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女体に宿る奇跡の花

[女の体を宿主にして、鮮やかに花を咲かす植物がある]


あなたはそんな奇跡みたいな話しを信じますか?


以前観たファンタジー映画の、不思議な花のお話しをしましょう。


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映画<シャニダールの花>より  



突然変異のこの花は、女性の身体を母体にして鮮やかな花を咲かそうとします。


もちろんそれはごく稀な現象で、花を宿す女性を探すのはとても困難でした。


しかし、花の花弁から摂取する成分には新薬開発の貴重な成分が含まれていた。


なので製薬会社は研究機関を設け、情報を隠蔽して厳重な管理下に置いている。


研究協力費と称した億単位の金と引き換えに、各地から<肉体に花を宿す女たち>が集められました。


そして温室みたいなクリーンな施設で<花の開花を待つ女たち>は、ただただ静かに暮らすのです。


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女性の身体になぜこの花が宿るのか、研究者たちもまだ解明出来ません。


けれどそこには心理的要因が絡んでいました。


どうやら本人の意思が花の開花に影響を与えるらしいのです。


心が緊張すると花は咲かない。


心の安定が花の開花を促すのです。


母体心理と植物との調和?


それはシンクロニシティとか、微妙なバイオリズムにも左右されてるようでした。


花の開花とはそれらが絡み合って起きる、ホントに稀な奇跡現象だったのです。


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開花時期が近づくと大概の女たちは感覚異常に見舞われます。


人体に寄生するのはある種狂った花なのです。


だから誰もが少しおかしくなる。


女たちは心に大きな闇を持っていて、その穴を埋めるものを捜そうと常に揺れてるんですね。


だから花は彼女たちのそんな「心の絵だ」とも言えるのです。


ある意味、花を咲かすことで彼女たちの存在理由が証明されるという訳です。


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花を咲かせることができない女は研究所から退去しなければならなりません。


入所時にそういう約束で契約書にサインする。


花を摘む摘出手術はとても危険で、人体から切除する際には大きな負担がかかるのです。


法外な金額の研究協力費はそのリスクのせいだったんですね。


でも、だからと言って切除せず咲かせたままにしておくのも危険です。


満開を過ぎそのまま放置したら、花そのものから危険物質が出て来るからです。


花を摘むのは危険。


けれど咲かせ続けるのはもっと危険という訳です。


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<女体に宿る奇跡の花>


これが映画の概要なんですが、さてこの話しの教訓とは一体何なのでしょう?


う~ん、難しいですよね。


女体に宿る奇跡の花・・・


私にはこの花は、女の体にこびりつく根深い<業>みたいに思えてならないんですよねぇ〜



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女にはある種の<業>があるんです。


女は<いのちを産み><いのちを育む>大切な役割を担っている。


何ものにも代えがたいその喜びを味わう代わりに、女には支払うべき代償があったのです。



女性性とは受容性を意味します。


言い変えるなら、それは「与えられた運命を全て受け入れること」なのかも知れません。


与えられ生かされる我々の<いのち>


その運命の荒波を、黙々と忍耐強く受け入れ、育んで行かなければならない。


人生にどのような困難が待っていようとそれを受け入れ受容する。


まるで聖母マリアのようにです。


それが女性の美徳、母性の美徳だとされて来ました。


受容性とは<母性の結実><その完成形>だったのです。



しかし、それは忍耐と我慢の連続ですよね。


分かり合えない人間関係に対する諦め。


後悔しても二度と取り戻せない過去。


守るものが多いほど犠牲になっていく自分自身。


受容性の美徳の影で、そのような想いや感情は置き去りにされたままです。


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花には雄しべと雌しべがあります。


それはつまり「花には男と女が同時に存在してる」ってこと。


さらに言い換えるとそれは「成長して繁殖する要素をあらかじめ自分の中に持ってる」ってことになりませんか?



それに比べて人間の母性とは他者との関係性に身を委ねざるを得ません。


夫との繋がり・子供との繋がり・親との繋がり・世間様との繋がり。


女性は誰もが関係性の中に飛び込んで行かざるを得ませんよね。


女・妻・母・母の娘・姉・妹・・・


女性性とは人間関係をつなぐ<結びのエネルギー>だからです。

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女性たちがこの世界に関係性の花を咲かすのはとても美しいことです。


でもあなたの花は本当にそれだけ?


あなたの心が今枯れそうになっているとしたら、思い切ってその花を摘み、新しい花を咲かせる方法を考えねばなりません。


恐れる必要はありません。


本当の魂の花は決して枯れない。


そして決して汚されることもないんです。


花は共存と繁栄のシンボルです。


<女体に寄生する奇跡の花>は、あなたを輝かすことが出来る神秘の贈り物だったのです。



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追伸:

自分自身の魂の花を咲かせたいと願う方のために開花支援を行っております。


興味のある方はどうぞご覧下さい。


ブロッサム・ワークス





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by viva1213yumiko | 2017-04-12 18:45 | オペラ・バレエ・映画 | Comments(0)

G線上の魂

熊本地震でお亡くなりになられた方、親しい人を亡くされた方々に捧げます。

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大きな事故や天災が起こるたびに、人の命とはなんて儚いものだろうとつくづく感じます。

日々の営みを一瞬でガレキと変える圧倒的なエネルギーを目の当たりにして、我々人間とは本当にちっぽけな存在でしかないんだと深く気づかされます。

今現在のこの瞬間に、自分という生命が呼吸し<生きてる>ということ。

いやむしろ、目に見えぬ何かの存在に<生かされてる>ことを通説に感じてしまいます。

<生かされてる>ことはそれだけで完全な奇跡ですね。

死の存在が身近になるほど<生の意義>がくっきりする。

これこそメメント・モリ(死を想え)って奴なのでしょう。

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私たちは裸で生まれ、そして裸で死んで行く。

家や財産、家族や友人・・・

何一つとして向こうの世界に持ち込むことは出来ないのです。

たった一枚のコインでさえも持っては行けない世界。

それが死というアナザーワールドです。

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死の世界への移行とは、一体どういうことなのでしょう。

死の瞬間のその時は、実際何が起こっているのだろう?

心の準備もままならず亡くなる人の魂は、果たして救われるのものなのか?

あちらへ行っても魂は荒ぶるままなんだろうか?

いや、むしろ一切のこだわりから解放されるか?

死者たちの乗る船は、そこからどこを目指すのだろうか?


我々には分からない。

何も分からない。

分からなぬことが多すぎるのです。

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死者たちの魂が傷を負っているかどうかはとても気になるとこですが、それにも増して気になるのは残された者の心の痛みのことです。

愛するものを失う悲しみは、残されたものにも大きな傷を作るからです。

残された者の心は深くえぐられ、バラバラに解体され、捨て去られます。

完成したジグソーパズルを土足で踏みにじるようなもの。

あなたを根源のレベルから揺り動かす、底知れぬ痛みが襲って来ます。

愛する者の死。

それはひとりの人間を全く別の人間に作り変えてしまうほどの、それほど強い衝撃なのです。



「どうしてあの人は死んでしまったのか?」

「なぜ私でなく、あの人が死ななきゃならないのか?」


人は自分のためだけに生きるのではありません。

残された者の心も、生死の境いのギリギリのラインに接近する。


「どうしてあの人は死んでしまったのか?」

「なぜ私でなく、あの人でなくてはならないのか?」


その問いに答えを出せる人はどこにもいない。

だから自分ひとりで答えを探しに行くしかないのです。


全国から届く「熊本ガンバロウ」の応援の声。

しかしその裏に取りこぼされたたくさんの悲鳴が、こだまのように空を漂っています。

だから・・・

死に行く者の魂のために、取りこぼされた悲鳴のために、祈りと鎮魂が必要なのです。

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なぜ人は死ななければならないのか?

いずれは死ぬ定めのこの人生を、どう生き抜いたらいいのか?

我々には分からない。

そんなこと誰にも分からない。

親も先生も教えてくれない。

私たちは皆ひとりひとり体当たりで学んで行くしかありません。



人って自分が思うほど強くはないのです。

だから泣くべき時には思いっきり泣くが良い。


魂が嗚咽の声を出してると、深くえぐられ軋んでると、むしろ気付いてあげないと駄目なんです。

そうじゃないとマヒした痛みで、傷口はさらに大きく蝕まれる。


人の魂ってガラスのように脆いのです。

そしてとっても寂しがり屋。

だからすぐこの世に集まりたがる。


ヴァイオリンのG線上にも、ほらね、こんなに集まっています。

死んでしまった魂も、残ってしまった魂も・・・

ざわつく魂を鎮めたくて、こんなに集まって来てしまうのです。















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by viva1213yumiko | 2016-04-28 23:50 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

逃げる人のスピリチュアリズム

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日本人社会っていうのは<同調性バイアス>が、めっぽう強い社会なのだそうです。

同じ見方、同じ感情、同じ喜怒哀楽を暗黙のうちに求められ、「皆んなと一緒にしておけば取りあえず安心」っていうそんな文化ですね。

日本社会では頼みごとを断る時にも、「誠に恐縮で恐れ入りますが」とか、「お役に立てず申し訳ありませんが」とか、美しい言い訳の常套句をたくさん並べてお断りします。

優しいオブラートに包んで、丁寧に断らなければなりません。

それを怠って「いいえ駄目です」と結論から伝えると、つっけんどんで失礼な人という烙印を押されてしまいます。

でも英語だったらたった一言「ノオ!」

それだけで済んじゃいます。

日本文化では「ノオ」を使ってしまうと、ズバリと切り捨てる感じになっちゃって、なかなか難しいのです。

特に女性などキツい印象を与えてしまいますよね、

だからそこら辺のニュアンス表現に気を使うあまりに、自分の意見が YES なのか NO なのか良く分からなくなったりして・・・

そこがまたモヤモヤ感を募らせます。

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日本の社会では、人の感情に敏感になることや、他人が期待するように行動することを要求される。

それは生き延びるための<ツール>です。

日本人って<おかげ様>とか<お天道様>とか、何か個を超越した大きなものに皆んなで繋がってるような気分でいます。

その繋がりを、イコール社会と感じてる人が圧倒的なんじゃないでしょうか。

国民の多くが「自分は無宗教だ」とアンケートに答えるのに、皆んな心のどこかに目に見えない存在を信じている。

それは欧米文化みたいなはっきりした神ではないんだけど、大きく畏れ多い存在を漠然と信じてて、その共通認識で何となく社会が成り立っている。

そこが日本文化の良さですよね。(悪さでもあるが・・・)


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しかし時代は急速に加速しています。

海外からのお客様も増え、今、日本人のアイデンティティーは突きつけられてます。

時代は新しい段階に突入してるのです。

だからそれに見合うエネルギーへ、我々もシフトしなければなりません。

日本人自体の生き方が試され、向き合わされているのです。

 [和をもって尊しと為す]

日本文化の美点を生かしつつ、日本人は個を確立する段階へと来てるのです。

そう。 今の時代<自立の時代>なのです。


ここでいう自立とは、経済的な自立のことだけじゃありませんよ。

もっと普遍的な<魂の自立>のことです。

私たちの魂っていうのは、厄介な家族の問題や社会的なプログラムの影響を乗り越え、一人一人がかけがいのない本当の自分を生きること、それを何よりも強く望んでいるんですね。

おのおのの<魂の欲求>に従い、<魂の望む人生>を生きること。

<魂の使命>を成就させてあげること。

己の肉体を<魂の意志>のままに利用し、人々のために使うこと。

それらを本当の意味での<魂の自立>というのです。


でもね・・・

実際自立ほど怖いものもないんです。

厄介な現実問題と向き合って一歩一歩解決する難しさ、煩わしさも受け入れなければなりません。

多くの人はそこで逃げる。

そして安易なスピリチュアリズムに逃げ、幻想を作り上げる人も多いんですね。


逃げて依存する人に、スピリチュアリズムは格好の隠れ家を与えてくれます。

現実逃避の装置を差し出すからです。

だから個を確立して、スピリチュアルな知恵を現実の人生に落とし込んで少しずつ前進すること。

何よりもそれが大切です。

個を確立せず空虚に生きてると、多次元的世界のへんなモノに憑依されやすくなっちゃうので、そこら辺にも気をつけて欲しいです。


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あなたが常日頃から「嫌だなぁ〜」と思ってることは何ですか?

なぜそれが人生に繰り返し現われて来るのでしょう?

それはその<嫌なこと>の中に、あなたが克服すべき次の課題があるという証拠です。

<嫌なこと>から逃げたとしても、課題は必ず追いかけて来る。

逃げるパターンを繰り返すと、今の場所から成長はできません。

自己否定や自己卑下が憑依を生み、日本的なスピリチュアルを作るのです。


占い師から貰ったアドバイスで、問題をどう捉え直す?

ヒーラーから受け取ったヒーリングで、人生にどう対処する?

パターンに気づいて自分を変えること。

それが最も大切です。

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真に幸福な人生を送るためには、まず最初に<魂の望む行き先>を見極めねばなりません。

そうでないといつまでも迷ったり、袋小路にはまったり、今の場所から前へ進めなくなってしまいます。

あなたの生き方はいつでも試されているんですねぇ〜

その度アイデンティティーも突きつけられているんです。

迷った時、困った時ほど、その人の真価は試されているんですね。

ピンチの中にこそ、チャンスは眠っているのです。


誰かがあなたの世界を変えてくれるのを待っていても、そのような形で変化は起こりません。

<個の自立><魂の自立>が必要なのです。

癒されたいばかりの人は、人生の手綱を握っていないことになるんですね。




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by viva1213yumiko | 2016-01-23 10:40 | 人生・霊性 | Comments(0)

スピリチュアリズム実践

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スピリチュアルな話し、霊的なものの話しになると、とたんに懐疑的になって眉をしかめる人々がいますよね。

「何だか眉唾だよねぇ~」

「科学的に証明出来ないでしょ?」

「新種の宗教みたいなもんじゃないの?」

エトセトラ、エトセトラ、エトセトラ・・・


霊的なものを信じる信じないは本人の自由、好みの問題だから、はっきり言ってどちらでも構わないと私は思っています。

しかし、多かれ少なかれ人間は何かしらの信念を持ってるので「人は皆何かを信じて生きる生命体である」とも言えるんですね。


「イワシの頭も信心から」という言葉がありますが、例えゴミ同然のつまらないものでも信仰すれば非常に尊いものになる。

第3者の眼からみればどうって事ないものも、神棚に祀って信心すれば、ありがたい神聖な力が生まれます。

結局、人は皆自分の信じる信念を表現して生きている。

そういうものなんだなぁ〜と思います。


だから「人生とは重き荷物を背負って歩む坂道である」と信じる事も出来るし、「人生って良いものだ。自分ってなんて幸福なんだ」と信じる事も可能です。

人生は<光と闇との絶え間ない戦場>と見なせば、あらゆるところに対立という概念が立ち上がって来ますよね。

人生を<魂を成長させる学び舎>と見なせば、あらゆる出来事に感謝の気持ちが生まれます。

人間は自分が信じたいように、この世界を感じ取って生きる権利があるのです。

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しかし信じようが信じまいが、人が一生懸命生きようと思ったら、霊的に生きて行かざるを得ないのもまた事実なんですねぇ〜

例えば農業をやっている人の事を想像してみて下さい。

農作物の作り手なら少しでも良い食べ物を作る事が目標となるんでしょうが、それは食べ物の霊化とは言えませんか?

それが絵描きなら魂のこもった良い絵を描く事、これが一番の喜びですよね。

詩人なら人の心を揺さぶる言葉の霊化、そこが目指す場所となります。


芸術作品ばかりでなく、優れた商品・サービスには否が応でもスピリッツが伴うもの。

心血を注いで開発された良質な商品とか、どんどん人が集まる人気店とかにも、やはり何らかしらの想いやスピリッツが存在してるのです。

そこら辺、ノウハウだけを真似ても上手くはいかない。

見えない何かが作用してしまうんですね。

だから唯物論だけでやって行こうとすると、人も社会もやがては袋小路に突き当たってしまいます。

好もうが好まざるが、やはり人間とはスピリチュアルそのものの存在なんですよねぇ〜(笑)

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果たして霊(スピリッツ)とは一体何ぞや?

霊が持つ力とは、ざっくり言っちゃえば、人々が無意識の底に隠してるエネルギーの事ですね。


何らかの事情により霊の力が立ち上がると無意識の情報が解放され、その人を大きく揺り動かす事があります。

ある時突然パカッとふたが開き、止めどもなく無意識エネルギーが流れ出す事ってやっぱりあるんですね。

理由は様々で一概には言えないのですが、[大きな病・ショッキングな事件・激しいスポーツ・出産時やSEXの体験] などが引き金になる場合も大いにあり得ます。

その時尋常ならざる力が我々の中に流れ込む。(こともある?)

尋常ならざる<ちはやぶる神>が、日常の意識の前面にど〜んと踊り出て来るんですね。

名だたる預言などは、この意識状態でなされたのでしょう。

いわゆる<神降ろし>です。

昔の人はこの神が降りて来る状態を恐れおののき、また畏敬の念を抱きました。

ところが現代の文明では、この手の<巫女病>さえ精神病理の扱いとされるのですから、誠にスケールがちっちゃいんですね。

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実は宇宙というものは、ダイナミックなエネルギーそのもので出来てるんです。

宇宙に存在するすべての物事は、存在自体神聖なエネルギー場の表現であり、私たちはそれを知覚し体験しながら生きてるという訳なんですね。

だから日常の生活とスピリチュアルな学び・気づきは、切っても切り離せない。

何をするにしても必ずスピリチュアルなプロセスに繋がります。


どんな職業についたら良いか?

お金をどのように稼ぎ、使い、貯めたら良いのか?

どのように人間関係を構築したら良いのか?

それらも一種のスピリチュアルなプロセスです。


都会の中で社会人として苦労して生活する事は、最も良いスピリチュアルレッスンだと言えるでしょう。

そのように考えてみると、人生で起こる良い事・悪い事・その他あらゆる出来事が、スピリチュアル(精神力)の成長のためにあるのだと理解出来ますよね。


スピリチュアリティーは、似てはいるけど宗教ともまた違うものです。

信仰の対象など何でも良くて、むしろ「自分を信じるか信じないか」「生きる事で成長しようとしてるか否か」がテーマになって来るんですね。

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結局のところスピリチュアリティー(霊性)とは、自分をどう扱うかという事に尽きるんじゃないでしょうか?

それは「人に対して無条件の愛を実践し、倫理観を持って生きる」というごく当たり前の道徳です。


<無条件の愛>というのは、人がそのままでいる事、あらゆる事を行う権利を認める事でもあります。

必ずしも相手を好きになる事ではないし、人を変えようと努力する事でもありません。

自分を犠牲にしたり、いつまでも我慢する必要もないのです。


家族の問題や社会的なプログラムの影響を克服して、本当の自分を生きる事。

魂が表現したがってる事を行動で示す事。

それこそが本物のスピリチュアリティーです。


結局スピリチュアリズムは<実践ありき>なんですね。

調子に乗りすぎると、<愛の鞭>という厳しい指導も待っている。

案外体育会系だったりもするんですよね。(笑)




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by viva1213yumiko | 2015-10-12 20:11 | 人生・霊性 | Comments(0)

グレタイ族リポート

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足首につるを巻き、30mの高さから成人式のバンジージャンプをする、南太平洋のバヌアツ族。

森で出産し、人間の子供として育てるか聖霊として森に捧げるかを女性が選ぶ、アマゾンのヤノマミ族。

水曜日生まれや、満月・新月生まれの女性が選ばれて首に真鍮の輪をはめる、タイ北部の山岳民族パダウン族。

世界には実に様々な文化があり、驚きに満ちた風習が存在します。

文化人類学のフィールドワークって非常に興味深いですよね。

直接異文化と接触して、交流と理解を深めて行くのですから、常に新しい体験と遭遇する覚悟が必要です。

そこでは自分の世界観をひっくり返される事もしばしばでしょう。

カルチャーショックとは、自分の認識領域を広げる要素となり得るので、フィールドワークを広げて世界を見聞する事は、同時に自己を拡大する事となります。

だから人の成長には異文化交流が必要なのです。

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実はここだけの話し、私にも独自に調査を続けてる研究テーマがあるんですよ。

秘かにある少数民族について、オリジナルの調査を重ねて来ました。

そして最近になってようやく、漠然とした彼らの全容が把握出来るようになって来たんです。

今回は、幻の民<グレタイ族>のお話しを致しましょう。



   [グレタイ族の主な特徴]

・グレタイ族は温帯地方を中心に広く生息する。
 その多くはひとつ以上の特定言語を用いる。

・グレタイ族は群れを作って行動する。
 単独行動は苦手とする傾向にある。

・グレタイ族は共同体内での責任を重んじる特徴がある。
 故に気質は概ね勤勉である。

・グレタイ族は<人並み>という道徳観を重んじる。

・グレタイ族は原則一夫一婦制を守っている。
 しかし婚姻形態の価値基準に個人差があり混乱が生じやすい。

・グレタイ族は表情が固い。身体も固い。肩こりも多数見受けられる。

・グレタイ族は時々ぼんやりと遠くを見つめる。ため息を吐く事もある。

・グレタイ族の多くに現実逃避願望があるようだ。

                   フィールドワーク・リポートより
 

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ある日の事、知人がふとした弾みから少女時代の身の上話しを始めました。

少女期の彼女を襲った過酷な境遇は、見事なほど不運の連続でした。

両親の不仲、父親の暴力、血の通わない兄弟姉妹、彼らの無責任な借金、母親の大病、その介護。

思春期だった彼女の深層部分を思うと、私は同情しないではいられない気持ちになりました。

「あなたは凄いわね。そんな状況でもグレなかったんだもの。」

少女だった彼女の決断や勇気を称賛したくて、私はそうコメントしました。

すると彼女は遠い眼差しをし、こう呟いたのです。

「グレる事が出来たらどんなにか楽だったろうと思う。 でもね、グレたくてもグレられなかったの・・・」


グレたくてもグレられない。

家庭内での責任がいつでも肩に重くのしかかった状態だったので、彼女は責任放棄など考えも及ばなかったらしい。

アルバイトを掛け持ちし、家計を助け、母親を慰め、いつも明るく自分をムチ打ち、何とか生き抜いた。

「ここで踏んばらなくって、自分はどうするんだ」ってね・・・

それは、少女期から40代までを怒涛の運命と共に駆け抜けた、<元・女の子>の真実のストーリーです。

私がグレタイ族と接触するようになったのは、これが最初のきっかけでした。

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グレタイ族のカテゴリーには、責任感が強くて優等生タイプ、面倒見の良い長男長女タイプが比較的多く分類されるようです。

彼らの心理構造は、概ねこのような仕組みになっています。


「周りの辛い状況って、自分にも責任ある」

「思えば私も悪いとこあったし」

「だからワガママ言っちゃいけない」

「私がここで我慢すれば、皆んな喜こぶし」

「とりあえず、全てまるく収まるし」


そんな風にして大人になった人間は、周囲から期待されるパーソナリティーを演じるようになります。

問題発言・問題行動のない、いわゆるイイ子ちゃんなので先生も親も安心しており、色々なものが見落とされがちです。

しかし純粋培養のイイ子ちゃんほど内圧は高い。

心の内側に<悪>を内包せず成長した子供は、むしろ却って危険なのかも知れません。

親や社会の期待を生きる。

その見返りとして自分の魂がどんどん死んで行くからです。

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それでもなんとかやり繰りして、無事に大人に成長したとしても、中年期を過ぎた辺りでふと別の人格が顔を出すようになって来ます。

そして金属疲労が起きるように、ある時突然人生が辛くなってしまう。

ある種のイメージにがんじがらめになり、袋小路でもがき苦しむ。

それがグレタイ族の特徴です。



グレタイ族の存在に気付いてから、改めて周囲を見回してみました。

すると・・・いるわ、いるわ。

かなりの比率でこの人種が存在している事が明らかになって参りました。

グレタイ族はそこかしこに生息している。

家庭の中、教室の中、居酒屋の中、電車の中、仲間の中、職場の中。

いやはや、どこにでも存在してたのです。

グレたい妻・グレたい夫・グレたい子供・グレたいシニア・グレたい先生・グレたい経営者・グレたい政治家・グレたいヤクザもん。

日本国中、グレタイ・ピープルです。


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世はまさに水瓶座の時代であります。

水瓶座の時代とは素早い変化のエネルギーが渦を巻いて、宇宙のすべてにバランスと調和の実現を促すそんな時代だと言われています。

次々と変化が訪れるので、論理的に人生を予測・計画する事は困難で、素早い決断をしないと経験自体を失ってしまうでしょう。

だから今まで自分を押さえて生きるしかなかったグレタイ族にも、いよいよ変化の時が迫っています。

柔軟な発想が必要とされるのです。


グレたい人々がグレる必要もなく、イキイキと自分を表現するためには、考え方の習慣をちょっとだけ変化させる必要がありますね。

簡単なのでここで教えておきましょう。

それは「私は○○をすべきである」と、脳で考える習慣をキッパリやめる事です。

そして常に「いま自分がどう感じるか」に注意を払うようにする。

優先すべきは「自分が心地いいのか、悪いのか」

ただそれだけで十分です。


実は人生では、どのような経験をしてもまったくOKなんです。

そこには正解なんてのも、最初から存在してないんです。

自分の魂とのバランス関係を、何よりも大切に築きましょう。

人生には説明出来ない事がたくさんあり、どうしてそんな事が起こったかなんて大して重要な事ではありません。

どんな環境で何をするかも、実はそんなに重要じゃないんです。

あなたが最大限に潜在力を出し切って生きる事、あらゆる事を判断なしに経験する事。

それが最も価値ある事なんですから・・・

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グレたい妻・グレたい夫・グレたい子供・グレたいシニア・グレたい先生・グレたい経営者・グレたい政治家・グレたいヤクザもん。

日本国中、グレタイ・ピープルばかりです。



 今、グレタイ族の心はひっそりと、そしてしたたかに発熱している。

 静かだった湖面にさざ波が立ち始めている。




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by viva1213yumiko | 2015-09-16 12:13 | 人生・霊性 | Comments(0)

松果体物語

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オーストラリアの先住民、アボリジニの人々はテレパシーを使うと言われます。

例えば、部族の男ばかりで狩りの旅に出ていても、

「○○の女房が今朝から産気づいたようだ。 ひとまずここは帰るとしよう!」

なんて、大事な情報は直感で知るんだそうです。

スマホも無線も携帯も持たない彼ら・・・

どうやって正確な情報を知り得るのでしょうか?

それは、鍛えられ高度に活性化した、彼らの<松果体>のおかげなのです。


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松果体とは脳の中にある小さな内分泌器で、ホルモンやメラトニンを分泌することで知られています。

でも長いこと、<形而上学的理論>と<迷信・俗信>との間を行ったり来たりしてたんです。

脳内の奥深くにあることから、哲学者たちは松果体を神秘的なものとして解釈しました。

彼らは「物質と精神の両者は、この松果体を通じて相互作用する」なんて考えたのだそうです。

「精神世界と物質世界との橋渡しをする、謎の存在だ」ってね。



インドのご婦人方は眉間の位置に、ビンディーという赤い印をつけますよね。

インドヨガでは松果体が、第6チャクラ(アジュナチャクラ)の第3の眼を支配すると考え、精神性の発達と密接に関わる場所と教えてます。

普段は眠ってるが、目覚めると超感覚が発達して来る。

ヒーリングやリーデイングには最も重要な器官とも言えますね。

松果体とはイメージを見せ、啓示を受け取り、直感的洞察力を鋭くさせる、そんな働きがあるようなのです。
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サイキック能力が大いに開花していた頃(アトランティス?)の超古代人は、この松果体の大きさが3~4センチ。

およそピンポン球位の大きさだったらしいですよ。(驚)

ところが現代の我々は約8~9ミリ。

なんとグリンピース位のサイズにまで退化してしまいました。

このことからも多分、自然や宇宙と調和して生きてた頃の人類は、第3の眼が完全に開いていたんでしょうね。

しかし現代生活ではフッ素や水銀や電磁波の影響で、松果体そのものが石灰化しやすくなっていて、アボリジニみたいな直感テレパシーがなかなか働きません。



松果体は脳の中央部、2つの大脳半球の真ん中に位置しており、2つの視床体が結合するちょうど溝の部分に挟み込まれているそうです。

だから、右脳にも左脳にも属さない極めてニュートラルな状態を保っていて、その分高次からの情報をダイレクトにキャッチするとされます。

それって右翼にも左翼にも属さない、全く新しい政治思想のアイディアが突然閃くようなもんでしょうか?

現代人の思考が物事を一方向からしか捉えられず、すぐに良い悪いと決めつけて中庸の立場に立てないのは、松果体発育不全のせいかも知れませんねぇ〜

フッ素のせいで松果体が固まってて、我々み〜んな、既に発想がオヤジ化しちゃってるんですね。(笑)


しかし筋肉を鍛えれば強くなるように、脳を鍛えれば知力が増すように、この松果体も正しく鍛えれば活性化出来るそうですよ!

完全に機能する健康的な松果体へと、バージョンアップすることが可能なんだそうです。

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はい? 

どうすれば良いのか知りたいって?

それにはまず松果体デトックスが必要になります。

一般的なデトックスと同じく、まずは蒸留水をたくさん摂取すること。

その他に緑色野菜・魚のオイル・生チョコレート・ニンニク・ウコン・リンゴ酢など良いようです。

サプリで摂取するなら、MSMと呼ばれる天然有機硫黄・ケイ素・ヨウ素・ホウ素・クエン酸が効くとされてます。


フッ素のデトックスが済み、松果体がふんわり柔らかくなったところで、次は松果体トレーニングに進みます。

これには日の出や日没の太陽を見る<太陽凝視>や、ロウソクの炎を見つめる<ロウソク視>などが良いらしいですよ。

光は眼と連動して松果体経由で入って来るので、受け取った光は脳下垂体から下方へ送られ、身体の水分を通じてすべての細胞へと伝えられるそうです。


 [光が水に乗って全身の細胞に運ばれる]

想像してみると何だかとてもファンタジックです。


このようにして、DNAに光が充電されることで、自ずから意識は覚醒させられて行く。

やがてDMT(ジメチルトリブタミン)という脳内物質が松果体から放出されるようになると、切断された意識状態は完璧な形を取り戻すようになるそうです。

それは素敵!!

松果体の活性化は、どうやら遺伝子覚醒のカギを握ってるようです。

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実は現代社会に蔓延する、フッ素・向精神薬・電磁波などが、松果体に最も悪影響を及ぼしているのだそうです。


   ⒈ 昼間の運動(エクササイズ)

   ⒉ 正しい食生活

   ⒊ 瞑想


これらを日々心がけると、松果体を刺激し、メラトニンが正しく生成されて、石灰化を防ぎます。

これは<松果体再生の物語>に欠かせない要素ですね。



我々が幸福な人生を送るためには<身体の健康>と<心の健康>とが必要です。

でもそれ以外にもうひとつ、実は<魂の健康>というものが密接に関わっているんです。

けれど心身の健康は意識しても、なかなか魂の健康状態までは考えが及はないのが普通ですよね。

その点から踏まえても、松果体は霊的な健康状態に欠かせない器官と言えます。

なぜなら「精神と肉体と魂とを結びつけ、高次の感覚を活性化させ、我々の生きる目的を明らかにしてくれる」、そんな役割があるからなんですね。

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偉大な発明・芸術・予言・テレパシー・遠隔透視・ヒーリングなどの超自然能力は、宇宙からのエネルギーの受容体、松果体の再生にかかっているような気がします。

第3の眼が開き始めると、物事の本質がつかめるようになり、直感的洞察力が鋭くなります。

他者からのコントロールにも影響されなくなり、内なる平和が容易になります。

意識が大きく拡大して、利他の心に目覚めます。

世界中の好戦的なリーダーたちが、この魂の意識に目覚めたなら、きっと世界平和もすぐ可能になるんじゃないかと、そんな風に思えてしようがありません。


<松果体再生の物語>

それは世界平和に繋がる近道かも知れないと、そんな風に夢想してる私です。




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by viva1213yumiko | 2015-08-07 13:32 | 人生・霊性 | Comments(0)

魂の上書き保存

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昨年12月、代々の陰陽師が伝えて来た「四維八干」という命術のセミナーに参加しました。

自分の魂の色や形を知り、運期を理解する「四維八干」とは、人間を大まかに12のタイプに分類して、その個性や気質を学ぶ学問でもあります。

星座や干支のように、生年月日から人を12の個性に類型し研究するのです。


その学説によると、私はその内の<気>というタイプを持って生まれてるそうです。

この<気>の気質の人は発想力が高く、<気>付きによって才能を開花し、未来を<気>持ちの持ち方で創れる、そんな人間だとされてるらしい。

新しモノ好きで、斬新なアイデアを持ち、閃きが強いのが特徴。

しかし物事を正邪とか白黒とか二極で考えるので、グレーゾーンが作れず人から理解されない面があり、一言で言うと宇宙人のような人物なのだそうです。

正直ちょっと変わった人も多いらしい。

加えて私は、裏側に<無>という性質も持ち合わせており、なにせ<無>なだけに「怒りが頂点に達すると即リセットしようとする傾向がある」とも指摘されてしまいました。

何だかそう言われてみると、確かにそういうところあるような気がして、ドキンとしちゃいました。

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しかし最も面白かったのは、この<気>の気質の人々って実は「獣から人間になったばかりの魂」だと教えられた点です。

ここに所属している我々みたいな魂は、輪廻のごく初期の段階に属していて、動物から人間にやっと最近なれたばかりの若~い魂なのだそうだ。

「これ、千年以上も前の文献にちゃんと書かれているんですからね!」

陰陽師の先生は笑いながらそう教えてくれました。

だから我々<気>の種族とは、食べる事にとても強い執着があって、<食べ物をくれる人>イコール<良い人間>と自然と判断しているらしい。

そして、すぐになついちゃうんだとか・・・(笑)

つまり極めて餌付けに弱いタイプなのだそうです。
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前世が獣?

私は自分が獣だとしても、ワイルドな野生生物ではなかったような気がします。

きっと<なまけもの>か何かじゃなかったんでしょうかねぇ。

あるいは猫とか・・・

一日中ひなたぼっこしてアクビして、のんびりきままに空想なんかを楽しんで生きて行けそうな感じです。

誰かがおやつのひとつもくれれば、それで満足「プチ幸せ!」ってとこ大いにありますしね。

<なまけもの>のカルマを背負って今生を生きる、そんな私なんですよね。

「生まれてしまってスミマセン・・・」(笑)
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過去生の物語っていうのは、自分が誰でありなぜこの人生を生きているのか、大きな視点で理解出来るところが素晴らしいですよね。

今の人生をより生産的に生きるという点で役に立つし、価値が生まれて来るんだと思います。

私を例に説明すれば、「早いとこもっと成長しなさい! <なまけもの>のカルマを完了して働きバチのカルマを引き受けるのです!」って感じかしら?


実は私たちが自分だと思っているもの、そのほとんど全ては<体験>と呼ばれる条件付けの結果にすぎないって知ってますか?

つまり我々は体験した事や記憶として残った情報から、あらゆる物事に正邪、善悪、白黒、美醜の判断をしているだけの、極めてあいまいな存在なんですね。

人それぞれの脳内コンピューターが<体験>を独自勝手に解釈してて、仮想現実をあたかもリアルな現実世界のように思わせているって訳なのです。

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あなたの脳のその記憶・・・

それには今生のものと、過去生のものとがあります。

とうの昔に終わった過去生でも、その記憶はわれわれの細胞に詳細に残っていると言われます。

私の知人は、足抜けしようとしても叶わなかった悲劇の遊女の記憶を持っていました。

生きたまま海に捨てられ殺された記憶に、この前まで苦しめられてた人も知っています。

困難なで不快な記憶ほど強く刻印されてるので、忘れよう追いやろうとしても逆にフォーカスしてしまうんです。

だからネガティブな記憶の解放はとても大切なんですね。

人の心の奥にはとてつもなく残酷な記憶が隠れてたりするので、取り扱いには注意が必要です。

ダークな記憶は我々を迷宮に誘い込み、電気をパチンと消し、恐怖に突き落としたりするからです。

そんな時こそ迷路から抜け出すため、ライフプリントの見直しが約に立ちます。

ライフプリント、つまり転生の記憶の事ですね。

人生の意味を過去生からの大きな視点で考え直す事が、今の自分を成長させるコツとなります。

スピリチュアルな気づきを深めて、あなたが今生で学ぶべきカルマ経験を知る事が何より大事なんです。


あなたが人生で経験する事・・・

実はそれってすべてカルマの法則が、バランスを取るために起こす事なんだそうですよ!

だからこそ、今の問題から逃げないでコミットし、対処しなくてはなりません。

そうじゃないと実体のない過去生の記憶に、振り回されるだけの人生で終わってしまうかも知れませんよ。

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実はこの世に生きる全ての人が、過去生からの宿題を抱えています。

あなたの悩み事、いつも考える事こそが、過去生から持ち出した課題です。

その宿題さえ思い出せたら、そこに調和が甦り、あなたの魂は喜びを感じ、さらに楽しく成長して行くはずなのです。


人の魂ってコンピューターに似てるのかも知れません。

永遠に思える程、<魂の上書き保存>を繰り返して来ているんでしょうね。




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by viva1213yumiko | 2015-01-22 13:34 | 人生・霊性 | Comments(2)

オペラ<アイナダマール>

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スペインの国民的詩人ロルカを題材にした、一風変わったオペラを観賞した。

オペラを超えたオペラとの呼び声が高い、<アイナダマール>です。

「再演されるかどうか分からないから、見逃すと一生見れない可能性あるわよ」

出演した友人Sは、役作りのトレーニングで筋肉痛の身体を摩りながら、こっそりそう教えてくれました。


その意見はもっともです。

なぜってこの作品、通常の歌劇とは違い、かなり前衛がかってるんですよね。

イスラム礼拝っぽいコーラスや、死を嘆き悲しむ泣き女の合唱団。

馬のひずめや銃声の音もそのままシンセ音に使われているし、フラメンコギターや手拍子、アフリカや中南米の打楽器も加わり、かなり粗野で土っぽい印象だ。

<歌劇>にしては、かなり<過激>・・・


しかし、現代音楽だから小難しいって感じでもないんですね。

フラメンコやアラブ風の音楽がちりばめられて、クラッシックの音楽編成を破壊した<フォークオペラ>、<ワールドミュージックオペラ>と言えそうです。

歌唱・演劇・美術・映像・衣装・ダンス・パフォーマンス・民族音楽・オーケストラ・音響技術・・・

すべての面で異色のアイデアに満ちていて、ホントに<オペラを超えた21世紀のオペラ>の風情です

コアなファン層から「これは凄い!」と賞賛され、世界80ヶ国以上で上演されている話題の作品なのです。

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物語はスペイン内戦で銃殺された詩人ロルカの運命を題材にしていて、彼とゆかりある人物も絡み、<死と隣り合わせの魂同士の交流>みたいな情熱的で神秘的な主題が見え隠れしてます。

それは「ひとりの人間の魂は時代を経て、他の人間の魂へと伝播し得るのか?」

「死者の魂と対話することが出来るのか?」

といった感じのテーマなんですよね。


19世紀グラナダに実在しジャンヌ・ダルクのように処刑された自由主義の女性、マリアナ・ピネーダ。

そして彼女の半生を戯曲にした、フェデリコ・ガルシア・ロルカ。

マリアナ・ピネーダを演じた伝説の大女優、マルガリータ・シルグ。

この三者の心の叫びというか、自由のため流した血の匂いが、現実とは違う別のリアリティーの中で時代を超えて交流するのです。
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現実世界と死後の世界との霊的交流は可能なのでしょうか?

19世紀グラナダの悲劇のヒロインの魂が、1930年代の詩人の心に大きな影響を与え、数奇な運命へと導く。

ひとりの人間の生き様が、後の時代の誰かの人生に作用を及ぼすなんて・・・

そんな事が本当にあるのでしょうか?     


人間は大昔から、死者の魂との交流に憧れを抱いていました。

多くの人間が、死はすべての終わりではないと直感的に感じていたからです。

大地と繋がったシャーマンのような人々は、死者とのコミュニケーションでその魂を代弁して語る事ができます。

日本の口寄せでは恐山の<いたこ>が有名ですよね。

死者の魂に近づける人間は様々な情念を聞き取って、その痛み、哀しみを受け止める。

<いたこ>はそれを語り部のように伝え、スペインの歌い手はそれを唄にして伝えているのです。

このオペラが「オペラを超えたオペラ」と言われるのも、土着の人間の生々しいパッションが直接身体に伝わるからなのでしょう。

マリアナ・ピネーダやロルカの無念さに、まるで憑依されるような、不思議な感覚に包まれます。
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アンダルシアの人々はカンテという唄で情念を表現しますが、これがまたコブシが聞いてて、日本の民謡に通じるものがあるんですよね。

フラメンコのギターも、考えてみると津軽三味線と似たスピリッツです。

アンダルシアの大地と東北の魂のあいだには、何か共通するものがあるのかも知れません。

スペイン人と日本人のDNAの中に、目に見えない不思議な共感性を感じずにはいられませんね。



<アイナダマール>とはグラナダ郊外に実際ある地名で、アラビア語で<涙の泉>という意味があるのだそうです。

1936年8月19日、その泉の場所で自らの墓穴を掘らされ、銃殺されたロルカ。

その時、遺体を埋葬する者もいなかったそうですよ。

しかし作品だけは死ぬこともなく、長い眠りにつきました。

独裁政権が終わる頃には、アンダルシアが生んだ国民的詩人としてロルカの名は再び浮上して来ます。

そして21世紀の今、我々はこうしてオペラ作品を通してロルカの魂の甦りを目撃するのです。


魂の営みには、始まりもなければ終わりもありません。

後に続く人々を巻き込み、運命の輪がゆっくりと回り続けるだけなのです。


「やっぱり魂って永遠不滅なのかも知れないなぁ~」

観賞後、私はそう信じざるを得ない気分になり、高揚した心で劇場を後にしたのでした。

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  あらゆる国では死はひとつの終わりです。           

  死がやって来ると幕が引かれるのです。

  でもスペインではそうではありません。

  スペインでは幕が上がるのです。

           フェデリコ・ガルシア・ロルカ




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by viva1213yumiko | 2014-11-20 14:12 | オペラ・バレエ・映画 | Comments(0)

ナショナリズム狂騒曲

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世界各地でナショナリズムの嵐が吹き荒れています。

豊かな先進国にさえ、ナショナリズムとセクト主義が盛り上がりつつある状況です。

長いこと<平和ボケ>と揶揄されて来た、この日本も例外ではありません。

<ネトウヨ>と呼ばれる新しい愛国主義者たちの台頭もあり、何となくキナ臭い不穏な香りが漂って来ています。

しかし<ネトウヨ>の人々の気持ちも良~く理解出来ますね。

彼らは彼らなりに不安を抱えています。

その不安のはけぐちに、ピンポイントで台頭して来たもの。

それがナショナリズムだったんじゃないでしょうか。

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こんなにも激変している世界です。

感性の鋭い若い人ほど、時代のこの大きなうねりと無関係ではいられません。

終身雇用制が壊れて不安定な契約労働が一般化し、頑張って豊かさを享受すればそれで幸せだった<幸福の一般モデル>は消滅してしまいました。

だから人は個人の幸福に走った。

<オタク>や<オタク文化>がその代表ですね。

低収入でも好きな趣味の世界に引き籠ることで、幸福を享受出来たからです。

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個人的事情から、私は<オタク>と呼ばれる人々と接する機会も結構多いのですが、実際<オタク>の人たちはお人好しで気の良い連中が多いのです。

彼らがこだわってる世界を否定しさえしなければ、その世界観の中で静かに穏やかに生きて行けるような、そんな<心優しき人種>なのです。

恥ずかしがり屋の平和主義者で、ちょっと要領が悪いだけの、素直なごく普通の人たちばかりです。

ただ世界観の異なる他者との協調性に欠けるので、コミュニケーション能力に偏りがあり、誤解されやすいのかも知れません。

自分の世界にどっぷりハマってその世界で完結してるので、他者からは理解され難いし、開き直りも強いので周囲の人との軋轢もあるでしょうね。

親御さんの立場に立ってみたら、さぞかし歯がゆいのではないでしょうか?


けれどそんな自己完結型の<オタク>にも、いずれは限界が訪れます。

その引きこもり文化がほころび始めた時(オタクに飽きた時)、嫌でも自分の現実と向き合わなければならなくなるからです。

そんな時(現実に引っ張り出された時)人はとてつもない空しさに襲われます。

ちょっと想像してみて下さい。

あなたにはその空虚感が理解出来ますか?

おそらく自分への嫌悪感が一気に吹き上がることでしょうね。

怒濤のような空しさに打ちのめされるに違いありません。

そのような空しさに飲み込まれた時、人は個人としての生き方を捨てたくなる衝動に取り憑かれがちです。

多くの人は個人を超えたものに包み込まれ、それに向かって自己を放棄したくなる衝動に駆られるのではないのでしょうか?

何となく分かるような気がして来ました?

注意して下さい。 

それがナショナリズムの正体です。
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ナショナリズムは他の国に対する敵愾心を煽ることで国家への帰属意識を呼び覚まし、個人を国家共同体へと溶け込ませます。

大きな共同体に包み込まれる興奮と歓喜を呼び起こされるからですね。

空虚感に手を焼く人にとって、これは大きな救いとなるのでしょう。

真の個性化を遂げられない多くの日本人が、この衝動に巻き込まれて行ってしまいそうな、そんな気がしてしようがありません。

これは心配性のおばちゃんの戯言でしょうか?

このようなナショナリズムを歓喜する幸福感でなく、個人個人が内面から沸き上る充実感・幸福感をしみじみと感じる、そんな<内面的な幸福モデル>がどこかにあると思いたいです。

ナショナリズムの集団主義って、個人を集団に埋没させ、個人の意識を完全に奪ってしまいますよね。

これは魂の成長にとって、とってもマイナスなんです。

ナショナリズムだけではありません。

あらゆる集団主義はマイナスなんですよ。

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地球上の誰もが幸福を感じて生きて行く方法。

私はそれは、自分固有の魂のユニークさに気付くことだと思っています。

それこそが意識の目覚めであり、真の個性化だと思うのです。

個性化の過程とは、本来のあなた自身に戻ることを意味します。

そのためには人生の大胆な軌道修正が必要な人もいるでしょう。

それは容易い道ではないかも知れません。

しかし魂の自由と幸福を手に入れるため、自分の変化を恐れないで下さい。

ナショナリズムの安易な嵐に乗って、魂の成長を放棄しないで欲しいのです。




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by viva1213yumiko | 2014-04-27 22:27 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

彼岸の先祖供養

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小さい頃に最も怖かったもの。

それは仏壇でした。

陽の射さない陰気な和室で、仏壇に線香を灯してはブツブツと何かを唱える祖母の姿が、とてつもなく怖かったのです。

ローソクの炎が暗く揺れ、辺りに線香の匂いが広がると、黒檀の仏壇の中心にある奇妙な異次元空間に身体ごと吸い込まれ、二度と戻れなくなりそうなそんな恐怖を感じたものです。


無事思春期まで成長すると、その手の年寄りじみた習慣の完全否定が可能となりました。

「いつでもご先祖さんが見守ってるんだよ」 

「だから感謝せにゃ〜ならん」

祖母のそんな言葉も<辛気くさい迷信>と聞く耳持たなくなりました。

まぁそれが健全な青少年の、本来あるべき姿ってもんなのでしょう。

「線香っていい匂いだね」とか、「お経ってなんか落ち着くね」などと言い出す子がいたなら、それは特別な宿命をおびた子供かも知れないので、それなりの道を切り開いてやるべきでしょう。


その後、TVにお坊さんや霊能者が登場し、「先祖供養で幸せになれる」と得々と説明していても、その言葉が心に響く事はありませんでした。

もちろん新興宗教などの、団体教義も鼻でセセラ笑っていました。

私の自我は健全でノーマルな成長を遂げていたのです。


しかし・・・

年の功とは恐ろしいものであります。

人生の折り返し点を過ぎた辺りから、「もしかして先祖供養とは決してバカにならない行為なのではないだろうか?」という風に考えが変わって来たのです。


以前、旅先で知り合った沖縄のユタさんは、「あんたに影響与えんの、それは7代前のご先祖までサァ〜」と仰有っていました。

それを聞いて私は、「ええ~っ!」と思ったものです。

「7代も前ですって?・・・」

仮にひとりの人間が30才で次の世代を産み落とすとして、30年×7代で210年の年月が流れます。

200年以上も前の顔も知らないご先祖様が、私の人生の幸・不幸に影響を与えているという事になるのです。

しかも7世代の霊の影響っていうのは、その間に関わった遠縁の親戚や、一族郎党すべてを含めた<ご先祖様の集団グループ>を意味するらしい。

さらにそれぞれの霊魂ごとに、その恩師やら、友人やら、血の繋がりはないけど特別に縁ある存在がサポートに入っていて、彼らの指導や助言も我々の人生経験に多大な影響力を与えているらしいのです。

ざっと想像しただけでも天文学的数字のスピリッツが自分を囲むこの世界に存在してて、そのご縁とご加護を頂き、我々は今この平成の時代を生きているという事になります。

それを思うと確かに今、この時を生きてる生命の不思議を感じますね。

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しかしご先祖様と言っても当然、皆んなが皆んな心の暖かい良い人ばかりだった訳ではないですよね。

中には迷惑ばかりの、どうしようもない<困ったさん>もいたはずです。

そういう霊魂は自己憐憫や後悔の気持ちが強く、共感してもらえる存在や場所を求めて彷徨っていると言います。

だから自分の気持ちが落ち込んだりすると、似たようなスピリッツを招待してしまい、知らぬ間にピッタリと張り付かれて妙な仲良しさんになってしまいます。

波動共鳴するという奴です。

だからこの世界に存在する、これら無数の目に見えないスピリッツたちを癒し、慰め、昇華させることが供養の本質です。

未成仏霊を安心させてあげることが大切になって来るのです。


普通はここで、かつての私のように「非科学的だ!」「迷信だ!」と始まる訳なんですね。

けれど大事なのはここからで、未成仏霊を供養することで浄化されるのは、逢った事もない困ったご先祖様であると同時に、我々が隠し持つ心の中の厄介な部分でもあるのですよ。ややこしいけど・・・

スピリッツ(霊魂)というのは何者かの想いそのものであり、良いものも悪いものも、チャンスさえあれば物質化しようと待ち構えてる見えないエネルギー群の事です。

だから未成仏霊を供養するとは、我々の心の暗黒面にはびこってる制限のない欲望や、怒り、憎しみ、自己憐憫などを昇華し、奇麗なものに入れ替える作業そのものの事を意味するのです。

すべてのスピリッツが安心して完全に成仏したなら、あなた自身の心配事もすべて消滅し、自分の人生を100%信頼出来るはずです。

つまり「先祖が安心なら自分も安心」

「先祖が豊かなら自分も豊か」

「先祖がハッピーなら自分もハッピー」

あの世とこの世の壁を取っ払い「サービスする、される」という運動力学が成立するのです。

言わば<サービス交換の法則>なんですね。


先祖供養をするという事は、これはもう見えない先祖や縁のある霊たちへ、自分が生かされている事を感謝をする事に尽きると言えますね。

先祖の霊を慰める事は、同時に自分自身の癒しと再生を導く事になるのです。


「ご先祖さんにゃ、感謝せにゃあかん」

結局お祖母さんの言ってた事は嘘ではなかったんですよね。

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供養といっても何も大げさな事をする必要はありません。

先祖霊が安心の境地に行くように思いやり、お線香の一本でも供えて、今ここに生かされている事への感謝を思うだけでいいのです。

お年寄りたちがやってた文化を真似て継承するだけの話しです。

「生かして頂き、感謝します・・・」

「おかげさんで、ありがとさん・・・」

念仏のように繰り返していると、心はホッコリ暖かくなって来ますよね。

人間関係に疲れて疑い深くなってる人も、騙されたと思ってひとりでこっそりやってみて下さい。

優等生的な発言に照れがある人でも、心に念じるだけなのだから恥ずかしくありません。


そうやって自分や家族や周りの人を見つめ直してみると、心のモードが安定し始めます。

他者を思いやる慈悲の心を育てると、なぜかすべてに感謝する心が生まれて来ます。

またすべてに感謝するように日常生活で心がけていると、なぜか慈悲の心が生まれて来る。

すると不思議な事に、生かされている感謝を素直に感じるようになれるものなのです。

相乗効果で自分の幸福指数がどんどんアップするという構造です。

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それぞれの宗教の教義は皆んな違っているし、またそれぞれそれなりの正しさがありますよね。

でも本当の正しい信仰とは「目に見えない何かのお陰だと思って、生かされている事への感謝をする事」それに尽きると思います。


 [心の中に本物の神がいる]


それさえ分かっていれば、心の外に神を求めて宗教集団に集まる必要もなくなりますよね。




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by viva1213yumiko | 2014-03-21 20:04 | 季節・行事 | Comments(0)