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カテゴリ:おとぎ話・こぼれ話( 91 )

女神に逢う時の心得


ハワイのキラウエア火山は地球の中心と直結する強力なパワースポットです。


地球の内部パワーの噴出口で、マグマのエネルギーを直接浴びることが出来ます。


キラウエア火山のハレマウマウ火口には、今も女神ペレの魂が宿ると信じられています。


ハワイの島々は女神ペレの強烈なエネルギーに満ち満ちており、人々を<癒しと再生>に導いているのです。


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ペレは怒りっぽくて嫉妬心の強い、人間味溢れる女神です。


怒ると火山を噴火させ、うねうねと溶岩流を吹き出し、すべてを破壊しつくしてしまう。


恐れ敬うべき女神なのですが、それと同時にハワイの人々にとって、とても重要な意味を持つ存在でもあります。


ハワイアンは「ペレのすることには文句は言えない」って思ってるのだそうです。


「溶岩の噴出は女神ペレの仕業だ」と、今でも多くの人がそう信じている。


だから溶岩は尊敬され、歓迎されなければなりません。


溶岩流の流れを変えることは、ペレの行いを邪魔すること。


文化的に無神経な行為<カプ>と見なされてしまいます。(カプとは英語のタブーの意)


「自分たちはペレの土地を借りて生きている」という意識があるのでしょうね。


「ペレが来るのなら土地はお返ししなきゃならない」と、そう思っている。


面白いことに、火山が噴火しても誰も溶岩に慌てないらしい。


身の回りを片付け、土地を手放し、新しい家を決め、準備を整えペレの到着を待つのだそうです。


ハワイアンは自然に従うことを決めている。


これって神話や伝承の話しではなく、この21世紀に実際起こっていることだから、全くもって凄い話しですよね。


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ハワイでは自然界のすべてのものに<マナ>(霊力)が宿ると信じられています。


<マナ>とは自然界の成り立ちを背後から支える<見えない力>のことです。


火山のみならず、山川草木やそれぞれの動物に神が宿っているし、農耕の神、狩猟の神もいる。


我がニッポンと同じように自然霊や八百万の神々の信仰が息づいているのです。


毎日の糧もすべて自然が与えてくれるもの。


だから必要以上に獲るべきじゃない。


そのためにも<カプ>の取り決めを大事に守って来た。


魚の禁漁期や水源の保全、食べて良いもの悪いものなど、細かく定められていたそうです。


昔の人々は自然の中で自然と一体になって生活していました。


 [ 自然を敬い、神聖視する ]


そんな古代ハワイのエコロジー信仰は、再び見直され、賞賛され、注目を集めています。


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ハワイ神話の神々の中でも、女神ペレは人間味ある独特のキャラクターで人気があります。


女神は今も時々化身して、人間の前に現れるんだそうですよ。


時には背の高い若い美人になって、時には腰の曲がった老婆になって姿を現すという。


「白い子犬を連れ、赤いムームー姿で、宵の口の寂しい道路にいる」


そんな噂もあるらしく、ふふっ、ちょっと笑ってしまいます。



女神ペレに関しては他にもこんな特徴があります。


「あまりに美しいので、出会う全ての男を魅了してしまう」


「あまりにも身勝手で、思い通りにならないとすぐに火山の怒りを爆発させる」


「あまりにも負けず嫌いで、強い相手にも怯まず、弱い相手にも容赦しない」


プライドばかり高い、傲慢なセレブマダムみたいで面白いではありませんか。


どこの国の神話も<大地の女神>のキャラクターって似たり寄ったりですね。


愛情は深いんだけど、思い通りにならないとヒステリーを起こし、すぐに怒りをぶつけて来る。


でもこのペレという女神は特別に強烈です。


自分好みのハンサムなスポーツマンを見つけると、一緒に遊びたいのか、思い通りにしたいのか、何故かすぐ勝負を挑んで来る。


けれど試合が自分の思うように運ばないとすぐにキレて、男たちを溶岩で追い詰め殺してしまうのだ。


何か特別な悪さをして怒りを買ったというならまだしも、一方的な執着や理由のないヒステリーで怒りを爆発させるのだからたまったものじゃない。


時と場所を選ばずに噴火する火山の恐ろしさを良くあわらしています。


こんな女性、実際にいたら絶対関わりたくないですよね。(笑)


でも本能のままに自分を表現するペレの生き様には、ある種の潔さを感じるのもまた確かです。


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キラウエア火山には、この無茶苦茶タカビーな女神の魂が宿っている。


だからこの地を訪れた者は皆、女神のスピリッツの影響を受けざるを得ません。


それってどういうことか分かりますか?


ハワイの地にいるということは、誰もが大地の聖なるパワーを浴びてしまう。


大地のパワーは強烈です。


一人の人間の内側に確実に意識の変化を起こさせる。


訪れる者はそのことを覚悟しなければならないのです。


その変化や体験に責任を持たなければならない。


何が起こっても人のせいにせず、自分のために起こってる体験だと認識しなければならない。


つまりそういうことなんです。



ハワイの聖地はエネルギーがとても強いのです。


その場にいるだけでも影響を受け、心身の調和・不調和を招き兼ねない。


それが良いことか悪いことかは別にして、自分のうちに押し込め隠した様々なものが、浮かび上がって来る可能性がある。


ハワイの聖地のエネルギーと調和出来れば、性格が明るくなったり、人に優しくなったり、穏やかになったり出来るでしょう。


でも調和しなければ極端に依存的になったり、情緒不安定になったり、不機嫌になって何でも人のせいにしたりする。


人によっては原因不明で体調を崩したり、感情のコントロールが出来なくなる、なんてことも起こり得ます。


でも心配ご無用。


すべての出来事には必ず意味があります。


そんな時は自分を責めず、何が起ころうとそれを受け入れる気持ちが大事です。


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人にはなぜパワースポットが必要なのでしょう?


神聖な場所は、自分の中に押し込め隠した感情を綺麗に洗い流してくれる作用があります。


私自身もハワイのエネルギーを浴びて改めて、古い観念に支配された「どよ~ん」とした自分がいたことに気づかされました。


その「どよ〜ん」の足枷が、ずっと長いこと自分を幽閉していたのだと分かりました。



もしもあなたが理由もなくイライラを感じているとしたら、そのイライラの下に何かが隠れていないか、自分自身に良~く問いかけてみて欲しい。


もしかしてあなたの内側で、何か得体の知れないものが勢力を持ってうごめき始めているのかも知れません。


思いもよらない何かが浮上したがっているのかも知れませんよ。


あなたの内側ではマグマは常に対流してるのです。


そのことだけは忘れないでいて欲しい。


知らないままに放っておいたら、ペレはいつか怒りを爆発させる。


だからそうなるその前に、あなたの光を遮っている<雲のおおい>を取り除きましょう。


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聖地を目指すということは単なるリラクゼーションとは違います。


真に神聖なものに触れた時は、必ず意識に変容が起こる。


だから自分自身に正直になっていないと、聖地そのものに拒絶されます。


大切なのは「本当の自分の声を聞こうとする」こと。


うわべの声ではありませんよ。


「自分自身の本当の声」を、聞くことなのです。



自分自身を癒した者はそこから立ち上がり、再びまた歩き出すことだろう。


人生という<癒しと再生>の旅路は、まだまだ続いて行くのです。


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おまけ:雑誌掲載記事

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by viva1213yumiko | 2019-03-27 10:47 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

安達ヶ原の鬼婆伝説


物語はあの世の世界の住人が活躍する話しが多い。


<能>の舞台にも鬼や魔物を扱う演目がたくさんあります。


中でも<葵上><道成寺><黒塚>


この3つは<三大鬼演目>として人気があるそうです。



<三大鬼演目>はどれも皆、女が鬼になっちゃう話しです。


鬼女・鬼婆・女狐・夜叉・妖女・あばずれ・魔女・ウィッチ・・・


呼び名は色々ですが皆んな同じ系統に属します。


要するに女性が持つ内面のダークサイドを意味してるのです。


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「実はあの美女は鬼だった!」


なぜか人はそういう話しに惹かれるものですよね。


人間の心の奥には二面性があり、それが暴かれてくプロセスにはある種の感動があります。


観客は大概<鬼>の方に感情移入してしまう。


<鬼>の哀しみが時代背景を飛び越えて、心の琴線に響くからです。


今回はそんな<鬼演目>のひとつ、<黒塚>にスポットを当ててみましょう。


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<黒塚>は小説・漫画・歌舞伎・浄瑠璃・長唄・謡曲・オペラと、あらゆる分野で取り上げられる人気作品です。


しかしモチーフは福島県二本松に伝わる<安達ヶ原の鬼婆>という民話。


<黒塚>とは奥州安達ヶ原に葬られた<鬼婆>の墓のことです。


<安達ヶ原の鬼婆>は、人食いの鬼女にならざるを得なかった哀しい女性のお話しなんです。


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かつて京の都で、身分の高い姫君の乳母をしていた女性<いわて>


だが姫は、生まれつき話すことの出来ない障害を持っていた。


ある時予言者に「母親のお腹にいる赤子の生き肝を食べると治る」と告げられ、<いわて>は姫のための生き肝を求め、幼い自分の娘を残して陸奥へとやって来た。


けれど赤子の生き肝など手に入れらず、年月ばかりが過ぎて行った。


そんなある日の夕暮れ、旅の若い夫婦が<いわて>の岩屋を訪ねた。


身重の妻は今にも赤子が生まれる様子で、お腹を抱え苦しそうにしていた。


夫が薬を求め里へ行った隙に、<いわて>は女の腹を包丁で裂き、赤子の生き肝をむしり取った。


しかし若妻の持ってたお守りから、女が生き別れた実の娘だったと分かる。


実の娘と孫を殺めてしまった<いわて>は精神を病み、旅人を襲っては生き血をすすり、人肉を食らい始めた。


本物の鬼女になり果ててしまったのです。


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時は流れ・・・


鬼婆の前に東光坊祐慶という阿闍梨が現れ、一晩の宿を求めた。


客となった祐慶は鬼婆が薪を取りに行った際、隣室の白骨の山を覗き見てしまう。


逃げ出す祐慶。 


それを追う鬼婆。


追い詰められ、もはやこれまでという時、祐慶は背負った<如意輪観音菩薩>を取り出し、一心不乱にお経を唱えた。


すると雷が落ちて鬼婆の胸を突き刺したのです。


鬼婆は祐慶の祈祷によって調伏され絶命した。


そして丁重に塚に葬られました。


人々はその塚を<黒塚>と呼ぶようになったのです。


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思春期の頃って、自分の母親が鬼婆のように見えたりするんですよねぇ。


母親に「クソババァ!」なんて毒づいた人も結構多いんじゃないかしら?


<鬼婆>とは、本来無慈悲で残酷な老女を罵る言葉。


でもここに登場する鬼婆は無慈悲で残酷というより、むしろ情にあつく、人生に一生懸命な人物のように思えます。


乳母となった姫君のために、自分の家庭を捨ててまで忠義を貫く。


そして我が子を手にかけてしまったことで、生き地獄に落ちて苦しむ。


自らの運命を嘆き悲しむ、人間の心を残した鬼のように思います。


<鬼女>は正体を知られることを恐れ、なおかつそれを望んでもいる。


その内面はなんかもう、憤りと哀しみに満ち満ちているんですよね~


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心に憤りと悲しみを抱えたら、人間は鬼になってしまうのか?


う~ん、確かにそうと言えるかも知れません。


誰の心にも<光と闇>とが共存してます。


その<光と闇>の相反するエネルギーを、上手にバランス取りながら生きてく必要がある。


でも真っ直ぐすぎる人間は、どちらか一方の天秤に偏りやすいんですよね。


そういう人はちょうど良いバランス点を見つけられるまで、<光と闇>を行ったり来たりすることになる。


<光>の部分が強い人ほど<闇>も深かったりするから、人間ってホントに複雑なのです。


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上手に人生を渡って行くにはバランスが大切です。


サーファーが波頭の先端でバランス点を掴むのと同じですね。


ちょっとでもバランスを崩したら、あっと言う間に波に巻き込まれる。


世間という荒波の種々雑多なエネルギーの中。


我々は華麗にサーフィンしながら生きて行かなければなりません。


皆んな何度も失敗し、ちょうど良いバランス点を見つけて行く。


「人生の達人とは波乗り名人でもある」


そのように言える気もするんです。


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<能>では鬼に変身する時、仮面ひとつで役柄をクルッと様変わりさせる。


だからとっても分かりやすい。


我々の現世の生活にも、このシステムがあったら良いのになぁ~


なんて、ちょっとそう思ちゃいました。


例えばほら、深夜に夫がベロンベロンに酔っ払って帰って来たとするでしょ?


そんな時、妻は一言も言葉を発せず、鬼の仮面をつけたままじっと椅子に座ってる。


わぁ〜、もうメチャクチャ怖いです。


「私の心に鬼がいるの。注意が必要よ。そのつもりで対応しないと危険よ!」


と、そう言ってるようなものですからね。(笑)


普段は優しく家族思いの主婦だって、突然<鬼>になる可能性を秘めてます。


心の奥の<闇>の部分には常に注意が必要です。


<闇>の部分はサッサと供養し、<黒塚>に祀って成仏して貰いましょう。


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怒りとか悲しみとか、強くネガティブな感情は扱いが難しいのです。


ネガティヴな感情をそのまま表現すると人間関係トラブルの元。


でも表現しないままでいたなら、毒となってどんどん溜まる。


<鬼>って扱いの難しい野獣のようです。


けれども上手に飼い慣らすことが出来れば、いざという時あなたの味方になってくれますよ。


だから内面の感情と仲良くして下さい。


<鬼>と和解する。


それが一番賢いやり方なのです。


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おまけその1:ある人生相談に投稿されていた回答がイカしてました。


<質問> 

結婚して18年。      

あんなに初々しかった嫁がなぜこんな鬼嫁になってしまったんでしょうか?


<回答>

「女の顔は男が作る」という格言があるのを知ってますか?

妻を天女にするのも鬼婆にするのも、夫の力量次第なんです。




おまけその2: 雑誌掲載記事





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by viva1213yumiko | 2019-02-27 23:37 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

ジャータカ物語

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古代インドでは「現在の我が身の存在は過去の生涯の延長である」という、輪廻転生思想が前提です。


「輪廻思想のせいで未だにカースト制度が廃れない」と言われるくらい、インド人の精神には輪廻の考え方が深く刻み込まれています。


つまり輪廻するのが当ったり前の世界なんですね。



でもそうだとするなら、最高の悟りに至った仏陀なんかは、過去の生涯で相当たくさんの功徳を積んだことになる。


「仏陀は前世でどんな生き方してたんだろう?」


「どうすりゃあんなに功徳を積めるの?」


「知っているなら誰か教えて〜」


多くの仏教徒がそう考えたに違いありません。


だからそのニーズに応える必要があった。


お釈迦様の生き様を、過去世のレベルまでのぞき見し、子供にも分かる寓話に仕立て読み聞かせる。


お釈迦様の本生譚、<ジャータカ物語>の誕生です。


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<ジャータカ物語>にはお釈迦様の過去世の人物がたくさん登場して来ます。


国王・王子・大臣・バラモン・仙人・学者・商人・職人・盗人・・・


お釈迦様のように徳の高い人間には、数え切れないほどの過去世があるはず。


今までの輪廻でありとあらゆる人物になり、善行を重ねて来ているはずだ。


と、そういう解釈なんですね。



さすがに仏陀になるような大人物。


我々とは善行のスケールが異なります。


<ジャータカ物語>の一節は法隆寺の国宝<玉虫の厨子>にも描かれていますが、飢えた虎の母子が気の毒だからと自からの肉体を提供したり(捨身飼虎図)、後世の人に尊い教えを伝えるため崖から飛び降りて命を差し出したり(施身問偈図)。


生きとし生けるものに対する慈悲心を、そりゃもう凄まじいほど持ち合わせているのです。


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人間だけでなく、釈迦は大小の動物や鬼神にもなって登場する。


老人に食べ物を捧げるため、自らの身を火に投じたウサギの慈悲の行いは、月にまで登って後世に伝えられてます。(月のうさぎの話し)



いずれにせよ何に生まれ変わったとしても、その時々の役所に応じて衆生を救済する。


そして「生きとし生けるものを救いましたとさ」とまとめてしまう。


読む者・聴く者に善行を推奨するためです。


輪廻転生のお話しは、子供の道徳教育にもバツグンの効果があるのです。(笑)



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仏陀の教えでは、すべての生きとし生けるものは輪廻転生します。


肉体は一時的に滅びても、魂は滅びることなく永遠に続く。


我々のような一般人は、死んでも今と同じように人間に生まれ変わるとは限りません。


我々が行なって来た行為の良し悪しで、六道輪廻(天・人間・修羅・畜生・餓鬼・地獄)のいずれかの世界に生まれ変わらなければならないとされている。


人によっては今は何とか人間をやってても、次の生では昆虫・動物・鳥・魚などに生まれ変わる可能性もある。


しかし悟りを開いた一部の菩薩は次の生でも人間に生まれ、すべての生きとし生けるものの為に働き続けると信じられているのです。



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チベットのダライ・ラマ法王もその一人ですよね。


ダライ・ラマは悟りを開いた観音菩薩の化身であり、チベットの人々を救済するために生まれ変わって来ると、チベットの人々は固く信じています。


現在のダライ・ラマの輪廻転生は、1世法王から数えて有に600年の歴史がある。


それより前まで遡れば「仏陀の時代まで行き着く」と、法王ご自身もそう仰っている。


と言うことは、軽く見積もっても2500年以上。


ね〜、これですもの。


輪廻や解脱に関しては、皆さんも気を長~く構えておかないといけませんよ。


解脱なんぞは、そう簡単に出来っこないんですから・・・(笑)


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現在のダライ・ラマ14世法王は、2歳の時に転生が認められ、たった4歳で親元から離れ王宮で暮らし始めた。


チベットの<輪廻転生制度>によってです。


ダライ・ラマの<転生認定>は、様々なプロセスを経て決定されるようです。


まずは先代法王の遺言・遺体の状況・神降ろしによる託宣・聖なる湖の観察・夢占い・何らかの奇跡などによって、次のダライ・ラマが生まれる地方や幾つかの特徴が予言される。


捜索隊がその地方に住む子供を探し、誕生時の特徴や幼少期の癖などから、予言に合致する候補者が何名か選ばれます。


その上でその候補者が本当の化身かどうか、前世の記憶を試して調査される。


先代ゆかりの品物とそうでない物を見せたり、先代と同じ癖があるかなどで転生の認定がされるのです。


小さな子供が法王の側近しか知り得ない情報を知っていたりするのだから、<輪廻転生制度>にはまったく驚かされます。


ひょっとして我々の<民主主義制度>より嘘がなく、有意義な側面があるかも知れませんね。

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生まれ変わりの記憶を持つ子供って結構多いみたいです。


子供は自我の意識がまだゆるく、やすやすと宇宙意識に扉が開く。


でも6~7歳になり学校へ行く頃になると、扉はピタッと閉まってしまう。


そうでないと自我が育たず、社会生活が送れなくなるからです。


でも本来の私たちは子供時代の頃のように、純粋な記憶にアクセス出来るはずなんです。



誰もが過去生の記憶を、記憶の保管庫にしまい込んでます。


そう、誰もがです。


口には出さないけど、その件に関してはうっすら心当たりある人も多いんじゃないかしら?



過去の経験による喜怒哀楽の感情は、忘れたように思えても心の奥にパターンとなって記憶されます。


その記憶情報はクラウドに移動して保存されているのです。


だから私たちは、普段その情報にアクセス出来ません。


人は皆生きるのに忙しく、クラウドの保管庫のことなどすっかり忘れてます。


またどうしても必要な時には思い出すようになっているので、強引にアクセスする必要もないのです。



しかし今のこの時代、魂の進化のスピードも急速に上がって来ています。


このような記憶情報の仕組みを理解し、純粋な生き方を実践するなら、過去世の記憶を呼び覚ませる人は続出するはず。


あなたも自分の<ジャータカ物語>を語り始めるかも知れませんよ。


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<ジャータカ物語>のお釈迦様の過去世は、とてつもなく立派です。


「人間はこれほどの精神の高みにまで至ることが可能だ」という、ま、一種の理想のモデル像ですね。


でもだからと言って「あなたの命も虎にくれてやりなさい」って訳じゃないですから、そこら辺は勘違いしないで下さいよね。


物語が伝えたいのは「生きとし生けるものの命に共感しなさい」ってことです。


命を思いやるその感性が大切なのです。


<思いやり>とは命の連鎖を想像することから生まれます。


命を思いやる気持ちはひとつの文化なんです。


<思いやり>は文化になって次の世代へ受け継がれて行く。


<愛>や<慈悲>に形を変えて、人から人へと表現されて行くのです。


日本人のDNAに眠ってるこのような仏教観が、今こそ目醒めてくれたなら、とても素晴らしいこととなる。


<思いやり>と<共感>をベースにした<民主主義制度>が生まれる可能性も残っています。


世界に尊敬されるような社会モデルは、スピリチュアルな価値観をベースに築き上げるのが理想です。


そうでないと、もう未来は成り立たないかも知れません。


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輪廻転生システムって<魂レベルの自分>を思い起こさせるのに、とても便利なツールだと思います。


人生は永遠に続いて行く。


だから途中で諦めてはダメ。


<思いやり>は自分も他者も両方を幸せにする。


ほらね・・・


学校教育や終末医療の現場なんかで、そのまま速攻役に立ちそうでしょ?


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私たちは何のために生きるのか?


大切なのは輪廻を通じて自分をもっと成長させること。


更に大きく意識を広げることです。


そうすればクラウドの保管庫もいつか100%公開が許される。



私たちは何のために生きるのか?


もしかすると「失われた記憶を思い出すため」なのかも知れませんね。


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by viva1213yumiko | 2018-11-27 16:51 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

マンドラゴラの参鶏湯

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突然ですが、マンドラゴラってご存知ですか?


マンドラゴラは古代の医学書や古典文学、現代の映画や小説、アニメからゲームに至るまで、様々な場所で取り上げられている<魔法の植物>のことです。(別称マンドレイク)


映画<ハリーポッター>にも薬草学の授業か何かで登場して来るので、聞き覚えのある方もいるかも知れません。


魔法薬・錬金術・不死の材料・媚薬・精力剤・・・


フィクションの世界では何にでも使える<万能植物>として扱われている。


だからイメージばかりが先行し、マンドラゴラのことを空想キャラクターだと思ってる人が多い。


でも実はコレ、実在する植物なんです。

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マンドラゴラは<ナス科マンドラゴラ属>所属のれっきとした植物で、<愛のリンゴ>というニックネームを持ちます。


主に地中海から小アジアに見られる有毒の薬草で、愛らしい紫色の花を咲かせる。


でも最も特徴的なのは人間の身体にそっくりの、その<根>です。


根っこが二股に分かれていて、人間の姿形ととっても似ている。


だからそのせいで、古くから「魔力を持つ不思議な植物」として恐れられて来ました。

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マンドラゴラの根っこには、幻覚作用や身体麻痺もたらす<アルカロイド>という成分が含まれていて、過食すれば死に至る強い毒性があります。


中世の頃はしばしば魔術の材料として用いられたらしい。


それが「魔法の力を持つ伝説の植物」という、今日のイメージの元になったようです。


噂には尾ひれがつき、やがて凄い効果の魔法の植物になった。


中世ドイツの女子修道院長、ビンゲンのヒルデガルドは「マンドラゴラは人間の形に似ており、だからこそ悪魔の悪行と軽力に似つかわしい」と言ったんだそうです。


まったくオドロオドロしい植物です。


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マンドラゴラには性別もあるのです。


正しくは春に咲く早咲き品種と、秋に咲く遅咲き品種との差なのですが、二種の違いが<オス>と<メス>になり、俗説は広がって行きました。


魔術の基本法則の中に<類似の法則>というのがあります。


「類似したものは類似の現象を生み出す」という法則です。


ほら、呪いのワラ人形。


人形を憎い人間に見立てて、釘を刺して呪うヤツ。


「類似のものに類似現象を起こす」のだから、典型的な<類似の法則>ですね。



中世のヨーロッパでは「人体に似た植物はその部位の病を癒す力がある」と信じられていました。


だから根っこが赤ん坊のような形なら、毎晩枕の下に置いて寝ることで女性は身ごもりやすい母体になる。


根っこが女性のような形だったら、男性は懐に忍ばせて意中の女性を射止められる。


目的に良く似た形の根であることが肝心です。


根っこの様々な形によって愛情や妊娠を授かり、幸運・富・力がもたらされると信じられました。


当時ヨーロッパ全土では、誰もがマンドラゴラの根を求めたので、詐欺師はまがいものを売っては大儲けしてたそうですよ。



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またマンドラゴラは土から引き抜かれる瞬間に耳をつんざくような悲鳴をあげ、それを聞いた人間を殺す(発狂させる)とも言い伝えられています。


マンドラゴラの根っこは細かい根が複雑に密集し絡み合っており、そのために地面から抜くのが非常に難しく、無理やり抜こうとするとメリメリと音を立ててちぎれてしまう。


これが「抜くと悲鳴をあげる」という伝説の由来だそうです。



マンドラゴラは引き抜くと大きな悲鳴をあげ、それを聞いたものは死んでしまう。


だから安全にマンドラゴラを手に入れるためには、次のようにしなければならないのです。


採取に適した新月の暗い夜に、飼い犬を連れて出かけます。


そしてまずは耳栓をする → 根の周りの土を掘り起こす → 犬の尻尾と根をロープで結ぶ → 十分に離れる → 遠くに餌を投げる → 犬が駆け出す → マンドラゴラは引き抜かれる。


この一連のプロセスを守らなければなりません。


気の毒な犬は命を落とす。


けれど人間は無事マンドラゴラを手に入れられる。


マンドラゴラの叫びを聞いて死んだ犬はその場に埋めてやる、というのもお決まりのようです。


犬にとっては不条理だが、伝説はそのように伝承しているのです。


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伝説は他にもまだあります。


「マンドラゴラは死刑台の下に芽を出し、絞首刑になった人の身体から滴り落ちる体液で成長する」


「マンドラゴラをワインで洗って小箱に保存しておけば、未来のことを教えてくれるし、不妊症の女も懐妊させる」


「マンドラゴラは成熟すると根が足となり辺りを徘徊する」


ここまで来ると植物というよりも、むしろ不思議な力を持つ妖怪ですね。


とにかく、マンドラゴラには人の想像力に強烈なパンチを与える何かがある。


どんな時代になろうとも、人は心揺さぶる不思議なパワーを求めずにはいられません。


数々のマンドラゴラ伝説が他ならぬその証拠になるでしょう。


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マンドラゴラの姿は高麗人参にも似ています。


両方とも見るからに滋養がありそうですが、果たして味の方はどうなんでしょう?


<マンドラゴラの参鶏湯>・・・?


どうかなぁ? イケるのかなぁ?



魔術には「感染の法則」というのもあります。


「かつてひとつだったものは、分離した後も他に対して影響力を持つ」って、そんな法則です。


先住民の文化では「生き物の<いのち>を食べることでその生き物の力を宿すことが出来る」と考えるのですが、マンドラゴラを参鶏湯で食べたら、より一層強烈に<いのち>のパワーが得られそうですよね。


マンドラゴラも、人間もニワトリも、生まれる前は同じひとつの大きな<いのち>だった。


かつてひとつだったものがそれぞれに分離し、それぞれの与えられた<いのち>を生きる。


そして役目を終えて鍋の中で、再び<いのち>はひとつになる。


改めて<マンドラゴラの参鶏湯>、いかがでしょう?(笑)


相当パワーつきそうです。


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地球には奇妙な植物がいっぱいです。


不治の病いを癒す植物も、まだまだたくさん存在すると言われてます。



人間はマンドラゴラのことを<小さな人体>と解釈しました。


それと同じように、我々は地球のことも<大きな人体>と解釈しなければなりません。


地球はひとつの<いのち>、ひとつの生命体です。


小さなマンドラゴラに人を癒す力があるなら、きっと我々にも地球を癒す力があるはず。


<小さないのち>も<大きないのち>も、見えない部分では深く深く繋がっているからです。


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by viva1213yumiko | 2018-11-12 11:15 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

創造的な培養期間


「新月・満月の時期になると必ず体調不良になる」


エネルギーに敏感な人たちはそう言ってる人が多い。


かくいう私も、過去に何回かそうした体験があります。


新月や満月になると、頭痛がしたり動機がしたり。


たまに脈が飛んだりもする!(驚)


エネルギー酔いで睡眠リズムも乱れ、意図しないのに終日ベッドで過ごす羽目になる。


そして狼みたいに遠吠えしたり・・・(嘘)


月のエネルギーに触発されて、少しだけ<ルナティック>になってしまうという訳だ。(笑)



だから対策を講じるため、あらかじめ手帳には月齢の予定日時を記しておく。


女たちが生理周期の予測を立ててレジャーを計画するのと同じだ。


重要度の高い用事は、なるべく新月満月を避けてスケジュールを立てている。


でもまあ仮に乱調となったところで、2~3日もすれば大概収まるレベル。


だから今まで特に大げさに考えることはなかった。


でも今回だけは、ちょっと何かが違っていたのです。


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先月は次々と大きな台風が列島を通過し、北海道では大地震があり、全国的にエネルギーは荒れ模様だった。


そんな状況の中で、この私自身も<乱調状態MAX>という一ヶ月を過ごしていた。


食べられないし、眠れない。


おまけに眩暈で頭グラグラ。


身体の不調だけならまだしも、脳内のエネルギーまで麻痺してしまって、全くもって始末に負えなかった。


TVもラジオもネットも受け付けず、情報収集機能は完全にシャットダウン。


脳の中に住んでる誰かが、工場ストライキを企てたんじゃないだろうか?


まるで脳の初期設定が変わり、新しい神経回路に繋がるような感じだ。


とにかくそんな状態だったので、文章を書くことなんて全く不可能。


本を開く気にならず、文字を追うことも叶わず、アイデアは砂漠のように枯れ果て、私は役に立たないボロ雑巾のようだった。


つまり、行き詰まってしまっていたのだ。


知ってますか?


創造のプロセスには痛みが伴うってことを・・・


何かを創り出す時には必ず<産みの苦しみ>があるものですが、その時間というのはもの凄〜く孤独なんです。


もの創りをする時に必ずついて来る、あの<暗闇の時間>


これがねぇ~


なかなか手強いんですよねぇ〜


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チクセントミハイという高名な心理学者が、クリエイターの思考プロセスを研究した結果、彼らのほとんどが<準備><培養><ひらめき><評価><精錬>の5つの段階からなる創造的プロセスを踏んでいると判ったんだそうです。


この中の<培養>というプロセスに注目して下さい。


<培養>とは、進行中のプロジェクトからしばらく離れる段階のことを指します。


準備段階で培った知識が消化され、アイデアが無意識にまとまっていく過程を意味するんですね。


創造のプロセスは数日から数年の<培養期間>を経て、やっと次の<ひらめき>の段階に達するのだそうです。



「はは〜ん、なるほどね」


と、私は思いました。


イモムシは蝶に変身する前、サナギの中でドロドロになる。


イモムシは美しい蝶になるために、自分自身を一旦解体し、液状化してしまうのです。


イモムシ本人にとっては、何が起こっているのか、これから先どうなるのか、さっぱり理解出来ないはずです。


イモムシとっては晴天の霹靂。


まさしく<暗闇の時間>です。


でもその時間こそが、最も大切な<培養期間>にもなっているのです。



ちょっと<ルナテック>だった先月の私。


多分思うに、私の脳みそはこの1ヶ月間、相当な液状化現象に見舞われていたに違いありません。


それはそれでそれなりに、大切な<培養期間><熟成期間>だったんじゃないかと、今となってはそんな風に思うのです。


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「あんたスピリチュアルに関心あるんだから、創造的アイデアも宇宙に注文して引き寄せちゃったら良いじゃない」


もしかするとあなたはそう思っているかも知れない。


しかし精霊の世界の住人が、創造的アイデアを太っ腹にバンバン与えてくれるかと言うと、なかなかそういう風には行かないんですよね。


「創造性を与えて下さい」と神頼みしても、多分無駄に終わるでしょう。


力の限り考える → 行き詰まって止める → 忘れた頃に解決が来る


神様はこの一連のプロセスを通過した人間を、やっぱり<えこひいき>してるんですね。



「ひらめきがやって来るのを待ってはいられない。棍棒を持って追いかけるしかない」


作家のジャック・ロンドンはそう言ったらしいが、その言葉は全く正しいんです。

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創造性について研究したある科学者の説によると、「高度に創造的」と区分される5歳の子供は実に98%にも達するのに、15歳に成長する頃には「高度に創造的」な子供の割合は12%まで激減してしまうという。


家庭や学校教育のほとんどは「型にはめる」ことを目的としてます。


非創造的な学習のせいで、子供達の創造性は確実に失われてしまう。


大変もったいないことですよね。



「子供は誰でも芸術家だ。問題は大人になっても芸術家でいられるかどうかだ」


ピカソはそう言ったらしいが、この言葉もまた全く正しいと思われます。


創造性とはこの世にないものを創り出す作業のこと。


智慧と力と愛のある、豊かで美しいものを創り出すことです。


人類は常により良いものを創るために、様々な犠牲を払ってその理想を追い続けて来ました。



私たちは誰もが、目に見えない世界から<ひらめき>を受け取っています。


そしてそれをこの世的な味つけで表現する。


それが創造性というものです。


見えない世界ってエネルギーに満ち満ちた創造性の玉手箱です。


宝石のようにキラキラと無限のインスピレーションが散らばっているのです。



スティーブ・ジョブスの名言に、こんなのがありました。


「創造性とは物事を結びつけることだ。創造者たちにどうやって事をなすのか訊いてみると、彼らは幾分罪悪感を感じるものだ。彼らは実際に何かを行ったというより、ただ何かを見たにすぎないからだ。しばらくするとその何かは彼らとって明白になるようだ」


ほらね?


<ひらめき>っていうのはそういうものなんです。


さて、<培養期間>を終えた私の脳はこれから一体何を生み出すのだろう?


液状化しちゃった脳みそよ。


神経回路に根付いたアイデアの種たちよ。


あなたたちはいつ頃どんな形で生まれて来るの?


まだ見ぬ創造性の子供たち。


どうか大きく育って欲しい。


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by viva1213yumiko | 2018-10-16 17:27 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

コミュニケーションのギャップ萌え♡


段階の世代って、何歳から何歳ぐらいまでのことを言うのだろう?


そんなことしみじみ考えたのも、あるシニア世代の男性と会話してて、避けようのない世代間ギャップを感じてしまったからだ。


団塊世代のその方には、どうやら最近の世の中はとても「けしからん!」ものに映るらしい。


「この頃の20代の男は車もバイクも欲しがらない。上昇志向ってモンが全くない。女と付き合うのさえ面倒らしいんだ」


「ほ~う? そうなんですか〜?」


私は感心したように相槌を打った。


「7割が女と一度も付き合ったことないんだって。一度もだよ?<絶食系>って言うんだってさぁ。どう?あり得ないと思わない?」


それってホントの話しなんだろうか?


20代の7割がねぇ・・・?


言われてみればそうかも知れないし、そうであっても不思議ではない。


「けしからん!」と怒ったところで、別に法に触れてる訳でもない。


しかしシニアおじ様の価値観によると、若い男が女を追いかけない状況は、あってはならないとんでもない非常事態らしい。


「俺たちの頃は女とヤルことしか考えてなかった。若いってつまりそう言うことでしょ?男は性欲があってこそ成長するもんだ。女と付き合うのめんどくさいなら、こりゃもう日本滅びるしかないでしょ!」


と、ご立腹なのである。


おじ様の言うことは道理に叶っている。


しかし哀しいかな、彼が思うより遥かに速く、時代は加速度的に変わってしまったのだ。


「今さら何を言っちゃってんだか・・・」


内心私はそう思っていた。


それ、あなたたち世代がガムシャラにしたことのツケが廻ったってことじゃない?


次世代のことも考えず、身の丈に合わない欲をかいたから、世の中限界が来ちゃったんじゃないの?


こういうのスピリチュアリズムでは<因果応報>と言いますのよ。


巻いた種は必ず刈り取らねばならないってヤツですが・・・


それが? 何か?



その日の私はやけにシニカルだった。


「日本が滅びるその前に、滅ぼすべきものがひとつある!」


「それはあなたのオツムの中身!月に代わってお仕置きよ!」


と、私はそう言いたかったのだ。


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「シニア世代の経営者がついつい出しちゃう、どことなく女性を見下した物言い。それが社内生産性の一番の敵だって気づいたんです」


先日もコミュニケーション術を専門とする女性からそんな話を聞きました。


男女間や世代間に起こるコミュニケーションギャップ。


「それがもっと円滑なら、生産性は格段に伸びるはず」と彼女は言う。


しかし困ったことに現実は、なかなかそう上手く運ばないそうです。


なぜなら役職者たちの頭の中に、古い思い込みがドカンと居座ってて、その結果、部下の能力を引き出せないままでいるからだ。


確かにその通りだと思います。


「性欲こそが男を成長させる」なんて言い切っちゃう上司と、上手くコミュニケーション取って仕事するなんて、相当骨が折れるに違いない。



1990年以降に生まれた若者は、車やブランドに興味がなく、上昇志向も物欲もほとんど無く、恋愛にも淡白だと言われます。


海外旅行には関心が薄く、休日も自宅やその周辺で過ごすのを好む。


節約志向でムダ使いしないが、趣味にはお金を惜しまない。


何事においても淡々としていて、必死さがなく、大人世代から見ると何を考えているのかさっぱり分からない。


欲しがらない若者たちは、全てにおいてほどほどの穏やかな暮らしを志向する。


悟り切ったような価値観を持っているので、彼らは<さとり世代>と呼ばれています。


バブル崩壊以降、不況しか知らないで育った若者たちは、ムダな努力や衝突を避け、過度に期待したり夢を持ったりせず、浪費しない生き方をするようになった。


そんな若者世代に上から目線で今までの価値観を説いても、ちっとも納得してくれないでしょう。



でも思うのですが、ジェネレーションギャップって時代や文化の差というより、むしろコミュニケーションスタイルの差の方が大きいんじゃないかしら?


論理的で筋道の整った話を好むベテラン世代に対し、若者たちはもっと直接的で直感的。


迅速なリアクションは重視するけど、議論が苦手で距離感も希薄。

だから一歩踏み込んだ会話は避けたい。


全般的に強い自己主張を避け、無難を好むのです。


上司と部下のやり取りも他愛のない無難な会話ばかり続いて、ちっとも核心に迫ってかないそうです。


若者世代は「拒否られたくない」と思ってるようなのですが、上司世代は「何を考えてるのか分からない」と頭を抱える。


やれやれ・・・


でもそれも当然の話しです。


生まれた時からインターネットのあった人間と、たった一台のTVを家族みんなで見ていた人間とでは、文化の成り立ちそのものが異なります。


そこには大きな壁があるのです。



世代間や性別間の間には、コミュニケーションギャップが大きく立ちはだかっています。


コミュニケーションギャップは、決して交わることのない<水と油>のよう。


両方をシェイクし、より深く人間を理解するためには、一体どうすれば良いのだろう?


埋まらないギャップをもっと良い方向に、転換することは出来ないのだろうか?


ギャップこそ<魅力の源泉><ヒントの宝庫>と捉えられたら良いですよね。


ジェネレーションギャップは多様なアイデアの眠る<金鉱脈>


だからむしろ「歓迎せよ!」という風にです。


もしそれが出来たら、新しい物事が色々と生まれて来そうに思うんです。



コミュニケーションには体力がいります。


まず手始めに世代間・男女間の「互いの壁を壊す!」と、決意しなければなりません。


けれど壁の向こうの相手へのリスペクトがなければ、それも不可能に終わるでしょう。


コミュニケーションギャップを感じた瞬間、<拒否>や<否定>が起こるなら、新しいものは何も生まれません。


どこか一つでも優れてる点・認める部分があれば、極端な違いを感じても、ある程度その人を受容できる。


リスペクトさえあれば「この人はなぜこの点に関して自分と違う捉え方をするのだろう?」と考えられます。


そこから始まって理解不可能な背景や、新たな情報が共有される。


若手はベテランの、ベテランは若手の考えを理解し、受け入れられるでしょう。


そしてそれらを統合し、新たな考え方を探る。


それが一番ベストな方法です。


異質な者どうしも同じ目標に向かって歩めば、ギャップを乗り越えられるはずなのです。



コミュニケーションには体力がいります。


相手の影響力で自分自身も変わって行く。


そのことも受け入れなければなりません。


自分の変化を恐れないこと。


特に大人世代の側は意識的に変わろうとしない限り、なかなか変われるものじゃありませんよね。


思考の柔軟性を失わないよう注意しなければなりません。


先ほどのシニアの方など、「けしからん!」まま思考が固まってしまった良い例ですよね。


でも笑い事ではありません。


日頃から意識的に鍛えておかないと思考はすぐに固まってしまうので、皆さんも気をつけて下さいね。



<世代間ギャップ><性別のギャップ><人種間ギャップ><地域差ギャップ><異文化ギャップ>


世界を分断するギャップはたくさん存在しています。


けれどそういうギャップの中にこそ、ヒントやチャンスが隠れてる。


ギャップを生かしてそこから美しいものを創れたら、むしろそのギャップそのものに、人は魅了されることでしょう。


コミュニケーションギャップから、美点を見つけ出せたら最高ですよね。


意外なズレにこそ、<萌え要素♡>は見つかるのかも・・・


つまり、コミュニケーションの<ギャップ萌え♡>ですね。




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by viva1213yumiko | 2018-02-25 12:47 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

リーディングの秘密

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「ふう〜ん、それじゃあ、色んなものが見えちゃったりする訳なんだ?」


スピリチュアル談義が興に乗って来ると、その手の質問をされることがある。


所詮冷やかし半分のジョークなのだ。


気にするほどのことではない。


そんなことは重々承知しているのだが、そういう時は「なんか腑に落ちないなぁ〜」と思ってしまう。


私は超能力者じゃないし、修験の行者でもないのです。


ましてや霊媒の家系の出身でもない。


狐や天狗や龍神が見える?


先祖の守護霊の声が聞こえる?


そんな能力はありません。


怨念だ、生き霊だ、地縛霊だって、むしろそういうの苦手なんです。


想像しただけで怖くなる。


だから、そういうものとは出来るだけ関わりたくないんですよね。


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私が常日頃からスピリチュアル方面で目指してることは、ただひとつだけ。


「魂を成長させる」ことだけです。


「魂を成長させる」とは、つまり「人生を真っ当に生きること」なんですね。


それ以外の何ものでもありません。


自分の魂を成長させるには、一歩ずつ確実に前進するよう、注意深く生きることが大事です。


そのために自分の生涯を使いましょう。


人生が自分に問いかけて来る課題に、時間とエネルギーを使うのです。


そして後悔を残さぬように、後腐れなく死んで行く。


ただそれだけの話しです。


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そして自分だけでなく、同じ様に人生をもがきながら歩んでる人々の「魂の成長に力を貸すこと」


それも大事な仕事です。


迷い人にはガイドマップを渡しましょう。


必要なら明かりを灯してあげましょう。


「多分ゴールはこっちの方角です」と、謙虚に道を差し示す。


出逢う人は皆、擦れ違う旅人同士。 


互いの後ろ姿にエールを送り、そして「サヨナラ」と手を振り別れる。


何ものにも執着のない、そんな軽やかな生き方が理想です。


生き方に対してこだわりみたいなものがあるとしたら、多分そこら辺ぐらいでしょうか?


残りのことは全てまあるく、すこぶるゆる~く生きております。


極めて平凡、気は効かないし、エスプリ不在で、面白味に欠ける。


それが私の今生のパーソナリティーです。


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でもひとつだけ不思議な部分があるのです。


これを自分の個性と言って自慢出来るかどうか迷うところなんですが・・・


まぁ、ついでだから告白しちゃうと、実は私、人と話しをしてる時、時々もの凄~く直感が冴えてしまうことがあるんです。



リラックスして深呼吸を繰り返す。


そして相手の内面に波長を合わせる。


すると思ってもない様々な情報が流れ込んで来ることがあるのです。


情報はその人の<健康の問題>だったり、<生活面の課題>だったり、<心の思いグセ>だったり、<手放せない痛み>だったりする。


とてもハッキリと分かることもあれば、ハッキリしないこともある。


でもいずれにしても、知りうるはずのない情報がほとんどです。


なぜなのでしょう?


理由は分かりません。


けれど直感そのものが「ねえねえ、ちょっと聞いてよ、聞いてよ」と肩を叩く感じなのです。


そして本人の気づかない真実が、ヴェールを剥ぐように露わになって来るのです。



[ 人の心の内側には、表に出たがってる情報が待機している ]


そういう言い方をしちゃっても、間違いないんじゃないかって、私はそう思ってるんです。


いや、違うな。


う~ん、うまく言えないけど・・・


とにかく自分の経験から、ある種の仮説みたいなものが確立しつつあります。


その仮説とはこのような確信なのですが、果たして皆さんはどう感じるでしょうか?



仮説1 : 期が熟し準備が整った時、人は気づくべき情報に出会う



仮説2 : 自然界はそうなるように巧妙に作られている



表に出たがってる(と思われる?)情報は、クッキリ鮮明な時もあれば、ぼんやり曇っていることもあります。


常に天気のように移り変わっているし、受け取るものも必ずしも正解とは限らない。



<繊細>・・・だけど<頑固>


そして<凶暴>極まりありません。


それが潜在意識の特徴です。


我々は、モヤモヤしたこれら得体の知れない未知の生物を、優しく手なずけ調教しなければなりません。



異次元の世界の現実を、この世の法則にならって降ろすには、エネルギーの変換作業が必要です。


意識モードが自然に切り替わってしまう、すこぶる調子の良い時もある。


そんな時にはハッキリしたヴィジョンが浮かぶことが多いようです。


いつもそうあってくれれば嬉しいのですが、そう簡単にはさせて貰えません。


リーデイングの難しいところはそこら辺なんですよね。


そんな時はスランプが過ぎるのをじっと待ちます。


イチローが次のヒットを量産出来るまで、トレーニングしながら地道に待つ感じでしょうか?


自分サイドのコンデションも整えなければなりません。


いずれにしても確かなのは、情報を得るため、ヴィジョンを観るためには、それなりの努力が必要だってこと。


目に見えない世界とコンタクトを取るのも、結構エネルギーが要るんですね。

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心の奥を読み取るリーデイング能力。


それは一体どういう原理で起こるのだろう?


不思議に思って調べてみたことがあります。


すると驚いたことにこの手の現象は、全て脳波のせいで起こるらしいことが分かりました。


通常の脳波の状態を変換し、潜在意識の領域のシータ派(4~7ヘルツ)へと持って行く。


すると「全てなるもの」の情報ソースに繋がることが可能なのだそうです。


それは深くリラックスした変性意識の状態です。


その時に出現して来る、ピュアな<微細エネルギー>と共振共鳴します。


そうすると自然治癒力や潜在能力などが開花しやすくなる。


と、理屈ではこのように言われています。



まず初めにヒーラーが潜在意識の扉を開き、宇宙意識のエネルギーをクライアントに媒介する。


すると自分とクライアントの意識がひとつに溶け合って、人の心や体の情報を感じたり、読み取ることが出来るようになる。


それがリーデイングの現象なのです。

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人は人それぞれの感性が違うので、宇宙からの情報も感性を通して受け取ることとなります。


宇宙からの情報は、個人的なエゴや思惑を受けつけません。


ただただその人物にとって、その時相応しいことを知らせるだけ。


そういう風に出来てるんですね。


だから情報の内容はひとりひとり全く異なっていて、完全オーダーメイドです。


ある人にとって必要な情報とは<身体の臓器の解剖学的な様子>の場合もあるでしょう。


また別の人にとっては<過去の出来事から来るトラウマ>に関するものだったりする。


でもいずれにしてもその人にとって、その時最も必要な情報、重要で知るべきヴィジョンを受け取ることとなる。


そこら辺もちゃんとアレンジされています。


それがリーデイングの面白さ、不思議さなんですよね。




ヒーラーとヒーリングを受ける人は、同じ周波数、同じエネルギーで同調します。


<癒し>や<気づき>は、その瞬間を待ってたギフトのように自然に与えられます。


それは人智を超えたハプニングのようなもの。


偶然を装って知らされる<高次からのお知らせ>です。


目に見えない大きな力にあらかじめプログラムされていたかのように、<情報>は絶妙なタイミングで届けられることでしょう。


それこそが公開されることを待ってる、あなたへの<機密情報>なんですね。


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by viva1213yumiko | 2017-12-11 14:11 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

愛の賛歌


「OKベイビィ、ご機嫌だぜ〜! 」


2009年5月2日、忌野清志郎は癌性リンパ菅症で亡くなった。


「21世紀になったのに、今も世界では戦争や紛争が続いてる。ミサイルが飛んで、テロが起きて、飢えた子供達が死んで行ってる。どうしていつまでも世界は平和にならないんだろう?」


清志郎はステージの上からそう訴え続け、そして死んで行った。


「だから今日、こんなゴキゲンな夜に、ここに集まってくれたみんなに聞きたいことがあるんだ」


「オーライ! 今夜みんなに聞きたいことがあるんだ!」


「愛し合ってるかい?」


「愛し合ってるかい~?」


「愛し合ってるか~い? Oh,Yeah~」


忌野清志郎には多分<真実の愛>ってヤツが見えていたのかも知れない。


だから愛し合ってるヤツら。


そういうヤツらに彼の歌うLOVE SONGは、ビシビシ熱く響くのでしょう。



さて、改めてここで皆さんに質問です。


清志郎に「愛し合ってるかい?」って聞かれたら、「イエ〜ス、モチロン愛し合ってるぜぇ!」と答える自信、あなたには本当にありますか?




愛のある人はすぐに分かります。


<いのち>を愛せる人。


それはハートをオープンに出来る人だけだからです。



[自分を愛してくれる人を愛する]


それは誰にも出来る容易いことです。


家族や恋人、親しい友人を愛するのは誰にでも出来ることでしょう?


でも [自分のことを愛してくれない人を愛する] のは?


これはなかなか難しい。


自分を批判したり中傷したりする人間を理解し、許し、愛するのは、よっぽど器が大きくなければ出来るものじゃありません。


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でもそれよりさらに難しいのは [自分を憎む敵を愛すること]


これは相当難しく<最高レベルの愛>と言えるかも知れません。


それは例えるなら、家族を殺された人間が苦悩の末にその犯人を許すような愛。


そのような愛の形を意味するのですが・・・


あなたには果たしてそんなことが可能でしょうか?


普通の感覚だと犯人を許すことなど絶対に出来ませんよね。


その限界を超えて、許し、愛の器を広げる。


このように愛の可能性って無限に広げられるものなのです。


人間はそこまでの高みに登れる。


それほどの可能性を秘めている。


民族対立のような問題は「決して敵を許さない」という意識が世代を超えて続きます。


強い憎しみ情報の連鎖。


それはDNAを経由して子孫に受け継がれる。


だから問題はどんどん複雑になり、解決の糸口を失くして行くのです。

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人がこの世に生を受けるのは [この世で愛を学ぶため] です。


人は<いのち>が尽きるその日まで、愛し愛されることを学ばなければなりません。


我々は運命を受け入れるだけの、ちっぽけな存在に過ぎないのでしょうか?


いいえ、決してそんなことないはずです。


愛を学び、器を大きくし、自分を成長させる。


そうすれば我々の魂は、我々以上の存在になって行くでしょう。



愛を決して離さぬこと。


難しくても努力すること。


試練を乗り越え、最後まで愛を信じ続けること。


それをやり遂げた人間こそが「本物の愛とは何か?」その秘密を知る資格を与えられます。



愛は美しく純粋です。


そして必ず人を強くする。


誰でもそういう人間になりたいと望む。


でも誰でもがそう出来る訳じゃありません。


それには理由があるのです。


アンタもそれを知りたいかい?


OK、ベイビィ、Yeah〜!



<愛>に対する反対語は、<憎しみ>というより、むしろ<プライド>なんじゃないでしょうか?


<憎しみ>っていうのは感情への刺激反応みたいなもの。


とても分かりやすい現象です。


でも<プライド>は、自分の心に見えないバリアーを張る状態のこと。


バリアーを張ることで、自分の内側に愛のエネルギーが流れ込むことを必死で守っている。


なぜ、そんなことをするのか分かりますか?


それは怖いからです。


<愛>を恐れているのです。


プライドの高い人間は、必ず<愛>を恐れてる。


<愛>は人間を木っ端みじんに壊して、もう一度最初から自分を再構築することを求めて来る。


だからプライドの高い人間にとって<愛>はこの上なく恐ろしい。


自分を粉々にする可能性のある、恐ろしい怪物なのです。


人間には<愛>を阻む<プライド>の足枷が付いて回ります。


この足枷があなたを重く縛っている。


そう、<プライド>は愛を阻害する最も大きな要因です。


<プライド>があるうちは、あなたに<愛>は入って来ないでしょう。


ハートが開かぬ限り<愛>は流れて来ないのです。

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人は「愛する」「愛される」って、つい言ってしまいますよね。


でもちょっと考えてみて欲しいのです。


<愛>は「したり」「されたり」するものではありません。


<愛>っていうのは<愛そのものの状態>になることを指します。


<愛>とは本人が望む望まないに関わらず、<愛の状態>に陥ってしまうことを意味してます。


不可抗力のフォースが、あなたという媒体に流れ込んで来る状態。


それが<愛>なのです。


膨大なエネルギーがあなたに流れ込む。


その流れをせき止めず、起こるがままにさせている。


その状態のことを<愛>と呼ぶ。


その状況を他者と分かち合うことが出来るかどうか?


忌野清志郎は聴衆にそれを問いかけました。


『愛し合ってるか~い!」とね・・・


Oh,Yeah~

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<愛>とは恐れず信じること、喜びと共に生きることです。


注意して周りを良く観察してみてご覧なさい。


<愛>のある人間はすぐに分かるはずですよ。



愛は寛容であり、情深いのです。


人を妬まず、自慢せず、高ぶらない。


礼儀正しく、自分の利益を求めず、苛立たず、恨みを抱かない。


不正を喜ばず、真理を喜び、忍耐し、信じ、望み、すべてに耐える。


愛は決して滅びません。

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我々の人生に<愛>がなければ、ただ空虚に時間を消費するだけの人生になってしまうでしょう。


それでは生きていないのと同じこと。


きっと死ぬ時後悔が残るはずです。


でもだからと言って「自分に愛があるかどうか?」また「あの人には愛があるかないか?」と査定してみても始まらない。


今の自分の地点から、一体何が出来るか考えてみることが大切です。



<愛>には様々な形があります。


きれいごとだけじゃ済まされないものも多いでしょう。


痛み、傷つき、心くじけ、<愛>を信じられなくなる日もあるでしょう。


でも信じて欲しいのです。


<愛>はあなたを必ず大きくする。


強くする。大人にする。


だから<愛>を恐れずにいて欲しい。



人生で起こる全ての出来事は、あなたを光の方向に導いている。


人生では<愛>を試され、矯正させられ、成長させられる。


人生とはきっと<愛のトレーニングセンター>のような場所に違いないのです。




コリント人への手紙 第13章 愛の賛歌

映画<愛のむきだし>より





業務連絡:

愛を流入させるためには、ハートセンターの存在が欠かせません。


なぜそうなのか理由を探る、ユニークなワークショップを企画しました。


チャクラに興味がある方には耳寄りな情報となっております。


11/2(木)開催です。  


詳細はFBイベントページからどうぞ。






by viva1213yumiko | 2017-10-24 12:46 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

デモデモループ

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ポニーテールにリボンをつけて、フリルブラウス、膝丈スカート。


いかにも育ちの良さそうな、お嬢様風情の20代後半の女性と知り合いになったことがあります。


彼女は今どきの女性にしては珍しいほど、メチャメチャ結婚願望の強い女性だった。


そしてこのように言うのです。


「どうしても結婚したいんです。結婚しなきゃならないのに全然良い人と巡り会えない。それは何か原因があるのでしょうか?」


「結婚しなきゃならない」って、それはまた何でだろう?


そこら辺の彼女の微妙な感情ニュアンスが若干気にはなりました。


でも良家の子女とあれば、それなりの家柄事情があるかも知れない。


「なるほどね。で、どういった婚活をしてるのかしら?」


それだけ結婚を望むなら何かしらの行動を取っているはずと思い、私はそう尋ねました。


ところが彼女は婚活パーティーとか、その手の類いには一度も行ったことがないと言う。


理由は「そう言う場所に行くと、結婚したくて焦ってるのがミエミエになる。だからロクな男性と知り合えないはず」とのこと。


「でもあなたは結婚を望んでる訳なのよねぇ?」


念を押し、彼女の気持ちを確認してみる。


するとこのような返事が返って来るのだ。


「はい、結婚したいんですぅ。でもぅ、男の人の方から好きになってくれなきゃ〜私。絶対ダメなんですぅ~」



人間の心というものはホントに巧妙に出来てるものですね。


「結婚したいんですぅ~」


「でもぅ、男性の方から好きになってくれないとダメなんですぅ~」


「でもぅ、30までには何とかしたいんですぅ。親にもそう言われるしぃ~」


「でもぅ、そんなにムシのいい話ってあるんでしょうかぁ?」


「でもぅ、このままじゃ私ダメなんですよねぇ~」


「でもぅ、世間はそんなに甘くはないしぃ~」



心の中で静かに「嗚呼・・・」と呟く私。


彼女は<デモデモ星>からやって来た、<デモデモ星人>なのだろうか・・・?



この<デモデモループ>に引っかかり、どうにも動けなくなってしまう人って案外多いんです。


<デモデモループ>は悪魔が仕掛ける巧妙な罠。


じめじめ暗~い<永久迷路>に、あなたの心を放り込むトラップです。


もしも今、あなたに<デモデモ症状>が現れているなら、それは迷路に踏み込んじゃった何よりの証拠。


迷路の中にはアリ地獄がいっぱいあって、焦れば焦るほど深みにハマります。


こういう時は自分勝手な判断で動くと、どんどん運に見放されちゃうんですよ~


その理由、何故だか分かりますか?


運がそっぽ向くのは、頭と心がバラバラで、全く別の方向に向かおうとしてるからです。


思考と感情が反発し合って、まるで反抗期の子供みたいな状態。


頭は右向き。


なのに心は左向き。


180度違う方向に行きたがってる。


一見考えは前向きみたいでも、感情は完全に後ろを向いていたりする。


それだと必死に努力しても、サイドブレーキ引きながらアクセルブンブン吹かすようなもの。


結果がまるで伴わないんですね。



<デモデモループ>の彼女は頭で考えることに、まるっきり行動がフィットしてません。


現状を変えたいと言いながら、現状を変えないですむ行動を取ってる。


そして本来は問題など何もないとこに、わざわざ問題を作ってる感じです。


結婚だけが幸福ではないと、彼女の方も頭では分かってます。


けれど家柄や家風に洗脳された長年の信念が、<結婚>を果たさねばならない<責務>のように考えている。


思考は未来の幸福をイメージするけど、感情の方はプライドや世間体にドップリ縛られたまま。


そこから一歩も動けない状態です。


行動出来ない原因の多くは、彼女のような隠れた<感情的要因>です。


逆に言えば、やりたいことがあるのになぜか行動が伴なわいとすれば、それは純粋に求めていない証拠なんです。


人間は行動し変化し成長する生き物です。


変化をしないということ・・・


それは滅びる時間をただ待つのみです。


彼女も勇気を出して令嬢の仮面を脱ぎ、次の仮面を手にするそんな時期にいるように感じました。


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彼女の潜在意識には一体どのような想念が埋もれているのでしょうか?


それを覗く時が来たようです。


人は潜在意識に眠るたくさんの信念に支配され生きています。


チャクラから入り込んだ様々な欲望や、習慣的な考え方がストックされるからですね。


人は感覚に支配される生き物です。


<美醜>や<善悪><好き嫌い>で判断した、雑多でとりとめのない想念で溢れています。


過去に感じた感情や満たさせない想いが、手つかずで放置されたまま。


言わば片付けられない部屋に住み続けるようなものです。


大多数の人々は、善良さの中に少し悪のスパイスが香る、そんな<甘辛ミックス>の部屋に住んでいます。


しかし彼女の場合、ほぼ全てのチャクラが同じ想念で固められ、ミックス・テイストの入る余地ゼロ。


鎖で縛られたようにある信念にこり固まっていました。


その信念とはこんな感じ・・・


 この世界は自分を貶める怖いものに満ちている。


 だから私はシェルターに入って自分を守らなければならない。


 完璧なシェルターで自分を守ってもらうこと、イコールそれが結婚である。



深窓の令嬢で世間知らずだったとしても、これはかなり重症の<怖がり屋さん>ですよね。


彼女はこの強烈な想念に、思考も感情も、肉体をも占拠されてしまってました。



 安全パイの外側は、まだ見ぬ未知の世界。


 恐ろしい魔物の住む世界と聞く。


 だから居心地悪く窮屈でも、ここにいれば安心。


 親も喜び、皆んながハッピー!



親の望んだカゴの中の人生を、安全で正しい生き方だと刷り込まれる。


そしてそれを自分のやりたいことと勘違いしてしまう。


そうして本当の自分を自立させられないまま人生を無駄に過ごす。


良い子にありがちな典型的パターンですね。



「結婚したい」けど「したくない」


「本当はしたくない」のに「したいと思い込んでいる」


だから「結婚したい」と口では言っても男性との間に見えないバリアーを張る。


何だかすご~く矛盾した、<矛盾娘>が出来あがります。


上から下まで身体中に染み渡るほど、<デモデモループ>で覆い尽くされてた彼女。


それでもやっぱり結婚したい? 


う〜む、今のままだとムリがあるかも。


だって・・・


シェルターに閉じこもってる自閉女なんて、男性はご免こうむりたいですもんね。



人は頭や理屈で分かっていても、感情面で納得いかなきゃ動けない生き物です。


<デモデモループ>はそんな時に現れるので、すぐに分かります。


何らかしら満たされない感情があるなら、まずその感情を満たして癒してやる必要があるんですね。


そうして初めて本当にやりたいことに導かれる。



人は理論じゃ動きません。


感情が動いてこそ、初めて本当に動き始める。


大切なのは思考じゃない。


イキイキと感情が動き出すことが肝心なんです。


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by viva1213yumiko | 2017-09-29 14:24 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

リリーの魔法陣


英国出身のアーティスト、ケイト・ブッシュには<リリー>というタイトルの楽曲があります。


妖精のような、魔物のような、この世のものと思えない不思議な声。


絵画から飛び出して来たような年齢不詳の可憐な容姿。


私は彼女が作る物語性に富んだ音楽の大ファンでした。


今でもどの曲も大好きなのだが、この<リリー>という曲は特に個人的な思い入れがあります。



「霊的能力を持つリリーという老女からアドヴァイスを受け、呪いを解くために魔法陣の作り方を学ぶ」といった内容の曲なのですが・・・


ま、いわゆる<魔除けの唄>とも言えるでしょうか?


ミュージックビデオに出演してるのは、当時ケイトの相談に乗っていたスピリチャルアドバイザーで、実名もその名の通りのリリーさん本人が、特別に友情出演していると言われました。


ケイト・ブッシュは神秘主義に傾倒したアーティストです。


なので、その噂はかなり信憑性あるかも知れません。


創作の中の架空の話しではなく、魔法陣の作り方くらい本当にリリーさんからホントに習っていた可能性があります。


シャーマニックな資質を持つ彼女なら、そのぐらい容易に出来たと思いますね。



純正な魔女の血統を感じさせる、私の青春時代のアイドル、ケイト・ブッシュ。


彼女のあの独特の声は、今も古さを全く感じさせない独創性があります。


<超越しちゃったアイドル>ってカテゴリーで番付したら、私的には間違いなく<西の横綱>です。


魔法や魔術を行使する際に描く円状の文様のこと。


それを<魔法陣>と呼びます。


唄の中では炎のサークルに大天使(アークエンジェル)を召喚し、自分を守護する方法をリリーからレクチャーされます。


   ガブリエルよ、我が前に

   ラファエルよ、我が後ろに

   ミカエルよ、我が右に

   ウリエルよ、我が左に

   炎の魔法陣に現れ出でよ


<ガブリエル><ラファエル><ミカエル><ウリエル>の四大天使を、前後左右に配した魔法陣。


それは霊的パワーを駆使した<方陣>です。


兵法では兵士を四角形に配置する陣立てのことを<方陣>というのだそうです。


その四角形の陣立てをサークルの中に配置して、360度全方位から四大天使(四天王でも可)の加護を受ける布陣。


自分をプロテクトするのに最強の布陣を、先輩魔女から教えてもらってる訳ですね。



でも、あれ?


魔法陣って悪魔を呼び出す場所のことじゃなかった?


子供の頃読んだ水木しげるの<悪魔くん>では、確か魔法陣の中から悪魔が出て来てたような記憶がするけど・・・


しかし本来の魔法陣はそうではありません。


悪しき力から身を守る装置のことを指すのです。


魔術師たちは魔法陣の内側に入り、自分の身を守りながら悪霊と対峙します。


だから魔法陣そのものに悪魔を呼ぶパワーがある訳じゃないので、そこら辺はお間違いのないようにどうぞ。



魔法陣っていうのは<聖>と<魔>とを分かつ領域のことです。


つまりこの世界と異なる世界をつなぐ<ゲート>のことですね。


魔法陣の図形や文字にはひとつひとつ意味があり、それらの組み合わせは、ある種<世界の縮図>となっています。


魔法陣は異界と現世をつなぐ装置なのです。


魔法陣を描くのは、世界の真理の理解を示すことで、世界そのものを変容させる行為でもあるんですね。


術者が魔法陣の内部に身を置けば、悪霊から害を受けないよう身を守ることが出来ます。


悪霊を魔法陣の中に閉じ込めて、檻にすることも出来るようです。


そういう意味でも魔法陣とは、魔術師が自ら召喚する悪魔や死霊から、身を守るための<結界>と言って良いでしょう。



古今東西、魔除けの時方法は不思議なくらい良く似ています。


<結界>は聖なる領域と俗なる領域を分け、秩序を維持するため区域を限定する意味があります。


それは特殊なエネルギーを保った<神秘空間>のこと。


真の能力者が張る強力な<結界>は、悪霊や厄災などあらゆるネガティブエネルギーから対象物を守り、空間を清浄に保つ効果があります。


<結界>でエネルギー的な仕切りを作ることで、霊や邪気のネガティヴエネルギーの干渉を受けない状態を目指します。


<悪>って純粋で穢れないものがきっと苦手なんでしょうね。


皇居や伊勢神宮がいかに強力に<結界>が張られているかは一目瞭然ですよね。



魔の<方陣>は風水にも用いられます。


自分を守護する存在を、家の東西南北それぞれの角に見張りを立てるように備えます。


護符・盛り塩・お香・鏡・パワーストーン。


沖縄のシーサーでも構いません。


装置はお好みのもので構わないのです。


日常生活で少しずつ受けてしまう邪気を蓄積させないように、自分が住む場所に<結界>を張ること。


自分が関わる場所のエネルギーを浄化をして、運を管理することが大切です。



また<結界>は場所だけでなく、人と人との間にも存在しています。


残念ながら<悪>は魔物の世界ばかりにいるとは限らない。


あなたに敵意を持ってる人が、負の感情をあなたに向けることだっ有り得ます。


多くの人は気付いていないけど、人間は皆それぞれエネルギーのフィールドを持っているのです。


それはその人のエネルギーの状態によって常に変動してるのですが、数値にするとおよそ20㎝から1メートルだとか?


誰もがその程度の<結界>を装備してるのです。


そのフィールドの内側に誰かが侵入すると、肉体の細胞は敏感に反応する。


相手が持つ波長と同調するかしないかで、警戒態勢を取ったり、攻撃モードになったり、心地良く安らいだりします。


結界の内側に他者の異質なエネルギーが入ると、敏感な人はそれを感じて疲れてしまう。


たくさんの人が集まる場所に足を踏み込まなけれればならない時には、体全体を真っ白な光の皮膜で覆われている自分をイメージすると良いでしょう。


これで他者の負のエネルギーを受けることも、自分のエネルギーを奪われる心配もなくなります。


イメージすることで<結界>を張ることは出来るんですね。


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人間の結界とは、これ以上近寄るとこちらのエネルギーフィールドに乱れが生じてしまうから、他者を踏み込ませたくないというスペースのこと。


時々エネルギーフィールドにものすごく鈍感で、人の領域にずけずけ侵入して来る人がいますが、そういう人はもっとエネルギーに敏感になる必要があります。


恐れや心配といった負のエネルギーを持つ人は、元気な人のエネルギーを意識しないまま吸い上げてしまいます。


悪しきものは音も立てずにあなたに忍び寄るんですね〜


不幸にして負のエネルギーに飲み込まれてしまった時は、ひとりで立ち向かおうとすると逆効果。


自分を守護する存在を呼び出し「助けてほしい」と念じてみましょう。


守護者は世界を浄化し、悪しきものを駆逐する役目を担っています。


信じる者は救われます。


きっとあなたを守ってくれるでしょう。



人間とはエネルギーが肉体をまとった存在です。


人間と人間の間には目に見えないエネルギーの引力があって、それが人と人とを結びつけています。


だからエネルギーについてもっと敏感にならないとダメなんです。


エネルギーは言葉よりもっと雄弁に、全てを語ってしまうんですね。



世界中の全ての愛はたったひとつの大きなサークルの中で循環してます。


我々はその中で自分の殻を頑なに守り続ける、ほんの小さな存在なのです。


あなたをプロテクトしてくれる良きスピリッツたちに<魔法陣>をお任せしてみましょう。


大いなる存在に子供のようにこの身を委ね、安心しきって生きて行けます。


人生とは実はそういうもの。


そうであってちっとも構わないんですね。


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by viva1213yumiko | 2017-09-14 13:00 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)