちのアイデンティティーなのだ。


一口に太もも嗜好と言っても、ガールズケイリンのファンには様々なこだわりがあることだろう。


もっと専門的に細分化し、「大腿四等筋フェチ」とか「ハムストリングフェチ」とか、そういうコアなファン層もきっと存在するはずだ。


ケイリンファンにとって、どの太ももに投票すれば自分の欲望が満たされるのか大いに悩むところだろう。


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理想的な太ももってあるのだろうか?


ロココの時代のはセルライトがたっぷりついた、崩れる直前の肉体が豊かで美しいとされていた。


1960年代のように、ミニスカートの小枝のような足が美しかった時もある。


美の基準というものもは、時代と共に変化して行く。


万人に受け入れられる太ももなんて存在しない。


だから自分の太ももを、自分自身で愛してあげるしかなさそうだ。

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顔より太もも。


結局このコピーには女性に対する応援メッセージが込められているのだと、そんな風に思いたくなってしまった。


顔に比べてしまえば太ももの存在は、ドン臭いぐらい無個性だ。


それでも太ももには、太ももにしか出来ないことがある。


それを見つけて育ててあげること。


それが何より幸福の秘訣になるだろう。


皆んなが皆んな、自分の太ももを愛し受け入れ、自信を持って歩んで行けたら、世界平和に繋がるかも知れないのになぁ〜



ゆるみ気味の自分の太ももを摩りつつ、年の瀬にそんなことを考えていた。


年末だというのに案外ヒマな私である。


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by viva1213yumiko | 2016-12-19 14:36 | 美容・健康 | Comments(0)

センテナリアン

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あなたは何歳ぐらいまで生きたいですか?


現在、日本の平均寿命は男性80.5歳、女性86.8歳.。


男女合わせると83.7歳で、日本は世界で一番の長寿国家なのだそうです。


確かに周りを見渡してみても元気なお年寄りばかりで、明らかに日本は高齢化社会に突入してるんだなぁ〜とつくづく感じます。


80代90代の老人なんて、まだまだチョロいチョロい。


<センテナリアン>と言って100歳以上を生きる人が、今や確実に増えているのです。


世界には推定50万人以上もの<センテナリアン>がいると言われますが、その数は年々急上昇しているらしい。


日本はアメリカに次いで2番目に<センテナリアン>が多く、調査が始まった1963年当時は153名だけだったのに、1998年には1万人、2003年には2万人、2012年には5万人以上と、<センテナリアン>は短期間で倍増しているのです。


この勢いだと21世紀中に、100歳以上のお年寄りが100万人とか200万人とか、膨大な数に達してしまう見込みです。



それって凄いことですよね〜


そのような超高齢化社会になると、人々の人生観や家族観も今とは全く違って来るのは確実です。


仕事にしても結婚にしても寿命100歳に合わせて、何というか意識の心構えみたいなものが必要となります。


離婚・結婚を繰り返すような婚姻関係が当たり前になると、夫婦や家族のあり方そのものが、新しい形態を取らざるを得ません。


一人の相手と生涯結婚を維持したカップルなんて、国民栄誉賞が与えられるぐらいの名誉となるんじゃないでしょうか?


マスコミが押しかけ、国から報奨金が出るくらいの、スゴい偉業です。


またお年寄りのイメージそのものも、全く違ったものに変わってしまうことでしょう。


今どきはファストフード店にもシニア世代のクルーが増えてますよね。


マニュアルにはない温かみのある対応で「むしろ癒される」と若い人たちにも好評なのだそうです。


新しいお年寄りが台頭して来れば、どんどん新しいニーズも生まれるだろうし、今後20~30年で高齢者をめぐる世の中の常識も激変するに違いありません。


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それにしても100歳になった<センテナリアン>の自分を想像してみても、なかなかイメージが浮かばないんですよね。(当たり前だが)


う~ん、困ったなぁ~


あっ、そうそう、そうだった!


100歳になった時の自分のイメージは、スター・ウォーズのヨーダ。


それががイイ!


フォースの使い方を若者に教えられるような、そんな<センテナリアン>を目指したいです。



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ところで学問的に見ると、人間は100歳よりもっと長生き出来るはずだそうですよ。


生理学の説によると、すべての動物は成熟期の5倍の生存力を持っているそうで、人間の成熟期を25歳とすれば、理屈ではその5倍の125歳まで生きられるはずなのです。


ギネスの公式長寿記録には、110歳代の現役長寿者の名前がたくさん並んでいます。


世界最高の長寿記録はフランス人のジャンヌ・カルマンさん。


その寿命は122歳164日だったそうで、泉重千代さんもビックリです。


多くの研究者たちの意見では、どうやら「人間の限界寿命は120歳前後である」という説が有力みたいです。



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早稲田大学を創立した大隈重信は、人生50年と言われた明治時代に<125歳天寿説>を唱えていました。


周囲には大ボラ吹きと思われてたようですが・・・


「人間は本来125歳までの寿命を有している。適当な摂生を持ってすれば、この天寿を全うできる。」


とし、生理学の理論に加え「精神の力が体力に克つこと」という精神論を持論としました。


「何事も楽観的にみること。怒るな、貪るな、愚痴をこぼすな。そして世の中のために働け。」


と、口癖のように言っていたそうです。


昔の大人物って、みな最終的に精神論に行き着きますねぇ〜


スピリチュアリティーが寿命論にもあらわれて来るところが面白いですね。


大隈先生は毎朝5時起床、9時就寝という規則正しい生活を送り、自らの精神論を実践していたが、結局83歳でお亡くなりになった。


しかし「人間は死ぬまで活動しなければならない」っていう彼の主張には大いに賛同したいです。


「人間は老年になるに従って、いっそう急進的になり積極的になり、不動明王のごとき火を背負うようにならねばならないのであ~る。」


と、過激にもそう演説してたんだそうですよ。



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タバコを吸い続けると寿命は6年縮むらしい。

肥満は寿命を6年縮め、睡眠不足の生活は4年縮めるという。


独身の場合、男性は8年、女性は4年縮めるそうです。


寿命って大切にしないと、手のひらからどんどんこぼれおちてしまうんですね~


人生ってやっぱり夢のようなものかも知れません。



楽しく健康に生きられれば、なるべく長生きしたいというのが人間の本望です。


生きがいを持って楽に生きれるなら、確かにできる限り長生きしたいですよね。


しかし、この「楽に楽しく」っていうのがポイントとなりますね。


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何かで読んだのですが、人が人生を楽に生きて行くためには3つの<さ>が必要なのだそうです。


「3つの差」ではなく、あくまでも3つの<さ>なのですが、さあ、一体何でしょう?



それはこの3つのことなんです。



    優し<さ>・謙虚<さ>・冷静<さ>




「思いやりの心を忘れずに、驕り高ぶることなく、常に淡々と生きる。」


そんな風な毎日を過ごせれば、きっと健康・長寿は間違いありません。


長生きしたい欲はあるけど、それに執着することもなく、このいのちすべてをお任せしちゃうような気持ちで生きれば、それで万事良いのかな?って気がします。


「淡々と生きる」って、きっとそういうことなんだろうと思うのです。



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おまけ:

ジュダイ・マスターは900歳まで生き、自らの意思で肉体を消滅させたという。


いつかはきっとそういう風に死んで行きたいと思いつつ、相変わらず今生をジタバタと生きてる私であります。



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by viva1213yumiko | 2016-09-16 12:42 | 美容・健康 | Comments(0)

扁平足という名の病い

初めて扁平足を意識したのは小学校の水泳教室の時だっただろうか?


それ以来、扁平足という名の病いと長いお付き合いをしています。

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夏休みのプール開放日。


プールサイドの焼けたコンクリに足型をつけ、みんなで遊んでいた時のこと。


私の足型だけが若干違うと気づいた子が、それを目ざとく指摘した。


「なんかYumiちゃんの足、変なカタチ~」


そう言われ良く見ると、あらま、確かに他の子と違って足型の窪みがないっ!


ドナルドダックの足跡みたいで、キュッとしたくびれ部分が見当たらないのだ。


「足へ~ん!カタチへ~ん!変、変、へ~ん!」


子供ってのは残酷なものですね。


そっか、私の足って「変、変、へ~ん」なのか・・・


その日から、私は扁平足の十字架を背負うこととなったのです。


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そもそも人は皆、誰もが扁平足として生まれ落ちるのです。


赤ちゃんには土踏まずは存在しません。


土踏まずの足裏アーチは、8~9才頃からの成長過程で形成される器官なのです。


考えてもみてください。


自然界では人間だけですよ。


たった2枚の足の裏だけで体重を支えて立ってる動物は・・・


何十キロもの体重を、たかが20~30センチの足裏で全て受け止める。


しかも一番上に重い頭が乗っかってるんのだから、それはそれはアンバランスな状態です。


土踏まずの空洞はそのバランスを補うために考案されました。


機能的なデザインを重視した<二足歩行用高感度センサー>


土踏まずのあの絶妙な窪みは、自然界における<グッドデザイン賞>なのです。


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さて、「変、変、へ〜ん!」な私の足型も、その後の成長で人並みの足裏アーチが作られ、扁平トラウマとはすっかりお別れ出来たと思ってたんです。


ところが2~3年前からだろうか、またあの十字架が立ちふさがって来たのだ。


立ち仕事やヒールや合わない靴。


加えて加齢や運動不足・・・


積もり積もってアーチがしぼんで、圧力調整の効かない東京ドームみたいになっちゃったんです。


こういうの、専門的には<静力学的扁平>って言うんだそうですが・・・


つまり長年の時を経て、扁平足が甦って来たってことなんです。



つまずきやすくなった。


ジャンプが出来ない。


つま先立ちも出来ない。


出来てもバランスが取れずグラグラする。


足が疲れやすい。ムクミやすい。


衝撃吸収できないので、足裏がすぐにジンジン痛み出す。


<隠れ扁平>の典型的な症状のようです。


ま、要するに筋肉や腱や靭帯が弱くなった分、複雑な足の骨格を支えきれなくなってる訳なんだけど、これらの扁平症状に対する対処療法というのが何となく可笑しいんです。



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まずは靴。


合わない靴とはすぐにさよならしましょう。


テーピングやサポーターなどで矯正するか、あるいは扁平用インソールを使用すべし。


家の中では裸足生活。


極力足を解放して自由に解放してやることが大切です。


そして迷わず足のエクササイズを日課とすべし。


昔の日本人は普通に生活するだけで足裏が鍛えられていました。


しかし現代生活では、その分を意識的なエクササイズでカバーしなければなりません。


<足指ジャンケン>や<足指綱引き><ビー玉つかみ>や<タオル寄せ>を基本のエクササイズとし、足底筋のトレーニングに励まなければならないのです。

 

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扁平足って昔はなかったらしいですよ。


昔の人は裸足に下駄や雪駄でよく歩いたので、自ずと足底筋が鍛えられていた。


足の裏は大地と接する大切な部分です。


昔の人は大地にしっかり足をつけ、今よりよっぽどグラウンディングして生きていたのでしょうね。




ところでお釈迦様の身体の<三十二相八十種好>って知ってますか?


徳の高い人間にあらわれる目に見える特徴を網羅したものなんですが、この三十二の相のひとつに笑っちゃうけど<足下安平立相>というのがあるんです。



<足下安平立相>(そくげあんぴょうりゅうそう)


  足の裏が平らで、地を歩く時足裏と密着して、その間に髪の毛ほどの隙もない


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ほらね、お釈迦様って重症のヘンペーです。


大地に完全に密着してて、髪の毛の入る隙間もないくらいグラウンディングしてる。


扁平はミホトケの分け隔てない慈悲心を意味するんだそうですよ。


なんかそれを知り、ちょっと鼻高々な私です。




[老化は足元から忍び寄る] と、言われています。


グー・チョキ・パッ! それ、グー・チョキ・パッ!


仏の慈悲に委ねつつ、日々足指ジャンケンに励む私なのであります。


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by viva1213yumiko | 2016-08-28 19:08 | 美容・健康 | Comments(0)

究極のパクチー・エクスペリエンス

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「これは禁断症状の発作なんだろうか?」

と、そう思えるくらい無性にエスニック料理が食べたくなる時があります。

突発的に訪れる、エスニックに対する欲望。

どうやらそのほとんどは、香味野菜パクチーへの欲求だと分かりました。

それは私だけではありません。

友人たちとタイ料理店へ行く計画中、パクチー中毒の恐ろしさを目の当たりにしたのです。

友人A 「ははん、偉そうなこと言ったってダメよ。ほらね、体がこんなにパクチー欲しがってんじゃない」

友人B 「くっ・・・た、確かに欲っしてるわよっ!」


アルコール、ギャンブル、薬物、SEX、人間関係、仕事、買い物・・・etc,

世の中には様々な中毒があるが、パクチーの禁断症状も決して侮れません。

一度ハマると他の香味野菜じゃ物足りない体になってしまうのです。

友人たちは、普通の薬味では決して満たされない者同士、お互いの体を慰め合っていたのだ。

パクチーはクセになってしまうんです。

人間やめますか? それともパクチーやめますか?

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パクチーとはセリ科の一年草で、独特の香りが特徴です。

英語でコリアンダー・中国では香菜(チャンツァイ)・インドではダニアーと呼ばれ、暖かい地域なら世界中どこでも育ち、昔から医療や調理に用いられて来た植物です。

古代エジプトではマラリア薬だったし、亡骸と一緒に墓に葬る習慣もあったそうですよ。

現代でも炎症緩和・浄血作用・体内毒素排出などの薬効が認められています。

ビタミンA・B2・Cが豊富なので、老化防止・アンチエイジング・気分鎮静・食欲増進・消化器官活性化などに効果があり、中華・タイ・ベトナム・インド・メキシコ・ポルトガル料理には欠かせない食材です。

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アジアンエスニック料理が好きか嫌いかは、ひとえにこのパクチーを受け入れられるかどうかに掛かっている。

あるアンケートによると、パクチーを好む人と好まない人の比率は50対50。

<パクチー好き>派と<パクチー嫌い>派、まさに真っ二つに分かれるのだそうです。

パクチー嫌いの人にその理由を聞いてみると、口を揃えて「あの香りには耐えられない」と言う。

研究によるとパクチーNGの人は、パクチーOKの人とは生まれつき遺伝子構造が違っていて、それが原因でパクチーを受け付けないらしいのだ。

フレッシュな生パクチーをもぎった時に、指先に残る何とも形容しがたいあの匂い。(それはカメムシと同じ匂いなのだが)

NG派は遺伝子情報のせいで脳が食べ物とは認められず、芳香剤とか石鹸みたいな何かと判断してしまうのだそうです。

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一方でパクチー愛好家にとって昨今のパクチーブームは、夢に見たパラダイスの到来に違いありません。

最近では大手食品メーカーからもパクチー関連商品が続々と発売され、スーパーの陳列棚も賑やかです。

パクチーソース・パクチーペースト・パクチーパウダー・パクチードレッシングなどが並び、もう一部の愛好家のものだけではなくなっています。

特に平成生まれ以降の若者はいわゆる<パクチーネイティブ>で、日常的にパクチーと接し成長して来ている。

<パクチーネイティブ>はそれまでの日本人の嗜好とは異なり、ネギ・ニラ・シソを扱うように軽やかにパクチーとお付き合い出来るのです。

彼らのような<パクチーネイティブ>が着実に増えれば、日本の食文化はまた一歩確実に進化するでしょう。

伝統的な和食文化と市民権を得たパクチーとの、華麗なる融合がなされるのです。

パクチーご飯やパクチー味噌汁だけでなく、パクチーのおひたし・パクチーのごま合え・酢みそ合え・パクチー天ぷら・パクチーしゃぶしゃぶ・すき焼きパクチー・ネギトロパクチー・パクチーのり巻き・パクチーそうめん・パクチー豆腐・納豆パクチー・パクチー卵とじ・つくねパクチー・お刺身パクチー・パクチー刻み漬け・パクチー鍋。

八寸・お造り・煮物・蒸し物・揚げ物と、新しい日本食文化(ヌーベル・ジャポネーズ)が数多く生まれることでしょう。

おやつだったらパクチー羊羹・パクチー饅頭・パクチー煎餅・パクチー草餅。

パクチーアイスやパクチープリン・パクチーカステラは子供にも人気です。

パクチー茶と一緒にどうぞ召し上がれ。 

パクチー・スムージーやパクチー・ソイラテなど、お洒落な女子に流行りそう。

大人にはパクチー・ビールやパクチー・モヒート、いかがでしょうか? 

ほらね、パクチーメニューのフルコース、結構行けそうでしょ?

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このようなパクチー勢力の拡大は、<パクチー嫌い>派にとって暗黒時代の到来を意味します。

パクチーOK勢力とパクチーNG勢力とのあいだに対立構造が生まれ、小競り合いが起こるかも知れません。

パクチーヘイトの極右勢力、<嫌パク連>の活動家は「たとえ死のうともパクチーだけは口にすまい!」と盛んに弾糾する。

パクチー原理主義団体<真性パクチスト同盟>による彼らへの弾圧が強まり、<嫌パク連>は捕らえられ、裁かれ、公衆の面前で吊るし上げられる。

自己批判を強要されるのだ。

「パクチーヘイトの咎を繰り返さぬよう、被告人には再教育が必要である」

「よって、被告人に<パクチー責め>を執行する!」

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活動家は濃厚なパクチーの臭気を嗅がされ、一瞬にして意識を失いました。

どのくらいの時間が経ったのだろう。

気づいた時は青々したパクチーベットの上、生パクチーで猿ぐつわされ身動き出来ず拘束されていた。

再教育が始まるのだ。

パクチー信者の女たちが、よってたかってパクチーの絞り汁を両目に擦り込む。

そしてパクチーを束ねた丈夫なムチで、罵声を浴びせながら満身の力でムチ打つのだ。

「パクチー様に逆らうとは不届き者め!」

「ええい、パクチー様に服従を誓うのじゃ!」

パクチー様への帰依と自己放棄を誓うまで、<嫌パク連>への過酷な拷問は続くのであった。

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意識の極限の壁を越えた時、そこには新しい地平がやって来る。

どんなにパクチー嫌いの人間でも、このイニシエーションを体験したなら脳のシグナルが根本から変わってしまう。

これはある意味<聖なる苦行>なのです。

<聖なる苦行>が遺伝子情報の書き換えを促し、<嫌パク連>をパクチーフリークに変容させるのだ。

苦痛と快楽は表裏一体。

ランナーズ・ハイと同様のパクチー・ハイをもたらすに違いありません。

ああ、それは究極のパクチー・エクスペリエンス!

別次元の楽園に誘う、究極の体験なのであります。




な〜んて、これは単なるホラ話し。

別に<ニラ責め>でも<春菊責め>でも、何でも構わないんですけどね〜

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by viva1213yumiko | 2016-08-13 16:29 | 衣・食・住 | Comments(0)

ギックリの教え

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今年の春はお花見のタイミングも逃してしまったし、今にして思うと、やっぱりどこか調子がおかしかったのです。

真冬のコートを出さなきゃならないくらい、冷たい雨が降り続く、そんなある日の事。

冷えた身体を暖めようとバスタブに湯をはり、洗面台の下のシャンプーを取ろうと腰をかがめたその時です。

かすかに「ミリッ」と嫌な音がしたのです。

「ヤバッ! これってギックリ?」


<腰>とは、月偏に要(かなめ)と書きます。

立つ、寝る、座る、歩く・・・

どんな動作をするにも、身体の中心で要となって働く重要な場所、それが腰なんですね。

その時、左腰に鈍い電流のような衝撃を受け、立つ事もしゃがみ込む事もままならなくなり、私は洗面台に肘をつき、なす術もなく固まりました。

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「身体とは聖なる神殿。 大切にしないと神は降りて来てはくれない。」

かねてからその言葉を信じていたので、肉体のケア、健康へのケアは結構気を使ってるつもりでした。

少なくともここ3~4年は、病気知らず、怪我知らずで元気に過ごしていたはずなのに・・・

ギックリ腰は突然けたたましいサイレンを鳴り響かせ、私のところへ舞い降りて来たのです。

災難は忘れた頃にやって来る。

これはまさに緊急の非常事態であります。



この肉体を使い続け、早50年を過ぎてしまいました。

どんなに性能の良い機械だって、ガタが来て当たり前の年月です。

「これからは肉体の劣化・老化と、嫌がうえでも付き合って行かなきゃならないんだなぁ〜」

そんな現実を改めて思い知らさられて、ちょっと凹みます。
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人間の不幸のひとつにこんなものがあります。

心は一向に変わらないのに、その心を包む外形・肉体は確実に老化して行くっていう不幸です。

つまり年齢を重ねるにつれ、魂とその入れ物との間にミスマッチが起こる訳ですね。

人生のある地点から、肉体と魂との勢力分布の不均衡が始まって来るのです。

人はこの矛盾にどう対処すべきか?

中年期に達したオジサン・オバサンたちは、この立ちはだかる矛盾点から、新たなターニングポイントが始まる訳なのです。


この痛みやすい肉体を長持ちさせるために、我々は絶えず修理をし続けなければなりません。

頭痛・歯痛・風邪・腹痛・・・

考えてみれば、人の一生は痛みのオンパレードです。

肉体とは、なんと手間のかかる厄介者なのでしょうか。

インドの山奥で修行するマスター達ならきっとこう言うでしょう。

「意識を肉体から引き離して、肉体への執着から解放するのだ!」

しかし凡夫である我々は、この肉体の調子が狂い修理が必要になった時には、一体どのように対処すれば効果的なのでしょう?

骨盤ベルトと湿布剤とで、そんな事を悶々と考えていた私は、偶然にもある著書を紹介した記事に遭遇してしまいました。

それは日本初のヨガ行者と言われる、中村天風氏の「運命を拓く」という本の紹介記事でした。
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この現象界に存在する一切の事物の根底は、科学的にのみ見れば、物質的なものであるが、哲学的に観察すれば、どこまでいっても非物質的な、精神的なものである。

すなわち、眼にも見えないし、観念で想定しなければ想定できない”宇宙霊”という一つの気が、全宇宙を支配し、それが宇宙の本質になっている、ということである。とすれば、運命も、健康も、自分の心の思い方、考え方で、良くも悪くもなるのだということがすぐわかるはずである。(抜粋)



「運命も、健康も、自分の心の思い方、考え方で、良くも悪くもなるの・・・」

人間は自分の考え方次第で、宇宙はそれに呼応した状態をもたらす、というのがこの本の主張です。

だから運命を拓くためには、


   積極的な考え方をすること

   口から出る言葉を大切にすること

   何にでも感謝をすること

   笑うこと

   利他の心を養うこと


これらを習慣づける事が何よりも大切なんだそうです。

つまり失恋しようが、借金しようが、病気になろうが、どんなに嫌な事があってもその事に感謝して積極的に考える。

しかも「無理やりじゃなく、本心からそう考える事が、その人に明るい肯定的な現実を創り出す作用がある」という概念なのです。


口から出す言葉には言霊があります。

口から出て来る言葉を積極的・肯定的にすれば、色々と良くなるのです。

だからどんなに苦しい時でも、自分が今、この状況をどう考えてどう解釈し、どう口に出しているかに気付いていなければなりません。

しかし本当に具合が悪い時、無理して「具合が良い」と言えば治るかというと、これは明らかに嘘があるので却って治りません。

なので具合の悪い時は、具合の悪いままの状態を「出来るだけ気にしない」という微妙な心理状態をキープするのが良いようです。

つまり「気になる事から気をそらす」「気になる事を考えない」のが最も望ましいのです。
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なぁるほど~!

腰のトラブルで意気消沈していた私には目からウロコ、自分が丁度必要としていたありがたい<お導き>です。

寝返りうつたびに「イタタ、イタタ・・・」と、ブツブツ愚痴っていたのをきっぱりと止め、「気になる痛みから気をそらす」「気になる腰を考えない」に切り替えてみました。

そして「ギックリ腰よ、ありがとう!」という気持ちに、かなり強引に持ってっちゃったのです。


すると自分の日常の仕草やポーズ・姿勢など、腰に悪い癖の数々が思い出されて来たのです。

それは腰を痛めたからこそ初めて気付いた、思い当たる節のある、明らかな腰痛原因でした。

足に負担をかけてた靴や、バランスを崩す鞄の持ち方、足の組み方にも心当たりがあります。

知らぬ間に身体に負担をかけてる生活習慣もありました。

もう少し運動して身体を動かす事を、私のこの肉体が望んでいる事も分かりました。

ギックリ腰が、私に色んな事を教え始めてくれたのです。


反省すべきは反省し、改善すべきは改善する。

腰のトラブルからも確実に、前へ前へと一歩ずつ進んで行けるはずです。

そんな風に考えを改めたせいなのか、私のギックリはみるみるうちに骨盤ベルトの支えを必要としなくなって行ったのでした。
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「この世は本質的に調和した美しい世界であり、宇宙という存在は否定的な部分を持たない」

と、中村天風氏は言ってます。

私も今回のこのギックリ体験から、人間の肉体は、本来調和のとれた神殿のように、やはり完璧に作られているんだって事を教えて貰ったような気がします。


何にでも感謝をして、積極的な考え方をしよう!

ギックリ腰よ、ありがとう!




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by viva1213yumiko | 2015-04-28 12:37 | 美容・健康 | Comments(0)

ニキビ引き寄せの法則

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「思考の力で自分の肌を美しく変えられますか?」

ティーンエイジ向けの引き寄せの法則本の著者に、ある少女からこんなクエスチョンが寄せられてました。

友人の鼻の上に出来たニキビをからかった少女は、引き寄せの法則に従って、自らのおでこに感染症のようにニキビを招いてしまったのです。

卒業記念のダンスパーティーを間近に控えて、出来てしまったニキビを必要以上に悪者にした結果、少女はストレスで更に肌を悪化させてしまったようです。


著者のアンサーはもちろん、<YES>です。

「ニキビのことを気にしすぎてはいけません。悪循環を止めるには嫌なことに執着してはダメです。

肌を良く洗い、薬でも塗って、後は放っておきましょう。

ニキビのことは忘れ、きれいな肌をイメージし、それを信じるのです。

美しい肌に感謝し、荒れた肌にパワーを与えないように、そのことを一切考えないようにしましょう。

悪いイメージを忘れ、良い結果を信じていれば、やがて完璧できれいな肌を引き寄せることが出来るでしょう。」

と、優しくシンプルに回答されておりました。


回答者の哲学だと、[ニキビと戦って敵を打ち負かすのは逆効果。純粋に治った肌の状態を考えるべし] という事のようです。

でないと、[ニキビという敵に意識を向けすぎて、さらなる悪化を引き寄せてしまうであろう] と言うのです。


また細菌やアレルギー以外の、本来の重い病気も、ニキビと全く同じ原理で治癒が起こると主張しています。

「あなたが何かを考え、それに関連した感情を抱くと、あなたの身体全体にホルモンが分泌されます。

ポジティブな思考はポジティブなホルモンを分泌し、信じられないほどの快感をもたらします。

ネガティブな思考はネガティブなホルモンを分泌し、快感を消滅させます。

否定的な考えを続けると、ストレスが体内に否定的な化学物質を作り出し、それが実際に身体の免疫システムに悪影響を及ぼし、病気・疾患を引き寄せてしまうのです。」


そういえばイエス・キリストも布教活動中、「娘よ。あなたの病気は治った。あなたの信仰があなたを救ったのです。安心して行きなさい。」なんて、強力なポジティブ暗示で人々を癒して回ったんだっけ・・・

<ポジティブワード>→<ホルモン分泌>→<快感>→<心身の調和>

やはり、このプロセスが健康な身体の秘訣になるようですね。


1にポジティブ、2にポジティブ・・・

3、4がなくて、5に快感・・・

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更年期になってホルモンバランスが乱れるのか、ふと気付くとひがみっぽくなっている私。

いかん、いかん、要注意!

お顔にブツブツ出来ちゃうじゃない。

若い頃と違って、一度吹き出物出来ると治りが遅いのよねぇ。

ちょっと虫に刺されただけでシミになっちゃうんだから。

やだやだ、ホント年は取りたくないものよねぇ~

あっ、あかん! 

またしてもネガティブ思考になってるじゃない。

え〜い、やり直~し!


<ポジティブ>→<ホルモン>→<快感>→<調和>

たったこれだけのシンプルな法則を、私たちは右往左往して複雑にしてしまってます。

人生の色々な体験を通じて<思考が作る引き寄せの法則>に熟達することが、私たちに課せられた修行なんじゃないかって、そんな気もしています。



[肉体と精神の健康の秘訣は、過去を悲しむのではなく、将来を心配するのでもなく、今というこの瞬間を賢く生きることです]      仏陀 


   

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by viva1213yumiko | 2013-08-16 23:14 | 美容・健康 | Comments(0)

バレリーナは甲美人

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パンプスってありきたりの定番だけど、女性の足を一番奇麗に見せてくれる靴ですよね。

パンプス・シューズはここ一番、キチンとした装いを要求される時、頼りになる存在です。

けれど、足の甲の部分がむき出しで引っ掛かりがなく、とても疲れやすいのが問題です。

もともと貴族が宮廷内で履いた靴なので、屋外を歩くために作られていません。

晩餐会や舞踏会の時、足先からエレガントに振る舞う、言わば見せるための靴なので、実用には向かないのです。

だから現代の働く女性がパンプス・シューズで通勤するのは、考えてみるとかなり不自然な行為で、足裏マッサージやリフレクソロジーがこれだけ盛況なのも、パンプス通勤の功罪と言えるのかも知れません。


同じパンプスの中でも極め付きまで甲を見せたデザインを、バレエ・シューズと呼んでいます。

バレエ・シューズとは、バレリーナが踊る時、足先の動きをみせるための靴。

踵や足裏の繊細な動きを、靴を履いたまま表現出来るので、エレガントを足先で表現するバレエ芸術には必携のものです。

そして舞台では極限まで天に近づくため、つま先立ちのトウ・シューズ(ポワント・シューズ)を履くのです。

1㌢でも高く伸び上がり、重力からの解放を目指したバレリーナたちは、この世とあの世を行き来する、美しい妖精や天使と同じような存在だと定義されました。

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このトウ・シューズを履いた時、最も美しいとされるのは足の甲の部分がフラミンゴのくちばしのようにアーチを描き湾曲する事。

俗に「甲が出る」といわれるラインです。

一般女性は、<足の指>や<足の裏>を意識する事はあっても、<足の甲>の美しさなんて普段考えもしませんよね。

だけどバレエの世界ではこの<足の甲>がものをいいます。

バレリーナを目指す子供たちは、ストレッチャーで甲を引っ張り痛い思いをしながら、美しいアーチ型の甲を目指します。

それだけバレリーナにとって足の甲は大事なパーツとなっているのです。


和服の似合う人って大体<うなじ美人>ですよね。

水着を着るなら<くびれ美人>かな? 

セクシーさでは<ブロンド美人>

ミステリアスな<白痴美人>

色んな美人がいるけれど、バレエの世界は<甲美人>が求められるのです。

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日本人の人気ダンサー上野水香さんは、この<甲美人>の代名詞みたいなバレリーナです。

世界甲美人コンテストなんてものがあったら、グランプリ取れるんじゃないかと思えるほど、惚れ惚れする甲なのです。

もともと手足が長く、日本人離れしたプロポーションの持ち主なのですが、その彼女がポワントでポーズすると、甲は柔らかい湾曲を描き彼女の重力をバランス良く吸収し、美しくしなるフラミンゴ・ラインを描くのです。

寺院のドーム屋根のように、数学的強さと美学的バランスを兼ね備え、観るものに崇高な哲学さえ感じさせる甲だと言えるでしょう。

まるで足の先に情緒が宿っているようです。

舞台人なら手先・指先、もしくは表情で感情表現して、情緒を感じさせる人は多いでしょうね。

だけど、足先に情緒がある人って滅多にいませんよ。

上野さんの甲には奇跡が宿るのです。

美しく繊細かつ強靭な、神の恩寵を垣間見せる、奇跡の甲なのであります。



 [神は細部のデティールに宿りたもう]

<甲美人>のバレリーナたちを見るたび、言葉にならない何かが万華鏡のようにきらめき出して、結果、私は沈黙せざるを得なくなります。

[世界中のあらゆるものに、あまねく神は偏在する]

そんな大いなるインスピレーションに、心奪われてしまうからなのです。




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by viva1213yumiko | 2013-07-05 21:05 | オペラ・バレエ・映画 | Comments(0)

女人高野

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仏教について学びたいと思っても、ネックになってる事があるんですよね。

仏教って何だか暗いって事なんです。

   
   生老病死・・・

   人生とは四苦八苦、苦しみの連続である。

   だからその苦しみの根本原因である煩悩を滅し、執着を手放しなさい。


根本的に人生とは辛く苦しいものだって言うのだから、確かに根暗ですよね。

仕事・友人・趣味・特技

伴侶・家族・地位・財産

人生これからっていう青年期などでは、なかなか共感出来ない教えです。

たとえお釈迦様がクラスメートだとしても、ちょっと友だちにはなれないタイプかも知れませんね。


そしてさらに引っ掛かる点が、仏教の女性蔑視の思想です。

「女の身体や性格や生まれは、不浄で悪で悪業の報いで、だから女性はブッダになれない」とする根本思想です。

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釈尊が布教を始めると、次第に出家希望者が増え、サンガとよばれる仏教教団が出来上がって行きました。

その中に女性修行者も増えて来て、だんだんと厄介な問題が起こってきたらしいのです。

古来、インドの男たちには女性蔑視と性差別の観念が根強く、釈尊の弟子の男性修行者にもその考えは色濃く残っていました。

そこに、釈尊公認の女性修行者グループが成立した事によって、女性の人権が認められたのです。

教団初期の女性修行者は、教養ある上流階級出身者ばかりだったので、きっと身分の低い男性修行者たちからのやっかみもあったのでしょう。

男性修行者VS女性修行者の、水面下での勢力争いが起こり始めました。

釈迦本人には特別なこだわりがなくても、周りの弟子たちは女性の存在を修行の邪魔だと考えたのでしょうね。

女性修行者を召使いのように扱ったり、陰険ないびりをしたり、差別待遇があったのだそうです。

だから釈迦入滅後、仏教経典が編纂される頃には、弟子たちの考え方が大きく反映されるようになり、女性蔑視の教えが出現していたのです。


仏教教理の中に<変成男子説>というものがあります。

女は女の身体のままでは悟れない、男に変身したり、男の身体に生まれ変わったりしなければブッダになれないという説です。

女は男に比べて劣っているし、悪・汚れの性質を持っているから<女身不成仏>だというのです。

多くの経典や書物にも、「女はブッダになれない、その資格がない」って記されてます。

尼さんたちが髪を落とすのは、女の身体では悟りを開けないから、ここでキッパリ女を捨てて、「これからは男として生きて行きます」という意思表明だったのですね。

月経・受胎・出産・・・

女には受け入れなければならないややこしい事が多いのです。



「女に生まれた私って、何て罪深い存在なんでしょう!」

 これぞまさしく・・・♬女人高野の〜おんな〜みち〜♬
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おっと、失礼!

しみじみしてる場合ではなかった。

冗談じゃないですよ! なんで女が穢れてて罪深いの?

男には穢れがなくピュアだとでも言いたいのでしょうか?

キリスト教もイスラム教も仏教も、つくづく宗教ってのはご都合主義に出来てると思います。

どこもみな、何かと言うと女を罪深き愚か者にさせたがる。


男ってそんなに女が恐いのでしょうか?

それとも嫉妬してるんでしょうか?

確かに女の身体で悟られちゃって、子供も産んで育てられちゃったら、もうお坊さんの出る幕はなくなってしまいます。

そういう意味で、女は恐ろしい存在なのかも知れませんね。


そういえば、鬼子母神ってパワフルな神様もいましたっけ・・・

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女ってのは凄い生き物です。

大地に委ねているんです。

委ねて生きて行けるんですね。




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by viva1213yumiko | 2013-05-31 14:52 | 人生・霊性 | Comments(0)

女は匂いで男を選ぶ?

巷で囁かれる都市伝説の中に<男は女を見た目で選び、女は男を匂いで選ぶ>というものがあります。

これは実際、本当なのかどうか?

何だか気になって仕方なくなったことがあります。

TVで<男の着ていたTシャツの匂いだけで、好みのタイプの男を見分ける>というような実験を見たことがあるが、実際女たちは、結構な確率で好みの異性を匂いから判断していることが分かりました。

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これはどうやらヒトのDNAに関わるものらしいのです。

DNAが、我々の持つ最も高度な情報蓄積装置の100兆倍を超える情報量を内蔵する、複製可能な情報蓄積モジュールであることは良く知られています。

だから遺伝子コードDNAとは、<何か未知の無意識レベルで、すべての生きとし生けるものの生物学的記憶の架け橋を提供している可能性がある>らしいのだそうです。

しかもDNAとは、体のどの部分から採取しても、他の体の部分の遺伝子情報を含んでいる。

髪の毛・爪・血液・汗など、私たち一人一人を構成している遺伝子の配列パターンは、常に遺伝子内部に内蔵されて、常に同じパターンを持っているということなのです。


ということは・・・

「我々は異性の好みすら、遺伝子に支配されている」って事になる?

私たちの恋愛や結婚は、DNAの巧妙な戦略の下に置かれていて、抵抗すら出来ない未知の力の賜物なのでしょうか?

やれやれ、考えてみると空恐ろしいことでありますね。


「営業部の○○君なんかさぁ、どう?イケてない?」

女子会などで、からかい気味に若い娘に尋ねると、

「ダメダメ勘弁して下さい。 あの人は生理的に受けつけませんっ!」

なんて即座にキッパリ言われるのだが、それは膨大な遺伝子情報による正確な解析が瞬時に行われている証拠でもあるわけなのですよね。

確かに視覚や聴覚と違って、臭覚からの情報は補正効果が薄い。

久しぶりに逢った彼が「前よりイケメンになった」とか、「言うことがマトモになって来た」ということはあったとしても、「アイツもだいぶ成長して、いい匂いになったじゃん」なんてありえない話しです。

大概の女子は、一度イヤな匂いと心が認識したら、どんなに知的な会話をしよううと、ボディビルで肉体を鍛え上げようと、修正不可なのだそうです。

だたの<イヤな匂いの男>として脳にインプットされ、カテゴライズされてしまうのだそうで、そのカテゴリーとはたったひとつ、<生理的にダメ>といわれるジャンルなのです。

その手の会話をする時の、彼女たちの素っ気なさ、迷いのなさには、むしろ私の方が驚いてしまうほどです。


これって考えてみると、もの凄〜いことだと思いませんか?

もの凄〜い匠の技というべきか・・・

現存する、人間の野生の動物的本能を彷彿とさせてくれます。

本来は人間も、公園デビューの犬のようにクンクン嗅ぎ回っては、相手が敵か味方か、自分より立場が上か下か、趣味思考が合うか合わないか、色んなレベルでの情報を判断出来るのではないでしょうか。

それだったら、どんなにかシンプルで生きやすい人生になることか・・・

「家柄は?」「収入は?」「家族は?」「趣味は?」「金銭感覚は?」

婚活中の女子と話しをしてみると、いらない雑多な情報に振り回され、疲れて混乱してしまうケースが圧倒的に多いのです。

こうなったら人間の本来の野生の力を目覚めさせるためにも、各種合コンではA君・B君・C君に等しくハンカチで脇の汗を拭ってもらい、それを控え室の女子に検査させた方が、カップリングの効率が上がるというものではありませんかね?


このように匂いから来る情報には、圧倒的無意識レベルでのやり取りが盛んに行われているのです。

女性は物事を全体的・直感的に認識する傾向がより強いから、臭覚から来る、この理屈にならないスキ・キライの判断がより明確だったりする。

古今東西、女の直感が恐ろしいと言われるのも、そこら辺のことを指しているんだと思いますね。

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ところで私事ですが、久しぶりに田舎から都会へ戻ると、電車の中で人間の匂いが気になり、臭くてたまらなく感じることがあります。

これは酒臭い人・タバコ臭い人・香水臭い人っていう特定のものから来る匂いではなく、自分が本当に生の人間の匂いを感じ取っているのが分かってしまう、不思議な経験なのです。


人間の匂いとは、不自然な暴力性を秘めたような、傷み始めた生肉の匂い。

野生動物は人間の匂いを警戒して、近づかないように一定の距離をとるけど、たくさんの人がひしめき合っている場所から気配を外す訳にもいかず困ります。

そんな時私は、冬眠途中の山から迷い降りたクマのように、少し混乱して不機嫌になってしまうのです。

なぜだか自分が、獣チックな新生物に進化しているんじゃないかって、しみじみ思えるそんな瞬間でもあるのです。




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by viva1213yumiko | 2013-02-28 12:17 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)