カテゴリ:人生・霊性( 52 )

世界で最も哀しいお告げ


この世には悲劇と呼ばれるものが存在してます。


戦争や災害などが起こるたび、そこにはたくさんの悲劇が生まれます。


トロイア戦争の叙事詩<イリアス>、ロシアの歴史大河小説<戦争と平和>、日本の軍記<平家物語>など、物語は実際の史実を超え語り継がれて行きます。


さらにもっと個人的な悲劇なら・・・例えば<ハムレット>は?


登場人物が次々と死んでしまう哀しい復讐劇です。


男女の恋の悲劇なら、やっぱり<ロミオとジュリエット>?


いずれにせよ、どれもが皆んな最終的に<死>で幕を閉じる。


悲劇ってどうにもやるせないものですね。


だけどこの中のどんな悲劇だって、オイディプス王の味わった哀しみに比べれば、所詮はスケールちっちゃい感じです。


なぜでしょう?


それはこうだからです。


本当の悲劇とは、厳しい<業>を引き受け人生を生き続けなければならない、その哀しみそのもののことだから。


ギリシャ悲劇の最高傑作、<オイディプス王>の物語。


この世で最も救いのない悲劇に見舞われた王様のお話しです。


それでも王は<死>に逃げ込まなかった。


<業>を引き受けそのまま生きることを決意するのです。



「いずれ父を殺し、母と交わるであろう」


というアポロンの神託を聞き、親殺しの罪を犯さぬよう国を去ったオイディプス。


しかし旅先の小さな諍いから、名も知らぬまま実の父親を殺してしまいます。


そして王を亡くして未亡人となった実の母を、そうとは知らずに娶ってしまう。


呪われた運命から逃れたはずが、皮肉にもアポロンのお告げを成就させることになってしまった。


オイディプス王は結局、父を殺し、母と交わる。


そして4人の子を設けるのだった。


ところが国中に疫病と凶作が蔓延する。


盲人の預言者に「先王を殺した犯人を見つけ、汚れを払わなければ、この災厄から逃れられない」と告げられ、先王殺しの犯人を探し始める。


しかし捜査するうち出生の秘密が明らかになり「先王殺しの犯人は他ならぬ自分自身だった」と驚愕の事実に気づく。


息子と結婚してしまったことを知った王妃は、絶望し、首を吊って死んだ。


そしてオイディプス王も「これほどの悲劇は見るに耐えない」と、自らの両目を潰し、盲目となって放浪するのです。



物語の教訓はこうでしょうか?


[ 人は自分の宿命から決して逃れられない ]



神託に抵抗する人間の振るまいが、神託の成就にあらかじめ組み込まれていたなんて・・・


恐るべき予言の先読み効果じゃありませんか?


良かれと思って打った先手が、却って地獄を呼んでしまうんだから、これに勝る不幸はありませんよね。


過酷な運命に弄ばれ、予想もしなかった破滅に至る。


<オイディプス王>の物語には、そのような人間の<救われぬ哀しさ>が描かれています。



しかし、オイディプスは偉かった。


絶望に陥っても自死せず、盲人になって追放されても、厳しい生に耐え、生き抜く道を選択する。


過去を探らなければ苦悩することもなかったはずなのに、それでも苦悩を抱え、生きる決意をしている。


立派な<生き様>だと思います。


私たちも皆、多かれ少なかれ何らかの哀しみを引き受け、毎日を生きてるのは確か。


それだからこそ我々も、オイディプスのように潔く、ジタバタもせず、十字架を引き受けて生きる。


そんな生き方こそが理想です。


少しでもそれに近づけるようになりたいものです。


結局自分と折り合いをつけ、哀しみを背負う覚悟の出来た者だけが前進出来る。


それは物語の世界だけじゃないんですね。



しかしそれにしてもオイディプスの運命って過酷です。


このような宿命の星の下に生まれるには、それ相当の、それなりの因子が必要なんでしょうねぇ。


そこら辺から推測しても、彼にはやはり<血の絆>というテーマが大きく関わってると思います。


苦しいことが起こった時、それを「カルマのせい」と考える人は多いでしょ?


カルマって本人の預かり知らぬ場所で予想もしない形で成就したりするから、ホント困っちゃうんですよね。


原因が分からかず「なぜ自分ばかりこんな目に?」と嘆くことになる。


<カルマ論>は奥の深い話しでして・・・ホントに始末に負えないんです。


結局このオイディプス王の場合、近親の血族関係のカルマも大きく影響してるってことなのでしょう。


<ファミリーシークレット>って奴です。


王家の血脈の純粋性も左右してるでしょう。


計り知れない秘密が水面下で発酵し、それが一気に噴出してしまった気がします。


王にお逢いした訳じゃないし(当たり前だ)、詳しいことは分かりませんが、大いなる秘密が深いレベルに隠れてるってことだけは良く分かりますよね。



人は本当に宿命から逃れられないものなのだろうか?


オイディプス王の物語から、姿を見せない真実の不思議なカラクリを思わずにいられません。


ジグソーパズルのピースはちゃんと揃っているのです。


でもいつまでたっても我々には全体像が見えない。


私たちはそんなもどかしさを抱え生きています。



生まれて来る前から決まってるのが<宿命>で、自分の努力次第で切り開けるのが<運命>


江原啓之さんも確かそう言ってました。(笑)


時代や国や人種、親兄弟や親族、性別、体質、容姿、寿命・・・


我々がどんなに強く望んでも、あらかじめ決められている宿命は、降参して受け入れるしかない。


そうするしかないところにも、また哀しさがありますね。



スピリチュアリズムではなぜ自分がこのような宿命の下に生まれたか、考えてみることが大事だと教えます。


それが人生理解を深める第一歩になるというのです。


自分の人生になぜこんなことが起こるのか?


自分の中のどのような問題を解決すべきか?


そこにはどんな課題があるのか?


変えようにも変えられない宿命をまずは受け入れること。


そのプロセスが自分に必要な学びのスタートだって、そう教えるんですね。



「いずれ父を殺し、母と交わるであろう」


オイディプス王が告げられたのは、世界で最も哀しいお告げです。


そしてその宿命を悟った時、王は自らのカルマを背負う覚悟をし、放浪の旅に出た。


大切なのは人生で起こるどのような出来事も、自分を磨く魂磨きの場所だと、そう考えられるかどうかです。


それさえ出来るなら試練も切磋琢磨し乗り越えて行ける。


自分を成長させることが出来るんですね。



「人生には試練はあっても不幸はない」のだそうですよ。


何かの本でそう読みました。


どのような場所からも前へ進むことは可能なんですね。


あなたの宿命をしっかり受け止めましょう。


そして運命の方は、どうぞ大きく切り開いて行って下さいね。




[ それぞれの魂は過去生の勝利によって強化されるか、もしくは欠点によって弱まってこの世に生まれて来る。この世のどこに位置づけられるかは、その人の過去の美徳、あるいは欠点によって決定づけられている ]


オリゲネス・アダマンティウス 初期キリスト教神学者(185頃~254頃)  





[PR]
by viva1213yumiko | 2018-05-11 23:22 | 人生・霊性 | Comments(0)

輪廻輪廻大サーカス

a0253145_15430579.jpg

子供の頃、日曜にTV放映される<リングリングサーカス>が大好きだった。


<リングリングサーカス>はアメリカが誇る、世界最大規模のサーカス団。


フットボール場2つ分の大テントに1万1千もの座席をしつらえる、超巨大なサーカスです。


3つのサーカスリングを設置し、それぞれのリングの中で軽業師や動物たちが次々曲芸を披露する。


「これぞアメリカ!」って感じの、突拍子もなくスケールの大きなサーカスなんですね。


最盛期には従業員1500人以上、馬450頭、象40頭を抱えており、80両の専用サーカス列車で各地を巡業して回っていたと言う。


そのスケールの大きさから「地上最大のショー」と呼ばれ、ハリウッド映画にもなったぐらい歴史あるサーカス団です。


当時見てたTV番組も、同時並行で行なわれる3つのリングのパフォーマンスを、たくさんのカメラで追いかけ放映していた。


その時の映像は、今も記憶の底に刷り込まれている。


隊列を組みドスドス走り回るたくさんの象。


猛獣使いの大きなムチの音。


ピエロたちのコミカルな動き。


空中ブランコを見上げる観客の表情、そのどよめき声。


「何もかもがスケールが違う」ってことが、TV越しに臨場感を持ってヒシヒシ伝わって来ました。


子供ごごろにも「アメリカって凄い!」って、そう思ったものです。


1980年代には日本でも来日公演をしていたらしいが、その後は動物愛護の気運により、観客動員数は急速に減って行った。


<リングリングサーカス>は解散を余儀なくされ、昨年146年の歴史に終止符を打ちました。


兼ねてから「アメリカに行ったならスケールの大きなショーを観てみたい」と、思ってましたが、それは多分子供時代のこのような記憶のせいなのかも知れませんね。


a0253145_15152791.jpeg


<シルク・ドゥ・ソレイユ>は日本でも有名なので、観たことある人は多いと思います。


一言で言うと「サーカスとアートを融合したパフォーマンス」


曲芸という娯楽を、一段階<次元上昇>させたエンターテイメント集団です。


<シルク・ドゥ・ソレイユ>は芸術的な作品を数多く世に送り出しています。


しかしその中でもスケールと完成度の点で「最高傑作!」と評されるのが、今回ラスベガスで鑑賞した作品<オー>です。


この演目は、当地の常設シアターだけでしか上演されません。


それもそうですよねぇ〜


だって、よその劇場じゃ絶対に無理だもの・・・


ラスベガスの常設劇場は、舞台の奈落部分が巨大なプールになっています。


しかもこのプール、水深が自在に変化する作りになっていて、プールからセットへ唖然とするような舞台転換をする。


水深を深くしたプール目がけ、天井からパフォーマーが飛び込んだかと思うと、みるみるうちにそれがスキップ出来るほどの水たまりに変わったりするんです。


ダンサーの踊ってた床があっという間に2つに割れて、プールの底からシンクロスイマーたちが現れる。


カーテンの奥から、水中から、壁から、天井から、客席から・・・


ありとあらゆる場所からパフォーマーが登場して来る。


そして演技を終えた者から順に、最後は必ず水の中に消えて行くんです。


a0253145_15155373.jpeg

「これは凄い!」と、手放しにそう思いました。


今まで観た舞台の中でも、群を抜いたスペクタル感です。


何しろお金が掛かってる。


衣装も照明も小道具も、華やかで独創的です。


観ているうちに水中と空中の境界線が揺らいで、次元とか空間とかの認識機能が麻痺してしまいそうになる。


古代ローマではあのコロッセオに水を張って、ローマ軍の海戦の様子をショーに仕立て観衆に披露したと言います。


この<オー>の水舞台もそれに匹敵するくらい、度肝を抜くレベルなんじゃないかと感じました。


次に一体何が現れるのか?


観客は固唾を呑んで見守ることしか出来ません。


そしてそれと同時にやって来る感動のエネルギー。


開始10分で胸がぶわっと熱くなり、身震いが起こって、涙が勝手にあふれて来る。


エネルギーが身体を通過するたび、こうした反応が勝手に湧き上がってしまうのです。


不思議だった。


この感動は一体どこから来るというのでしょう?


パフォーマーの技術が凄いから?


音楽が激しく切ないから?


スペクタルが圧倒的だから?


もちろんどれもが正しいけれど、それだけでは正確と言えません。


そこには何かこの世のスケールで測れない、そんな秘密がありそうです。


a0253145_15423479.jpeg

<オー>は水がテーマのショーです。


パフォーマーたちの演技はどれも、最後に水に飛び込むことで完結する。


ブランコ乗りも、ジャグラーも、アクロバットも、道化師も、ダンサーも、エアリアルも・・・


パフォーマンスを終えた者は皆、水に入り泡となって消えて行く。


そしてまた、どこからともなく別のパフォーマーが登場し、新たな次のパフォーマンスが始まって行くんですね。


人は水から現れ、活動し、それを終え、水に消えて行く。


そして水から再び、人間は新たに生まれ変わる。


つまり<オー>とは「万物を生み出す源」のようなもの。


あの世とこの世をつなぐ<海>の象徴でした。


つまりこのショーは、我々の<輪廻転生>を観せてくれるそんな舞台だったんです!



何かがストンと腑に落ちました。


初演から20年近く、はるばるラスベガスまで足を運び、多くの観客がこのショーを観たがるのはなぜか?


その理由が分かったような気がしました。


これは、<輪廻のサーカス>でした。


誰もが忘れてしまっているけど、実は消えない<輪廻の記憶>


その長い長い道のりのことを、このショーは思い起こさせるのです。


決して私だけがそう感じるんじゃありません。


そこに真実があるから、それだからこそ誰もが感動せずにはいられないんですね。


a0253145_15155577.jpeg


考えてみれば私たちは皆、サーカスのパフォーマーみたいなものです。


ショーを成功させるためには、与えられた役割をキチンとこなさなければなりません。


衣装やメイクの用意はOKか?


チームの仲間とシンクロしてるか?


呼吸を止めずにスムーズに動けたか?


最後のポーズは決まったか?


ほらね、サーカスを生きるのとまるで同じじゃないですか。


時には道化を演じ人を笑わせなければならない。


時には火を吹き人を驚かす。


危険を冒し空中をジャンプすることもあるでしょう。


縁の下の力持ちに徹することもある。


思いきり飛んで、失敗し、溺れ、そして笑われる。


歯をくいしばり、努力して、認められ、喝采を受ける。


そして結局最終的に、誰もが水に還って行きます。


あなたはどんなパーソナリティーの持ち主なのでしょう?


あなたの特技は? 良いところは?


逆に痛みや弱点は何ですか?


自分を労わり愛してる?


魂の道を正しくまっすぐ進んでいるだろうか?


a0253145_15423839.jpeg


誰もが皆んな、記憶喪失のまま人生を歩いています。


いつだって大切なことは思い出せず、心に空虚を抱えてる。


でもね・・・


本当は決して忘れてなどはいないのです。


魂の深いレバルでは全ての記憶を残してる。


ここに来るまでに、どれだけの苦難をくぐったか?


ここに来るまでに、どれだけの幸せを諦めたか?


ここに来るまでに、どんな苦渋の決断をしたか?


あまりに辛いから忘れたことにしてますが、私たちの魂はちゃんと知っている。


そして「いつかは誰もが全てを思い出す」と、いにしえの叡智はそう伝えています。



悠久の時の流れを思うと、ちっぽけな自分が愛おしく感じられませんか?


私たちはサーカスを生きてます。


<輪廻輪廻大サーカス>という、<地上最大のショー>をです。










[PR]
by viva1213yumiko | 2018-04-15 15:57 | 人生・霊性 | Comments(0)

癒してガッテン

a0253145_21491655.jpg

人工知能の発達で人間の仕事の領域がどんどん奪われる可能性があります。


危険な仕事・過酷な仕事・単調な仕事だけでなく、優しさ・人間らしさを要求される仕事も同様です。


家事や介護のルーティンは、お手伝いロボットに任せれば良い。


子供たちは学習ロボットでお勉強。


赤ん坊の様子は子守ロボットに見てもらおう。


ありとあらゆるペットロボットがお年寄りの心を和ませる。


寂しがり屋の大人たちには、慰めを与える愛人ロボットを提供しましょう。


そんな未来はすぐそこです。


人間のあらゆる欲望・あらゆるニーズに人工知能は答えてくれる。


しかしそうなって来ると、人間の存在理由そのものも変わらざるを得ませんね。


未来の国語では「人間臭い」なんて言葉、必要なくなるんじゃないかしら?


徹底的に管理の行き届いたクリーンで安全な理想社会。


果たしてホントにそんな社会が来るのだろうか?


a0253145_21500704.jpeg


スティーブン・スピルバーグ監督の作品に<A.I.>というものがあります。


人工知能の発達で完璧な子供が生産されるようになった、そんな未来社会のお話しです。


美しく優しく賢く、病気知らずの完璧な子供がロボットとして作られ、子供のできない母親に与えられる。


子供型ロボットを起動し、自分を永遠に愛するようプログラムをインストールすればOK。


それだけで完璧な子供は未来永劫、壊れるその日まで母を愛し続けます。


母親は最高の幸福に包まれました。


夢にまで見た完璧な子供を手に入れたのだから、そりゃそうですよね。


でもやがて血を分けた本当の子供が、不治の病いから奇跡的に治癒すると、結局自分の子供の方を可愛がる。


母親は完成された子供ではなく、不完全な人間の子供の方に愛着を持つのです。


a0253145_21495776.jpeg


愛って人間の理解を超えてます。


愛とは実に不可解で、人間の理性とか損得勘定を軽々と飛び越してしまう。


「神様の愛情も母親のそれに近いのかも知れないなぁ〜」


私はふと、そんな風に考えました。


神様は完成された存在でなく、不完全な我々をいつまでも愛してくれている。


神は本物の母親のように、ず〜っと昔から我々を許してくれていたのだと・・・


あら? ちょっと<宗教チック>だったかしら?


でもね・・・


この世で起こる現象のすべてには、やっぱり人間レベルを超越したサムシング・グレート(神様みたいな大きな力)が、関与してると思わずにはいられないんですよねぇ〜



我々人間はA.I.と違って、完全ではない状態からスタートしてます。


不完全だからこそこの世に生まれる。


不完全だからこそ「完全に近づきたい」「幸せになりたい」と欲望し、人生を歩んで行く。


「体験したい!」という欲望そのものが<魂の原動力>です。


この世界で感じる<痛み>や<苦しみ><欠乏>さえも、魂は体験することを望んでいる。


それらを乗り越えれられたら、<喜び><豊かさ><調和>などの美しいものにたくさん気づけるからです。


a0253145_21504608.jpeg


では<魂の癒し>は何のために必要なのでしょう?


辛い経験を無かったことにするのが<癒し>ではありません。


<辛い>という意味づけや、それに対する「惨めだ」「恥だ」というような判断・評価を転換させること。


それが<癒し>の本質です。


辛い経験を「必要な経験だった」という理解・気づきへと変化させて行く。


「魂が成長する」ってそういうことを意味してるのです。


それこそがこの物質世界で手に入れられる最大の贈り物。


宗教チックに表現するなら、<神の恩寵>ってヤツですね。


a0253145_21513848.jpeg


宇宙の仕組みは人間のルールで動いている訳じゃありません。


宇宙全体で丸ごとひとつのシステムなのです。


結局地球って、宇宙の中ではまだまだ未熟な星なんでしょうね。


我々の意識も未だ眠りについたまま。


宇宙の創造主の発するエネルギーに気づかないし、気づこうとさえしていない。


それだけで終わらず、自らの魂をいじめ傷つけ、他者をも傷つけ、地球そのものを傷つけている。


存在している身近な奇跡を、見逃してばかりいるのです。


a0253145_21511937.jpeg

[ 愛は地球を救う ]って、24時間TVはそうスローガンを掲げてます。


でも本気で地球を救いたいと思うなら、まず最初にあなた自身を癒されなければならないのです。


うむ・・・?


何やら合点がいかないですか?


では、こんな風に例えてみてはどうでしょう。


私たちの肉体は60兆個の細胞が、正常に動き、機能して、初めて健康を保っています。


同じように地球に住むひとりひとりの魂が癒され、エネルギーに満ち、機能してなければ、地球の健康は保てません。


地球という大きな生命体の、私たちは小さな小さな細胞だからです。


細胞であるあなた自身が充分癒されていなければ、地球は元気でいられません。


あなたが自分を生きていなければ、地球に貢献出来ないのです。



だからこそ今、地球のためにも<魂の癒し>が必要です。


実際癒しが起こったならば、あなたも腑に落ち、合点が行くことになる。


[ 癒してガッテン ]


ガッテンして頂けましたでしょうか?(笑)


a0253145_21514208.jpeg


業務連絡:

<癒し>は頭で理解するものじゃありません。


<癒し>とは、心で感じ納得し、身体の中に落ちて行くもの。


立ち止まり、揺り起こし、自分を書き換える作業です。


それが<魂の癒し>


あなたを前進させる<聖なる儀式>です。


<癒し>の体験に興味を覚えたら、どうぞこちらをご覧下さい。




[PR]
by viva1213yumiko | 2018-03-20 15:27 | 人生・霊性 | Comments(0)

人生は後半戦が面白い

a0253145_12463464.jpg

人生とは移り変わる<春夏秋冬>のようです。


芽吹きの時、緑生い茂る時、実りの時・・・


そして落葉の時。


自然界の四季の巡りと同様、人間の生涯にも<春夏秋冬>のサイクルがあるのです。


古代インドには人生を四つの季節に区分した、<四住期>という考え方がありました。


<学生期><家住期><林住期><遊行期>


それは、人生の<春夏秋冬>そのものです。



青少年の頃はまだまだ<学生期>です。(0歳から25歳くらいまで)


心身を鍛え色々な学びを体験する、青い芽吹きの季節です。


次の<家住期>は仕事をし、家族を養い、国家や社会に貢献する壮年期の季節になります。(25歳から50歳位まで)


その次の<林住期>は今までの業績をまとめ、仕上げに取り掛かる時期。


豊かな実りのシーズンです。(50歳から75歳位まで)


意識の在り方も外界から内界へと移行し、本来の自己を見つけ、やりたいことを始める段階となります。


そして老年時代の<遊行期>に入ったら、過去のすべての執着を解き放って、自らの人生の集約へと向かう。(75歳以上)


生と死を思い煩わず、天命に身を委ねて生きるのが最良とされます。


a0253145_12470826.jpeg


こうして改めて見直してみると、人生の前半戦とは仕事をし、収入を得、家族を得て、人生をどんどん拡大させる路線なのだと分かります。


しかし人生半ば頃にはそういう欲求はピークを超え、拡大路線は徐々にしぼんで来る。


そして、それに替わって次なる成長欲求が生まれる。


次の欲求は年齢を重ねるごとに深まり、どこまでも右肩上がりに上昇すると言われてますが・・・


それ、一体何のことだか分かりますか?


実はその欲求、「自分自身の意識を拡大し、個を超えて成長したい」という想いなんだそうですよ。


今までずっと「これが自分だ」と信じていた、自分の<かりそめの枠>を取っ払い、新たなる地平を見つけたくなる。


そんな欲求のことです。


つまり、人は年を取ると「精神性を高めたくなる」ってことなんですね。


スピリチュアルなものを求めたくなる回路というのは、誰もが皆んなに、初めから組み込まれてるようなのです。


人間とはそのように出来てるらしい。


樹木が咲いて、実って、落葉するのと同じように、人の思考や欲求は、年齢と共にスピリチュアルなものへと変わって行く。


時限装置が時間を刻むように、その時はセットされている。


タイミングが来るのをジッと待ってる。


どうやらそういうものらしいのです。


精神の成長欲求は物質的な欲求と違い、限界なんかありません。


どこまで行っても(宇宙大まで?)次のレベルの成長段階が待ち構えているそうです。


我々の100年足らずの寿命では、人生で体験出来ることなどたかが知れてます。


ありふれた平凡な人生を送った人も、劇的でドラマチックな人生を送った人も、一回の人生での経験など、長編小説の中の小さなひとつの<一章>のようなもの。


物語の本当の<おしまい>にはほど遠いのです。



人生の前半は、娑婆の生活を経験し、色んな人と出会い色んな学びをして、人間としての幅を広げる。


そして後半戦に入ったら、前半での体験を意味あるものに昇華させるため、真実の自分を表現して行く。


前半と後半。


両方をトータルすれば、あなたは確実に全方位でグレードアップすることとなる。


魂の記憶はアーカイブとして保存されるからです。



<四住期>の考え方で人生を俯瞰してみると、人生のターニングポイントがどこにあるかが良く見えます。


それまで自分を支えて、安定させていたはずの価値観。


それが何だかフィットしなくなる時。


明らかにそこが変わり目です。


そういう時はそれまでのモノの見方・考え方を一新しないとダメです。


じゃないとそれ以上やって行けなくなる。


平たく言っちゃえば、それは<脱皮の時>なんですね。


爬虫類や昆虫は<脱皮の時>に悩んだり迷ったりするのか分からない。


でも少なくとも安全な場所を見つけ、一旦活動を休止させてから脱皮し始めるでしょう?


人間も同じです。


ターニングポイントが来た時は、我々も一旦立ち止まる必要があるのです。

a0253145_15055855.jpg


<四住期>の中で最も厄介なのは、<家住期>から<林住期>への変化の時だそうです。


それまでコツコツと築き上げた業績や人間関係と距離を置き、意識を内面に移行させなければならないからです。


そういう転換期には痛みが伴うことも多いのです。


つまり人生の折り返し地点なんですね。


世間では<中年クライシス>などとも呼ばれ、問題が噴出しやすい時期でもあります。


人生の折り返し地点はマラソンと違って「もうすぐ折り返しですよ~」って、誰も教えてくれません。


誘導する係員もいないし、給水所があるわけでもない。


標識も看板もなければ、オレンジの三角コーンすらありません。


[ 心構えのないまんま、気づいた時は後半戦 ]


多くの人が人生の折り返し点を、そう感じながら通過して行きます。



でもピンと来てない人も多いようですが、人生の本番はむしろ後半部分にかかっているんですね。


魂にとっては後半戦が勝負です。


なぜかって?


それは大概の人が [ 折り返し地点を過ぎてから、人生最大のテーマに気づくから ] です。



人は皆、自分なりのテーマを抱えて生きています。


けれど取り組むべき最も重要なテーマは、若いうちには気づけないようにそう出来ている。


勉強して生活をし、何らかの人生経験をしない限り、人生の課題は浮かび上がって来ません。


何かのアクションを起こさない限り、リアクションは得られない。


人生が教えてる気づきや学びも、アクションを起こさないままでは、ヒントすらも与えられないんですね。




私たちは意志の力を使って、努力を重ね、引き寄せの力を駆使して欲しいモノを手に入れます。


しかしそれでも100%の満足が得られるものではありません。


「夢を得るために諦めなければならないモノも多い」


「目先の欲望をやみくもに追いかけても虚しいだけ」


そんな些細なアレコレが気になるようになったら、そんな時こそ<脱皮の時>です。



人生の後半戦は自分自身の修正の時間だと思って下さい。


手にしたモノのすべて、また手に出来なかったモノのすべてを棚卸しするつもりで、正直に自分をチェックしてみましょう。


そして「残りの人生は、自分だけに与えられた課題に取り組む」


と、その覚悟を決めるのです。


ある人は仕事やお金がテーマかも知れない。


別のある人は家族愛がテーマかも知れない。


家族以外の人間関係に取り組まなければならない人もいる。


健康の問題と向き合わなければならない人もいるでしょう。


浮上した問題をよ~く覗き、観察してみて下さい。


その問題の中からきっと、クリアしなければならないテーマが見つかるはずです。

a0253145_12474253.jpeg


「上手く年を取るのは難しそうだ・・・」


そう感じてしまった人はもう一度、自然の風景を思い出すと良いでしょう。


[ 芽吹き、茂り、実り、散る ] という<四季の巡り>のことをです。


私たちも大いなる自然の一部・自然界のひとつの駒に過ぎません。


自然界のサイクルを思い出し、それを真似るなら、無理せず楽に飄々と、人生を生きて行けるはずです。



我々は折り返し点を過ぎたら、自分という作品の仕上げに取り掛かります。


あなたは世界にたったひとつしかない芸術作品のようなもの。


どうか心を込めて愛すべき作品を磨いて行って下さい。


人生は後半戦こそが面白いのです。

a0253145_12464175.jpeg




[PR]
by viva1213yumiko | 2017-12-26 16:09 | 人生・霊性 | Comments(0)

願望実現ヴィジュアル系


もしもあなたに何か叶えたい夢があるなら、まず最初にその夢が叶った状態をありありとイメージしてみましょう。


願望実現のハウツー本には大概このように書かれています。


これは人間のヴィジュアライゼーションの力には、とてつもないパワーが潜んでることを意味してます。



試しにちょっとレモンを想像してみて下さい。


レモンを手に取った時の重さや手触りを、表皮のオイル分が醸し出す甘酸っぱい香りを、あたかも本物のようにリアルに感じ取ることが出来ますか?


次にナイフでレモンを半分に切ってみましょう。


皮のオイルがにじみ、レモンの果汁も溢れ出して、手に流れ落ちて来てるかも知れません。


そしてレモンを絞って数滴口の中に落としてみましょう。


その時果汁が目に入りそうになり、あなたは思わず目を細めます。


レモンのキリッとした酸っぱさが口の中に広がる様子をイメージして下さい。


寒気がするほどの酸っぱさに、あなたは口をスボメ、ついつい険しい表情になってしまいます。


どうです? 唾液が溢れて来ていませんか?


レモンのことを想像するだけで唾液腺が刺激され、肉体に明らかに変化がもたらされている。


ほらね・・・これがイメージの持つパワーです。


こんな風にリアルに、まるで本当にそこにあるかのように物事をイメージする能力のこと。


それを<視覚化力>と呼びます。


視覚化力とは考えを現実世界に現象化させる、ヴィジュアル系のアイデアプランのことです。


三次元の物質世界を制する者になりたければ、この視覚化力を正しく使いこなすことは必須です。


視覚化の能力はとても大事です。


多分あなたが思っているより、ものすご~く大切なんですよね。


視覚化力を高めれば人生のクオリティーが、今より格段と上がること間違いありません。



そういえばエア・ギター選手権ってありますよね。


ありもしない架空のギターをまるでそこにあるかのように弾いてみせ、有名ギタリストまがいのパフォーマンスを競う、バカバカしくも楽しい競技。


このエア・ギターなんかも、やる方と観る方双方の視覚化力が試されますよね~


パフォーマーの心のイメージが、聴衆が持ってる潜在イメージを喚起し、観客の心の何かに火をつける。


イメージというのは人間の内面的な部分に何らかの影響を与えるようですね。


視覚化力に秀でた人物は、自分に宿ったイメージを周りに伝染させることが出来るんです。


リーダーシップを発揮する人って大体そういう人ですよね。


視覚化の能力はとても偉大な能力です。


指導者たちが我々をどういう未来に導こうとしてるか、我々は彼らが語るそのイメージから探り当てられます。


そこから善良で正直で清らかなイメージが伝われば、人々の心にも優しく暖かい愛のようなものが宿ることでしょう。


けれど罪悪感や恐怖を煽るようなイメージだったら、敵愾心や憎しみばかり植えつけられて行く。


あなたに未来を語ってみせる人が、どのような視覚化力・イメージ力で動いているのか、じっくりと見極める必要がありますね。



今ここには実在しないものを視覚化する能力。


それは特定の物事の、形や場面や状況を作り出す作業のこと。


そのためには意識を拡張し、物事を注意深く観察したり、物事に完全に集中出来たりしなければなりません。


なので視覚化(ヴィジュアライゼーション)は、得意な人と不得意な人とに分かれるように思います。


美術系の人間ならお得意の分野かも知れませんが、理数系の人など「視覚化ってどうも苦手」とこぼしてる人もいるようです。


でも視覚化力も単なるスキルのひとつなので、練習次第でいくらでも上達出来るんですよ。


心の目でイメージする力を高められれば、それは人生の豊かさのパスポートを手にしたも同然。


視覚化が苦手と思う人も、是非ともイメージ能力の開発に取り組んで下さい。



それに実は気づいてないだけで、どんなにヴィジュアライゼーションが苦手な人も、無意識レベルではとっくの昔から視覚化しちゃってるんですよね〜


でなければ、あなたは世界と関わりを持てません。


あなたの世界は、かつてあなたが顕在意識や潜在意識で視覚化したからこそ、今のあなたの身の周りに出現してるのです。


「あればいいな」と思ってイメージし求めた。


だからこそあなたの手元にやって来ている。


だから、そもそもあなたのアイデアが原因です。


アイデアが先にある。


そして現実が後から遅れて現れる。


これって、人生全般に起こることもほぼ同じなんですよ。


あなたの人生に集まって来る<人・モノ・経験>は、全てあなたの中のささやかなイメージからスタートしています。


人生上の出来事は、基本的には皆んなこういう構造をしてるんですね。



だからこそ、イメージを無意識のレベルで視覚化するのは凄く危険です。


だってそうですよね。


ちょっと考えてみて下さい。


怒りや憎しみを抱えた人がその感情に気付くことなく、そのまま無意識でヴィジュアル化しちゃったら、それは戒厳令を敷くほど危険です。


その人たちは心の中の銃や刃物を無意識にイメージし、無意識に創造してることになる。


無意識に危険を撒き散らす人間くらい厄介なものはありません。


それは見えない世界に爆発物を持ち込むテロリストのようなもの。


見えない世界に蒔いたタネは、条件さえ整えば現実化してしまうのです。


イメージの世界の爆弾も、ちょっとした刺激ですぐに本物の爆弾に変わることでしょう。


誰だってテロなど必要のない世界に住みたいですよね。


争いや憎しみのない世界に生き続けたい。


だからこそ我々は24時間、自分が<言うこと・すること・考えること>に注意を払ってないとダメなのです。


見えない世界の倉庫に爆発物を置きっ放しにしないよう、最善の注意を払わなければなりません。



願望はいずれ実現します。


充分に時間さえ与えれば、普通の人の一般的な願望など必ず叶ってしまうもの。


あるとしたら遅いか早いかの違いだけです。


だから上辺ばかりのペラペラの欲望でなく、真実の願いを祈願しないと、あなたの人生の貴重な時間を無駄に使ってしまうことになるでしょう。



人は皆、それぞれの魂の示す道を進むべきです。


でないと他事に気を取られたり、途中で挫折して進むのを放棄したりすることになる。


中には道を誤る者もいるでしょう。


俗世を嫌って人里から離れる者もいる。


それでも他者と同じ道を歩む人間など、何処にも存在していません。


人が生きるということは、何ものにも代えられない、たったひとつのオリジナルな創造行為だからです。



自分の行くべき道を正しく視覚化出来ているでしょうか?


内側から溢れる本物のイメージを追い続ければ、あなたは自分の魂と良い関係を結ぶことになるでしょう。


生まれて来た魂の目的を、思う存分自由に表現して人生を終えるべきです。


魂の目的を忘れて、人生の迷子になってはならないのです。


a0253145_21255346.jpeg





[PR]
by viva1213yumiko | 2017-07-16 16:46 | 人生・霊性 | Comments(0)

ジュピターとの交信

a0253145_13161829.jpeg

あるクラシックコンサートで演奏されてた、ホルストの組曲<惑星>


たまたまそれを聴いてからというもの、あの<ジュピター>の主題のメロディーが頭にこびり付き、鳴り止まなくなってしまいました。


「まるで壊れたジュークボックスみたいだ」と、私は思いました。

(ジュークボックスを知らない人は調べてみて下さいね)


しつこいくらい延々と、頭に同じメロディーが再生され続けている。


繰り返されるリフレインに「もしかして何か深い意味でもあるのかしら?」と、逆に考えさせられるくらいです。


あなたにもそういうことってありませんか? 


あっても不思議じゃありませんよね?


a0253145_13162656.jpeg

何年か前に平原綾香が歌ってヒットした曲、<ジュピター>


あれはホルストの<惑星>組曲のうち、最も有名な<木星>に日本語の歌詞をつけたものなのですが・・・


まあ早い話、この歌に頭が乗っ取られちゃった訳ですね。


着替えの時や掃除の時、散歩の時や植木の水やりの時。


いきなり唐突に、意味もなくこの歌のフレーズが、オートリピートで流れ出して頭から離れない。


そんな調子が続いてしまったんですね。


う~む・・・


この歌の何に、私は<スイッチオン>されるのでしょう?


ちょっと立ち止まって分析したくなりました。


すると、あらまあ、重大なことを発見をしてしまいましたよ。


はは~ん、なるほど。


だか分かる気がする。


この歌って要するに、スピリッツとの交信の歌だったんですね。


a0253145_13165512.jpeg


 ジュピター ♫


 every day I listen to my heart

 ひとりじゃない

 深い胸の奥で つながってる

 果てしない時を 超えて輝く星が

 出会えた奇跡 教えてくれる


 every day I listen to my heart

 ひとりじゃない

 この宇宙(そら)の御胸(みむね)に抱かれて


 私のこの両手で 何ができるの?

 痛みに触れさせて そっと目を閉じて

 夢を失うよりも 悲しいことは

 自分を信じて あげられないこと


 愛を学ぶために 孤独があるなら

 意味のないことなど 起こりはしない


 心の静寂(しじま)に 耳を澄まして


 私を呼んだなら どこへでも行くわ

 あなたのその涙 私のものに


 今は自分を 抱きしめて

 命のぬくもり 感じて


 私たちは誰も ひとりじゃない

 ありのままでずっと 愛されている

 望むように生きて 輝く未来を

 いつまでも歌うわ あなたのために

 

a0253145_13174458.jpeg


霊との交信。


それはインターネット上のコミュニケーションと良く似てるって思うのです。


ネット世界も霊界も、たぶん善意の人はたくさんいるだろうし、悪意の人もきっとそれなりにいるでしょう。


もちろん人を騙してやろうと待ち構える、良からぬ輩も存在している。


けれど霊界通信もインターネット通信も、どちらも話し相手は目の前に実在してない。


その人たちの体温の、ナマの温もりを感じられる訳じゃありません。


しかしどちらも実際に、遠くの人との対話が成り立ちます。


アドバイスをもらったり、祝福を受けたり、危険を教えてもらったり・・・


霊界のスピリッツたちはネットの住人と同様に、盛んにあなたとコンタクトしたがっているのです。



ネット社会は我々の興味の対象で、連絡を取り合う人のタイプが変わります。


特定のテーマに関心があればその話題を求め、同じ趣味の人たちと交信するからですね。


スポーツ好きな人はスポーツ仲間と交流し、食べ歩きが好きならグルメ仲間と交流する。


アニメ好きはアニオタ同士情報を交換し、アイドル好きならファン同士の交流に集うでしょう。


ボランティアに興味があって他者を支援する非営利団体に加入したいと思ってる人は、そういったテーマのサイトや掲示板を探します。


こういうサイトは善意のない者は興味を示さないので、この手の場所で悪意ある者に出くわすことは余りありません。


それと同じように、人は各人の思考や感情の傾向で、どういうスピリッツの影響を招くか決まってしまうんですね。


それはあなたに霊感があろうがなかろうが関係ありません。


あなたが常に何かしらのスピリッツを呼び寄せてるのは100%の事実なのです。


a0253145_13181236.jpeg

だから、より高次の格の高いスピリッツと心を通わせたいなら、ある種のコツのようなものが必要になります。


実は、それは<愛>なのです。


何のかんの言っても、神様は<愛の感覚>って奴がお好みなんですね。


人を愛し、人を許し、思いやりの心で人の支えとなる。


どうやらそれがコツのようなんです。


自分と他者のために霊との交信を役立てたい、と誠実に望んでみて下さい。


そういう純粋な動機が、結局最も高い波動をキャッチするコツじゃないのかなって、私にはそう思えるんですね。

a0253145_13172558.jpeg


分析その1


 every day I listen to my heart

 ひとりじゃない

 深い胸の奥で つながってる



これ、スピリットの世界ではあったり前の常識ですよね。


何てったって霊的な世界の情報は、時間と空間を簡単に飛び越えてしまうんですからね。


シンクロニシティが起こるのも、夢のお告げで情報が来るのも、我々の潜在意識が繋がっている何よりの証拠です。


遠くの場所で起ってる事柄のうち、自分に必要なことは潜在意識がキャッチしてます。


それを別の事柄に混ぜて、まるで偶然思いついたかのように見えない何かが仕組んで見せている。


テレパシーにしてもサイコキネシスにしても、論理的に可能なのです。


超感覚が発達すれば、そこら辺も感覚的に理解することが出来るはず。


マクロコスモスとミクロコスモスは、明らかに相互リンクしてます。


この世界は偉大な何か(サムシング・グレート)の、楽しい遊び場(プレイランド)に過ぎないのかも知れませんね。


a0253145_13183079.jpeg


分析その2


 果てしない時を 超えて輝く星が

 出会えた奇跡 教えてくれる



スピリッツ存在は、それを信じてる人間にしかコンタクトして来ないのです。


通常はシンクロニシティやサインを通じてメッセージが来ることが多いでしょう。


見知らぬ人の何気ない会話や、ラジオから流れる音楽、本の中の一行の文章、レシートに印字されてた数字など・・・


そんなものを媒介にしてサインは送られます。


スピリッツは普段と違う現象を起こしてサインを伝えているのです。


だからモンキーマインド(頭の中が目まぐるしく動くこと)の状態だと大事なメッセージと接触出来ず、情報を取り逃がす可能性がある。


瞑想などで準備をして、常に自分の内面を整えておくことが必要です。


a0253145_13173645.jpeg


分析その3


 every day I listen to my heart

 ひとりじゃない

 この宇宙(そら)の御胸(みむね)に抱かれて



自分の存在は他者に何かしらの影響を及ぼしています。


自分が暗くなれば他人を暗くするし、反対に明るくなれば他者を幸福にさせます。


つまり、自分の幸せが地球全体の幸せの貢献に繋がってるという訳ですね。


他者の人生に影響を与えたいなら、自分の幸せに真剣になること。


自分の本当の心が感じる幸せを、100%真剣に追い求めましょう。


それは絶対に他者との奪い合いにならないはずです。


a0253145_13185623.jpeg


分析その4

 

 心の静寂(しじま)に 耳を澄まして

 私を呼んだなら どこへでも行くわ

 あなたのその涙 私のものに



静かな時間を作り、スピリッツを信頼しましょう。


スピリッツの世界は多次元レベルにまたがって存在してるので、我々とは時間軸が違うのです。


十分に時間をかけること。


そしてその間に、自分の思いグセや思考パターンに気付くことが課題です。


軽率な自我が焦って何かを決める必要がなくなる頃、必ず何か新しいものが生まれ始める。


スピリッツはどんな時も、あなたの最善をあなた自身より良く知ってます。


いつでも我々の可能性の最大限を望んでいるのです。


a0253145_13182123.jpeg


分析その5


 愛を学ぶために 孤独があるなら

 意味のないことなど 起こりはしない



ひとりひとりがこの人生で夢や望みを実現させるそのプロセス。


それが我々の<愛の基準>をどんどん押し上げ、人類の霊的な進化を促して行く。


孤独に愛を学ぶ人にも、いつかは実りの時が訪れます。


地球上の全ての人々がそのプロセスに参加してるって想像してみましょう。


<理想の世界>ってそういう世界のことを言うんじゃないのかな?って、そんな風に思えて仕方ありません。


a0253145_13190549.jpeg





[PR]
by viva1213yumiko | 2017-06-27 13:38 | 人生・霊性 | Comments(0)

爺さんのカルマ

a0253145_16130948.jpg


「この間、駅のホームでさ、訳の分かんない爺さんに急に怒鳴られたのよ。その爺さん、持ってた傘でツンツン突き刺さして来るの。あれって一体どういうつもり?凄い悪夢だわよ!」

知人の30代女性、K子は興奮した口調でそんな話しを聞かせてくれた。


「何だか最近、変な爺さんばかりに遭遇するのよ。こないだもパチンコ屋の前でいきなり腕捕まれて説教されちゃたし。もうイヤんなる~」


そして彼女は自分自身を責めるのです。


「あ~、私前世で悪いことしたのかなぁ?爺さんのカルマ絶対背負ってる」


「ぷっ、爺さんのカルマ?」 


私は思わず吹き出してしまった。


「あっ、ごめんごめん。でもそれかなり笑えるかも」


「そう、爺さんばかりに文句言われて迫られるカルマ。なぜか必ずそうなるの」


「そのカルマ、相当哀しいわね」


「爺さんのカルマ、もうイヤ~っ!どうせならイケメンのカルマがイイ!」


a0253145_16133838.jpeg


その後彼女とはめっきり疎遠となり、現在の消息は定かではない。


彼女はその後どうなったのだろうか?


爺さんたちのビターなカルマから解放され、晴れて自由を手に入れたか?


そして望み通りイケメンのカルマを引き寄せられたのか?


残念ながら知る術はありません。


もしかすると爺さんの因縁を断ち切れずに、年寄りの集まる寄合所みたいな場所で、相も変わらず怒鳴られて、頭をペコペコ下げお茶など配ってるかも知れません。


カルマはあなたに大事なことを教えてくれる。


この世にひとりとしてカルマの力学から逃れられる者はいないのです。


a0253145_16134260.jpeg


カルマというのは自然界の調和とバランスを保つために生じる<エネルギーの物理現象>です。

だから<カルマ>、イコール<原因と結果の法則>なのです。


それはどこまでも公正な法則で、それがカルマの大きな特色です。


K子は多分、成るべくして爺さんとのご縁を生じさせたのでしょう。


きっとそこには彼女の、何か個人的なテーマが潜んでいるはずです。


そのテーマがクリアされるまで、彼女のまわりには今しばらく爺さんばかり寄りついて来るのかも知れませんね。


やれやれ・・・


だから、ここはひとつカルマに対する開き直りが必要です。


人生に起こる全ての事象に逆らわず、流れるように生きてみる。


そうすれば彼女もいつか、必ずイケメンとのご縁に恵まれる日が来るでしょう。


魂は永遠なり・・・


K子よ、気を落とすことなかれ。


a0253145_16134818.jpeg


世の中には特定の人物ばかりと特別なご縁が結ばれてしまう、そういうことってあるみたいです。


彼女みたいに年寄りばかりにご縁ある人がいる。


子供ばかりと特別ご縁の深い人もいる。


病人ばかりに縁のある人。


奇人・変人ばかりと縁が出来る人。


そして同性同士としか関わりを持てない人もいる。


ペットにばかり、植物にばかり、骨董品ばかりとご縁を結ぶ人だっているんです。


誰もが皆、何らかしらの<ご縁>の傾向性を持ってる訳ですね。



a0253145_16142582.jpeg


考えてみればそれって不思議な話しです。


人と人(人と物)とのご縁に、ある種の法則性があるのはなぜなのでしょう。


なぜK子が爺さんとご縁を結ばなければならなかったのか?


別の誰かでなく、なぜ彼女じゃなきゃならないのか?


K子の何が<爺さんのカルマ>の原因を作るのか?


その理由は一体何なのか?


そこら辺どうにも気になる部分ですよね。


a0253145_16135252.jpeg

例えば過去に、お年寄りを虐めたりいびったり大切にしなかったから、お年寄りから叱られ疎んじられてるのだろうか?


それとも過去世からの課題があり、そのせいで怒鳴られるのだろうか?


あるいは「自分の中の融通のなさ、頑固ジジイ的側面に気づきなさいよ」と言う警告か?


考えつくあらゆるパターンを探してみたものの、どうにも良く分かりません。


ま、いずれにしても彼女の何かが起爆剤となっていて、爺さんたちの隠れた怨念のようなものが刺激され、喚起されているのは確か。


つまりそれを誘発させるエネルギーが、彼女の方にも存在してると言う訳です。


a0253145_16142886.jpeg


 [劍は納めておきなさい。剣を取るものは皆、剣によって滅びる]


と、聖書にも書いてあります。(新訳聖書マタイ26章52)


自分がすることは他者から同じように受け取ることになるんだから劍を振りかざすな、という意味ですね。


あらゆる出来事には原因があります。


また、あらゆる原因が結果をもたらすもの。


どのような苦悩も病気も貧しい境遇も、全ては今回の人生と過去世とにおいて、未解決のままになった行為の結果だと言えるのです。



だから人は常に、自分の言動について意識的でいなければなりません。


今自分が何を考えていて、今何を喋っているか。


いかなる理由でこれを行なうのか。


常に内観し、醒めていないとならないのです。


そして事あるごとに不健全なエネルギーを浄化し、ネガティヴなエネルギーを作らぬよう注意しなければなりません。


でないと<原因と結果の法則>によって、自分にとって嬉しくない現象がブーメランのように帰って来てしまうからです。


a0253145_16141291.jpeg


エネルギーの法則って限りなくシンプルなんです。


 [自分の巻いた種は自分で刈り取らなければならない]


ただそれだけのことです。



K子を苦しめる<爺さんのカルマ>


なぜそんなことが起こるのか、彼女は深く考えてみる必要があるでしょう。


そうでないと多分、今の場所から自分を前進させることは難しいんじゃないかしら?


自分の課題がクリアされるその日まで、爺さんは彼女の周りに出没し続ける。


イケメンのカルマ発動には、まだまだ時間が掛るんじゃないかと、そう思えて仕方ないんですよね。



a0253145_16144261.jpeg





[PR]
by viva1213yumiko | 2017-03-21 13:19 | 人生・霊性 | Comments(0)

仮想現実の人生

a0253145_23181625.jpg

バーチャル・リアリティーという言葉が一般的になったのは、一体いつ頃ぐらいからだろう?


仮想空間という機械の中の世界。


その世界の中で現実並みのリアルな体験が出来ちゃうというんだから、現代文明ってホントに面白いことになってますよね。



仮想現実とはコンピューター等の機械で、現実にはないものをあたかもそこにあるかのように知覚させる技術のことです。


もちろんゲーム業界がそのトップランナー。


仮想現実の空間で仮想のスポーツを楽しんだり、仮想の敵とバトルしたりして、現実では不可能な体験やスリルを味わえます。


a0253145_23192290.jpeg

仮想現実ではプログラムさえ組み立てれば何でも好きなことが出来ます。


仮想世界では理想通りの恋人も構築出来るので、その恋人と仮想デートも楽しめちゃうんです。


当然、デート費用も仮想マネーで支払えます。


仮想レストランでゴージャスなディナー、そのまま仮想ホテルにベッドイン。


仮想SEXで思いっきり快楽も味わえます。


しかし仮想の交際とはいえ、やがて痴話喧嘩やすれ違いは訪れることでしょう。


直面したくありませんが、この世界でもやはり向き合わざるを得ないのです。


たとえ仮想の恋愛であれ、男女の機微は学ばねばならぬ必須項目です。


いくつかの仮想恋愛を経験して大人になったら、次は仮想の結婚です。


かりそめの神の前で愛を誓ったら、ハネムーンに一足飛びに進みましょう。


そのまんまの勢いで仮想ベビーが生まれちゃえば、幸せ仮想ファミリーの一丁あがりです。


そうなってくるとペットと芝生のある、仮想マイホームが必要となる。


仮想ビジネスで大儲けして、仮想の富豪になり、船やジェットや大豪邸を手に入れても全く構わないのです。


何てったって、ここは仮想空間なのですから・・・


あなたが味わうことのない、別の人生を体験出来る場所なのです。


a0253145_23193136.jpeg


さて、このように仮想の現実世界で思うような体験が出来たなら、楽しくて楽しくてしようがなくなりますよね。


カビの生えたこの現実世界になんか、戻って来たくなくなってしまうんじゃないんでしょうか?


だってあっちの世界でも商売したり、ちゃんと報酬が得られて、理想の職業に就いた理想の自分が、理想の恋人や家族と仲良く暮らしているんですよ?


もうこっちの世界になんか、誰も戻って来たくありません。



デジタルの世界が行き着くところまで行ったら、こんな具合にこの世界と向こうの世界とが入れ替わちゃう可能性があります。


仮想現実で何でも出来るようになったなら、努力を重ねても実現に時間が掛かってしまうこの現実世界など、皆どうでもよくなるでしょう。


むしろ現実など「もう必要ないよ」って思うかも知れません。


バーチャル・リアリティーの方がよっぽど楽しくなり、こっちに戻って来れないほど耽溺する、いわゆる<V.R廃人>がたくさん出て来るんじゃないかしら?


こっそり向こうの世界に隠れ住む人も続出で、潜伏者を探し出すプロが必要になるかも知れません。


SFの世界が本当に待ち構えていそうですよね。


a0253145_23193871.jpeg


でもね・・・


実は仮想現実って現世の延長みたいなものなんです。


そう、延長です。


だって構造からしてソックリですもん。



仮想現実はプログラマーによって創造された電気信号の世界です。


同様にこの宇宙も、神か何かの良く分からない高次パワーに創造された世界。


両方共、どこかの誰かが何らかの原因で創り出したという点で同じです。


また、仮想現実の世界に入るには<ログイン>や<ログアウト>をしなければなりませんが、これなどはまるで時の<始まり>と<終わり>を表現してるようにそう思えて仕方ありません。


ゲームの開始のため、<入口>と<出口>を設定するところなど、間違いなく人の<誕生>と<死>を表してるはず。


仮想現実には一定のルールがあるし、訓練によってキャラクターを成長させて行きますが、これなどは実際の人生上のレッスンと全く同じ仕組みです。


ユーザーは仮想世界でしたい経験を決めることが出来ますが、実際の人生でも我々の想いや意図が、やはり我々の経験を反映して行く。


そしてユーザーはシュミレーション・システムの外側を理解していて、いつでもそちら側との繋がりを保っていられます。


だからそれと全く同じように、この宇宙のシステムを我々が理解すれば、いつでも我々は宇宙の創造主と繋がっていられるはずなんじゃないかと、そう思えてしようがないのです。


a0253145_23202410.jpeg



ねっ、仮想現実って我々が生きるこの世の、そのまんま縮図みたいでしょ?


実際そう。


それはほぼ確実みたいなんです。


大昔から賢者たちはそのことに気づいていていました。


だから・・・


「神は至るところに存在している」


「関心を払いさえすれば、神は現れてくれる」


と、このように言い伝えて来たんです。


a0253145_23201588.jpeg

「21世紀は意識の時代だ」と言われています。


それはなぜだと思いますか?


実は私たちの心の信念が人生のプログラムを決めていて、経験というギフトを与えられている。


そんな考え方が当たり前になる時代だからです。


外の世界を変えるには、自分の内側の世界を変えねばならない。


それがコモンセンスとなるんです。




宇宙そのものが、遥か昔に始まった巨大なシュミレーション・プログラムです。


我々は宇宙というスーパー・コンピューターの中の存在にすぎません。


望もうが望むまいがそんなことどっちでも構いません。


事実私たちはもう仮想現実で暮らしているんですから・・・



a0253145_23194442.jpeg




自分の中に全ての世界がある。


あなたがものの見方や学び方を理解すれば扉はそこにあり、鍵はあなたの手の中にある。  J・クリシュナムルティ

                 

a0253145_23203227.jpeg





[PR]
by viva1213yumiko | 2016-11-21 18:11 | 人生・霊性 | Comments(2)

聖人と売春婦

ひとつインド・ヨーガの寓話をお聞かせしましょう。


a0253145_23055802.jpg

ある聖人が売春婦の向かいに住んでおりました。


多くの男たちが売春婦を訪れるのを毎日眺めることになったので、その聖人は売春婦を心底嫌いました。


売春婦に対する嫌悪が膨らんで、そのためしばし瞑想するのが困難になるほどでした。


一方売春婦の方は聖人を観察し、聖人の存在に大きな喜びを見出します。


彼女は来る日も来る日も、可能な限り聖人を眺めて暮らしました。


憂鬱な売春婦の人生には、彼の存在は光り輝く灯台のように思われたからです。


聖人が亡くなった時には、地域の人々がたくさん集まって盛大な葬儀が行われました。


皆、聖人のことを大変尊敬していたからです。


しかし売春婦が亡くなった時には、誰一人訪れる者はおりません。


皆、売春婦と関わるのを嫌がったのです。



さて時が過ぎ、聖人が生まれ変わることになった時。


あろうことか、聖人はあれほど嫌った売春婦として生まれ変わることとなってしまいました。


それは聖人として生きて、それまでに得た全ての美徳を使い果たしてしまったからです。


そればかりか、絶え間なく売春婦に軽蔑の気持ちを持ったため、潜在意識の中に売春婦の印象を強く作り上げてしまい、それが原因で売春婦に生まれ変わることとなったのです。


一方売春婦の方は、逆に聖人として生まれ変わりました。


聖人であることに希望を見い出し、常に瞑想していたため、心の中に「次の生で聖人になる」という条件づけを作り上げたからなのです。


a0253145_23064785.jpeg



さすがにインドの寓話はタイムスケールが違いますね。


ごく当たり前にフツーに輪廻のスパンで語ってます。



ヨーガ哲学によると、人の意識は肉体のように滅びることがないんだそうです。


プルシャ(意識・魂)とは、生まれたこともなければ死んだこともなく、永遠不滅で形がなく、光に満ちた純粋なものなのだそうです。


しかし人は、それをつい自分の自我と勘違いし、真実を歪んだ形で解釈してしまいます。


「売春婦は軽蔑すべきもの」


「聖人は尊敬に値するもの」


自我はそんな風に物事の印象を記録してしまい、真実が全く見えていないのです。


そして人間の心に苦悩が生まれるのは、真実を見ることが出来ない、その心の曇りのせいだと教えるんですね。


a0253145_23071389.jpeg

だからヨーギたちはヨーガを実践し、煩悩をはずそうと努めます。


心の働きを止滅し、悟りに達すれば、世界は全く違ったものに感じられるのだそうです。


「世界とは幻想のようなものである」と、遅かれ早かれそう捉えられるようになるんだそうですよ。



「世界は幻想のようなもの」


だから起こっている現象に執着するな、振り回されるな。


自由になれ、解き放て、輪廻から解脱せよ。


と、こう教え説く訳なのです。


a0253145_23073476.jpeg

この聖人と売春婦の寓話も、多分そういうことを伝えたかったんだろうと思います。


良いカルマを蓄積すれば、確かに良い人生が提供されるでしょう。


しかし我々が過去に行った様々な言動は、そのほとんどがブラインドに隠されて見えない状態なのです。


だから人生で起こる幸不幸に、いちいち一喜一憂する必要もない。


良いカルマの結果だろうと、悪いカルマの結果だろうと、その両方を含んだ結果であろうと、起こってしまった出来事に執着しないで生きることが大事だと教えるのです。


a0253145_23063170.jpeg

この人生、あなたは自分の思い通りのシナリオを描けて生きてますか?


仕事でもプライベートでも良い、プラン通りに進んでいますか?


もしそう感じているなら、それはとても素晴らしいですね。


今まで様々な努力を積み重ねた結果です。


実りある収穫に「おめでとう!」と祝福を贈りましょう。



しかしあなたも気づいてるのではないですか?


今手にしている現実は、過去に抱いたあのイメージが発端だったと・・・


あなたが過去に夢見てた小さなイメージ。


そのイメージの種に光と水を与え、発芽させ成長させたもの。


それが現在のあなた、真実のあなたに他なりません。


このようにイメージとは、未来の結果を予言するものなのです。


a0253145_23074891.jpeg

しかし今良い立場にいるからといって将来もそれが続くとは限らないことを、皮肉にもこの寓話は教えます。


意識ってのは恐ろしいぐらいぶっきらぼうで、人の幸不幸には全然無関心。


ただただその人の持ってる潜在印象を現象化するだけです。


だから常に、何を思い何を考えるか、自分で意識してないとならないんですね。


うっかりしてるとこの聖人のように、落とし穴にハマりかねません。



そしてまた、今現在さして良い立場にいないと思われる人に対し、説教したり批判したりする必要もないのです。


人は経験を通じて、様々物事の様々な印象をコレクションし、世界とはこういうものと感じ取ります。


潜在意識にどのような印象を保存してるのか?


全てはそれだけの問題です。


a0253145_23062342.jpeg

聖人は知らぬ間に潜在意識の中に売春婦の印象をばら撒いてしまいました。


そしてそのことが原因で、侮辱していた売春婦に転生することになりました。


私たちが過去に抱いた想いや言動は、隠された場所に仕舞われ保存されます。


でも我々はそれをすっかり忘れて、置き去りにしたままでいるのです。



<原因と結果の法則>


これは宇宙の法則で、誰もが必ず従わざるを得ません。


だから次に何が待っているかなんて、そんなことは誰にも分かりません。


分かっているのはたったひとつ。


船の羅針盤は、心の奥深くにあるってことだけです。


a0253145_23081612.jpeg



[PR]
by viva1213yumiko | 2016-11-10 13:59 | 人生・霊性 | Comments(0)

女運のない男・男運のない女

「僕ってつくづく女運がないんですよ・・・」

突然降り出した午後のにわか雨。

雨宿りに入った小洒落たカフェで、40代の彼はそんな話しを始めたのです。

a0253145_197913.jpg

男性の言うことを要約するとざっとこうなります。

今までたくさんの女性と付き合って来た。

正直言って自分は女にモテる方だと思う。

自分から声を掛けなくてもいつも不思議と女性の方から寄って来る。

だから今まで付き合う女に困ったことは一度もなかった。

女性にチヤホヤされるのは確かに悪い気はしない。

しかし自分を追いかけるだけ追いかけ、振り回すだけ振り回し、最後に怒りを爆発させ勝手に去って行く。

それもまた女なのである。

どの女も何かを奪い去って行くばかりで、自分は一向に満たされた気持ちにならない。

長いこと「自分は女好きの快楽主義者だ」と思っていたが、最近では「実は心の奥で女を憎んでいるのかも?」とすら思える程だ。

今のままではちっとも幸せを感じられない。

一体どうしたら良いのだろうか?


「彼は今、間違いなく良い場所にいる」と、私は思いました。

彼は心の底から変わりたがっているように思えたからです。

正確には変わりたがっているというよりもっとシリアスで、絶対に変わらねばならない崖っぷちにいるようでした。

彼は確かに行きずまっている。

そして勇気を出し、今の状態を変えねばならないと痛切に感じている。

人も羨む人生のモテ期を、「もう完了させても構わない」と思うほど、彼の心は次の段階へと移行したがってるようです。

人生とは、前進する事を宿命づけられた長い長い道のり。

彼が女性関係でトコトン煮詰まってしまったのは、「ついに機が熟した」という何よりのサインです。

「あなたねぇ、気づきなさいよ。先に進む時が来たんですよ。」

と、合図が後押ししてるのです。

a0253145_18323772.jpg


さてこのような場合、彼は一体どのように対処すべきなのでしょう?

まず確かなこととして考え直すべきは<鏡の法則>のことです。

<鏡の法則>とは、誰もがうっすら気づいていても、なかなか認められない宇宙の普遍の法則。

それは、自分が関係したり無意識に引き寄せてる人びとには、必ず(必ずです)「自分の中の隠された信念が現れる」という法則です。


例えばこの彼の場合、愛してくれる女性が最終的に重荷になっちゃうのはなぜなのか、そこを深く探らないとならないでしょうね。

彼にとって女性にチヤホヤされることは、彼のアイデンティティーが非常に満足するものだった。

「俺って結構イケてるじゃん!」と、耳元で自我が甘く囁くからです。

しかしそれはトリックです。

彼が最も愛したのは、チヤホヤされ有頂天になれる自分の自我イメージだったのであり、決して生身の女性のことを愛した訳じゃないんですね。

アイドルタレントが、世間に見せる自己イメージを演じているうちに、そのイメージに捉われて自ら苦しむのと似ています。

「何らかの隠れた信念が異性関係となって表現される。」

この彼の生きづらさの原因は、自分に対する歪んだ自己像にあったようです。

a0253145_1833220.jpg


なぜこのようなことが起こったのでしょう?

理由は色々あるのでしょうが、やはり一番影響を与えてるのは小さい頃の親子関係だと思います。

世に言う<アダルトチルドレン>が悪さをしてるんですね。

彼が女性を愛せないのは、心の奥に住んでる拗ねた子供が、当時の母親に復習してるからなのかも知れませんねぇ〜

理由は以外と単純なもので、「もっとママに褒めてもらいたい」「かまってもらいたい」です。

それが母親の愛情不足から来るのか、あるいは愛情過多から来るのか、そこら辺はイマイチ良く分かりません。

しかし彼は、本来母親から受け取るべき愛のどこかにまだ執着が残っていて、欠落部分を取り返すため、女性に対しある種の復讐を企てていたようなのです。

これ、母親からの愛情に歪みがあり、その捉われから解放されてない場合に起こる、結構ありがちなケースなんです。

もちろん本人は無自覚でやってるんですよ。

自覚してたなら悩みになんかなりません。

なぜ女性関係でいつも同じことが繰り返されるのか、何よりも彼本人が一番頭をひねってるはずです。

でも結局、彼の隠された信念は女性関係に表現されちゃってました。


こういうことは巷に良くある話しでありまして、女性の側にとっても厄介な問題を孕んでるんですねぇ〜

「愛する男が愛していたのはこの私ではなかった。」

「この関係は彼自身のナルシシズムに付き合わされただけの、実はそんな関係性だった。」

それに気づいてしまうのはかなり衝撃的なことで、大概の場合そこら辺から泥沼となるのです。

神話の美青年ナルキッソスは水に映った自分の姿に見とれ、恋い焦がれて死んでしまいました。

人を愛するってどういうことか、あの時ナルキッソスがもっと考えてたら、精神的に成長して、もっと長生き出来たはず。

モテ男の彼には、是非神話の教訓を学び直して欲しいものです。

a0253145_18333112.jpg


ひとつハッキリしてることがあります。

「母親に傷つけられたと思っている男は、必ず女でそれを回復しようとする。」

けれど女の方はそれを投げかけられることに耐えられないのです。

彼の場合、まず母親とのこだわりを解き放つのが先決でしょう。

本当の意味で女性を愛せる人間に成熟するには、そこから始めないとならないんですね。


<女運のない男>が隠れた信念に操られる様に、<男運のない女>もまた信念に操られています。

その場合には、父親との関係性が影響を与えやすいんですよね。

問題の奥には必ず目に見えない原因があるんです。

いつの時代でも男女の関係に問題が絶えないのは、心の奥の秘密の玉手箱を誰も開けてみようとしないから。

本当はそれを紐解くと、色々なことが分かって来るんですがねぇ~


あなたは女運のない男? 

それとも男運のない女かしら?

a0253145_18335867.jpg


[PR]
by viva1213yumiko | 2016-06-15 09:17 | 人生・霊性 | Comments(3)