オペラを超えたオペラとの呼び声が高い、<アイナダマール>です。 「再演されるかどうか分からないから、見逃すと一生見れない可能性あるわよ」 出演した友人Sは、役作りのトレーニングで筋肉痛の身体を摩りながら、こっそりそう教えてくれました。 その意見はもっともです。 なぜってこの作品、通常の歌劇とは違い、かなり前衛がかってるんですよね。 イスラム礼拝っぽいコーラスや、死を嘆き悲しむ泣き女の合唱団。 馬のひずめや銃声の音もそのままシンセ音に使われているし、フラメンコギターや手拍子、アフリカや中南米の打楽器も加わり、かなり粗野で土っぽい印象だ。 <歌劇>にしては、かなり<過激>・・・ しかし、現代音楽だから小難しいって感じでもないんですね。 フラメンコやアラブ風の音楽がちりばめられて、クラッシックの音楽編成を破壊した<フォークオペラ>、<ワールドミュージックオペラ>と言えそうです。 歌唱・演劇・美術・映像・衣装・ダンス・パフォーマンス・民族音楽・オーケストラ・音響技術・・・ すべての面で異色のアイデアに満ちていて、ホントに<オペラを超えた21世紀のオペラ>の風情です コアなファン層から「これは凄い!」と賞賛され、世界80ヶ国以上で上演されている話題の作品なのです。 物語はスペイン内戦で銃殺された詩人ロルカの運命を題材にしていて、彼とゆかりある人物も絡み、<死と隣り合わせの魂同士の交流>みたいな情熱的で神秘的な主題が見え隠れしてます。 それは「ひとりの人間の魂は時代を経て、他の人間の魂へと伝播し得るのか?」 「死者の魂と対話することが出来るのか?」 といった感じのテーマなんですよね。 19世紀グラナダに実在しジャンヌ・ダルクのように処刑された自由主義の女性、マリアナ・ピネーダ。 そして彼女の半生を戯曲にした、フェデリコ・ガルシア・ロルカ。 マリアナ・ピネーダを演じた伝説の大女優、マルガリータ・シルグ。 この三者の心の叫びというか、自由のため流した血の匂いが、現実とは違う別のリアリティーの中で時代を超えて交流するのです。 現実世界と死後の世界との霊的交流は可能なのでしょうか? 19世紀グラナダの悲劇のヒロインの魂が、1930年代の詩人の心に大きな影響を与え、数奇な運命へと導く。 ひとりの人間の生き様が、後の時代の誰かの人生に作用を及ぼすなんて・・・ そんな事が本当にあるのでしょうか? 人間は大昔から、死者の魂との交流に憧れを抱いていました。 多くの人間が、死はすべての終わりではないと直感的に感じていたからです。 大地と繋がったシャーマンのような人々は、死者とのコミュニケーションでその魂を代弁して語る事ができます。 日本の口寄せでは恐山の<いたこ>が有名ですよね。 死者の魂に近づける人間は様々な情念を聞き取って、その痛み、哀しみを受け止める。 <いたこ>はそれを語り部のように伝え、スペインの歌い手はそれを唄にして伝えているのです。 このオペラが「オペラを超えたオペラ」と言われるのも、土着の人間の生々しいパッションが直接身体に伝わるからなのでしょう。 マリアナ・ピネーダやロルカの無念さに、まるで憑依されるような、不思議な感覚に包まれます。 アンダルシアの人々はカンテという唄で情念を表現しますが、これがまたコブシが聞いてて、日本の民謡に通じるものがあるんですよね。 フラメンコのギターも、考えてみると津軽三味線と似たスピリッツです。 アンダルシアの大地と東北の魂のあいだには、何か共通するものがあるのかも知れません。 スペイン人と日本人のDNAの中に、目に見えない不思議な共感性を感じずにはいられませんね。 <アイナダマール>とはグラナダ郊外に実際ある地名で、アラビア語で<涙の泉>という意味があるのだそうです。 1936年8月19日、その泉の場所で自らの墓穴を掘らされ、銃殺されたロルカ。 その時、遺体を埋葬する者もいなかったそうですよ。 しかし作品だけは死ぬこともなく、長い眠りにつきました。 独裁政権が終わる頃には、アンダルシアが生んだ国民的詩人としてロルカの名は再び浮上して来ます。 そして21世紀の今、我々はこうしてオペラ作品を通してロルカの魂の甦りを目撃するのです。 魂の営みには、始まりもなければ終わりもありません。 後に続く人々を巻き込み、運命の輪がゆっくりと回り続けるだけなのです。 「やっぱり魂って永遠不滅なのかも知れないなぁ~」 観賞後、私はそう信じざるを得ない気分になり、高揚した心で劇場を後にしたのでした。 あらゆる国では死はひとつの終わりです。 死がやって来ると幕が引かれるのです。 でもスペインではそうではありません。 スペインでは幕が上がるのです。 フェデリコ・ガルシア・ロルカ
by viva1213yumiko
| 2014-11-20 14:12
| オペラ・バレエ・映画
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