タグ:記憶 ( 8 ) タグの人気記事

女は灰になっても女

a0253145_21195240.jpg


友人のひとり旅の話しで、個人的にとても気に入ってるものがあります。


ローマのホテルで具合が悪くなった彼女。


あれよあれよという間に心臓が苦しくなり、もうどうにも我慢出来ないレベルになってしまった。


フロントに助けを求めたところ、救急車を呼ばれてしまい、期せずして異国で救急搬送されることとなってしまいました。


ハンサムなイタリア人救命士数名が颯爽と登場し、彼女を担ぎ上げストレッチャーに乗せ、テキパキと救急車に運び込んだ。


そして酸素吸入をしたり、脈を取ったり、胸元をはだいて心臓マッサージをすべきか検討してみたり・・・


よりによって異国の地で救急患者になってしまうなんて、一体どれほど心細いことだっただろう。


たったひとりで試練をよく乗り越えたと、私は感心しながら話しを聞いていた。


ところが彼女は搬送されてる間、意識も遠のきそうな状態で、あるひとつのことだけを気にかけてたらしい。


「それはね・・・」


と、彼女は言う。


「なんで今日に限ってブラとパンティーお揃いにしとかなかったんだろうって後悔なの。そればっかりを悔やんでた」


私はそれを聞き思わず笑ってしまったのだが、それと同時に何か目が醒めるような爽やかな感動を味わったのです。



こう言う格言を知っていますか?


[女は灰になっても女] 


女と生まれたからには死ぬまで女であり続けたい。


でも死んで灰になってまで、それでも女でいたいものなの?


果たして本当のところどうなのでしょうか?


a0253145_21283415.jpeg

江戸時代。


名奉行大岡越前が不貞を働いた男女を取り調べていた時のこと。


「年長の女の誘いに乗ってしまった」という男の釈明に納得がいかなかった大岡越前は、自分の母親に「女性はいくつまで性行為が可能なのか?」を質問した。


母親はそれに対し何も答えず、ただ黙って火鉢の灰をかき回すばかり。


そして無言で「灰になるまで」と伝えたのでした。


実はこれ有名な逸話です。


でも果たして実話かどうかはかなり怪しいですね。


当時の武家の奥方が息子から、性生活のタイムリミットを直接尋ねられたんですからねぇ〜


母上もさぞびっくりなさったことでしょうね。


女性の賞味期限を母親にストレートに質問しちゃた大岡越前の守。


ふふ、名奉行と讃えられた割には案外女が分かってないのかも・・・


そんなこと聞くまでありませんよね~


女は死ぬまで女そのもの。


女性というのは女心を枯らさなければ、いくつになっても輝きと潤いを放っていられる。


そういうものですよね。


a0253145_21201763.jpeg


いくつになっても魅力の褪せない女性でいたければ、自分の内面を良~く磨いて下さいね。


好奇心旺盛で、気配りがあって、話を聞くのが上手で、精神的に自立した女性。


そんな女性です。


フェミニンで、ちょっとセクシーで、自然体で、知性とユーモアを持ち合わせていて、そしていくつになっても恥じらいを忘れない。


そんな女性が光を放つのです。


そんな女性たちこそ、世界をカラフルに彩ることが出来るんですね。


a0253145_21202353.jpeg


女ごごろとは不思議なものです。


100歳近い老女がお化粧を始めたら血圧が安定して来る不思議。


スターを追っかける心理が平凡な毎日をイキイキさせる不思議。


救急搬送された時まで下着がお揃いでないことを悔やんでしまう不思議。


そこの男性のあなた。


それを愚かと笑ってやしませんか?


ダメダメ、それでは決して女性にモテません。


コスメ・ファッション・ジュエリー・グルメ・・・


なぜ女がこのようなものに夢中になれるのか、確かに謎が多いですよね。


でも女性たちが豊かさを心の内側から溢れさせるようになったなら、明らかに世界は今よりずっと平和でシンプルになる。


女が満足していたら、家庭も職場も安らぎに包まれるのではありませんか。


実際、世の中の女性が女を捨て始めたらこの世の経済は回らなくなってしまうのです。


女性が満足して微笑んでいる限り、地球は回り続けることでしょう。


a0253145_16163195.jpeg

女は灰になっても女でいられるのか?


実は肉体が死に、火葬され、本当の灰になったなら、その時女は女じゃなくなるんです。


と言いますか、借り物のこの身体が分解され魂だけになったなら、もう既に男でも女でもなくなっちゃってるんですよね。


知ってましたか?


魂に性別は存在しないのです。


向こうの世界じゃ男も女も一切なくって、誰もが魂だけの裸ん坊の存在。


スッキリしたものなんです。



では未練を残した女が幽霊になって男をタタるのはなぜ?


断っておきますが、あれはあくまで低級な地縛霊のみ。


一般的な善良な市民にとっては、死んでも今までの生活が連続されてくケースがほとんどです。


それまでのメモリーのせいで、関心事や生活傾向が繰り返されます。


あっちの世界に移行しても生前慣れ親しんだ同じ環境に住み続けて、自分が死んだことに気づかないものも多いと言います。


我々は魂のレベルにおいては、男でも女でもない光のような存在なのです。


なのに肉体をまとっていた時の記憶のせいで「灰になっても女」って勝手に思い込んでるだけなのかも知れませんね。



じっとり重〜い地縛霊にならないためにも、「女たちよ!女を完全燃焼せよ!」と言いたいです。


女と生まれたからには女をやりきる覚悟で、精一杯女を生きるがよい。


その方が潔いし、あっち世界に行った時、自由になれそうに思いません?



<生きてる>ことにもっともっと意識的になってみましょう。


女と生まれたからには<がっぷり四つ>で女に向き合ってみよう。


もしかしたら<女と生まれたこと>そのものに、何かクリアにすべきテーマがあるのかも知れないですしね。



やはり女は<生きてる時>こそ最高にイイ女なのです。


この世に未練を残さぬように、是非とも<燃焼系のイイ女>を目指して生きて行きましょうね。


a0253145_16162248.jpeg



[PR]
by viva1213yumiko | 2017-08-30 17:30 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

華麗なる加齢臭

a0253145_12480027.jpg
蒸し暑い日本の夏。

デオドラント対策市場が活況です。

特に男性ボディケア市場は好調のようで、この5年で1.5倍に売り上げを拡大したといいます。(日本経済新聞より)

そう言えば山手線でも、伊藤英明さんが消臭ソープでゴシゴシした後に「臭わな〜い」とうっとり囁く映像を良く目にします。

満員電車の中で見事な肉体美CMを見れば、ひとつ買ってみようかという気持ちになってしまうかも知れません。


なんでもマンダム社は昨年11月、30代~40代の働き盛りの男性から汗臭・加齢臭に続く第3の体臭を発見したそうで、それを<ミドル脂臭>と命名したんだそうです。

<ミドル脂臭>・・・

それはミドル男性の頭部周辺のエクリン汗腺から出る汗が、細菌で分解される<古いアブラのようなニオイ>だそうで、ジアセチルという成分から生成されるのだそうです。

20代の男性に比べ不快な強い脂臭を発しているようで、酢の120倍にもなる強い臭気と判明したそうです。(驚)

このような臭いの研究機関では<臭気判定仕>という国家資格の研究員たちが、被験者である10代~60代の男性の脇や頭など部位別のニオイを直接鼻で嗅いで測定し、「スパイスのようなワキ臭」「納豆のような足臭」などとプロファイルして行くのだそうです。(超驚!)

う〜む・・・これは限りなくタフな専門職と言るんじゃないでしょうか。
a0253145_12474316.jpg

最近では<匂いや香りの迷惑>を意味する、スメルハラスメント(スメハラ)という言葉が認知されるようになりました。

正しい知識やエチケット行動を心得えていれば、仕事や人間関係が良好になるからと、<スメルマネジメント活動>も啓蒙されてるらしいです。

世の中において体臭問題は、今やソーシャルな問題へと発展しているみたいなのです。


加齢臭市場で戦陣を切ったのは資生堂でした。

2000年12月に「中高年特有の体臭の原因物質はノネナール(C9H16O)である」と発表したからです。

<青臭さ>と<アブラ臭さ>を合わせ持つノネナールは、加齢で皮脂中に脂肪酸が増えることで形成される。(Wikipediaより)

男性は主に40才以降、女性は閉経後に増加傾向にあり、例えるならロウソクのような、チーズのような、古本のようなニオイだと表現されています。

キャンドルもチーズも古本も、どれも私の好むものですが、それらがオヤジ臭かどうかはイマイチ判別出来ません。


古来<オヤジ臭い>という表現は、あくまでもオヤジさんみたいな言動を意味するもので一定のニオイを指していた訳ではなかったはずです。

けれど2000年にその原因がノネナールだと判り、特有のニオイ物質が存在していたと科学的に証明されてしまいました。

<オヤジ臭さ>=<ノネナール>という方程式が成り立ってしまったのです。

古今東西オヤジは存在し続けているのだから、当然昔の人にも加齢臭はあったでしょう。

けれど当時は特別視などされてなかったはずです。

<オヤジ臭さ>は21世紀を境に急速に解明され、彗星のごとくスポットライトを浴びてしまったという訳なのです。

a0253145_12480623.jpeg
体の臭いが厄介なのは、他人の体臭は感じやすくて不快な<被害者>になるにも関わらず、自分の臭いは感じづらく、周りに不快を与える<加害者>にもなることです。

現代の日本では無臭であることがエチケットとして当然になってしまいました。

<オヤジ臭>のことはメディアでも盛んに取り上げられるし、女性たちの目も厳しくなって来ている。

だからおじさんたち自身も「そんなこと気にしないぜ」と開き直れなくなってしまいました。

下手すると、気にするあまりそれがストレスになり、余計に活性酸素を増やしてノネナールを作ってしまうという悪循環に陥ってしまうのではないでしょうか?

何だかお気の毒な感じもします。

しかし、ニオイというものは大脳皮質の記憶と結びついてるので、多くの人が悪臭と感じる臭いでも、その人にとって良い記憶に結びついていたなら、それはその人に心地良い匂いとなります。

お爺ちゃん・お婆ちゃんに可愛がられて育った人など、むしろ加齢臭が<郷愁を誘う匂い>にもなり得るのだから不思議ですよね。

a0253145_12473321.jpeg
一説によると、ストレスを溜め込んで<オヤジ的生活><オヤジ的発想>を続けてると、女子といえどもおじさんと同じレベルの加齢臭・疲労臭・メタボ臭を発し、文字通り<オヤジ臭く>なるらしいですよ。

社会進出が目覚ましい女性たち。

生活習慣が乱れると体臭までオヤジ化してしまう恐れがあるので、くれぐれも気をつけましょう。

おしぼりで顔を拭く、オヤジギャグを連発して周囲を凍らる・・・

そんなことしてると必ず「そこはかとないオッサンのニオイ」が漂って来ちゃいますよ。

態度そのもの、考え方そのもののオヤジ化を根絶させるのが、まず始めに取りかかるべきことかも知れませんね。




[PR]
by viva1213yumiko | 2014-07-06 13:15 | 美容・健康 | Comments(2)

ショパンの湖

a0253145_1417498.jpg

知人のピアニストA・Y嬢のリサイタルに行き、ピアノ演奏を堪能させて頂きました。

ロマン派の作品を得意とする彼女。

その演奏の8割までがショパン作品だったので、我々素人にとってありがたいプログラム構成でした。


「お姫様抱っこの時は、間違いなく絶対こういうドレスよねぇ〜」

きっと女子なら誰もがそう夢見る、ふわっとしたローズピンクのドレス。

あんなドレス着て華麗にピアノが弾けるなんて・・・何とも羨ましい!

鍵盤を叩くたびにアップの後れ毛がフワフワ揺れて、とびっきりロマンチックなリサイタルなのであります。


ロマン派とは、ショパン・リスト・シューマン・メンデルスゾーンなど、主に18世紀~19世紀の作曲家の事を指します。

それまで続いていた宮廷風の古典様式から一歩進んで、感情や感覚・直感から来る、より深層の真実を暴き出すような芸術様式の事をロマン派と呼ぶのだそうです。

激しく涌き上る激情や、苦痛も含めた広義の感情のロマンなので、決して優しく夢見がちなロマンティックな音楽の事だけではありません。

狂気じみた情念や、嫉妬やエゴや、苦悩や慟哭。

そんな生々しい感覚をも受け入れた末の、人間性の神髄を表現するという意味での<ロマン>なのです。


ショパンは<ピアノの詩人>と言われてるけど、今回改めて聞き直してみて、なるほど確かに言い得てるなと思いました。

美しいけれどちょっと冷徹すぎて、何だか危なっかしい側面もある、詩人独特の観察眼があります。

シューマンはそれを「美しい花畑の中に大砲が隠されている音楽」と評したんだそうです。

うまい事言うもんだなぁ、と感心してしまいました。

そこでちょっとおこがましいですが、ショパンの創作イメージをあえて私流に例えてみるとこんな感じになります。


   よく晴れた日の昼下がり

   あなたはひとり、湖にボートを漕ぎ出す

   水深100mはあろうかという、恐ろしく透明度の高い湖だ

   そして湖の真ん中で、

   オールを降ろし深呼吸ひとつ

   ギシギシと揺れるボートから、こわごわ湖底を覗き込む


   その時、魔法のように次々と浮かび上がった過去からのイメージ

   郷愁・倦怠・享楽・情念・・・

   浮気心・後悔・恩寵・救済・・・

   そんな真実の感情が音符と共に浮かび上がって来る

   それらひとつひとつを、優しく両手ですくい五線譜の上にそっとこぼす

   
   泣き笑いしている自分を、私は湖面から見降ろす
   
   マズルカやノクターンやポロネーズ
   
   運命の輪だけが静かに回転している
   
   
   近いようでいて遠い場所のメロディ

   それがショパンがすくいあげたメロディ


a0253145_14222047.jpg

湖の底のシャンバラの栄枯盛衰を、あなたは映画を観るように覗き込む。

すると、イメージクリップのように色々なものが見えて来るのです。


それは良く晴れた日でないとだめですね。

ボートを出すのは<穏やかな気持ち>の昼下がりでなければならなりません。

恋に酔いつつ、なおかつその官能を人ごとのように冷静に味わう。

そういう境地は、<穏やかな心>にしか宿らないからです。


我々は日々のルーティンで、日常の雑事で、不必要な雑念で、透き通った湖の存在を忘れてしまっています。

けれども実は、湖には遠い昔に沈んでしまった寺院や花園が存在していて、あなたに発掘されるのを今もじっと待っているんですね。

ショパンのロマンチシズムは、忘れていたあの湖を思い出させます。

そして「ねぇ、また今日辺り、ボート出してみましょうよ」と、時折誘って来るのです。


[感情とは、やって来て、そして過ぎ行くものである。 だから、感情に執着してはならない・・・]

仏教でもこのように教えています。

愛と憎しみ・喜びと苦悩・嫉妬と思いやり

そういった相反する両極の感情をのり超えて、新しい次元の出現する辺りから、いつでも美しいものは生まれて来るような気がします。


a0253145_14231845.jpg

湖の底のシャンバラの栄枯盛衰を、あなたは映画を観るように覗き込む。

すると、イメージクリップのように色々なものが見えて来るのです。


誰もいない舞踏会・虹色のプリズム・人々のざわめき・家族の肖像画・青い戦争の時代・物悲しい舟歌

初めて子犬を抱いた日・兵隊たちの望郷・一途すぎた恋・甘い白日夢・思いがけない贈り物

多分それは、形にならないそういうものたちの事なのです。


優雅な手招き・感傷的なワルツ・ドレスの衣擦れの音・仲直りの口づけ・安堵して眠る子供・寺院の鐘の音・もう手に入らない幸福

そんな形にならないものたちの事だ。


きっと神秘がひも解かれるその日には、そういうものたちがたくさん顔を出して来るのでしょう。

その時を湖は今も静かに待っているのです。




[PR]
by viva1213yumiko | 2013-12-04 14:23 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

かけがえのない記憶

a0253145_20264750.jpg
33才の若さで急逝した、仕事仲間のK氏を<偲ぶ会>がありました。

前日まで元気に仕事してたのに、あまりに突然亡くなってしまったので、参加者はモヤモヤした信じられない気持ちを一杯抱えていました。

ご両親のお気持ちを察してみても、さぞかし気持ちに折り合いがつかない事と思われます。

北海道に住むご両親は、自分の息子がどんな仕事をしていたか、どんな生活をしてどのような人々と関わっていたのか、息子が何に興味を持ちどんな目標を持っていたのか、ほとんど良く知ってなかったようなのです。

そこでその日集まった30名程で、自分だけが知っている彼とのエピソードや、彼の印象、人と成りを順々に語り継ぎ、その模様を映像に記録してご両親に送ろうという事になったのです。


これは良い話しだなぁ、と私は思いました。

実際みんなの語るエピソードを聞き、「彼はビールが大好きだった事」「来年の東京マラソンに出場が決まり喜んでいた事」「女性の好みはスリムタイプで、意外にもピンク色が好きだった事」「休日にはアロハシャツ着てラーメンを食べ歩いていた事」「ビキニタイプの下着をベランダに干して盗まれた」「繊細で気が利くので女性受けが良かった事」「子供好きだった事」「楽器の修理を特技に持ち将来はそういう職人になりたがっていた事」などが分かって来たのです。

一人の人間の中には多面体構造物のように、色々な面があるものです。

自分の知っていたK氏とは幾分違うさまざまな側面を知ってしまったせいで、彼の存在は生前よりむしろ立体的に、ダイヤみたいに光始めたような気がしました。

編集し完成されたビデオレターを見たら、ご両親にとっては尚更そう感じられるんじゃないでしょうか?

「息子は今この場でキラキラしてるじゃないか」って・・・


人間の存在っていうのは人の記憶の中で初めて輝き出す。

もしかするとそういうものなのかも知れません。
a0253145_202936100.jpg


そこでちょっと思いついてしまいました。

亡くなられた方の生前の仕事や家族、仲間や交流、価値観や考え方、癖やこだわりを淡々と紹介する、今回のビデオレターのような番組があっても良いんじゃないかってね。

いっその事どこかの下らないTV局をひとつ廃止して、亡くなられた方専門の訃報チャンネルにしてもいいんじゃないですか?

しかしそれは死亡報告的な暗く味気ないものではなく、彼あるいは彼女がどのような人であったのか人格を忍ばせる、愛あるものでなければなりません。


彼は額に汗してあの時積極的にボランティアに参加してくれた。

彼女は家の子供にいつもクッキーを焼いてプレゼントしてくれた。

彼は人を笑わせるのが上手だったが、ジョークが通じない時はちょっと落ち込んでいた。

彼女はいつもアリアを歌いながら犬の散歩を日課にした。

彼の人生最良の日とは?

彼女の最もくつろげたお気に入りの場所は?

そういう小さい日常のエピソードを色々な関係者が語りつないで行く、ただそれだけの番組なのです。

葬儀や霊園関係の企業がスポンサーになってもいいけど、これはあくまでもベースに愛がある事が前提です。

唄にあるように、故人のスピリッツが千の風に還るまで、電波に乗せて見送る儀式のプログラムなのです。
a0253145_20282738.jpg


人間とは記憶と共に生きる生き物です。

愛する者が目の前から消えて行く喪失感を埋めてくれる唯一のものは、たくさんの良いメモリーだけなのです。

3.11の時、がれきの中から何よりも人々が探し出したかったもの。

それは先祖の位牌と家族の写真だったと言うじゃないですか。


記憶とは人と人とを媒介する、目には見えないパワーを持っています。

人間が時に神々しい程強くなったり、儚いくらい弱くなったりするのも、みんな記憶の力によるのです。

人と人との間に本当に存在してるもの。

もしかしてそれは<愛という名の記憶>だけなんじゃないかって、実はそんな気もするくらいです。

だからこそ人生のかけがえのない美しいメモリーを大切に生きたい。

そう、とみに願う今日この頃の私なのです。




[PR]
by viva1213yumiko | 2013-11-19 21:06 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)

人生ドラマ・悲喜こもごも

a0253145_22382247.jpg
人生には人それぞれ学ぶべきレッスンがあります。

またその種類も千差万別なんですよね。

100人いれば100通りのレッスンが用意されているので、人の価値観はそれぞれ、人の悩みもまたそれぞれなんです。


孤独と向き合う事に耐えられないという人のすぐ隣に、逆にひとりでホッとしている誰かが存在するような、この不思議、このユニークさ。

それが世界というものなんですよね。

そこには人間のバラエティの豊かさがあります。

人生ドラマの悲喜こもごもは全てここから発生するのだし、偉大な物語が生まれて来る土壌というのもそこにある訳です。


もう一度繰り返しましょう。

人はひとりひとり個性が違うのです。

他者は、あなたとはまるで違う世界を生きているのです。

そのはずなのに・・・

人が感じ取る<哀しみの情念>というものは、不思議なほど似通っているって知ってますか?


試しにちょっと、人間関係の中で起こりうるトラブルについて想像してみましょうか。

相手は恋人でも友達でも誰でもいいのですが、ここでは意見の食い違いや論争の中で浮かび上がって来る、自分の<感情>について意識してみて下さい。

ムカつく相手に対して沸き上る感情を、冷静に客観視してみます。

すると・・・

「アイツって奴は全くホントに」

[怒りっぽい・冷たい・側にいてくれない・批判的・偏見がある・暴力をふるう・嫉妬深い・はっきりしない・怖い・厳しい・不誠実・不公平・いじわる・操ろうとする]


多分あなたの感情は、これらの内のどれかに当てはまるんじゃありませんか?

それって殆ど皆んな同んなじなのです。

笑っちゃうくらい、皆んな同じ感情が浮かんで来ると言われます。


実は人の心の底には、これら否定的な感情がどっかりと腰をおろしています。

全ての人の心に、最初からこびりつき居座っているらしいのです。


あまり認めたくない話しですが、これらの感情、一体どこからやって来ると思いますか?

なんとその感情の90%は、幼少期(生後7年間)に蓄積した情報の貯蔵庫から来るのだそうです。

自分をイライラさせるネガティブな感情とは、小さい頃自分を育ててくれた保護者に対する記憶の反応なのだと言われます。

その感情とは、<親に対する不満の現われ><満たされない思いへの苛立ち>がベースになっているのです。

a0253145_22331554.jpg

人は誰でも、自分の両親へのアンビバレンツで複雑な感情をかかえています。

貧しい人も、裕福な人も、愛情不足だった人も、愛情過多の人も、誰でも等しくこんな思いを隠しているのです。

自分が親から受け取った愛とは・・・

「生存するには充分だったが、満足するには不充分だった」 と・・・


そしてそんな思いを抱えている事を忘れ、大人に成長してしまうのです。

満足出来なかった子供時代の愛は、何かトリガーになる出来事をきっかけに、必ずや自分の古傷をアタックして来ます。

小さな子供ってスクリーンに写る怪物を本物と思い込み、泣いたり怖れたり怒ったりしますが、我々もそれに似たような事を日々行っているのかも知れません。

殆どの人は目の前で起きる出来事でなく、遠い過去の記憶に縛られ、怯え、腹を立てているからです。

つまり、<人は誰もが満たされない愛を抱えていて、目の前の他者に投影し、メロドラマを生きている> という事なんですね。


もしも今あなたが人間関係で悩んでいるのなら、一度立ち止まり、両親との関係を洗い直してみる事をお勧めします。

心に宿る、根源的な愛への不満・怖れを見つめ直すのです。

ヘドロのようにこびりついた、満たされずにいる根源的な感情に気付き、それを浄化出来れば、あなたの人生は今までとは全く違ったものとなる事でしょう。


人生ドラマ・悲喜こもごも。

そのドラマのベースは、殆どの場合<親子の愛の物語>です。

親子関係で相続される<心の癖>がドラマになって、悲劇を呼んだり喜劇を生んだりしてるらしいんですね。




[PR]
by viva1213yumiko | 2013-08-28 22:22 | 人生・霊性 | Comments(0)

執着切りのテクニック

a0253145_20554576.jpg
縁切り寺・縁切り神社と呼ばれる<縁切りスポット>があります。

鎌倉の東慶寺、群馬の満徳寺、京都の安井金比羅宮などが良く知られています。

恋愛以外にも病気、借金、酒、タバコ、ギャンブルなど・・・

人には誰でも切りたい縁がひとつやふたつ必ずあります。

それらの<縁切りスポット>では、多分徳の高いお坊さんや霊能者が神仏に祈祷して、「エイヤッ!」とばかりに気合いを込め、悪因縁の霊障を断ち切ってくれるのだと思われます。

儀式と共に悪い因縁は解きほぐされ、相談者は一皮むけたようにスッキリした表情になったりするのかも知れません。


世の中には、不毛な愛情関係やドメスティック・バイオレンスに苦しんでいる人がたくさん存在します。

離れたいのにどうしても近づいてしまう、不毛で痛みのある強い執着の人間関係です。

それらに苦しんでる人々は、絡み合った人間関係の悪影響の因縁から自由になりたいと、さぞかし強く願うことでしょう。


米国のスピリチュアル・ヒーラーの記した<執着切り>のハウツー本を、図書館で偶然見つけたので借りて読んでみることにしました。

著者のローズ・ローズトゥリーさんによると、二人の人間の間にはアタッチメント・コードという目に見えないエネルギー状のひも(コード)が存在しているのだそうです。

このコードの中には、重大なメジャー・コードと、そうでないマイナー・コードとが存在するのですが、影響力の強いメジャー・コードに捕われてしまうと、あなたの思考や感情は歪められ、まるでマリオネットのように操られてしまうといいます。

そしていつまでも古いパターンから脱却出来ず、人生において多くの問題を抱え込むことになってしまうのだそうです。

けれど、この種の危険なコードを取り除く方法として、カッティング・コードというスキルがあるのだそうです。

カッティング・コードとは「その人のオーラに働きかけることで、悪影響を及ぼしているアタッチメント・コードをカットする技法」なのだそう。

これは特定の人物との人間関係そのものを終わらせるための手段ではなく、その人物とのエネルギー面での問題を取り除くための手段なのです。

例えば伴侶や恋人との関係がうまくいかなくなると、人はとかく離婚や別れを考えますが、その前にまずアタッチメント・コードを断ち切って、その人との間にある有害なエネルギー・パターンを取り除き、エネルギー面のバランス回復をはかる方が賢明だと言えることでしょう。

コードをカットしても相手との人間関係が終わってしまう訳ではなく、お互いの人生を前進させるプラスの効果をもたらしてくれるという訳です。


普段、私たちは自分のアタッチメント・コードを意識することはありませんが、このコードは絶えず人の潜在意識レベルに働きかけていて、そのせいで私たちはもう忘れていいはずの古い出来事や、それに関係するエネルギーを無意識の内に何度も何度も思い出すことになってしまいます。

<満足いかなかった親との愛情関係>

<小さな頃の恥ずかしい思い出>

<学校や職場でのいじめ体験>

<惨めな思いをした恋愛>

そういう過去の記憶は、普段意識していなくてもアタッチメント・コードを通じて、私たちの中である種のパターンとして鮮やかに甦ってしまうものなのです。

過去から生じたネガティブなエネルギー・パターンは人知れずあなたに延々と影響を及ぼし続け、結果、イライラさせるような人物や出来事を引き寄せてしまうのです。

だから、「このアタッチメント・コードの悪いパターンから抜け出さない限り、誰かと付き合っても相手から裏切られたり、不愉快な仕打ちを受けて苦しむこととなってしまうでしょう」と教えています。

a0253145_214241.jpg

いやはや、これには驚きました。

乙女のロマン<赤い糸伝説>だけでなく、悪因縁のプンプン漂う<黒い糸伝説>も存在していたとは・・・


しかし、しかしですよ。

私、ここには全ての真実があると思うのです。

だって見近な人間関係でイライラさせられた時のことを考えても見てごらんなさい。

その時顔を見せる感情というのは、その時点でそこに生じている問題ではなく、大概どこか遠い過去からの得体の知れない感情に乗っ取られているのではありませんか?

後になって「なんであんなに感情的になってしまったのだろう?」と疑問に思うことがありますよね。

そんな場合は、あなたのアタッチメント・コードの糸が絡んでいるのだと考えてまず間違いありません。

絡み合った糸は、何度も同じパターンで繰り返されます。

「問題ある関係に懲りて別れてはみたものの、新たに出逢った人とも又、似たような問題が繰り返される」

そんな不思議な現象が多いのも、自分が発しているパターン波動のせいだったんです。


絡み合った人間関係の悪影響から自由になる技法。

オーラを読み取り、執着のコードを切る<アタッチメント・コード・カッティング>

しかし嫌だと思う人とのコードを、むやみやたらとカットすれば良いというものでもなく、エネルギー的に安全に、それなりのステップを踏みながらカットすることの大切さも、著者は訴えています。

a0253145_2043464.jpg

縁切り寺で神仏の加護に頼るか、それとも自身で執着切りの儀式を行うか・・・

う〜ん、迷うところでありますね。




[PR]
by viva1213yumiko | 2013-02-12 20:20 | 人生・霊性 | Comments(0)

心の覗き方

a0253145_17502732.jpg

規制の社会システムがどんどん崩れつつあります。

それに伴い、<変化のための傷み>を引き受けねばならない状況にある人もたくさんいると思います。

怪我や病気・身体の不調、失業・倒産・金銭問題、それから家族同士や人間関係のトラブルなど。

今まさにその渦中にある人にとっては、さぞや辛い時期を過ごしている事でしょうね。

心から同情致します。


しかし、決して自暴自棄になったり、心を閉ざしたりしないで欲しいのです。

見方を変えたらこの危機は、あなたにとって絶好のチャンスかも知れませんよ。


現在困難な局面にいる人は、怒ったり嘆いたりするのを取りあえずいったん止めて、自分を第三者の視点で見つめる事をオススメします。

あなたは今、何を感じているのでしょうか?

悲しいのか?

悔しいのか?

怒っているのか?

その感情はどこから来るの?

いったい原因はどこに遡るの?

その考えはいつ頃から芽生えたの?

誰かの刷り込みではないの?


そうやって善悪の判断をせずに、様々な角度から自分の心を覗いてみましょう。

すると色々な事に気付き始めるのです。


今の仕事、今の生活に本当はちっとも満足してなかった事に・・・

愛しているはずのあの人に密かに憎しみを抱いていた事に・・・

今までの自分の言動が誰かを深く傷つけて来た事に・・・

愛を与えないから、愛を受けられなかったという単純な事実に・・・


正直に自分を見つめれば見つめるほど、見たくはなかったものが逆に見えてきたりするものですが、そこを恐れずにどうぞじっくり冷静に観察して下さい。

落ち着いて考えてみると、なぜ自分にこういう問題が起こったのかちゃんと理解出来るようになって来ます。

a0253145_1853390.jpg

あなたが体験する世界は、あなたの思考と感情で出来ています。

あなたは自分の思いを現実に投影し、世界を構成しているのです。

だから、問題を人や社会のせいにして怨んでみても何の解決にもなりません。

過去の罪悪感などの、癒しきれていない未解決の思いが、あなたの悩みの大元という場合が殆どだからです。


自分が色付きの眼鏡をかけて世界を見ていると気付かなければ、眼鏡をはずしてみようとも思いません。

その事に気付き、色眼鏡のトリックを見破る事さえ出来れば、問題解決の糸口は必ず見つかります。


人間の自我にはあちこちに巧妙な罠が隠されていて、我々はちょっとした事ですぐその罠にはまり込んでしまいます。

逆に言うと、あなたを悩ませる問題とは「あなたが引っ掛かりを持っている点はここですよ」と、気付かせるため時々浮上してはあなたに教えに来てくれるおせっかいな存在みたいなものです。

だからたとえ辛くとも、たとえ何が起ころうとも、あなたがそれを生み出したのだと認めなければなりません。

全てはそこからスタートします。


柳の枝は嵐にあっても決して逆らいません。

だから折れる事もないのです。

人生という名の教師は、聞く準備の出来ている人にはとても暖かく道を指し示します。

降りかかって来る運命を受け入れ、そして手放す勇気があれば、恐れるものは何もありません。

誰もが楽しく人生を生き、そして学び、成長して行けるのです。




[PR]
by viva1213yumiko | 2012-07-07 11:24 | 人生・霊性 | Comments(0)

FREE HUG

原宿からNHK近辺は、週末になると色々なイベントが催されていて、毎回散歩が楽しみです。

今日はナチュラルガーデンというオーガニック系のお祭りをやっていました。

手作り風の素朴な衣料・化粧品・雑貨。

たくさんの可愛いお店が並んでいます。

草木染めの洋服もキャンドルも、みんなチャーミングなものばかり。

大量生産の流通システムにはない、「愛」が製品にこもっています。

a0253145_22562186.jpg

a0253145_22585160.jpg

a0253145_2305251.jpg

それにしても一体何故、工場の機械が作るものに比べ、手作り商品には繊細な温もりの波動が伝わるのだろう。

心地よさとか、暖かさとか、作り手の思いや、ストーリーまでが伝わってくるのは何故なんだろう。


もしかして、ものには我々が想像するよりずっと多くの情報が隠されているのではないでしょうか。

生命体のDNAにあたるような情報、意識されない作り手の記憶が刻印されているのです。


誰かが作ったものを欲する。

何らかの交換手段で、商品はこちらに移動して来る。

するとその時、その商品が持つ潜在的な情報も同じように移動して来て、我々とのコミュニケーションが行われているのではないでしょうか。

そのコミュニケーション言語が、我々の気分を良くしたり悪くしたり、大きな決定力を持っているのではないでしょうか。


そう思うと買い物の時はよく吟味して、自分にマッチした、心にも体にも良いものを選びたいですね。

ある日の朝、草木染めのTシャツが「ハローご機嫌いかが?」なんて挨拶してくるかも知れないですし・・・


a0253145_1848175.jpg


なんだかとてもホッコリした日。

<FREE HUG>というプラカードを掲げた素敵な女の子に、思わずハグしちゃいました。




[PR]
by viva1213yumiko | 2012-01-28 22:47 | おとぎ話・こぼれ話 | Comments(0)