タグ:日本人 ( 15 ) タグの人気記事

魂の声を聞く


日本人は古代から自然の恩恵を受けながら自然と共に暮らして来ました。


なので自然界の音を景色の一部として捉えてしまう、とても風流な感性を持っています。


虫の鳴く音を声として認識するのは、日本人とポリネシア人だけなんだそうです。


母音・鳴き・笑い・虫や動物の鳴き声・波・風・雨の音・小川のせせらぎ・・・


日本人はこれらの音を言語を司る左脳で聞いているのだそうです。


スズムシでもコウロギでもマツムシの音でも、日本人の脳は美しい言葉と解釈してしまう。


それに対し外国人は右脳で聞くので、虫の鳴き声が機会音や雑音のように聞こえているらしい。


ひゃ~、外人さんには虫の声は雑音なのかぁ〜


それは何とも「お気の毒」な感じがします。


世界広しと言えど、虫の音に<優雅><風流>を感じるのが日本人くらいだとしたら、これはある意味凄いことです。


生きとし生けるものの声に耳を傾けられる感性。


それは胸を張って世界に誇れる文化なんじゃないでしょうか?


<宇宙船地球号>という船で全ての生命と共生する為に、今後指針にすべき文化だとそう思うんですよね。


やっぱり日本人って相当<意識高い系>なのかも知れませんね。



先日ある雑誌の特集記事で<心・体・魂の声>というタイトルを見つけました。


人が健康に生きるには<心と体>に気を配るだけでなく<魂の声>を聞くことが重要である。


と、まあそんな内容だったんです。



<魂の声>を聞くこと。


それはスゴく、スゴ~く大切です。


なぜなら人生のクオリティーに関わって来るからです。



<魂の声>とはこれまたエラく耳障りの良い言葉ですよね。


でも<魂の声>って、心の中のエモーションのことだと思ってる人が多い。


ちょっと詩的なニュアンスもあるし、そこら辺で勘違いしやすいみたいなんですよね。


<大和魂>とか、<甲子園魂>とか、<祭り魂>とか・・・ほらね?


打算や損得を度外視して熱い血が騒ぐ、そんなイメージがあるでしょ?


だから「魂の声に従おう!」なんて言われたら、意味が良く分からなくてもバーッと傾倒しちゃうそういう怖さも併せ持ってる。


水戸黄門のご印籠みたいなモンです。


<魂の声>って、何かひと回り大きな権威のようなものを感じさせる、そんなニュアンスもありそうです。



スピリチュアリズムでは<魂の声>のことを<高次意識>と解釈します。


平たく言うと「本当の心の声」って感じかな?


外の世界の権威じゃなくて、天の呼びかけに応じる<良心のささやき声>みたいなものだと、そう考えて下さい。



例えばここに「自分さえ良ければ良い」と考えてる、とても自己チューな人物がいたとしましょう。


そんな彼でも、時には「自分だけでなく家族・友人・仲間・世間にとって、この考え・この行動は良い結果をもたらすか?それとも悪い結果か?」と迷うことがある。


そういう時、良心の心をセッセセッセと運んでいるのが<高次意識>です。


ワンランク上のレベルから物事を判断し、あなたを誘導してるんですね。


自分はもちろん、自分の周りに存在する環境全てをひっくるめ「世界を一つの自分」と考える、そんな意識のこと。


日常よりひと回り拡大した意識。


思いやりと分かち合いに満ちた<利他の精神>のことを指します。


その中でも特に真ん中の辺りには、一点の曇りもないとびきり冴えた<魂の声>がある。


それをキャッチするには相当レベルまで精神を高める必要があって、そのための修行は永遠と思われるほど続くのだそうです。



<魂の声>って『聞こえてる人間」と「聞こえてない人間」の二種類に分かれるように思うんです。


いや、もっと正確に言うと<魂の声>を「聞こうとする人間」と「聞こうとしない人間」かな?


日本人の感性はたやすく虫の声を聞き取るが、世界には虫の声の聞こえない人が沢山いる。


同様に<魂の声>をキャッチする感性がない限り、<魂の声>は永遠に聞くことができないでしょう。


<魂の声>は「甲子園に出場できたら」あるいは「祭りで神輿を担げば聞こえる」というような単純なものではありません。


また同じ日本人の中にも<魂の声>を「正しく解釈できる人」と「できない人」がいる。


つまりラジをチューニングして「正しく聞いてる人」と、ノイズまじりで「聞き間違えちゃってる人」がいるってこと。


<魂の声>を「正しく聞き取り」「正しく解釈する」ことは、あなたが思うよりずっと難しいことなのかも知れません。



戦前の日本人には精神論が欠かせませんでした。


何かと言うと「神風が吹いちゃう」ような、そんなナショナリズムのスピリッツです。


ところが敗戦を経て、日本は物質主義へ180度転換した。


考えてみれば日本という国は、<精神主義>と<物質主義>の両方を経験してることになります。


だから両方の良いところをピピッと上手く掛け合わせたら、良いものが生まれるような気がするんだけど・・・あなたはどう思います?


<物質主義>✖️<精神主義>


両方を掛け合わせたら、経済的にも精神的にも成熟した社会になれる可能性ありませんか?


<物質主義>✖️<精神主義>


イコール、豊かな情緒と感性・創造性を併せ持つ<有機的テクノロジー文化>


イコール、<高度に洗練された社会>


という具合にです。


そんな成熟した日本になれたら、他国に羨ましがられる国になれたら、とても素晴らしいことですよね。



日本人には<わび・さび>の情緒が生まれながらにインプットされてます。


世界に誇れる独特の感性です。


虫の声が聞こえるのなら<魂の声>ぐらい、日本人は楽勝でキャッチできるはず。


多くの日本人が自分の<本当の心の声>を聞き取って、自分のすべきことを理解し、それに打ち込んで生きて行く。


誰かに押し付けられたものじゃなく、自分で感じ取り、自分だけの道を行く。


そんな日本だったなら、それは間違いなく<高度に洗練された社会>です。


どの国よりも早くそれを成しとげる可能性を、日本人は持ち合わせているんじゃないかって、そんな風に感じるのです。



現代人のスピリチュアリティーは、山にこもったりして個人レベルの<魂の探求>をしてるだけでは、もう済まされなくなってる状況です。


これからは普通に日常生活を送りながら<魂の声>を聞き取る段階。


魂の指し示す照準に合わせて「社会性を持って生きる」そういう段階だと思います。


そして「物質的豊かさ」と「精神的豊かさ」の両方をバランス良く手に入れる。


<物質主義>と<精神主義>の両方がリンクされれば、あなたの人生は間違いなく充実するでしょう。


皆んながそのように生き始めたら、相乗効果で社会全体もイキイキする。


<高度に洗練された社会><持続可能な社会>を作るため、スピリチュアル文化が担う役割は、思うよりずっと大きいのかも知れません。


a0253145_11561229.jpeg




[PR]
by viva1213yumiko | 2018-06-06 16:10 | 人生・霊性 | Comments(0)

逃げる人のスピリチュアリズム

a0253145_1191052.jpg

日本人社会っていうのは<同調性バイアス>が、めっぽう強い社会なのだそうです。

同じ見方、同じ感情、同じ喜怒哀楽を暗黙のうちに求められ、「皆んなと一緒にしておけば取りあえず安心」っていうそんな文化ですね。

日本社会では頼みごとを断る時にも、「誠に恐縮で恐れ入りますが」とか、「お役に立てず申し訳ありませんが」とか、美しい言い訳の常套句をたくさん並べてお断りします。

優しいオブラートに包んで、丁寧に断らなければなりません。

それを怠って「いいえ駄目です」と結論から伝えると、つっけんどんで失礼な人という烙印を押されてしまいます。

でも英語だったらたった一言「ノオ!」

それだけで済んじゃいます。

日本文化では「ノオ」を使ってしまうと、ズバリと切り捨てる感じになっちゃって、なかなか難しいのです。

特に女性などキツい印象を与えてしまいますよね、

だからそこら辺のニュアンス表現に気を使うあまりに、自分の意見が YES なのか NO なのか良く分からなくなったりして・・・

そこがまたモヤモヤ感を募らせます。

a0253145_1222764.jpg

日本の社会では、人の感情に敏感になることや、他人が期待するように行動することを要求される。

それは生き延びるための<ツール>です。

日本人って<おかげ様>とか<お天道様>とか、何か個を超越した大きなものに皆んなで繋がってるような気分でいます。

その繋がりを、イコール社会と感じてる人が圧倒的なんじゃないでしょうか。

国民の多くが「自分は無宗教だ」とアンケートに答えるのに、皆んな心のどこかに目に見えない存在を信じている。

それは欧米文化みたいなはっきりした神ではないんだけど、大きく畏れ多い存在を漠然と信じてて、その共通認識で何となく社会が成り立っている。

そこが日本文化の良さですよね。(悪さでもあるが・・・)


a0253145_14152056.jpg

しかし時代は急速に加速しています。

海外からのお客様も増え、今、日本人のアイデンティティーは突きつけられてます。

時代は新しい段階に突入してるのです。

だからそれに見合うエネルギーへ、我々もシフトしなければなりません。

日本人自体の生き方が試され、向き合わされているのです。

 [和をもって尊しと為す]

日本文化の美点を生かしつつ、日本人は個を確立する段階へと来てるのです。

そう。 今の時代<自立の時代>なのです。


ここでいう自立とは、経済的な自立のことだけじゃありませんよ。

もっと普遍的な<魂の自立>のことです。

私たちの魂っていうのは、厄介な家族の問題や社会的なプログラムの影響を乗り越え、一人一人がかけがいのない本当の自分を生きること、それを何よりも強く望んでいるんですね。

おのおのの<魂の欲求>に従い、<魂の望む人生>を生きること。

<魂の使命>を成就させてあげること。

己の肉体を<魂の意志>のままに利用し、人々のために使うこと。

それらを本当の意味での<魂の自立>というのです。


でもね・・・

実際自立ほど怖いものもないんです。

厄介な現実問題と向き合って一歩一歩解決する難しさ、煩わしさも受け入れなければなりません。

多くの人はそこで逃げる。

そして安易なスピリチュアリズムに逃げ、幻想を作り上げる人も多いんですね。


逃げて依存する人に、スピリチュアリズムは格好の隠れ家を与えてくれます。

現実逃避の装置を差し出すからです。

だから個を確立して、スピリチュアルな知恵を現実の人生に落とし込んで少しずつ前進すること。

何よりもそれが大切です。

個を確立せず空虚に生きてると、多次元的世界のへんなモノに憑依されやすくなっちゃうので、そこら辺にも気をつけて欲しいです。


a0253145_14232173.jpg


あなたが常日頃から「嫌だなぁ〜」と思ってることは何ですか?

なぜそれが人生に繰り返し現われて来るのでしょう?

それはその<嫌なこと>の中に、あなたが克服すべき次の課題があるという証拠です。

<嫌なこと>から逃げたとしても、課題は必ず追いかけて来る。

逃げるパターンを繰り返すと、今の場所から成長はできません。

自己否定や自己卑下が憑依を生み、日本的なスピリチュアルを作るのです。


占い師から貰ったアドバイスで、問題をどう捉え直す?

ヒーラーから受け取ったヒーリングで、人生にどう対処する?

パターンに気づいて自分を変えること。

それが最も大切です。

a0253145_120359.jpg


真に幸福な人生を送るためには、まず最初に<魂の望む行き先>を見極めねばなりません。

そうでないといつまでも迷ったり、袋小路にはまったり、今の場所から前へ進めなくなってしまいます。

あなたの生き方はいつでも試されているんですねぇ〜

その度アイデンティティーも突きつけられているんです。

迷った時、困った時ほど、その人の真価は試されているんですね。

ピンチの中にこそ、チャンスは眠っているのです。


誰かがあなたの世界を変えてくれるのを待っていても、そのような形で変化は起こりません。

<個の自立><魂の自立>が必要なのです。

癒されたいばかりの人は、人生の手綱を握っていないことになるんですね。




[PR]
by viva1213yumiko | 2016-01-23 10:40 | 人生・霊性 | Comments(0)

お点前事始め

a0253145_1721282.jpg
日本人と生まれたからには、何か日本的な趣味のひとつでも持ってみたいものですよね。

「ご趣味は?」と聞かれた時に、「書を少々」とか「日舞かじりました」とか、「盆栽アートにハマってます」とか・・・

上品そうにはにかみながら、そう答えて見たいものです。

常々そんなチャンスがどこかにないかと思ってら、ひょんなはずみで茶道のお点前を習う事になってしまいました。


茶道師範の友人の誘いで茶席に招かれた事はあり、お茶会がどういう雰囲気なのかは知ってました。

しかし客人として茶会に出席する事と、自ら客人にお茶を立てる事との間には、アイガー北壁ほどの大きな壁が立ちはだかります。

茶道には<型>という決まりごとがたくさんあり、聞き慣れない言葉やタブーも多く、美意識満載すぎてハードル高すぎじゃない?

古美術みたいなお道具だってどうにも理解し難いし、第一私、正座が出来なかったじゃない!

キャリア30年以上のF先生は「おもてなしの心さえあれば、お点前なんて誰でも出来ますよ」と精神論が優先です。

しかし私には「足のしびれをどう克服するか?」「茶道具を何で代用するか?」などの、現実的な課題の方が大きいのです。

a0253145_1721411.jpg
                        (裏千家流盆点前)


茶道には長い歴史がありますが、その伝統のあちこちに遊び心もたくさんちりばめられているのです。

春夏秋冬の宴や野山遊びのために、野点や箱盆点前などのピクニックバージョンも発達しました。

現代ではテーブルの上でお点前する、<テーブル茶道>というものもあります。

本当はかなり自由でフレキシブルなものなのです。

そこで私は考えました。

お客様の時「コーヒーにしますか、紅茶にしますか、それともお抹茶立てましょか?」なんてサラリと言えたら格好いいんじゃないかしら?

外国人にアピールすれば、「 OH! ワンダフォー! オ・モ・テ・ナ・シ!」なんて、きっと感激してくれるに違いありません。

2020年オリンピックの時にも役立ちそうです。

かなり不純な動機ですが、私はFさんに詰め寄りました。

「なんちゃって茶道でいいからお点前教えて〜」 
「茶道を一般人にも解放せよ!」

伝統的な茶道の世界では、技は師匠から弟子に口伝で伝わるそうで、パーツパーツのカリキュラム制みたいなものはまず成立しないらしいのです。

しかしF先生は太っ腹だった。

「よろしゅうございます。10回通って頂ければなんちゃってどころか、ちゃんとお薄が立てれるようにして差し上げます。」と言ってくれたではありませんか。

「お薄・・・」

う〜ん素敵! なんてマニアックな響きかしら・・・

このようにして、かなりオリジナルの<チケット制茶道・10回コース>が幕を開けたのでした。


10回の茶道レッスンは友人宅で行われたのですが、そこは普通のお宅なので当然茶室などありません。

なので一番のネックは「どうやって湯を沸かすのか?」という事につきます。

蓋を開けた電気ポットを茶釜に見立てたりする人もいるらしいのですが、今回は皆で頭をひねり、なんとカセットコンロに土鍋を乗せて、それで炉と釜の代わりにしてしまいました。

換気のためにしょっちゅう窓を開けないと危険だけれど、それ以外は何とか無事クリアです。

水こぼしはどんぶりで、蓋置きは小鉢で、水差しはビスケット入れで代用です。

床の間に見立てた場所には、掛軸の代わりに季節の花の手ぬぐいを飾りました。

香炉はアジアン風だし、飾り花はバラやガーベラで洋風だし・・・

かなり強引かも知れませんが、こんな風に手持ちのグッズを集めて<茶道ごっこ>してみると、カフェオレどんぶりで抹茶を飲む日本通の外人さんの気分に浸れてとても新鮮です。

表千家や裏千家の宗家家元が聞いたら腰抜かすかも知れませんけどね。(笑)

a0253145_1732192.jpg

ところでお茶やお花が嫁入り前のお稽古事になったのは、明治以降になってからって知ってましたか?

それより前の時代では、茶道とはお侍さん・お坊さんのもの。

主に男たちがたしなむものだったのです。

小さな密室で膝を割って他者と対面する。

それは主客がひとつに交わる行為であり、嘘偽りの通用しない、心のすべてが見透かされる真剣勝負だからなんです。

だから武士は茶道を好み、積極的にたしなみました。

相手の武将が信頼出来るか、下心を持っていないか、茶席を同じくして知る事が出来るからなんですね。

またお坊さんたちは座禅中、眠気を押さえるため茶を点ててたと言います。

そうなって来ると、お抹茶とは昔の覚醒剤みたいなものだったんでしょうかね?

となると、千利休はドラッグ系アーテイストと言えなくもないですね。(笑)

利休の昔から、茶道と精神論とが切っても切れない間柄なのは、語り継がれる色んなエピソードからも想像されて面白いですよね。

a0253145_1734507.jpg

昔の日本人って、現代の我々よりもずっとっずっと純粋だったと思います。

自然のリズムに逆らわず、仁義礼智を重んじ、日々お天道様に感謝して、シンプルに暮らしていたのでしょう。

日本人の素晴らしい美徳を知るために一服のお茶を点てる。

その行為が今の私には思いのほか役に立っているのです。

慌ただしい毎日だからこそ、自分の純粋な部分とアチューンメントするため、このような時間を大切にしたいものです。




[PR]
by viva1213yumiko | 2014-06-10 20:15 | 季節・行事 | Comments(2)

江戸の色恋

<愛>と<恋>とを比べてみたなら、何んとなく<愛>の方が格調高く、ご立派な感じがしますよね。

未熟な若者が<恋>を知り、それが成長して<愛>へと育って行くような、そんなイメージがあります。

a0253145_14593234.jpg

しかし、昔は逆だったんだそうですよ。

まず<愛>が出現して、それが<恋>に育つのだそうです。

<愛>とは即物的な物に対する執着心のような、そんな心情を示す言葉のようでした。

「壷を愛する」「茶碗を愛する」「盆栽を愛する」っていうようにです。

だから、「女の子を愛する」って言ったら女の子をお人形のように愛する事を意味しました。

「子供を愛する」とか「犬猫を愛する」って感じに近いようなんですね。

しかし、<恋>となるとそこから一歩踏み出して、愛するものを手に入れる<行動>を伴う心情になります。

愛するものを自分のものにしようとして、どんどんどんどんアプローチして行く事、それを<恋>と呼ぶのです。

この<恋>と<愛>とが絡み合ったのが、近松の心中ものなど、上方文化がリードした<情>の世界です。

a0253145_14553776.jpg

しかし江戸文化(特に江戸中期以降)では、<情>はあまり重きがおかれず、むしろ<色>というものが際立って来るのです。

<恋>とは動物的な本能で、命と引き換えにするほど衝動的激情です。

しかし、それに比べて<色>はゲーム感覚が強いのです。

「色はその日のできごころ」と言って、その日の天気や気分によって恋人を取っ替え引っ替えするような、想像力をも含んだ<ファンタジー世界>全般の事を指すのです。

<恋>っていうのは相思相愛が基本ですが、<色>はそうとも限らない。

当然、女郎買いの遊びは<色>に入ります。

女郎買いでは初めて逢った男女なのに、まるでず〜っと一緒にいるように夫婦の契りを交わして、濃密な時間を過ごします。

疑似恋愛の恋愛遊戯なのだから、これは完全に<色>です。

だけど逆に、「惚れ合ってる同士の男女なのに決して肌を合わせない」なんて形の事も<色>と呼ぶのです。

「惚れているのに身体を合わせない」「惚れてないのに身体を合わす」という、創造力で補う部分を必要とするのが<色>

だから<色>は<恋>より大人の意識がなければ成立しなかったのです。


西鶴や近松のように、「男女双方思いつめての末の心中」なんていう<情>の世界は、江戸には似合わなかった。

<色>とは、人間関係から生じる<しがらみ>から一線を引いた、ちょっとドライな個人主義っぽい関係なんですね。

江戸の恋愛文化は、<情>よりも<風情>と言った方がピッタリするかも知れません。

a0253145_1502026.jpg

その<色>と<風情>をサービス産業として大々的に商ってたのが、いわゆる遊郭ですよね。

男はお金さえあれば、出費に応じた疑似恋愛をシュミレーション体験出来る。

遊女とは、いわば恋愛インストラクターです。

男と女のプロフェッショナルです。

遊女は男を呼び寄せるのが技術なので、実践面での訓練は相当に積んだそうですよ。

男を酔わせ、桃源郷に誘うには、それなりの才覚と努力が必要で、疑似恋愛のための手練手管が色々あったといいます。

そして、さらにそれ以上の効果を求めて、遊女たちは<まじない>という手法を用いてたと言うんですねぇ〜

故杉浦日向子さんのエッセイに、遊女たちのまじない法を紹介したものを発見したのですが、それがとっても面白かったので、次回は遊女たちのまじない方法を密かに教えちゃいましょう。

殿方を虜にしたいとお考えのあなた、乞うご期待です。




[PR]
by viva1213yumiko | 2013-06-21 21:21 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

江戸ファッション・上方ファッション

a0253145_2302167.gif
ファッション雑誌の特集に、<都市別ストリートファッション・スナップ>ってありますよね。

街行く人のファッションで、各都市ごとの流行りの傾向がチェック出来るやつ。

あれ、結構好きなんですよね。

昨今はどこの国でもファッションの流行は似たり寄ったりですが、それでもやはり、なんとなくお国柄が出てしまうのが楽しいんです。

パリとミラノとロンドンとでは、小物使いの傾向も、色の組み合わせ方にも、微妙な違いがあるものです。

それは東京ファッションと関西ファッションでも同じで、えも言われぬ微妙なセンスに違いが現われるみたいですね。


江戸時代には、そのセンスの差がかなりはっきりしていて、江戸っ子が京へ旅すれば「あいつは関東もんだ」ってすぐに分かっちゃうほど、明確に違っていたのだそうです。

例えば着こなしに関して言えば、上方ではきっちりと着付けたのに対し、江戸ではだらしな~い着こなしだったと言います。

江戸は着物の打ち合わせがとても浅くて、走ったりすればすぐに裾が割れてしまいました。

しかも、若い女でも懐に手を入れたり男前な仕草をしたので、胸の辺りがダラ~ンとはだけてしまうのです。
a0253145_0254290.jpg

確かに浮世絵の美人画を見ても、着物の胸元や裾周りがやたらとずるずるしているし、足が腿の辺りまでむき出し状態なのが多いのですよね。

腿の隙間の辺りを評して、「小股の切れ上がったいい女」なんて言う褒め言葉もあります。


着物の色の好みも全然違い、上方は奇麗な色を好んで着ていました。

しかしお江戸では渋めの色と柄が選ばれました。

「赤ぬける」と言葉にあるくらい、女らしい赤い色を身に付けなくても、色気があるのが「粋」だった。

「あか抜ける」とは「体を磨き込んで垢を取る」以外にも「赤なしで勝負する」の意味があったようで、「赤い色なんかに頼りゃしないよ」と言う意地っ張りの江戸っ子気質を表しています。

a0253145_2259548.jpg

その分赤い色は、女にとってここぞという時に決める勝負色だったようで、赤い紅・赤い下着・赤いかんざし・赤い半襟なんかを黒っぽい着物の差し色として使ってチラ見せ効果で勝負したのです。

ちなみに男の決め色は紫と決まっていて、紫の襟をチラッと見せて女に思いを伝えたんだそうですよ。


化粧についても、上方文化だと女に生まれたからにはフルメークがこそが身だしなみ。

しかし江戸では、スッピンの素肌に紅だけというポイントメークが好まれたのだから、ずいぶんと違うものです。

髪型も奇麗に結い上げるのが上方風で、江戸では湯上がりの洗い髪が一番「粋」とされた。

「湿った髪を背中に垂らし、櫛を横に刺した湯上がり女」なんてのが最高に色っぽかったのです。

a0253145_22532258.jpg


総じて、奇麗なものをどんどん加えて豪華絢爛にして行く、足し算のファッションが上方風と言えるんじゃないでしょうか。

都の歴史が長いので、マニュアルにのっとった花鳥風月の雅を「風流」としたのです。

しかしお江戸では過剰ファッションは嫌われる。

何かを省略した引き算ファッションで、色も少なめ、格子や縞柄のシンプルな幾何学模様などが好まれました。

遠目からはっきりと目立つものはカッコ悪く、一見普通だが近寄ると凝った良い素材を使ってる、なんていうのが良しとされたのです。


こうして比べてみると、上方と江戸では随分美意識が違うものですね。

私思うに、上方の華やかなファッションは、ゴージャスで派手好きなイタリアファッションに似てるのかも知れません。

そして「粋」を重んじる江戸のお洒落は、シックでさり気ないパリ風ファッションってところですかね。

a0253145_23191617.jpg

江戸時代は役者や花魁がファッションリーダーだったので、女たちは吉原や島原の花魁の浮世絵を眺めては、都と江戸の最先端ファッションを比べて楽しんだに違いありません。

それは江戸時代の<都市別ファッション比較>でもあったと思います。

昔も今も、女が好きなものは似たり寄ったりって事なんですよね。




[PR]
by viva1213yumiko | 2013-06-14 14:19 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

江戸の「粋人」

a0253145_21125798.jpg
江戸時代は「粋」という価値観が最も大切にされていました。

しかしこの「粋」っていう概念、現代人にはイマイチ分かりにくいんですよね。

「粋」っていうのはシックと言うんじゃなく、エレガントとも違い、なにか余裕があるんだけど下品と紙一重のあたりにあるような、微妙なかっこ良さの事を指すのです。


江戸の「粋人」を目指すには、まず「通人」となって、色々なウンチクを知らなければなりません。

「通人」への入門書、<洒落本>なんかを読んで、「通」の旦那を目指したいものです。

<洒落本>には吉原へ行く時はこんな格好、買い物に行くにはこんな感じ、芝居へ行く時はこんな装いと、遊びのライフスタイル・マニュアルが記されていて、現代のファッション雑誌と同じような役割がありました。

だいたい吉原自体が、パリコレみたいな流行発信地だったのです。
a0253145_2172920.jpg

吉原とは夢を生産し消費させる場所。

ハリウッドみたいなものでした。

そして男を磨く試金石となる場所でもあったのです。

男というものが試されるとあって、みな頭のてっぺんからつま先まで練りにねって挑んだようです。

ボロの着物しか持ってない長屋の庶民にも、レンタルブティック(損料屋)があり、着物・持ち物・履物まで、勝負服のすべて一式を揃える事が出来ました。

ファッションコーディネーターの先生みたいな指南役がいて、お伺いを立てたりしたんだそうですよ。

ファッションだけでなく、立ち居振る舞い、お洒落な会話やジョークまで教えてもらい、手帳に記して暗記して「いざ吉原へ」と挑んだと言います。


しかし、習った事をそっくり真似るのは「野暮」のする事。

それらを身体で覚えてさり気なく振る舞い、その上さらに自分のオリジナリティを醸し出せるのが本当の「粋人」なのだそうですよ。

当然、「粋人」が出来上がるにはそれ相当の年期がかかり、40才位の大人にならないと粋な色恋など出来なかった。

「粋」は付け焼き刃では身に付かないものなのです。

なので「粋人」を目指す放蕩息子たちは、いつでも人生を棒にふる覚悟で湯水のように遊んだ。

そしてその危うさが色気となって醸し出されて、女にモテるようになって行ったのだそうです。
a0253145_2117777.jpg

スタイリッシュな「通人」から、さらにそれを超えた「粋人」へ・・・

江戸の美学って、斜に構えたような、やせ我慢のような、ちょっと崩れたような不思議な美意識です。

ピークを越えるほど爛熟し、滅びの曲線に踏み込みつつあるような、まるで中年期の人生みたいな文化なのです。


中年期を過ぎ越したこの私・・・

江戸の「粋人」を見習って、<滅びの美学>ってモンをかっこ良く会得したいと思う、今日この頃なのであります。




[PR]
by viva1213yumiko | 2013-06-11 12:23 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

万世一系・表と裏

a0253145_1752863.jpg
日本の始まりは神話ですよね。

日本書紀によると「天孫降臨で舞い降りられて、紀元前660年、神武天皇はごく自然に即位された」となっています。

それから数えて今上天皇まで125代。

2600年以上の長きに渡り男系男子の血統が一度も途絶えず、他国に占領された事も植民地になった事もない稀有な<高貴の国>、それが我ら日本人の母国<ニッポン>であります。

<万世一系の天皇家>

誰もが皆んな、こういう風に教わって来ましたよね。

しかし、それが限りなく怪しいという説があるのをご存知ですか?


名家というものには世間体のための<表の顔>と真実の<裏の顔>がある、といわれます。

皇室は二千年以上の歴史がある、日本の名家中の名家。

政治的・宗教的陰謀に巻き込まれて、あるいは血統を守るための工作などで、歴史上たくさんの陰謀やスキャンダルがあったんだろうなぁと想像されます。


その中でも比較的良く知られ、そして有り得なくない話しとして、<明治天皇すり替え説>というものがあります。

第122代明治天皇、孝明天皇の第二子の睦仁親王が実は替え玉、すり替えだったという説です。


・明治維新の時、徳川幕府は政権を天皇に返還し大政奉還をした。

・時の天皇は孝明天皇だが、政権を担いだ薩摩と長州は政権運用上、扱いやすいお上が必要だった。

・そこで倒幕派は、35歳の孝明天皇を暗殺し、皇位継承者の睦仁親王をすり替えてしまった。

・すり替わって明治天皇になったのは、南朝系天皇の血を引き、長州に擁立された大室寅之祐という16歳の少年だった。

と、いうものです。

a0253145_1703058.jpg

この説の根拠は色々あるのだが、睦仁親王時代の写真と、即位後の明治天皇時代の写真の様子の違いが大きく挙げられています。

とても同一人物とは思えない程の変わりようですね。

事実、幼少期には腺病質で身体も細くていつも泣いていたという人物が、明治天皇になると大男に変身し、馬で駆け回るわ、周りの者を相撲で投げ飛ばすわ、体格も気質も、まるで別人のようになってしまったと言います。


この大室寅之祐という人物は自分が偽物であるという事実を隠すために自らの写真は全く撮らせる事がなく、公衆の面前にも顔を出さず、皇居の奥で蟄居同然の暮らしをしていたらしい。

謀略を謀った明治政府の立役者達は、その秘密を守り抜くため、天皇を京都から東京へ移し、無理やり天皇制を奨励してしまった。

 「日本は万世一系の天皇が統治する」 

 「天皇は神聖にして侵すべからず」

それが世に有名な明治憲法で、天皇を神格化しベールに隠すための憲法だった、というトンデモ説なのです。

a0253145_1705128.jpg


どうやら物事には何事も、裏と表があるみたいですね。

茶道では表千家と裏千家。

政治には右翼と左翼。

仏教には顕教と密教。

そして神道の世界にも表と裏があって、二重構造になっていると言われてます。


表の天皇は祭祀や外交でお忙しい、あくまでも表の天皇。

しかし、裏天皇は秘密結社を従えて裏から日本を動かしているという、ワクワクするような噂であります。

それが今年2013年、伊勢神宮と出雲大社の式年遷宮が同時に行われ、神道界で何らかの融合が起こり、新しい動きが出てくるとの予測があるのです。

日本を裏から支える霊的集団は、日本の天皇家に何かあった時に、天皇に代わるシステムを保持してるらしいのですが、普段は表に出て来る事はないし名乗りを上げる事もない。

代々に渡って裏天皇を守って来た家系が、秘密結社を作っているといいます。

そしていよいよ時は満ち、それら霊的集団は日本の国土の傷口を癒し、反撃に転ずる準備に取りかかり始めたというのです。


それは一体どういう事なのか?

ミステリーさながらの推理力で、脳をフル回転させてみて下さい。

・今上天皇が退位し、新天皇は京都に移る?

・皇室は国家元首の立場をやめて、神祀りの一族になる?

・都は京都に遷都され、東日本は衰退して行く?

・朝廷自体が分裂し、南北朝時代がまたやって来る?


いや〜、世の中の真実って奴は、本当は一体どうなっているんでしょうねぇ。

いずれにしても、ニッポン、頑張れ〜!


 

[PR]
by viva1213yumiko | 2013-04-22 17:02 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

カミもホトケもいるんです

a0253145_196479.jpg
日本人に「あなたの宗教はなんですか?」と質問すると「無宗教です」と答える人が多いですよね。

「私は仏教を信じています」とか「私はキリスト教です」とか、はっきり答えられる人はかなり少数なんじゃないでしょうか。


私自身、教会幼稚園でイースターやサンクスギビングやクリスマス・キャロルの洗礼と刷り込みを受け、キリスト教行事の暦に馴染んで成長して参りました。

父親が亡くなり「やれ葬式」という段になって、初めて日蓮宗の家系である事を意識させられたのですが、日本的神仏信仰や日本人の霊魂観について、それまで考えた事すらなかったというのが正直なところです。


正月には初詣をし、お彼岸には墓参りもし、法事も七五三もするけど、実際のところ日本人の宗教観ってどんなものだったのでしょう?

昔の日本人の霊魂観を知りたくなりました。

a0253145_1973149.jpg

日本人はもともと神道の習俗による霊魂観を持っていました。

死んだばかりの霊魂の事を荒御霊(アラミタマ)と呼んでいました。

字のごとく荒々しい魂です。

そのアラミタマが時間を経て和やかになり落ち着くと、和御霊(ニギミタマ)へと変化するのです。

昔の人は、この荒々しいアラミタマの事をホトケ、穏やかなニギミタマの事をカミと呼んでいました。

ホトケの中でも特に、死んだばかりの一周忌までの霊魂を精霊(ショウリョウ)と呼びます。

精霊はあの世にまだ居場所がないので、現世に未練を残して荒れ狂っている。

ことさら荒ぶる霊魂なので祟る(タタル)と考えられたのです。


死者が出るとその家の家族・親類縁者には死の穢れ、死穢(シエ)がついてくると見なされました。

だから49日は村人と付き合わず、忌中(キチュウ)として隔離したのです。

昔の人は死の祟りを信じ、とても怖がっていたのです。

それで49日から三回忌までに、残された者たちで魂鎮め(タマシズメ)をする事になった。

この鎮魂儀礼を担当したのが、大陸から伝わり日本に定着するようになった仏教だったのです。

49日・一周忌・三回忌と、荒御霊にお経を唱え魂鎮めをして行くと、荒れていたホトケは少しずつ慰められて安らかになり、33年で和御霊つまりカミになると信じられていました。

カミになってしまうと霊魂はもう祟らない。

個人の魂というよりその土地や自然の魂になり、村のカミ・田のカミになったりして村人達に豊作をもたらすのです。

村落共同体にとってメリットのある存在になる訳なのです。

[ホトケが浄化されてカミになる]

本来、この神と仏の2本立ての考え方があったので神道と仏教はうまく習合して秩序を保っていられたのです。

だから日本人にとっては、カミは死者の数ほどいて何ら不思議ではありません。
a0253145_1981091.jpg


昔から日本人は自分たちが色々な神様と一緒に住んでいると考えて来ました。

日本人は空気そのものにまで神性を感じて生きています。

空気の「気」はカミを指す概念で、気配(ケハイ)とか物の怪(モノノケ)とか言いますよね。

人と人との間にすら神様は存在すると考え、カミに気配りをしたのです。

神様と一緒だと元気(ゲンキ)になり、カミを忘れていると気が枯れて気枯れ(ケガレ)てしまう。

場の空気を読んで気配りしないと、カミはすぐにいなくなってしまうからです。

田んぼや樹木だけでなく、空気にさえカミがいるのだから、神道ってやっぱりアミニズム的ですよね。

一神教の人から見れば、ロゴスがなくて曖昧に見えるのも当然ですね。


ユダヤ・キリスト教の一神教的絶対関係が、長年男性型の国家主義やグローバル資本主義を先導し、その結果我々は行き詰まってしまったんですよね。

本来ならそれに対抗すべき仏の教えも、現代人にとっては葬式の時しかお目にかかれない代物で、かなりお寒い状況となっています。

自然を直感したり、自然とバランスを取ったり出来る、本来の人間の生き方にたどり着くためには、一神教的男性原理に対抗してもっともっと女性原理を開花させるべきなんだと思います。

事実「女神の時代の復権が、この危機の時代に望ましい姿である」と、色々な方面で囁かれているんですよ。
a0253145_1952979.png

 女たちよ、目覚めなさい!

 これからは<女・子供の時代>なんです。




 

[PR]
by viva1213yumiko | 2013-04-16 14:07 | 人生・霊性 | Comments(0)

食料を制するもの世界を制す

旅に出てよその国を覗くと、改めて日本の良いところ悪いところを感じたりするものです。

恵まれた四季の恵み、お天道様に感謝し、回りとの調和を重んじて生きて来た日本人。

おおらかで素朴、清潔で器用、律儀で礼儀正しく精神的にも豊かな国民性。

甘ちゃんで、なあなあで、長く低迷してるけど、いざとなると底力のある、そんな<美しいニッポン>を大切にしたいですよね。

a0253145_1541910.jpg

それなのに「TPP参加で日本の農村部崩壊の可能性あり」とは聞き捨てならない話しです。

外国産の安価な農産物が大量に市場に流れたら、家族経営でこじんまり生活をささえている農家さんにとっては死活問題です。

元来<身土不二>と言う言葉の通り、身体と土地とは切っても切れない関係なんですよね。

自然の恵みとは身体にとって実に上手く出来ていて、季節の食べ物は生活圏の近くから調達することが一番の健康法であり、全ての生物にとって望ましい姿なのです。

遠いところからやって来る保存料まみれの作物では、命を育む生命力が感じられません。


TPP、それは米国の圧力により日本の国家主権が脅かされる危機でもあるのです。

正確には米国の圧力というよりユダヤ金融資本体制による圧力といえるのでしょうが、幕末にはペリーが黒船で開国を迫り、大戦後はマッカーサーが民主主義を植え付け、徐々に日本民族の精神<大和魂>破壊の準備は成されて来ました。

そして今、日本民族が守って来た<瑞穂の国>の生態系さえも破壊されかねない状況です。

なんでもシオニストは長年の日本研究の結論として「農村を破壊すれば日本民族滅亡作戦の8割方は完成する」と見ている、という恐ろしい話しもあるんだそうですよ。

あくまでも<日本の農業>ではなく、<日本の農村>という点がポイントです。

明治新政府の土地農地私有化政策がその第一段階。

そして敗戦後の占領下には民法が制定され、均分相続制となり農家は粉々にさせられてしまいました。

国民のパン食化、洋食化で食料自給率は3割にまで落ちてしまいました。

農村はとっくの昔に荒廃し、農家の跡継ぎはいなくなっているのです。

そしていよいよTPP。

a0253145_15425915.jpg

[食料を制するもの世界を制す]

メキシコやアルゼンチン、インドなど遺伝子組換え作物導入の結果、かえって食料難になってしまった国もあります。

地球温暖化でエネルギー不足・食料不足になるので「生産性の高い遺伝子組換え作物が必要」と、詐欺まがいのプロパガンダ。

そうやって種子と農薬をセットで売りつける、モンサントみたいな巨大企業は危険極まりない存在です。

<遺伝子警察>にしても<ターミネーター種子>にしても、このやり口は独裁政治と同じじゃないですか。


まるでSFみたいですが、今のモンサント食料を何十年と食べつづけると、不妊になり、奇形児を生み、体は小柄になり、脳も小さくなってあまりものを考えない家畜化した人種が出現する、との未来予想もあるのです。

この会社のとてつもない危険性については、映画<モンサントの不自然な食べ物>の他、YouTubeにも色々アップされているので知らない人は是非見てみて下さい。

a0253145_154271.jpg

グローバリゼーションという美名の下には、<人類家畜化計画>や<人口削減化計画>が見え隠れしていると言われています。

それらに強く抵抗した者は、リビアのカダフィ大佐といいベネズエラのチャベス大統領といい、あらゆる形でヒットマンが送られるのだそうです。

ネット社会でリークされ、既にミエミエ、バレバレになっている真実の世界図。

それは生物多様性に富む<蒼き美しい地球>の姿ではなく、企業や国家間のエゴイズムでシミだらけのボロボロな世界地図だったという訳なのです。

一体人間はどこまで進めば、その愚かさに目覚めるのでしょうか?




[PR]
by viva1213yumiko | 2013-03-18 12:29 | 衣・食・住 | Comments(0)

謹賀新年

a0253145_1393782.jpg


新年あけましておめでとうございます。

新しい一年が始まる朝でございます。


昨日と何ら変わりない朝の訪れではありますが、暦が変わっただけで気分一新。

「今年もまた頑張るぞ」と、リセットモードになってしまいますね。


皆様、本年もまた昨年同様に、是非よろしくお願い申し上げます。



a0253145_1346611.jpg


お正月とは本来、新しい一年を司る年神様をお迎えし、祝う行事です。

年神様は一年の始めにやって来て、その年の豊穣や家族の健康を約束してくれる神様の事。

寄り代である松を目指して家に降りて来ます。


もともと門松は、「松を飾って神を待つ」という意味から来たんだそうです。

鏡餅も稲霊(いなだま)、つまり稲の神様の魂の象徴とされるお餅を、神事で使われる鏡の形になぞらえたものの事。

その上に<橙>(だいだい)を飾るのは、<代々>子孫繁栄しますようにという願いなのです。



暦が変わってリセットされて、何もかもが新しく真っ白な状態になると、する事なす事皆んな新鮮で、初めての出会いのように感じられます。


お正月は<初めてする事>がたくさんありますよね。


その年最初の朝日を拝む<初日の出>にはじまって・・・

最初のお参り<初詣>

最初のお風呂<初風呂>

最初のお化粧<初鏡>

最初の競りの<初荷>

最初のお茶会<初釜>

最初のお習字<書き初め>

最初の水を汲む<若水>

消防の<出初め式>


まだまだ他にもありますよ。

初仕事

初デート

秘め初め

初競馬

初はじき

初カラオケ

初ゲーム

どれもみな、ハレの日の聖なる行事と捉えれば、世俗の営みを超越した何かが見つかるかも知れませんね。


a0253145_1324334.jpg


そして、新年に初めて見る夢は・・・<初夢>


一般的には元旦の夜に見る夢の事をいいますが、大晦日や2日の夜という考え方もあるみたいですね。



その年の吉兆を占う大切なものと考えられて来たので、何とかいい夢を見ようと昔の人は色々おまじないをしてました。

宝船の絵を枕の下に入れて寝るというおまじないです。


悪い夢を見た時は、その絵を水に流せば良いと言われていました。

室町時代からこの風習が流行り出したようで、現代でも神社などで、おまじないのための宝船の絵が手に入る所もあるようです。


また悪夢を食べると言われる、中国の想像上の動物<獏>

<獏>という字や絵を書いた紙にも、同様の効果があるとされます。


そして、[永き夜の 遠の眠りの皆目覚め 波乗り船の音の良きかな] (なかきよの とおのねふりの みなめさめ なみのりふねの おとのよきかな)という、上から読んでも下から読んでも同じ言葉の回文歌を枕に敷く方法もあるのだそうです。

なぜに回文なのかは知る由もないけど、何だか面白いですよね。

こうなって来ると、「竹やぶ焼けた」 「素直なおナス」 「冷凍トイレ」なんかの効果も試してみたくなります。


a0253145_13134369.jpg


昔から縁起が良いとされている<初夢ランキング>は、


[一富士、二鷹、三なすび、 四扇、五煙草、六座頭] 


富士山のような末広がりのものや、鷹のように大空を高く舞うもの、「事をなす・財をなす」「ケガない」などの掛け言葉につながるものが良いとされているようです。



今年一年の運勢の象徴。

みなさんはどんな夢を見るのでしょうか。


心に宿る素敵なイメージをしっかりと握り締め、現実の世界もまた共に、夢のように育んで行こうじゃありませんか。


a0253145_13101322.jpg




[PR]
by viva1213yumiko | 2013-01-01 09:43 | 季節・行事 | Comments(0)