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チャクラ、渦を巻く

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私はチャクラのヒーリングをしてます。


7つのチャクラを分析して不具合があれば<癒し>、ニュートラルな状態へと戻し、咲かずじまいでいる個性を<能力開発>する。


そんな感じのメソッドを行ってます。


人間ドックの臓器検査と同じです。


チャクラの健康状態をひとつづつチェックして、悪い部分を見つけ出し、ベストな状態に調整する。


<思考><感情><肉体>のそれぞれが調和して働くように、内面からのアプローチをして行きます。


その人本来の個性や能力が発揮されやすい状況を、意図的にセッティングする訳です。



セッションは目に見えない原因界の情報を使うので、やはりスピリチュアル寄りのメソッドと言えるのでしょう。


そこに心理カウンセリングの要素を加え、クライアントさんの手を取って、共に潜在意識へとダイブする。


そこでは慣れ親しんだいつもの自分より、もっと深いレベルで自分自身に出会えます。


その出会いが<自己変容>を促すんですね~


「自分を変えたい人」「もっと成長したい人」「自分の本音を知りたい人」「使命や天命を探してる人」・・・等々。


それぞれの願いに寄り添いつつ、人間の変容プロセスをサポートしています。


依頼者には「今の自分には十分満足している。変わりたい訳じゃなくチャクラの状態を知りたいのだ」という方も結構多い。


チャクラエネルギーをチェックすることで、潜在意識にどんなカルマが眠っているか、どういう影響を与えているか、確認したいという訳です。



おっと・・・


そもそも「チャクラとは何か」知らない人も多いですよね。


今回はそこら辺の説明をしてみようかな?


「チャクラとは何か?」


「チャクラにはどんな働きがあるのか?」


初心者の人にも理解できるよう、チャクラを解説してみましょう。



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人気アニメ<NARUTO -ナルト->はチャクラをテーマにした忍者アニメです。


主人公の<うずまきナルト>をはじめ、チャクラのコントロール法を習った忍たちは、チャクラの量と質とで術を成す。


アニメの中でチャクラは<気>のエネルギーと同様に扱われます。


チャクラを練り込みエネルギーを貯めれば、地面や大岩を割るほどの怪力が出る。


チャクラを極めればそれ自体、絶大な威力を持つ武器にもなるのです。



ん? あなたもアニメみたいにチャクラエネルギー貯めたいって?


ぜひぜひそうして欲しいですな。


<NARUTO -ナルト->公式漫画アプリ、チャクラを貯めれば全700話が読めるらしいぞ!(笑)



実は人間の構造って、あなたが思うよりず〜っと複雑な作りをしているんです。


ちょっと自分の肌をつついてみて下さい。


我々はこれを自分の肉体と呼んでます。


誰もそれを疑わないけど、でも真実のあなたはその肉体だけで出来てるのではありません。



肉体って、それだけで独立し存在してる訳じゃないんです。


「それより上層の力によって目的を持って動かされてる」っていう方が、むしろ正解に近い。


<肉体><エーテル体><アストラル体><メンタル体>・・・


肉体の上には見えない次元の階層構造があって、どれもがそれより上層の意図に従って動いています。


生体エネルギーはそのようなシステムなのです。



例えば水を考えてみて下さい。


水は温度の変化により<個体>→<液体>→<気体>へと、簡単に変化するでしょう?


それと同じです。


人間の肉体も死んで環境が変われば変化する。


肉体は流動する不完全な存在なんです。


我々の肉体は「魂がこの世で様々な経験をするための器」みたいなもの。


<いのち>のシステムの中では、肉体とは「現世を生きるための乗り物」に過ぎないんですね。


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この世で活動するために私たちは食べ物を摂取し、エネルギーを取り入れなければなりません。


でもそれだけで生体が維持されるって訳じゃないですよね。


生命力の源、<気>のエネルギーが必要です。


それがあってこそ、初めて<いのち>は生きていられますが、その機能を担っているのがチャクラなのです。


エーテル体からの活力(フォース=気=プラーナ)が、肉体を動かす動力源です。


エネルギーは肉体のあらゆる部分に送られていますが、その分配センターのことをチャクラ(サンスクリット語)と呼んでいます。


チャクラの働きが活発かそうでないかで、対応する肉体部分に大きな影響が現れます。


ざっくり言っちゃうと人の健康って<エネルギーの流れ>次第なんですよね〜


チャクラの働きいかんによって<心と身体と魂の健康>には、凄〜く大きな差が出ちゃうんです。



7つのチャクラそれぞれにはちゃんとした役割があります。


健康の問題だけでなく、性格や考え方・生活態度・人間関係など、エネルギー面で様々な影響をもたらしています。


「もっとチャクラを機能させて、より成熟した人間に成長しなさい」


と、見えない意図が偶然を装って、まるで導いてくれているかのようにです。



見えないチャクラが人にそれほど影響を与えているとは、普通は考えもしませんよね。


でも一歩下がって違う視点になれば、きっと気づきがあるはずです。


<NARUTO>ではチャクラは<精神エネルギー>として解釈されて、忍者の行動すべての重要な資質になってます。


それはアニメの世界だけの話しでしょうか?


いいえ。


仕事・恋愛・健康など幸福な人生のためには、溢れ出る溌剌としたエネルギーが必要ですよね。


エネルギーは目には見えないけど確実に存在していて、それが人間の心と体を形作っています。


幸福な人生を決定づけるのは、チャクラを通じて流れる<あなた独自のエネルギー>そのものです。


そのエネルギーの<量>と<質>とが幸せを決めているんですね。


注 : ここで言う「目に見えないエネルギー」とは、幽霊とか霊感とかそういった類のものとはほぼ関係ありません。

  むしろ感動とか、胸のときめき、不意に来るひらめき等、何かのはずみで訪れる超感覚に近いもののように思われます。


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こう聞いてしまうと、やはりチャクラを増やしたいですよね〜

でもどうすれば増やせるのでしょう?


食事・睡眠・休息・行動・瞑想・心構え・生活態度・・・


方法は色々ありますが、基本は自分の内側と外側を清潔にし、常に浄化を心がけることですかね?


時間のかかる作業だけど「自分の中の不純性を排除する」ことが肝心なのです。


そしてエネルギーの風通しを良くする。


するとそれに同調するようにあなた自身の<運>も上昇します。


チャクラの勢いが増すと<心・からだ・魂>がトータルで癒されるからです。


だから他の誰かが決めた幸せでなく、自分自身のための幸福<オンリーワンの幸せ>を手に入れられるんですね。



我々は誰も皆、親や教師や社会から、<常識>という名の思い込みをシャワーのように常に浴び続けます。


その思い込みが自分の生き方にマッチしてたら良いですよ。


でもあなたの可能性を却って潰すことの方が多い。


大概の人はどこかのチャクラでエネルギー不足だったり、逆にエネルギー過剰で詰まっていたりで、なかなかスムーズに流れません。


だから時にはチャクラにも大掃除が必要。


エネルギーの通りを良くすれば、眠ったままの潜在力の有効利用が出来るのです。



アニメ<ナルト>の主人公。


名前は<うずまきナルト>と言うんです。


これは偶然じゃなく、チャクラのエネルギーもホントに渦を巻いているんです。


米国のヒーラー、バーバラ・ブレナン女史は「チャクラエネルギーは肉体の前後から時計回りの渦を巻いてる」と言ってます。


台風も、竜巻も、お風呂の栓を抜いても、エネルギーは渦を巻く。


自然エネルギーっていうのは基本、渦巻がお気に召してるみたいです。(笑)



兎にも角にも宇宙に充満したエネルギーを頂き、日々私たちが「生かされている」のは間違いないようです。


奇跡に満ちた世界からせっかく授かった<いのち>です。


死ぬ時後悔しないようにエネルギーを燃焼し、この<いのち>って奴を、お互い全うしようではありませんか。


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おまけ : 雑誌掲載記事



業務連絡 : HPはこちら






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by viva1213yumiko | 2018-10-29 09:31 | 人生・霊性 | Comments(0)

キャベツくん湿布

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熱中症厳重注意のある夏の午後、一通のこのようなメールが届きました。




暑中お見舞い申し上げます。☀️😧☀️

下記、おすすめの

‘’キャベツくん湿布‘’のご紹介です。

*****************************

キャベツの葉を足の裏に貼って寝ると内蔵の疲れを取ってくれます。

冷蔵庫で冷やして使うと、

ひんやりしてとても気持ちが良いです。

歩き疲れたり、立ち疲れたり、火照って熱くなった後も、疲れを取ってくれ、

ぐっすり眠られます。

スーパーで捨てられているもの(食べない部分)を貰って来て使えます。

土踏まずに、丸めたキャベツの芯を当てるように、足の裏にうまく収まるように丸めて、中タオルでぐるりと一巻きし結んで寝ます。

ちょっと面倒かもしれませんが、酷暑の夜の寝苦しさにも良いかと思います。

*****************************

身体に十分気をつけて顔晴って行()かれたらと思います。✨🐵✨

Kより





生でよし、煮ても焼いても、蒸してもOK。


キャベツといえば横綱クラスの万能野菜ですよね。


でもキャベツって、古代ギリシャやローマの頃からすでに薬草だったみたいなんです。


胃腸の調子を整えるだけじゃなく、打撲や炎症の湿布薬としても認められてました。


知ってましたか? 痛みや熱を取るためのキャベツ。


キャベツの効能は今でも民間療法として伝えられているんです。


どれも痛みや腫れのある部分にキャベツの葉をあて、そして患部を包むだけ。


<キャベツくん>って滅茶苦茶シンプルな、自然療法の薬なんですよね。


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例えば熱が出た時は・・・


そんな時はキャベツの葉を頭にかぶせ<キャベツ帽子>にしたり、<キャベツ枕>にして寝ると良い。


これ、子供がやると<キャベツ畑人形>(昔流行った)みたいでなかなか可愛いいです。


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例えば膝が痛む時・・・


軟骨のすり減りから来る<変形性膝関節痛>には、毎日2時間ほどキャベツを膝にラップで巻くと痛みが緩和される。


通常の痛み止めジェル剤と同じ程度の効果があると、研究チームの論文も出てるそうですよ。



例えばおっぱいが痛む時・・・


授乳中のママたちの<おっぱいの痛み・胸のハリ>には、キャベツの葉っぱを冷蔵庫で冷やし、乳房にあてると良い。


痛くてツラい<乳腺炎>の対策に、ひんやりと気持ち良く、症状が和らぐと紹介されています。


つまりキャベツの<ボディクーラー・ブラ>って訳ですね。



そして熱帯夜で足が火照って眠れないなら・・・


洗って水気を切ったキャベツを足に巻き重ね、タオルで包んで寝るが良い。


するとキャベツが体温でしんなり足に馴染んで、熱感が取れるとある。


爽快感が得られてすぐに眠れるようになるとあったのです。





人生とは幾千もの偶然が絡み合う、美しい織物のような世界。


こういう状況に出会うたびに、目に見えぬ誰かが「何かを知らせようとしてるな?」「どんな意味があるのかな?」と、そう考えてしまう私。


そういうタイプの人間なんです。


なので早速メールにあった要領で、足裏アーチに芯をあてがい、<キャベツくん>を足に包んで寝てみました。



すると、思った以上に良かったんですよ~、これが。


正直、最初は馬鹿にしていたのだが、やってみるとすこぶるに良い。


確かに足がヒンヤリとし、気持ち良~く眠りにつける。


しかも更に嬉しいことに、キャベツの栄養成分でお肌がしっとり滑らかだ。


夏はサンダル履きで素足を露出するので、どうしても足先のガサガサが気になる。


しかしキャベツのビタミンCが吸収されるか、爪先の辺りまでやけにしっとりしてるじゃないか。


軽石で血が滲むほどこすっていた、頑固な小指のタコもふんわり柔らかくなっている。


足指のフットケアにキャベツが効くとは・・・


べディキュアする時<キャベツくん>、これ、超イイかも!



そう思って私は、10本の足指に次々とキャベツの切れっ端を巻いて行った。


キャベツって英語の悪口だと「間抜けな人」「バカ」「低脳」の意味があるんですって。


小ぶりなロールキャベツ10個が出来上がった時、なぜか急にそのことを思い出してしまった。


間抜けな足指のロール・キャベツたち・・・


英語の悪口がすっごく的を得てるって、その時初めてハッと気づいてしまいました。




夢占いによると、キャベツは<愛情>や<女性性>や<繁栄>などを象徴しているそうです。


そして<金運アップ>や<豊穣>も暗示するとあり、なかなかに縁起がよろしい。


<キャベツくん湿布>に癒されて、そのまま眠りにつけたなら、熱帯夜の夜でも幸せな夢が見れそうだ。



ひんやりとした<キャベツくん>の愛に包まれ、共に過ごす<真夏の夜の夢>


<キャベツくん>は一枚一枚マントを剥いで、私を守ってくれている。


真夏の恋人は<夜の救世主>でもある。


恋人は魔女の呪いでキャベツにされた、孤独な<キャベツの王子>かも知れません。


熱帯夜の夜、<キャベツ王子>とねんごろの私。


<真夏の夜の夢>


開けてはならない禁断の扉が、そお〜っと開いて行く。



<真夏の夜の夢>って、ちょっとヤバくない?


ヤバいよ、ヤバいよ・・・別の意味でね。


暑さに相当やられてる。(笑)


  


「恋するものとキチガイは、共に頭が煮えたぎり、ありもしない幻を作り出す。そのために冷静な理性では思いも寄らぬことを考えつく。狂人・恋人・それに詩人といった連中は、すべてこれ想像力の塊と言ってよい。」 

   <真夏の夜の夢>より  W・シェイクスピア  





そうそう、おとぎ話でひとつ思い出しました。


エロール・ル・カインという絵本作家の<キャベツ姫>という作品。


昔ざっくり読んだだけだが、確かこんなお話だったと思います。



ある国の王様はいつも文句ばかり言って、お城の中の家族や家来たちをけなしてばかりいた。


王様には年頃になった美しいお姫様がいて、求婚者がたくさんいたが、内気な性格でみんな断ってしまっていた。


ある日<森の王様>と名乗る男からお姫様をお嫁に欲しいと申し込まれたのだが、その男の容貌を見た目で判断し追い返してしまう。


恨みを買った王様は、その男から「自分の不平不満が現実になる」という呪いをかけられてしまうのです。


すると申し分のない縁談をまた断ったお姫さまを「意気地なしのぼんくらキャベツ!」と罵り、お姫さまはたちまちキャベツ姿の<キャベツ姫>になってしまった。


侍女たちもニンジンやキュウリなどの野菜になった。


お妃様はメンドリに、王子様はクジャクに、大臣たちはブタに、総理大臣は年取ったヤギになり、王様のお世話をする者は誰もいなくなってしまった。


さて、王様とキャベツ姫や王国の人々は無事に呪いを解き、幸せを取り戻すことができるのでしょうか?




このお話の教訓は「口は災いのもと」でしょうか?


日頃から心で唱えてることはその人の現実を作る、だから気をつけなさいってことですね。


本当の心を見ようとせず、人を見た目で判断し、悪たれ口ばかり放つ王様は、自分自身の醜い心に自ら支配されてしまいました。


誰にでも裏と表の両方の顔があるけど、自分の中のネガティヴな部分に支配されないよう十分に注意しないと、自分だけでなく周りの人間も不幸にしてしまう。


<キャベツ姫>はそこら辺をシニカルにユーモラスに教えているんですね。




おとぎ話には人生のエッセンスが散りばめられています。


生きるための知恵がたくさん詰まっていて、決して子供のためだけのものではありません。


大人になって読み返すと、いつも新しい発見が見つかります。


不思議な魔法で、世界を別の角度から見せるからなんですね。



<キャベツくん湿布>はもちろんのこと、<キャベツ王子>も<キャベツ姫>も、<キャベツの救世主>も皆んなおんなじです。


私たちをホッと一息つかせて、やんわり心を癒してくれる、そんな力を持っているんですね。


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おまけ:ブランジスタの電子雑誌<SUPER CEO>にご紹介頂きました。



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by viva1213yumiko | 2018-08-12 12:03 | 美容・健康 | Comments(0)

心の鬼退治


今年の冬は寒いですね。


シベリアからの寒気団が日本列島にどっかり腰を下ろしているので、身体の調子をすっかり崩しちゃってる人も多いみたいです。


生命エネルギーとはあくまでも巡ってナンボのもの。


こんなに寒くては巡るべきものだって上手く回りません。


でもだからと言って意思の力で無理やりエネルギッシュに振舞っても、これまた結局ツケが回る。


そこら辺の感覚には十分繊細にいて欲しいのです。


だって考えてもみて下さい?


野生の生き物なら冬眠してる時期ですよ。


我々人間だけが自然界のリズムに逆らって活動してるのは、どこかに無理がありませんか?



私オススメの真冬の過ごし方を教えましょう。


ふふ、それはね・・・


<心の浄化>なのです。


真冬は<心の浄化>にピッタリの時期です。


温泉に入るのなんかもそれに含まれる? 


そうそう、それそれ、まさにドンピシャ!


真冬の温泉にはみんな無意識に浄化を求めています。


冷え込みのキツいこの時期だからこそ、外向きの活動を控え、自分の内面を覗いて心のケアを図る。


<心の浄化>に意識を注げば、それに連動して肉体にも調和が戻ります。


心と身体はリンクしてるのです。


人間のエネルギーシステムはそういう風に出来てるんですね。



古代の日本人は災害や病気などの原因不明の厄災は、すべて<鬼>のせいだと考えていました。


<鬼>という言葉は「おぬ」(陰の意)が転じたものだそう。


それは<目に見えないもの><この世ならざるもの>のことを意味します。


節分に<豆まき>して<鬼退治>するのは、姿の見えない邪気や物の怪を祓って、良からぬエネルギーをフィールド内に呼ばないためです。


生体エネルギーが弱まるこの時期に負けぬように<鬼退治>をするのです。


(ま、それはあくまでも象徴としての<鬼退治>なんですけどね・・・)



だけどホントの<鬼>っていうのは、外の世界じゃなく内界にいます。


我々の中にある恐怖心・畏怖・憎しみ・嫉妬心・情念の深さ・奇怪なもの・死者の姿・餓鬼の姿・・・


それらはみんな<鬼>なのです。


誰の心の中にもひっそりと隠れている。


そして時々<悪さ>する。


だから<鬼>を暴れさせないために魔除けの<儀式>が必要だった。


それが<豆まき>の由来です。


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真冬の寒さは狡猾で、<鬼>は人の最も弱い部分を攻撃して来る。


身体が冷えれば血液循環が悪くなり、血圧が下がり、手足のしびれや関節痛が気になり出す。


臓器の働きも鈍くなり、エネルギー消費自体省エネモードに替わります。


それだけではありません。


不安や恐怖、思い込みや考えすぎる傾向の人や、自己肯定感の低い人は、胃腸や腎臓、肝臓などを痛めやすい。


愛を拒絶し、悲しみやうしろめたさを感じやすい人は、肺や心臓など胸部周辺の疾患にかかりやすい。


また自己表現をキチンとしない人、我慢強すぎる人などは、肩、喉、首、顎などの疾患に注意が必要。


このように<鬼>はあなたの弱点を、当人よりも熟知してるのです。



でも病気の症状が出たってことは、それは「ある種の恵みである」とも言えます。


不謹慎に思うかも知れませんが、ちょっと発想をひねって考えてみましょうか。


病気の時には慌てないで「身体が何かを訴えているのだ」と、そのように考えられませんか?


痛みや症状をちょっとだけ脇に置くことは出来そうですか?


「自分の身体はこんなにも我慢していたんだなぁ~」


「ストレスをいっぱい溜めていたんだなぁ~」


っていう風に、60兆個の細胞の立場に立って世界を見るのです。



「病気になったということは、何かの意味があるはずだ」と、探ってみると良いでしょう。


どこかに無理な力が働いてなかっただろうか?


病気はどんなメッセージを伝えたがっているのだろうか?


そのように逆転の発想で考えたら、そこから色んな気づきが得られるでしょう。


自分の身体が本音を語り始めるはずです。




冬の寒さは自分の内面との邂逅にまさしくピッタリです。


忙しさにかまけず心と対話してあげましょう。


もっともっと身体を構ってあげなきゃダメです。


長いこと逢えなかった恋人に再開した時のように、自分を優しく労わりましょう。


自分自身を十分愛してあげて下さい。



そうは言っても様々なストレスで、時にバランスを崩してしまうこともあります。


そんな時には自分を責めないように注意しましょう。


病気になった時は慌てず騒がず、病気の自分を否定も肯定もせずに、ただひたすらに自己受容すること。


それが最初のステップです。


そして病気を師と思い、病気から学ぶこと。


病気を憎むべき敵と思わずに<魂からの大切なメッセージ>だと考える。


そう発想出来るように自分を持って行くのです。


モチロンそんなに容易いものじゃないって、重々承知はしています。


でも問題に隠されたテーマを見つけ、理解して学ばない限り、そこから一歩も前に踏み出せません。


乱れたエネルギーバランスを取り戻すには、学びと成長が不可欠なのです。



このようにスピリチュアルな考え方の中には、180度違う角度からの発送を強いられるものも多いです。


だから頭が硬いままだと、痛みは却って長引くかも知れません。


そしてつい「非科学的だ!」「胡散臭い!」って言いたくなっちゃう訳ですね。


でも世の中の常識なんて、便宜上取りあえず成立してることばかりですよ。


天動説も地動説も結局どちらも正しいように、科学の正しさも常に変わってます。



病気は人が心や感情面での成長を止めてしまい、宇宙からのエネルギーの流れを閉鎖してしまうことで発生する。


見方を変えるなら、病気とは<内なる戦い>なのだと思います。


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     大事なことは目に見えない


     見えないけれどあるんだよ      



                金子みすず



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by viva1213yumiko | 2018-02-04 01:58 | 季節・行事 | Comments(0)

しかばねのポーズ


現在、週に3回位のペースでヨガ・スタジオに通っている。


最初の頃は身体が硬く、呼吸もままならない状態だったが、人間とは色々なことに慣れて行くものですねぇ〜


自分の奇妙なポーズを鏡に映して見るたびに、人間の可能性の不思議さを改めて感じてしまいます。


ヨガってインドで5千年前、「肉体と精神を最も安定した状態に近づける方法」として考案されたのだそうです。


集中力が高まり、乱れた心を一点に結びつける作用があります。


<ポーズ>と<呼吸法>と<瞑想効果>がミックスされ、無理なく続けられる健康法として味方になってくれてます。


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そんなヨガの中に<しかばねのポーズ>と呼ばれるものがあります。


<しかばねのポーズ>はヨガレッスンの最後に行うポーズで、大の字で床に寝転びクールダウンをする。


時間にすると5分か10分ぐらい。


呼吸を整え身体をゆるめ、リラックスさせる効果があります。



<しかばねのポーズ>は万能のポーズ。


サンスクリット語で<シャバ・アーサナ>と呼ばれます。


因みに、サンスクリット語で<シャバ・娑婆>とは<忍耐>の意味だそう。


だから<シャバ・アーサナ>は「現世の自由が拘束された世界から、もっと自由な世界を目指すポーズ」と言えます。


インドの宗教では<死>は「肉体から魂が抜け出した状態」と教えるのですが、その状態を疑似体験するポーズです。


「生きたまま魂を肉体から抜け出させるポーズ」と、言えるかも知れませんね。



<シャバ・アーサナ>は究極のリラックスポーズです。


脳を休め、ストレスを軽減し、体の緊張をほぐし、頭痛・疲労・不眠症の緩和、血圧の降下促進などの働きがあります。


「質の良いシャバ・アーサナは一晩の眠りにも匹敵するほどのリラクゼーション効果がある」


と、そう言われるくらい大事なものです。


亡骸のように全身の力を抜き、大地に身を委ね、心と身体を全てのことから解放する。


それまで強いられて来た緊張を解いてニュートラルな状態に戻し、<いのち>そのものを体験する。


ヨガではそれを目的にしてます。


<いのち>が尽きると身体は動かなくなる。


その究極の<静>の状態を体感するためです。


やはり<死>を擬似体験するポーズなんですね。


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私はこの<シャバ・アーサナ>が大好き。


だって、ものスゴ~く気持ち良いんだもの。


この状態が<死>と呼ばれてるもの?


だとしたら本物の<死>とは<快楽の極致>を超えちゃってますね。


<死>というものがこんなに気持ち良いのなら・・・


私、正直、死ぬのが楽しみです。


<死>とは異次元ワールドへの通過点。


ディズニーランドの入り口で、これからの体験にワクワク・ドキドキ期待するのと、何も変わらないような気がします。


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「私たちは死んだらどこへ行くのだろう?」


「死後には一体何があるのだろう?」


色々な気晴らしで忘れようとしても、この本質的な疑問は振り払えません。



臨死体験の研究症例では「脳の機能の停止と共に意識は身体の外に出て行く」と、当たり前のように事例報告されてます。


救命救急センターの職員や緩和ケアのスタッフは、一度や二度は必ずその手の話を聞いてるそうです。


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臨死体験をした者は皆、体験後に大きく変わってしまうという。


臨死体験者は死後の世界をかい間見て、非常にポジティブな衝撃を受け「自分は肉体に宿った精神そのものだ」という確信に至るそうです。


ほとんどの人が死は終わりでなく、通過点だと考えるようになるらしい。


物質的な価値観から距離をおく人も多いと言います。


本当に大切なものは<意識>や<知恵>であり、<人を愛する心>や<愛する人たちとの絆>だけなのだと信じ始めるそうです。


どうやら一度死後の世界を信じると、人生が劇的に変わるようなのです。


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ヨガクラスでは毎回、小さな<死>を疑似体験しちゃうんです。


自分の身体のコントロールを手放し、呼吸のコントロールも手放し、緊張を意図的にほどくのがコツですね。


<死>の体験はとにかくメチャクチャ気持ちいいんです!


しかも治癒力も格段とアップするらしいですよ。


上質の<シャバ・アーサナ>ができるようになると、エゴなどの心のコントロールも手放せます。


人は手放すことで初めて受け取る準備が整います。


この場合には、地球が我々をその場にとどめてくれようとする力(グランディング力)を受け取れるでしょう。


重力の力を感じることで<地球からの愛><地球からの承認>を、身体がじんわり受け止める。


すると魂レベルでの浄化がされるのです。


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死体は身体を動かせません。


そして心も動かせない。


心身共に動かさず、心と身体を自分自身から手放してしまうこと。


それが<シャバ・アーサナ>の目的なのです。



私たちの肉体は生きている限り、必ずどこかが活動しています。


単純に手足を動かすだけでなく、心臓や内臓器官を動かしたり、60兆個の細胞内にも常にエネルギーを送り続けてます。


生命維持のために必要な動きがあちこちで行われるよう、脳からは常に指示が出ています。


でも肉体活動を停止したまま、しかも眠らない状態をキープしたなら、意識だけの存在になれるはず。


私たちが肉体を手放すことが出来たなら、<死>と同じ状態を体験することになるでしょう。


だからこの<シャバ・アーサナ>は<死の練習>と言っても良い。


その時意識は<無>の状態です。


呼吸してる肉体があるだけで、本当の<死>の時と何ら変わらない。


裸のまんまの<いのち>になってるはずです。


<シャバ・アーサナ>は限りなく<無>に近い状態で意識を保ち続けることです。


身体を大地に放下して、エゴを手放し自然に還ることなんですね。



死後の世界を信じた人間は人生が大きく変わります。


死後の世界を信じれば、<死>への恐怖も消えてしまう。


物質に支配されていた生活は終わりを告げ、価値観も一変してしまうでしょう。


幸福とは愛やスピリチュアリティ(霊性)と全く同じと感じられ、大変身近なものになるはずです。


そしてその先の未来の姿は、<愛>と<寛容>のイメージになるんじゃないでしょうか?



今、私たちは<普遍的意識>という考え方への転換点にいるのだそうです。


今世紀中に世界中の多くの人が「魂は死後も生き続ける」と、受け入れるようになるだろうと言われてます。


それは避けられない<文明の流れ>なのかも知れませんね。


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by viva1213yumiko | 2018-01-22 17:17 | 美容・健康 | Comments(0)

骨盤王国の物語


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スポーツクラブでピラティスのクラスに参加した時のこと。


クラスの参加者は40~50代の女性が多く、意識高い系の大人の女性ばかりが集まっていた。


あろうことかインストラクターの先生も同じ世代。


だからレッスンは同世代同士の気のおけない雰囲気になり、加齢に伴うあの手の話題で大いに盛り上がりました。


<二の腕のプルプルを解消するエクササイズ><下腹部をスッキリさせるエクササイズ><くびれを保つエクササイズ><バストアップのためのエクササイズ><二重アゴ防止のエクササイズ>


つまり「もう若いとは言えなくなってしまった肉体をこれ以上劣化させないため、どのように対策を講じて行くべきか?」というテーマに流れて行った訳です。


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インストラクターの先生はこう言います。


「骨盤底筋群が弱体化すると内臓が落ちてポッコリお腹になっちゃうんです。若々しい姿勢も保てなくなる。尿漏れの原因にもなっちゃうのよ。だからインナーマッスルが決め手なの。女と生まれたからには骨盤底筋群を鍛えなきゃ!」


女性特有の婦人科系の不調には<骨盤の歪み>や<骨盤の冷え>の解消が何より大切です。


赤ちゃんを迎え入れる、聖なるスペース<骨盤>


<骨盤>って女性のアイデンティティーにとって重要なパーツなんです。


<骨盤>には女の<要石>が存在するんですね。


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先生は重ねてこう言う。


「骨盤底筋群を弱体化させないこと。それが女の花道よ!」


<女の花道>・・・


ふふん、ナイスだわ。


なかなか良いこと言うじゃないの、この先生。


でも何? 一体何を「弱体化させるな」ですって?


<骨盤底キング>・・・?


はは~ん、なるほど。


どうやら骨盤に住んでる王様が、弱体化しちゃってるって訳なのね?


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骨盤の底に筋肉があっただなんて・・・


ましてや<骨盤底筋群>なんて込み入った名称があっただなんて・・・


私はその日その時まで、全く知りもしなかったのだ。


生まれて初めて聞いた言葉に大脳の言語処理機能は上手く働かずに、どうやら誤作動を起こしてしまったようだった。


ふ~む、<骨盤底キング>ねぇ。


それってつまり、骨盤王国に住む王様のことなのよね。



それは、脳の誤作動から得られた<深遠なインスピレーション>とも言えるでしょう。


私の空想はゆっくり目覚め、大きく羽ばたきを始めたのであります。


骨盤王とその王国の物語。


骨盤底筋群から覗く世界。


皆さんにもちょっとお聞かせしてみましょうか。



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骨盤の王国は、度重なる戦争ですっかり荒廃しておりました。


国中のあちこちに敵兵たちの残した銃痕が残り、殺戮と暴力の爪痕がそのままの状態でした。


多くの住民は戦下を逃れ祖国を捨てたので、骨盤王国に残っているのは逃げたくても逃げられない貧しい者や、年老いた者・病んだ者ばかりです。


側近たちは国を捨て亡命するよう王に促しました。


しかし王は、


「自らの力で荒廃した国土を蘇らす。それが余に残された使命じゃ。」


と、国の再建を誓いひとり城に残ったのです。


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王は破壊された王国のために、ひとりコツコツと種を撒き始めました。


傷だらけの大地の再生を願い、蘇りの種を蒔いたのです。


嵐や雷がやって来て、撒いたばかりの種をしばしば吹き飛ばしました。


それでも王は諦めず、いつかの日か王国が花園になることを夢み、また最初から種を撒き続けました。


土をおこし、雑草を取り除き、種を蒔きました。


水を引き、橋をかけ、道を整えました。


気づけば20年の歳月が経っていました。


泥にまみれ、血まみれ汗まみれで鋤を手にした王の姿は、まるで浮浪者同然です。


しかしその瞳の奥には、どんな者よりも美しく光輝いておりました。

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ある日のこと。


骨盤の底の沼地を訪れた王は、この暗くジメジメした毒気をどうすれば取り除けるものかと真剣に考えておりました。


考えに夢中になるあまりついうっかりと手を緩め、持っていた鋤を沼に落としてしまったのです。


鋤がなければ大地は耕せない。


骨盤王国再建の道が閉ざされてしまいます。


王は途方に暮れておりました。


するとこの世のものとは思えないほど美しい女神が沼から現れ、王にこう言いました。


「あなたが落としたものはなあに? この金の斧? それとも銀の斧?」


正直者の王は「違います。落としたのは鋤ですよ。ホームセンターで売ってるような普通の鋤」と、答えました。


骨盤王はとても庶民派だったのです。


王の誠実さを知った女神は大層感激し、骨盤王とその王国の祝福を約束しました。


そして<脊柱>と呼ばれる王国の聖地の<アライメント>を整えるとおっしゃいます。


女神は王国の聖地に息を吹きかけ、かすかな振動を送り込みました。


すると骨盤の底に溜まった淀んだ毒素が霧のように晴れ、眩しい光が差し込んで来たのです。


不思議なことにその光を浴びると、この20年間王が植え続けた種が一斉に芽吹き始め、みるみるうちに骨盤王国を緑でおおって行ったのです。

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次の春、骨盤王国に色とりどりの花が咲き揃った頃。


復興した骨盤王国に次々と帰還した国民の前で、盛大な戴冠式が執り行われました。


女神が現れたあの沼は、こんこんと清水が湧く癒しの泉として人々に知られています。


心と体を癒す伝説の場所と、たくさんの人が身を清めに集います。


その光景を見て王は満足そうに目を細めています。


王様は今日もまた、王国の修理に余念がありません。





追伸:

コンゴの鉱物資源紛争地では住民支配のため、兵士らによるレイプが日常的行われている。


彼らにとってレイプとは、安価で確実な武器である。


無差別レイプテロの標的となった女たちの身体。


それがどれほどの破壊を意味するか、あなたには想像出来るだろうか?


女を破壊すること。


それはつまり大地の破壊を意味している。


女性たちの三分の2までが性暴力の被害者という、ありえない事実がこの地球上に存在している。


その現実に我々はどう向き合うべきなのだろう?


骨盤王国再生のお話しは、そのような事実を知って生まれたもの。


人間の善意と愛とは、いつだって王国再建の原動力になり得るのだ。



女を修理する男








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by viva1213yumiko | 2017-05-29 15:03 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

顔より太もも

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その時私の目は、ある広告ポスターに釘付けになってしまった。


それは戦国武者に扮した若い女性のポスター。


暗雲低く立ち込める中、赤銅色の鎧をまとった二人の美女が、ハチマキをキリッと締めて精悍な視線を投げかけている。


それをお洒落かと問われたら、やはりお洒落と言わなければならない。


しかし若い女性に鎧を着せ、一体何を伝えようとしてるのか、いまいちコンセプトが良く分からない。


私の注意を引いたのは写真でなく、ポスターに載っていたキャッチコピーの方。


そこにはこう記されていた。


顔より太もも。


は? フトモモって・・・? 


果たしてこれは何の広告だろう?


文字の読み間違いかと思い目を凝らしたが、やはりそうじゃない。


顔より太もも。 


確かにそう書かれている。



そこはサラリーマンの聖地、新橋SL広場であった。


ビジネス街だというのになぜかジャンパー姿の人がたくさんいる。


新聞を手に熱心にメモを取る人も多く、どことなく異質な雰囲気だ。


「そうか!」と、私は思った。


新橋駅前にケイリンの場外券売り場があったことを、ようやく思い出したのだ。


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2012/7月から開始された「ガールズケイリン」


国際的な判定基準を導入した女子のプロスポーツなのですが、皆さんはそんなのあるって知ってましたか?


それまでの男の競輪の世界に女子のプロリーグが門戸を開いたものだから、競輪場も華やかになり、すっかりラブリーな雰囲気となりました。


鎧武者の姿でポーズを取るのは「ガールズ・ケイリン」のアイドル的存在。


競輪学校を卒業してプロになった、小川美咲選手と高木真備選手。


「顔より太もも」というキャッチコピーの通り、アイドル並みの可愛らしいフェイスと、顔にギャップする逞ましい太ももの持ち主です。


ケイリン選手の良し悪しを見定めるには、太ももの太さも判定の基準になる。


だから選手たちは身長・体重を公表するように、太もものサイズも発表する。


誰が統計を取ったか知らないが、日本人女子の太ももの平均値は45~50センチなのだそうだ。


公表されている数値だと、小川選手54センチ・高木選手63センチとあるので、やはり平均値を上回る立派な太ももだ。


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ガールズケイリンには、AKB並みに<ガールズケイリン総選挙>というのがあるらしい。


人気投票でトップ7選手を選ぶ訳だが、人気だけでなく実力・実績を兼ね備えた者しか選ばれることはないという。


賭け事なだけにファンの目もシビアなのだそうだ。


この世界、可愛いだけじゃダメ。


顔より太ももが重視される、そんな<健脚商売>なのである。


ガールズケイリン・グランプリともなれば、選ばれし<太ももエリート>たちによる、<オールスター・肉弾太ももバトル>が繰り広げられる。


考えてみれば太ももとは、肉体パワーのメイン・エンジン部分。


鍛えあげられた太ももは、必ずや誠実な働きを見せてくれるはずだ。


強靭な太ももは決して人を裏切ることはない。


力のある太ももの持ち主でなければ自然と淘汰され、静かに消えて行くのみ。


ガールズケイリンはく太もも下克上>の世界なのである。


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顔より太もも。


困ったことにポスターを見てから、女性の太ももが気になってしょうがない。


ついつい男目線で眺めてしまい、自分でも恥ずかしくなってしまう。


前の階段を登る女子高生に目が行き、「それにしてもちょっとパツンパツン過ぎるな」なんて思ってしまうのだ。



理由はなぜか分からないけど、太ももって人間の身体の中でも凄く魅力的なパーツですよね。


第一「フトモモ」って語感がいい。


「オッパイ」もイイ語感してるけど、「フトモモ」には匂い立つような、そしてこそばゆい余韻のようなものがある。


太腿、腿も、桃のうち・・・・


こそばゆい余韻とは、そんなイメージがぼんやり脳裏を過ぎるようなことだ。


さらに言えば、女の太ももって縁の下の力持ち的なところがあって、いかにも地道で誠実そうな印象だ。


控えめで恥ずかしがり屋、だけど妙にスベスベしてる太ももは、男たちにはすこぶる評判がよろしい。



そういえば知人の絵描きは「とにかく女の太ももは、ムッチリ肉が付いてなきゃ話しにならない」と、力説していた。


画家が言うことだから、ある種の審美眼からの見解なのだろう。


美学的な視点から言うと、スレンダー美女の「細もも」はチョット残念なようなのだ。


「細ももの女は薄情そうでいけない」と、画家は言う。


「太ももは誠実だ。そして裏切ることがない」とも言っていた。


さらに「ムッチリした太ももでなきゃ、太ももとしての存在価値が証出来ない」とまでのたまう。


当時は「そんなものかなぁ」と思いつつ話を聞いたが、やはり本当の話しだったのかも知れません。


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私がこれまで聞きかじった話しでも、女の太ももで耳掃除をして貰うことを<男の極上の夢>と信じる者は多かった。


耳掃除の時、頬に当たる甘酸っぱい太ももの感触を想うと、やはり太ももはムチムチでなきゃ話しにならないらしいのだ。


ムッチリ太ももは男たちの暴走する白日夢を、確実に下支えしてると思われる。



しかし一方で、ミニスカートから露出している太ももに隙間がなかったらがっかりする、という意見も少なくない。


太もももの間の三角の隙間に、女性らしさや色気を感じるというのである。


う〜む、一体どっちが本当なのだろう?


男たちの脳内エロチカって、ホント女には理解し難いものがあります。



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顔より太もも。


<ガールズケイリン観戦ツアー>を皮切りに、競輪業界ではあの手この手のイベントが催されている。


<ガールズケイリン・コレクション>とか、<ガールズケイリン・フェスティバル>とか、まるでファッション業界のような華やかさだ。


面白いことに<甘党男子とのコラボイベント>なんていうものまである。


逞ましい太ももに躍動する生命力を感じ、草食男子はケイリン女子に魅かれるということだろうか?


もうこうなると、まるでお祭り騒ぎである。



ケイリン選手たる者ならば、太ももの強い筋肉美が何よりの魅力。


日々のたゆまぬ努力が太もも美人を作り上げる。


太ももは、いわば彼女たちのアイデンティティーなのだ。


一口に太もも嗜好と言っても、ガールズケイリンのファンには様々なこだわりがあることだろう。


もっと専門的に細分化し、「大腿四等筋フェチ」とか「ハムストリングフェチ」とか、そういうコアなファン層もきっと存在するはずだ。


ケイリンファンにとって、どの太ももに投票すれば自分の欲望が満たされるのか大いに悩むところだろう。


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理想的な太ももってあるのだろうか?


ロココの時代のはセルライトがたっぷりついた、崩れる直前の肉体が豊かで美しいとされていた。


1960年代のように、ミニスカートの小枝のような足が美しかった時もある。


美の基準というものもは、時代と共に変化して行く。


万人に受け入れられる太ももなんて存在しない。


だから自分の太ももを、自分自身で愛してあげるしかなさそうだ。

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顔より太もも。


結局このコピーには女性に対する応援メッセージが込められているのだと、そんな風に思いたくなってしまった。


顔に比べてしまえば太ももの存在は、ドン臭いぐらい無個性だ。


それでも太ももには、太ももにしか出来ないことがある。


それを見つけて育ててあげること。


それが何より幸福の秘訣になるだろう。


皆んなが皆んな、自分の太ももを愛し受け入れ、自信を持って歩んで行けたら、世界平和に繋がるかも知れないのになぁ〜



ゆるみ気味の自分の太ももを摩りつつ、年の瀬にそんなことを考えていた。


年末だというのに案外ヒマな私である。


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by viva1213yumiko | 2016-12-19 14:36 | 美容・健康 | Comments(0)

センテナリアン

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あなたは何歳ぐらいまで生きたいですか?


現在、日本の平均寿命は男性80.5歳、女性86.8歳.。


男女合わせると83.7歳で、日本は世界で一番の長寿国家なのだそうです。


確かに周りを見渡してみても元気なお年寄りばかりで、明らかに日本は高齢化社会に突入してるんだなぁ〜とつくづく感じます。


80代90代の老人なんて、まだまだチョロいチョロい。


<センテナリアン>と言って100歳以上を生きる人が、今や確実に増えているのです。


世界には推定50万人以上もの<センテナリアン>がいると言われますが、その数は年々急上昇しているらしい。


日本はアメリカに次いで2番目に<センテナリアン>が多く、調査が始まった1963年当時は153名だけだったのに、1998年には1万人、2003年には2万人、2012年には5万人以上と、<センテナリアン>は短期間で倍増しているのです。


この勢いだと21世紀中に、100歳以上のお年寄りが100万人とか200万人とか、膨大な数に達してしまう見込みです。



それって凄いことですよね〜


そのような超高齢化社会になると、人々の人生観や家族観も今とは全く違って来るのは確実です。


仕事にしても結婚にしても寿命100歳に合わせて、何というか意識の心構えみたいなものが必要となります。


離婚・結婚を繰り返すような婚姻関係が当たり前になると、夫婦や家族のあり方そのものが、新しい形態を取らざるを得ません。


一人の相手と生涯結婚を維持したカップルなんて、国民栄誉賞が与えられるぐらいの名誉となるんじゃないでしょうか?


マスコミが押しかけ、国から報奨金が出るくらいの、スゴい偉業です。


またお年寄りのイメージそのものも、全く違ったものに変わってしまうことでしょう。


今どきはファストフード店にもシニア世代のクルーが増えてますよね。


マニュアルにはない温かみのある対応で「むしろ癒される」と若い人たちにも好評なのだそうです。


新しいお年寄りが台頭して来れば、どんどん新しいニーズも生まれるだろうし、今後20~30年で高齢者をめぐる世の中の常識も激変するに違いありません。


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それにしても100歳になった<センテナリアン>の自分を想像してみても、なかなかイメージが浮かばないんですよね。(当たり前だが)


う~ん、困ったなぁ~


あっ、そうそう、そうだった!


100歳になった時の自分のイメージは、スター・ウォーズのヨーダ。


それががイイ!


フォースの使い方を若者に教えられるような、そんな<センテナリアン>を目指したいです。



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ところで学問的に見ると、人間は100歳よりもっと長生き出来るはずだそうですよ。


生理学の説によると、すべての動物は成熟期の5倍の生存力を持っているそうで、人間の成熟期を25歳とすれば、理屈ではその5倍の125歳まで生きられるはずなのです。


ギネスの公式長寿記録には、110歳代の現役長寿者の名前がたくさん並んでいます。


世界最高の長寿記録はフランス人のジャンヌ・カルマンさん。


その寿命は122歳164日だったそうで、泉重千代さんもビックリです。


多くの研究者たちの意見では、どうやら「人間の限界寿命は120歳前後である」という説が有力みたいです。



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早稲田大学を創立した大隈重信は、人生50年と言われた明治時代に<125歳天寿説>を唱えていました。


周囲には大ボラ吹きと思われてたようですが・・・


「人間は本来125歳までの寿命を有している。適当な摂生を持ってすれば、この天寿を全うできる。」


とし、生理学の理論に加え「精神の力が体力に克つこと」という精神論を持論としました。


「何事も楽観的にみること。怒るな、貪るな、愚痴をこぼすな。そして世の中のために働け。」


と、口癖のように言っていたそうです。


昔の大人物って、みな最終的に精神論に行き着きますねぇ〜


スピリチュアリティーが寿命論にもあらわれて来るところが面白いですね。


大隈先生は毎朝5時起床、9時就寝という規則正しい生活を送り、自らの精神論を実践していたが、結局83歳でお亡くなりになった。


しかし「人間は死ぬまで活動しなければならない」っていう彼の主張には大いに賛同したいです。


「人間は老年になるに従って、いっそう急進的になり積極的になり、不動明王のごとき火を背負うようにならねばならないのであ~る。」


と、過激にもそう演説してたんだそうですよ。



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タバコを吸い続けると寿命は6年縮むらしい。

肥満は寿命を6年縮め、睡眠不足の生活は4年縮めるという。


独身の場合、男性は8年、女性は4年縮めるそうです。


寿命って大切にしないと、手のひらからどんどんこぼれおちてしまうんですね~


人生ってやっぱり夢のようなものかも知れません。



楽しく健康に生きられれば、なるべく長生きしたいというのが人間の本望です。


生きがいを持って楽に生きれるなら、確かにできる限り長生きしたいですよね。


しかし、この「楽に楽しく」っていうのがポイントとなりますね。


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何かで読んだのですが、人が人生を楽に生きて行くためには3つの<さ>が必要なのだそうです。


「3つの差」ではなく、あくまでも3つの<さ>なのですが、さあ、一体何でしょう?



それはこの3つのことなんです。



    優し<さ>・謙虚<さ>・冷静<さ>




「思いやりの心を忘れずに、驕り高ぶることなく、常に淡々と生きる。」


そんな風な毎日を過ごせれば、きっと健康・長寿は間違いありません。


長生きしたい欲はあるけど、それに執着することもなく、このいのちすべてをお任せしちゃうような気持ちで生きれば、それで万事良いのかな?って気がします。


「淡々と生きる」って、きっとそういうことなんだろうと思うのです。



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おまけ:

ジュダイ・マスターは900歳まで生き、自らの意思で肉体を消滅させたという。


いつかはきっとそういう風に死んで行きたいと思いつつ、相変わらず今生をジタバタと生きてる私であります。



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by viva1213yumiko | 2016-09-16 12:42 | 美容・健康 | Comments(0)

扁平足という名の病い

初めて扁平足を意識したのは小学校の水泳教室の時だっただろうか?


それ以来、扁平足という名の病いと長いお付き合いをしています。

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夏休みのプール開放日。


プールサイドの焼けたコンクリに足型をつけ、みんなで遊んでいた時のこと。


私の足型だけが若干違うと気づいた子が、それを目ざとく指摘した。


「なんかYumiちゃんの足、変なカタチ~」


そう言われ良く見ると、あらま、確かに他の子と違って足型の窪みがないっ!


ドナルドダックの足跡みたいで、キュッとしたくびれ部分が見当たらないのだ。


「足へ~ん!カタチへ~ん!変、変、へ~ん!」


子供ってのは残酷なものですね。


そっか、私の足って「変、変、へ~ん」なのか・・・


その日から、私は扁平足の十字架を背負うこととなったのです。


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そもそも人は皆、誰もが扁平足として生まれ落ちるのです。


赤ちゃんには土踏まずは存在しません。


土踏まずの足裏アーチは、8~9才頃からの成長過程で形成される器官なのです。


考えてもみてください。


自然界では人間だけですよ。


たった2枚の足の裏だけで体重を支えて立ってる動物は・・・


何十キロもの体重を、たかが20~30センチの足裏で全て受け止める。


しかも一番上に重い頭が乗っかってるんのだから、それはそれはアンバランスな状態です。


土踏まずの空洞はそのバランスを補うために考案されました。


機能的なデザインを重視した<二足歩行用高感度センサー>


土踏まずのあの絶妙な窪みは、自然界における<グッドデザイン賞>なのです。


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さて、「変、変、へ〜ん!」な私の足型も、その後の成長で人並みの足裏アーチが作られ、扁平トラウマとはすっかりお別れ出来たと思ってたんです。


ところが2~3年前からだろうか、またあの十字架が立ちふさがって来たのだ。


立ち仕事やヒールや合わない靴。


加えて加齢や運動不足・・・


積もり積もってアーチがしぼんで、圧力調整の効かない東京ドームみたいになっちゃったんです。


こういうの、専門的には<静力学的扁平>って言うんだそうですが・・・


つまり長年の時を経て、扁平足が甦って来たってことなんです。



つまずきやすくなった。


ジャンプが出来ない。


つま先立ちも出来ない。


出来てもバランスが取れずグラグラする。


足が疲れやすい。ムクミやすい。


衝撃吸収できないので、足裏がすぐにジンジン痛み出す。


<隠れ扁平>の典型的な症状のようです。


ま、要するに筋肉や腱や靭帯が弱くなった分、複雑な足の骨格を支えきれなくなってる訳なんだけど、これらの扁平症状に対する対処療法というのが何となく可笑しいんです。



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まずは靴。


合わない靴とはすぐにさよならしましょう。


テーピングやサポーターなどで矯正するか、あるいは扁平用インソールを使用すべし。


家の中では裸足生活。


極力足を解放して自由に解放してやることが大切です。


そして迷わず足のエクササイズを日課とすべし。


昔の日本人は普通に生活するだけで足裏が鍛えられていました。


しかし現代生活では、その分を意識的なエクササイズでカバーしなければなりません。


<足指ジャンケン>や<足指綱引き><ビー玉つかみ>や<タオル寄せ>を基本のエクササイズとし、足底筋のトレーニングに励まなければならないのです。

 

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扁平足って昔はなかったらしいですよ。


昔の人は裸足に下駄や雪駄でよく歩いたので、自ずと足底筋が鍛えられていた。


足の裏は大地と接する大切な部分です。


昔の人は大地にしっかり足をつけ、今よりよっぽどグラウンディングして生きていたのでしょうね。




ところでお釈迦様の身体の<三十二相八十種好>って知ってますか?


徳の高い人間にあらわれる目に見える特徴を網羅したものなんですが、この三十二の相のひとつに笑っちゃうけど<足下安平立相>というのがあるんです。



<足下安平立相>(そくげあんぴょうりゅうそう)


  足の裏が平らで、地を歩く時足裏と密着して、その間に髪の毛ほどの隙もない


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ほらね、お釈迦様って重症のヘンペーです。


大地に完全に密着してて、髪の毛の入る隙間もないくらいグラウンディングしてる。


扁平はミホトケの分け隔てない慈悲心を意味するんだそうですよ。


なんかそれを知り、ちょっと鼻高々な私です。




[老化は足元から忍び寄る] と、言われています。


グー・チョキ・パッ! それ、グー・チョキ・パッ!


仏の慈悲に委ねつつ、日々足指ジャンケンに励む私なのであります。


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by viva1213yumiko | 2016-08-28 19:08 | 美容・健康 | Comments(0)

究極のパクチー・エクスペリエンス

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「これは禁断症状の発作なんだろうか?」

と、そう思えるくらい無性にエスニック料理が食べたくなる時があります。

突発的に訪れる、エスニックに対する欲望。

どうやらそのほとんどは、香味野菜パクチーへの欲求だと分かりました。

それは私だけではありません。

友人たちとタイ料理店へ行く計画中、パクチー中毒の恐ろしさを目の当たりにしたのです。

友人A 「ははん、偉そうなこと言ったってダメよ。ほらね、体がこんなにパクチー欲しがってんじゃない」

友人B 「くっ・・・た、確かに欲っしてるわよっ!」


アルコール、ギャンブル、薬物、SEX、人間関係、仕事、買い物・・・etc,

世の中には様々な中毒があるが、パクチーの禁断症状も決して侮れません。

一度ハマると他の香味野菜じゃ物足りない体になってしまうのです。

友人たちは、普通の薬味では決して満たされない者同士、お互いの体を慰め合っていたのだ。

パクチーはクセになってしまうんです。

人間やめますか? それともパクチーやめますか?

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パクチーとはセリ科の一年草で、独特の香りが特徴です。

英語でコリアンダー・中国では香菜(チャンツァイ)・インドではダニアーと呼ばれ、暖かい地域なら世界中どこでも育ち、昔から医療や調理に用いられて来た植物です。

古代エジプトではマラリア薬だったし、亡骸と一緒に墓に葬る習慣もあったそうですよ。

現代でも炎症緩和・浄血作用・体内毒素排出などの薬効が認められています。

ビタミンA・B2・Cが豊富なので、老化防止・アンチエイジング・気分鎮静・食欲増進・消化器官活性化などに効果があり、中華・タイ・ベトナム・インド・メキシコ・ポルトガル料理には欠かせない食材です。

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アジアンエスニック料理が好きか嫌いかは、ひとえにこのパクチーを受け入れられるかどうかに掛かっている。

あるアンケートによると、パクチーを好む人と好まない人の比率は50対50。

<パクチー好き>派と<パクチー嫌い>派、まさに真っ二つに分かれるのだそうです。

パクチー嫌いの人にその理由を聞いてみると、口を揃えて「あの香りには耐えられない」と言う。

研究によるとパクチーNGの人は、パクチーOKの人とは生まれつき遺伝子構造が違っていて、それが原因でパクチーを受け付けないらしいのだ。

フレッシュな生パクチーをもぎった時に、指先に残る何とも形容しがたいあの匂い。(それはカメムシと同じ匂いなのだが)

NG派は遺伝子情報のせいで脳が食べ物とは認められず、芳香剤とか石鹸みたいな何かと判断してしまうのだそうです。

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一方でパクチー愛好家にとって昨今のパクチーブームは、夢に見たパラダイスの到来に違いありません。

最近では大手食品メーカーからもパクチー関連商品が続々と発売され、スーパーの陳列棚も賑やかです。

パクチーソース・パクチーペースト・パクチーパウダー・パクチードレッシングなどが並び、もう一部の愛好家のものだけではなくなっています。

特に平成生まれ以降の若者はいわゆる<パクチーネイティブ>で、日常的にパクチーと接し成長して来ている。

<パクチーネイティブ>はそれまでの日本人の嗜好とは異なり、ネギ・ニラ・シソを扱うように軽やかにパクチーとお付き合い出来るのです。

彼らのような<パクチーネイティブ>が着実に増えれば、日本の食文化はまた一歩確実に進化するでしょう。

伝統的な和食文化と市民権を得たパクチーとの、華麗なる融合がなされるのです。

パクチーご飯やパクチー味噌汁だけでなく、パクチーのおひたし・パクチーのごま合え・酢みそ合え・パクチー天ぷら・パクチーしゃぶしゃぶ・すき焼きパクチー・ネギトロパクチー・パクチーのり巻き・パクチーそうめん・パクチー豆腐・納豆パクチー・パクチー卵とじ・つくねパクチー・お刺身パクチー・パクチー刻み漬け・パクチー鍋。

八寸・お造り・煮物・蒸し物・揚げ物と、新しい日本食文化(ヌーベル・ジャポネーズ)が数多く生まれることでしょう。

おやつだったらパクチー羊羹・パクチー饅頭・パクチー煎餅・パクチー草餅。

パクチーアイスやパクチープリン・パクチーカステラは子供にも人気です。

パクチー茶と一緒にどうぞ召し上がれ。 

パクチー・スムージーやパクチー・ソイラテなど、お洒落な女子に流行りそう。

大人にはパクチー・ビールやパクチー・モヒート、いかがでしょうか? 

ほらね、パクチーメニューのフルコース、結構行けそうでしょ?

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このようなパクチー勢力の拡大は、<パクチー嫌い>派にとって暗黒時代の到来を意味します。

パクチーOK勢力とパクチーNG勢力とのあいだに対立構造が生まれ、小競り合いが起こるかも知れません。

パクチーヘイトの極右勢力、<嫌パク連>の活動家は「たとえ死のうともパクチーだけは口にすまい!」と盛んに弾糾する。

パクチー原理主義団体<真性パクチスト同盟>による彼らへの弾圧が強まり、<嫌パク連>は捕らえられ、裁かれ、公衆の面前で吊るし上げられる。

自己批判を強要されるのだ。

「パクチーヘイトの咎を繰り返さぬよう、被告人には再教育が必要である」

「よって、被告人に<パクチー責め>を執行する!」

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活動家は濃厚なパクチーの臭気を嗅がされ、一瞬にして意識を失いました。

どのくらいの時間が経ったのだろう。

気づいた時は青々したパクチーベットの上、生パクチーで猿ぐつわされ身動き出来ず拘束されていた。

再教育が始まるのだ。

パクチー信者の女たちが、よってたかってパクチーの絞り汁を両目に擦り込む。

そしてパクチーを束ねた丈夫なムチで、罵声を浴びせながら満身の力でムチ打つのだ。

「パクチー様に逆らうとは不届き者め!」

「ええい、パクチー様に服従を誓うのじゃ!」

パクチー様への帰依と自己放棄を誓うまで、<嫌パク連>への過酷な拷問は続くのであった。

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意識の極限の壁を越えた時、そこには新しい地平がやって来る。

どんなにパクチー嫌いの人間でも、このイニシエーションを体験したなら脳のシグナルが根本から変わってしまう。

これはある意味<聖なる苦行>なのです。

<聖なる苦行>が遺伝子情報の書き換えを促し、<嫌パク連>をパクチーフリークに変容させるのだ。

苦痛と快楽は表裏一体。

ランナーズ・ハイと同様のパクチー・ハイをもたらすに違いありません。

ああ、それは究極のパクチー・エクスペリエンス!

別次元の楽園に誘う、究極の体験なのであります。




な〜んて、これは単なるホラ話し。

別に<ニラ責め>でも<春菊責め>でも、何でも構わないんですけどね〜

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by viva1213yumiko | 2016-08-13 16:29 | 衣・食・住 | Comments(0)

ギックリの教え

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今年の春はお花見のタイミングも逃してしまったし、今にして思うと、やっぱりどこか調子がおかしかったのです。

真冬のコートを出さなきゃならないくらい、冷たい雨が降り続く、そんなある日の事。

冷えた身体を暖めようとバスタブに湯をはり、洗面台の下のシャンプーを取ろうと腰をかがめたその時です。

かすかに「ミリッ」と嫌な音がしたのです。

「ヤバッ! これってギックリ?」


<腰>とは、月偏に要(かなめ)と書きます。

立つ、寝る、座る、歩く・・・

どんな動作をするにも、身体の中心で要となって働く重要な場所、それが腰なんですね。

その時、左腰に鈍い電流のような衝撃を受け、立つ事もしゃがみ込む事もままならなくなり、私は洗面台に肘をつき、なす術もなく固まりました。

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「身体とは聖なる神殿。 大切にしないと神は降りて来てはくれない。」

かねてからその言葉を信じていたので、肉体のケア、健康へのケアは結構気を使ってるつもりでした。

少なくともここ3~4年は、病気知らず、怪我知らずで元気に過ごしていたはずなのに・・・

ギックリ腰は突然けたたましいサイレンを鳴り響かせ、私のところへ舞い降りて来たのです。

災難は忘れた頃にやって来る。

これはまさに緊急の非常事態であります。



この肉体を使い続け、早50年を過ぎてしまいました。

どんなに性能の良い機械だって、ガタが来て当たり前の年月です。

「これからは肉体の劣化・老化と、嫌がうえでも付き合って行かなきゃならないんだなぁ〜」

そんな現実を改めて思い知らさられて、ちょっと凹みます。
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人間の不幸のひとつにこんなものがあります。

心は一向に変わらないのに、その心を包む外形・肉体は確実に老化して行くっていう不幸です。

つまり年齢を重ねるにつれ、魂とその入れ物との間にミスマッチが起こる訳ですね。

人生のある地点から、肉体と魂との勢力分布の不均衡が始まって来るのです。

人はこの矛盾にどう対処すべきか?

中年期に達したオジサン・オバサンたちは、この立ちはだかる矛盾点から、新たなターニングポイントが始まる訳なのです。


この痛みやすい肉体を長持ちさせるために、我々は絶えず修理をし続けなければなりません。

頭痛・歯痛・風邪・腹痛・・・

考えてみれば、人の一生は痛みのオンパレードです。

肉体とは、なんと手間のかかる厄介者なのでしょうか。

インドの山奥で修行するマスター達ならきっとこう言うでしょう。

「意識を肉体から引き離して、肉体への執着から解放するのだ!」

しかし凡夫である我々は、この肉体の調子が狂い修理が必要になった時には、一体どのように対処すれば効果的なのでしょう?

骨盤ベルトと湿布剤とで、そんな事を悶々と考えていた私は、偶然にもある著書を紹介した記事に遭遇してしまいました。

それは日本初のヨガ行者と言われる、中村天風氏の「運命を拓く」という本の紹介記事でした。
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この現象界に存在する一切の事物の根底は、科学的にのみ見れば、物質的なものであるが、哲学的に観察すれば、どこまでいっても非物質的な、精神的なものである。

すなわち、眼にも見えないし、観念で想定しなければ想定できない”宇宙霊”という一つの気が、全宇宙を支配し、それが宇宙の本質になっている、ということである。とすれば、運命も、健康も、自分の心の思い方、考え方で、良くも悪くもなるのだということがすぐわかるはずである。(抜粋)



「運命も、健康も、自分の心の思い方、考え方で、良くも悪くもなるの・・・」

人間は自分の考え方次第で、宇宙はそれに呼応した状態をもたらす、というのがこの本の主張です。

だから運命を拓くためには、


   積極的な考え方をすること

   口から出る言葉を大切にすること

   何にでも感謝をすること

   笑うこと

   利他の心を養うこと


これらを習慣づける事が何よりも大切なんだそうです。

つまり失恋しようが、借金しようが、病気になろうが、どんなに嫌な事があってもその事に感謝して積極的に考える。

しかも「無理やりじゃなく、本心からそう考える事が、その人に明るい肯定的な現実を創り出す作用がある」という概念なのです。


口から出す言葉には言霊があります。

口から出て来る言葉を積極的・肯定的にすれば、色々と良くなるのです。

だからどんなに苦しい時でも、自分が今、この状況をどう考えてどう解釈し、どう口に出しているかに気付いていなければなりません。

しかし本当に具合が悪い時、無理して「具合が良い」と言えば治るかというと、これは明らかに嘘があるので却って治りません。

なので具合の悪い時は、具合の悪いままの状態を「出来るだけ気にしない」という微妙な心理状態をキープするのが良いようです。

つまり「気になる事から気をそらす」「気になる事を考えない」のが最も望ましいのです。
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なぁるほど~!

腰のトラブルで意気消沈していた私には目からウロコ、自分が丁度必要としていたありがたい<お導き>です。

寝返りうつたびに「イタタ、イタタ・・・」と、ブツブツ愚痴っていたのをきっぱりと止め、「気になる痛みから気をそらす」「気になる腰を考えない」に切り替えてみました。

そして「ギックリ腰よ、ありがとう!」という気持ちに、かなり強引に持ってっちゃったのです。


すると自分の日常の仕草やポーズ・姿勢など、腰に悪い癖の数々が思い出されて来たのです。

それは腰を痛めたからこそ初めて気付いた、思い当たる節のある、明らかな腰痛原因でした。

足に負担をかけてた靴や、バランスを崩す鞄の持ち方、足の組み方にも心当たりがあります。

知らぬ間に身体に負担をかけてる生活習慣もありました。

もう少し運動して身体を動かす事を、私のこの肉体が望んでいる事も分かりました。

ギックリ腰が、私に色んな事を教え始めてくれたのです。


反省すべきは反省し、改善すべきは改善する。

腰のトラブルからも確実に、前へ前へと一歩ずつ進んで行けるはずです。

そんな風に考えを改めたせいなのか、私のギックリはみるみるうちに骨盤ベルトの支えを必要としなくなって行ったのでした。
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「この世は本質的に調和した美しい世界であり、宇宙という存在は否定的な部分を持たない」

と、中村天風氏は言ってます。

私も今回のこのギックリ体験から、人間の肉体は、本来調和のとれた神殿のように、やはり完璧に作られているんだって事を教えて貰ったような気がします。


何にでも感謝をして、積極的な考え方をしよう!

ギックリ腰よ、ありがとう!




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by viva1213yumiko | 2015-04-28 12:37 | 美容・健康 | Comments(0)