冬は空気の乾燥が激しく、のどには辛い季節です。 日本人は潔癖症なのか、皆こぞって同じようにマスクで防御しています。 我々には見慣れた冬の景色ですね。 でもあの光景、外国の人が初めて見るとびっくりしちゃうんだそうです。 ウィルス感染のパニック映画さながら、細菌が蔓延してるように見えるらしい。 風邪でもないのにいつもマスクで・・・ こんなにヤワでいいのか日本人? 通勤通学のほとんどがマスク集団ってのは、ビジュアル的に確かに不気味です。 でもマスクって、のどの乾燥に圧倒的に効果があるのは事実。 しっとり感が断然違います。 一旦マスクすると、もう手放せなくなってしまうのも良く分かりますよね。 もう何十年も昔、父親の葬儀の時の話だ。 火葬場で骨揚する時、係の人がのど仏について説明してくれました。 「これがのど仏です。こんなに綺麗に残っているのは生前の行いが良かった証拠なんです」 もちろんそれは研修上のマニュアルトークなのでしょう。 しかし遺族は、なぜかそれを聞いて安心する。 「お父さんはきっと良い人生を送ったに違いない」 少なくともそう納得してお別れすることが出来ます。 思いもかけず不意に遺骨から現れるホトケ様。 ホトケの出現にホッとさせられ、無事に葬儀を終えたことを覚えてる。 でも後から知ったのだが、実はアレ、のど仏ではなかったそうです。 成人男性の喉にポコンと突き出てる、のどの突起物。 のど仏というのは声帯を保護する軟骨で、火葬をすると燃えて残らない。 火葬で残るホトケ様の形の骨は、のどの裏側の第二頚椎の骨だそうで・・・ ちなみにこんな形をしています。 座禅をするホトケ様の姿そっくり! なので「人の身体の中にはホトケ様が宿っている」という伝承が後世に伝えられました。 「人の体の中にはホトケさんがいるんだ!」 「他の骨が焼けてボロボロなのに、この骨だけは残っているから本当だったんだ」 そう信じ救われた人も多いことでしょう。 のど仏は人の人生に寄り添う、守り本尊のような役割になって行きました。 西洋風に言うなら守護天使かな? 人の一生を最後まで見守る存在です。 のどに宿ったホトケに見送られ、死者はあの世へ旅立って行く。 残される遺族には心の落としどころが必要です。 それが嘘だと分かっていても、ホトケ様が宿っていたなどと聞くと、妙な安心感が得られます。 どんなに時代が進もうと、人間にはあの世とこの世を結ぶ神話が必要なんでしょうね。 それにしてものどのホトケ様とは面白いですよね。 ホトケはなぜのどに宿ったのでしょう? 別に頭でも腹でも構わないはずなのに、寄りによってなぜのどなのか? 考えてみたら不思議です。 ホトケ心が育つのは、多分ハートの辺りのはずだし・・・ 「何でまたのど?」って思いますよね。 人の身体の構造は、のどの部分で急激に細くなっています。 水道管とかパイプの類いは皆そうですが、急に細くなってる部分は構造的に脆いんです。 のどは頭とボディーとを結ぶ大切なパーツ。 急に細くなってるだけに、気が滞りやすいのが欠点です。 だからのどの部分にエネルギーが停滞しないよう、誰かが交通整理をする必要があった。 自らそれをかって出てくれたのが、他ならぬのど仏様だったって訳ね。(笑) のどから発する言葉が美しくあるように、毒気を帯びないようにと、常に監視をしてくれてる。 奉仕の心でパトロールしてるんです。(笑) そうじゃなくても首周りってとてもセンシティブ。 頭脳と肉体とが分離しないよう(現代生活では分離しやすい)常に仏の加護が必要なんですね。(笑) 西洋ではのど仏のことを<アダムの林檎>と呼ぶそうです。 ヘビにそそのかされ禁断の実を食べたイブは、アダムにも林檎を勧めました。 アダムが林檎を食べるとタイミング悪く神に見つかり、焦ったアダムは林檎を喉に詰まらせた。 その時の林檎がのど仏になったと伝えられてます。 西洋文化はすべからず神との契約がものをいう世界です。 神様は約束を守らない人間に平気で罰を与える。 「勝手なことばかり言いおって・・・少し調子に乗ってるな?」 そしてのどに蓋されちゃうんですね。(笑) それに比べたら我が国ののど仏なんか穏やかなもんですよね〜 ホトケ様は優しい口調で「口を慎むよう気をつけましょうね~」と諭してくれる。(優しい口調で言っても効かないと、結局痛い目に会うのですが・・・) 我々を救済してくれてる感が十分に伝わって来ます。 西洋と東洋とのスピリチュアリティー。 同じのどのテーマなのに、東西の文化の違いには驚かされます。 アピール下手というか、コミュニケーション下手というか・・・ 言いたいことを相手にちゃんと伝えようとしない人間が多い。 曖昧と言うか、なあなあと言うか・・・ それなのに言わなくても分かって欲しいという欲求も人一倍強い。 伝えないのに気持ちを察して欲しいのだから、相当無茶なこと言ってるなぁ~と思いませんか? 日本人には<察する能力>があると言われます。 以心伝心の力があって、それが日本の伝統文化だと思ってる人も多い。 でもちょっと待って下さい。 果たして本当にそうなのでしょうか? それって意見をハッキリ伝えられない、ただそれだけのことじゃありません? 察したつもりになってただけ、穏便に済ましたいだけ、だったんじゃありません? 多くの日本人が曖昧な予定調和で、何となくまとまって生きてます。 今までは「何となくまとまってる風」でも十分良かった。 でもこれからはそれじゃ通用しないかも知れませんね。 世界は今、急速な勢いで目醒めの時期に突入してます。 個人レベルの無意識からも、社会レベルの枠組みからも、抑圧されたエネルギーが膨大に噴き出して来ている。 今まで抑え込まれてたエネルギーが、あらゆる分野で溢れ始めたのを、あなたもきっと感じているはず。 今必要なのは、マグマのようなエネルギーを正しく転換させられるかどうかということ。 でないと得体の知れない未知の力が、暴力となって表現されてしまう。 多くの人ののどの辺りに、嘆きや怒りが湧き上がって来ています。 待った無しの地球環境のためにも、おとなしい日本人も声をあげなければならなくなるでしょう。 でもその表現の仕方が問題なのです。 内側からやって来る未知のエネルギーを、恐れずに上手く意識化し表現しなければならないんです。 多くの人間は、大なり小なり無意識レベルの罪悪感を抱えています。 それらはのどのチャクラに溜まり、その人の表現力に影響を与えます。 余計な一言が多い人、場に相応しくない一言を発しちゃう人。 それとは逆に言いたいことをセーブしたり、伝えたいことを見失ったりする人。 そんな人はのどに林檎を詰まらせたアダムの教訓を思い出して下さい。 我々の祖先はのどに蓋して、苦しい思いをしながら学びました。 自分を無意識に罰する人間は、イキイキした自己表現を諦めてしまうのです。 あなたは自分に厳しいタイプ? それとも諦めやすいタイプかな? 自己表現はやり過ぎると失敗するし、やらなければ自分を活かせない。 丁度良い塩加減が大事です。 けれどこれがなかなか難しいんですね〜 のど仏の教訓はそう言う時の助けになってくれるでしょう。 「もっと自分におおらかにおなりなさい・・・」 のどに宿るスピリチュアリティーに、もっと注意深くしてあげて欲しいのです。 おまけ:雑誌掲載記事 業務連絡:HPはこちらから
by viva1213yumiko
| 2018-12-17 20:55
| 季節・行事
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